アインズ様、異世界転生モノ。
 舞台は『推しの子』。そこで彼は何を為しえて、何を思うのか。

 これは何も持ち得なかった男が歩む、家族の物語だ。


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prologue

 

【ヘロヘロがログアウトしました】

 

 

 機械的にアナウンスが流れる。

 その円卓の席には1人、豪奢な漆黒のローブを纏った骸骨が座っている。表情は変わらず、アイコンもない無表情でしかない顔には何故か、ハッキリと物悲しさが感じられた。

 

 

「サービース終了の日ですし、最後まで一緒にいませんか……」

 

 

 誰もいない、寂寥感あふれる高貴な空間に不釣り合いな声が響く。それを発した人物……モモンガは押し黙る。

 それはまさに、嵐の前の静けさだった。

 

 

「ふざけるなッ! なにが『また会いましょう』だ! ここは皆んなで作り上げた『ナザリック』だろ!?」

 

 

 噴火する。

 穏やかな人物ほど、怒りが限界に達した時の爆発力は大きい。それは怒りを溜め込んでしまうから、モモンガもそうだった。

 

 この『ナザリック地下大墳墓』の維持のため、悪い意味で有名なモモンガはセコセコと独り、地道に資金集めをしていたのだ。それは楽しいことではない、端的に言えば苦痛だ。しかし、それも仲間達と作り上げてきた結晶(思い出)を壊さないためにと頑張れた。頑張ってきた。

 また、皆んなが戻ってきたときに備えて、話したり、狩りに行ったり、未知へと冒険したりする時のことを夢想していたのだ。

 

 それを、すべてぶち壊された。

 

 

『まさか、まだナザリック(ここ)が残っているとは思いませんでした』

 

 

 モモンガにとって、それは耐え難いほど彼を刺激した。触れてはならぬ、逆鱗を。例えそれが、かつての仲間だったとしても。

 

 

「……いや、皆んな捨てたくて捨てたんじゃない。リアルとゲームの間で懊悩して、リアルを選んだんだ。……可笑しいのは、俺の方か」

 

 

 ―――わかっているんだ。彼らは悪くないことぐらい。

 

 モモンガは無理やり納得した。かなりギリギリだったが、一度吐き出せたからマシだった。モモンガは天を仰ぎ、骸骨の手で顔を覆う。

 

 そうして、なんとか自身の気持ちを割り切った。

 

 モモンガは周囲に目を向ける。そこには過去、自分たちが作ったキャラクター、NPCたちが佇んでいた。

 

 ―――最後ぐらいは、『玉座の間』で過ごすか……。

 

 

「ロールプレイでもしてみるか、確かコマンドは……付き従え?」

 

 

 モモンガがそういうと、黒の執事服を纏った姿勢の良い老人と美しき戦闘メイド達は、歩くモモンガの後を追う。その様に、少しだけ魔王っぽいなと童心に帰る。

 

 モモンガの目的地、或いは終着点は『玉座の間』。作り込まれたデザインはもはやゲームの域を超え、現実のような繊細な模様が書き込まれている。その厳かな空間にある一つの物々しい椅子に腰掛ける。モモンガの後を追っていたNPCたちは、少し離れた場所に待機する。

 

 

「ユグドラシルの最後は『玉座の間』で終わりにしようって思ってたけど……いざ座るとやる事もないし、暇だな。もう最後なんだし、派手な余興でも用意しておけば良かったなー」

 

 

 座ったモモンガは傍に立つNPC(アルベド)に目を向けず、自身のコンソールを操作して暇つぶしの道具(アイテム)がないか見てみる。

 

 

「あ、よく見たらまだコインが余ってる。うわー、前に課金した残りがあったのかー。よし! 勿体無いし、ガチャでも回すか」

 

 

 暇つぶしに見ていると、モモンガは自身が1回分だけガチャを回せることに気づく。それはもう半年以上も前に、ボーナスを少しだけ課金した時の残り滓だった。貧乏性、または勿体無い精神を発揮したモモンガは暇つぶしにガチャを回す。

 

 

「え?! 確定演出、これってレアアイテムだぞ!」

 

 

 モモンガは興奮から椅子を立ち上がってしまう。

 

 そしてゲットしたアイテムがコンソールに表示される。そのアイテムとは……

 

 

流れ星の指輪(シューティングスター)だ!!!」

 

 

