氷叢分家のなりすまし   作:仁絵乃羊

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個性が使えないふたり

 戦闘服(コスチューム)のデザインについて、リクエストしたのは三点。

 1、地色は淡い灰色、差し色はシアンブルーで胸に炎のモチーフ。

 2、小物入れ。救急用品他アイテムの収納用。

 3、乾きやすく、濡れても透けない軽い素材。

 完成品はこちら、レオタードシャツとハイウエストパンツのセパレートスーツ。目元の隈を隠すマスカレードを添えて。

 胸元の炎モチーフは流線的な抽象図形で、より際立つように透け感のあるフリルがあしらわれている。袖口とロングブーツには色の切り替えがあり、手足を動かすと尾を引く光の軌跡を錯覚させる。

 小物入れはボトムに複数のフラップポケットが付けられた。ボディバッグやウエストポーチを想定していたけれど、これはこれで悪くない。救急用品と注したからか、ガーゼや包帯、サージカルテープまでついてきた。

「着心地は理想通り……すごいな。あの注文でこんなになるんだ」

 タイトなのでダブつかないし、伸縮性に富んでいて動きに少しも障らない。どころか適度なホールド感と摩擦のないさらさら質感が心地よく、いっそ裸より身体が軽い。

「すげーコス。それ似合うのヤベェな」

 引き気味の声をかけてきた金髪黒メッシュは、私服にも見えるカジュアルなジャージ姿だ。黒地に稲妻を模した黄色いラインと、右耳を覆うアンテナ付きのヘッドセットが特徴になっている。

「ヤバいって?」

「いやまずタイツ系着る度胸がパネェだろ。筋肉キャラじゃねえのに……!」

「形は指定してないから、サポート会社の人がデータ見ていい感じにしてくれたはずなんだけど」

 強いて不満を挙げても、フリルの必要性がわからないことくらい。

 縫い目に皺のない、布先だけがひらひらと波打つフリル。それだって、胸板の薄さを誤魔化して細身の体型を映えさせる役を担っているのだが、理解できる凍彦ではない。

「いい感じになってるなってる! なってるからヤベーやつ!」

 邪気なく笑って親指を立てる相手に、ならまあいいかと落ち着いた。

 この更衣室にいる誰からも、奇異の目は向けられていないようなので。

「焦凍はそれ、動きにくくない?」

 水を向けた先で焦凍は左肘を曲げ伸ばしした。

 白系で色をまとめたシャツとストレートパンツという素朴な形を下地に、左半身は氷を模した硬質素材で覆ってしまっている。

 頭部パーツを着けると左側の髪と目も完全に隠れてしまうため、まるで別人だ。特徴的な彩りで焦凍を見分けていた生徒たちは、一瞬誰だかわからず混乱した。かくいう俺も少しだけ。

「左はこれでいい……おまえはヒーターつけてないんだな」

「ヒーター?」

 焦凍は自分の肩を指さした。両肩のベルトの先にはプロテクターのような背面パーツが取り付けられている。それがヒーターらしい。

「体温調節どうすんだ」

「ああ! そっか、付けてもらえばよかったな」

 戦闘服の改良申請について、あとで担任に聞いておこう。

 そんなことを考えながら、着替えと点検を済ませた焦凍を追って、更衣室を後にする。

 

 本日の午後は学年最初のヒーロー基礎学。学と称されているものの、座学よりも実技訓練中心の課目らしい。

 集合場所はグラウンドβ(ベータ)。壁に囲まれた模造市街地だ。どことなく見覚えがあると思ったら、入試の会場だった場所らしい。

 今回の授業は、現役ナンバー1ヒーロー、生ける伝説〝平和の象徴〟オールマイトが教鞭をとるとあって、生徒たちは奮い立っていた。

「さあ、はじめようか有精卵共!! 戦闘訓練のお時間だ!!」

 2mを優に超す規格外——()()()()()金髪の大男が、張り上げた声で大気を震わせた。

 ちなみに彼の戦闘服(コスチューム)は時代を問わず、本場アメリカンヒーローリスペクトのスキンタイトスーツだ。三原色の配色は派手でも形はシンプルで、隆々たる筋肉の陰影が装飾の一部として計算されている。

