公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

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12 旧くからの友人

 

 

 

 

 

 大戦中

 

 

 

 

 

 

 マルダヴの背後には大きな内海があり、王国軍は既に制海権を抑えていた。

 共産主義者は西部へと圧迫され、王国は万難を廃してダキア大公国軍への補給物資を運べる。

 山奥に閉じこめられた惨めな公国軍を救ったのは、王国による補給船団だった。

 

 

 波の音を聞きながら、私は戦死した軍曹の遺体収納袋を見守っている。

 くたばるなら賭け金を払ってからくたばりやがれ、この野郎…そんな冗談すら口に出来ず、袋を眺めることしかできない。

 

 軍曹とは親しかったと言って差し支えない。

 帝国の砲弾で頭を切り裂かれるまでは、私にとっては大切な友人の1人だった。

 その友人が亡くなったというのに、私は涙の一つさえ流すこともできずにいる。

 

 あいつの亡霊が私の側にいたら何と言うだろう。

 

「まだ賭け金の心配か、スタン?あはは!なんて薄情なやつなんだ!」

 

 そんな事をいいながら、私を笑い飛ばしていたと思う。

 

 

 生き残れた事に罪悪感を感じはしなかった。

 むしろ自分の幸運に素直に感謝できた。

 まだやることがあるし、やらなければならない。

 だから、遺体による伝染病蔓延を予防する為に王国側に引き渡される軍曹の遺体を眺めている訳にもいかない。

 

 

「スタン中尉!…イロディオン・スタン中尉はどこか!?」

 

 

 溌剌とした女性将校の声が私の注意を引く。

 私は我に返ると、補給物資を運んできてくれた王国軍担当者への挨拶へと向かった。

 相手は容姿端麗な女性将校で、女性の存在を嫌う海軍には珍しい人事配置だという感想を抱く。

 

 

「公国陸軍、スタン中尉です!貴軍のご支援に心より感謝を!」

 

「王国海軍のルィバルコ大尉だ。運んできた糧食の員数を確認してもらいたい。」

 

「ありがとうございます、大尉。…貴軍も共産主義の撃滅で手一杯でしょうに…」

 

「なぁに。気にすることはない、中尉。共産主義殺しは陸軍連中の仕事になってきてね。とはいえ、私たち海軍だけ手空きという訳にもいかないだろう?」

 

 

 ルィバルコ大尉はそう言ってウィンクしてみせる。

 溌剌として、誠実で、容姿端麗。

 まさにエリートの海軍軍人だし、出世街道真っしぐらと言ったところだろう。

 

 エリート将校の後ろでは、王国軍と公国軍の兵士が共同で補給船に搭載された物資の陸揚げを行っている。

 現在陸に上がっている物資は別の担当者が確認したはずだから、私の担当である糧食はまだ船の中だろう。

 私は王国海軍大尉に引き続いて補給船へと向かっていく。

 

 

「…海軍の女性将校とは意外だったか?」

 

「ああ…いえ、その」

 

「無理もない、中尉。私は策謀や計算の類が苦手なんだ。大きな船に乗って大砲をぶっ放していた方が性に合う。」

 

「は、はぁ………」

 

 

 私は大尉に引き続いて、王国軍への補給船へと入っていく。

 中には合州国や連合王国から送られたと思わしき物資の数々が満載されていた。

 

 帝国軍はマルダヴで我々と一戦交えると、それ以上は無意味と悟って引き上げていた。

 だから王国軍の補給船は帝国軍砲兵の射程外にいるし、悠々と物資を陸揚げできる。

 

 

「合州国の物量というのは恐ろしいな。王国の陸軍連中に必要数以上を引き渡して、まだこれだけ残る。」

 

「帝国の敵が多いことに感謝しなければなりません。」

 

「あはははっ!今のは面白い、中尉!」

 

「恐縮です。」

 

「そう畏まらないでくれ、中尉。君とも軍人同士、腹を割って話したい…これから共に仕事をする機会も多いだろう。だから………」

 

 

 ルィバルコ大尉は私の担当である糧食を積載した区画を通り過ぎていく。

 もっと奥の方にも積んであるのだろうか?

 そんな事を考えていると、恐らくは船員室と思われる部屋へと通された。

 大尉に続いて部屋に入ると、彼女は扉を閉めてロックをする。

 

 

「…あの、大尉、糧食は……」

 

「糧食の前に、何があったのか話してもらう。」

 

 

 ルィバルコ大尉はもう笑っておらず、真剣な表情で私を部屋の中にあるテーブルに促した。

 私が着席すると、大尉は向かい側に座る。

 何か…ミスをしただろうか?

 危険を犯して物資を運んできた同盟国に対する敬意が足りなかった…とか?

 それはまずい!

