アブノーマリティ、ライジング   作:九鬼丸

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2/Hello,My fair Lady

 なんてことない一日の始まりだった。

 

 朝、あの子の分までお弁当を作って。

 起きるのが遅いあの子を迎えに行って。

 

 学校ではいつも私に諂う皆んなの為に在って。

 やることなすこと全てが美化される中、偶像を演じさせられていて。

 

 でも、夕方にはまたあの子を中等部の教室まで迎えに行って一緒に帰る。

 それがいつもの(嘉村霧子)の日常。

 

 だからそう、今日もなんてことない一日だった。

 そのはずだったのに。

 

 

「助けてっ! 死にたくなっ、死にたくなぎぃっ!?」

 

 

 こちらへ伸ばされる救いを求める手は噛みちぎられた。

 その下手人は青白い肌に焦点の合わぬ眼、生気の無い顔で全身を血に染めている。

 もう何人も食ってきたのだろう。廊下に溢れる同じ“カレら”の中でも一際濃厚な死臭を漂わせていた。

 

「(目が見えない点と音に敏感な点は同じみたいだけど、個体ごとに攻撃性や能力にばらつきがある……? だとしたら、やっぱり一緒くたにして作戦を立てるのは危険ね)」

 

 生き残る為には情報が必要だ。

 また、それらを整理して活かすための思考も。

 

 こうして廊下を駆け抜けている間も、とにかく集中を切らさない。時間を無駄にしないように立ち回らなければ。

 

「か、嘉村先輩……!」

「僕たち、どうしたら!?」

 

 考えを中断して、考え無し達の頭数を数える。

 先生や中等部の子も含めて九人。少し多過ぎる。

()()()”は音に敏感だ。大人数で移動していては足音だけでも気が付かれかねない。

 

「(それに、大人数じゃどんな問題が発生するかも分からない)」

 

 これだけの人数だ。

 たとえ逃げられたとして、どこかに安全地帯を見つけられたとしてどうなる? 水や食料は? 他にも懸念点はいくらでもある。

 なんにせよこのままでは遅かれ早かれ不利益が生じるのは間違いない。

 

 可哀想だから見捨てる気は無い。助けてくれと頼りに来られたんじゃ、あの子ならともかく私は断れるほど非情にはなれなかった。

 

 だが、私は所詮祭り上げられるだけの女だ。

 その立場が少しだけ人より回る脳を育んだだけで、それでもやれることには限りがある。

 

「(あーもう。こんな時にあの子がいたら……!!)」

 

 なんでも出来るあの子が、今この時ほど羨ましく思ったことはないだろう。

 霧子はそう思いながらも必死に頭を回しながら廊下を駆ける。

 

 後ろを続く生存者達は皆誰もが私を頼りにしている。

 私の事なんてなんにも知らないクセに。

 

「田宮先生、ここからしばらくは()()()()()()()()()。いいですね?」

「あ、ああ。嘉村に任せるよ」

 

 普段なら比較的まともな現文の田宮先生ですらこの有様だ。

 どうせならいつもの厳格な性格のままにダメだと、生徒は絶対に助けるのだと叱り飛ばして欲しかった。そうしてすべての責任を大人として代わりに背負って欲しかった。

 

 先生に怒られたことなんて一度もないが、今くらいはそれを期待してみるもこれだ。

 

 ……いや、誰かに期待なんてするだけ無駄だった。

 今はやれるだけのことをやるしかない。手探りでもやるしかないのだ。

 私だけがここにいるみんなを助けられるのだから。

 そして生きてあの子と再会するためには、彼らを最低限活かさなければならない。

 

 これから先のプランを考えながら、中等部の校舎へ向かう廊下を小走りで駆け抜ける。

 その途中で、目敏く異変を察知した霧子は即座に行動に出た。

 

「っ、止まって」

 

 あの曲がり角が怪しい。そこまで言わなくても、切羽詰まった声音から危険があることは伝わるだろう。

 小声で、しかし全体に聞こえるよう調節して指示を飛ばす。

 

 注意を払っていたことが功を奏した。

 霧子にとっては考えられる限り完璧なタイミングでの指示だった。

 

 しかし、誰も彼もがそれに応えられるわけでもないということを、この時の霧子は失念していた。

 

「えっ?」

 

 指示を聞き逃したのか、思うように止まれなかったのか。

 隊列から飛び抜けた一人の女生徒が、先頭の霧子を抜かして曲がり角の先まで抜ける。

 そのまま駆け抜ければ彼女だけは助かったかもしれない。

 だが、彼女は中途半端に足を止めてしまった。

 

