氷叢分家のなりすまし   作:仁絵乃羊

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ヒーローになる方法

 氷叢(ひむら)凍彦(いてひこ)という少年について。

 俺と似通った白髪に、俺とは違う墨色の瞳を持っていたらしい。

 何もかも伝聞だ。会ったことはない。

 凍彦は、集落と呼べないほど過疎の進んだ、選りすぐりのど田舎で生まれ育った。小学校は車で一時間の最寄りへ通ったが、中学は通信制教育を受けた。

 通信制中学とは、主に〝個性〟がもとで小学校に適応できなかった児童を救済する制度だ。凍彦は病弱で気が小さく、強い『氷結』の〝個性〟を持っていたが制御は覚束なかった。

 広大な土地は管理する手が足りず荒れ放題。

 由緒のある立派な屋敷は経年であちこち傷んでいる。

 家族は両親がふたりきり。

 そんな一家を(ヴィラン)が襲った。

 両親は(むご)たらしく殺され、凍彦はただひとり生き残りとして保護された。

 

 そういうシナリオを、父が描いて俺に寄越した。

 

「ヒーローになりたい」

 現代の超人社会において、珍しくもない子供の夢。

 ずっと昔から抱いていたそれを父に語って間もない日に、氷叢凍彦とその家族は喪われた。

「僕は君の父親として、我が子の夢を全力で応援するとも。これは最初の贈り物だ。きょうこの日このときから、君は氷叢凍彦になった。大切な家族を(ヴィラン)に奪われ、傷ついた心で正義に燃える健気な子供。さあ、死んだ彼らに報いるためにも、叶える努力を怠ってはいけないよ」

 俺はそうなってはじめて、父について、恐るべき(ヴィラン)であると知ったのだ。

 

 俺改め凍彦は、医師や看護師、警察からの聞き取りに対して、自分の名前のほかはすべてわからないと答えた。知らないのを思い出せないことにした。

 すり替わってまもなく、本家という親戚が凍彦を迎えに来た。

 凍彦と違って俺の瞳は碧いのに、少しも気取られなかった。それはつまり、本家は凍彦の顔さえ知らない他人だということ。

 にもかかわらず、本家は凍彦を丁重に扱った。

 凍彦の身柄には、両親の遺したそれなりの財産が付随するらしい。

「ヒーローになりたい」

 本家の大人に向かって、凍彦は夢を語った。

「ヒーローになれるなら、全部あなたたちに差し上げます」

 本家は凍彦に充分な環境を授けた。ヒーロー科最高峰である雄英高校へ入学願書を提出し、合格実績の高い家庭教師を雇った。

 凍彦は受験勉強に没頭した。頭を休めるために身体を鍛え、身体を休めるために机に向かう生活を続け、六ヶ月という限られた時間で(あた)うかぎりに力を求めた。

 

 

 

 2月25日、雄英高校大講堂。

 垂れ気味で伏し目がちの目元に黒々とした隈をこさえた顔の凍彦は、横髪に手を伸ばした。

(ああ、試験の前に切ったんだった)

 手櫛を通しても指が埋まるのは半ばまでという長さ。もみあげから襟足にかけては短く刈り込んでしまった。試験前は身なりを整えるものだという、大人たちの助言による。

 手を下ろして息を吐く。

 不可解に思う気持ちは抜けてはくれなかった。

 これから行われる実技試験。壇上の教員——プロヒーローのプレゼント・マイクによると、事前通知のとおり、内容は模擬市街地演習。制限時間は10分間で、私物の持ち込みに制限なし。

 そこまではよかったのだが、試験会場にあるのは無人の家屋と、総数不詳の仮想(ヴィラン)ロボット三種類、そして一体の特別な強敵ロボットだという。

 仮想(ヴィラン)については写真付きのプリントまで配布された。各受験者が行動不能にしたこれらの種類と数が採点基準であるらしい。

(ヒーローになるための、試験なんだよな?)

