氷叢分家のなりすまし   作:仁絵乃羊

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ユビキタスに捧ぐジョーカー

 月曜と金曜、週二回の課外授業で、緑谷は着実に〝個性〟の感覚を掴んでいった。

 最初は三体まとめて消し飛ばしていたのが、次は一体と半分ずつほどに。

 そして三度目は、一体だけに絞ることに成功。

 なんと骨に異常も出なかった。

 しかし同じ日に続けて打った二発目でひびを入れていたので、正確なコントロールはまだまだこれからという具合だ。

 四回目は月曜日。

 今はより弱い力で安全に、調整の加減を掴もうとしている。

「なんか緑谷、うまくいってるのに浮かない顔だね」

「えっ……うん。怪我をしない力加減はわかってきたんだけど……ちゃんと、フルパワーも使えるようにならなきゃって思うと」

「ああ……」

 そもそも〝個性〟に耐えうる身体作りをしなければならないのだ。

 焦る緑谷を相澤先生は嗜める。

「それは一朝一夕で身につくもんじゃない。地道に鍛えるしかないよ」

「……はい!」

 

 一方の凍彦は、高出力の制御を試みたのは初めの一回のみ。続く二度の授業では()()なしで『氷結』の出力を上げてみろとの課題を出され、四苦八苦している。

 相澤先生は〝個性〟を自然体よりも抑えることについて()()と言い表した。

「大方、おまえは〝個性〟の使いかたより先に、抑えかたをおぼえたんだろう。力を込めれば抑えられた。だから止めるときに力む癖がついた」

「それは正しいやりかたではないと」

「おそらくだが……おまえ〝個性〟の感覚を呼吸に喩えていたな」

「そうですね。出力を下げるのは深く吸い込むのに似ています」

「それだ。吸い込むってのは()()の動作。次に放つ力を蓄え、勢いをつける準備運動だ。出力の低下は副作用に過ぎない」

「溜めて放つと……制御が難しくなる?」

「……いや。バランスが悪いんだよ」

 先生は地面に縦線を引き、上下端と中央に印をつけた。

「おまえは常日頃、限界まで吸って止める……肺活量の訓練じみたことをしてる。おかげで自然体以下のキャパシティとコントロールは相当に鍛えられてる」

 指先が中央から下半分の線をなぞって、花丸をつけた。

 そして上半分に移る。

「対してこっち、出すほうはろくに使ってない。まあ緑谷と同レベルだ」

「僕と……」

「同レベル……」

 上半分に三角がつく。

 なるほど、バランスが悪い。

「だから『抑えるな』なんですね」

「そういうこと。まあ二週間試して駄目なら別の手を……と思ってたが」

 

 溜めを入れないよう、自然体から『氷結』を搾り出す。

 まだ慣れないもので、冷気と氷は意識に遅れてじわじわと、染み出すように現れる。

 ヒトの頭ほどの氷塊を育てるのに30秒。

 それでも出来ることがわかったし、当初に比べれば速さも出力も明らかに伸びた。()()()()()止める感覚も身についてきた。

「相澤先生、助言できないなんて嘘じゃないですか」

「嘘じゃない。ただ〝個性〟柄、仕事柄、他人の〝個性〟を見る機会が多いからな。机上の空論なら言えることもある……実感で腑に落ちないなんてことがあれば言え。教師の間違いまで鵜呑みにするなよ」

「はい」

「心得ました」

 そうして授業は順調に進み、緑谷ははじめて最後まで怪我をしなかった。

 死屍累々の雪だるまたちを踏み越えて、喜びにうち震え涙ぐむ姿へと駆け寄る。

「やったね、緑谷」

「ありがとう……氷叢くんのおかげだよ!」

「おかげと言うなら相澤先生だって」

「うん! ありがとうございます、相澤先生!」

 キラキラした目と感謝を向けられて、先生は面倒くさそうに頭を掻いた。

「……次から隔週にするからな。この金曜と来週はナシ。自主練で無茶はしないように」

「はい!!」

 

