みょんな呪術師   作:大嶽丸

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第5話

 

 

仮想怨霊

 

 有名な妖怪や伝説、怪談から誕生する可能性のある呪霊の総称。 人間から漏れた呪力の集合体である呪霊は、実際に実在しなくとも共通認識のある畏怖のイメージを持たれる対象は、強力な呪いとなって顕現しやすいという前提がある。

 

 主に特級に分類される呪いの多くが、この仮想怨霊であり、それらを含めて高専は16体の特級呪霊を確認している。

 

「──嘆かわしいな」

 

 そんな16体の内の1体が顕現した。

 

 名を、化身玉藻前

 

 平安時代末期に鳥羽上皇の寵姫であったとされる伝説上の人物。妖狐の化身であり、正体を見破られた後、下野国那須野原で殺生石になったという。

 

 それ即ち、かの日本三大妖怪が一角、“九尾の狐”への恐れが具現化した存在であり、古い呪いであるが故に特級に相応しい力を有している。

 

()()か……それすらも烏滸がましい。こんなものが“藍さん”と同一視されているなど」

 

 それと対峙する魂魄妖夢はその圧倒的な殺気と存在感を目の当たりにしながらも、嫌悪と失望を以てしてそう切り捨てた。

 

 醜悪な容姿。そこらの悪霊と大差ない理性。呪いとしての格。その何もかもがかつて確かに実在した()()の足元にも及ばない。

 

 それは、単なる残り香だった。

 

「九尾と聞いて期待していましたが……残念です。さっさと斬るとしましょう」

 

『領域展開』

 

 対する化身玉藻前は、己が侮られていることを理解したのか、或いは相手が強者であることを察してか最初から本気を出す。

 

 掌印を結ぶと同時に、周囲の景色が一変する。

 

──領域展開

 

 術師の中にある生得領域を結界という形で体外に創り出して敵を閉じ込め、その結界に術師本人の生得術式を付与する事で術式に基づく攻撃を必中とする結界術の極致にして奥義。

 

 領域展開を行うメリットは主に二つ挙げられる。一つは、環境要因による術者の能力上昇。領域の中は謂わば術者の精神世界もしくは術者の術式の中であり、術者自身が最も行動しやすい言わばホームグラウンドのような環境になっており、より洗練された自身の能力を遺憾なく発揮することが可能である。

 

 もう一つは領域内で発動した術者の術式の絶対命中。術式が付与された領域の中にいるという事は既に術式が当たっているという事になる為、領域内での術式に基づく攻撃は必ず当たる。

 

 つまりは正しく必中必殺の業。

 

「──彌虚葛籠」

 

 が、妖夢は動じずに自身の周りに網籠のような結界を展開する。数少ない領域対策の一つであり、簡易領域の原型とされる奥義。通常は両手を合わせるような構えを取る必要があるそれを彼女は刀を握ったまま即座に使用した。

 

 必中効果が中和され、しかし千年前から生と死を繰り返してきた化身玉藻前は本能に刻まれた知識からこれに困惑することなく次なる一手を打つ。

 

『前鬼・後鬼』

 

 左右に出現する2体の、鬼を思わせる武装した式神。主たる化身玉藻前の指示に従い、彌虚葛籠を破壊する為に突貫する──。

 

現世斬

 

 これに応じ、妖夢を大地を蹴る。

 

 そのたったの一歩で、瞬く間に式神の懐へと飛び込み、彼らが反応するも先に刀を数度振るった。

 

『十二神将』

 

 その身を切り裂かれ、消滅する式神。片方だけでも呪いとして特級、即ち1級術師に引けを取らぬはずのそれをあっさりと斬り伏せたことで化身玉藻前は敵の強さを上方修正。再度同じ式神を召喚しても無意味だと判断し、より上位の式神を12体召喚して取り囲む。

 

 呪いよりは精霊に近い老若男女の人型の式神。その実力は先程の式神の比ではない。

 

「──天上剣」

 