 キィィという靴のアウトソールと床が擦れる摩擦音が嫌によく鳴り響く。

 ギロリと、視力を失って焦点の合わない眼に代わり顔ごと“カレら”のターゲットが女生徒に向けられる。

 

「キャァァアア!!??」

 

 そして瞬きの間に徐ろに伸ばされた幾本もの腕によって、女生徒は死よりおぞましい結末へ引きずり込まれた。

 

 一人。

 

「沙也加!?」

「も、もう無理よ! 行ったってダメ……!」

「沙也加ぁ!!」

 

 霧子の制止も意味を成さず。

 どうやら浅からぬ関係らしい男子生徒が、無謀にも沙也加と呼んだ女生徒を助けるべく曲がり角に消えて。

 

「ぅぁぁぁぁあ!? あぎゃっ!?」

 

 数秒とせずに男子生徒の悲鳴が廊下に木霊する。

 どうやら先の女生徒と同じ結末を辿ったらしい。

 

 二人。

 

「(ま、まずい。この状況はダメよ。どうにかしないと……!)」

 

 犠牲となった二人の断末魔。それによって更に引き寄せられた“カレら”がすぐ側まで迫っていても、霧子はこの絶望的状況をどうにかすることで頭がいっぱいだった。

 

「え、あ、ぐぎっ!?」

「ひ、ひぃぃっ! 食べないでぇ!?」

 

 隊列の一番後ろで新鮮な悲鳴が上がる。

 ああ、どうやら田宮先生とその近くにいた名も知らない下級生が食われたらしい。

 

 三人、四人。

 

「か、嘉村さん!? どうしよう!? 田宮先生が!」

 

 霧子のクラスメイトの少女が縋るように霧子の腕を握る。

 だけど、もう手遅れだ。これだけ崩れてしまっては霧子にはどうしようもない。

 

「ねえ、嘉村さ「わかんないわよ!! 私もどうしたらいいのか!!」っ!?」

 

 既に隊列は瓦解した。

 どれだけ霧子にカリスマ的素養があって、リーダーとしてまとめ上げることができる能力を持っていようとも、もう無理だ。

 

 壊れたものを元に戻す力は無い。ゼロをイチにする力は霧子にも無いのだ。

 今あるものを上手く使う力も、誰かに力を用意してもらう力もあるが、今この時に至ってはそんなもの役に立たないではないか。

 

 比良都学園のマドンナと言われ、何もしていなくてもアイドルのように持て囃されて。

 だが、こんな状況ではどうにもならないのだ。

 

 限界だった。

 クラスメイトの少女に鬱屈とした感情と言葉を吐き捨てた霧子は、その場で拳を握りしめてギュッと目を瞑る。

 

 

「(()……!!)」

 

 

 思い出すのは年下のあの子。

 女の子みたいな顔で、だらしなくて放っておけなくて、だけど時にはかっこいい顔を見せるあの子の姿。

 いつだって私の助けが必要なくせに、私が助けて欲しい時はいっちょ前に私を助けるあの子の姿。

 

 こんな時に、あの子がいてくれたら。

 

 いつもそばに居てくれて、私の前でだけはにへらと笑ってくれたあの子が、今もまた私のそばにいてくれたなら。

 それがどんなに心強いか。どれだけ力を与えてくれるか。

 

「(……ああ、そうよね。簡単なことだわ)」

 

 ああ、そうだ。私があの子のそばに行かなきゃ。

 守ってもらうにも、守ってあげるにも近くにいなきゃ意味が無い。

 

 あと少しで中等部、あの子の教室だ。

 今は少しでも前へ。辿り着かなければ。なんとしてでも。

 

「に、逃げなきゃ。あなた、逃げるわ……よ……」

 

 目を瞑っていたのは時間にして数秒にも満たなかった。

 再起した霧子は、逃げるために先程の縋ってきた少女を目で探す。

 そして唖然とした。

 

「嘉村さ、ごめ、ごめんね……あぐっ、ごめんね……」

「ぁ」

 

 涙ながらに謝り続ける血塗れの女生徒と、その肉を貪る数体の“カレら”。

 どうして謝っているのか、霧子には分かった。死の間際まで自分がそうさせてしまったのだと、霧子には分かってしまった。

 うわ言のように謝罪の言葉を呟きながら、やがて女生徒はプツリと糸が切れたように沈黙した。

 九人。

 

 

 ―――その時、嘉村霧子という少女の心は折れた。

 

 

「……けて」

 

 ぺたりと地面に座り込んで、顔を覆う。

 

 もう周りに生きている人はいない。

 私が殺したから。

 何も出来ないのに導こうとしてしまったから。

 

 今はそんな“カレら”が私を同じ目に遭わせるべく呻き声を上げながら近付いてきている。

 心做しか憎悪すら宿しているように見える屍の死神たちが、ゆっくりとした動きでやってくる。

 

「助けて」

 

 助けて?