 

 相澤先生に訓練を頼んでいて良かった。

 そうでなければ、次の水曜日、凍彦はヒーローの道から外れていたかもしれない。

 

 

 昼休みの終わり、午後の予鈴が鳴るなり相澤先生が告げた。

「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

 三人ものヒーローによる授業とは、いつになく特別な予感に教室の空気が浮つく。

「ハーイ! なにするんですか!?」

 緑谷の隣の瀬呂がピンと手を挙げた。この頃になるとさすがにクラスの顔と名前くらいはおぼえている。

「災害水難なんでもござれ、人命救助(レスキュー)訓練だ!!」

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!?」

 どよどよと生徒たちが騒ぎだし、話の途中だと相澤に睨まれた。

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するものもあるだろうからな」

(緑谷はまだ修理も終わってないしな)

 コスチュームを壊したのは凍彦もだ。けれど設計からサポート会社に任せていたため、改良込みでも返ってくるのが速かった。緑谷は()()()()なので、再設計の手間と時間がかかるらしい。

 

 校舎から少し離れた訓練場まではバス移動。

 張り切る委員長の先導で乗り込み、凍彦は前方右側のロングシートの端へ、焦凍は後方四列シートの右手窓際に座った。

 皆は結局、着替えられる全員がコスチューム姿になっていた。

 凍彦のコスチュームにはヒーターが追加されているのだが……

「前よりもひらひらしとる!」

「ひらひらは頼んでないんだけど……デザイナーさんの趣味なのかな」

 ヒーターは肩と背中半分ほどを覆うごく短い丈のジャケットに取り付けられていた。そのジャケットが、本体にも増してフリルまみれなのだ。

 少し身動きするだけでひらり、ゆらりと布端が泳ぐ。

「私思ったことを何でも言っちゃうの。氷叢ちゃん」

 濡れたような黒髪と真ん丸の目の女子が話しかけてきた。この子も表情が変わらない。

「なに? ええと、蛙吹?」

「梅雨ちゃんと呼んで」

「梅雨ちゃん」

「氷叢ちゃんのコスチューム、どうして炎なのかしら」

「あ、それ! 俺も気になった。〝個性〟は氷なのによ」

 切島も話に乗ってきた。

(まあ、そのうち聞かれるとは思ってた)

 焦凍のような『半冷半燃』でなく、ただの『氷結』で炎をモチーフにするのはちぐはぐだ。それでも、絶対にそうすると決めていた。

「湿っぽくなっちゃうけど、いい?」

「おう……なんか深い事情か」

「ケロ。気になるわ」

「深くはないよ。単純。炎って、弔いの象徴でもあるでしょ。俺の志望動機、半分くらいそれなんだよね。家族の」

「そっ……想像のッ、10倍くらい重かった!!」

「軽くしてこ。あと半分はただの憧れ。だから今楽しいよ」

 できるだけ笑って言うと、切島は動揺をおさめて息を吐いた。

「そっか!」

「見かけによらず前向きなのね」

「陰気な顔してる自覚はありますぅ」

 毎朝毎晩、鏡を見るたびに、隈の濃い蒼白い顔に直面している。

 隈やくすみを取るマッサージ等を試したこともあるが、その時間を睡眠に充てたほうがマシだった。口角を上げるトレーニングだけは、必要だと思って続けている。成果は出ていない。

 だから、皆がヘルメットやバイザーを省いた装いをしている中、凍彦だけはマスカレードで顔を隠している。わかっているから。自分の顔が苦手だから。

 

