「へぇ、それは面白いね」
「ですよね、ですよね!」
感慨深そうにうんうんと頷く鵺と、その隣で楽しげに話に花を咲かせる少女。
おかっぱ風の姫カットは青みがかった黒髪によく似合い、整った顔立ちはその隣を歩く鵺と比べても遜色無く、ともすれば姉妹のようにも見える。
一行の中で廊下を先導する二人は特に声量に気を使うわけでもなく、二人だけの世界に入ってしまっているようだ。
こんな状況下では無防備とも取れるそんな二人に、当然のように横合いから“カレら”の魔の手が迫る。
「んッ♡ 鵺くん」
「はいっと」
少女の艶やかさを伴った一声に反応して、少年の鋭い一撃が襲撃者の眼窩から脳までを貫く。逆奇襲に成功した形となり、襲撃者は脳を完全に破壊される最後まで何もできずに沈黙した。
まるで阿吽の呼吸。長い間連れ添った二人のような連携。だのに、この二人はまだ出会って三十分足らずだと言うのだから末恐ろしい。
「あいつら凄いな」
「ええ、本当に」
忍足は目の前の埒外とも言うべき二人の姿に呆れすら混じる驚きを覚え、その隣でゴゴゴッとかビキビキッだとか今にも爆発しそうなほどの怒りを堪える霧子の姿に若干の恐怖と同情の念を抱かずにはいられなかった。
「(前途多難だ)」
思わず遠い目をしてしまう。
腕時計を見れば時刻は十七時過ぎ。
二人と合流してからまだ一時間と経っていない。
その間に増えた新たな旅の道連れである少女、
□
時刻は遡ること十六時半過ぎ。
鵺達一行は裏山に最も近い通用口を目指す傍ら、生存者を探しながら校内を探索していた。
「んー、もう全滅したのかなぁ」
しかし結果は芳しくない。
道中、いくら探せど呼び掛けども一切の応答はおろか、生存の痕跡すら見つかりはしない。
全く変化のない状況に鵺が欠伸をする。それを咎める気もない霧子と忍足の二人は刻一刻とすぎる時間に焦りを募らせながらも、生存者探しには既に諦観を抱き始めていた。
だが、そんな状況に遂に変化が訪れる。
中学部校舎との渡り廊下に差し掛かり、二階に降りるべく引き返そうとした時のことだ。
「ぁっ」
「っ!」
鵺達の背後から小さな声。
忍足がそれを聞き逃すことなく鋭敏に反応して鉄バットを構える。
野球部員であったらしい一体の“カレら”のスポーツバッグから拝借したそれは鵺のピックツール同様に真っ赤に染まり、所々に肉片などがこびり付いている。
何が出てこようとも大抵、その末路はこびり付いた肉片の持ち主と大差は無いだろう。
……とはいえ、今回は同じ末路を辿ることはなかったようであるが。
「糸目センパイ、多分大丈夫」
そう言って前に出た鵺に逆らうことなく、忍足は鉄バットを下ろして顛末を見守ることにした。
鵺が前に出るならば自身が襲われることはない。そういった打算も脳裏に数割はあったが、それ以上に忍足は鵺の勘を信頼していた。
「僕らが君のお眼鏡に適うかはわからないけど、少なくとも危害を加えるつもりはないから出てきて良いよ」
廊下の柱の陰に向かって鵺がそう言う。
忍足も霧子も意図が分からず首を傾げるばかりであったが、しばらくしてその正体に、正確には柱の陰から現れた存在の姿にぎょっとせざるを得なかった。
「あー……どうも。中等部三年の
「いや、あなた、なんて格好してるのよ!?」
「鵺、見るな」
「どうかしたの、糸目センパイ」
現れたのは青みがかった黒髪の少女。学園内では少々古典的な言い方ながらマドンナとまで言われる霧子に勝るとも劣らない整った顔立ち、スレンダーな体格だが出るところは程良く膨らんだ端正な体付き、学生モデルと言われても違和感の無い容姿。
問題は霧子が言及し、忍足が鵺の目を両手で塞ぐ必要のあるその格好であった。
「これには事情が……」
「なんでも良いけど下は隠して! 忍足先輩、上着!」
「あ、ああ。ほら、使ってくれ」
なんと少女は
霧子に急かされるまま、瑠璃と名乗った少女に制服のジャケットを手渡した忍足は不可抗力的に視界に入った瑠璃の下半身、正確にはそこに刻まれた
ここまで来れば、この数時間の間に少女の身に何があったのかは想像に難くない。
あまり他人に頓着しない気質の忍足とて、気分が悪くなるのは事実であった。
「あんまり触れたら駄目ですからね」
「ああ、わかっているとも」
瑠璃の下半身に忍足の上着を巻いていた霧子もまた同じようにそれが目に付いたらしく、作業を終えると忍足に耳打ちする。
どうにも胸糞の悪い。そしてそんな目に遭っている奴ばかりが生き残っている。
「(これが因果応報、っていうわけか)」
そんな言葉でまとめられるほど世の中は簡単ではないが、それでもこれはそう言ってしまった方が逆に分かりやすくまとまるだろう。
珍しく感傷に浸る中、鵺と瑠璃の会話が偶然耳に入る。
そして忍足はあまりにもあまりな内容に咳き込んだ。
