公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

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1 昔の馴染み

 

 

 

 

 統一暦 1928年

 ダキア大公国 首都

 

 

 

 

 

 

 私、『イロディオン・スタン』の実家は大公国の南部にある。

 大戦中、南部には連合王国軍が上陸して、帝国軍と睨みあっていた。

 連合王国は帝国を牽制できればそれでよし、帝国は無駄に前線を広げたくない。

 そういう訳で我が家は無事だったが、この首都はそうはいかなかった。

 

 大公閣下は"マトモな"将軍達によって、開戦のその日に首都からマルダヴに移された。

 将軍達は戦力の集中をしたわけだ。

 帝国領ダキアで60万を失うなら、残存兵力で国を保つには正面を絞らなければならない。

 彼らは元の国境部は勿論、首都でさえも残存兵力の担当する正面としては広大であると判断した訳だ。

 勿論、南部も切り捨てられていた訳だが…連合王国が牽制の意図を持たなければ我が家もこうなっていたかもしれない。

 

 首都は帝国軍との戦闘で傷を負っていた。

 軍主力がマルダヴに移動した後も、この街には愛国的な民兵達が徹底抗戦を掲げて立てこもったのだ。

 帝国軍は首都を落とせば最低限の目標は達せられると考えていたので、このささやかなる民兵の抵抗を排除しない理由がない。

 明確な意思と統一された指揮の下に動く帝国軍は、民兵の籠る建物一軒一軒に山砲弾をぶち込んで行った。

 何せ、帝国には街の景観を守る義務も必要もなかったのだ。

 

 首都攻防戦の傷跡はいまだに癒えていない。

 砲弾で崩された建築物は、私がコーヒーを楽しむカフェテリアからでもよく見えた。

 

 

 

 3年間も山に籠って、来るか来ないか分からない、おそらくは来ないであろう帝国軍を警戒する任務に就いていた。

 帝国軍が不活性的でも前線は前線で、実際に接敵の経験があれば否が応でも気は張るだろう。

 この歪な生活が、戦後も私に不眠症というありがたくない病を強いている。

 

 夜間眠れていなくても、脳というのは疲れてしまう。

 昼間になると…特に食事後は強烈な眠気に襲われる。

 故に私がカフェテリアでのコーヒーを好んでいるのは当然のことだったが、今日は眠気対策のカフェイン摂取以外にも目的があってこのカフェテリアにいた。

 

 

「久しぶりだな、スタン中…失礼、昇進おめでとう、大尉。」

 

 

 瓦礫に魅入る私に、知人が声をかける。

 見るとガルダリケ王国海軍のルィバルコ少佐に昇進している…が屈託のない笑みを向けていた。

 

「ああっ!これはこれは、わざわざお誘いありがとうございます。…少佐こそご昇進おめでとうございます。」

 

「昔の馴染みじゃないか、堅苦しいのは省こう。」

 

 

 ルィバルコ少佐は我々がマルダヴの辺境に閉じ込められていた時、補給物資を運んでくれたガルダリケ王国海軍補給艦隊の担当者だった。

 

 

 

 

 ルーシー連邦は帝国との戦争で緒戦から大損害を被った。

 独裁者の悪夢が連邦を戦争に進ませたという者もいるが、実態は異なり、度重なる農業政策での失態から国民の不満を外へ逸らすことが目的であったと考えるのがより現実的であろう。

 つまりルーシー連邦の対帝国開戦は目的が不明瞭なものであり、数的に劣勢な帝国相手にあれだけの損害を出したのは当然の帰結でもあったのだ。

 

 政策の失敗に、連邦軍の損害が重なり、共産主義政権は弱体化した。

 その頃連邦東部では皇国と合州国により支援を受けた旧ガルダリケ帝国勢力が力を取り戻し、弱体化した連邦政権を追い込んで行ったのだ。

 

 大戦で最も得をしたのは『皇国』と『合州国』と言われる。

 特に皇国は大洋を挟んだ向こう側で、一滴の血も流さずに国益を満たした。

 

 皇国は北部の脅威を排除するために旧ガルダリケ帝室を援助した。

 統一暦1907年の秋牙戦争以来関係を改善していたガルダリケ帝室が政権に返り咲けば、少なくともイカれた共産主義連中よりかは安全化を見込める。

 合州国は国是からして共産主義を許容できない。

 反対勢力がいるのであれば積極的に支援した。

 

 

 勢力を回復したガルダリケ帝室は、連邦への失望を隠せない国民からも急速に支持を集める。

 農業政策失敗による飢餓、苛烈な言論統制と秘密警察の恐怖により、誰もが「()()()()」から「()()()()」に戻りたがったのだ。

 故に我々がマルダヴに籠って2年目には、ガルダリケ帝室は内海の制海権を手にしていた。

 大戦末期の帝国に向けた連邦大攻勢の実態は、追い詰められた連邦政府が生き残りを賭けて西側へと活路を開こうとした意思の裏返しでもあったのだ。

 連邦軍将兵が旧帝室に銃口を向けない限り、彼らは帝国から土地を奪うしかなかった。

 

 

