公国商人 作:ゔぇにすのしょーにん!
「製造番号53468、公国第二工場製、モデル95ライフル。」
「ありました、大尉。3年前に引き渡しが行われたばかりです。」
「おいおい殆ど新品じゃないか…」
「どおりで将校用の拳銃すら配備されないわけです。私も大尉みたいにすれば良かったかもしれませんね。」
「今更後悔したって遅いさ。…拳銃にしろ、こんな提案をした事にしろ。」
(もうちょっとくらい効率の良い方法、本当になかったんですか大尉?)と、マリーが目と表情で聞いてきたが答えは決まりきっていた。
そんなものはない。
『オペラ座』連中が東部で"芋掘り"して出てきた銃器の製造番号を調べることぐらいしか、流出の実態を正確に掴むことなど不可能なのだから。
単調で、膨大で、根気のいるクソ面倒な作業を、大使館地下の、薄暗い、30人ほどの将兵が詰めている空間で延々とやっている。
気がおかしくならない方がおかしい。
「うひゃああああッ!ぴゃらららららッ!ぴぃゃあらあああああッ!…」
「気は済んだか、軍曹?」
「はい、大尉。」
「………」
「………」
「………」
「うひゃああああ!以下略」
軍曹が鳩時計よろしく定期的に発狂しなければ、我々は時間の概念すら忘れていたかもしれない。
私だってこんな仕事は本意ではないが、実態さえ掴むことができれば大きな前進になるはずだ。
実際、我々は着実に流出元に近づきつつある。
私は情報共有の優先順位を予め決めていた。
1番最初に情報を受け取るのは王国のルィバルコ少佐になるだろう。
合州国に共有しても良いが、この件は合州国にとってどうでも良い話になるはずだ。
だからルィバルコ少佐に最初に伝え、次に連邦の大佐殿、最後に…もしかしたら…ロフスキ少佐に伝えるかもしれない。
勘のいい猟犬の事だから、私には凄まじいまでの催促をしてくるだろう。
私をオペラ座本部に呼びつけて、高級コーヒーを浴びるほど飲ませ、笑顔の裏に恫喝を持って根掘り葉掘り聞いてくるはずだ。
だから情報は小出しにする…何せ私は合州国のために時間を稼がなければならない。
できるだけ長くオペラ座の注意を逸らしておきたいのだ。
とはいえこのままでは取らぬタヌキの何とやらになってしまう。
サンドラが作ってくれたクッキーを齧りながら根気の良く作業に取り組んでいたその時、伝令が私のデスクの下にやってきた。
「大尉、面会のアポイントメントが。」
「後にしてくれ。まずはコイツを片付けなければならん。」
「ですが…」
「どうせオペラ座だろう、まだ何の成果もないと…」
「いいえ。王国大使館のルィバルコ武官です。」
「すぐにお受けしろ!応接室も抑えるんだ!早く!急げ!!」
…………………………………
「フットワークが軽すぎます、少佐殿。それに護衛もつけず1人でいらっしゃるとは…仰ってくだされば迎えを用意したのですが…」
「私と君の仲だろう、大尉?それに私は駐在武官兼大使の護衛だ。護衛に護衛をつけてどうする?」
大使館の管理者にバルヒェット大佐の"手土産"の一部を掴ませていたおかげで、私はこの公国大使館において居心地に気を配られている数少ない部屋である応接室にルィバルコ少佐をお迎えできた。
ただし、ルィバルコ少佐自身はカリブ産の葉巻と大使館にある中で最も品の良いコーヒーを並べて迎えられた事に違和感を覚えたようだ。
「……公国は思ったよりも裕福らしいな。或いは裕福なのはこの部屋の管理者だけか。」
「んんっ…少佐殿。御用向きをお伺いしても?」
「冗談だ。合州国側から依頼のコンタクトがあった。どうやら王国の協力も必要らしい。」
「あなた方は自由意志で決められるのでは?」
「それがそうでもないんだ、大尉。王国が合州国に作った借りは、大戦中の物資だけじゃない。王国政府は……合州国から借款を受けて国内経済の混乱を収めた。君がこの前言った"洪水"の話は、何もフェデラル・ビルに限った話じゃないんだ。」
私は戦時手当で購入した連邦鉄道社社債を既に手放し、そしてそれを金に換えてあった。
ルィバルコ少佐に言われるまでもなく、ロイヤル・ノートもまた危険だと踏んでいたからだ。
大戦後から合州国経済は世界経済の中心にいるが、それ故に合州国経済の崩壊は世界経済の崩壊を意味する事になるだろう。
世界中の通貨が信用ならなくなる前に、私は金に換えておく。
金の延棒ならどんな時代も価値はそれほど変わらないからだ。
「悪く言うつもりはないんだが、大尉。君は国を見限って金塊を買うのかもしれない…だが私はやはり祖国に仕える軍人として、できる事なら来たる恐慌を押し留めたい。」
「残念ですが、少佐殿。それは我々の手に余る問題です。…お気づきでしょう?」
「合州国での恐慌は間違いなく王国にも波及する。経済が悪化すれば、政府は国民の不満を外部へと誘導させたくなるだろう。」
「世の常、ですな。ですから、悪いことは言いません。今からでも金に換えておくべきですよ。」
呆れ、諦観、やるせなさ。
ルィバルコ少佐の蒼い瞳からはそんな感情が伝わってくる。
凛とした、誠実な海軍軍人。
国王陛下の領海を守り、王国の海路と漁業の保安を図る守護者たる職務にこそ誇りを持つ…蒼い瞳はそれゆえの哀しみを含んでいた。
ルィバルコ少佐から見て、私の瞳には何が映っているだろう?
