公国商人 作:ゔぇにすのしょーにん!
合州国
金融街
金融街のカフェで、ブロンドの貴婦人は目の前の見るからに馬鹿っぽい男の話にウンザリとしている。
確かに過去の経験から、部下としては有能過ぎないような人材を寄越すよう要請したのは彼女自身だが。
とはいえ、馬鹿を寄越せと言った覚えもない。
「本当はボーナスまで待つつもりだったんですがね、モータース社の割賦販売が更に割引されまして、あーもうこれはボーナスまで待つ必要もないなと買ってしまったんですわ!ガハハハハッ!」
「クルト、少し考えれば分かるはずだ。モータースはなぜ割賦販売を割り引いたと思う?ボーナスのシーズンでもなければ決算が近いわけでもないこの時期に、だぞ?」
「そりゃあ中s」
「おいッ!」
「おあっと、いけねえ!デグレチャフ婦人!そりゃあ、あれですよ!工数簡略化とか企業努力ってやつですよ、きっと!」
「工数簡略化は現時点ではもう既に限界だろう。モータースが品質を落とさない限りは、普通この時期には割引かない。モータースが割引をしたのはな…市場原則だ、クルト。」
「シジョーゲンソク?」
兵隊は金に疎いというのは一種のステレオタイプだが、こいつの場合は疎いどころか無関心が過ぎる。
頭のネジが何本か抜けているか、或いは元からついていないのか。
一昔前のデグレチャフ中佐なら頭を蹴り飛ばしていたところだが、大戦で実年齢以上に歳を取った彼女は幾分か丸くなっている。
「供給が需要を上回っている…モータースも、他の自動車メーカーも、生産が過熱した割に販売台数は落ち込んでいる。合州国では自家用車の需要は殆ど満ち足りていることを考えるに、不良在庫と言ったところだ。」
「え?じゃあ俺ぁ不良品を摑まされたんすか?」
「違、そうじゃなっ………はぁぁぁぁぁぁ…………」
手元に拳銃がなくてよかった。
こいつの頭を吹き飛ばしてやりたい。
「誰も彼もが自家用車を持った結果、一昔前のように売れなくなったということだ!ここまで言って分からないか!?」
「ああ!だから割引だったんすね!」
やっと分かったか、このボンクラ。
「何も自動車だけじゃない、クルト。大戦後の需要増を見込んだ結果、どの分野でも大増産が行われたが、生産減速のタイミングを見誤っている。表向きは好況だが実態が伴っていないんだ…今の景気は大衆の幻想の上に成り立っているに過ぎない。」
通常なら政府が介入して景気の過熱を抑えるはずだ。
しかしここは合州国で、それに大統領選挙も近い。
合州国民は政府による市場介入を毛虫のように毛嫌いするから、大統領は再選を果たすまでは介入などしないだろうし、再選されたとて介入するかと言われても怪しい。
世が好況と騒がれ、それに水を刺すような真似をすることになるなら尚のことだろう。
「さて……問題は…」
デグレチャフ中佐が頭を抱えるのはここから先の話である。
合州国の景気の過熱は止まらないし、恐らく誰も止めようともしない。
そこから行き着く先は破綻の一言に尽きるだろう。
株式が紙屑になり、好況は一気に大不況へと繋がっていく。
大戦は世界各国の経済的距離を縮めたと言われる。
各国は戦後復興の過程で合州国の資本をドバドバと受け入れて、他国間とのモノの取引を増加させていった。
つまり戦後復興の主役は合州国資本で、今現在連邦の安定した経済の基礎となっているのはそれである。
その合州国が破綻して大不況に陥る。
我が連邦は我関せずでいられるだろうか?
無論そんなわけはない。
流通が滞り、輸出額がガタ落ちし、不況は間違いなく連邦にまで波及する。
連邦大戦直後の混乱が早期に収まったが、その分燻っている不満は半ば無理矢理蓋をされた形となっていた。
合州国資本と経済回復が連邦内部の過激派閥を文字通り組み伏せている。
大不況によって、過激派閥は蓋をこじ開けることができるようになるだろう。
国民のドス黒い感情が蓋から溢れ、過激思想という松明と交わった時…何が起こるだろうか?