 

 

「た、大尉殿!申し訳ありません!私どもの対応が」

 

「違う、中尉。…今の君のような顔をしている人間を見たことがある。まだ我々が東部で戦っていた時だ。共産主義者の野砲弾が船に当たってね。…先任伍長が死んだんだ。砲長は伍長と同郷で仲が良かった。」

 

「………」

 

「…砲長は1週間後に死んだよ。拳銃で自分の頭を撃ち抜いたんだ。」

 

「それは…残念です………」

 

「先任伍長が死んだ後、砲長は"何ともない"という顔をしていた。こうも言ってた。"私とて士官です、大尉。部下の1人や2人、或いは大勢…亡くなることは覚悟しておかねばなりません。"……私も大丈夫だろうと思っていた。思ってしまっていたんだ。」

 

「………」

 

「中尉、砲長には奥様と子供2人がいた。…まだ"戦死"と伝えにいく方が………ああ…今思えば後悔しかない。」

 

「………」

 

「だから、中尉。話すんだ。まだ出会って20分も経っていない、外国人の女性将校を信じるのは難しいかもしれないが…どうか話して欲しい。」

 

「…お気遣いに感謝致します、大尉。ですが、やはり私とて士官なのです。この程度耐え抜かなければ」

 

「ダメだ、中尉。一度溜め込めば、それが君を侵食する。吐き出せ…さもなくば死ぬぞ?」

 

 

 ルィバルコ大尉が制服の内ポケットからチョコレート缶と葉巻2本を取り出した。

 彼女は葉巻を一本咥えると、残りの一本とチョコレート缶を私の目の前まで滑らせる。

 

 

「どちらかやると良い。」

 

「………そんなっ、申し訳」

 

「それとも。………王国の好意は受け取れないか?」

 

「…それでは、お言葉に甘えて……」

 

 私は姿勢を正すと、チョコレート缶の方を受け取って蓋を開ける。

 綺麗な三角形のチョコレートを手に取ると、大尉が葉巻に火をつけるのを待ってから口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在

 共和国

 王国大使館

 

 

 

 

 

 

 

「話は外務省から聞いている。つまり、東部地域全体に武器がばら撒かれていると。」

 

「そのようです、少佐殿。最も武器の流通経路を探しているのはこちらも同じなのですが。」

 

「参ったな…国王陛下がお望みなのは静謐だ。東部での擾乱など!…それにしても、大尉。友人として忠告させてくれ。自国の失態が他国に飛び火している事実と真剣に向き合うべきだと思うが?」

 

「少佐殿、ご存知のことと思いますが…公国はもはや汚職国家です。右派組織は賄賂を重ねて国政に入り込んでおります。私1人ではなんとも…」

 

「努力すべきだ、大尉。君も変わってしまったな…私もか…」

 

 

 王国大使の護衛兼駐在武官という凄まじいまでに多忙なスケジュールを、旧い旧い友人のために空ける人間味を持つのが、ルィバルコ少佐という軍人だった。

 既に共和国東部への武器流入は掌握しているようだったが、数年前に公国首都で会った時とは王国側の事情は異なるらしい。

 そう、それこそ彼女自身の言うとおり、少佐の態度は大きく変わっている。

 

 

「首都でコーヒーをご馳走になった時は膺懲の際に不介入であることを望まれていたでしょう?」

 

「あの時は、な。今は状況が違う。国王陛下もこの地域の静謐を望まれているし、首相も共和国は単なる安全保障上の案件だと考えている。擾乱は本意ではない。」

 

「では単に反応しなければよろしいでしょう?」

 

「そうもいかないんだ、大尉。新しく着任したオルロフ大使は対共和国強硬派だ。その大使の耳に、武器流入の話が入ってる。状況としては最悪なんだ!」

 

「参りましたな…」

 

「…参った?」

 

 

 いつもの悪い癖が出た。

 考え込むとつい口が滑ってしまう。

 

 私は内海のあの港で、ルィバルコ少佐に大きな借りを作っている。

 少佐の助けが無ければ私はサンドラと結婚する前に頭をピストルか歩兵銃でぶち抜いていただろう。

 典型的な精神疾患だったのだ。

 戦争が私の精神を狂わせるには、たった一度の防衛戦で事足りた。

 榴弾かガス弾か、なんて馬鹿げた賭けをした相手が死んだことで私は精神の均衡を保てなくなっていた。

 

 すんでのところでそれを食い止めてくれたのが、ルィバルコ少佐と彼女のチョコレートだった。

 あの甘味が束の間私を平和な日常へとより戻し、均衡を保ってくれたのだ。

 情けないことに、大の大人が同盟国の士官の前でボロボロと泣いた。

 普通ならこう言われてもおかしくない。

「たった一度の実戦でコレか。我が祖国の盟友がこの体たらくとは、この先が思いやられる。」

 