きっと何も映っていない。
底なし沼のような、胸糞が悪くなるほどの濁り方をしているに違いない。
「……少なくとも戦争は避けたい。国王陛下にとっても、首相にとっても共和国は"単なる安全保障の問題"にしておきたい…」
「少佐殿…その……愛国心には感服いたします。しかしながら本日はそのお話をしに来たわけではないでしょう?」
カリブ産の葉巻を勧めながら、私はそう問いかける。
少佐が礼を言いながらそれを手に取るのを見て、葉巻を楽しめるぐらいにはここにいるつもりなのだということを察した。
彼女は葉巻の端に火をつけると、カリブ産特有の香りを楽しみながらも、私の質問に質問を返す。
「…大尉、マルダヴでの私たちの働きはどうだった?君たちの役には立てたかな?」
「言うまでもないでしょう。」
「よし、それならば…大尉、私達はあの時のように協力する事ができるはずだ。君は密輸された武器を回収したい、私は共和国の東部に戦争の火種を置いておきたくない。」
「待ってください、もしかして合州国の依頼というのは…」
「大尉、オペラ座はどうやって武器を回収しているか知っているか?目星をつけた家屋に押し入り、武器を見つけて回収する。…理に適ったやり方だが、問題もある。既に武器を持っている連中は、それをより奥深くに隠すだろう。」
「少佐殿、私観ですがきっと合州国の依頼から外れているかと」
「まあ聞いてくれ。良いやり方があるんだ、大尉。連中には武器提出の見返りをくれてやれば良い。君たち公国が武器を回収した場合は、その購入費用に色味をつけて渡してやるんだ。そうすれば連中の内の多くは武器を自ら差し出すだろう…公国からの金か、オペラ座からの鉛弾か、考えるまでもないからな。」
「少佐殿、誠に申し訳ありませんが」
「ああ、そうだ大尉!これは確かに合州国からの依頼ではない!」
今度は私が仰天する番だった。
少佐殿がこのまで感情を剥き出しにしたのは初めて見たが、それは彼女なりの愛国心ゆえだろう。
愛国心を捨て置き完全なビジネスとして職務に取り組める私と違い、少佐は根っからの海軍軍人だ。
だがしかし、少佐は普段なら感情を優先させてこんなリスクの高い真似をするわけもない。
「少佐殿、余計な心配かも知れませんが…合州国は王国に東部での擾乱を煽るように依頼したかと思います。合州国経済の恐慌は目前ですから、彼らとしては今のうちから火種を起こしておきたい。だからこのタイミングであなた方に接触したのでしょう?」
「………ああ。先も言った通り、王国政府は戦争を望んでいない。擾乱を煽るなど、その対局にある。」
「では簡単な話です、少佐殿。それはオルロフ大使の任務となるはずです。少佐殿が危険を犯す必要はない。」
「………大尉、実を言うと王国は一枚岩ではないんだ。」
「と、仰いますと?」
「王国内で共和国に対するあり方に、政府とは異なる意見を持つ者達がいる。…残念だが、オルロフ大使はその一派だ。」
「つまるところ………オルロフ大使は…」
「擾乱を起こせと言われれば喜んでやるだろう。共和国東部が不安定と分かれば王国軍を出兵させ、前回の戦争の続きができる。連邦は介入せざるを得ないから、合州国はその隙に資本を回収できるだろう…なんの妨害もなく、な。」
「少佐殿は…まさか……ご自身の判断で、先のご提案を?」
「安心してくれ、大尉。これは海軍省を通じて受け取った指令だ。……オルロフ大使は明日本国へ帰る事になった。本国の連中が時間を稼いでくれる。ただ…」
「大使が本国へ戻るとなると、当然自身の所属する派閥…強硬派派閥には接触するでしょうな。合州国から依頼があったことを知るのも時間の問題だ。」
「その間にこの厄介な状況をどうにか収めておきたい。ただし、私が直接動いてしまっては」
