桐藤ナギサさんの自己犠牲と聖園ミカさんの贖罪の話です。
pixivに投稿したものの改題転載になります。

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罪と灯

 

「ナギサ様、本日のお手紙を届けに参りました」

「ありがとうございます」

 

届いた手紙を机上に広げ、ひとつひとつ目を通していく。ほとんどはトリニティ内の各勢力からの私の誕生日について触れたものであったが、そこに一通、よく見かける安物の茶封筒が混じっていた。封を開け中身を取り出してみると、入っていたのはまっさらなポストカードで。一瞬意図を掴みかねたが、すぐに幼馴染による「合図」なのだと思い至った。私たちが別の派閥に入って以来、表立ってやりとりすることが難しくなってしまったので、こうして一見内容のない手紙を送ることによって連絡を取るようになったのだった。

茶封筒と白のポストカードは、今夜、「いつもの」場所で、の合図。他にも、花柄の封筒なら私の家、ピンクの便箋なら昼頃に、など様々な決めごとをしていたのが頭に浮かんでくる。こうして会おうと決めた時、「密会」みたいだ、なんて形容してはしゃいでいた彼女の姿は今でもはっきりと記憶に残っている。

 

「今夜は予定は入っていませんでしたよね?」

「はい、明日11時からの部長定例会議まで予定は入っていません」

「分かりました。ありがとうございます」

 

しかし、こうして彼女が合図を送ってくるのも随分と久しぶりのことだ。二年の夏頃以降はエデン条約締結に向けての準備、調印前のクーデター、調印式でのテロ、そしてその後の脱獄事件と聴聞会と、互いに会うことのできる余裕も時間もなかったのだから当然なのだが。

合図を送り合っていたころは結構何でもないような用事で呼び出し合うことがあったが、このタイミングにこの手段を取ってくるということには、どうしても考えを巡らせずにはいられない。他の人に話せない、話したことすら知られたくないような話があるのだろうか。案外、彼女のことだから「久しぶりに会いたくなっちゃって」なんて理由で呼び出してきた可能性もあるかもしれない。いずれにしろ、今夜の密会に彼女がどういう思いで臨もうとしているのかを明確に読み解くことは難しかった。

 

「皆さん、今日は早めに切り上げましょうか。この案件が片付き次第終業としましょう」

「「はい」」

 

そうして仕事に取り掛かっている間も、彼女が何を話してくるのかという問いがずっと頭の中を巡っていたのだった。

 

 

 

 

街灯の下を進んでいく。向かう先は待ち合わせの「いつもの」場所、トリニティ郊外の廃校舎で。ティーパーティー所属の生徒にしか場所は知らされていないし、場所を知っているティーパーティーの生徒でも、電気の通じないそこを使おうとするのは余程のもの好きしかいないだろう。まあ私たち、というか彼女は、そのもの好きに分類されるのだろうが。

歩みを進めていくと街灯は次第にまばらになっていって、遂には月と星のみが道を照らすようになった。道も舗装されたものから砂利道、そして生い茂った草木の間を縫うものになっていく。かすかな光を頼りにして茂みをかき分けていき、たどり着いたのは蔦の生い茂る古びた木造の洋館で。ちょうど人一人分通れるだけ空いている大扉の傍らには、ろうそくのほのかな灯りと、よく見たシルエットがあって。

 

「久しぶり、ナギちゃん☆」

「…………そうですね、久しぶりです、ミカさん」

 

そうして、幼馴染——聖園ミカと対面した。

聴聞会ぶりに対面した彼女は今までのような明るい雰囲気を纏っている。天真爛漫な笑顔も、ボリュームあるシルエットも、よく通る綺麗な声も、立ち振る舞いのそのすべてが”聖園ミカ”のもので、大きく変わりのないように思えた。少なくとも、今この場で判断する限りは。

