元旅人は「フリーナ可愛い」とそう思った。   作:葦束良日

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頌歌者の章

 

 

 

 モンド、璃月、稲妻、スメール。そして、フォンテーヌ。

 この世界で再び目を覚ましてから、なんだかんだ色々なところを巡ってきたものだと蛍は思う。

 人と出会い、事件に遭い、友達と笑い、事件に遭い、兄を見つけたと思ったら逃げられ、国を越え、事件に遭い、世界に触れ、事件に遭い、たまに平和な冒険をしては、また事件に遭う。

 

 ――あれ、ひょっとして自分はトラブルメーカーなのでは? 

 

 ふと、そんな懸念が蛍の脳裏によぎった。

 ……が、きっと勘違いだろうと思い直す。仮にトラブルを引き寄せる体質だとしても、私じゃなくてパイモンの方に違いない。うん、きっとそうだ。

 そう結論づけて今日も今日とて傍らを飛ぶ白いフワフワに目をやれば、じっと見られたパイモンが蛍の方を見て首を傾げた。

 

「なんだ旅人。オイラの顔に何かついてるのか?」

「ううん、大丈夫。今日も変わらず美味しそうだよ」

「そっか、なら安心……なわけないだろ! オイラは非常食じゃないって何度言えばわかるんだ!」

 

 ぷんすか怒って器用に空中で地団駄を踏むパイモンの反応に、蛍は満足げな顔で頷いた。

 期待通りのパイモンの姿を見てご満悦な様子の蛍に、何を言っても無駄だと悟ったのかパイモンは溜め息をつく。

 

「はぁ……まったくお前って奴は。一応、今は依頼を受けてる最中なんだぞ。真面目にやってくれよな」

「うん、わかってる。ただ、フリーナに会うのはあの時以来だから、私もちょっと緊張してるのかも」

「ぅ、それはオイラもちょっとわかるぞ……」

 

 少し表情を翳らせたパイモンの気持ちを蛍も察する。又聞きのパイモンでさえそうなのだ。

 実際にフリーナの心中と、歩んできた道程を垣間見た蛍は、フリーナが今どんな気持ちで過ごしているのかに思いを馳せて目を伏せた。

 

 五百年……人の身、人の精神には長すぎる時間を全て民のために捧げ、ただの一人で重責を背負ってきた少女。

 ヌヴィレットによれば、彼女はパレ・メルモニアを去る際に一言「疲れたから休む」とだけ口にしたらしい。

 そんな彼女が今、どんな風に生きているのか。蛍は少し心配だった。

 この「病気の劇団員の代理を探す」という任務でフリーナを思い浮かべたのは、彼女が演技に長けた人物だからという理由以外にも、現在の彼女のことが気に掛かったという理由もあった。

 フリーナが受けてくれるかどうかは別にして、これを機に一度フリーナを訪ねてみるのもいいかなと思ったのだ。

 しかし、そう思っているのは蛍だけ。パイモンはただ単にフリーナなら適任だと思っているだけのようで、そういった思惑はないだろう。

 そういうシンプルな考え方がパイモンのいいところだ。それが時に悪い方向に働くこともあるが、蛍自身は相棒のそういう裏表のない真っ直ぐな姿を好ましく思っていた。

 

「そろそろキャサリンが教えてくれたフリーナの住所だな! って、あれ……」

「どうしたの、パイモン」

「いや、あそこにいるのフリーナじゃないか? 知らない奴と歩いてるぞ」

「え、どこ?」

 

 パイモンの言う通り、蛍自身もたびたびお世話になったことがある、エスタブレが経営するボーモント工房のほど近くにて、確かに一組の男女がそれぞれ袋を持って歩いていた。

 片方は蛍にとっても見覚えのある少女、フリーナ。しかしその隣にいる男性は初めて見る相手だった。

 

「……別に、ここまで荷物を持ってくれなくても良かったんだよ。キミにだって仕事があるだろうに」

「まぁ、そう言うな。休憩がてら出歩くぐらいは問題ないさ」

「でも、店長になったばかりなんだろう? 忙しいんじゃないかい?」

「そんなに切羽詰まっちゃいないさ。それとも迷惑だったか?」

「め、迷惑だなんて! き、キミがいいなら、その、いいんだけど……」

「休憩がてら、って言っただろ? 仕事で忙しいからこそ、リラックスさせてくれよ」

「ぼ、僕といるのがリラックスになるのかい?」

「ああ。仕事中だからって、いつも気を張っていたくはないからな」

「そ、そういうことなら、まぁ……いいけど……」

 