 十人十色の卸したて戦闘服(コスチューム)を纏ったヒーローの卵たちに、オールマイトは満足げだ。

「良いじゃないか、皆。かっこいいぜ!! ……ムム!?」

 順繰りに生徒たちへ目を向けていた彼は、オールマイトフォロワーの緑谷に気づいて失笑を堪えた。

 緑谷の戦闘服は若竹色のジャンプスーツと目出し帽、さらにフェイスガードで素顔をすっかり隠している。それを緑谷だと思ったのは、それ以外に彼らしい人がいなかったからだ。気づくのには時間がかかった。

(ああ、わかりやすい)

 気づいてしまえばオールマイトが笑った理由も察する。オールマイトの特徴のひとつ、重力に逆らって立つV字型の前髪を、緑谷は帽子のツノで再現していた。

(そうか、好きなヒーローがいるなら、緑谷みたいに真似をしてもいいんだな)

 しかし凍彦には好きどころか、知っていると言えるヒーローが数えるほどしかいない。雄英で学ぶうちに増える予感ならあるので、そのときが来たら緑谷に倣ってみようか。

「君らにはこれから『(ヴィラン)組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦を行なってもらう!!」

 生徒たちがどよめく。

「A組は21人ですが、分かれるとはどのような分かれかたをすればよろしいですか」

「人数については、三人のチームをひとつ作る。ただし、そのチームの二人には〝個性〟使用禁止のハンデを負ってもらうぜ! 組み合わせはくじだ!」

「異形型〝個性〟が三人チームに固まったりしませんか?」

「当然そうならないように考えた! まずは引いてくれよな!」

 急かされてもわいわいと賑やかなまま、生徒たちはくじ箱に手を突っ込み、四つ折りの紙片を引いていく。

 凍彦が引いたくじは、開いてみても何も書かれていなかった。

「くじのアルファベットでチームを組んで、白紙を引いた人は誰だい!?」

 手を挙げて「はい」と掲げる。

「君か! では、ハンデを負っても彼が欲しいというチームはいるかな!? いなければ彼にチームを選んでもらう!」

 さほど待つこともなく、スッと手が挙がった。

 半ば裏返った震え声が言う。

「Aチーム、氷叢くん欲しいです!」

 緑谷が目出し帽を脱いで顔を晒し、緊張した面持ちで凍彦を見ていた。

 他に手が挙がることもなく、緑谷のチームが三人組になった。

 もう一人のメンバーはよく緑谷といる気がする茶髪の女子だ。

「麗日お茶子です。よろしくね……!!」

「よろしく。氷叢凍彦だよ。拾ってくれてありがとう、緑谷、麗日」

 麗日が着ているのは白黒ツートーンのスキンタイトスーツに、膨らんだ形のベルトとブーツを合わせたものだ。差し色の桃色が華を添えている。

 彼女は凍彦の腰回りに目を止めて、自分の腹部が隠れるように腕を組んだ。

「ぐう……ちゃんと考えて書かんから……!」

「……どうかした?」

「ううん!! なんでも!!」

「それで、その……ハンデなんだけど……」

 緑谷がおどおどと話し出したので、凍彦は軽く頷いた。

「ひとりは緑谷として、麗日と俺のどっち残すかだよね」

「あ、うん、そう……僕はもともと使えない〝個性〟だから……」

「すごいパワーだけど、大怪我するのよくないもんね。もうひとりはどうする? 氷叢くんも〝個性〟使いたいよね?」

「んー……それはまあ」

 用意された不慣れな状況で自分の力を——〝個性〟を含む能力のすべてを、実際に扱えるかどうか確かめたい気持ちがうずうずしている。

「でも今回は俺のハンデでいいよ」

「えっ、いいの!?」

「うん。俺の〝個性〟は連携取りにくいし、相手にもよるけど今回は麗日向きだと思う」

「私向き?」

「……僕もそう思う。氷叢くんには申し訳ないけど……押し付けるために呼んだみたいになっちゃって……」

「いいよ。もともと緑谷のチーム狙ってたんだ。ハンデはもらうつもりだった」

「えっ!? どうして……!?」

「ハンデチーム確定してたんだから、〝個性〟頼みじゃないやりかた知ってるやつと組むのが最適解じゃない?」

「でも……ハンデがあってももっと勝ちやすそうなチームは——」

「勝つのは目標、目的は訓練。学びと気づきが得られない勝ちに意味はないだろ」

 緑谷は目をまん丸に見開いた。まるで鱗が落ちたと言うふうに。

 あえて言わないけれど、緑谷を選ぶ理由には保身もある。他チームにハンデを持ち込めば間違いなく戦力ダウンに繋がるから、揉めたり、あとを引く悪感情を持たれかねない。二日目にしてそれは避けたいところだ。

「オールマイト先生、ハンデは緑谷と俺です」

「オーケー! 全チーム分かれてるな!? では最初の対戦相手は——」

 オールマイトが「HERO」と「VILLAIN」の抽選箱からボールを取り上げる。

「——こいつらだ!! Aチームが『ヒーロー』!! Dチームが『(ヴィラン)』!!」

 早速の出番に緊張が走る両チーム。

 相手取るDチームは飯田と爆豪。またも見知った二人の組み合わせだった。

 

