公国商人 作:ゔぇにすのしょーにん!
大戦の果てに、大公国は帝国領ダキアを飲み込むことになった。
殺された分はきっちり取り立てたと考えて良い。
ところが首都ではこの日もデモが続いている。
私の直属の上司たる中佐は、提出された書類にそっぽを向いてデモ隊を眺めていた。
「………帝国から得るべきは土地だけではない。賠償金を取れなかったせいで、国はこのザマだ。」
上司の話であるはずだが、私個人としては中佐の意見などどうでもよく、さっさと振り返ってサインして欲しい。
ただし、この難物の機嫌を損ねたくもないので話を合わせる。
「本土を失ったフランソワ共和国政府は自国内の内紛で燃えてますし、ガルダリケ王国も内戦のゴタゴタが片付いていない。何よりも合州国が孤立主義でダブついた資本の投入先を探しているんです。連合王国単独では、未だ健全な軍を持つ旧帝国に強気な姿勢は出せませんよ。」
終戦から半年以上経つのに戦後処理が追いつかなかった理由はこれだ。
確かに帝国は負けた。
ただし、
フランソワ共和国は国土を帝国軍に蹂躙され、政府が北アフリカに遷都したおかげで本土は内乱状態にある。
共産主義、国粋主義、官僚主義、無政府主義が入り乱れている混沌とした状態だ。
誰も北アフリカに逃げ出した政府の言うことなぞ聞かず、戦後処理会議には代表すら出せていない。
ガルダリケ王国は合州国に大きな借りがある。
その上国内の整理を進めてはいるが、まだ帝国の後継たるクライス連邦と本格的に事を構えるような真似もできない。
だから合州国の提案があれば、それに同調するほかない。
連合王国だってまずは大戦中に植民地に入り込んだ旧帝国工作員による擾乱を片付けなければならないし、合州国の協力がなければ大戦を生き残ることなどできなかった。
つまるところ、居並ぶ列強のほとんどが戦後処理に本腰を据えられないでいる。
唯一本腰を据えられる列強国である合州国は、国内の開発が終わってしまい、余ってしまった資本を投入できるような地域を探している。
そういう意味ではクライス連邦は打って付けだった。
生産手段が殆ど無傷であったことがあまりにも大きい。
確かな技術力、大きな市場、あと不足しているのはまさしく資本金。
神が合州国のためにお膳立てしたと言っても、誰も疑いはしないだろう。
その合州国が、クライス連邦を混乱に突き落とすような真似をするだろうか?
無論、そんなことはしない。
協商連合や大公国のような"中小国家"は、自国の都合を述べれるような立場にいるわけでもなかった。
協商連合は合州国が帝国を破らねば立場を回復できなかったし、我らが大公国とて"旧くからの友人"なしにはマルダヴで粘ることなど出来なかったことだろう。
その友人は黙して合州国に従うほかないのだから、我々も右に倣うのは至極当然である。
合州国はクライス連邦に、協商連合には旧帝国領ノルデンを、大公国には旧帝国領ダキアを割譲の上、旧帝国領オストラントをチュファルテクとして分離独立させる要求をするに留めたが、賠償金の要求はせず、各国にも自重させた。
「アンタらの欲してる領土はやったんだから、賠償金はとやかく言うな」と、つまりはそう言うことらしい。
よって、大公国は帝国領ダキアを得て「大ダキア」を実現したものの、賠償金を得られず、今も大戦の損害に苦しんでいる。
「大勢を失った代償がこれとはな。」
「だから我々軍部は侵攻に反対していたではありませんか。」
「大尉、口を慎め。侵攻は国民の意思であり、大公閣下の意思でもあった。憎むべき相手を間違えるな。」
何が憎むべき相手を間違えるな、だ。
口には出さないが胸中では叫んでやろう。
私は国民を憎んでいる。
間違いなく、心の底から、憎んでいる。
そもそも帝国領ダキアへの侵攻は「大ダキア」を夢見る国民の意思であった。
現大公が即位した後、大公国は敵から身を守るために国民皆兵制度を取った。
常備とされた兵員数は70万人。
とてもこの中小国家が養って良い兵数ではないが、これにはカラクリがある。
常備兵力70万の内、列強でいう正規兵としての訓練を受けた軍人は10万人に満たない数だった。
残りの60万は"半農半兵"の民兵からなり、その訓練頻度は"九農一兵"くらいの…つまり年に2、3日訓練するかしないかくらいの粗末なものだったのだ。
ところが国民は数字だけを見て満足した。
大戦が勃発して暫く経つと、国民はナショナリストに乗せられて「大ダキア」の実現を叫ぶようになった。
これは帝国領ダキアを奪取するという意味であり、ナショナリストの背後に連合王国がいたことが今では鮮明に分かっている。
連中は大公国のナショナリズムを煽り、帝国に"不意打ち"を喰らわせる気でいたのだろう。
煽られた国民は60万人のど素人で帝国に攻め入れと言う無茶苦茶を言い始めた。
更に悪いことには、大公閣下と何人かの将軍達がこの流れに乗った。
