若妻ステークス(OP/東京2LDK)【メジロアルダン】 作:奈良ひさぎ
原作:ウマ娘プリティーダービー
タグ:オリ主 ウマ娘 トレーナー メジロアルダン アドマイヤベガ エイシンフラッシュ トレセン学園 新妻 若妻 夫婦
「おかえりなさい……あなた。ご飯にします? お風呂にします? それとも……私?」
「お風呂で」
「うぅ……」
もはや新婚夫婦のテンプレを繰り返すこと、実に3ヶ月。かつて担当していたメジロアルダンからのお誘いは嬉しいのだが、夜遅くまでの残業は純粋に堪える。まずは風呂に入って休みたいという気持ちを優先してしまって、結局結婚してからの半年間、帰ってまず風呂に入るのが習慣になってしまった。
「あの……あなた」
「ごめん、本当に。アルダンが求めてる答えは分かってるんだけど」
「……私に、
「……新妻力?」
少し広めのベッドで隣に寝転ぶアルダンの言葉に、思わずそのまま聞き返してしまった。言わんとすることは分かるが。
「その……やっぱり私を選んでいただけるだけの魅力が、まだ足りないのでは」
「そんなことない。アルダンはもう十分魅力があるし、きれいだ」
「でも……」
「心配は要らない。こんなに忙しいのも、たぶんあと半年くらいで……」
「そんなに働いたら体を壊してしまいます、やはり私がもっと妻として、支える力強さを……」
風呂に入って、ご飯を食べて、すぐに眠くなるので寝る。朝起きて仕事に行き、疲れて帰ってくる。その繰り返しだ。アルダンが何やらおやすみなさいではない、いつもと違うことを言っているのは分かったが、眠気に勝てず夢の中へ行ってしまった。
「と、いうわけで。私に足りないのはどのような力か見極めるために、新進気鋭の若妻ウマ娘をお呼びしました」
「どうして私が……」
「素晴らしい行動力です、アルダンさん。私たちが明日ドイツへ発つということに、目をつぶれば……」
いつも通りの朝を迎えたと思ったら、全くそんなことはなかった。アルダンに起こされた時間もいつもより遅く、そして起きてみるとアルダン以外のウマ娘が二人。アドマイヤベガとエイシンフラッシュだ。どちらのトレーナーとも仲が良く、最近結婚したと聞いてはいたが。
「よろしくお願いいたします、お二人とも」
「アルダンさんがこれだけ困っているということは、旦那さんの方に何かしら問題があるような気もしますが……いいでしょう。私にできることならば、ぜひ」
「ちょっと、私はいいって言ってないのだけど?」
アドマイヤベガが俺に向かって助けてくれと目線を向けてきたが、首を横に振るしかなかった。そもそも俺も今知ったというのに。
「では参りましょう。まずはお腹が空いているでしょうから、元気になれるような食事を」
「いや別に、体調は悪くないけど」
「キッチンは一つしかないので私から参りますね」
全く話を聞いてくれない。そもそも今日も普通に担当の練習を見るつもりだったのだが、そちらは大丈夫なのだろうか。という顔をしていると、アドマイヤベガが補足してくれた。
「うちの旦那が代わりに見てくれる……と聞いているけれど。まさか本当に何も知らされていないの?」
「……お恥ずかしながら」
「アルダンさんもメジロ家なんだから、暴走させるとまずいことくらいは分かっているでしょう、あなたも」
「その言い方はあんまりな気もするけど」
それでもアドマイヤベガの言はある程度正しい。一度相手を見定めるとなりふり構わず突っ込んでくるというのは、すでに元担当トレーナーとゴールインしたメジロ家の面々を見ていればよく分かることだ。そして結婚後もなかなか積極的だったりする。アルダンがずいぶん落ち着いて見えるくらいだ。
「これ、私たちもあなたに何か料理を振る舞ったり、その……踏み込んだことをするのよね?」
「もちろんです、次はあなたの番ですよ」
まだ午前中なんだけどな、と思いつつ、いきなり本気を出すアルダンの方を見る。さすがに揚げ物はしていなかったが、夕食のおかずレベルのことをやっていた。いやまあ、今日の夕食に出てくることを考えると別にいいのか?
