公国商人   作:ゔぇにすのしょーにん!

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8 "後見人"

 

 

 

 

 

 公国人が作り過ぎたクグロフを全部持って帰ってくれたので、バルヒェット大佐のキッチンには新しくお菓子を作る余裕ができた。

 仮にも高級将校の手前であそこまで無節操に菓子を貪る女性将校は躾に問題があろう。

 しかし、ここ数日2人の子供達から「クグロフ飽きた!」という感想しか聞かされなかったバルヒェット大佐が、あのような純朴な感想に癒されたのもまた事実。

 寝不足の大尉の方も、副官くらい素直なら尚更都合が良かったのだが。

 

 そんな事を考えていると、受話器の向こう側から困惑を含んだ問い返しが聞こえてくる。

 

 

『失礼ですが、大佐。小官にお問合せいただくまでもないと考えます。』

 

デグチャレフ()()、私の子供達と同じ歳には軍隊にいた貴女なら分かるでしょう?…ウチじゃ限界なの。」

 

 

 伸ばし棒で肩を叩きながら、バルヒェット大佐はため息をつく。

 わざわざ"ラインの悪魔"を頼らなければならないのには十分すぎる理由があったが、しかしそれは大佐の勘に過ぎない。

 物証が欲しいが、その前に物証抜きで根拠を探す必要があるという厄介な状況だ。

 

 

『そちらでお調べした内容で必要充分では?例の公国人は何の変哲もない将校で、それ以上でもそれ以下でもない。小官には改めて調べ上げる利点が見えません。』

 

「貴女の言うことはもっともよ。でもね、中佐。私は本国の防諜が公国相手に遅れを取るほど鈍ってはいないと思っているの。」

 

『と、仰いますと?』

 

「あの大尉は連邦右派が使っているダミー会社の情報を持ってた。…大戦序盤に公国軍迎撃の第一陣を飾った貴女から見て、どうかしら?公国にそんな能力があると思う?」

 

『…あははははッ!!!まさか!国全体が汚職に塗れているような国家ですよ!?…なるほど、状況は理解致しました。大尉の背後には誰かがいるわけですね?』

 

「それを調べて欲しいのよ、中佐。順当に考えれば、背後にいるのは王国ということになるでしょうけど…正直、その線も引っかかる。王国が連邦右派を妨害することによる利益が見えてこない。連邦右派の狙い通り共和国が自主路線に進めば、王国も王国で再侵攻の口実を得られるのよ?…王国の主戦派は手放しで喜ぶし、慎重派だって納得せざるを得ないでしょう。」

 

『可能性としては捨てられませんが…どちらにせよ、調査の必要がありますね。全力を尽くします。』

 

「ありがとう、中佐。」

 

 

 電話を終えたバルヒェット大佐は再び製菓作業へと戻っていく。

 今日はクッキーでも作ろうかと思っているが、あの公国人達が未だに頭の中に居座っていた。

 

 

(これが大戦中なら簡単だったんだけど…)

 

 本国から離れた駐留基地で、バルヒェット大佐は物思いに耽る。

 どう考えたって怪しいあの大尉を拷問にでも掛ければ、大抵の問題にはカタがつく。

 いっそのこと消してしまっても良いだろう。

 あの男は共和国と連邦をぶつけるに足りる情報を頭の中に閉まって歩き回っているのだから。

 ヨランダ・ロフスキを怒らせたいなら、武器密輸の背後にいる連邦右派の情報を流せば良い。

 

 

 そう考えると、余計に王国の線は薄れていく。

 奴が王国主戦派の為に働いているのであれば、ここに来る前に『オペラ座』にあのファイルを投げつければそれで事足りる。

 しかし大尉はそうしなかったし、気になる点は他にもあった。

 

 連邦右派が何を目的にしているか聞いてきた時、あの大尉は全く持って食い下がろうとしなかった。

 王国側の人間なら、連邦の内情を知る為にもう少し食い下がろうとするはずだ。

 あの潔すぎる引き際からして、大尉は既に解答を知っている。

 "物分かりの良い男はモテるわよ"