「憧れっつーと氷叢もやっぱオールマイトか?」

 切島の何気ない言葉に凍彦は首を傾げる。

「うーん……オールマイトのことよく知らないんだよな」

「ウッソだろ!?」

「雄英ヒーロー科なのに? オールマイトの母校だよ!?」

 オールマイトフォロワーの緑谷が溢れんばかりに目を見開いた。

「ああ、だから雄英(ここ)で教師やってるんだ? 俺は親戚の母校と思って選んだから」

「はー……なるほどなぁ。オールマイト知らねえのは兎も角、親戚にヒーローいる奴って結構いんのな。飯田とか轟とか」

「飯田も?」

「あぁ。俺の家は代々ヒーローの一家なんだ」

 ということは、チャート順位でエンデヴァーに及ばなくとも、由緒なら焦凍で二世目の轟家より優っていることになる。

「中でも兄は尊敬するヒーローだよ。ターボヒーローインゲニウム……氷叢くんは知らないだろうか」

「ごめん、世情に疎くて」

「インゲニウムは大人気のヒーローだよ! 東京の事務所に65人もの相棒(サイドキック)を雇ってる!」

「65人! すごいな、それだけの相棒(サイドキック)から信頼されるなんて……クラスの3倍以上……」

 A組の21人さえ顔と名前を一致させるのに苦労したのに、途方もない数だ。そんな兄御に憧れてきたから、飯田はクラスを率いる役目に意欲的なのかもしれない。

「プロはやっぱ人気も大事だな。そういう縁でもなきゃ〝個性〟で売るしかねぇけど……俺の『硬化』はいかんせん地味なんだよなー」

「僕はすごくかっこいいと思うよ。プロにも充分通用する〝個性〟だよ」

「緑谷もいいよな。シンプルな増強型は派手で出来ることが多い!」

「緑谷ちゃんの〝個性〟はオールマイトに似てるわ」

「そそそそそうかな!? いやでも僕はその……」

「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねえぞ。似て非なるアレだぜ」

「オールマイトも増強型なんだ。へえー。じゃあ将来大化けするかもな。緑谷だって怪我は克服してきてるし。ね」

 クラスで課外授業の成果を見せるのはこの授業がはじめてだ。

 期待を込めた目を向けると、緑谷は真っ赤に照れた。

「……そうなれるように、頑張るんだ!」

 拳を握りながら意気込む姿は、まだ頼もしいよりも微笑ましい感じがする。

 

「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」

 両者はどちらも後方シートにいて、会話には加わらずにいた。

 爆豪は水を向けられたのに気づくとあからさまに顔を顰めてそっぽを向いた。

「ケッ」

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」

「んだとコラ、出すわ!!」

「ホラ」

 梅雨ちゃんがぺろりと舌を出して指を差した。

(『氷結(みぎ)』メインの焦凍と俺は似てるはずだけど……訓練の縛りもあって〝個性〟あんまり見せてないからな)

 並べて語られるのが自分でなく爆豪であることに、少しだけもやもやする。

「クソごっこ野郎が何見てやがる」

「えぇ……なんで喧嘩売ってくるの……」

「売ってねぇわ! 先に見て来たんはてめーだろーが!」

「理不尽の塊……」

「この付き合いの浅さですでにクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

 追い討ちのように言った上鳴に爆豪がまたキレる。

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」

(全方位に喧嘩売ってく……いやこれは買ってるだけか?)

 騒々しさが加熱していく車内に、うんざりした様子の相澤先生が水を差す。

「もう着くぞ。いい加減にしとけよ……」

 生徒たちはビシッと居住まいを正し、声を揃えて応えを返した。

 

 

 バスを降り、巨大な半球のドームに入った生徒たちは歓声を上げた。

「すっげー!!」

「USJかよ!?」

 展望台のように高く設えられた入り口から、内部の様子が一望できる。

 中心には噴水公園のような広場——安全地帯があり、そこを取り巻いてアトラクションめいた擬似災害環境が配置されている。小型客船の浮かぶ水のゾーンや、切り立った岩山のゾーン、その奥には燃え盛る街のようなものまで見える。

