公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

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26 モニカ・シルサリスキ

 

 

 

 

 

 大公陛下の心労は、彼自身の顔色に表れている。

 彼のこんな顔を、私はマルダヴにいた時でさえ見たことがなかった。

 追い詰められ、悲しみ、絶望した人間の顔。

 残念ながら、彼をそうしたのは彼自身なのだ。

 

 大公は軍の一部の愛国者達が、文字通り身を削りながら国内の政治バランスを取り仕切っていた事実を知らなかったし…おそらくは今も知らないのだろう。

 無謀な戦争を仕掛けてまで国民の人気取りに走っていた大公から見れば、突然国内の右派が伸長して国民を騙くらかし、横暴極まりないクーデターを起こしたように見えるはずだ。

 実際には右派の伸長は何年も前から始まっていたのにも関わらず。

 彼は信じたい情報以外に関心を向けず、そして今その代償を払っているにすぎない。

 

 私はほんの少し手を加えただけ。

 そしてこれからもう少しだけ更に手を加えさせてもらうところだった。

 

 

「陛下、お目にかかれ光栄であります。本官は大公国軍軍内部査察課のイロディオン・スタン少佐であります。…こちらは共和国軍のロフスキ少佐です。陛下が連合王国へ亡命するまでの間、我々が警護を受け持ちますので。」

 

「………君は…どこかで会ったかな?」

 

「いえ、陛下。お目にかかるのは初めてかと。」

 

「そうか…遠い異国での勤務は辛かろう……よく忠義を通してくれた。」

 

「身に余るお言葉であります、陛下」

 

 

 正直、公国での仕事よりかは共和国での仕事のほうが辛くはなかった。

 公国での仕事は何にもならないもののために、不毛にしか思えない仕事をしていたのだが、共和国でやった仕事は少なからず私自身の利益に直結するものだったからだ。

 

 ただ、この発言に不快感を示す権利を持つのはロフスキ少佐かもしれない。

 国の北部で国境を接し、ついこの前小協商を結んだ共和国を、大公陛下は「遠い異国」と呼んだのだ。

 ロフスキ少佐からすれば、自国内の過激分子の制御に失敗し、愛すべき祖国の好意に便乗して公国の疫病を持ち込んできた挙句に、恩人たる共和国を"良き隣人"ではなく、"遠い異国"扱いされたことになろう。

 つくづく外交センスのない大公陛下だ。

 

 青筋をにこやかな笑みで隠したロフスキ少佐が、これ以上耐えられなくなる失言を聞かずに済むよう、我々の会話に割って入る。

 

 

「失礼を。ご紹介に預かりました、ロフスキ少佐です。陛下の警護をスタン少佐と担当致します。」

 

「ああ………よろしく頼む…貴国の好意には感謝しなければならんな…」

 

 そういうことは最初に言うべきだと思うのだが。

 

「…陛下は明後日連合王国へと向かわれます。首都からの移動は列車で。その後共和国北部から連合王国までの連絡船を手配済みです。」

 

「(早速か!こちらへの連絡もなしに手配を進めるとは…っ!)…スタン少佐、それは時期尚早では?…そもそも脱出先であれば、公国の伝統的な同盟国である王国の方がよろしいかと…」

 

「時期尚早も何も…公国の唯一正当な政権は陛下にあることを一刻も早く発信しなければなりません。こちらの行動が早ければクーデター勢力も足踏みせざるを得ませんし、何よりクーデター勢力が共和国への侵攻を抑えられる…あなた方にとっても利益になるはずです。…それに亡命先ですが…」

 

「大公陛下の暗殺を公国右派が目論む可能性が高いことを考慮すべきです。連中も大公陛下が王国に亡命なさる事を想定しているでしょう。そして公国人は比較的容易に王国は入れます。つまりは…」

 

「大公陛下にとってはむしろ危険である、と。」

 

 

 私の発言をマリーが引き継ぎ、公国代表の凸凹コンビが並べた内容をロフスキ少佐が吟味する。

 間違いなく、筋は通っているはずだ。

 大公陛下が暗殺されれば、彼女の目の前にいる凸凹コンビは亡国の将校と成り果てる。

 新政権がこの凸凹コンビの身の安全を保証する密約でも結んでいるなら話は別だが、クーデターを起こすような連中の保証などあってないような物。

 仮にロフスキ少佐が私の本当の雇い主と仕事を知っていたとしても、彼女の視点からでは国王の暗殺とは結びつかないはずだ。

 

 

「分かりました、確かにそちらの案の方が良さそうだ…しかし……手を取り合うのであれば意思決定の前にご相談をいただきたいものです。」

 

「善処致します。」

 

「(善処、だと!?)…少佐殿、状況からして善処はもはや当たり前です。連携を取り合うためには相互の認識共有を…」

 

「少佐殿、決定をなさるのは私ではなく大公陛下です。そして国家元首の意思決定は、たとえ同盟国といえども外国の情報機関に即座に共有するわけには……」

 

 

 私とロフスキ少佐が問答している間に、マリーが静かに後退りをして退出していく。

 ロフスキ少佐の副官が何かを彼女に話していたので私としては心配だったが、こちらもロフスキ少佐から"牽制射撃"を受けているためにこの場を動くことができなかった。

 マリーには自分でなんとかしてもらうしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁ………お互いに疲れますね、大尉殿。」

 

 

 シルサリスキ少尉のおかげであの"戦場"から抜け出せたのは有り難かったが、仮にも大尉という階級をつけた以上は、これが何らかの意図の下に行われた行為であると判断せざるを得なかった。

 マリーナ・ルチェスクは階級こそ大尉だが、そもそも共和国入りした時点で中尉の中でも新参者の部類であったのだ。

 実際の実務能力は元の階級から毛の生えた程度のものでしかない。

 

