公国商人 作:ゔぇにすのしょーにん!
公国領北部
「あと3時間ほどです、少s」
「名前で呼んでほしいわ、大尉
「…これは失礼、ルィバルコ
ルィバルコ少佐は飾り気のない服装をして眼鏡を掛けていたので、最初見た時には誰か分からなかった。
地味なコートの下に小型のFN拳銃を隠している点を除けば、他の乗客に上手く溶け込んでいる。
私といえば公国軍の制服だが、この2人を側から見ても公国軍の将校と事務官の組み合わせにしか見えないだろう。
列車はあと3時間で公国首都へ至る。
その後軍内部査察課本部への簡単な報告を行い、アポイントメントを取った上で兵站総局へ向かう。
この異例の弾丸ツアーを組むことになったのには理由がある。
ルィバルコ少佐はオルロフ大使を王国国境まで護送した後、もう一つの役職である駐在武官の立場のために王国大使館まで戻った。
オルロフ大使が戻るまでに、少佐は大使館に帰っていなければならない。
だからこそ寸分を惜しんで事を進めなければならなかった。
「……しかし、兵站総局まで絡んでいるとは。匙を投げたくもなるはずだ。」
「もう投げております、ルィバルコさん。」
「だから合州国の仕事を?」
「…必要に迫られて、ですよ。そもそも中堅将校に国家間対応を任せるような軍組織です。直す以前に、既に破綻している。」
「…………」
頬杖をついて車窓の風景に耽る様子から見て、私の選択は彼女に理解されているとは言い難い。
「
上層部が腐り、大公も国民も君らを見捨てた?
だからといって、国を裏切るのか?
口では言わないにしても、その態度は雄弁だった。
"こんなことはやめて、
私が外国軍の人間でなかったら、実際にそう言われていたはずである。
出世コースをひた走るにはあまりに過剰な情熱と、真摯な態度で持って。
自国の軍隊を代表して挨拶をするような高級将校になるなら、仕事は仕事として割り切れるような人間でなければならない。
時には愛国心をも笑みの下に隠し、国益の為、自分の感情を押し殺して任務に臨む必要がある。
ロフスキ少佐はその辺が"下手くそ"だった。
確かに貴族将校に相応しい柔和な笑みを浮かべることはできるにせよ、その下に隠すドス黒い悪意を私のような中堅将校に見透かされるようではそういった評価をされても仕方ないだろう。
連邦軍のバルヒェット大佐の方がその点は上手なように思えた。
大佐はそろそろ"後見人"の正体には気づいているはずだが、マリーと一緒に手土産を取りに行った時でさえ、柔和な笑みの下にある敵意を微塵も感じさせなかった。
「そろそろディアナと呼んでほしいの、マリー?…今度は友人としてクグロフを振る舞うことができたら嬉しいわ。」
なんてお袋さんだ、あの大佐は。
連邦軍…それも合同調整局なんていう、中央からの独立性を保ちたいであろう部署にいる人間にとり、我々のような存在は鬱陶しいことこの上ないに違いないのだ。
それこそ殺してしまいたいに決まっている。
大佐が私を殺そうとするなら、仮にも中央の視線を受けている以上は自ら動けない。
自分の手を汚さないのなら誰かを嗾ける必要があるのだが、その点大佐には良い駒があるはずだった。
オペラ座が私を始末するなら、中央政府にとっても大佐にとっても大きな利益になる。
時間を稼ぐためにオペラ座には合同作戦という餌をぶら下げてやった。
その餌がただの擬似餌じゃないことを示すために、地下に篭ってあんなクソ面倒臭い仕事までやっていたのだ。
ロフスキ少佐が貴族出身のナショナリストという、出自と思想の一致しない(少なくとも私にはそう思える)特徴を鑑みるに、少佐が恐れるのは外国軍による共和国蹂躙である。
東部にばら撒かれた公国製銃器が王国の不安を煽り、その動員に繋がることがあろうものなら連鎖的な介入が重なり共和国は再び戦火に包まれるだろう。
あのナショナリストがそんなことを許すとは思えない。
だから少なくともロフスキ少佐は、私が武器の流通を止めるまで手出ししてくることはないだろう。
連邦からの圧力があったとしてもどうにかやり過ごそうとする。
問題が解決されるまでは。
そう思うと今回、ルィバルコ少佐と仕事ができたのは極めて僥倖と言える。
公国内で王国が私の肩を持ってくれるなら、私は大手を振って合州国の任務を遂行できるのだから。
