公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

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24 公国の火災

 

 

 

 

 大公国

 首都

 

 

 

 

 

 深夜の暗闇が大公国の首都を覆い始めた頃、まだ一室の灯りが灯る軍内部査察課のオフィスの裏口では数人の男たちがたむろしていた。

 4人の男たちはそれぞれ銃で武装していている。

 1人は旧帝国製のサブマシンガン、1人はイルドア製の散弾銃、1人は大公国製の自動拳銃、そして1人は帝政時代のガルダリケ製回転式拳銃を持っていた。

 様々な国の銃火器を持ってはいたものの、彼らの使用する言語とこれから行うことへの意思は統一されているようだ。

 

 

「手早くやろう。事務所にいるおっさん1人を片付けるだけだ。そのおっさんがいなくなれば、本国の連中もやっと仕事を始められる。」

 

「言われなくても手早くやるさ。こんなモン持った状態で長い時間彷徨きたくねえよ。ハンス、お前の手に入れた鍵は確かなんだろうな。」

 

「警備を買収したんだ、違いねえ。」

 

「なら良いんだがな。」

 

 

 男たちは買収した警備員から手に入れた鍵で裏口から軍内部査察課へと入っていく。

 標的は仕事熱心なことに、いまだに部屋の明かりをつけている事務所にいるはずだ。

 

 

 公国軍の警備兵達は、自分たちの身を危険に晒してまで仕事熱心な中佐殿を守ろうとはしなかった。

 だから4人組は驚くほど簡単に事務室へと至る。

 そして事務室にいた彼らの標的は、まるで今日が命日となることを知っていたかのように人生最後の葉巻を楽しんでいた。

 

 

 標的の男、即ち軍内部査察課の中佐にとってそれは必然と言えることだったのだ。

 メチニコフ准尉が"事故死"したと聞かされた瞬間、彼は自らの"両腕"を失ったことを知った。

 目の前に現れた4人組の男たち、彼らのボスからすればこれほどのチャンスはない。

 現在の大公国の政治情勢は極めてデリケートな、緻密な差配の上にどうにかして均衡を保っているに過ぎなかった。

 身を粉にして差配を司っていた者、それこそ他ならぬ中佐を始めとした"愛国者"だ。

 

 

「………"背後のひとつき"にやられたな。」

 

 

 誰に向かって言うでもなく、中佐は1人そう呟く。

 何年か前にこの4人組のような連中の登場を警告した男に、背後から刺されるようなことになるとは思っていなかった。

 

 確かに兆候はあった。

 ただし、あの男なら中佐自身の考えを理解できるだろうと踏んでいた。

 あくまで期待値を込めて。

 

 結果は想像の斜め上だった。

 あの男は中佐の考えを理解しながら、そして自身の行いが何を招くか理解した上で。

 国家全体を業火の上に投げ落とす真似を行い、そのくせ自分と家族の安全は保証されるよう周到に立ち回ったのだ。

 

 

 マルダヴだ。

 あの山脈があの男の何かを叩き折ってしまった。

 そんなことを考えている間にも、4人組の内の1人が古い44口径拳銃の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和国

 首都

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう、スタン"少佐"。これで私と同級だな。」

 

「いえいえ、ルィバルコ少佐殿のことです。もう昇進なされるのでは?」

 

「"殿"は不要だ、"ロディ"。そう簡単に中佐に昇進できるものか。…今は同じ階級の者同士、少し固いのは省こうじゃないか。…んんっ、それでは…改めて。公国の英雄にして共和国と王国の良き友人、そして何より私の親しい友人であるイロディオン・スタン少佐のご昇進と…その副官であり同じく我が友、マリーナ・ルチェスク"大尉"のご昇進を祝って………そして、少佐のお美しく賢明な奥様のご健康に…乾杯!」

 

「「「乾杯!!!」」」

 

 

 共和国で最も評価の高い王国料理店は今日この日、王国大使館と公国大使館の職員…合計15名ほどの有志たちによって貸し切られていた。

 公国大使館の地下で共に仕事をする仲間たちは表向き"死人"になっているからここには来られない。

 それは少しばかり後ろめたいものがあったが、彼らはもうすぐ渇望するものが手に入るのだから、そのお膳立てをした私がこうした息抜きをすることくらいは大目に見て欲しい。

 

 王国と公国の伝統的な同盟関係を根拠とした親睦会、ルィバルコ少佐がそこに私とマリーの昇進祝いを加えてくださった。

 妻のサンドラにも参列が許され、今日は私も彼女も服装を整えている。

 それはマリーも同様だったが、憧れの(まだ酒の入ってない)ルィバルコ少佐の隣に座ったマリーは顔を赤らめて緊張した様子。

 それを見てとったルィバルコ少佐が赤ワインを手に取った。

 

 

「私は公の場では飲まないようにしているんだ。あの体たらくだからね。だが…ルチェスク大尉、君は大丈夫だろう?私に遠慮せず、どうか楽しんでくれ。」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「ロディはどうする?今回の"功績"を考えれば、今日1番飲んで良いのは君だろう?」

 

「せっかくですが、サンドラは酔っ払いが嫌いですから…またの機会に」

 