 今更どの口でそんな言葉を発しているのか。

 いっそ笑えるくらい、理不尽で最低だ。

 都合が良すぎる。

 酷い女だ。

 

 あの子は絵本の王子様じゃない。

 あの子はなんでも出来て、予想も付かないようなことをやってのける天才だけど。

 私より年下で、あの子なりの悩みを抱えるただの男の子なんだ。

 

「助けて……助けてよ……!」

 

 黙れ。口を開くな。

 あの子に助けてもらうことばかり考えてないで、少しでも生き残る術を模索しなきゃ。

 まだ終わってない。まだ生きてるんだから、足掻かないと。

 

 なんとしても、あの子に……。

 

 

「(ああ、そっか。私、あの子に―――)」

 

 

 もう諦めてるんだ。生きることを。

 私は既に死ぬことを認めていて、けれども一つだけ未練があって。

 

 だから、最期にあの子に()()()()

 たったそれだけ、それだけのことだった。

 

 理解してしまえばなんということはない。

 最期に一度、その名前だけ。

 

 

 

「鵺……!!!」

 

 

 

 愛しいあの子の名前を口にした時。

 胸に微かな温かさを覚えた。

 

 そして愚かな魔女を断罪するべく“カレら”の手が少女に伸ばされたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――大丈夫、霧子?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が今一番、聞きたかった声が聞こえた。

 

「……ぬ、え……?」

「うん、僕だよ。あ、ちょっと待っててね」

 

 ソプラノ寄りなその声は脳天気そのものな声音でそう言うと、勢いよく何かを引き抜いた。

 続くヴィィインという振動音。

 “カレら”の視線が全てそちらに向く。

 目の前で蹲る少女などより、よほど優先しなければならない。既に死んでいる“カレら”でも恐れるようなその存在に引き付けられるように。

 

「スプラッター映画って言ったら、やっぱり()()だよね」

 

 なんとも気の抜けるようなセリフ。

 次の瞬間、少女と見紛う容貌の少年は何かを振り上げて。

 

 

「ヒュー! ()()()()()()のお味はどうだい! あははっ!」

 

 

 ガガガガガという鈍い音、飛び散る血飛沫。

 歪な形に真っ二つ。両断された“カレら”はその活動を再び終えた。

 

「うんうん、ちょっと力がいるけどこれは便利だ! あ、田宮センセイ失礼!」

 

 とても斬れ味が良いのだろう。大きな音に引き寄せられて少年に迫る十数体の“カレら”が物の見事に廊下のシミとなってゆく。

 その光景を作り出している少年は愉快そうに声を上げながら、ミンチ肉を作り続けるその手は弛めない。

 

「こんなの学校じゃ教えてくれない……いや、ここ学校だから実質的には課外授業みたいなものかな? ありがとう、田宮センセイ」

 

 そうして、あっという間に腐肉の山を築き上げた少年は場に似つかわしくない雰囲気で、靴が汚れることも気にせずに田宮であった肉塊を蹴り飛ばす。

 ベチャリ、粘質を伴った水気のある音が廊下に響く。

 

「あーあ、壊れた。用務員さんに謝っとかないとなぁ。もう死んでるかもだけど」

 

 嫌な音を立てながら、尚も駆動しようとするチェーンソーを廊下の先に放り投げた少年はお目当ての少女の方を振り向く。

 

「さて、と」

 

 

 

「―――ハロー、マイ・フェア・レディ。ご機嫌いかがかな?」

 

 

 

 呆然とする霧子、彼女ににへらと笑いかけた少年。

 その光景はまるで絵本の一枚絵のようであった。

 

 

「おっそいわよ!」

 

「あいたっ」

 

 

 少年のその端正な作りの顔に靴が直撃しなければ。




■後書き
主人公がどうやっても曇らないのでヒロインに曇ってもらいます(無慈悲)
週2回くらい目処にコンスタントに更新したいので、基本は日曜日か土曜日の更新になると思います。首を長くしてお待ちください!
また、本作は読者参加型作品ですので、引き続きキャラクターを募集しています!

ご参加は下記URLからお願いします!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=305211&uid=435442
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