公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

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27 戦友の過ぎたる誠実

 在共和国連邦大使館

 

 

 

 

「大使殿のご理解とご協力に、合州国は感謝致します。」

 

「どうかお気になさらず。貴国の慈悲があってこその今の連邦ですからな。この程度の協力は惜しみませんとも。」

 

 

 大使館を去るバセスク少佐…実態は合州国のエージェント…と握手を交わした大使を、バルヒェット大佐はさも不憫そうに見つめている。

 

 

「…納得いかんかね、大佐?」

 

「いいえ。ただ、中央の厄介ごとを押し付けられた閣下にご同情を。」

 

「冗談はやめたまえ。イロディオン・スタン公国軍少佐と彼の副官のマリーナ・ルチェスク大尉は合州国のために働いているのだ。合州国から身分の保証を頼まれれば、友人のために喜んで手を貸すのが連邦の度量というものだろう?」

 

「閣下が博愛主義者とは存じませんでした。」

 

「誰が何と言おうと私は博愛主義者だ。そして、機会は誰にでも平等に与える。」

 

「……?」

 

「スタン少佐にチャンスをやるなら、オペラ座の君の友人にもチャンスをやらなければな。…ところで、スタン少佐の"友人"はこのことを知っているのかね?」

 

「……!…ふふっ…スタン少佐は詰めが甘いようですね。」

 

「詰めが甘いどころではない。私の指揮下なら銃殺ものだ。肝心要のところで情が湧くなら、こういう仕事はすべきではない。」

 

「なるほど、畏まりました。その件は手配致します。」

(戦場での戦友愛が、こんなところで命取りになるなんてね。()()()()()()、これもまた"戦争"なのよ。分かってちょうだいね。)

 

 

 悲しいという表現とは裏腹に、バルヒェット大佐は既に笑みを浮かべていた。

 彼女の算段通りなら、今回も連邦は"負けはしない"。

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 王国大使館

 

 

 

 

 

「待て、その情報はおかしい!」

 

 

 ルィバルコ少佐は滅多に焦りを人に見せるタイプの人物ではなかった。

 極東で共産主義者と砲火を交えていた時でさえ、彼女は冷静沈着そのものだったのだ。

 しかしながら、今日もたらされた情報は彼女を狼狽させるのに十分な威力を持っていた。

 

 それはクーデターが巻き起こった公国絡みの情報で、難を逃れた大公が、伝統的な同盟国である王国ではなく連合王国を目指すという情報だった。

 そんなはずはないと、彼女は受話器に怒鳴りつける。

 相手は王国本国の情報担当者で、そこからの連絡はつまり王国もまた隣国のクーデターに高い関心を寄せていることの証左であった。

 

 

『公国軍の担当者は王国に公国右派が潜り込んでいる可能性を考慮したようです。』

 

「その担当者は余程の間抜けだ!王国の警察網が公国の不穏分子を放置すると思うか!連中のことなら既に監視対象にしているし、そもそも最初に情報共有をしたのは公国側だぞ!?…その担当者の名前は!?」

 

『…えー…イロディオン・スタンという名前の少佐です…』

 

 

 ルィバルコ少佐は危うく受話器を落としかけた。

 大公の護送担当者があの"ロディ"だということに衝撃を受けたのだ。

 少佐は力無く受話器を置き、回転椅子にどっと腰を下ろす。

 

 イロディオン・スタン少佐は間抜けの類でない。

 そのロディが大公を、確実に安全な同盟国から遠ざけている。

 間違いない。

 ロディは()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 

「……そんな……そこまでするのか、ロディ…」

 

 

 彼の目論見は、ルィバルコ少佐にも分かっていた。

 合州国の指示に従うのは単に金目的なんかじゃない…それなら従う相手は連邦でも王国でも良いはずだ。

 ロディが合州国に拘わったのは、おそらくは…家族を挙げてそこに移住するつもりだからだ。

 

 

 なんてことだ!なんてことなんだ、ロディ!

 内海で面倒を見た若い公国軍中尉はこんな男ではなかった。

 戦友の死に耐えられず、同盟国の上級士官相手においおいと涙する男。

 そんな男が祖国を魔女の鍋に突き落とし、自分だけは助かろうとするようになるなんて。

 

 ルィバルコ少佐は出世街道まっしぐらの、新進気鋭の上級将校だったが、弟のように面倒を見た人間が変質するのに何も思わないほど冷徹ではなかった。

 いや、少々感傷が過ぎる。

 これがバルヒェット大佐なら、「あらそう、残念ね」などと言って鉛玉をぶち込むだけだろう。

 ルィバルコ少佐はそうしなかった。

 だから事態は悪化している。

 ルィバルコ少佐は少しばかりイロディオン・スタンを見誤っていた。

 