「あらやだ。ロディ、私のせいにしないでよ。」

 

「あっははははっ!良い奥様に恵まれたな、ロディ。」

 

 

 ルィバルコ少佐はそう言って、サンドラのグラスにワインを注ぐ。

 私は水で喉を湿らせつつ、ルィバルコ少佐の"本題"がやってくるのを待ち構えていた。

 こんな場がただの親睦会で終わるはずもない。

 

 

 オペラ座は私のやったことを知っている。

 国境警備隊のポンコツどもめ。

 戦車まで手配してやったのに、あのロフスキ少佐を仕留め損ねたというのが気に食わないが、事実は事実として受け取るしかあるまい。

 奴らの杜撰な仕事のせいで、私は共和国の狂犬を今後も警戒しなければならないだろう。

 

 とはいえ、良い知らせもある。

 

 

「んんっ!そうだ、ルチェスク大尉!あちらにいらっしゃるマダムにご挨拶をした方がいい。大使館二等書記官のご婦人でね、共和国暮らしが長いうえに甘いものに目がないと来た。スタン夫人と3人で話せば盛り上がると思うんだが…」

 

「…っ………そう言うことでしたら……行きましょう、サンドラ」

 

「え、ええ………」

 

 

 ほら来た。

 

 

「………さて、こんな場で言うものではないかもしれないが…君の上官は"残念だった"。」

 

「………ええ、残念でした。善良な人間だったのに…強盗に遭うとは……………」

 

「流石に無理があるぞ、ロディ。今更、軍内部査察課に押し入って何を盗み出すと言うんだ?重要情報は既に君の手元にあり、君はそれを使って特別昇進を成し遂げ、今や国家の英雄だ。」

 

「……私は勤勉ですからね」

 

「ふふっ、それを自分で言うのか?それに最近は私と飲んでばかりじゃないか。」

 

「お誘いいただいた立場で言いたくありませんが、それについてはそちらも一枚噛んでおいででしょう。」

 

「確かに。……正直に答えてほしい。連邦は何枚噛んでいる?」

 

「………噛んでいません。少なくとも、合同調整局は。」

 

「連中の事務所は今てんてこ舞いだそうだ。つまりは何も知らなかった。…政府の筋じゃないんだな?」

 

「そちらとしてはその情報だけでも充分では」

 

「もう少し詳しく知りたい。…合州国が噛んでいるんだろう?あのバセスクとかいうエージェントは知っていた。だから君も驚いていない。」

 

「………」

 

「軍内部査察課の、"愛国者"と呼ばれるグループが何をしていたのかは我々も承知している。君は本当に要を叩き割ったんだな?」

 

「以前からやると申し上げていたでしょう。ただ、ご心配なく。共和国は南側から燃えます。あなた方は風上に居れば良い。」

 

「飛び火がなければ良いんだがな。」

 

「気に入りませんか?」

 

「………私の役職で言えば…『感謝している』、私の本心で言えば『なんてことをしたんだ、クソ野郎』だな。」

 

「……将校は感情を殺して任務の遂行に当たらなければならない。私もあなたも、その意味では模範的でしょう。」

 

「ああ…否定はしないさ。」

 

 

 ルィバルコ少佐の蒼い瞳は一つの感情を露わにしていた。

 それは諦念でも怒りでもない。

 彼女の瞳が露わにしていたのは哀愁の念だった。

 

 以前共にそれぞれの国家のための仕事をして、数年前には首都で雑談をしていた男が変わり果ててしまったことへの哀愁。

 少佐には申し訳ないが、彼女には慣れてもらうしかない。

 もう後には引けないのだから。

 

 

 

 

 公国の政治バランスを調整していた中佐を葬ったのは、連邦右派連中の一派だった。

 実際には合州国は何らの指令も出していないし、それどころか連邦右派の手綱を握ってもいない。

 ただし情報は入手していたので、バセスク少佐はそれを知っていたわけだ。

 

 

 中佐の死は何を意味する?

 公国内で伸長する右派勢力とネゴシエーションを行える人材を、公国政府が失ったことは一体何を意味するのか?

 

 まもなく公国世論は暴走する。

 右派は勢力を拡大して、公国の全権を掌握するだろう。

 彼らを強力に支援したのは連邦右派の皆さんである。

 彼らは共和国を、"連邦からの完全な経済自立を目指す敵対国家"に仕立て上げたくて仕方がない。

 共和国のウルトラ・ナショナリストが伸長してくれればくれるほど連邦右派の荒唐無稽な話も現実味を帯び始める。

 だから公国の同志たちをけしかけて、共和国右派の活動を活性化させたがるに違いないのだ。

 そしてそれは、ドサクサ紛れに投下した資本を回収したい合州国の利益に直通する。

 

 

 公国は燃える。

 間違いなく燃え上がる。

 短絡的な右派勢力が、共和国の火災につけ込もうとすることなど簡単に想像がつくし、前の大戦と同じく痛手を被ることはさらに簡単に想像がつく。

 

 さてはて、今度は立ち直れるかな?

 私は安全なところからそれを眺めるための算段を、もう既に立てておいた。

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