公国商人 作:ゔぇにすのしょーにん!
3 転勤
4年後
チュファルテク合同共和国
「大公国から、右派勢力に武器が?」
軍務省法務局公衆衛生課独立大隊『オペラ座』課長、ヨランダ・ロフスキ少佐はセルジョ・ハイネマン局長の言葉に眉を顰めた。
「首相官邸襲撃に使われた武器の約半数は大公国の装備だ。モデル95ライフル、M07拳銃、M98リボルバー…我々や王国製の武器に混じって使われていた。」
「公国軍は装備品の管理もできないのかしら?」
「期待しない方が良い、少佐。公国の経済状況は我々より少しマシな程度だ。賠償金を取り損ねた挙句、経済政策にも失敗している。」
「つまり賄賂を受け取る腐った蛆虫が後を絶たないと。軍人を名乗って欲しくないものです。公国政府もせっかく旧帝国領ダキアを回収したのにこのザマとは…」
「我々も人の事は言えまい。せっかくの平和を手に入れてこのザマだ。」
暫くの間、ロフスキ少佐は推し黙る。
チュファルテク合同共和国での戦争が終わって1年が経つ。
開戦のきっかけは単純だった。
合州国からの資本を得て急速に復興、そして発展する連邦経済。
資本先からもたらされた進歩と自由の精神を掲げ発展する連邦は、旧帝国から解放されたばかりの共和国にとっても羨望足り得る存在だった。
連邦への接近が顕著となる合同共和国を、未だ内戦の事後処置に追われる王国は黙って見ていられない。
東の巨人にとって緩衝国でない共和国に価値はなく、それどころか折角纏めつつある国家体制に自由精神の疫病を持ち込みかねない危険な存在だった。
東の王国、西の連邦。
彼らは共和国を戦場に激突、かくして戦火が国を焼く。
終戦は開戦と同様外国の都合だった。
共和国の頭越しに列強同士の手打ち、平和が強制される………
軍務省法務局公衆衛生課独立大隊『オペラ座』は、『勝ち取った平和』を『すべての脅威』から死守するために存在した。
『すべての脅威』というのは、「強制された平和」に異を唱えるような豚共のことを指す。
「勝ち取った平和」を「無価値」と断じ、愛国者を気取る豚共……
局長の情報が正しければ、その豚共に武器を与えているのは隣国の汚職軍人ということになろう。
「…とにかく、公国の汚職軍人が豚共に小道具を与えたという事ですね?公国はどう対応を?」
「公国政府の対応は期待できない。」
「はぁ?」
「公国の政府組織は汚職まみれだ。汚職軍人と組んでいる可能性の方が高いだろうな。まだ公国軍部に直接対応を要請した方が良い。」
「呆れた連中だこと。そうなると、政府の誰かが横流しを取り仕切っているのでしょう。我々が乗り込んで行って直接処分しましょうか?」
「それは我々の職務ではない。『オペラ座』は本来の職務に取り組むが…武器の供給元については公国軍から派遣される担当者に任せる事になるだろう。少佐には彼への協力を頼みたい。」
「わざわざ祖国の尻拭いをしに来るなんて、公国にも素敵な愛国者がいたものですね。その担当者にはフェデラル・ビルでも渡しておきましょうか?」
「やめておけ。公国軍は奴らなりに最もマシな人材を派遣するそうだ。人事資料を読む限りは
「あら、公国にも塹壕貴族がいたとは驚きですね。」
「いいや、平民出身だが…
「なるほど。塹壕では貴族も平民もありません。戦火の洗礼を受けたなら多少の信用はできるでしょう…用心に越したことはありませんが。」
…………………………………
大公国首都
今日は帰りが遅くなってしまった。
理由は明白だ。
4年前、私の直属の上官に警告を握り潰された。
結果として国内の右派勢力は伸長し、軍内部のシンパも大幅に増えている。
大公国は大公陛下を頂点とした立憲君主制を採っているが、大公陛下が権力を制限されない旧帝国型のものである。
そして大公陛下は『私は善良なダキア人として統治する』と即位式で述べた通り、国民世論に重きを置いていた。
これが我々に旧帝国領ダキアへの侵攻を強いた主因でもあるが。
大公陛下は国民世論を気にするあまり、彼らの中に過度に右傾化する者が出ることさえ許してしまった。
自身に国民の非難の矛先が向かないのであれば結構、そういった姿勢が右派の伸長をも許している。
4年前、大隊規模だった右派の私兵組織は師団規模にまで躍進していた。
表向きは共産主義組織による街頭活動への対抗手段を謳っているが、その実態は軍事組織に他ならない。
この4年間で2人の首相が暗殺されたが、いずれもこの私兵組織による犯行が疑われていた。
これだけでも厄介なのだが、この右派組織に連邦や共和国といった外国の組織とも繋がりが見つかったというのだから殊更に厄介であった。
公国の右派組織は連邦や共和国の右派勢力と結びつき、連携を採っている。
共和国の首相官邸がどうなろうとどうでも良いのだが、その首相官邸襲撃に公国軍の正式装備が使われた事には大きな問題があった。
公国外務省はチュファルテク合同共和国の『遺憾の意』を賜った。
