公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

21 / 29
20 客人

 

 

 

 

 

 

 大戦中

 イルドア北部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの丘には何でも揃ってる、ハドソン少尉。マクシム機銃、鉄条網、塹壕…それに野砲を備えたトーチカまで。」

 

 

 そんなもの、一目みりゃ分かるだろうが。

 ハドソン少尉は心の中で悪態をつきながら、目の前の光景を双眼鏡で見渡した。

 なだらかな二つの丘の間には良く整備された道路がある。

 あの道路を通れれば、イルドア北部の大都市ミラノまでは一直線だろう。

 問題はその二つの丘に、機関銃と野砲を備えたトーチカがあり、それらが塹壕で掩護されているということだった。

 

 

「お言葉ですが、中隊長殿。我々は偵察の騎兵部隊です。砲兵の援護なしにはどうにもできません。」

 

「ああ。言いたいことは分かる、少尉。これから我々がやることは陸軍省の連中がフランソワ共和国軍から教わった内容を事細かに連ねたマニュアルに、中指を突き立てるようなことだろう。だがこれは命令だ。司令官は合州国軍がミラノに一番乗りする事を望まれておる。」

 

「何だってそんな…」

 

「これは政治だ、少尉。合州国はこの大戦において欧州の解放者であると主張するには、我々がイルドア解放の一番手である必要がある。」

 

 クソ喰らえだ、そんな政治。

 そうは思いつつも命令は命令であった。

 若き少尉にどうこうできるものでもない。

 

「丘の敵陣地まで遮蔽物もなく丸見えで、おまけにこちらには火力もない。今夜、我々であの陣地を夜襲する。君の小隊は右の丘をやりたまえ。」

 

 

 指揮下の騎兵小隊を3個分隊に分けて3方向から夜襲する。

 大隊が使える騎兵砲は4門、行進速度を上げるためにその内2門を道すがらに置いてきた。

 我々の本来の任務は偵察で、攻撃ではない。

 だからフランソワ共和国製山砲のコピー品など必要なかったはずだった。

 

 大隊の保有する騎兵砲は口径こそ76mmだが、そもそも近距離で使う前提で作られたものだ。

 その上こんな遮蔽物もクソもないようなところでぶっ放せば即座に反撃を喰らう。

 あのクラスのトーチカなら、77mm野砲が必ず設置されているのだから、どうなるかは想像に難くない。

 

 騎兵砲は使えない。

 なんなら日中銃(デイ・ライト・ガン)なんて渾名を頂戴してる軽機関銃も使えない。

 使えるのは歩騎両用なんて大義名分で採用されたスプリングフィールドライフルと45口径拳銃、それにミルズ手榴弾が2つだけ。

 

 だから夜間に敵陣地までこっそり這っていかなければならないだろう。

 ハドソンが騎兵科を選んだのは、地面に這いつくばって泥まみれになりたくはなかったからだ。

 まさか欧州までやってきてこんな目に遭うとは。

 ハドソンは盛大にため息をつきながら、自分の小隊へと戻っていく。

 

 馬鹿げてる。

 

 自分でそう考えているのだから、小隊の全員がそう考えるに違いない。

 若い少尉には彼らを感化するか、説得するか、或いはピストルを突きつけるかしてこの馬鹿げた命令に従わせる仕事が待っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在

 

 合同共和国

 東部駅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連合王国から来た客人は、取り決めには従わず東部の駅までやってきやがった。

 私とマリーは連絡を受けて大急ぎで列車に乗り、途中でサンドラにしこたま謝罪の電話をかけてから東部駅に到着する。

 現在私の立場は最悪だ。

 まず、合同共和国に置き去りにされたマリーから痛いような視線を浴びているし、我が家という名の段列後方は突然の出張により戦闘地域になる可能性が高く、ロフスキ少佐は私がどんな状況だろうと王国から帰ってすぐに東部に向かうという大変目立つことをした私を正面から攻め立ててくるだろう。

 

 その上で合州国の諜報員を迎えるのだから、私としては面白いはずもない。

 

 幸いなことに私は諜報員がいつ到着しても良いように準備を行なっていたし、慣例的に管理されることを嫌う合州国人の特性に配慮しておいた。

 私は公国軍少佐の制服一式を大きな鞄に入れ、駅の改札口でマリーと共に待っている。

 今回は2人とも平服で、その野暮ったさがいかにも田舎者国家の人間らしい田舎っぽさ丸出しの見た目を保証しているはずだった。

 オペラ座は我々が東部に来ていることを知っている可能性がある前提で動いた方がいいし、何をしていたかまでは知られたくない。

 

 故に目立たない服装で来たのに、肝心の相手はピカデリーで調達したに違いない伊達なスーツで来やがった。

 こいつを諜報に採用したやつを殺したい。

 

 

「出迎えご苦労!君がスタン大尉だね?」

 

「…はい、『バセスク少佐』殿。遠路はるばるようこそお越しくださいました。」

 