 オールマイトと他チームの面々は仮想アジトビル地下のモニタールームへ。

 (ヴィラン)チームの準備時間、ヒーローチームは見取り図を見ながら屋外待機。

「作戦会議。麗日の〝個性〟のこと聞きたい」

「あ、そだね! 待ってる間に……って、緑谷くんすごく震えてるよ!? 大丈夫!?」

 被り直した目出し帽のツノをプルプル揺らしながら、見取り図を握りしめる手もガチガチに強張らせた緑谷の姿。

「いや……その……相手が……かっちゃんだから……飯田くんもいるし……」

「そっか、爆豪くん、バカにしてくる人なんだっけ……」

「緑谷は向こうの二人のこと知ってるなら教えてよ。対策立てなきゃ」

「あ、うん。かっちゃんのことなら……幼なじみだから。凄いんだよ、嫌な奴だけど……目標も、自身も、体力も〝個性〟も、僕なんかより——」

「そんなに苦手なら、俺が引き受けようか、爆豪の相手」

 何の気なしに言ってみれば、緑谷は激しく動揺した。

「えっ!? どう……いや、それは無茶だよ! 無個性で戦うのに……!」

「〝個性〟禁止でも体質はそのままだから……俺の冷気耐性は冷気()()()()耐性じゃなくてね、高温にもよく耐えるんだ」

 緑谷は絶句して、麗日は力強く目を輝かせる。

「それってすごく強いんじゃ!?」

「爆風は食らうけど、火傷はしない。爆風も麗日の〝個性〟を借りれば軽く済むと思う」

「私の『無重力(ゼログラビティ)』で?」

「衝撃は重さと速さの相関。俺自身が軽ければ、吹っ飛ばされても問題ない。()()()()()だけ警戒してればいい。いけそうじゃない?」

「すごい! なんかいけそうな気がするよ!」

 ね、と同意を求めて目を向けた先で、緑谷は難しい顔をして思考を巡らせている。

 急かすのは良くない。べつにゴリ押しをしたいわけじゃないのだ。

 緑谷の考えがまとまるまで、麗日の〝個性〟の説明を聞く。発動条件、効果対象、持続時間。想像よりずっと勝手が良さそうで、凍彦のハンデで正解だったと確信する。

「すごいねぇ。氷叢くん、なんか大人〜〜っていうか、先生みたい」

 突然挟まれた脈絡のない言葉にぎょっとする。

「えっ……なんで?」

「なんだろ。すごく真っ当で……迷いがない? からかな!?」

 辿々しくも評された言葉に胸が騒いだ。

 顔がむずむずする気がして、目元を触ってマスカレードの具合を直す。

「……真っ当に見えてるなら嬉しいな。強がりと背伸びばっかりしてるから」

「そっかぁ。ヒーローになるんだもんね。強がりも背伸びもしてしまうよね!」

 麗日は凍彦でなく、緑谷へと話を振った。

 緑谷は一瞬きょとんとして「うん、わかる」と頷く。

 それで緊張がほぐれたみたいだった。

「氷叢くんの作戦はいいと思う。でも、かっちゃんは……」

 ぐっと面を上げて、強い目で前を見る。

「凄いんだ、僕なんかより何倍も。でも……だから、逃げたくない。負けたくないんだ、今は」