ろうそくを携えた彼女は、今までと同じように私の手を引いて、そして洋館に入っていく。私は彼女に連れられ、導かれるままに進んでいった。道中、怪しく揺れるろうそくが映し出すのは、塗装が剝げ切ってしまっているボロボロの壁で。そうしてしばらくの間彼女に連れられ、たどり着いたのは小ホールだった。小窓からは月の光が差し込んでいるものの、まだ登りきっていないせいで部屋は仄暗く、彼女の持つろうそくが無ければ互いの顔は分からなかっただろう。この小さな灯りを頼りに、部屋中央の机に二人で腰掛ける。

 

「ちょっと待っててね」

 

そう言って机の引き出しからろうそく・燭台を取り出し、彼女のろうそくで火を付けた。このもう一つの灯りを私に差し出し、改めて私の方を向く。一つでは心許なかった灯りも、こうすることで互いの表情をはっきり確認できた。二つの炎はただ私たちの顔を照らすだけで沈黙を貫いている。彼女が口を開く、光源のせいかその一瞬がひどくゆるやかに感じられて。

 

 

「ナギちゃん、私は、あなたに言わなきゃいけないことがあります」

 

 

彼女は、はっきりとした声色でそう切り出した。強く伝えたいことがあるだろうことは呼び出された時点で分かっていたはずなのに。こうして言葉にされると強く意識してしまって。

 

「……はい」

 

ろうそくの灯りを映すことで、瞳の中に炎が灯る。その炎は光の反射に過ぎないはずなのに、彼女の内からあふれ出ているような錯覚に陥ってしまって。そこからはただ、強い意志があることが感じられて。

 

「ナギちゃんはさ、いままでたくさん私に優しくしてくれたよね。今ここでこうしてナギちゃんと話していられるのも、ナギちゃんがいろいろ根回しして守ってくれたからだし。ティーパーティーにいた頃もいろいろと裏から助けてくれてた。」

「そう、ですね……」

「なのに私は、私はその優しさを無下にしてきたんだ。まっすぐ受け取ろうとしなかったり、自分のことを優先して無視したり、ひどいことをしてきた。貰った分を返そうとしなかった」

「…………」

「条約調印式のテロ、あったじゃん。私はさ、そのときナギちゃんのことを諦めてたんだ。ああ、もう助けられないんだ、なんて悟ったふりをしてさ。出ようと思えば出れたのに。しかも、その後、私は自分の都合で脱獄した。」

「結局、自分のことしか考えてなかったんだ。いままでナギちゃんが守ってくれていたのに、私はナギちゃんを守ろうとしなかった。ううん、それどころかナギちゃんを傷つけて、立場を危うくして、踏みにじることまでした。」

 

何も、言うことができなかった。彼女のろうそくがボッと一気に炎を上げる。それに呼応して彼女の瞳の炎も更に勢いを増して。燃える、燃える、燃え盛る。ただのろうそくではありえないような量の炎が彼女の瞳には宿っているように思えて。まるで彼女自身をも焼き焦がさんとしているようだった。

そして、毅然とした態度で言葉を続ける。

 

「だから、謝らせてください。これは自己満足なのかもしれないけど、それでもナギちゃんにこんなひどいことをしてきて謝らないのは、おかしいと思うし、許せないから」

 

「いままで、ナギちゃんの優しさにちゃんと向き合わなくて、本当にごめんなさい」

 

 

そう言って彼女は深く、頭を下げた。頭を下げるその瞬間まで、瞳には炎が燃え盛っていて。口調の熱のせいか、その炎はさらに強く彼女を飲み込もうとしているように思えてしまって。

そうして、しばらくの間沈黙が流れる。彼女が私を助けに来なかったことも、そのあと自らの意思で脱獄したことも、だから私のことは「助けに行かない」ことを選んだのだということも、全部、全部分かっていた。その上で私は彼女を守ろうと思っていた。そのことを伝えようと言葉を紡ごうとしたその時、彼女の口から言葉が漏れる。

 

「いままでひどいことをしてきた私が謝る資格なんてないよね、でも、それでも謝らせてください。ナギちゃんと会えなくなる時が来るかもしれない、って思ったらこれだけはしなきゃって思って」

 