「お待たせしました、あなた。大好きなチンジャオロースです」
「あ、朝から……」
「少し味見するだけでよろしいですから」
十分睡眠をとったと言っても、やはり普段からの寝不足がたたっているらしい。うとうととしている間に作られたアルダン特製チンジャオロースを少し口に運ぶと、なるほどガツンと濃い味が口の中に染みわたって、濃厚な旨味が広がる。美味い。米が欲しい。だがどう考えても朝に食べるものではない。起き抜けに食べたものだから後でお腹を壊さないか心配だ。
「では次、アヤベさん」
「はあ……」
ため息をついたものの、人の家に上がり込んだからにはと腹をくくっていたのか、キッチンに経ってからの彼女の行動は早かった。手先が器用なのだろう、アルダンの時よりもずいぶん早く料理を完成させた。
「なるほど……おかゆですか」
「起き抜けだし、体調がそれほどよくないのなら、味の濃い中華料理ではダメでしょう。昼のお弁当のおかずや、夜のメインならまだしも……。せっかく作ったし、味見をしてみて。うちの旦那も最近忙しそうにしているから……あの人にも作ってあげたくて」
「忙しいのにうちの担当の面倒を任せちゃって申し訳ないな……また何かおごるくらいしないと」
鶏だしをベースにほんのり塩味でまとめられ、卵でとじられたおかゆは絶品だった。五臓六腑に染みわたるとはこのことで、たちまち幸せな気持ちになる。アルダンの手料理はどれも手が込んでいておいしくて日々の癒しであることは間違いないのだが、「たまに無性に食べたくなる味」とはこういうものなのかと思い知らされた。
「おかゆは本当に病気で食欲もほとんどない時に食べるものとばかり思っていましたが……なるほど、その手がありましたか」
「このレシピ本の
アルダンが静かに首を横に振る。これなら朝一番でも楽々完食できる、と思えたから、もしかするとアルダンがこれからいろんなおかゆを振る舞ってくれるかもしれない。楽しみだ。
「では、最後は私でしょうか?」
「はい。お願いします」
「実は……」
アルダンが突如宣言してゴリゴリの中華料理を作り、アドマイヤベガがおかゆを作り、今度はなんだと思ったら。エイシンフラッシュが持参した袋からバウムクーヘンを取り出した。
「今回のお話は数日前からそれとなくお聞きしておりましたので……あらかじめ、作ってきました。私なりにアレンジを加えた自信作ですので、ぜひ」
「……私が消化にいいようにおかゆを作ったの、見た?」
「ええ。しかし私の旦那は朝にお菓子を焼いても食べてくれるので……」
「それはあなたの旦那さんがドイツのお菓子に慣れすぎているのよ」
エイシンフラッシュが焼いてくれたバウムクーヘンは確かにおいしかった。ちょうどよく抑えられた甘味が染みて、頭がよく働きそうな気分になってくれる。加えてフルーツの酸味がちょくちょくと主張してきて、飽きの来ない味だ。何とか朝食に持ってきても大丈夫な気がする。
「では、一回戦は終了ですね。旦那さんへのお料理対決……これはアヤベさんの勝利ということで。私も参考になりました」
「いえ、あなたたちがいろいろ起き抜けの体調不良ということを想定していなさそうなメニューだっただけで……」
「二回戦に参りましょうか。次は食べ物飲み物以外で、私の旦那さんを一番癒やせるのは誰か、勝負しましょう」
「……俺おもちゃにされてない?」
口を挟んでみたもののやはり全く相手にされず、競技が始まってしまう。いったいいつまで続くのかと心配になって、以前から事情を知っているらしいエイシンフラッシュに目線を送ってみると、手でそっと「3」を作って返してきた。どうやら三番勝負らしい。これで名人戦みたく七番勝負、あるいはそれ以上だったらどうしようかと思った。
「最初は私から。私が癒しと聞いて思い浮かべるのは、やはりこれでしょうか」
