「立てる、霧子?」
「え、ええ」
へたり込んでいる霧子を助け起こす。
辺りに“ヤツら”の姿は見当たらないが、ここは少なくとも安全地帯ではないのだ。
早急にここを離れなければ、直に“ヤツら”が集まってくるだろうことは想像に難くない。そうなると武器がなければ非力な僕らなんて一瞬で“ヤツら”の仲間入り。
兎にも角にもここから逃げなければ。もちろん、霧子も連れて。
今にも決壊しそうな顔で手を握る霧子を見遣る。
いつも気丈に振る舞う彼女が弱々しく涙ぐんでいるところを見るに、多分相当堪えたのだろう。
「泣くのは後でね」
「察しが良いのやめなさいよ。スイッチ切って良いわよ」
「え、うん。わかった」
まだ一応は学校内であるからか。
知らぬ間に対人のスイッチが入ったままだったらしい。
世界がこうなってしまった今、もう演じる必要は無い。無いのだが、長年してきたことはそう簡単にはやめられないということだろうか。
気を張るのをやめてリラックス。スっとクリアになる感覚。
改めて霧子の方を向いて、僕は先程から気になっていたことを聞くことにした。
「なんでそんなに辛そうなの? 自分は助かったのに」
「……あんたやっぱ殴って良い?」
ぽすっと拳骨が柔く振り下ろされる。一応の手加減はしてくれているみたいだが、顔は全く笑っていない。
うーん。人間って難しい。
もっとこう、彼らは自分のために死んでくれたんだーとかそんな風にポジティブに考えられないものだろうか。
「まあいいや。取り敢えず逃げよっか」
「そうね、それには賛成」
僕より霧子の方が身長が高い為、手を繋いだまま逃げるのは正直面倒だ。僕より重いし。
それにもし仮に“ヤツら”に囲まれた時、僕だけならば逃げられるかもしれないが霧子じゃ難しいだろう。霧子トロいし。
「あんた今失礼なこと考えたでしょ」
「そんなことないよ」
別に本当のことを考えていただけで失礼なことは考えていないはずだが、どうやらご機嫌ななめらしい。
しかし女子というものの感覚は恐ろしい。まさか当人について考えていることを悟られるとは。
「霧子、静かに」
「何よ、うるさくさせてるのはあんたで……っ!」
……ちょっと騒ぎ過ぎたかな。
にわかに喧しくなってきた方を見て、次の行動を考える。
視線の先にはゆったりとした動きで迫る“ヤツら”の姿。はっきりとこちらにターゲットを向けているわけではないようだが、少しづつ集結しながらこちらへ向かってきている。
もう既にあの間を抜けて移動するのは難しいだろう。確実に生者が減って“ヤツら”の数が増えている現状、どこもかしこも同じ様相を呈している可能性は否めない。
無駄な動きはそのまま死に繋がると考えるべきだ。
考え無しで下手に動くよりかは、こういう時こそ落ち着いて俯瞰し一手二手先を読むべしと自己啓発本で見た。
「移動するよ、ついてきて」
「……ええ」
先ずは整理しよう。
現状における最大の目的は学校を出ること。
そのために今僕たちができることはあまり多くない。
正規ルートを通って校外に出るのは厳しいはずだ。
間違いなく他の生徒が殺到しているだろうし、“ヤツら”のせいで人っ子一人通れない状況になっている可能性が高い。
ならば裏門はどうか。いや、これも難しいと言わざるを得ない。
正規ルートからの脱出は不可能と判断した少し頭の回る冷静な生徒はこちらを選ぶだろうが、裏門を選んだとて末路は前者と同じだろう。何せ、裏門からは一本道だ。そして最終的には正門から伸びるメインの道、つまるところ“ヤツら”で溢れかえっている道と合流する。安全には逃げられまい。
となれば、だ。
僕たちが行ける道は上の二つ以外にもうひとつある。
―――山だ。
この比良都学園の校舎は真隣に山が在る。そしてその山は明確に進行方向を定めて進めば、数時間歩いて抜けることが出来る程度のイージーなけもの道だ。
校舎と山は当然フェンスで隔てられてはいるが、乗り越える分にはなんの問題もないだろう。トロい霧子でも。
まあ山を抜けるなんて言ったら、僕の知る霧子なら文句のひとつも出るだろうがそれは仕方がない。
そうと決まれば動き出さなければ。
西日が差し込む廊下を見て早速次の一手を打つ。
「ぁ」
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
駆け始めるべく、握っていた手を離せば後ろから小さな声。
そこにどんな感情が籠っていたのか、僕には分からない。勉強した知識としての感情だけでは判別できない。
その上で今日の霧子はやっぱり様子が変だ。
けれど、僕にはその理由も原因も分からなければ解決方法もてんで分からないのである。
だから、これが何かおかしな事態にならなければ良いと願うばかり。
「……ばか」
「ん? 何か言った?」
何やら罵倒された気がしないでもないが、問い質したところで無駄だろう。
それよりも今は少しでも前進したい。
何せ、時間は限られているのだ。今不可能なことをどうこうしようとするより、不安を抱えながらでもできることをする方がよほど有益だから。
「ちょ、ちょっと、こっちって高等部の校舎じゃ」
「うん。寄りたいところがあってね」
「……もう。わかったわ、最期まであんたの考えについて行ってあげるわよ」
目指すのは
僕たちに今必要なのは一日を乗り越えるための物資と、
「交渉材料?」
「うん。肉か……仲間を手に入れなきゃね」
「あんたね……早速先が思いやられるんだけど。……まあ、いいわ。あんたについて行くって決めたのは私だし」
「あはは。最後までよろしくね」
どうやら不服らしい。せっかく受け入れやすいであろう言い方に直したのに。
それに、何も積極的に肉壁として使い潰そうっていうわけじゃない。
人間とは脆い生き物だ。それは肉体的にも精神的にも。生憎と僕に精神的な話は当てはまらないわけだが、霧子を見ればそれは一目瞭然。
一人でいるより複数で。少なくともその方が人間は精神安定が図れる。
戦力だって一人増えれば一人分だ。人間誰しもひとつくらい長所がある。これを馬鹿にはできない。どんな困難だって力を合わせ、互いの短所を互いの長所で補い合えば乗り越えられるというもの。
そして、だ。
山を超えるとなった時、かなりの強行軍となるわけで。周囲の見晴らしも良くない中、当然山には“ヤツら”がいる。
ここまでの傾向から、人間は“ヤツら”に襲われたら悲鳴を上げる。ほぼ確実と言って良いほど。
ならば、彼らは
―――つまり
「……あんた、いつか背中からグサッとやられるわよ」
「それが霧子だったら、それもいいね」
「臆面もなく、よくそんな言葉が吐けるわね全く」
■後書き
基本的に主人公は狂人というより常識と良識、共感性が欠如しているのでどれだけ表面上は友好的な関係を築けても奥底での意思疎通は図れないタイプの人間です。それが狂人というかどうかはまた別の話。
次話から参加キャラクターも登場する予定です!
ご参加は下記URLからお願いします!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=305211&uid=435442