「鵺くんって女装に興味あります?」
「いや、無いけど」
「えー!? 可愛いのに勿体ない! スカート履くだけでもそこら辺のおじさんなんてイチコロですよ!」
「おじさん? なん「ちょっと、鵺に変なこと教えないで!!」」
「な、何するんですか……せっかく楽しいことを教えてあげようと思ったのに」
「どんな楽しいことよ!?」
霧子の平手がスパァンと少女の頭を叩く。
しかし少女は悪びれる様子もなく、むしろ声高々に言葉を続ける。
「それはもうスリリングで気持ちのいいことですよ」
「うっさいわ!」
そしてこの時、忍足と霧子は絶望感に打ちひしがれながら、ひとつの事実を察した。
「「(変な中学生が増えた……)」」
奇妙な人間は鵺の存在で既に慣れていたはずだが、ベクトルは違えども様子のおかしい人間が増えることは勘弁願いたいもの。
むしろ健全さで言えばベクトル的に鵺の方がまだマシになるとは、頭を抱えたくもなるもの。
「とりあえずあんたはあんまり喋らないで」
「えー」
「えーじゃないわよ。風紀が乱れるわ」
口を尖らせて不満を露わにする瑠璃であったが、次の瞬間にはどうしたことか霧子の話など上の空という様子で顔を赤らめてチラチラと死角になる廊下の曲がり角の方に視線を送り始める。
「ぁっ♡ あの、えっと……」
「へー」
何か言いたげにする瑠璃。それに誰よりも早く反応したのは、先まで興味無さそうにピックツールを手で弄んでいた鵺であった。
全く状況が分からず疑問符を浮かべる忍足達を他所に、一人合点している様子の鵺はピックツールを握り締めて同じ方を見遣る。
雰囲気からただ事ではないことだけは察した忍足と霧子も臨戦態勢をとる。
「そういうことか……!」
そうして、一行が見る方向から現れたのは数体の“カレら”。
一行のやり取りに引き寄せられたのだろう。数は多くないが目指す方向に立ち塞がっているため、倒さなければ大幅な時間のロスを強いられる。
それを理解している鵺と忍足はそれぞれの得物を手に、“カレら”へと向かって行く。
「まさか、あれに気が付いてるなんて。びっくりだ」
「本当にな」
「糸目センパイはどうだった?」
「いや、全く。耳は良い方だと思うが、お前達がいなかったら不意をつかれていたかもな」
そう言って一瞬明坂の方を見る。
彼女は上着一枚で心もとないのか股座に手を当てて、霧子の背から様子を見ていた。
耳が良い? とんでもない。あれはそういうものじゃない。
「(各務も半ば予知能力じみた直感を持っているが、あの明坂とかいう後輩も大概だな)」
予知能力。言葉にすれば単純明快。しかし、まさかそんなものを信じるわけがない。
しかしそれ以外には言葉で表せないような現象を起こす人間が目の前に二人もいる。
「(いよいよ、適当な大人の寄せ集めよりも、変わった中学生二人について行った方が生存率が跳ね上がるな)」
何とも馬鹿げた話だが、そういうことだ。
ならば当分はこの二人からは離れないでおこう。
各務鵺に切り捨てられる?
明坂瑠璃の得体の知れなさに果てる?
ああ、結構。それでも生き延びてやろうとも。
最後の“カレら”の頭をかち割って、忍足はそう結論付けた。
「さて、と。これで終わりだね」
同じように戦闘を終えた鵺が瑠璃に興味深そうな視線を向けながら歩み寄る。
「ねえ、どうして分かったの?」
「えっ!? あー、その、性へ……じゃなくて、そう! 直感にビンビンってキタんです!」
「なるほどね」
「もうそれはビンビンに!」
しどろもどろになりながら言葉を紡いだ瑠璃に、鵺は納得を示し、霧子と忍足の二人は白い目を向けた。
とはいえ彼女がそういう存在であることはもう十分に理解している二人は、突っ込んだら負けだとサラリと流す方針に。
問題は鵺の発言だった。
「あはは、そっか。いいね、
「やめなさい」
「私は別にいいですよ? 尊厳とか風聞が蔑ろにされてる感じがするので」
「お前はしばらく口を開くな」
ノーパンセンパイはアウトだろう。
思わず天を仰ぐ。
そうこうしている間に中学生二人組は一行を先導するように歩き出していた。
そうして話は冒頭に戻る。
……余談であるが、霧子の尽力によって鵺からの呼び名は瑠璃となったのであった。
■後書き
読了ありがとうございました!
ノーパンセンパイこと明坂瑠璃の参戦に、どうなる鵺一行(主に風紀的な意味で)
愉快な仲間が増えた中、学園エスケープ編はここから大きく動き出していきます。乞うご期待!
ご参加は下記URLからお願いします!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=305211&uid=435442
■スペシャルサンクス
・黒崎 好太郎さん(投稿キャラクター:忍足貴一)
・烏間つくねさん(投稿キャラクター:明坂瑠璃)