 ヒーローと言って思い浮かべるのは、(ヴィラン)におびやかされる人々の前に駆けつける姿だ。

 けれどこの街に住人はいない。救けを求める声は上がらない。

(守るものも救うものもない……なんてヒーローがあるかよ)

 複数の会場に振り分けられたが、それでも一会場あたりの人数が尋常ではない。少なくとも数える気を一瞬で失くす程度の人の群れ。

 移動はバス。高く分厚い壁で区切られた模擬市街地は、実際に街として機能しそうな面積と精巧さで、ひとつの学校の敷地内である事実を忘れそうになる。しかも、凍彦のいるここだけが特別でないのだとすると、同じ模造市街が最低でも7つはあるのだ。

 各自が準備運動や〝個性〟のウォーミングアップをしているのを見て、凍彦も立ったままできる軽いストレッチをしておくことにした。

『ハイ、スタートー!』

「うん?」

 受験者たちは首を傾げた。

 遥か遠くからこだまのように響いてきたプレゼント・マイクの声が、試験開始の号令だとは誰も気づかなかった。俺も別会場の音ではないかとまず疑った。

『どうしたぁ!? 実戦じゃカウントダウンなんざねえんだよ!!』

 はっとして駆け出したライバルたちに、凍彦も続く。

『走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!!』

 BOOM!!

 こだまする声を掻き消す爆音。中央を目指した先頭集団からだ。

(敵の攻撃か、誰かの〝個性〟か!)

 ライバルたちの反応はふたつに分かれた。

 まず、明らかな他人の()()()には寄るまいと避けて通るものたち。これが受験者の大半だ。会場には得点にならない強敵が一体いるという前情報も、この判断を後押ししたことだろう。激しい戦闘音はその強敵が原因かもしれない。

 残る少数は、前が空いてこれ幸いと騒音の元を目指した。

(戦闘してるってことは、確実に敵がいるってことだもんな。これ全員が横取り狙いなら激しくなるぞ)

 凍彦も少数派として中央を追っていた。

 いくらも進まないうち、ビルの陰から(ヴィラン)が飛び出してくる。

 巻き込まれた建物の一部が瓦礫と化す。

『標的捕捉! ブッ殺ス!』

「喋るの!? 話は——」

『標的捕捉! ブッ殺ス!』

「——できないな……ッ」

 1ポイントの(ヴィラン)だ。並の大人より高さも幅もあるロボットで、センサーのある頭部がふたつ、火器を備えたアームが両脇に各ひとつ。

 瞬時に『氷結』で盾を形成し、頭と胴体を守りながら体当たりを仕掛けた。

 プリントでは素早いと注されていたが、銃口をこちらへ向けていた(ヴィラン)は避けなかった。

 接触した瞬間にアームを押さえて武器を氷漬けにし、次いで脚も凍らせて地面に張り付け、制圧完了。

 会敵から20秒足らず。

(少なくともふたつは集団が通った道でこれか。遅れたからって取り損ねるような数じゃなさそうだ。けど、先に行ってるやつらと競争できるかっていうと……)

 一戦交えて意識が切り替わったが、相変わらず中央の戦闘音が一際賑やかだ。いち早くそこへ行くべきだという考えは変わらない。

 走り出そうとして、壊れた建物に未練が残る。

(模造だとしても、無傷にしておきたかったな)

 ヒーローは人を守る。人の暮らす街、誰かの帰る場所も。

 歯噛みをして凍彦は進む。

 探すまでもなく(ヴィラン)のほうから来てくれるので、そんなペースでも数体は倒した。

(この状況、建物の被害を防ぎながら戦うのはひとりじゃ無理……相棒(サイドキック)やチームアップが必要なわけだ)