天人の五衰

 

 刹那、無数の斬撃が楔のように刃から()()、式神へと襲い掛かる。

 

 化身玉藻前は目を疑った。楔の一団となって瞬く間に空間を埋め尽くしたそれが、こちらへ迫った途端に一瞬だけまるで時が止まったかのように、()()()()となったのだから。

 

 どういうことなのか。疑念と共にこれを避けた化身玉藻前と違い、12体の式神はその繰り返される緩急に対応し切れずに被弾していく。

 

「──断迷剣」

 

 このままでは式神達が全滅する。己が有する最上位の式神すらも劣勢な状況に化身玉藻前は次の行動について思案し、そして硬直した。

 

 眼前に迫るのは、見上げる程に巨大な呪力で構築された刃──。

 

『極の……』

 

迷津慈航斬

 

 反応することすら出来ず、化身玉藻前は一刀両断。縦から真っ二つになって別れた。

 

 そんなあまりにも呆気ない、特級仮想怨霊の祓除と共に、領域も解け──。

 

『極の番』

 

 ることはなく、何かが妖夢を薙ぎ払う。

 

「!?」

 

 それは化身玉藻前の骸から這い出るようにして現れた一本の“尾”だった。刀身でこれを受け止め、しかし咄嗟だったこともあり力負けして吹っ飛ばされる。

 

「ッ…………」

 

 空中で態勢を整え、着地する。視線の先には九本の獣の尾が、ウネウネと蠢いていた。

 

『幻神飯綱権現』

 

 大地に食い込む、獣の爪。大きく口の裂けた、四つ目の狐の化け物。あの化身玉藻前の中から這い出てきたとは思えない、目測で少なくとも百尺*1を越える巨体が、そこに降臨していた。

 

 その呪力量は、先程の数倍以上。九尾の妖狐がかつて平安の世で、中華やインドといった大陸で猛威を振るい、恐れられた本当の所以は、ただただ純粋な力の強さである。

 

 これは、その具現化──。

 

「成程……少し侮りが過ぎました。腐っても大妖怪の残り香という訳ですか」

 

 妖夢は笑う。漸く“らしく”なってきた。

 

 背後には半数以下になりながらも天人の五衰を凌ぎ切った式神達が。有象無象と言えど、主の為に外敵を排除せんと動く。

 

「それでこそ、斬り甲斐があるというもの」

 

 闘志に満ちた刃を向け、それに応えるように化身玉藻前の成れの果てが飛び掛かる。

 

西行春風斬

 

 桜花が舞い、一閃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「暫くの間、高専で生徒を指導してほしい……ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 その数日後。東京の高専に呼び出された妖夢は唐突に告げられた内容に、呆気に取られてしまう。

 

「ハァ……この間、京都で特級呪霊を斬ってきたばかりなのですが。2体も」

 

 呪霊を生む呪霊、後に苗床の呪いと名付けられた特級呪霊を祓ったかと思えば、数十年ぶりに化身玉藻前が出現して大暴れしているので祓ってくれと東京から蜻蛉返り。

 

 そうして多少不機嫌になりながらも任務を完遂し、京都から帰った矢先にこれである。

 

「……すまない」

 

 眉間に手を当てながらサングラスを掛けた強面の男は、頭を下げる。

 

1級術師 夜蛾正道

 

 この東京校の教員にして傀儡呪術学の第一人者であり、妖夢とは彼女が呪術師となってから付き合いである。

 

「学長きっての頼みだ。1級術師を鍛え上げた実績のあるお前に是非とも協力してほしい、とのことだ。仕事明けなのは重々理解しているが、俺からもどうかお願いしたい」

 

「……1級になれずに死んだ者の方が多いと思いますが。まあ、分かりました。以前のように体育講師をすれば良いのでしょう?」

 

「ああ、本当に感謝する」

 

 呼びつけた学長本人が来ないのはどうかと思うが、訊けば仕事で都外に出ているらしい。断ったところでしつこく話は来るだろうし、実質拒否権はないので渋々ながらも承諾する。