 蛍は困惑した。

 あそこで気恥ずかしそうに隣の男性をチラチラ見ながら歩く少女は、果たして本当に自分が知るフリーナなのだろうかと。

 

 蛍の中でフリーナのイメージは、高飛車な水神としての姿と、あの審判の際に見たか弱い人間としての姿だ。

 水神であることをやめた今、残された人としての彼女がどうしているのか。その心配がこの任務を受けた理由の一つでもあった。

 もともとヌヴィレットが何も言っていなかった以上、大丈夫だろうとは思っていたが……思ったよりも元気そうな姿を見て、胸を撫で下ろす。

 どうやら、自分の心配は本当に杞憂だったらしい。それを確認できて、蛍はほっと息を吐いた。

 あんな風に、普通の女の子のように笑っているのならば、フリーナはきっと大丈夫だろうと思えたのだ。

 そんな蛍の隣では、パイモンが「アイツが元気そうで良かったぜ! 早速フリーナに聞いてみようぜ!」といつも通りの直情さを発揮してすぐに突撃しようとしていた。

 そんなパイモンの足を無言でひっつかむと、蛍はゆっくりと歩いた。

 蛍とて女の子。こちらも任務とはいえ、いきなり二人の間に割って入る無粋はさすがにはばかられた。

 パイモンは「おい旅人! 足を掴むなって! おい! オイラ何かしたのか!?」と戸惑っていた。なお蛍は無視した。

 やがてフリーナと男性の二人が一軒の住居の前で立ち止まる。そして、会話が途切れたタイミングを見計らって、蛍は口を開いた。

 ちなみに騒がしかったので、蛍はパイモンの口も塞いでいた。

 

「フリーナ、久しぶり」

「え? ――旅人じゃないか! 久しぶりだね、急にどうしたんだい? それと、えぇっと……」

「どうしたの?」

「……なんでパイモンは口を塞がれているんだ?」

 

 言われて、蛍はパイモンの口からぱっと手を離す。

 途端に「ひどいぞ旅人!」とパイモンが怒りだした。蛍はそれをどうにか宥めすかして落ち着かせると、もう一度フリーナと向き直った。

 

「改めて久しぶり。元気そうで安心した、フリーナ」

「オイラも久しぶり! へへ、心配してたけど、元気そうで良かったぜ!」

「ああ、うん。久しぶりだね、二人とも。その……心配してくれていたんだね。こう言ってはなんだけど、少し意外だったよ。キミたちは僕に対してあまりいい印象を抱いているとは思っていなかったから」

 

 確かに、と蛍は思う。

 出会いからして審判にかけられそうになったし、法廷で対峙したこともあった。

 そのうえ、最終的には彼女を糾弾する立場として相対したのだ。

 フリーナがそう思っていても仕方がない。

 しかしそれは、こちらにも言えることだと蛍は思う。

 あの時はフリーナが抱える事情を知らなかったため、フォンテーヌを救うためにフリーナが持つ情報を得ることが大事だと考えていたが……。

 まさか、それを口に出すことこそ避けなければならないことだとは。

 だというのに、彼女を責めるように法廷に立たせてしまった。

 自分こそ、フリーナに嫌われていてもおかしくないと思っていた。

 蛍はそうフリーナに伝えると、彼女はあっけらかんと「そんなわけないじゃないか」と口にした。

 

「フォンテーヌを思ってのことだったんだろう? それに、僕の事情を知らなかったんだから、キミに悪いところは一つもない。むしろ本来関係のないこの国のために尽力してくれたことには、感謝しかないよ」

「……うん。ありがとう、フリーナ」

「お礼を言うのは僕の方だと思うんだけど……」

 

 フリーナが困惑したように眉を寄せる。

 そんな彼女の姿に、やっぱり彼女は水神だったのだなぁ、と思う。

 彼女ほどの滅私はいらないにしても、どこぞの酒ばかり飲んでいる神にも見習ってほしいものだと蛍は思った。

 そして、蛍はちらりと視線を横に向ける。

 彼女と並んで立つ男性について、彼女は尋ねた。

 

「それで、そちらの方は?」

「ああ、彼は――」

 

 問われ、彼を紹介しようとして。

 フリーナは見上げた彼の表情に、思わずぎょっと目を剥いた。

 