 確かにそう言ったが、今考えると十二分に褒め過ぎた。

 

 

 何もかもがチグハグで、故に大佐はあの公国人達に手を出せない。

 現状でハッキリ分かっているのは、イロディオン・スタン大尉が公国の為に働いているわけではないということだけだった。

 あの男も公国人の例に漏れず、誰かに買収されているに違いない。

 

 デグレチャフ中佐からの返答を待つ間に、大佐にはもう一つできる事がある。

『オペラ座』が、あの怪しさ満点の公国人を放置するとは思えない。

 まだ会って間もない相手に、恐怖を植え付けて釘を刺すような真似をしているのだから、今もきっと動いている事だろう。

 バルヒェット大佐はクッキー生地をオーブンに入れる前には、既に心を決めていた。

 

 

「…近々、ロフスキ少佐には会っておかないとね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大公国大使館地下

『公正取引委員会』

 

 

 

 

 

 

『打電:共和国発 "代理人"より"後見人"へ。"フサリア"及び"カイザー"と会合。"F"の関与は確実。"カイザー"は状況を把握済み。』

 

『"後見人"より"代理人"へ。"F"は既に共和国内に侵入。共和国東部の港に足跡有り。物資集積の兆候有り。必要に応じ促進せよ。』

 

『"代理人"より"後見人"へ。現時点で"F"への干渉は不可能。暴露の危険性高し。』

 

『"後見人"より"代理人"へ。必要なれば"ツァーリ"に接触。援護を得られ、履行されたし。障害は排除されるべき。』

 

「まったく、無茶を言う!このクソッたれ!!」

 

 

 "後見人"とのやりとりを見返して、私は危うく記録簿を投げ捨てるところだった。

 まったく、無茶苦茶を言ってくれる!

 "F"を管理できるなら何も苦労はいらないんだ!

 奴らは『オペラ座』と同じ狂犬で、奴らと彼らの違いは最低限の理性が機能するか否かの違いでしかない!

 

 

「大尉、落ち着いてください!"後見人"は監視することはできても、奴らの管理まではできません。もしできていたら我々を雇ったりしませんよ。」

 

「…確かに。君のいうとおりだ、マリー。このクソ案件が片付きさえすれば、我々は()()()()()()()()に乗れるだろう。ただ…やり遂げられれば、の話だが。」

 

「弱気になるには遅過ぎますよ、大尉。」

 

「ああ、分かってる!分かってるが…クソ…本当なら現時点でもボーナスを貰いたいところだぞ。」

 

「私達は今のところ上手くやっているかと。…こちらが何としても避けなければならないのは、"後見人"の存在が共和国に露呈することです。」

 

「ただし、連邦がある程度"F"への干渉を緩めるよう、連邦には"後見人"の存在を嗅ぎ取ってもらわなければならない。…質の高い情報をエサに使ったおかげで、大佐には我々の背後に誰かがいるということがバレたわけだ。あの大佐はこういう事を放置しないだろう。」

 

 

 私はコーヒーを一口含みながら、『公正取引委員会』の面々を見渡す。

 彼ら彼女らが薄暗い地下室の中で、延々とタイプライターや暗号解読機の類いと向かい合っているのは、我らが祖国に忠ずるためではない。

 我々は義務を果たしたのに、国家はそれを蔑ろにした。

 だから国からは、名義だけを取り分としていただくだけの権利はあるはずだ。

 

 我々は自分達の為に働くと決めたのだ。

 "後見人"の依頼をこなせば、我々はマルダヴの後取り損なった取り分を補って余りある報酬を受け取れる。

 それは、公国は勿論、連邦や共和国にも用意できないものになるだろう。

 

 

「マリー、大佐は遅かれ早かれ我らが"後見人"に辿り着くだろう。彼女は何をするかな?」

 