 現地で待ち構えていた第三の教師は、気密服を模した完全覆面コスチュームに身を包んでいた。

 ヘルメットの遮光ガラスの奥から、性別や年齢を窺わせない声が説明してくれる。

「水難事故、土砂災害、火事……エトセトラ。あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も——」

 U・ウソの

 S・災害や

 J・事故ルーム

 まさかの誰かが叫んだ通り。遊び心にあふれた教師だった。

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助で活躍がめざましい紳士的なヒーロー!」

「わー私好きなの13号!」

 ヒーローオタクの緑谷ばかりか麗日まではしゃいだ声を上げる。

(『無重力(ゼログラビティ)』だし宇宙っぽいのが好きなのかな)

 ところで、三人目の教師がいるのに、二人目の姿がまだ見えていない。

 相澤先生もきょろきょろと見回して、13号に問いかける。

「13号、オールマイトは? ここで待ち合わせるはずだが」

「先輩、それが……」

 13号は生徒を憚って声を潜め、手袋の指三本を立てて相澤に見せた。

 何を言ったかは聞き取れなかったが、相澤先生が盛大に顔を顰めたのが見えた。

「不合理の極みだなオイ」

(オールマイト、何をしたんだろう)

 オールマイトという教師のことはいまひとつよくわからない。戦闘訓練をはじめとして何度か授業は受けたけれど、終鈴が鳴るや風のように走り去ってしまうので、社交のしようもなかった。

(副担任だけど、相澤先生みたいにホームルームに来てくれるわけでもないし)

 トップオブヒーローと誰もが呼ぶから、名前は知っている。ただ感情は空っぽだ。尊敬なら相澤先生がぶっちぎり。

「仕方ない、始めるか」

 相澤先生が諦めた。どうやらオールマイト抜きの授業になるらしい。

 

 13号が前に立つ。

「えー始める前にお小言をひとつふたつ……三つ……四つ……」

 立てた指が増えていくのに、生徒一同がやや引き気味になる。

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の〝個性〟は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その〝個性〟でどんな災害からも人を救いあげるんですよね」

 ご存知ない俺には緑谷の蘊蓄(うんちく)がありがたい。

「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう〝個性〟がいるでしょう」

 しん、とあたりが静まり返る。

 皆あの入試を通ってきた。10分という短時間のうちに、武装したロボットを数多く制圧してみせたのだ。それぞれの〝個性〟が兵器並みの威力を持っているということ。誰にとっても他人事ではない。

 俺にとってはなおさらに。

 

 かつての俺は自分の〝個性〟で低体温を引き起こし、死にかけているのが常だった。

 だからずっと、温室のような隔離部屋に閉じ込められて生きてきた。

 その境遇を憐れみ、よく見舞ってくれた唯一の相手を、俺の〝個性〟は自分諸共氷漬けにして殺した。それが13歳の冬に起きたこと。

 

 一生徒の物思いなど知る由もなく、教師の弁舌は淀みない。

 中国軽慶市で発光する赤児が生まれて以来、人類の多くが〝個性〟を発現する超人社会が始まった。混沌とした暴力時代を経て〝個性〟の使用は資格制となり、厳しく規制することで秩序は取り戻された。

 かろうじて、薄氷を()むように。

 何せ〝個性〟は世代を経るごとに多様化し、脅威を増しているのだ。今15歳の一年生はほとんどが第五世代。もはや殺傷力のない〝個性〟のほうが稀なほどだ。

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では……」

 重々しい声色がからりと明るいものに変わる。

「心機一転! 人命のために〝個性〟をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。救けるためにあるのだと、心得て帰ってくださいな」

 お小言が終わると歓声と拍手が上がった。

 それを茶化したり、話の長さに辟易するような者はない。雄英を志すようなヒーローの卵は皆、きっと心根が真っ直ぐなのだ。

「そんじゃあまずは……」

 言いかけた相澤先生が何かに気づいた。

 ——〝個性〟柄、仕事柄、他人の〝個性〟を見る機会が多いからな。

 だから、その気配にもいち早く。

 

 安全地帯である中央の広場。

 開けた空間の一点から、唐突に広がった黒いモヤ。

 その奥から現れようとする、誰かの姿。

「ひとかたまりになって動くな!! 13号、生徒を守れ!」

 相澤先生の指示が鋭く飛ぶ。

 生徒たちは事態を飲み込めていない。

 そして俺は、慄き、震え上がった。

(兄さん!)

