公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

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22 "愛国者"

 

 

 

 

 

 

 どれだけ美しい都市でも裏の顔というのは多かれ少なかれあるものだ。

 共和国の首都では、特にその差が大きい。

 昼間の大通りはかつて大陸の東と西の要衝であったことを誇るかのような共和国文化の息吹を感じられるのだが、夜になれば、自動車の燃料なのではないかというくらいアルコール度数の高いウォトカに酔った中年男性が路上で寝込む姿を見ることも珍しくはない。

 

 

 深夜10時の王国料理店の奥の席で、私は残念美人なルィバルコ少佐殿の呑んだくれた姿を見ながら、彼女もまた表と裏の顔が激しい人間なのだろうも感じた。

 共和国と王国の有名なウォトカを2本空けて、表の路上で寝ている中年男性の方がまだお淑やかに感じられるくらいのイビキをかいている。

 挙句、不適切なほど大きく開けた胸元には、オードブルよろしくキャビアが乗っかってしまっていた。

 

 そんな少佐殿の姿を見ながら私が困惑していたのは言うまでもなかろう。

 私の隣にはサンドラがいて、サンドラの前にはマリーがいる。

 例によって荒い王国海軍のノリでマリーに挑んだルィバルコ少佐だが、マリーはアルコールに関して"不沈艦隊"だった。

 王国海軍、ここに破れたり。

 しかしながら私としてはこの、祖国の輝かしい勝利を無鉄砲に祝うわけにもいかない。

 少佐殿の常識では酔い潰れた仲間を男女問わず家に連れ帰るのは日常茶飯事のことなのだろうが、我が公国ではそういった行為は誤解と不信感を招くだけである。

 

 

「………サンドラ……」

 

「ここは共和国よ、ロディ。公国なら許さないけど、外国なら仕方ないわ。…あなたの恩人ってことは私の恩人でもあるわけだし。」

 

「ありがとう、サンドラ」

 

「それじゃ……大尉は足の方を持ってください。少佐殿の"ウィークポイント"は私で受け持ちますから。」

 

「助かるよ、マリー。それじゃあ…表まで運ぼう。」

 

 

 幸いなことに我々以外の店内の客は既に帰り、そこは静まり返っていた。

 床の掃き掃除をする店主が私の方をチラリと一瞥し、同情するような目で見ただけである。

 私とマリーがイビキをかく王国軍人を表にある我々の車へと運びこむ間にサンドラが会計を済ませると、私は運転席に座ってエンジンをかける。

 …今日はシラフでよかった。

 

 

「すまない、サンドラ。長い夜になってしまったな。」

 

「平気よ、ロディ。それに新しい友達もできたことだし。」

 

「私も知り合えて光栄でした、まさに憧れのエリートですよ………酒さえ入ってなければね。」

 

「分別があるだけ少佐殿はマシだ。これは想像だが、王国海軍の"日常茶飯事"はもっと品がないような気がする。」

 

「イワン!コニャックを持ってこい!コニャックだ、馬鹿者ッ!!!……ムニャムニャ…ぐおおおおおおおお

 

「こりゃ参った。」

 

「本当にこれでもお上品なんですか?」

 

「王国の基準じゃそうなんだろう。」

 

 

 我々は私とサンドラのアパートメントへ向かい、そこで再び少佐殿を運びこむ作業を行った。

 酒臭い王国軍少佐をソファに寝かせると、サンドラには先に休むように伝える。

 私といえば、少佐殿とマリーの呑み合戦によって食後のデザートを中断されたことを思い出し、少し落ち着くためにもルイボスティーを淹れて楽しむことにした。

 

 紅茶を淹れたマグカップの用意ができると、私は夜風が浴びたくなった。

 欲望のまま外へ出ると、何本ものウォトカを開けたとは思えないほどシャンとしたマリーが後を追ってくる。

 

 

「ルイボス、勝手に貰いましたよ?」

 

「おいおい、連邦軍大佐の贈り物だぞ…冗談だ。今日はありがとうな。助かったよ。…そいつを飲んだらベッドで休んでくれ。」

 

「大尉とサンドラのベッドですよ?…大尉はどこで寝るんですか?」

 

「床かどこかで寝るさ。何、どうせマルダヴのせいで眠れやしない。」

 

「サンドラから聞きましたよ。最近は良くなって来てるって。」

 

「…まぁな。完治はしてないが。………目標の達成が近いからかな。これが終われば、俺たちは安心だ。」

 

「………」

 

 

 マリーとマグカップで"乾杯"する。

 彼女の反応を見るに、まだ迷っているのだろう。

 気持ちは分かる。

 だけど、彼女の家族はもう出立した。

 良い加減に腹を据えても良い頃だが、マリーは感情と理性を別建てで扱える良い部下だと知っている。

 