 

「それで今回の生徒なんだが……これがなかなかの問題児でな……下手すると実力はお前以上かもしれない」

 

「……ほう?」

 

 一瞬言い淀むも、夜蛾は恐る恐るそう告げた。これに妖夢は嘲るのでもなく、起こるのでもなく興味深そうな表情を浮かべる。

 

 そういえば少し前に日下部が言っていた。五条家の次期当主、それもあの“六眼”の保有者が高専に入学すると。

 

 確か名前は……。

 

「五条悟。二人目の特級術師に認定された男だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「あん? 何見てんだ。というか誰だよ、このガキ」

 

「……これが、ですか」

 

「あ゛?」

 

 丸いサングラス越しから覗かせる、こちらを見下ろす透き通った水色の瞳。日本人離れした白髪の少年が、その整った顔を凶悪に歪め、傍若無人のままに振る舞っていた。

 

五条悟

 

 彼こそが、当代の“六眼”であり、五条家の相伝術式である“無下限呪術”との抱き合わせ。

 

(ふむ……呪力量はそこそこ。確か“六眼”というのは呪力の使用効率を最適化すると聞きましたし、実際の燃費はそれ以上なのでしょうか? 傲慢な態度を見るに、実力は相応にあるみたいですね)

 

 冷静に分析する妖夢。六眼については主やその友人から少しだけ話を聞いたことがあるだけで詳しくは知らないが、目の前の男が強者であることは容易く理解出来た。

 

「おいコラ。何とか言えよ」

 

「……失礼しました。私は魂魄妖夢。暫く高専の体育講師を務めさせていただきます」

 

「はぁ? 体育講師って……こんなガキが?」

 

「子供相手にガン付けるな、みっともないよ悟……しかし、どういうことですか? 夜蛾先生」

 

「キッザニアかなんかじゃないのー?」

 

 自己紹介を受け、五条悟とその隣に居た二人の生徒も困惑の色を隠せない。

 

夏油傑。呪霊操術の使い手であり、今後の成長によっては五条悟と同じく特級に認定される可能性があるらしい。

 

家入硝子。術式は持たないが、己だけでなく他者への反転術式が可能な逸材らしい。

 

 この三名が今期の東京校の1年生。一般的な学校の生徒数と比べてあまりにも少ないが、それだけ呪術師は人手不足だということである。

 

「言葉通りの意味だ。それと、魂魄特別1級術師殿はお前達よりもずっと年上だ」

 

「「「え?」」」

 

 担任である夜蛾の言葉に耳を疑う三人。しかし、彼がそのような冗談を言うタイプではないことを知っていたので事実だと認識する。

 

 確かに、術師の中には150年以上生きている人物も居るには居るが……。

 

「嘘だろ……? いや、待て。お前……」

 

 すると五条が何かに気付く。

 

「──()()()だ?」

 

「ふむ……今頃とは。意外と節穴なのですね、その眼」

 

「どっちだって聞いてんだろうが。さっさと答えやがれクソガキ」

 

「悟?」

 

「さて、どちらでしょうね?」

 

 五条の発言に首を傾げる他二名。一方で妖夢は笑ってはぐらかし、夜蛾は渋い顔をする。

 

「悟。それについては後で説明する」

 

「ちっ……へいへい」

 

 ここでは言えぬ厄ネタ、ということなのだろう。そう察した五条は舌打ちし、しかし妖夢を睨む眼は変わらない。

 

「で、こいつが1級ねぇ……術式自体は雑魚じゃん。こんなので俺らの講師が務まんのかぁ?」

 

「……そうですね。こちらとしても、貴方方が教え子に務まるか些か疑問ではあります」

 

「あ゛? お前、誰に物を言ってるか分かってんの?」

 

「ですので──」

 

 すると妖夢が己が刀に触れた。五条の目が見開かれる。

 

「試させてもらいましょう」

 