「大使は少佐殿を責めるでしょう。…なるほど、"公国が自らの不始末を片付ける"のであれば大使も納得せざるを得ない。」
頭が痛くなってきた。
合州国としては連邦内部の政治闘争と併せて王国でも戦火の火種を拵えておきたいのだ。
つまるところ、今私が忘恩的な行いをしてルィバルコ少佐を切り捨てれば、合州国から託された任務はつつがなく成功するだろう。
そうなれば武器のことなどもうどうでも良い。
王国は共和国へ宣戦、公国は王国の要請に基づき"小協商"を破棄して南を国境を閉ざす。
公国の評判は地に堕ちるが、そんな事は知ったこっちゃない。
追い詰められた共和国は前回同様連邦に助けを乞うだろう。
そうして戦争が始まったころに恐慌が始まる可能性も高い。
万事完璧、言う事なし。
武器の流通経路捜索は2つの目的があってやっていた。
1つは公国右派と連邦右派、共和国右派のネットワークを洗って合州国諜報機関が入り込める余地を探すこと。
もう1つはあのおっかないロフスキ少佐から多少の信頼を得て、私の仕事をやり易くすること。
王国が東部での擾乱を煽って戦争を始めてくれるなら、こんな事はもうやらずに済む。
「………大尉?」
ルィバルコ少佐殿の蒼い瞳が私のそれを捉えた。
私の思考など、少佐殿には容易に読み取れる。
彼女は自身の胸ポケットに手を入れて、見覚えのある小さな丸い缶を取り出した。
王国海軍の誠実な軍人は何も語る事なく、その缶を机の上置く。
ああ、そうだ。
このチョコレート缶だ。
こいつと少佐殿が、私を戦争の惨禍から救ってくれた。
少佐殿が何も言わずとも、私にさえ伝わる。
今ここでルィバルコ少佐の協力要請に応えたところで私が得るものは、きっと協力しない事よりも小さい。
よく口の回る人間、例えば連邦軍のバルヒェット大佐や、オペラ座のロフスキ少佐なら私が協力するように真実を混ぜた嘘で持って説得しにかかる。
ところがルィバルコ少佐は"友情"に賭けた。
なんてことだ。
とてもエリートがやる事には思えないが、きっと敢えてそうやったに違いない。
おかげで私はすでに協力に応じようとしている。
「………病気ですな…私は………病気です、少佐殿。冷静に…客観的に考えれば、こんな事は…私が協力する理由にはならない。確かに少佐殿に協力して得られる物はあるが、
「そうだ。だから説得はしない。…言っただろう、大尉。私は軍人同士腹を割って話したい。」
「老婆心ながら。言うまでもないでしょうが、私以外にはこんな真似はしない事です、少佐殿。」
「勿論。君だからこそ、この手を使った。」
「なるほど………お言葉ながら、少佐殿は何をご用意できますか?」
「マルダヴの時と同じだ。"強力な支援"…王国の武官が、海軍省のメッセンジャーとして君の口添えをする。公国は私の言葉を王国の言葉と捉えるはずだ…実際、7割はその通りだからな。」
「……軍資金が要ります、それに流出先を洗うことも大切ですが、まずは出どころを止めないと。根気よく事務所で働いておかげで、大凡は特定できています。私の立場から系統を通じて攻めるには証拠が不十分ですが…」
「"伝統的な同盟国"が"不快感"を示せば、奴らも考えを改めるだろう?…任せておいてくれ、大尉。」
「どのみち合州国は望んだ結果を得られる。…分かりました。ご協力しましょう。」
「ありがとう……ああ…本当にありがとう、大尉!」
ルィバルコ少佐は立ち上がると、机を回って私の側まで来る。
そうして、迷う事なく私を抱擁した。
突然のことに困惑したが、鼻腔をくすぐる少佐の香りであの時のことを思い出す。
マルダヴでも少佐は抱擁でもって、子供のように泣く私を受け入れて下さったのだ。
恩人の力になれるのは正直嬉しいところであった。
ただし問題は、私が不在の間マリーに予後を任せなければならないと言うこと。
あの小柄な女性士官はカンカンに怒るに違いない。