 決意のこもった顔を見て、麗日がぱあっと明るく声を上げる。

「男のインネンってヤツだね……!?」

「あ、いやゴメン。二人には関係ないのに……!」

「あるよ! チームじゃん!!」

「うん。そういうことならサポートする」

「ね! 頑張ろう!」

「……! うん!」

 

 五階建てビルのどこかで『核』を守る(ヴィラン)チームと、奪取を狙うヒーローチーム。ヒーローの勝利条件は制限時間内に『核』に直接接触すること、もしくは全(ヴィラン)()()すること。時間切れで勝利できる(ヴィラン)に比べて圧倒的に不利な状況設定だ。

 建物への侵入は一階の窓をこじ開けて全員で。

「潜入成功!」

「死角が多いから気をつけよう……」

 凍彦は人差し指で「静かに」のサインを出しながら緑谷に頷きを返す。

 実物さながらの外観と比べると、内装は床と壁はコンクリート打ちっぱなしで偽物らしさがあった。

 声も足音もよく響く。

 死角が多いので目視を二人に任せ、凍彦は聴覚に警戒を集中した。

(飯田も爆豪も、音を消しにくい形だった。近づけば……来た! 飯田じゃない!)

「前から爆豪!」

 緑谷が迎撃態勢を取り、麗日が凍彦に〝個性〟をかけて後方へと突き飛ばす。

 ——かっちゃんが敵なら、まず僕を殴りに来ると思う。

 その予言のとおり、飛び退った凍彦が行き止まるより早く爆音と風が襲ってきた。

 視認前から狙い定めての奇襲はわずかに正確さを欠き、間一髪、緑谷に麗日を庇いながらの回避を成功させた。それでも麗日は受け身が間に合わず転倒を免れなかったし、入試でも見た爆豪の戦闘センスは本物だ。

「予想通り……! 麗日さん大丈夫!?」

「うん! ありがと」

「デクこら避けてんじゃねえよ……あぁ? ()()()()()がいねえな。てめぇらクソ雑魚が集まって何企んでやがる」

(ごっこ野郎って俺のことか?)

 凍彦は壁を蹴って死角へ入り、極力物音を立てないように慣性移動をしていた。訓練など受けていないので、動きはきわめて辿々しい。衝突先で跳ね返らず止まるには、戦闘服(コスチューム)のおまけのサージカルテープが役に立った。

(……ちゃんと企んでると思ってくれるのはありがたいな)

 もし脅威と見做されず、警戒心を買えなかったなら、作戦失敗の合図を出していたところだ。ハンデ付きの凍彦なので、そうなる可能性のほうを高く見積もっていた。

 凍彦が死角に潜んだのは、相手を警戒させて行動を縛るため。凍彦を警戒するなら、死角に注意を怠れなくなって、目の前の緑谷に対する攻防に隙が生じてくる。その状況さえ作れたら、凍彦はただ隠れているだけで仕事ができるのだ。

(そんな怠慢だけで済ませはしないけど)

 頭に入れてある見取り図によると、各フロアは同じ間取りで、中央に部屋があり、廊下は一周して繋がっている。この廊下を回り込んで意表を突き、爆豪に()()()()()を巻きつけるのが最初の狙いだ。