まずはアルダンが思うところを実行し、アドマイヤベガとエイシンフラッシュがそれに対して違う答えを出す、という流れは変わらないらしい。アルダンがソファに座り、膝に頭を乗せるよう言ってきたその時、俺は悟る。
「いや、ちょっとさすがに他の人がいる前でそれは」
「やましいことはしませんよ?」
「やましいことではないけども」
「では問題ありませんよね? 大丈夫です、力加減には気をつけますから」
いつどこで買ってきたのか、アルダンが梵天つきの耳かきを取り出して耳掃除を始めてくれる。左耳からだったので、アドマイヤベガが目を輝かせ、エイシンフラッシュがほんのり頬を赤らめて目をそらしてはちらちらこちらを見てくるのが見えた。きっちり両耳丹念にアルダンに掃除してもらった後、起き上がると満足そうなアルダンの笑顔があった。
「いかがですか? 癒されたでしょうか……?」
「うん、まあ。ありがとう」
「いつもしていることですが……人前で改めてやると、緊張しますね」
「アルダンからしてくれることが少ないからかもな。だいたいは俺がやっているし」
「い……いつもしている……! いったいあなたたちはどこまで心を許し合っているのですか……!」
「え? まあ……それなりに、かな」
「それなりに、ですね」
「『それなり』で、これ……!」
エイシンフラッシュが一番衝撃を受けていた。隣のアドマイヤベガも目を丸くしていた。順番通り行けば、次は彼女の番だ。
「え、ええと……」
「いや別に……無理はしなくていいぞ」
「その……これが癒しになるのかは、分からないけれど。もしあなたがよければ……」
まるで絶対にNGとしていたシチュエーションの撮影に挑戦するかのような物言いで、何をやりだすのかと思えば、おもむろに右耳の特徴的な耳カバーを取って、生耳を差し出してきた。
「いいのか?」
「ええ……ふわふわは、とても落ち着くものだから」
「じゃあ、失礼して……」
メジロアルダンというウマ娘を担当し、こうして夫婦生活を送っているから、トゥインクルシリーズでデビューした時期も全く異なるアドマイヤベガと絡んだことは全くなかった。アルダンから話を聞いたこともない。だからこそ今回この集まりに連れてこられていたのが不思議だったのだが、無類のふわふわ好きであることが頭から抜けていた。ふわふわといえば癒し、癒しといえばふわふわ。それは俺も理解しているつもりだ。
「ひゃっ……」
「……」
「う……うぅ……」
「……」
「や、やっぱりダメ! こ、こんなこと……夫婦の間だけに、とどめておくべきだわ……」
なんなんだ。やましいことはしていないはずなのに、すごく申し訳ない気持ちになってしまった。
「では、最後は私の番ですね。アルダンさんは普段から香りにかなりこだわっておられますから……ほんのりとアロマを
相当考えていたのか、エイシンフラッシュの準備はてきぱきとしていて、たちまち部屋に爽やかな柑橘系の香りが広がった。なるほど確かに、空気はいつもと変わらないはずなのに、深呼吸をしたくなる爽やかさがある。いつもこうだとそれはそれで息苦しいかもしれないが、たまにこの匂いがあるとすごく落ち着く。アルダンの方を見ると、学びを得たとばかりに深く何度もうなずいていた。
「これはいいですね……耳かきも捨てがたいですが、アロマを焚くのは新しい視点でした。勉強しなければ、なりませんね」
とりあえず爽やかで落ち着く匂いとして、エイシンフラッシュは柑橘系を選んでくれたようだが、他にも気分を高めたり入眠に最適だったり、いろんな香りがあるらしい。俺も片手間にいろいろ調べてみた方がいいかもしれない。
「では……最後、三回戦と参りましょうか。これは先にお二方に教えていただきたいので……私の番は最後で、お願いいたします」