混乱、前代未聞の大混乱が巻き起こるだろう。
連邦が内戦状態に陥ってもおかしくはない。
合州国は既に連邦に多額の投資を行っている。
自身が不況に喘ぐとなれば、連中はそれをそそくさと引き揚げたくなるはずだ。
ただし、連邦が内戦に陥ってはそれも困難。
「……やはり思った通りだった。裏付けを取るためとはいえ、遥々こんな所に来た甲斐があったな。」
デグレチャフ中佐は、今では自信を持ってバルヒェット大佐の問いに答えることができる。
例の公国大尉は国を売り、自分のために"奴ら"に雇われたのだ。
中佐にとって歯痒くて仕方のないことに、それ故に連邦は公国大尉にきっと手出しできない。
…………………………………
共和国
連邦軍官舎
「少佐!最悪よ、最悪!」
バルヒェット大佐は呻き声と共に声を上げた。
立場が許すのであれば両手も挙げてしまいたい。
電話越しの少佐が萎縮してしまいかねないような、そんな態度で電話をしている。
そうなった理由は明白だった。
デグレチャフ中佐からの情報は、彼女をここまで追い込んでいたのだ。
「あの大尉の背後にいるのは『合州国』よ!ヤンキー共、私たちの頭越しとは舐めた真似をしてくれる!」
『つまり、合州国は公国大尉を雇って共和国で工作を行っている、と?』
「ええ!大尉には手出しできないっ!…でも、まぁ、何となくは予想してたけど。」
『デグレチャフ中佐に依頼したあたり、そうだと思ってましたが…しかし合州国も露骨ですね。』
「焦っているんでしょうね。合州国の"誰"が糸を引いているのかはわからないけど、好況が永遠に続くと思っていない程度には現実的よ、そいつは。」
『そうなると、大尉が我々の縦深で好き勝手するのをただ見過ごすしかないのでしょうか?』
「残念だけど、合州国は戦後復興の大スポンサーとして連邦政府に圧をかけるでしょうね。我々の政府に撥ねつける事なんてできはしない。」
『そこまでして、合州国は何を得たいのでしょうか?資本を回収するなら今からでもやれ良いでしょうに…』
「連中、我儘なのよ。利益が出ているギリギリまで手を引く気はない。けど不況の混乱で邪魔が入るのも嫌。だから連邦国内の混乱を外側に向けさせたい。…共和国というちょうど良い係争地もある事だし。」
『まさか、合州国は連邦右派と組んでいるのでは!』
「可能性として大アリだけど、さすがにヤンキー共もそんな下手はしないでしょう。大尉が価値の高過ぎる情報を"尻尾"として出したのは、合州国からのメッセージよ………"我々の邪魔をするな"と。」
胃に穴が空くようなストレスをバルヒェット大佐は久々に味わった。
自らの手の届かない所を軽く超えていく、正しく頭越しの意思決定。
共和国が現在の平和に不満を抱くのと同じ理由で、大佐は大きな屈辱感を味わされている。
「ヤンキー共は私たちの若者を共和国という縦深で戦わせ、その血で贖われた時間を散々使った上で自分の財産だけ守るつもりでいる…許し難い……ええ、本当に許し難いわ。」
こんな感情的な面を大佐が見せることは殆どない。
酸いも甘いも噛み分けた一流の大ベテランの軍人である大佐が、ここまでの怒りを抱くのは無理もない話だったのだ。
合州国の筋書き通り行くのであれば、大佐の祖国たる連邦は若者の血を献上した上に金まで毟り取られる。
国に忠じる軍人としては耐え難い国辱だろう。
「ただし、やはりヤンキー共の考えは甘いわ。連中は共和国を戦場に選んだ…そこには有能な番犬がいるのにね。」
『オペラ座にこの件をリークしますか?』
「いいえ、その逆よ。オペラ座は大尉が合州国の代理人であることを知らない。知らなければ、大尉に手出しすることも厭わないでしょう。既に"家庭訪問"したそうじゃない?…いつも通りよ、少佐。共和国人を連邦のために働かせるの。」