 よく見知った姿だった。

 痩せぎすの身体に、無頓着な黒づくめと、いくつもの人間の手を()()()()男。一等大事にしているひとつに顔面を掴ませていて、表情はほとんど露出していない。傷んでうねった白い髪と手指の隙間から、柘榴色の瞳が覗くばかり。

 彼は名を死柄木弔という。

 モヤは大きく広がり、弔に続いてぞろぞろと大勢が踏み入ってくる。

 その数が尋常ではない。クラスの倍は堅いだろう。

 

「何だアリャ!? 入試んときみたいな、もう始まってんぞパターン?」

「動くな! あれは(ヴィラン)だ!!」

 緊迫した声。疑う余地のない断定に、生徒たちの顔が引き攣る。

(ヴィラン)ンン!? バカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

(兄さんにはお父さんがついてるんだ。無策のはずがない)

 言えないことに歯噛みをする。

 

 広場に広がり続けるモヤが揺らぎ、それそのものが声を発する。

「13号に……イレイザーヘッドですか……」

(黒霧……)

 彼のことも知っている。特殊な異形型〝個性〟を持つ黒霧は、弔の目付け役で常に側に控えていたから。

「先日()()()()()教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」

(やっぱりあのゲートは兄さんの〝個性〟で)

 セキュリティ3が突破された不法侵入事件の後で、風化したように崩れていた隔壁をまざまざと思い出す。

 それを目の当たりにしたときは、俺を連れ戻しに来たのだと思った。けれど黒霧の口振りからすると、弔の用向きに俺は関係がなさそうだ。

(お父さんから聞かされていない? それとも言い含められている?)

 可能性は低い。父は弔を何よりも尊重する。そういう振りを徹底している。

 手を顔に当て、マスカレードの縁に触れる。これで目元を隠していることと、まだ距離があるために、俺が弟であるとは気づいていないだろう。髪をさっぱり短くしてしまったのも、俺らしくなくてよかったかもしれない。

 気づかれてしまえば、(ヴィラン)の子だと暴露される。

 氷叢凍彦ではいられなくなる。

「どこだよ……」

 しゃがれたような弔の声が微かに届く。

「せっかく、こんなに大衆引き連れて来たのにさ……オールマイト……平和の象徴……いないなんて……」

 猫背を反らせて上を向いた、弔の目がこちらを捉える。

「子どもを殺せば来るのかな?」

 その視線から庇うように相澤先生——イレイザーヘッドが髪を逆立てた。

 

 八百万が13号に問う。

「先生、侵入者用センサーは!」

「もちろんありますが……!」

 警報もアナウンスも流れない。セキュリティが機能していない。

「現れたのはここだけか、学校全体か……何にせよ」

 察した顔で焦凍が言う。

「センサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことができる〝個性(ヤツ)〟がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間。そこに少人数(クラス)が入る時間割り……バカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 的確な推論を聞きながら、イレイザーヘッドが生徒の避難を13号に指示する。妨害されている可能性は踏まえつつ、学校への連絡も。

「上鳴、おまえも〝個性〟で連絡試せ」

「っス!」

「先生は!? ひとりで戦うんですか!?」

 自分については言わない相澤先生の様子に、緑谷が慌てて声を上げる。

「あの数じゃ、いくら〝個性〟を消すっていっても! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の〝個性〟を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」

 ゴーグルで目を覆ったイレイザーヘッドは『抹消』の視線を敵から逸らさない。

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号! 任せたぞ」

 イレイザーヘッドはそう言い残し、長い階段を一飛びに降った。

 

