公国商人 作:ゔぇにすのしょーにん!
14 提案会議
共和国首都
『オペラ座』本部
提案は単純だったが、伝える相手が相手だけに私は震えていた。
オペラ座にとっても利益のある話のはずだから、殺されはしないと分かっていても、この狼の巣穴に入るのにはそれだけでも精神を削る。
ただしロフスキ少佐から未だに良質なコーヒーでもてなされているところから見て、まだギリギリの範囲で敵とは見做されていないのだろう。
「…ロフスキ少佐殿、いかがでしょうか?」
「素敵なご提案をいただき、嬉しい限りです。公国側からこのような申し出があった事は、両国の歩み寄りが進んだ結果と考えられます。ただ…」
「手間はかかってしまいますが、確実に成果を上げるにはこれしかありません。東部の住居を虱潰しに調べ、公国製の銃火器を集める。次いで製造番号をまとめて、出どころに凡その検討をつけます。最後に出どころを抑えれば、ルートも浮かび上がるかと。」
「根気のいる仕事ですね。」
「不安材料は他にも。中央の官公庁が密輸に噛んでいる可能性も大いにあります。官僚組織の効率性は、今回の場合アテにできません。」
「大尉が予備の記録をお持ちなのですね?」
「はい。官公庁が消し炭にする前に保全した記録の複製があります。時間はかかりますが照合は可能でしょう。」
「問題はその時間があまりない事です、大尉。あなたはよくご存知でしょうが、東部での擾乱は王国の介入を受けかねない。…それとも、公国はそれをお望みか?」
「少佐殿、差し出がましいでしょうが…それは早計かと。公国の望みがそれならば、我々は共和国側から申し出られた小協商の誘いには初めから乗りません。」
少佐の視線が若干和らいだので、疑念の内の幾つかが晴れた事が伝わった。
公国と王国は建国以来の伝統的な同盟国だから、公国が共和国よりも王国との関係を重視するのは自然な話だろう。
公国が共和国と小協商という安全保障条約を結ぶことが王国の不利益になるのであれば、王国は公国政府に干渉してその芽を摘める。
しかし、ルィバルコ武官の言ったように王国が求めているのは静謐なのだ。
オルロフ大使のような例外や主戦派がいるとはいえ、国王と首相は好戦的な態度ではない。
中枢が戦争を避けたいからこそ、ルィバルコ武官のような優秀な軍人は平和を望むし、王国政府は小協商に干渉しない。
私が知っているのだから、ロフスキ少佐も同じ事を思案したはずである。
王国は必ずしも戦争を望んでいるわけではない。
共和国の"中和"を図って連邦から引き離すことはしても、直接の武力衝突は避けたいところだろう…一部を除いては。
これが別のことも意味しているが、王国中枢にとっても共和国東部の擾乱は有難いものではないのだ。
しかしオルロフのような例外が意思の統一を乱している現状、少佐には王国側の策謀に見えてしまう。
その誤解を解こうとしても無理な話だし、私がとやかく言ったところで疑念を深めてしまうだけだ。
だから少佐のような相手には単純なのが一番いい。
つまり、相手にとってもわかりやすい利益を示す必要がある。
私の場合、それは地道ながらも確実な方式の実践であった。
「…失礼……大尉もいかがですか?」
ロフスキ少佐がタバコに火をつけながらそう言った。
貴族将校が兵卒が吸うような安タバコを咥える様は面白いものがあるが、生憎私はタバコを吸わない人間だ。
しかしながらこの現象は2つの事を示している。
1つは少佐が脳にニコチンを送り込みたくなるような提案をできたということ、もう1つは、タバコを勧めるくらいの価値はある人間だと思われたこと。
「…せっかくのお申し出をいただき嬉しいのですが、タバコは吸いませんので……」
「ああ、そうでしたか…こちらこそ失礼致しました。….大尉のご提案は確かに堅実で、現在我々が打てる手立てとしてはそれが限界でしょう。何の対案も無しにないものねだりを繰り返しても仕方がない。」