「いやはや、快適な旅だったよ。連邦の鉄道も悪くはない物だね。」

 

「予定では中央駅にいらっしゃる手筈だったかと…」

 

「おいおい、大尉。君とオペラ座は合同作戦を東部で行っているんだろう?…私は"君らの要請により""公国首都から派遣された"。…"君らの活動を援護するために"ね。」

 

 

 バセスクなどと言うのは、この男の本当の名前ではない。

 実態としては国籍は合州国にあり、公国軍の少佐でもなんでもないのだ。

 

 例によって大公国は汚職のパラダイス。

 このように軍の高級将校の階級すら金で買えてしまう。

『ニコラエ・バセスク少佐』は合州国から連合王国まで船で渡り、そこから連邦にまた船で渡ってから、連邦鉄道に乗ってここまでやってきたのだが、書類上では公国軍参謀本部から直接ここまでやってきたことになっている。

 

 

 なんだってこの男が偽装身分に一応の辻褄を合わせながらも、ピカデリーのスーツなんていうカオスの象徴たる共和国の東部に相応しくないものを着てやってきたか、概ねの想像はつく。

 バセスク少佐殿は"合州国の人間"であることを示唆することが、オペラ座のような現地の防諜組織から身の安全を保証する最も有効な手立てと考えたのだろう。

 

 んなぁわきゃなかろうが、このバカちんが!!!

 

 バセスク少佐殿はじめ"後見人"の方々には予め、オペラ座という、わざわざ小芝居まで使って外国軍担当者の住まいにまで押しかけてくるような…頭のネジの一本か二本が外れた、国家主義者の貴族なんていう矛盾が脚を生やして歩いているようなやっべえ奴に率いられたやっべえ組織があることをご丁寧に何度も何度も何度も何度もご報告したはずである。

 

 ナショナリスト貴族の狂犬が、それも今回の武器密輸も合州国の暗躍とほぼ勘づいているであろう状況で、合州国の諜報員っぽくて仕方のない自称公国軍(汚職国家)少佐を見つけたらどうすると思う?

 あの隠しきれないというよりは大して隠す気もない憎悪の炎を笑顔の下に忍ばせて「遠い所から遥々お疲れ様です、ようこそいらっしゃいましたくたばれ外道めが!」ってなるだろうが!

 

 

 合州国の客人は頭を抱えるこちらのことなど気にも留めていない様子だった。

 それどころか、向こうはこちらとの取り決めを守らないくせに、こちらには向こうのために気を利かせる義務があると思っていたらしい。

 彼は私の下まで寄ってくると、周囲に聞き取れないような小声でこう呟く。

 

 

「しかし……大尉、なぜ王国を焚きつけなかった?…連中が乗り気になれば、私がここまで来る必要もなかった。」

 

「バセスク少佐、お言葉ですが…王国の方はかなり不確実性を残しています。我々が望むものを吹き飛ばして、その後大火事になったらどうします?」

 

「………というと?」

 

「コントロールできない災悪になりかねません。共和国で戦争…そこまでは良かったとして、王国での内乱はそちらの本意ではないのでは?」

 

「なるほどね。管理できない不発弾よりは良質な破城槌の方が良い、か。よく言ったものだ。…申し訳ない、つい勘繰ってしまってね。君が…王国の友人との情を優先したのではないかと。」

 

「友情は友情、仕事は仕事です。その程度の分別はご期待いただきたいものですが。」

 

「ほうほう、これは失礼。それで…このあとはどうすればいい?せっかく東部に来たのだから、このまま中央駅に向かう気はないのだがね。」

 

「我々としては中央駅に向かっていただきたいのです。オペラ座は狂犬です。どうかご注意を。」

 

「心配しすぎだ、大尉。奴らは私に手は出せんよ。…君らが管理している、例の倉庫を見たい。共和国側が回収した武器を集積している倉庫をね。」

 

「…畏まりました。」

 

 

 最悪だ。

 ストレスで銃槍の傷が開きそうだった。

 あんな仕打ちをしたマリーでさえ私に同情してくれているのが分かる。

 私服でオペラ座と共同管理している倉庫に行くなど…連中がそこにいたら、或いは現在の我々の動向を把握していたらどうしてくれる?

 

「大尉、新しいご友人がご入国なさったようですね?」

「彼は誰ですか?」

「合流後は何を?」

「何故平服を?」

「倉庫で何を?」

 

 その他諸々質問を受けるに違いない。

 

 

 どうかオペラ座に把握されていませんように。

 そんな儚い願いと共に、我々は倉庫の方向へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナ・マートン准尉は平服姿の公国軍の二人組が、ピカデリーで調達したに違いない立派なスーツを着た人間を迎える様をしっかりとカメラに収めていた。

 

 

「………この分なら、わざわざ変装をする必要も無さそうでしたね。」

 

 

 カメラをバックにしまいつつ、彼らの乗った車の特徴を覚えてからバイクを発進させる。

 ロフスキ少佐は何と言うだろう。

 マートン准尉としては、あまり想像したくない。

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