そうして絞り出すようにもう一度言葉を漏らした。

 

「こんなことした私が言うのはおかしいし、自分勝手だけど、でも、やっぱり、会えなくなるのは」

 

いや、だな——そう呟いて顔を一瞬上げたのち、彼女は俯いた。声は聞こえるかも怪しいような弱々しいもので。その一瞬に見えた彼女の表情は、何かを押し殺し堪えているようなものだった。瞳の中の炎はさっきまでの勢いは無く、落ち着いてきているようだった。いや、違う。今も燃えているその最中で、そのまま燃え尽きようとしているのではないのか。そう思った瞬間言葉が口をついていた。

 

「ミカさん、私はあなたを守れればそれでよかったんです!ミカさんが私を裏切ったことも、私より自分のことを優先したことも、私がした分のことをミカさんがしていないことも、全部分かっているんです!その上で、いままでこうやって付き合ってきたんですよ!」

 

机に手をつき、立ち上がってそう言った。振動でろうそくの炎が大きく形を変えて歪む。彼女はハッとしたような表情でこちらを見ていて。そのまま言葉を続ける。

 

「ミカさんから何かが返ってこなかったとしても、それでも私はミカさんを守ってきましたし、これからも守りたい、そう思っています!だから、だから、そうやって”会えない”なんてことは言わないで下さい!」

 

そう言い終え、気持ちを落ち着けて彼女の方を見ると、彼女側のろうそくが消えてしまっていた。立ち上がった時の振動が響いていたのだろう。幸い私のものはまだ燃えていたので、彼女のものへ炎を映す。こうしてはっきり見えるようになった彼女の表情は、さっきまでのものとは違って、少し前の毅然とした顔つきに戻っていて。再び安定して燃え始めた炎が、彼女の瞳に灯る。

 

「ナギちゃん」

 

そうして彼女は口を開く。

 

「さっきの言葉、とても嬉しかったよ。ナギちゃんがこんな私のことをあんなにも思ってくれてる、これからも思ってくれるんだってはっきり分かったから、伝えてくれたから」

 

彼女は一度呼吸を整える。さっきは彼女の表情は前のものと同じだと思っていた。だが、それは違っていて。瞳の炎には、先ほどとは違った、また別の感情が焚べられているようで。

 

「でもさ」

 

そう前置いて彼女は言葉を紡いでいく。

それじゃナギちゃんが他人に与えてばっかなんだよ。私だけじゃなくてトリニティのみんなにも、ナギちゃんは自分の優しさを捧げてきてる。たとえみんなが返さなくっても」

「その中の一人で一番ひどいことをしてる私が言うのもおかしいけど、さっきの言葉ではっきり分かったんだ」

「ナギちゃんは優しすぎなんだよ、自分のことを顧みないで、ボロボロになるくらい。傷付いてもそんな素振りを見せないでいてさ」

「普通なら優しいことはいいことなんだろうけど、ナギちゃんのは、行き過ぎててどんどん自分が傷付いてしまう、正直良くないとこだと思う。私が私を許せないのと同じくらい、ナギちゃんがそうやってすり減ってくのも、自分ですり減っていくようなことをするのも、許せない」

 

だからさ、と彼女は続ける。

 

「今までの罪を償わせて下さい。ナギちゃんがそうやって自分を捧げ続けなくていいように、私からも優しさを返させて下さい。ナギちゃんのそばに寄り添わせて下さい」

 

私の瞳を見て、さらに言葉を紡ぐ。

 

「まずは、何か一つ私に望んでくれませんか?」

 

 

彼女の言葉を一つ一つ飲み込んでいく。優しい、という言葉を貰ったことはそれなりにあって、それは良いことなのだと受け止めていた。だから、私が皆に気を配り行動を起こすことも、そういうものだと思っていた。

だが、彼女はこのことを、私が傷ついてしまう良くないことだと言う。加えて、これに甘えてきたことについて償わせて欲しいとも。

 