 瞬く間に(ヴィラン)数人が倒れた。

 襟巻きにしている長い布——操縛布を手足ほど自在に操るプロヒーローに、〝個性(強み)〟を消された敵はなす術なく絡め取られ、追い討つ打撃で沈められていく。

 それは惚れ惚れするほど鮮やかな手際で。

「すごい……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ」

「そんなわけないだろ……!」

 楽観的に感動している緑谷に、思わず声が出てしまった。

 操縛布は捕縛武器であり、攻撃力は備わっていない。一度に捕らえられるのはせいぜい二人、条件次第で無茶をしても三人。それ以上は力負けしてしまう。

 絡めた敵を引き倒して叩きつけるなどという離れ技もこなしているが、派手な動きをすれば隙も大きくなる。多数を相手に戦局を見極め、常に最善手を選び続けなければそこを突かれる。

 そんなことを、いつまでも続けられるわけがない。

 あれは決死の時間稼ぎだ。

 

「分析している場合じゃない! 早く避難を!」

 飯田に促され、踵を返したその拍子、出入り口に黒霧が立ちはだかった。〝個性〟のモヤを大きく広げて。

「させませんよ」

(黒霧の〝個性〟は『抹消』できないのか!?)

 黒霧の中から(ヴィラン)たちが現れたのを、イレイザーヘッドも見ている。敵に回す厄介さは把握したはず。なのに抑えも効かずここへ現れているとはそういうことか、あるいは、『末梢』には隙があるということ。

(最悪を想定しろ)

 最悪は、人が傷つく、死ぬ、その数が大きくなる——全滅すること。

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合」

 黒霧は朗々と名乗りを上げた。

 凍彦は後退りかけて、踏みとどまった。

 本当はすぐにでも逃げるべきだ。黒霧に捕まればどこへ飛ばされるかわからない。

 けれど——

「僭越ながら……この度、ヒーローの巣窟雄英高校に入らせていただいたのは……平和の象徴、オールマイトに、息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 ——ひとりだけ逃げたところで。

 生徒の集団から切島と爆豪が飛び出して、先制攻撃を仕掛けた。

 『硬化』した腕による薙ぎ払いと『爆破』を受けて、黒霧のモヤが散る。

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 威勢よく切島が吼えるが、攻撃は黒霧本体に届いていない。

 薄れたモヤは再びおぼろげな人型に収束する。

「危ない危ない……そう、生徒といえど優秀な金の卵——」

「ダメだ! どきなさい二人とも!」

(もう遅い!)

 凍彦は咄嗟に焦凍の腕を掴んだ。

「——散らして、嬲り殺す」

 直後、爆発的な勢いでモヤが膨れ上がり、クラス全体を闇が飲み込んだ。

 

 

 瞬きののちに放り出されたのは瓦礫混じりの土砂の上。

 天井はある。ここはまだUSJの中だ。

 もしもの話、遠く離れた洋上や空高くへ飛ばされていたら、生還は絶望的だった。

(……黒霧が優しくて助かった)

 安堵に呆けた一瞬の間。

 傍らからキンと澄んだ冷気が放たれた。

 はっとして見れば、土砂の地面はすっかり凍りついている。

 その上に、十余りもの生ける氷像。呻き声を上げる(ヴィラン)たちの姿。

「すごいな……誰も死なせてないのか」

「死なせたらダメだろ」

「その加減ができるのがすごいんだよ……焦凍だけ? 皆!! いないの!?」

「いるいるー!! 私! 葉隠透!」

 何もない空中で、手袋が忙しなく動いている。透明人間の女子がそこにいた。

「あっぶない!」

「悪りぃ、凍らすとこだった」

「大丈夫! 轟くんクソ強くてびっくり……うう寒い!」

 ジャケットを脱いで差し出す。

「これ着て。ヒーター付いてるから」

「氷叢くん紳士!! ありがとう!」

 淡い灰色と蒼のフリルが透明人間の肩でひらひら踊る。

 おとぎ話のような光景だ。

 背景がこの惨状でなければだが。

 

