公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

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23 国家の英雄

 

 

 

 

 

 

「どいつもこいつも理想だけは高らかに謳い上げるが、その実現となると途端にトーンダウンする。君にも経験があるだろう?」

 

 

 そうだ、そんなクソみたいな経験をしてきた。

 部下ってのはそんな奴らばかりだ。

 "現場を変えてください"だの"誰かが変えなきゃ"だの"未来の組織が"だのと口走るが、そのくせ自分は何もしないで他力本願。

 そんなに変えたいなら自分でやれば良いのに、そしたら今度は"今の立場に誇りを持ってる"だの"これだから組織は変わらない"だの"いや、俺はそんな能力はない"だの。

 今の立場に納得してるなら手の届かない所は諦めるべきだし、組織を変えたいなら自分でやればいいし、能力が無いなら口を出すなという話に尽きる。

 まったく、揃いも揃って思い上がりも甚だしい。

 

 

 将校になって以来、私が取り組んだのは現場に寄り添うことではなく上司の意図を実現することだった。

 そのために部下をすり潰すことに抵抗は全くなかったのだ。

 

 マリーという優秀な副官は"組織を変えたい"なんて願望を私に話したことはない。

 彼女の立場ならそれは可能だし、その私に比べて有り余る愛国心なら現状を変えたいと心のどこかで思っていても不思議ではないのだが。

 それでも彼女が黙して語らないのは、それだけの労力を傾けるだけの価値がないと見ているからだろう。

 

 公国軍は根底から腐りきった。

 軍を変え、祖国に忠じようとした愛国者を、公国の一線級部隊は端金の為に抹殺した。

 もっとも、それを命じたのは私だが。

 

 

 

 バセスク少佐の問いに、私は答えなかった。

 人間というものは語らずとも行動にその考えが出る。

 私の場合は特に顕著だろう。

 少佐はこの沈黙の意図を汲み取ったようで、微笑みながら私の肩を叩く。

 

「私も苦労したクチだ、大尉。大戦の末期にイルドアで、陣地化された丘を取れと言われた。我々は騎兵で、砲や機関銃の支援もなかった。どうなったと思う?」

 

「………()()()()()んですね?」

 

「ははっ!これだから君は好きなんだ。そうだ、丘は取れたよ。ただし部下の2/3を失った。…生き残った連中は口々にこう言ったよ。"もっとマシな方法はなかったのか"と。」

 

「将校は魔法使いじゃありません。我々の仕事は全員が生きて帰れる魔法を編み出すことじゃなく、部下の殆どが死んでも丘を取らせることです。」

 

「そうだ…そしてそれは永遠に部下に理解などされない。」

 

「部下の理解や納得など必要ない。…私なら背後から拳銃で撃ちますよ。」

 

「イルドアでは実際に2人撃ったよ。君はマルダヴで何人撃った?」

 

「幸運なことに1人も。」

 

「ほう?」

 

「なんです?…そりゃ、撃たずに済むならそれに越したことはありませんよ。」

 

「はははっ!確かにな。………ところで、そいつは45口径か?…良い銃だ。だが将校向けの銃じゃない。」

 

 バセスク少佐がそう言いつつ、ホルスターごと自動拳銃を差し出してくる。

 感情を顔に出さないようにしていたはずだが、恐らくしかめ面をしていたに違いない。

 

 

「お気持ちは嬉しいですが…こいつで充分です。この前も助けられましたし…」

 

「そう言うな。私の上司のレディから直々の差し入れさ。…それとも自動拳銃は信用しないのか?」

 

 

 45口径自動拳銃1911年型は傑作と言っても差し支えのない、高い信頼性で有名な武器だった。

 信頼性という点で言えば中古の45口径回転式拳銃1917年型も勝るとも劣らないが、それ以外では全て劣っている。

 

 

「…作戦は最終段階に近づいてる。上司も君の身を案じてるのだろう…まあ、あれだ。途中じゃ死なれちゃ困る。…君の指示で"演習中"の公国軍部隊がオペラ座を"誤射"した。オペラ座が手段を選ばない可能性も充分にある。本当なら護衛も付けたいが…」

 

「まあ、マリーがいてくれれば大丈夫です。心配なのはサンドラの方ですよ」

 

「それは君の方でどうにかしてくれないとどうにもならないよ。良い奥さんだが…こっちとしちゃ、他の"乗客"と同じ行動を取ってくれた方が有難いんだがね。」

 

「説得はしましたが…ああなるとサンドラは聞きません。彼女は最後までいます。」

 

「ならまあ、仕方ない。一応こちらの配下の一部を監視任務に充てるが…()()が誰かはもう知っているだろう?今度はオペラ座も手を出さないさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 オペラ座本部

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何故今になってそんな情報が出てくる?」

 

「意図的にリークされたのでしょう。…少佐殿の、"家庭訪問"を警戒している人間がいるのかと。」

 

「あの時、大尉の隣人が部屋にいなかったのはただの幸運というわけか?」

 

「そのようです。」

 

 

 

 デイブ・クローリーが持ち込んだ情報に、ロフスキ少佐は頭を抱えた。

 

 国境沿いで公国軍のメチニコフ准尉を抹殺したのは、近傍で"演習中"だった公国軍部隊による"誤射"だったらしい。

 無論、そんな荒唐無稽な話を鵜呑みにするロフスキ少佐ではないが。

 しかし、共和国は今回の件に関して『再発の防止に万全を期すことを期待する』という、あまりにも危機感のない回答をするに留めていた。

 理由は簡単、たかがいち軍人のために小協商関係を壊したくないのだ。

 