「では…」
「ご協力致しましょう、大尉。その代わり、武器密輸に関する情報は必ず共有してください。」
「努力致します。」
「(この期に及んで未だ"努力"か…)…大尉、もう少しだけ更に歩み寄れれば嬉しいのですが。」
「残念ですが…我々は外務省の指示も受けておりますから。少佐殿は徹底した現場主義者のようですが、私は木端役人に過ぎません。公国は外交まで私に一任したわけではないのです。」
「大尉、前にもお伝えしたはずですが…手立てはいくらでもあります。外務省向けの報告書に、わざわざ情報共有の件まで書き加える必要はないでしょう。」
「………」
少佐殿の言うことは至極最もだし、外務省に幾らか払いさえすれば連中は黙ってそれを受け取る。
私は外務省の口を塞ぐための札束を"後見人"…つまりは合州国から預かってさえいた。
その気になれば隠蔽できる。
ただ手間はできる限り省きたいし、保険もかけておきたい。
私が合州国の仕事をする以上、何でもかんでも情報共有をするわけにも行かないのだ。
つまり私の方でフィルターを掛けなければならないし、フィルターを掛けた情報と齟齬を生ずるような真似もできない。
ならばロフスキ少佐には最初から何も伝えない方が良いに決まっている。
「あなたの上官と直接お話させていただきたいものです」
「ご相談致しましょう。」
「誤解なきように言っておきますが、決して大尉の能力を訝しいんでいるわけではありません。ですが、公国側の指揮系統を鑑みるにそちらの方が大尉も安心では?」
「ご配慮のほど、ありがとうございます。」
本国にいる中佐なら、少佐殿と話させても良い。
どうしようもないボンクラで、私がこの提案を行うことくらいしか知っていない。
合州国は中佐を雇わなかったから、私が知っていて中佐は知らない情報もあるのが懸念事項ではあるが。
報告が遅れたとでも言っておけば良いし、どうせ中佐は方針すら示せない。
少佐殿との会議は私の利益を保全する形で終われた。
ここからが骨だが、合州国の依頼を遂行するためにはこうせざるを得ない。
来週には合州国の来賓が来てその世話周りもしなければならないのだから…はぁぁぁ、本当に気が重くなるな。
…………………………………
「………王国、ではないか。」
ロフスキ少佐は自身の推量がひとつ間違っていた事を認めた。
公国と王国の関係を鑑みるに、大尉の背後には少なくとも王国の存在があると見ていたからだ。
しかし大尉の言う通り、王国は共和国との衝突を望んでいないように見える。
小協商は相互安全保障の意味合いもあるから、王国が侵攻を目論むなら障害となりかねない。
では大尉の背後にいるのは誰だ?
あの平民将校が誰かに雇われているのは分かっている。
いずれ"踏み絵"をさせる気でいるが、大尉はおそらくこちら側からの賄賂を受けとらないし、共和国と公国の真の友情のために働くとも思えない。
あっさりと要請を認めたことからして、大尉は上官からの指揮からも切り離されていると見て良かった。
なら、『国境沿いで臨検された密輸業者』の情報はどこから手に入れた?
「…ねえ、デイブ?どう思う?大尉は誰の遣いかしら?」
「口を割らせるなら私の専門外になりますな、少佐殿。そう言うことでしたらご自身の方がお得意でしょう。」
「勿論。でも蛆虫は言葉を話さないもの。それに物証を辿る方が確実よ。」
「残念ながら少佐殿、我々は何の物証も掴めていない…やはりディアナ大佐殿を頼る他ないでしょう。」
「まったく…あの連邦人を頼らなければならないとは。」
あの公国軍大尉への、ますます深まる不信感を感じながらも、ロフスキ少佐は電話の受話器を手に取る。
かける相手は忌々しい連邦の合同調整局だった。