アブノーマリティ、ライジング   作:九鬼丸

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学園エスケープ
1/Rising Abnormal World


 

 

 ―――なんで生きているんだろう。

 

 その一言がいつだって頭の中をぐるぐると回り続ける。

 

 よくわからない。

 よくは分からないけど、でも生きている。

 生きている理由がわからないから、誰も教えてくれやしないから必死に生きてみている。

 

 

 僕、各務(かがみ)(ぬえ)は生きながらに死んでいた。

 

 

 この世界に僕だけが一つ、まるで異物のように取り残されている感覚。

 拭えないそれが、堪えようもない苦痛だった。

 僕の全ては生まれた瞬間から否定され続けている。

 それは死んでいるも同義だろう。

 

「おい、各務。ぼーっとするな。黒板消すぞ」

「すいません」

 

 黒板消しで黒板に書かれた語句を消す仕草をする数学の松枝先生に急かされて、板書の続きをとる。

 教室中からくすくすと笑い声が漏れた。

 陰口まで聞こえる。それは全て、『また変わり者が何かやった』というもので。

 

「お前、成績はそこまで悪くないんだからもう少し普通にしろ」

 

 松枝の言葉にぴくりと板書を取る手が止まる。

 そしてまた、考えがゆるゆると回り出す。

 

 普通ってなんなんだろう。

 常識とか良識なんて科目があったなら、それは暗記科目だ。数学や理科社会と変わらない。

 でも、そんなこと言えない。言えるわけがない。

 誰かに相談もできないんじゃ、助けを求めることだってできやしない。

 まだ排斥されていないのはカモフラージュの努力を怠っていないからだ。

 普通の人らしく見えるように。それが難しいから普通の範疇で変人に見えるように。

 

 

 だからたくさんのことをシミュレーションした。

 

 たくさんの世界を思い描いた。

 

 たくさんの僕を空想した。

 

 たくさん、本当にたくさんのシミュレーションの末に思い描いた僕を、僕は日常の中で自分に当てはめ続けた。

 

 少しでも異物感を紛らわせるために。

 異物であることを誤魔化す為に奇人を演じた。

 

 僕のことを少し知る人は、僕のことを変わったヤツだと笑った。

 世間一般では厨二病と言うのだと嘲った。

 それでも僕にはこれしかなかったから。今までも、これからもそれを続けていくしかない。

 

 ()()()()()()()

 

 

 ふと、窓の外を見遣る。

 

「……」

 

 空を飛ぶ二羽の鳥。

 空を飛ぶこと、それが自由だとは思わない。だが、彼らにとっての普通と同じように人間にとって普通と呼ばれるもの、それが分からない僕には彼らは幸福であるように見えていた。

 

 あの鳥のようにこの地上から、この世界から解き放たれたい。常識を強制されない世界を生きたい。

 願ってやまない。この想いは罪ではないはずだ。だからこの想いは胸に秘めていよう。

 そう、自分に言い聞かせた。

 

「ん……?」

 

 そんな折り、視線は校庭へ向く。

 春の陽気が心地よい。一般的にはそう言われる、桜の季節。花びらが舞う始まりの季節に。

 

 それが偶然だったのか、はたまた必然だったのかはわからない。

 

 

 でも、僕はそれを必然だと信じたかった。

 

 

「……これは予想外だなあ」

 

 

 ぽつりと零した言葉は、次の瞬間大音量に掻き消される。

 

 

 

「―――キャァァァァァァア!!??」

 

 

 

 六限目の最中、ふと窓から見遣った校庭。

 上級生だろうか。体育の授業中であったらしい。

 そこから響く、学舎に似つかわしくない悲鳴。

 

「なんだ!?」

「今のって悲鳴……?」

「やばくね?」

 

 先生の注意の声も聞かずに何事かと窓へ殺到する生徒達。

 そこに混ざり覗いた先には―――。

 

「え、嘘。なにあれ」

「おいおいおい、やべえってあれ!」

「人が、人を()()()()?」

 

 まるでホラー映画だ。

 それもとびきりベタで、実現したら絶望不可避なタイプの。

 