問題があるとすれば、目の前のかつての恩人がこの"悪行"に乗り気でないことくらいか。
「態度に出ているだろう?」
「何です?」
「私の態度だ。君にも言えることだが、やはり我々はプロだからな。自分の手の内は明かさないのが一番良い。例えそれが親しい相手であっても。」
「………」
「ただ、私達は戦友だ、大尉。どうしても君をこのままにしておきたくない。」
「それは王国からの勧誘と受け取っても?」
「………すまない。忘れてくれ。」
ルィバルコ少佐も出世を志すエリートである。
王国穏健派の利益を守るためには私に手を貸す必要があるのだ。
確かに彼女の態度からはその高潔な温情が溢れている。
エリートらしく、感情を押し殺してやってくれると信じたい。
…………………………………
オペラ座本部
ロフスキ少佐はこの日何度目かわからないため息をついた。
ちょうど合同調整局から本部へと戻ってきたところで、あの2児の母親相手に怒りと憎悪を撒き散らさなかった自身の功績を誇らしく思っている。
何が「友人になりたい」、だ。
ディアナ・フォン・バルヒェットという風呂好きのご婦人の言う"友人"とは、連邦の手駒になってくれる犬のことだろう。
もちろん、そんなものになるつもりはない。
「…それにしても、連邦が今すぐにでも消したくなるような人物とは……あの大尉も舐められたものではないわね。」
「正確には連邦ではなく、合同調整局が消したいのでしょう。」
「つまり合同調整局と連邦政府の意思は対極にあると見て良い。そして大佐が我々に排除させたいということは、連邦政府は大尉に手を出したくないか…或いは出したくとも出せない。大佐が保身の担保を取った上で排除自体を試みるなら…きっと後者ね。連邦政府が手出しできないのは、誰かの指図を受けているから。」
「公国軍大尉の背後にいるのは連邦政府にさえ指図できる勢力ということになりますな。」
「あぁ…なるほどね、デイヴ。段々と繋がりが見えてきたわ。」
今まで散々共和国の主権を軽んじてきた連邦が、今度はその主権を軽んじられるというのは少しだけ気分の良いものもあった。
ただし忘れてはならないのは、連邦が失うもの以上のものを共和国は失うことになるということ。
「少佐殿、連邦に指図できるような国家は多くありません。」
「
「現在合州国では景気の過熱が続いています。実態に見合わない好況が、やがて大恐慌を招くというのが専門家の見識だそうで…」
「自分達の恐慌が連邦経済をも巻き込む事を彼らは承知している…だからいざという時に迅速かつ円滑な資本回収を行えない可能性がある。」
「恐らくは。共和国を舞台に戦火を起こせば、合州国はその間に連邦から円滑に資本を回収できると考えているのかと。」
「まったく
そもそも合同共和国の成立は、合州国が大戦に参戦する上でその参戦理念とした民族自決の原則を、目に見える成果として欲したところに原点がある。
敗戦国たる帝国は"その程度で済むならば"と言わんばかりに帝国領オストラントを差し出した。
かつての王国領チュファルテク州及び帝国領オストラントは、合州国によって支援されていた2つの大国の妥協の下独立を得ることができたのだ。
つまり共和国は合州国にとって自国世論のための道具に過ぎなかった。
その上、今度はその道具としてですらなく、単に連邦を王国にぶつけるための土地として扱う気でいる。
共和国の政治家は言うだろう。
「我らが恩人、合州国」
しかしロフスキ少佐ならこう言う。
「くたばれ、
主権を得る時も失う時も大国の都合の上でなど、ロフスキ少佐に許せるようなものではなかった。
「あの大尉はしばらく生かしておきましょう。東部での私達の作戦に協力している間は価値がある。連邦にとっては不都合かもしれないけれど。」
「少佐殿、大尉の件で報告があります。どうやら大尉は本国での援護要請を行うため一時的に帰国したようです。」
「何?その情報はどこから?」
「情報局です。」
「連中も役に立つわね。…と、いうことは今共和国に残っているのは副官だけかしら?」
「はい、恐らくは。あの大尉も合同作戦の進行中に連絡窓口を閉じるような馬鹿はしませんよ。」
「なるほど。可哀想な娘だこと。…副官に連絡を、こちらから出向くわ。あの娘なら大尉が漏らさない事を口にするかも。」