 マリーは迷いを察せられたのがバツが悪かったのか、早急に話題を変えた。

 

 

「ところで、昨日の件は少佐殿の情報ですか?」

 

「いいや。バセスクだ。奴もまた、腐っても諜報員らしいな。」

 

「危ないところでしたね。ルィバルコ少佐殿の情報は少し残念でしたが。」

 

「おおっ?…この前ペイストリーをご馳走になったんだろう?」

 

「それとこれとは話が別ですよ!…次はルィバルコ少佐殿に連れて行ってもらいます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日前

 共和国-公国国境付近

 

 

 

 

 

 

 闇の中で背の高い草を掻き分けながら、ロフスキ少佐はできるだけ静かに這って進んでいく。

 公国の"愛国者"は情報提供をする上でその保全に神経を尖らせているようだった。

 

 公国じゃどこでも賄賂が効く。

 税関、外交屋、新聞記者、警官、そして国境警備隊。

 そしてイロディオン・スタンという公国軍大尉と、その背後にいるであろう合州国は豊富な資金で手回しをしている可能性が高い。

 だからこそロフスキ少佐への情報提供を申し出た"愛国者"は保全が完全であることを求めなければならなかった。

 

 

 王国との戦争を思い出す…そんなことを考えつつ、ロフスキ少佐は歩みを進める。

 遠くの方で公国軍国境警備兵がハンドライトを振り回しながら巡回しているのが見えた。

 同時に彼らが殆ど無警戒であることもその動きから知った。

 こいつらは国家の外壁を守る精鋭部隊などではなく、精々何かの罰として一等面倒な任務に回された連中として見た方が正しいだろう。

 

 時計を見る、会合時間までもう少し。

 会合の合図はライト3回。

 最初は相手の正気を疑ったが、国境警備に当たっている連中があの体たらくでは確かに問題なさそうだ。

 公国のそれよりかはよほど統制の取れている共和国国境警備隊は、オペラ座からの指示により現在この地区の警備線を内側に下げている。

 故にロフスキ少佐は国境警備の責任の一端を担わなければならないが、余計な人数がいるよりかは断然ましな選択だった。

 

 背中に背負ったZH29ライフルがいつもより重く感じられる。

 前線を離れて経った年数が身に染みた。

 塹壕と泥から離れて、今は首都のオフィス街で勤務しているのだから当然と言えば当然か。

 とはいえ、それが鍛錬を欠く理由にはならないのもまた事実。

 しかしながら、それでもロフスキ少佐の2m後ろで息を荒げているシルサリスキ少尉よりかはまだしっかりしていた。

 

 

「情けないわね、少尉。私の方がよほど年増なのよ?」

 

「精進します。」

 

「ええ、そうしなさい。」

 

 

 シルサリスキ少尉も、まさかこんな長距離を匍匐する羽目になるとは思っていなかったに違いない。

 大量の汗が軍服の色を変え、厚くはない胸板を膨らませたり縮めたりしている。

 しかしながら、未だ一線級の"戦士"を自負するロフスキ少佐に弱音1つなく着いてくるのだから、同世代の同性の中では優秀に違いない。

 

 汗に塗れた2人の女性士官の遥か後方では、リーナ・マートン准尉が照準器付きのGew98小銃を使って敵影を探している。

 観測手役のジャコモ・ロッティ中尉と、直衛を務めるグスタルボ軍曹もそれぞれ少佐と少尉に脅威を与える存在に目を光らせていた。

 

 

 

 

 

 ロフスキ少佐がシルサリスキ少尉を"激励"した直後、彼女の目に3回点灯の合図が飛び込んでくる。

 

「少尉、"愛国者"からの合図よ。…援護なさい。」

 

「了解」

 

 

 2人の女性士官は匍匐のまま、背に負うZH29ライフルを両手に持つと、その銃口を先ほど合図のあった方向へ向けながら注意深く前に出る。

 彼女たちはあくまで注意深く進んでいたが、しかし会合相手はそんなものどうでも良いとばかりにやって来たのでロフスキ少佐は面食らった。

 相手の公国軍下士官は共和国の女性士官よりよほど汗だくで、その匍匐は大雑把且つ慎重を欠いたものだった。

 

 

「ハァ!ハァ!ハァ!あなた方ですか!?」

 

「落ち着いてください、それと…もう少し声を抑えて…」

 

「よかったッ…私が公国軍のメチニコフ准尉ですッ…どうかこれを持って早く…コレを持って離脱を…」

 

 

 そう言って一冊のファイルを差し出すメチニコフ准尉が焦っているのは誰の目にも明らかだったが、ロフスキ少佐には何が何やらだった。

 イロディオン・スタンの情報提供をすると申し出たのはそちら側なのに、ファイルを持って帰れとは何事だろう。

 

 

「落ち着いてください、准尉。詳しく説明願えますか?」

 