 腕時計に目をやれば、2分経過が見てとれた。同じペースで10分間狩り続けたとして、最終得点一桁で合格はないだろう。

 負傷で動けなくなっている受験者も見つけた。

 せめて建物内に退避させようと手を貸し、担ぎあげると不平を言われた。

「こんなことしてる余裕あんのかよ」

「ないけど、人を見捨てる癖なんかつけたくないよ。ヒーローになるのに」

 奥へ進むほど、無茶をしたのだろう怪我人が多かった。街の傷は(ヴィラン)による破壊痕のみならず〝個性〟によるとおぼしいものも目につく。

 それでも、せめてもと、目の前で(ヴィラン)に壊されそうになった時は氷壁でガードした。

 やや容量超過(キャパシティオーバー)のリスクが上がるが、一息に敵まで凍らせよう。

 そう思った拍子、飛び込んできた人の影。

 耳をつんざく炸裂音。爆風と焦熱。

 半ばほど氷漬けにした敵が、〝個性〟による無慈悲な爆破を受け変わり果てた。

「クソが! てめー横取りしてんじゃねぇ!!」

 真っ赤な瞳の三白眼を鬼のように吊り上げた男子だった。

 彼は口汚い罵倒を吐き捨てると、踊るように軽快な動作で次の(ヴィラン)へ襲いかかる。

「言いがかり! ちょっと落ち着いてよ!」

 傍らで上がり続ける爆発音に、負けないように声を張る。

(ヴィラン)より君のほうが街を壊してる!」

「あぁ? 何だてめぇ」

「ヒーローだ! 君は違うのか!」

 誰かは鼻で笑って、手のひらで(ヴィラン)を爆破しながら口角と(まなじり)を吊り上げた。

「阿呆か! クソボケか!? 試験の意味もわからねぇんか? ごっこ遊びしに来たんなら帰ってクソして寝てろ!!」

「ごっこ遊びって……逆に聞くけど、試験の意味って何!?」

「点取り合戦だろぉが! てめぇより誰よりポイント稼いで、一番になンだよ!」

 そう言いきった彼はただひたすら(ヴィラン)に向かっていった。怪我をして震える誰かに目もくれず、建物の巻き添えなどなんのその。

「それは意味じゃないだろ……!」

 内容はそうだし、受験者として彼の行動は正しいのかもしれない。(ヴィラン)を倒せば得点になり、得点によって合否が決まるのだから。

(でも俺は……お父さんの子なんだ)

 そのことを考えるだけで、俺の善悪はひっくり返りそうになる。

 俺の願いのために、いくつもの命が失われた。

 俺は凍彦を、彼らを踏みつけにしてここに立っている。

(そんなんじゃ〝ヒーロー〟にはなれない)

 爆発音は瞬きの間に遠ざかっていた。

 そして、ざんざめく会場の空気を塗り替える、誰かの叫び声。

「出たーッ!!」

 直後、あたりを濃い陰が覆った。

 顔を上げれば空をくり抜くものの姿。あまりにも、あまりにも巨大な仮想(ヴィラン)

 開始前に説明を受けた、0ポイントの強敵、回避すべきお邪魔虫だ。

 大きい。道路に収まりきらない幅を持ち、5階建てのビルよりも背が高い。胴体を曲げて覆い被さってくるので、ただ突っ立っているビルなどよりずっと大きく見える。

 それは鉄でできた無骨な機械だ。仮想(ヴィラン)はいずれも角張った部品の組み合わせでできていて、人を思わせる部分など備えていない。

 なのに俺は、見上げたその巨体に、父の姿を思い出し、重ねていた。

 べつに、父は物理的に大きいわけじゃない……はずだ。

 けれどあのとき、優しげな声をして、無感動のまま凍彦を殺し、ひっぺがした身分を俺に着せてくれた、あの日の父は、とても大きく感じた。

 堪えがたくおそろしかった。

 俺はヒーローになって、あの巨悪を摘まなければいけないのだ。

 逃げる人の流れに逆らって、巨大な腕だか脚だかわからない攻撃をいなし、掴まえてよじ登る。

 容赦なく大きく振り回され、叩きつけられそうになるのを、しがみつき、身を捩り、氷を盾にして防いでいく。

 一挙一動が考えていたら間に合わない。とにかく見て、反射で動く。

 無駄のない動きをするには経験と訓練が足りない。

 ひたすらネジ穴や溝といった手がかり探し、なければ氷柱を生やしながら、嵐の中を突き進む危なっかしいボルダリング。

 そうしてようやく可動部の集中する胴体部分へたどり着いたら、ギリギリの加減をして〝個性〟を解放する。

(この適度なら、()()()()()のは確認してる!)