 ポケットから取り出したもう一種のテープ。指ほどの幅で、接着力はほとんどなく、破断に強いこれが、この訓練で確保テープと呼ばれているもの。

 テープを巻けば確保証明となるため、実はこの戦闘に()()()要らないのだ。それがハンデ相談で凍彦より麗日向きだと言った理由。

 奥の角を蹴って方向転換。戦闘地点から部屋を挟んで反対側の廊下を漂っていく。

 二発目の爆音はまだ聞こえない。

「中断されねぇ程度にブッ飛ばしたらぁ!!」

 揉み合う音と声は届いてくるので、緑谷がうまくやっているのだろう。

「すごい!! 達人みたい!!」

「うぅ……ああ!!」

 ドッと叩きつける音。

 一瞬の静寂ののち、緑谷が語り出す。

「かっちゃんは……大抵、最初に右の大振りなんだ——」

 聞こえてくる内容は、俺にはよくわからない。幼なじみの彼らだけに通じる「男のインネン」の話なのだと思う。

 ふたつ目の角——最初に曲がった角の対角へたどり着いたところで、戦場が見えた。

「——かっちゃん、僕は……〝『頑張れ!!』って感じのデク〟だ!!」

「……ムッカツクなああ!!」

(うまく挑発してる。位置もいい。交差点上の緑谷に攻撃するなら、死角を警戒しながら近づくしかない……でもごめん、間に合わない!)

 BOOM!

「麗日さん、行っ——」

 二発目の爆発音とともに、爆豪が緑谷に突っ込んだ。直接爆破ではなく、爆風を推進力に変えた突進と、跳ね上がった空中からの蹴り下ろし。

 遮蔽が切れる。

 天井付近を漂う凍彦と、爆豪の目がばちりとかち合った。

 両手でピンと張って構えている確保テープが見つかって、凍彦の狙いがさとられる。

 爆豪は脅威的なバランス感覚と身体制御で、緑谷を蹴りつける姿勢を保ちながら、凍彦に対して()()()()()。何かの仕込みがありそうな構造の、大きな籠手を纏った拳を。

(飛び道具か!)

 ガコンと引かれる籠手の突起。ロックの外れたピンが抜かれて——

 俺の視界は一瞬、真っ白になった。

 

 たぶん気を失ったのだと思う。数秒か、数十秒くらい。

 強烈な閃光と轟音、爆風、焼かれはしないけど熱も。無重力運動で三半規管がイカれてきたところへ複数の強すぎる刺激を受けて、脳が処理落ちを起こした。

「解除!!」

 麗日の声が聞こえたときには、もうぼんやりと起きていた。

 上も下もなくふわふわと漂っていた全身にずしりと重さが戻り、凍彦の身体は大地に引かれて落ちた。床に叩きつけられる寸前でまたふわりと浮いて、しっかりと支えられたのちに改めて重力が戻ってくる。

「氷叢くん!! 氷叢くんしっかり!!」

 瞼を上げると、心配そうな二人の顔と、その向こうには建物に開いた大穴が見えた。緑谷が抱え込んだ凍彦を、麗日と二人で覗き込んでいる格好だ。視力は正常、思考も同様。

「……みどりや、うららか」

「よかった、気がついた……!」

「大丈夫……声遠いけど鼓膜も生きてる……」

「ああ、もう、よかったぁ……びっくりして引き返したよ!!」

「ありがとう、麗日……()()()()()()()

 緑谷が目をまん丸にして息を詰まらせた。

 気を失う直前、俺は目を逸らしもせず戦いを凝視していた。だから、蹴りをガードした緑谷が、すかさず取り出したテープを敵の脚に巻きつけるさまを、確かに見届けることができたのだ。

「時間は? 間に合いそう?」

「……!! うん、いけるよ!!」

「じゃあ……ごめん、あと頼む。吐き気がきそう……」

「わかった。任せて!!」

 平らな床に寝かされた俺は、力強い言葉と遠ざかる二人の足音を聴きながら、深く息を吐いた。

「……爆豪、そこにいる?」

 返事はない。視界に入る位置にはいない。

 壊れた壁から涼しい風が吹き込んでくる。

「いないの? まぁ……独り言でも言うけど……おまえさぁ、強いんだから、ちゃんとヒーローやれよなー……いや今は(ヴィラン)だけどさ……」

「……馬鹿にしとんのかクソが」

「いたの?」

「いるわ。ざけんな」

 実に不機嫌そうな声だったが、爆発はしそうにない気の抜け具合で、俺も力が抜ける。

「ふざけてないし、遊んでもないし。なあ、おまえ、強いんじゃん。入試から思ってたけど、今のとか本当びっくりしたし……威力もだけどそれより、殺さない加減、あの一瞬で計算したんだろ」