ところが公国の政府機関では大戦終結直後から汚職が蔓延していて、流出の実態さえ掴めていない。
それは軍も同様で、誰が武器を横流ししたのか…探ろうとする者は賄賂で抱き込まれるか、夜道で消されるかしているのが現状である。
頭を抱えた公国政府は、マルダヴの時と同じように、この責任を軍部に投げた。
軍部もまた頭を抱えた結果、「要するに公国から共和国への武器の流れさえ止められれば良いのだろう」という結論に至る。
安直な考えに見えるだろうが、今回は大戦の侵攻作戦とは違い明確な理由があった。
"それが限界"なのである。
私は今日、直属の上官である中佐から、この武器の流れを止めるべく共和国に派遣されるという内容の命令を受け取った。
こんなものは憲兵や外交官の仕事であって、大公国軍内部査察課がやるべき事は国内からの流出を止める方であるはずだ。
ところが外務省でも賄賂が横行しているし、憲兵はここ数年完全にたるみ切って規律違反事案を頻発させている。
何より、誰も未だ混乱の渦中にある共和国などに行きたがらなかったのだ。
中佐がいくら受け取ったのか、或いは受け取っていないのかは分からない。
とにかく隣国の苦情をそのままにもしておけないので、私が派遣される事になったらしい。
流出は国内の軍部査察課が担当し、私は連邦、共和国、大公国の各右派勢力の連携状況を調べて流出先を探す。
ここまで大層な無茶振りもあるまい。
とはいえ命令は命令であった。
3ヶ月後には私は副官と共に共和国の大公国大使館内で働く事になっている。
困ったもんだ…こちらが国家を切り売りしたいなんて考える前に、既にやってる連中がいるとは。
幸いな事に私は王国語が扱える。
共和国は過去、永らく王国の勢力下にあった事もあり王国語も浸透していた。
連邦語と共和国語はカタコトだが、副官はこの二カ国語を流暢に扱えるから、言語はそこまで心配していない。
どちらかというと私が心配しているのは、家庭の方である。
「ただいま」
「おかえりなさい、ロディ。」
「すまない、遅くなってしまった。」
「首都務めになるって聞いた時から、こうなる事は予想してたわ。マリーも同じなんでしょう…彼女大丈夫かしら?」
妻のアレクサンドラが私よりもマリーの方を先に心配した事を若干残念に思いつつも、私は手土産を置いて外套を脱ぐ。
「私はあまり心配されていないのかな?」
「あなたはマルダヴの山の中に3年間篭ってたでしょ。よほど無茶しない限り、首都でのデスクワークなんて序の口でしょうに。」
「おやまぁ、これは手厳しい。マリーは私より早く帰れるんだぞ?」
「5分だけ、ね。私が彼女と話してないとでも思った?」
「参ったな、職場で悪さはできんね。」
「ふふふっ……ところで、今日は何か悪い知らせがあるんでしょう?」
モデル88-90を立て掛け、手土産に手を伸ばす前に彼女に図星を突かれた。
恐らく少し固まってしまったのだろう。
彼女はクスクスと笑いながら、なぜそんな真似をできたのか話し始める。
「あなたがその店のパイを買ってくるのは、祭日か私の誕生日か私達の結婚記念日…或いは何か悪い知らせをしなければならない時だけ。」
「………実は…そうなんだ。また転勤になる。」
「なるほど。…南部なら嬉しいのだけれど。」
「残念ながら…海外だ。」
「海外?」
「チュファルテク」
妻はため息を吐いたが、私が想像したより落胆はしていないようだった。
或いはそう見せないように気を遣ってくれたのだろう。
「どうせ長くはならないし、あなたの事だからロイヤル・ノートで俸給を支給するように要望したんでしょう?」
「レパブリカルなんて紙屑を支給されたら大変だからね。最低限の要望さ。」
「なら大丈夫よ。」
「本当にすまない。また南部が遠のいてしまう。」
「謝らないで。何度も言うけど、将校と結婚する時点である程度の苦労は覚悟していたもの。南部へはいずれ帰れるでしょうし。…晩御飯はまだでしょう?」
「よく分かるね」
「あなたが酔っ払って帰ってきた事はないもの。さぁ、黒スグリのパイもある事だし…冷めないうちに食べちゃいましょう。」
食卓につき、温かな食事を取る。
彼女が料理を皿に盛り付ける様子を見ながら、平和というものの尊さが改めて身に染みた。
この平和さえ受け入れようとしない連中が存在する事が信じられない。
温かなアパートメントで妻の手料理を食べるより、凍える山脈の塹壕で冷え切った缶詰を食べる方が良いと考える特殊な人々がいるというのだから。
ただし、その冷えた缶詰を好む人間が、公国内世論の多数派を占めようとしている。
大公陛下は世論を先行きにしか関心を寄せていない。
政府機関と議会は賄賂が横行して適切な対処すらできないでいる。
私はしがない平民将校に過ぎない。
"遅らせる"ことはできても、"治すこと"はできないだろう。
それなら私は、何をすべきだろうか。
答えはもう決めていた。