 将校が最初につける階級といえば少尉だが、これは歩兵で言えば30人程度の1個小隊を指揮する者である。

 大尉に昇進するとこれが1個中隊…つまりは150人前後を指揮する立場になるわけだ。

 中尉という階級は少尉が大尉に至る間の階級で、30人程度の指揮能力を120人前後のそれへと昇華させるために様々学んでいく必要がある。

 調整先は小隊長の時のそれよりもずっと広がるし、今まで中隊長に投げていた案件を今度は自分が受け取る側になり、「〜〜がなっとらん!ここをこう直せ!」と投げ返すか、或いは各種規則や実行の可能度を併せて大隊長にお伺いを立て、実現のために各方面への調整をして、最終的に各小隊長に指示を投げて実行を監督する立場になる。

 シルサリスキ少尉もそんなことは百も承知であろうから、"修業期間"をほとんどすっ飛ばして大尉になったマリーから先輩としての助言など期待していないのは明らかであろう。

 ………後々シルサリスキ少尉も異例のスピード昇進を果たすのだが、それはまた別の話である。

 

 

「確かに、居心地の良いものではありません…ロフスキ少佐にはご迷惑を。」

 

「いえ、これも小協商という友好関係のいち形態かと。大公陛下のご安全は共和国にとっても利益です。…陛下は連合王国から声明の発表を?」

 

「………ええ、その予定です。連合王国到着後可及的速やかに組閣を行い、大公陛下の政府の正統性を打ち立てます。…これ以上は流石にお話できませんので、どうかご理解ください。」

 

「いえいえ!そんな!こちらこそ探りを入れるようなお伺いをしてしまい、失礼しました!それと…本職に敬語は不要です、大尉殿。」

 

 人畜無害なように見えるが油断はならない相手だな、とマリーは感じた。

 士官学校時代の成績は優秀だったに違いない。

 シルサリスキ少尉はこの短いやり取りで自らが進出できる限界点を知ったことになる。

 通常なら階級にモノを言わせて追い払うのもいいだろうが、公国軍は現在進行形で共和国軍に借りを作っている状態だ。

 無下に扱うのは得策とは言えない。

 

 

「…それでは、"知人"として話すのは?友好国の軍人としての立場を一度忘れてみるのはどう?」

 

 

 固さは十分に取れていないにせよ、こんな提案をできた事自体がマリー自身驚きだった。

 シルサリスキ少尉の態度からして、有効な提案だったに違いない。

 共和国軍の少尉は少し緊張を解いた様子で、何かの拍子に有用な情報を引き出せるかもしれなかった。

 だからルチェスク大尉は調子を合わせるつもりで肩の力を抜いてしまう。

 

 

 油断と慢心が、結局はとんでもない隙を生み出してしまうことも知らずに。

 

 

「ありがとうございます、大尉。…それにしても大変ですね、母国でクーデターとは。」

 

 

 後にこの事件を調査した歴史家達は、口を揃えてこう言っている。

()()()()()()()()()()()の大きなミスはこれが初めてで、そして最後ではなかった。』

 ルチェスク大尉は最近の自身の周囲で起こる目まぐるしい陰謀に疲れていたのだろう。

 元々は誠実で実直な貴族気質の軍人、そんな彼女が上司の企む陰湿な陰謀に好んで加担しているはずもない。

 

 

「ええ、まあ。ただ、このゴタゴタさえ片付いてくれれば…」

 

 

 ルチェスク大尉の士官学校成績は優等だったが、モニカ・シルサリスキの成績に及ぶものではない。

 スタン少佐の士官学校成績は並の少し上だったが、彼の場合は陰湿な性格から来る資質の低評価が足を引っ張ったと見るべきだ。

 指揮官としての器ではなく、幕僚として評価されての成績だろう。

 副官が新任少尉に出し抜かれるあたり、公国軍士官学校は妥当な評価を与えたと見れる。

 

 スタンならシルサリスキへの予防策を編み出せただろうが、実直なルチェスクにその才能はなかった。

 少なくとも、シルサリスキはルチェスクの態度に疑問を覚えたのだ。

 "ゴタゴタをどう片付ける気なのか"と。

 

 ゆで卵からヒナは孵らない。

 大公が戻っても公国はすんなりと王政復古を受け入れるだろうか?

 一度クーデターという暴力でそれを転覆したのに。

 それならば、ルチェスク達はどんな解決に望みを持っている?

 間違いなく言えるのは、それは王政復古ではない。

 

 

「ご家族が母国にいるのでは?心配ではありませんか?」

 

 

 公国公正取引委員会の陰謀に最初のヒビを入れたのは捻りのない質問だった。

 

 

「………ええ、まぁ。

 

 

 シルサリスキはこの返答で確信したのだ。

 

 ルチェスクが家族を何とも思っていない類の、冷酷な人間とはシルサリスキには思えなかった。

 スタンは完全に性格に難があるが、ルチェスクにも別方向のそれが見て取れる。

 時代遅れのサーベルを携行しているあたりがまさにそれだ。

 周囲に馴染め連帯感を持てる人間が、明らかに浮いてしまいかねない物を好んで…いや、誇りとして持ち歩くだろうか。

 

 スタンやルチェスクのような人間は職場の同僚よりも家族を優先する、家族以外に理解者があまりいないからだ。

 その家族が母国にいて、その母国でクーデターが起きたのにルチェスクの反応は「……ええ、まぁ」。

 それだけでシルサリスキは確信し、何ならこの連中の目的まで悟ったのだ。

 

 

 こいつらは家族の安全の担保を取っている。

 そしてそれが合州国のために働く理由なのだろう、と。

 

 

 

 

 

 

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