 つまり、イロディオン・スタンの計画はおそらく次のようなものになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 オペラ座本部

 

 

 

 

 

「公国内で伸長する右派を押し留めていた勢力を排除してクーデターを助長、亡命中の大公をこの共和国内で始末し、共和国のしわざに見せかける。そして公国右派は現在共和国との国境に軍を集結中。共和国は大公暗殺の濡れ衣を着せられ、公国右派の侵攻を受ける。無論撃退できるだろう。だが、奴はあくまで共和国・公国間の戦闘状態を作り出せば良い…連邦右派がイキリ立つ程度の戦闘状態を。」

 

「一つ分からないことがあります、少佐。大公暗殺自体は公国右派の目論見通りになるのでは?…何故共和国に侵攻する理由になるのですか?」

 

「あなたも純粋ね、シルサリスキ少尉。公国のクーデター勢力は"自身の手で"、大公を"犯罪者"として始末しなければ"正当な政権"であることをアピールできない。…元々頭の足りない連中でしょうから、"共和国は我々の政権に正当性を与えないため、秘密裏に大公を暗殺したのだ!"なんていう手垢のついた脚本を、声高らかに歌い上げるでしょうね。皮肉にも、今まで大公への忠誠心を残していた人間がそれに拍車をかけるわ。」

 

「それなら共和国は寧ろ大公を安全に避難させて、亡命政権を立てさせた方が有効かと…」

 

「言ったでしょう?頭の足りない連中なんてそんなものよ。クーデター勢力も結局は"武勇伝"を作りたいだけ、本当は開戦理由なんてなんでも良いのでしょうね。」

 

 

 ロフスキ少佐の口調は冷静だったが、腑は煮えくり返っている。

 公国のクーデターはそれまでの体制を否定して国の政権を奪った。

 歴史ある、古式ゆかしい君主制を破壊したのだ。

 つまりは、国内のゴタゴタを片付けて、国民に自身こそ新しい支配者だと知らしめるためにも、前任者が成し得なかったような"偉業"を達成する必要があると感じているのだろう。

 

 

「連中、その内『チュファルテク南部は元々公国の歴史的領土』だとか言い出すかもしれないわね。」

 

「まさか…」

 

「少尉、何にせよ公国のクーデター勢力が焦っているのは事実よ。国内の混乱を収めなければならないという時に隣国への侵攻準備をするなんて正気の沙汰ではない、でしょう?」

 

「では…いかが致しましょう?もしクーデター勢力が開戦を前提にしているなら、大公がどうであれ…」

 

「少なくとも、首相が小協商に未練を感じている内は大公を守るしかないわ。それに、長期戦になれば動員が間に合うかは怪しい。」

 

 

 おそらく、クーデター勢力はそこまで大きな軍事衝突は企図していない。

 ロフスキの読み通りなら、クーデター勢力がその支援者にしている連邦右派が出した"仕様書"は、連邦が介入する口実を作る程度のものだろう。

 本当に恐るべきはその後で、連邦の介入を許せば自然と王国も介入を行うはずだ。

 そうなれば共和国は再び戦火に包まれることになる…

 

「本当なら、あの2人組を消すのが良さそうだけど…」

 

「確信も証拠もなしに公国軍将校を殺害するなど、それこそ公国に口実を与えかねません。」

 

「ええ、そうね、少尉。…大公が無事に共和国から出るなら、少なくとも共和国を燃やす口実を与えずに済む…疫病といえど、無下には扱えなくなったわね。」

 

 しかし、とロフスキ少佐には消えない疑問が残る。

 イロディオン・スタン少佐とルチェスク大尉は大公を失った瞬間に公国軍人としての立場を失う。

 合州国がバックボーンに着いてはいるが、連中が奴らのを身柄を保護するのは自らの関与を確実に否定できる段階になってから…つまり2人組が合州国に足を踏み入れて、新しい名前と市民権を得てからの話になるはずだ。

 

 共和国が濡れ衣を着せられるのであれば、ロフスキ少佐は躊躇なく2人を拘束できる。

 拷問でも何でもして、大公の暗殺を自白させてもいいし、最悪でっち上げてもいい。

 つまり2人は自ら大公に手を掛けた瞬間に自身の命運も投げ捨てることになる。

 合州国の仕事をしている人間なら、その程度の予想はついているだろう。

 

「何か…嫌な予感がするわ。」

 

「とにかく、一度戻りましょう。大公陛下と公国軍の2人組から目を離しすぎています。」

 

「心配しなくとも今は大丈夫よ、少尉。今ここで大公陛下を手に掛ければ、連中はそれこそ逃げ道が無くなる。…連中はきっと道中に罠を張っているわ。……こちらに優秀な狙撃手が必要ね。」

 

「准尉を呼んできます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

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