 手の触れた部分から、爆発的な勢いで真っ白な氷が生まれ、膨れ上がる。

 刹那、ギッ、と軋みを上げて、胴体の可動部は氷塊に包まれた。

 氷から冷気が伝い、金属の肌が結露していく。

 結露した水滴はたちまち凝固して、パリパリと音を立てながら被膜を作る。

 頭部へ脚部へと霜が下りていく。

 霜は関節部へも入り込み、大きな空洞も小さな隙間も埋め尽くし、機械の体から自由を奪い尽くした。

 氷漬けとなり、完全に停止した巨大(ヴィラン)に、もう父の姿は重ならなかった。

 

 

 

 教師の集った大会議室は照明が落とされて、窓に暗幕を引かれているのでとても暗い。

「実技総合成績出ました」

 パッ、と照らされたスクリーンに数多の目が集まる。

 雄英高校ヒーロー科入試には、救助(レスキュー)ポイントという採点基準があいまいな項目がある。一回の受験者数が数千に上る関係で、面接試験に代えて実施された制度であった。配点は大きく、(ヴィラン)ポイントと同じだけの重みを持つ。

 得点は審査制。審査員の教員たちが自分の持ち点を受験者に割り振りし、コンピューターに集計させる。

 喧々諤々(けんけんがくがく)に話し合ったりはしない。子供の一生を左右しかねないとなれば、過ぎた熱も入ってしまうもの。過去の失敗を省みて、現在のシステムがある。

救助(レスキュー)ポイント0で一位とはなぁ!」

 やんやと(はや)すような声が上がるのも、話し合いを回避したからこそだ。

 映像のモニタリング中には、得点だけを追い求める粗暴さに眉を顰めるものもいた。

 しかしこのタイミングで否定的な意見は聞こえない。揉めるだけで意味がないからだ。

「対照的に(ヴィラン)ポイント0で七位」

 すなわち審査員の心情だけで合格しているわけだが、それについても快く思わないものはいる。

(ったく、わいわいと……)

 相澤は呆れを心中に押し留めた。

 彼は新入生の担任を内示されている教師で、この受験者の救助(レスキュー)ポイントを低くつけた少数派に含まれる。

「さて、今回はもうひとつ、君たちに見てもらいたいデータがあるのさ」

 校長の声を合図に投影画面が切り替わる。

 実技総合成績と同じ書式の表で、ひとりだけ救助(レスキュー)ポイントが突出したものがいる。

「80! これだけで一位がひっくり返るぜ!」

「合計ポイント三桁は届かなかったか……」

 上がっているのは驚愕よりも快哉の声だ。

 彼らはこの受験者に加点したに違いない。

0ポイント敵(エグゼキューター)を出す前から、彼はヒーローとして現場に臨んでいた」

「建物を庇ったのは驚きでしたね」

「それもだけどやっぱアレだよ。2会場でぶっ壊されたのは前代未聞だろ」

「だけど、これって」

「そう、これは()()()()の一覧なのさ」

 会議室が水を打ったように静まり返った。

「……この点数で不合格になるほど、筆記の結果が奮わなかった、と」

「そうだね。雄英(うち)の教育を思うと、一定水準の学力がなければ、入学しても進級できないかもしれない。だから筆記試験に()()()がある」

 画面が切り替わり、五教科の結果が棒グラフで表された。

 足切りのラインが横一文字、目にも鮮やかな赤色で引かれている。

 その高さにわずか1点届いていない——

イィーィングリィーッッ(Eeeengliiiiish)!!」

「これは……惜しすぎる……!」

 教科担任の絶叫に続いてざわざわと悲嘆と落胆の声が上がる。

「そうなんだ。あまりにも惜しい。だからといって後出しで手を(かえ)し、本来合格していた子供を押し除けるというのは、許されない悪逆だろう」

(話が長すぎる。合理的じゃない)

 相澤はスクリーン上のデータには注意深く目を向けていても、話のほうは半ば聞き流していた。

 『ハイスペック』の〝個性〟を持つ校長がこの場面で言い出したからには、教師の賛同を得られる前提、決定事項の告知でしかない。仮に反対意見が出たとしても、完璧に説き伏せる用意があるということだ。

(今年の受け持ちは()()()()奇数になるな)

 ヒーロー科のクラスは人数の変動が()()起きるものの、一年生は各クラス20人と決まっている。例外は相澤の受け持つA組だけだ。

「そこで!」

 しばらくぐだぐだと(あげつら)っていた校長が、ようやくまとめに入った。

「今年は一般入試の合格枠を37に拡大しようと思う! 異存はあるかな?」

 

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