 ルィバルコ少佐は違った。

 上衣を脱ぎ、2本目の葉巻に火をつけて、私が泣き止むまで待っていた。

 そうして私を洗面台に送り、顔を洗わせたのだ。

 あの時少佐に言われたことを、まだ鮮明に覚えている。

 

「士官は部下の前で泣けないんだ、中尉。ただ、私は君の部下ではないから遠慮する必要はない。…君はこの部隊で最先任、直属の上官は別のところにいる。この際、国の違いは忘れて頼ってほしい。」

 

 たかが同盟国の下級者にこんな態度を取る方が異常だが、とにかくその後もルィバルコ少佐にはお世話になりっぱなしだったのだ。

 同盟国の上級者に頼るとは眉唾物だが、しかし、私の直属の上官はマルダヴにすらいなかった。

 そもそも公国自体が補給を王国頼りにしていたことからして、多少のご容赦はいただきたい。

 

 

 

 私は決して優秀な将校ではないが、ルィバルコ少佐はエリートコースの将校だった。

 戦時中に同盟国の下級者の面倒まで見れるのだ。

 マルダヴで何度も一緒に仕事をしていくうちに、少佐は私の癖まで見抜いてしまったに違いない。

 

 

「ああ、いえ、少佐殿。武器流入の流れを早急に突き止めなければと」

 

「違うな、大尉。君は何かを誤魔化す時には必ず右上を見る。…本当の事を教えてくれ。」

 

「………」

 

「………大尉。()()()()()()が必要か?」

 

 

 ルィバルコ少佐が悪戯っぽいような笑みを浮かべる。

 私は彼女の素敵な笑みを見ながらも、少佐に本当の事を話して良いか思案していた。

 

 少佐は信用できるだろうか?

 ああ、信用できる。

 間違いない。

 公国軍のどの上官よりも信用できる上級者だ。

 だから秘密は守ってもらえるし、私のように口を滑らせるような真似もしないだろう。

 不安は残るが、そこまで大きな心配はない。

 

 問題は利益だ。

 彼女が私の秘密を知ることによって、私が失うことになる利益。

 そう遠くない未来において、彼女が私の秘密を知っているが故に失われる利益が…あるかもしれないし、ないかもしれない。

 

 

 命の恩人の頼みか、雇い主からの利益か。

 私は胃に穴の開くような選択を迫られている。

 個人としてはこの秘密を伝えたい。

 少佐が追い込まれるような事にならないようにしたい…しかし今回は私も"プレイヤー"なのだ。

 下手な感情で動いて良いわけじゃない。

 

 

「当てよう。君がやっているのは、公国の仕事だけじゃない。違うか?」

 

「…………」

 

「肯定と受け取ろう。おそらくは、君の雇い主に心当たりがある。なに、我々も干渉を受けているからね。……どうだろう?少しは話す気にはならないか?」

 

 

 ブラフか?

 可能性はあるが、限りなく低い。

 "後見人"が王国側と連絡を取っている可能性は寧ろ高い。

 私に何をやらせているか知らないまでも、王国側は共和国での活動を目論む誰かさんの正体までは恐らく知っている。

 

 

「………軽蔑されますか、少佐殿?」

 

「………誠実な海軍軍人として応えるなら、そうだ。軽蔑する。我々は軍人で、あくまで国に仕える。マルダヴで死んだ君の戦友もそうだったろう。なぜ裏切る?」

 

国が先に我々を裏切ったんです、少佐殿!!

 

 

 つい声を張り上げてしまい、ルィバルコ少佐が少し面食らったような顔をした。

 

 

「…あ………申し訳ありません…その…」

 

「君と私の仲だ、大尉。今のは無かった事にしよう。」

 

「本当に申し訳ありません……ところで…"彼ら"は貴女方にどんな要求を?」

 

「オルロフ大使による介入を止めろ、と。無茶を言ってくれる。………つまり大尉、そう言う事だな?君は"彼ら"の仕事をしている…」

 

「これでは……軽蔑されても致し方ありませんな。」

 

「海軍軍人としては、だ。友人としては軽蔑ではなく同情しているよ、大尉。」

 

 

 "後見人"は『公正取引委員会』だけでは手元のカードに不安があったらしい。

 まあいい、どのみちそろそろ連邦も彼らの存在を嗅ぎつける頃合いだろう。

 それなら少佐という偉大なる恩人に警告を与えないのは不躾が過ぎる。

 

 

「…少なくとも、私としてはまた一緒に仕事ができて嬉しく思っているんです、少佐殿。少佐殿は恩人です。ですから………はぁ…分かりました、お話ししましょう。どうかこのことはご内密に。」

 

「言うまでもないだろう、大尉。」

 

「ありがとうございます。…少佐殿、まもなく"洪水"が起きます。もし手持ちの連邦資産があるのでしたら、今の内に手放した方がよろしいでしょうな…方舟に乗るためにも。」

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