「いえ少佐!…ハァッ!ハァ!…我々にはもう時間が」

 

 

 不意に大きな連射音が聞こえたかと思うと、8mmの円頭ライフル弾が複数発飛んできて、その内1発がカンッという甲高い音と共にメチニコフ准尉のエルドリアンヘルメットを貫いた。

 壮年の女性下士官は顔面を自らの血で染めて地面に突っ伏し、ロフスキ少佐とシルサリスキ少尉もその場に伏せざるを得なくなる。

 

 

「重機関銃!?…くそっ!シルサリスキ少尉、援護する!退避を!」

 

 

 ロフスキ少佐はZH29の安全装置を外すと、銃声の方向へ数発応射しながらシルサリスキ少尉へと叫ぶ。

 しかしシルサリスキ少尉の方も重機関銃による猛烈な制圧射撃の前に身動きが取れない。

 

 遠くから聞こえるライフル銃の銃声、そして嘘のように止む重機関銃の射撃。

 マートン准尉がこの暗闇の中精密な射撃を行い、重機関銃の射手を倒したに違いない。

 2人の女性士官は素早く身を上げると、メチニコフ准尉を振り返らずに走り始めた。

 世界中のどこの軍隊でも重機関銃の射手が撃たれれば取って変わるようになっている。

 撃ってきた連中が何者かは知らないが、その程度のことは容易く想像できた。

 重機関銃の射撃は止んだが、同じ方向からライフル銃の各個射撃が後を追って来ているし、遠くの方では公国国境警備隊員のハンドライトが慌ただしく蠢いていた。

 尚更足を止める訳にもいかない。

 

 

 マートン准尉の神がかった狙撃が2度目の銃声を響かせた時、重機関銃の方向からエンジン音が聞こえてきた。

 走りつつもロフスキ少佐はゾッとする。

 それは少佐の知る限り、公国軍のR35軽戦車のエンジン音だった。

 

 

「少佐殿ッ!戦車ですっ!」

 

「絶対に足を止めるな、少尉!」

 

 

 直後にR35の37ミリ歩兵砲が火を吹いた。

 短砲身の歩兵砲は正確な射撃ができず、砲弾は2人の頭上を飛んでいく。

 それでもその榴弾の火力は軽装備の歩兵に対して充分な脅威である。

 

 

 

 

 

 

 戦車から逃げる2人の位置からいくばくか離れた箇所…具体的に言うと、リーナ・マートン准尉の900メートル後方では、ナイマーク大尉が双眼鏡でR35軽戦車の出現を見て取った。

 背後で旧帝国製の81ミリ短迫撃砲の準備をするバーク中尉にとっても、まさか公国連中が戦車まで出してくるとは予想外で、焦った中尉は大尉に射撃許可を求める。

 

 

「照準良し!射撃許可を!」

 

「ダメだ、2人が近すぎる!」

 

 

 

 マートン准尉は重機関銃に辿り着こうとした3人目の敵を長距離狙撃で屠ると、Gew98ライフルを一度肩から外した。

 

 

「おいっ、どうする気だ!」

 

「中尉、落ち着いてください。軍曹、K弾はありますか?」

 

「ええ…持って来ておいて良かった。」

 

「戦車の動きを止められれば、2人を迫撃砲で援護できます。あの戦車の視察孔は防弾ガラスも何もないただのスリットです。上手くいけば…」

 

 

 マートン准尉は慣れた手つきでGew98ライフルの槓桿を引くと、薬室に7.92ミリ徹甲弾を送り込む。

 

 

「風は?」

 

「西に2m。戦車との距離は500!」

 

 

 暗闇の中500メートル先のちっぽけな軽戦車の、更にちっぽけな視察孔を狙うなど正気の沙汰ではない。

 しかしマートン准尉は静かに片目を閉じ、同じくらい静かに引き金を絞る。

 7.92ミリ徹甲弾は准尉の意思を察したかのようにR35軽戦車の操縦手用視察孔に吸い込まれていった。

 

 

 

 R35軽戦車が突然動きを止めたので、ナイマーク大尉は2人の女性士官が戦車との距離を取るのを待ってからバーク中尉に叫んだ。

 

「撃ち方始めッ!」

 

 

 バーク中尉が立て続けに放った2発の81ミリ榴弾はいずれも命中こそしなかったが、R35軽戦車の近くに着弾した。

 戦車はしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと後退を始める。

 ナイマーク大尉は車長が苦労して操縦手席に入り込んだのだろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽戦車からどうにか逃げおおせた2人は、人生で最も長く感じられた2kmほどを走り切り、マートン准尉達と合流した。

 メチニコフ准尉が命懸けで届けたファイルの中身が何かまだ分からないが、少なくとも公国は最後の愛国者さえ失ったに違いない。

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