 

「政府の弱腰外交もいい加減に我慢ならないわ…」

 

 

 そうは言いつつ、ロフスキ少佐は政府が小協商を壊したくない理由も承知している。

 前回の王国との戦争で、政府にとって当初の懸念は公国の参戦であった。

 伝統的な王国の同盟国であり、更には大戦の結果に不満を持っている。

 強大な王国軍の対応に忙殺される共和国に、連邦が介入する前に公国側から展開されれば共和国に勝ち目はなかっただろう。

 

 共和国軍情報部は開戦直前になって、どうにか重要情報を手に入れた。

 それは王国が公国に中立的立ち位置に留まるよう要求した、という情報だった。

 おかげで共和国は東部に主力部隊を集中でき、東部を破壊されつつも独立を保つことができたのだ。

 

 前回、王国は単に共和国への膺懲として宣戦したに過ぎない。

 だから戦線の拡大は望まず、公国にも参戦を控えさせた。

 しかし毎度こうなるとは限らない。

 共和国政府としては、王国の侵攻があれどせめて2正面作戦を避けるための確約が欲しいのだ。

 

 だから公国の軽戦車が"何らかの偶発的な事故"で国境を200メートル越えたとしても大きな問題にはしない。

 "今回はそちらの軍人が亡くなっただけで、こちらの損害はフェンス程度だろうから大目に見る。次からは気をつけてさえくれれば、我々は良き隣人のままでいられるはずだから。"

 これがあの善良な首相閣下の意図であろう。

 

 

「とにかく、家庭訪問はもう諦めるべきかと。スタン大尉の奥方も我々を警戒しているはずです。」

 

「その上、隣人は新しい王国大使の護衛武官か…確かに、手は出せないわね。」

 

 

 どうやら王国大使館は偶然にも公国軍人と同じアパートメントに武官を住ませているらしい。

 それも、隣の部屋ともなればおいそれと訪問することはもうできないだろう。

 襲撃など、もってのほかだ。

 それは王国を刺激して共和国を不利に追い込む可能性があまりに高い。

 

 

「…別の面から攻めよう。メチニコフ准尉のファイルは?」

 

「充分以上の内容です。…連邦の某商社から、公国軍兵站総局へ謎の入金の記録ですよ。情報部の調査が正しいのならば、この商社は連邦右派のペーパーカンパニーです。」

 

「つまりは連邦右派の連中が公国の武器を買っている証拠…あの大尉が我々に"エサ"としてぶら下げた情報と辻褄が合う。」

 

「大尉はこちらから最低限の信用を得るためにあの情報を根拠と共に提供しました。そして…兵站総局が手放した武器と共和国東部に流れ込んだ武器は符号します。」

 

「兵站総局が武器取引に関与したことは確実…しかし、ここまで来て大尉を追い詰めることができないとは…」

 

 

 あの狡猾な大尉はこれらの事実を突きつけたところできっとこう言う。

「ああ、これはこれは!()()()()()()()()()()()()()()()()!これらの情報は両国のより良い関係への進展に繋がることでしょう!」

 とても自分の組織が国際問題レベルのことをやったとは思えないような態度を平然とやってのけることだろう。

 

 この情報があったとて、メチニコフ准尉の殺害に大尉の関与を裏付ける証拠がなければ大尉へのダメージにはならない。

 それどころか、兵站総局の関与を証明できるのは大尉から提供された情報によって、であった。

 つまり大尉はこの件に関して功労者ということになるだろう。

 

 反対に最後まで国家に忠じた愛国者の功績は評価が難しい。

 メチニコフ准尉は相当なリスクを負って、国家内部の…国軍兵站を司る重要機関の情報を不正に外国軍の防諜部へと流出させたということになるだろう。

 ロフスキ少佐が情報源を明かせば、共和国が公国軍人を買収していたと見られてもおかしくない。

 この書類を公表するのであればそれは匿名でなければならないし、その裏付けとなる情報を地道に調べたイロディオン・スタンは共和国にとっても公国にとっても英雄だ。

 

 

 

 将校は使命を全うするために自身の感情を抹殺せねばならない。

 己の感情を脇において、目的のために粛々と任務の遂行にあたることが求められる。

 ロフスキ少佐のような"感情的"な軍人にとり、彼女が将校でいることの難点はそれだった。

 

 東部での塹壕。

 貴族も平民もなく共に戦い国家を守った。

 しかしながら彼女の場合、部下との間にできた絆があまりにも強すぎる。

 これがバセスク少佐やスタン大尉なら話は簡単、ルィバルコ少佐なら多少悩みはすれど早い決断を下すだろう。

 

 しかしロフスキ少佐は違った。

 彼女は国家を想って行動を起こし、その国家に裏切られても忠実であることを最後まで保った軍人を差し置いて、ただの売国奴に栄達を与えることに大きな抵抗を感じていた。

 

 

 彼女は拳を強く握り過ぎて、その白い柔肌に鮮血が滴る。

 自身に痛みを与え、理性を強く引き戻した後、バセスクやスタンが即決するであろう決断を下した。

 

 

「情報を公表しましょう。クソッタレに勲章をやるのは我慢ならないが、少なくとも武器の流入は止められる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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