 浮いている状態から『無重力(ゼログラビティ)』を察し、爆風は致命傷にならないと判断した。『氷結』の使い手であることも踏まえれば、最悪に対して自己防衛はできると思ったのかもしれないが。

 殺意がなかったのは間違いない。直撃しなかったのはわざわざ狙いを下へずらしたからだ。

 どこまでが計算のうちかは知らないが、おかげで天井はほとんど無事。斜め上方へ飛ばされた凍彦は、その天井にぶつかって爆風に圧さえつけられたおかげで、建物の外を漂流せずに済んだ。

「本当、凄いのにさぁ……ちゃんと、やれよ……おまえ、ヒーローなんだから……」

 爆豪は答えない。

(本当は静かなやつなのか?)

 あるいは凍彦が嫌いなだけか。

(ありそう……)

 だとすると、あれこれ指図するような言葉はさぞ鬱陶しかったことだろう。

 もう凍彦は喋らないほうがいい。目を閉じて、身体を休めるのに専念する。

 吹き込む風の音で、上の階で何が起きているのかは聞こえない。

 じわじわと眠気が湧いてくる。

「……おい」

「うん」

「……」

「何?」

「……」

「呼んだだけとか冗談言う?」

「ダァってろクソ……!!」

「理不尽の塊……」

 このときの呼びかけが生存確認だったというのは、もっとずっと後になって教えてもらった。死体にしか見えなくて不気味だったと。

 やがて無線からヒーローチームの勝利が伝えられ、モニタールームへ集合の号令に従って、A・Dチームは揃って地下へと足を運んだ。

 

 

 

 試合の講評をいただいたあと、凍彦は念のためと保健室に搬送され、ベッドに寝かされるとスコンと眠りに落ちた。

 覚醒も微睡むことなく訪れて、起き上がってみれば気分がすっきりしていた。

 カーテン越しに看護教諭のリカバリーガールの声。

「起きられたかい。カーテンを開けるよ」

「はい。体調もすっかりよくなりました」

「そりゃよかった」

 カーテンが引かれると、壁の時計が目に飛び込んでくる。針に狂いがないのなら、授業は数分ばかり前に終わっていることになる。

(着替えて職員室へ行かないと)

 凍彦は焼け焦げて大穴の空いた戦闘服(コスチューム)を着たままだ。制服は更衣室に置きっぱなしか、誰かに教室まで持ち帰られているかもしれない。

 リカバリーガールからもらった飴を口に含みながら行き先に迷っていると、

「失礼しま——あっ!」

 控えめな声とともに保健室の扉が開いて、緑谷の顔が覗いた。

「氷叢くん、起きても大丈夫そう?」

「もう平気。授業の終わりに間に合わなかったのが残念」

「よかった! これ、氷叢くんの制服と戦闘服(コスチューム)のケース」

「ありがとう、緑谷。取りに行くの面倒だなって思ってたところ」

「着替えるならカーテンを閉めるんだよ」

 言われた通りにカーテンに隠れていそいそと服を替える。

「このあとクラスの皆で反省会するんだって」

「反省会? 訓練の?」

「そう。講評は話し合えるほど時間がなかったから、終わってからすごく盛り上がって。氷叢くんも参加する?」

「残念。放課後は予定があるんだ。〝個性〟制御の課外授業」

「課外授業!?」

「そう。実は俺も制御に問題があってさ、きのう相澤先生に相談してみたんだよ。緑谷も誘おうと思ってたんだけど……」

 戦闘服(コスチューム)をケースに収めて制服の襟を正し、シャッ、とカーテンを開ける。

「どうする?」

 

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