「おそらく何も。頭痛の種は増えますが、"後見人"の正体を知れば手出しはしないと思います。」

 

「私は五分と五分の危ない橋だと思っているよ。大佐は共和国を"縦深"とすべく情熱を注いできた。"後見人"の望みとは相容れない。」

 

「…ではやはり、大佐が共和国に肩入れして我々を潰しに掛かる可能性の方が高いでしょうか?」

 

「…………展開次第では…あー……五分五分…だと思いたい。」

 

 

 やめろ。見んな。

 お前ら、一斉に作業を中断して俺の方を見るな。

 そんな目で見るんじゃねえ。

 私だってこんないい加減な事は言いたくないが、あの大佐がどう動くかなんて推測の上でしか分からないだろうが。

 

 

「………」

 

「大丈夫だ。…たぶん、な。大佐は我々の背後に誰かがいる事に気づいただろうが、彼女1人で調べることは不可能だ。"後見人"の存在なんて想像すらしちゃいない。それを知るには、彼女は連邦のネットワークを使用する必要がある。」

 

「我々の背後を調べる過程で、軍以外の人間も"後見人"が動いている事を知るでしょう。軍部には歯痒くとも、政府が手出しを許さない。」

 

「"後見人"の言うには連邦が彼らの存在を感じ取った時点で、大佐は共和国とこの件に関する情報共有を断つ見込みだ。連邦政府の方が文民統制(シビリアン・コントロール)を発揮して大佐を抑えつけてくれる…といいんだが。」

 

「"後見人"は実態を甘く見ているのでは?」

 

「その可能性は十分にある。共和国東部で誰を使うつもりなのかは知らないが、"F"は直接行動が目的ではなく、どこかの誰かを唆しにきただけだろう。そのための据え膳上げ膳をしに来たんだ。」

 

「それってつまり……」

 

「"後見人"は共和国を甘く見過ぎだ!まったく!…今に見てろ、そろそろ新しい暗号電文がやってきて、アレをやれだのと」

 

「大尉、新しい暗号電文が来ました!」

 

 

 軍曹が私のデスクにやってきて、解読を済ませた"後見人"からのメッセージを置く。

 彼の表情と脂汗からして、まず間違いなく良くない情報だろう。

 私もそのメッセージを恐る恐る見て、予想していたとおり呻き声を上げた。

 

 

「大尉?"後見人"は何と?」

 

「………マリー、悪い知らせと、クソ悪い知らせ…どっちから聞きたい?」

 

「悪い知らせは?」

 

「"後見人"の直属資産(アセット)が共和国東部で動く」

 

「うっ………クソ悪い知らせは?」

 

「察してるだろ、マリー?…そいつらを援護する。」

 

 

 マリーが目を閉じて天を仰ぐ。

 ただでさえ武器密輸の件で『オペラ座』に詰められて恐怖したのに、今度はまた詰められる上にクソみたいな仕事もバレないようにやらないといけない。

 

 

「………ロフスキ少佐に拉致されそうですね…主に大尉が

 

「おまっ…他人事じゃないぞ、マリー?『委員会』のメンバーで少佐に顔を知られてるのは私と君だけだ。」

 

「うっ……」

 

「考えはある。公国のすべてのものは金で手に入るんだ。だから…万が一に備えて、防御策を取っておこう。」

 

「資金はやはり"後見人"のものを使いますか?」

 

「いいや、辻褄の合わない資金を使いたくない…今のところは。連邦の大佐には東部の動きをリークする。」

 

「共和国に、ではなくですか?」

 

「我々は連邦を刺激しに来たわけではない。連邦側に情報を入れれば、共和国にも共有されるだろうが…連邦はいくつかフィルターをかけるはずだ。我々が精選する手間を省きたい。」

 

「大尉らしいですね。」

 

人の心とかないんか?…とにかく、連邦の大佐に情報を入れれば、その時に手土産も回収できるだろう。"買い物"にはそれを使いたい。」

 

 

 

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