「おおぉ……旅人……本物だ……」

 

 その顔には、まるで憧れのアイドルに会えたかのような、隠しきれない歓喜と感動が満ちあふれていた。

 水神として敬愛していると言っていた自分に会った時でさえ、見たことがなかった表情だった。

 なんとなく面白くなくて、フリーナの機嫌がちょっと下がる。

 一方、何も知らない蛍は彼の表情に少し首を傾げながらも、普通に自己紹介をする。

 

「はじめまして、蛍です。お兄さん」

「お兄さん!?」

 

 何故かその一言に極端な反応を見せる彼に、ますますフリーナの機嫌が下がる。

 

「ああ、いや……こほん。初めまして、旅人とパイモン。まさか、本当に会えるなんて……」

「どういう意味ですか?」

「いや、えーっと、実は俺は二人のファンなんですよ」

「ファン?」

「ファン!?」

「おお、聞いたか旅人! オイラにもファンがいるなんて!」

 

 予想外の言葉に、蛍が不思議に思い、フリーナが驚き、パイモンが喜んだ。

 そういえば、彼の部屋にお邪魔した時、幾つかの新聞記事をピックアップしたスクラップ帳があった。

 あの時はあまり気にしていなかった(というか初めて入った男性の部屋に緊張してそれどころじゃなかった)が、今思えばあれは旅人の記事だったのかもしれない。

 

 まぁ、彼が誰のファンだろうが僕は気にしていませんけどね?

 僕のことを慕っていると言った割に、僕の時以上に感動しているのが気に入らなかったりもしないですけどね?

 

 相変わらず旅人とパイモンに目を輝かせる彼を見て、フリーナはそう胸の内で思いつつも唇を尖らせた。

 

「あ、もしよければ、握手してもらってもいいですか?」

「はい、いいですよ」

「オイラも!」

 

 二人と握手を交わした彼は、今にも感涙しそうなほどに交わした手を見つめて感動に身を震わせていた。

 

「あぁ……感動だ。まさかこんな日が来るなんて。生きてて良かった……」

 

 その心底嬉しそうな姿と、キラキラとした目で旅人を見る彼に、フリーナはいよいよ我慢できなくなったように声を上げた。

 

「……むむ。も、もうキミは帰ったほうがいいんじゃないか? 店長が長く店を離れているのはやっぱり良くないよ、うん!」

「え? いや、できれば蛍ちゃんに色々な話を……」

「こ、こほん! キミは店長だろう? もっと責任を持ったほうがいいと僕は思う。それに、旅人は僕に用があるみたいだからね! ほら、荷物はもらうよ! ここまで持ってきてくれてありがとう!」

 

 やや無理矢理彼の手から荷物を奪い取り、フリーナはぐいぐいと彼の背中を押して蛍から遠ざけようとする。

 そのフリーナの態度に、彼は思った。フリーナとしてもやはり、救国の英雄たる旅人との会話は特別なものなのだろう、と。

 それでなくとも、二人は見た目だけならば近しいし、なんなら年齢も近いのかもしれないのだ(なお片方はずっと神様、片方は封印されていたが)。

 同性の近しい友人とは得がたいものだ。フリーナにそういう存在ができるのなら、それは彼としても嬉しいことだった。

 なので、本当はもっと蛍やパイモンと交流したかった気持ちを押し殺して、彼は素直に店に戻っていった。

 そんな彼の背中を見送ると、フリーナは蛍たちに振り返る。

 そこには、なんだかにやにやとした目でフリーナを見る絶妙にイラつく顔をした蛍の姿があった。

 

「……な、なんだい。何か言いたいことでもあるのか?」

「いや、別に何もー?」

「く……そもそもキミたちはどうして急に訪ねてきたんだ! まさか、僕の落ちぶれた日常を見物するためじゃないだろうね!?」

 

 顔を赤くしてそうまくし立てるフリーナに、蛍もさすがにからかうのは自重してここに来た本来の目的を告げる。

 病気になった劇団員。その代役探しの依頼のことを。

 

 かくしてフリーナは生来の優しさと思いやり、そして変わらぬフォンテーヌの民への愛を以て、この依頼に協力することとなる。

 もし彼がこの会話を聞いていれば、頌歌者の章、と口にしたかもしれない。

 そして、この依頼を通してフリーナはある決意をすることになるのだが……それはまだ少し先のことだった。

 

 

 

 

 





こっそり投稿、再び。



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