「今度はなんなんだ?」
「普段の仕事で疲れている夫を元気にするのは、食事や癒しだけではありません。言霊といわれるように、言葉の力は侮れないものです。ということで、あなたを一番元気づけられる言葉を考え出せた方の勝ちになります」
トップバッターはアドマイヤベガ。旦那以外の男に普段見せない生耳を公開し触らせてしまったのがよほど恥ずかしかったのか、いつの間にか耳カバーをつけていた彼女が俺の目の前に立ってうつむいた。第一声までそれなりに時間がかかったが、やがて言葉をかけてくれた。
「……お疲れ様。うちの旦那もいつも忙しそうにしているし、ウマ娘の人生をいくらか預かるのがどれだけ責任が重くて大変な仕事か、当事者でなくなった今ようやく実感しているところだわ。あなたも……根を詰めすぎないように」
なんだか顔が熱くなってきた。アルダンとはどちらからプロポーズしたとかではなく、気づけば結婚生活を送っていたというのが一番近いので、こうして面と向かってしっぽりと何かを言われたことはなかった。彼女も同じ気持ちだったようで、「~~ッ!!」と声にならない叫びとともに離れていった。
「アルダンさん? これは……そういうイベントだったのですか……?」
「簡単な言葉でも構いませんよ」
「しかし……そういうわけにも……。分かりました、では」
今度はきゅっと表情を引き締めたエイシンフラッシュが俺の前に立つ。
「いつも、お仕事お疲れ様です。担当ウマ娘のスケジュール、練習メニュー、適性や体調の把握……。それらを完璧にこなすのがどれだけ難しいことか、分かっているつもりです。それが決して一人では成し得ない仕事であるということも。仕事に真剣に向き合うあなたも素晴らしいですが、アルダンさんのことも、元担当として気にかけてあげてください。……Die Lebensspanne ist dieselbe, ob man sie lachend oder weinend verbringt. アルダンさんと過ごしている今日という日は、過ぎれば取り戻せませんから」
エイシンフラッシュのアドバイスが終わり、ちらとアルダンの方を見る。少し首を傾け、こちらに微笑んでいた。自分が疲れているのを優先して、もしかするとアルダンのことをないがしろにしてきたかもしれないな、と俺は自省する。担当の面倒を見るのをおろそかにするのではなく、何か効率よく仕事をするコツをつかまなければならないと素直に思えた。
「では最後、私の番ですね」
こほん、と軽い咳払いをしてから、アルダンが俺の前に立つ。
「私があなたと、レースという世界で残した輝きは、やはり後に続く燦然と輝くウマ娘たちの功績に埋もれつつあります。けれど、私たちの中に灯る火が消えたわけではありません。こうして文字通り、あなたとともに歩む生活を始めた後も、私の視界は新しい発見と輝きに満ちています。私の話ばかり聞いてほしいとは、言いません。ですがあなたの話も、聞かせてください。互いの理解を深め合ってこそ、私たちがともに歩む意味があるというものですから」
心臓の鼓動が速まるのを感じる。胸に手を当て噛みしめるように発せられたその言葉を受け取り、俺はいつしかアルダンのことを抱きしめていた。ここに来てアルダンの番が最後になった理由が分かった。しばらく言葉もなしに心を通わせる時間が続いた後、アルダンがつぶやいた。
「引き分け、ですね。私はお二方それぞれに、学ぶことがありました」
「私は……そういうことをうちの旦那に言うのは、ちょっと」
「いい機会でした。ドイツへのいいお土産になりそうです」
三人それぞれ、新しい視点を得てそれぞれの生活へ戻ってゆく。二人が帰った後、アルダンがもう一度俺のそばに寄ってきた。
「これからも、よろしくお願いいたしますね。あなた……」