 誰かが言ったそのまま。人が人を食べている。

 体操服姿の男子生徒が体育教師に噛み付いている。

 数人の女生徒達が一人の女生徒に群がって貪り食らう。

 様子のおかしな生徒達は緩慢な動きながらも着々と仲間達を増やして、普通の生徒達に襲い掛かる。

 

 

 なんだ、あれは。

 わからない。わからないが、何かが起きている。

 僕の手では止めようもなく、止める気にすらならないような何事かが。

 

 

 ぞくりと背中に何かが駆けた。

 

 

 

 地獄のような光景を前に教室が騒然となる中、制するように校内放送が流れる。

 

『生徒の皆さん。ただいま校内で暴力事件が発生しています。慌てず、先生の指示に従って避難してください』

 

 暴力事件。それが指しているのは間違いなく校庭の惨状だろう。それか校庭以外にも学校内で同じような状況が発生しているのか。

 だとすれば最悪であるが、指示が放送で飛んでくるあたり幸いなことに学校としての最低限の機能は健在らしい。

 

 だが、突如として校内放送の先、放送室が騒がしくなったのがわかった。

 何かが倒れる音、キィィンというマイクのハウリング。

 そして……。

 

『ヒィっ!? や、やめ!? く、食わないでくれぇぇえ!!!?』

 

 国語の相良先生の声には色濃い恐怖が窺えた。

 食わないでくれ、なんとも切羽詰ったおぞましい懇願。日常生活ではまず聞くことのないセリフ。

 

『ぎゃぁぁぁぁあ!!!!』

 

 ぶつり。糸が切れた。途絶えたのは放送だけではないことくらい、この学校中の誰にでも分かっただろう。

 何かがあった。

 恐ろしい何かが。

 

 

 

「「「―――うわぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!????」」」

 

 

 

 爆発した。

 恐怖と焦燥と不安が学校全体に伝染し、誰も彼もが前行く人を蹴散らして一目散に逃げようとする。

 正に阿鼻叫喚。

 

 誰の顔にも余裕なんてなかった。

 涙を浮かべ、絶叫し、その場に踞る者、失禁する者さえいた。

 まだ中学生の彼ら彼女らには、むしろそれこそが普通の反応なのかもしれない。

 

 そんな中で、僕はどうだっただろう。

 

 

 

「……あはっ」

 

 

 

 ちゃんと正しい反応ができただろうか。

 恐怖に怯える中学二年生であれただろうか。

 上手く、普通の人を演じられていただろうか。

 

 ぴたりと頬に触れる。

 鏡を見なくたってわかった。分かってしまった。

 

「あは、あははは」

「な、なんで笑ってんだお前」

「ほ、ほっとけよ。各務が変なのはいつもの事だろ」

 

 少し冷静だったらしいクラスメイトの男子二人が、気味の悪いものを見るような目で僕を見る。

 常であればやはり僕は奇人変人でしかないんだろう。

 普通の範疇で逸脱した奇妙な存在。それが僕だった。そういう存在を演じてきた。演じさせられていたんだ。

 

 

 ……ああ、そうだ。

 いいや、違う。

 

 変なのは君たちだ。

 もう、常識なんてないんだ。普通は死んでしまった。

 異常が常識になり変わる。

 その瞬間に僕達は立ち会った。

 

 

 あーあ。そっか。

 

 

 

 

 ―――僕が普通なんだ。

 

 

 

 

「うん。そうだね」

 

 ゆっくりと席を立ち上がる。教室の外ではもう既に“()()()”が蔓延っているようだ。

 

 さて、それじゃあまずは。

 

「待ってて、助けに行くから」

 

 今最も僕の人生で価値のあるあの子を。

 

 この地獄から救いに行こうか。




■後書き
はじめまして。九鬼丸です。
所謂処女作なので拙いところもあるとは思いますが、楽しんでもらえれば嬉しいです!
また読者参加型作品としての面もありますので、興味のある方は是非ご参加ください。

ご参加は下記URLからお願いします!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=305211&uid=435442
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