「望んでほしい、ですか……?」

「うん、なんでも……は無理かもしれないけど、でも、やれる限りはやりたい、やらせて欲しいんだ。そうやって、一つ一つ返して行きたいなって考えてる」

 

そう言われ、彼女にしてもらいたいことを考えてみる。思い浮かんだのはやはり、彼女が私と共に歩んでいくことで。だがそれは彼女が既に「する」と言っていることだった。しばらく考えたが、どうにもはっきりと浮かんでこず、彼女の方を見てみる。そこには優しく微笑む彼女と私達を温かく照らす二本のロウソクがあって。

おぼろげに浮かんできた情景のままに、口を動かしていく。

 

「……誕生日、私の誕生日を祝ってくれませんか?」

 

彼女はポカンとしたような表情を浮かべていて、返事をしなかった。

 

「な、何か変なことを言ってしまいましたか……?」

「う、ううん、もっと大きなことを望んでもいいのにって思って……でもそれがナギちゃんだもんね。これからはもっと色々言って欲しいけど……でもナギちゃんがそう言うなら、改めて準備させてもらうね!」

 

そう言って彼女は私の瞳を強く見つめる。きっと彼女にも、私の瞳に映る炎が見えているのだろう。それが彼女の目にどう写っているかは分からないが。そうしてしばらく間を置いたあと彼女は口を開いた。

 

「ナギちゃん、改めてこれからよろしくね。今まで色んなことをしちゃったし、これからも迷惑を掛けちゃうかもしれないけど、それでも隣に居られるよう頑張るから」

「ミカさん、こちらこそよろしくお願いします。私も今度からはミカさんに色々頼んでみようと思います。覚悟していてくださいね」

 

彼女は目をぱちくりさせたあと、微笑み、そして強く頷いた。

 

「では、帰りましょうか」

「うん。あっ、火消さなきゃ」

 

そうして彼女は自分の前のろうそくを吹き消した。それに倣って私も火を消す。こうして火を消すのを見ると、まるでバースデーケーキのろうそくのようで。さっき感じた情景の正体がはっきりとして、微笑ましい気持ちになる。あの頃の私たちもこうしてケーキを囲んでいた、そして二人ではしゃいで祝いあっていたのだ。

なんて回想に浸っていると、ナギちゃん、と声をかけられて。

 

「さっきはちゃんと言えなかったけど、誕生日、楽しみにしててね。 色々準備してるし、たくさんサプライズも用意してるんだ!絶対いい日にしてみせるから☆」

 

そうして私達は帰路につく。沈み始めた月が私達を照らしていて。いつもは半歩先をいく彼女も、この時は手を繋いで二人並んで歩いて行った。

 

 

 

 

届いた一通の封筒の「合図」に従って足を進めていく。今回の場所はトリニティ本校舎の一角だった。目的の教室に向かうために入り口の大扉を開けたその瞬間、パン!と大きな音が何回も鳴って、私へと紙テープが降り注ぐ。

 

「こ、これは……?」

 

視界を塞いでいたテープを払いのけ前を見てみると、そこにはセイアさんや先生、親しかった同級生や後輩達がいて。彼女は、と思っていると背後から誰かに抱きしめられる。振り返って確認すると、そこにいたのは予想通りの人物で。

 

「……ミカさん」

「あはは、ビックリしたでしょ!」

「…………まあ、そうですね。それで、この集まりは……?」

「もちろん、みんなナギちゃんの誕生日を祝いに来たんだよ!初めは私だけでも、って思ってたんだけど、セイアちゃんとか先生に相談してみたらこんなに来てくれて」

「皆さんが……?」

「うん!」

 

ほら入って入って!、と彼女に背中を押されて部屋の中央まで進む。すれ違うみんなの様子から、どうしても政治が絡んでしまうティーパーティーによる誕生日会と違って、純粋に私のために集まってくれたのだということが伝わってきて目頭が熱くなる。そうして部屋の中央に辿り着き、彼女と向かい合った。彼女が口を開く。紡がれるのは、もちろんあの言葉で。

 

 

「ナギちゃん、誕生日おめでとう!」

 


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