某所に投稿していたものをハメように調整

1 / 1
サイレンススズカと草原の夢の続き

 寒空の下、星の影を踏み締めて駆ける。

 冷たい風が頬を撫でる感触が熱く火照った身体を冷やし、それがすごくすごく心地良くて、このまま何処までも行けるような気がした。

 

 月が照らす草原の景色は美してくて、もっともっと走りたいから、私は煩わしくなってきていたマフラーを外し、熱の籠ったうなじを晒して外気に触れさせた。

 体温を含む羽毛のそれを握り締め、前方を見やる。

 誰もいない景色を見て、少しだけ上がった息を整えた。

 

 振り返り、その人を呼ぶ。

 

「トレーナーさん」

 

 邪魔になったマフラーを預かっていて貰いたくて、ついでにコートも脱いでしまいたくて、いつも傍にいる、大切な人へ呼びかけた。

 見れば、私のトレーナーさんは何だか小さくなってしまって、遠くへ行ってしまっていた。

 

「もうっトレーナーさんっ」

 

 仕方が無いから、来た道を戻る。

 私の傍に居てくださいって、いつも言っているのに、トレーナーさんはいつもそうだ。

 目を離すとすぐに何処かへ行ってしまう。

 

 小走りで駆けるトレーナーさんに、私も少し走って近付いて行く。

 

「スズカ」

「トレーナーさん」

 

 何かを言おうとしていたのだけれど、忘れてしまって後の言葉は続かない。

 何を言おうとしていたのだったか。

 

「スズカ、風邪引いちゃうよ」

 

 だって、走ったら暑くなってきちゃって。

 そう言おうとしたけれど、声は出なかった。

 上の星空も滲んでしまって、何だか曇り空のよう。

 

「スズカ。寝るならちゃんと、お布団に行こう?」

 

 そう言えば、マフラーは何処にやったかしら。

 

 視界が滲む。

 気が付けば目の前に、横向きになったトレーナーさんの顔があった。

 身体はとても温かい。でも何だか重たくて、動くのも億劫に感じてしまう。

 視界はボヤけ、思考も同じくらいボヤけている。

 

「スズカ。炬燵で寝るのはよくないよ。

 はい、立って」

「ん……」

 

 よく分からないけれど、取り敢えず両手を伸ばす。

 トレーナーさんに引っ張り上げられて、私の身体を冷たい外気が纏った。

 その冷たさが凄く嫌で、私は抗議の為にトレーナーさんにしがみ付いた。

 

「うー……」

「はいはい。そのままで良いから。お布団まで運んじゃうね」

 

 寒い。寒いのは嫌だ。

 でもトレーナーさんは暖かい。

 暖かいものは好き。

 

 裸足の足先が冷たくて、擦り合わせて冷気を誤魔化していると、柔らかい羽毛の上に乗せられた。

 

「冷たい……」

「すぐに温かくなるよ。じゃあお休み、スズカ」

 

 まるで、我儘な子供をあやすみたいだと思った。私、そんなに子供じゃないのに。

 トレーナーさんに仕返しをしてやろうと思った私は、部屋から立ち去ろうとするトレーナーさんの手を何となく握ってみる事にした。

 

「スズカ……?」

 

 別に、怖いとか寂しいとか、そんなのじゃない。

 ただ何となく、一緒にいて欲しかった。

 話したい事とか、特にあるわけじゃないけれど。

 ただ、私が眠るまでそこにいて欲しいのだ。私が走っている時、後ろから追いかけてくるように。私が歩いている時、隣を同じ歩幅で歩いてくれるように。

 私が眠っている時、ただそこにいて欲しかった。

 

「トレーナーさん」

「なぁに?」

 

 何となく呼んでみると、当たり前のように返事が返ってくる。

 そんな当たり前の事が、何だか少し可笑しかった。

 

「私、夜空の下を走ってたんです」

「うん」

「雪じゃなくて、草を踏み締めて、それが月に照らされて、風が、すっごく冷たくって……」

「……気持ちよかった?」

「多分……。だって、すっごく楽しかったから、すっごく、気持ちよかったんです」

「今度一緒に行こう。雪が降る前に、正夢にしちゃおっか」

「はい」

 

 柔らかなトレーナーさんの声を聞いていると、何だかまた眠気が襲ってくるようだった。

 瞼が少しずつ重くなっていくのを感じる。

 トレーナーさんの手を握っている方の手からも、少しずつだけれど、力が抜けていった。

 

 ふと思いついて、トレーナーさんに声をかけた。

 

「トレーナーさん」

「なぁに?スズカ」

 

 私は何も考えないまま答えた。

 

「呼んでみただけです」

 

 優しい声、あなたの声が心地良くて、微睡んでいく意識の最中、そんなささやかな悪戯を敢行する。

 

「スズカ」

「……なんですか?トレーナーさん」

 

 見上げた先のトレーナーさんの瞳は、なんだか月のようだった。

 

「呼んでみただけ」

「ふふっ……」

 

 同じ事を返されただけなのに、何だかそれが可笑しくって、笑ってしまった。

 

 もう力も入らない。

 また、楽しい夢が見られるだろうか。

 

「お休みスズカ」

 

 そう言って額に降ってくる柔らかな感触が凄く心地よくて、きっとまた、良い夢が見られるだろうなと、そう思った。

 

「おやすみなさい。トレーナー、さ」

 

 どうか、夢の続きが見られますように。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。