 思わず叫ぶ。だが、モモンガからすればどうでも良い。この場に()()()()()()()()()()のだから。

 

 流れ星の指輪(シューティングスター)。それは課金アイテムであり、効果は超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を経験値消費なしで3回発動可能という超希少アイテム。

 つまりモモンガは、あと数分で終わるゲームの最後で神引きをしてしまったのだ。

 

 

「はぁぁぁ……もうちょっと早く欲しかったよ。いやまぁ、今もすごい嬉しいけどさ」

 

 

 少し拗ねたように独りごちる。

 モモンガは流れ星の指輪(シューティングスター)を手に取り、指につける。

 

 ―――せっかく棚から牡丹餅が降ってきたんだ。いつもだったら絶対使ったりしないけど、もう終わるんだしやっちゃえ。

 

 

「I wish……」

 

 

 流れ星の指輪(シューティングスター)が発動する。モモンガの目の前には10個の効果が書かれてあるコンソールが表示された。通常はこの選択肢の中から、自身が今欲しい効果を選ぶと願いが叶う。

 

 モモンガは適当なものを選択しようと、コンソールを操作する。

 

 

「……ん? 『二度目の人生を始める』……? なんだこれ、こんな選択肢なんてあったのか?」

 

 

 モモンガは考える。

 

 このコマンドには二つほど意味があると考えられる。

 一つはサブアバターの作成。ゲーム『ユグドラシル』では一人のプレイヤーがアバターを二つ以上持つことは設定上出来ないようになっている。しかし、それを運営側が変更し、こうして二つ目のアバターを持てるようにしたということ。或いは、アバターのチェンジかもしれない。

 二つ目はバグという可能性。モモンガとしてはこの説なのではないかと疑っている。『設定厨』、『データお化け』、『作り込み過ぎ』で有名な運営がこんなにも抽象的で簡素な文章(データ)を打つとは思えない。

 

 

「ふふ、でも面白そうだな。よし、これにしよう」

 

 

(精神的に)無敵状態のモモンガは、コンソールに表示された選択肢の中から、『二度目の人生を始める』をタップする。普段の慎重が服を着て歩いているようなモモンガならば、絶対にやらない行動だ。

 

 モモンガの身体が発光し始める。どんどんその光は強くなり、光はモモンガから天へと昇っていく。

 

 

「お? こういう演出(エフェクト)が凝ってるということは、バグじゃないのか」

 

 

 ―――でも、なんだろう? 意識…が、はなれ、て………あれ? これ、やば……………。

 

 死。

 

 それが思い浮かんでしまったモモンガは遅くなる時間の中で走馬灯を見る。その大半は、ユグドラシルで過ごした輝かしい黄金の日々。かつての仲間たちとの日常が過ぎる。         

 しかし最後に見たのは、その仲間たちとの記憶ではなく。

 

 ―――かあ、さん……。

 

 幼いモモンガを残し、過労で死んでしまった母の姿だった。

 

 モモンガはユグドラシルの最後を迎える事は出来なかった。謎の光に包まれ、その姿を忽然と消してしまったからだ。

 

 モモンガがどこに行ったのか、この場にいる者たちは想像もできない。

 

 

「モモンガ様……?」

 

 

 モモンガから見ればゲームのNPCに過ぎない者たちは、本物の命を与えられ、単独で世界を渡った。

 

 しかし、それは幸福ではない。

 

 何故ならば、たった1人の主が消えてしまったのだから。

 

 

 ◼️

 

 

「おぎゃあ!!」「うぎゃあ!」「いぁああ!」

 

 

 何処からか、新たな命が落とされる音が聞こえる。それは生命の産声、誕生の瞬間。

 

 ある病院で産まれ落ちた命は、3人。

 

 

「星野さん! 元気な赤ちゃんが生まれましたよ!」

「はぁ……こ、子供……これが、私の子供?」

「はい! 男の子が2人と、女の子が1人です! 頑張りましたね!」

 

 

 2人の子が金髪、そしてもう1人の男の子が黒髪。

 

 その子達の母親である女性は、ぞっとするほど美しい笑みを作り、子供たちの小さな手を握る。

 

 

愛久愛海(アクアマリン)……瑠美衣(ルビー)……そして愛音図(アインズ)

 

 

「産まれてきてくれて……ありがとう」

 

 

 一番星の傍に、まだ小さな星たちが集まった。

 



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