 凍りついて呻いている(ヴィラン)たちに目を向ける。

「こいつ……!! 本当にガキかよ……いっててて……」

「……クソ! 先手は俺らだろ、普通はよ!?」

 待ち伏せをものともしなかった焦凍は土を踏みしめ、大胆にも(ヴィラン)たちに近づいていく。

「散らして殺す……とか言ってたが。言っちゃ悪いが、あんたらどう見ても『〝個性〟を持て余した輩』以上には見受けられねぇよ」

 たしかにそうだ。地を伝う氷結になす術なく囚われるような弱兵、とてもヒーローに敵うものではない。数で囲まれた生徒は苦しいかもしれないが、その程度。

 オールマイトへの対策は軍勢以外にある。

「焦凍。時間が惜しい。行こう」

「情報が要るだろ」

「相澤先生がやられたらクラスは全滅だ」

「……なんでそうなる」

「最悪を想定するんだ。敵はオールマイトにも通用する切り札を持ってる。ワープと組み合わせれば、USJ全域射程を無視して攻撃できる」

「切り札の可能性はわかる。でも今やってねぇってことは、使えねぇ理由があるんだろ」

「先生の『抹消』だよ」

「ワープは『抹消』を受けてなかった」

「違う。隙を突かれたんだ。『抹消』を受けないなら、退路を断つのにワープ単独なんて片手落ちをするか? 数の有利を捨てるか? 一瞬の隙に連携を取る余裕がなかっただけだとしたら……先生が危ない」

 寒さを感じないはずの身体が、心胆からゾッと冷えた。

 凍てついた息を塞くように口元を押さえる。

「本当にオールマイトを殺せるなら、イレイザーヘッドも……」

「そんなの氷叢くんが行ってもどうにもなんないよ!?」

「それは……!」

 葉隠の言葉で我に帰った。

「……そう。本当にそうだ。俺、冷静じゃないね……ごめん。ありがとう、葉隠」

「うん……! できないことより、できることをしなきゃ……何ができるか、わかんないけど!」

 宙に浮く手袋がぐっと拳を握る。

 

 広場で続く戦闘の様子は、この地点からも遠目に伺うことができる。人物の判別までは難しいが、多勢に無勢の激しい立ち回りはまだ続いている。

 焦凍は一度そちらへ目をやり、それから凍彦たちを見た。

「先生たち、オールマイトは来ないとは言わなかったよな」

「はっきりとは言ってなかった」

「言ってないよ! たしか!」

「ならたぶん、遅れてるだけで来る予定はあるんだろ」

 焦凍が動いたのを皮切りに、三人は土砂の上を走り出した。

 瓦礫と泥濘を避けながら相談を続ける。

「オールマイトを殺れる何かに勝つのは無理かもしんねえ。けど先生をサポートして、救援が来るまで持ち堪えるだけなら」

「私たちにもできるかな!?」

「いや、おまえらは下がってろ。巻き込んじまうから」

「葉隠はもしかすると、ワープの目を盗んで外へ出られるかも」

「でも校舎まで遠すぎるよ!」

「外なら妨害もないかもしれない。バスには無線があったはず」

「やってみる! あ、上着返すね」

「手袋も預かろうか」

「気が利いてる! ここ抜けたらブーツもいいかな!?」

「お安いご用!」

 ぽいぽいと投げられた装備をキャッチし、ポケットの包帯で持ちやすく括る。

「氷叢くんはどうするの?」

「戦闘をバックアップする。前には出ない。悔しいけど力が足りない。けど中距離なら」

「距離詰められたらどうすんだ」

「攻撃には参加しない。死角に隠れて警戒だけ。何か()()()()()()があったとき——」

 おそらくそれは、すでに起きつつある。

「——一度だけ飛び道具を撃って逃げる」

 これには焦凍も否やを唱えなかった。

 

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