最悪だ。
おかげで我々軍部はこの無茶苦茶極まりない計画を実行することになった。
60万人の民兵は軽装備で、その装備の使い方すら不習熟で、しかしながら勇んで帝国領ダキアへと出て行った。
その間に我々はマルダヴに移り、あとはご存じの通り。
例の軍曹をはじめとして、私は大戦で少なくない友人を失った。
しかし国民はマルダヴの山の中でどうにか国家を保たせた将兵達を、心無い態度で迎えたのだった。
大公は自らの安易な判断の過ちを、誰かに擦りつける必要があった。
国民は安易なナショナリズムに乗せられた屈辱を、誰かのせいにしたかった。
そこで彼らは、すべてを軍部のせいにしたのだった。
合州国が参戦して大戦が終わると、大公と議会は"60万の民兵をみすみす壊滅させて救援もせず"、"首都すら放棄して山中に逃げ込んだ"軍部に、全ての責任を押し付けた。
国民は…間違いなく自らの過ちであるという自覚を持ちながら…大公と議会の態度に乗った。
これに対して山中で国家を保った将軍達は、沈黙によって応えることを良しとした。
いや、良しとしてしまった。
結果として我々大公国軍将兵は、"国民の期待に応えられずに首都も手放し、みすみす大勢を死なせた無能な連中"として仕立て上げられ、国民の批判を一身に受けることとなる。
今現在、中佐殿が魅入っているデモ隊も、「軍事予算の更なる引き下げ要求」という目的のものだった。
「………ところで大尉。君はいつになったらその忌々しいライフルを返還するんだ?」
中佐がこちらに振り返りながらそう言った。
私の肩には例のモデル88-90が掛かっている。
「軍が追い込まれていることくらい、君も承知だろう?士官の義務として私物を購入したまえ。」
「………検討致します。」
「この前も同じことを言っていたな。」
「検討中ですので。」
軍は……軍上層部は御大層な事に自らで自らを追い込んだ。
とんだ自慰行為だ。
そんなものに付き合わされてはたまったものではない。
中佐殿には是非とも、デモ隊に向けて「この中に帝国領ダキアへの侵攻を支持した経験のある者は手を挙げよ」と問いかけてもらいたい。
連中が全員正直者なら9割方は手を挙げるはずだ。
ただ、間違っても上官相手にこんな事を口に出しても良いものではない。
代わりに、私はいつもよくやるように…話題を逸らす事にした。
「…中佐、私の武装よりも深刻な問題が。国内の右派政党が私兵集団を組織している可能性があります。」
「規模は?」
「現在大隊規模とのこと。」
「それなら大した問題にはならんよ、大尉。」
「無視するわけにはいかないかと。軍事予算の引き下げに伴い、軍は縮小されます。行き場を失った軍人が合流するでしょう。」
「大戦は終わったんだ、大尉。軍の縮小は順当な考えだと思うがね。常備兵力は12万人になる。これでも小さい組織とは言えまい。」
「その内半農半兵の民兵が半数を占めます。中佐、民兵は帝国領ダキアで7万人相手に大敗したような組織です。その反面職業軍人は半減される…国内の右派組織は監視すべきでしょう。」
「大尉…君はこの軍内部査察課に異動してきて半年になるはずだな?」
「はい。帝国領ダキアから引き上げてきて、ここに配置されました。」
「その馬鹿でかいボルトアクションライフルを背負ってな。…もう少し"戦後"というものに慣れるといい。軍が国民の期待に添えなかった以上、国民が多少過激な思想に傾くのも致し方あるまい。」
致し方あるもんか。
そうは思ったが、結局のところこの日私の警告は無視されることとなった。
軍内部査察課は元々軍隊内部での不正行為や過激思想…特に共産主義思想を監視する目的で戦前に設立された。
ところが大層な名前に比して実態はこんなもの。
大公国軍は右派にはどうにも同情的な部分があり、取り締まりはあまりにも緩かった。
国内の右派勢力伸長は目に見えていた。
賠償金がなかったおかげで戦後復興は遅れて経済は低迷、せっかく得た新たな領土を活かす術もない。
右派組織は「無能な軍に変わる真の国民軍」の建設にさえ取り掛かれているのが現状なのだ。
国民は自らの過ちを我々に押し付けたおかげで、我々が直面しているような"痛み"を知らずに済んだのだ。
それは首都をズタズタにされるよりも深い傷を負う事を意味する。
国民の無謀な欲求に従い、国民国家を守るために戦ったのに、国民自身から裏切られ、国家の恥として扱われるような痛みを。
痛みを知らない人間は同じ過ちを繰り返す。
だから右派が私兵を持っても歓迎さえする。
よって私は決断した。
国民には痛みを与える。
平民将校といえど、せっかく軍内部査察課に配属されたのだ。
持ち得る権限でこの国を切り売りしてやる。
そうして大切なものを失って初めて、国民も痛みを知るだろう。
文章力が拙すぎますね。
ロフスキ少佐からゴミって言われる♪ハァハァ