 そして、次の瞬間には姿が無かった。

 

「あ──?」

 

 疑問に思うよりも先に、術式が発動したことに気付き、同時にぞくりと寒気が走った。少し前から纏っていた“無限”が何かを止めた。

 

 振り向けば、胸の付近で光る刃が見える。

 

「成程……これが“無下限”ですか。聞いていた通り今の私では斬るのは難しそうです」

 

 “無下限呪術”。

 

 術者の周囲に“無限”を具現化させる事であらゆる干渉を防ぐ術式。術者に近付くほど低速化し接触出来なくなるためありとあらゆる物理干渉を無効化する……と、言葉だけ並べるとチートにも程がある術式だが、本来であれば原子レベルの緻密な呪力操作を有するためとてもではないが、まともに運用出来る代物ではない。

 

 但し、“六眼”の保有者だけはその限りではなく、その能力を十全まで発揮することが可能だった。

 

 故に、妖夢は己では斬れぬことを思い知らされ、顔をしかめる。雨を斬ろうと、空気を斬ろうと、無限を斬るには()()()()()()()()()()

 

「なっ──」

 

「しかし、その無限が無ければ切り捨てられていましたよ? それを持たぬ他の二人は勿論のこと」

 

 驚愕。刀に触れるという予備動作を視認したにも拘わらず()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の言葉通り、その気であれば五条を除く二人の命は既に無かったに違いあるまい。

 

「テメェ──」

 

 眉間に青筋を立て、五条が動かんとする。無下限のバリアがあったとはいえ()()()斬り込まれた。その際にほんの一瞬だけ感じた殺気と圧倒的な()()()()が、彼の思考を戦場に立つ者へと変えていた──。

 

「術式順転」

 

「──人智剣」

 

 収束する呪力。突如と始まった死合へのゴングに妖夢も特に躊躇も無く応じる。

 

「やめろ!!」

 

 怒声が二人の思考を戦場から引き戻す。

 

「落ち着け悟。初めに魂魄殿を侮ったお前の落ち度だ。激情に身を任せて仲間と命の取り合いをする馬鹿がどこに居る」

 

「……チッ!」

 

 夜蛾の反論の余地のない、制止の言葉に五条は不服そうにしながらも矛を収める。これを確認してから妖夢もまた納刀した。

 

 あのまま死合っても良かったのだが。

 

「魂魄殿。相手は生徒であるし、そう気軽に殺意を向けるのはこちらとしても肝が冷えるので勘弁してもらいたい。何よりも貴方は講師なのだから」

 

 生徒の前であるからか、普段とは違ってこちらも敬った言葉遣いで夜蛾は妖夢を注意する。恐らく彼女の今しがたの心情も察しているのだろう。

 

「……そうですか。少し舐められていたようなので、実力を示しただけですが、正道がそう言うのであれば以後は善処しましょう」

 

 本当にそのつもりがあるのかどうかは不明であるものの、妖夢はそう言って改めて五条と、有象無象の二人へと視線を向ける。

 

 三人とも己と同じく未熟な半人前。しかし、伸び代は充分にあるとみた。

 

「改めて、よろしくお願いします」

 

 こうして、半人半霊は“六眼”と接触した。

 

 それはどちらにも属さぬ彼女が、確かに踏み込んだということを意味していた。

 

 “因果”の内側へと──。

 

*1
30mくらい





化身玉藻前
 原作だと出落ちした超有名どころの大妖怪。日本三大妖怪であるが、片割れの大嶽丸は画太郎トラックで轢き殺された。最後の希望である酒呑童子は百鬼夜行で東堂が祓ったのがそうでないかと言われている。
 この作品だと実は式神使いで本気を出すとフィジカルエリートになる。サマーオイルは物理によるごり押しでどうにか取り込んだ。乙骨戦では本領を出す前に純愛砲で消し飛ばされた。哀れ。
 尚、あくまで仮想怨霊であって本物の玉藻前でも九尾の狐でもない。
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