 ルーシー連邦は大戦終結直後に消滅した。

 ガルダリケ帝室は返り咲いたが、共産主義者に皇帝一家の殆どを処刑されていた。

 生き残っていたのは皇帝の第四皇女のみで、旧帝室の規則では女性は帝位に着くことができない。

 よって、第四皇女の夫がガルダリケ王として即位する。

 

 統一暦1927年にガルダリケ王国が成立。

 まだ内戦のゴタゴタは片付いていないが、早くも外交使節団を周辺国に派遣して新体制の成立をアピールしていた。

 ルィバルコ少佐も、その使節団の一員として首都入りしている。

 少佐はその合間に昔馴染みのお茶に誘ってくれたわけだ。

 

 私は起立をして少佐を迎えたが、彼女は笑顔のまま私に着席を促してくれる。

 ウェイターが少佐の分のコーヒーを持ってくると、我々は話を始めた。

 

 

「…貴女方は内戦中にも関わらず我々を支援してくださった。敬意を払うなという方に無理があります。」

 

「連合王国の要請に従っただけだ。彼らは帝国軍を牽制しておきたかったからね。南部に上陸させた戦力だけでは不安だったのだろう。…君らがマルダヴに存在するだけで、帝国軍は一定の戦力を貼り付けて置かなければならない。」

 

「なるほど。連合王国も合州国同様貴女方を支援していた…てっきり外交使節団はまず連合王国に向かうものかと。」

 

「…王国はまだ安定を完全に取り戻してはいない。まずは足元を固めなければならないよ。だから旧く(ふるく)からの友人である大公国が最初に選ばれた。」

 

 

 何か嫌な事を聞いた気がする。

 "足元を固める"、"旧くからの友人"。

 つまるところ、王国は基盤を固めるために何らかの形で大公国の協力を得たい。

 そして大公国には断ることなど到底できない…"旧くからの友人"故に。

 そんな私の様子を察したのか、ルィバルコ少佐が付け加える。

 

 

「現在大戦の戦後処理中だが、旧帝国領オストラントがチュファルテクとして分離独立するようだ。どうやら、民族自決を掲げる合州国の肝入りらしい。」

 

「それは…何と言いますか…」

 

「迷惑な話だ。旧帝国は『クライス連邦』として体制を変えたが、安全保障的には依然として我々の脅威でもある。連中は自国内を戦場にしなかったから、生産手段と、かつてほど強大ではないにせよ…大きな軍隊もある。」

 

「チュファルテクの態度は?」

 

「クライス連邦寄りだ。かつての友よりも旧帝国領域にいた方が良いらしい。」

 

 

 チュファルテクは歴史的にガルダリケ帝国の衛星国にされてきた。

 王国に体制を変えてもガルダリケは衛星国が欲しいに違いない。

 その意図はなんとなく理解できるが、目の前のガルダリケ王国少佐相手に話すわけにはいかない。

 代わりに少佐の肩を持つことにした。

 

「合州国もやってくれますな。チュファルテクは王国に帰属すべきだ。」

 

「ありがとう、大尉。だが合州国は我々のスポンサーだった。大きな借りがある以上、チュファルテクは諦めなければならないが…しかし野放しにもできない。」

 

「それで…王国は大公国に何をお望みなのですか?代わりに軍事侵攻はできませんよ?…合州国を刺激できない。」

 

「あははは!安心してくれ。我々はチュファルテクを"膺懲(ようちょう)"する必要に迫られるかもしれない、その時には中立を保って欲しいというだけの話だよ。」

 

「膺懲?…合州国がどう受け取るでしょう…」

 

「彼らとて我々の安全保障に口を挟む立場にはないはずだ。現に大公国政府は要求を飲んでくれた。」

 

 

 出世の見込めない、平民将校相手に話すのだから、結果は出ているのだろうと思ったが。

 "中立を保て"…もちろん大公国は断らない。

 何なら軍の通行権を求められようと断らないだろう。

 王国が合州国に借りがあるように、我々も王国に大きな借りがある。

 少佐と私は当事者だけに、その事実をよく知っている。

 

 

「ところで大尉、首都での勤務は慣れたかな?」

 

「正直なところ、まだ慣れたとまでは。マルダヴが足を引っ張っています。」

 

「私も内海を渡る時はそんな感じだったよ。大事にするといい。………まだ拳銃は買わないのか?」

 

「ふははっ!買いません!軍が支給するまでこのライフル銃を持ち歩きますとも!」

 

 

 私は椅子の側に立てかけてあるモデル88-90を軽く掲げてみせる。

 

 

「はぁ…君も頑固なものだ。首都勤務では不便だろうに。」

 

「デスクワークが殆どですから、そこまで苦にはなりませんよ。国内の治安に関わる部署でして。」

 

「ほぅ。政情不安の種でも?」

 

「まだ大きくはありませんが…右派が厄介です。政府は無関心ですが、軍は警戒しています…普通は逆ですが。」

 

「なるほどな。………なら、近いうち、また()()()()()ことになるだろう。」

 

「…?……それはどういう…」

 

「悪いが大尉。ここから先は国家機密だ。なぁに、追々分かってくるさ。今日はここら辺にしておこう。………勘定は私が持つさ。いやいや、気にするな。昔の馴染みじゃないか。」

 

 

 

 

 

 

 

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