ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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おまけ4

 

 

「協力? うん、いいよー」

 

「正直、行き詰まっていた」

 

 合流を快諾してくれた一之瀬は神崎とともにやって来た。そして、協力も成功。まあここで断ると3クラスを敵に回すことになるから、という考えも含まれているだろう。

 

 

 

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「いやあ、SOSって感じだね、もう。さっぱりだよ」

 

「だよねククリちゃん。私たちも全然で」

 

 SOS。かの有名なタイタニック号が使ったことでも知られている、遭難信号。・・・(トントントン)---(ツーツーツー)・・・(トントントン)と分かりやすいものだ。ちなみに「ラジャー」もモールス信号が由来だな。「 ・-・(R) 」を了解という意味で用いていたからだそうだ。

 

 ククリはこのヒントがモールス符号と理解して言っているのか偶然なのか。判別が難しい。

 

「ところでククリちゃんは、その、お洋服着替えないの?」

 

「……な、なんかすっかり馴染んでて忘れてた。あとそんな暇もなくて」

 

 おぉすごいな一之瀬。堀北ですらツッコまなかったことを。あいつの場合、言及するのも嫌だったって可能性が高いが。

 

 ……いや、少しこの状況を使ってみるか。

 

「そういえば京楽、その水着を見ててずっと思ってたんだが」

 

「え、なに、どうしたの麻呂君」

 

 よく似合っている、とイケメン平田だったらさらっと褒めるんだろう。でもオレには到底不可能だ。

 

「そういう色、なんて言うんだっけか」

 

「モノクロ?」

 

「いや、2色ある感じの……」

 

「ああ、ツートンカラーってこと?」

 

「それだ。いや、思い出せなくてモヤモヤしててな。ありがとう」

 

 ツートン。モールス符号の長点を「ツー」、短点を「トン」もしくは「ト」と表現することが出来る。何か反応があるかと思ったんだが、関心ゼロ。空振りだな。

 

「色……この紙の文字の場合、そこは普通ね。ただ上下に他の紙にはない模様がある」

 

「そっか、他クラスのヒントには書いてないんだね。じゃあこれがヒントの一部ってこと?」

 

「でしょうね。ただ、どういう意味かは思いつかないわ」

 

 SOS、ツートン、模様。散りばめられた単語を脳内で結びつけたのか。葛城は真っ直ぐこちらへ顔を上げた。

 

「モールス符号、ではないだろうか」

 

「そうか。点と線で……」

 

 神崎も気づいたらしい。オレたちを疑う視線は特に無いようだ。まあこういうワチャワチャしてるときの発言は誰が言ったかとか詳細なんて普通あまり記憶してないだろうし、万が一勘付かれたところで気弱で口下手なミステリオタクを装えばいいだけだしな。……これただの事実の列挙じゃ? 自分で考えておいてグサリと胸に突き刺さった。

 

「『レツヘタ ラヘライヨヘ』となるな」

 

「意味が分からない語句ね」

 

「すごい呪文みたい」

 

「和文の場合は、だ。アルファベットであれば『Open sesame』となる。おそらく後者だろう」

 

 オレも同意見だ。アナグラムも考えられるが、流石にそこまでの作業は要求しないであろうことを踏まえれば『 Open sesame(開けゴマ) 』が最も適しているはず。

 

「わわっ、葛城くん冴えてるね! うん、あとは他のクラスのヒントと組み合わせればいいのかな?」

 

「私たちへのヒントはロッカー、Cクラスは1階だそうよ。CDクラスのヒントで合わせて『1階のロッカー』と考えているわ」

 

 直接紙を見せたわけでないが、協力関係だからか信用はしてくれるようだ。葛城、一之瀬の人柄の良さも含まれているだろう。まさに自由闊達な意見交換という感じだ。

 

 ククリが嘘をついている可能性もあるとはいえ、言っていることが間違っていたとしても単にヒントの読み取りミスというケースだって考えられる。真のヒントを教えてほしくば10万は寄越せ、みたいな交渉を後から持ちかけてくる可能性も低い。京楽菊理という少女の性能と性格、なんてあやふやな根拠ではあるが……間違っていたとしてもそれはそれでいい。観察に必要なコストと割り切れる。ま、今のところこいつも正直に話してるっぽいしめいっぱい宝探しを楽しんでる気はするしな。

 

「悪いが一之瀬、Aクラスのヒントは未解決だ」

 

「なるほど、じゃあぜひ私たちがお礼に解かせてもらいたいね」

 

 Aクラスへのヒント、ブルーオーシャン。自然とそこまで辿り着いてほしいんだが……よし、とりあえずククリに雑談を振ってみよう。頓珍漢なようでいて案外いい線いってくれるかも知れない。

 

「『Open sesame』、この意味分かるか?」

 

「アラビアンナイトの『アリババと40人の盗賊』に出てくる、財宝への扉を開けるための呪文だね。うーん、でも音声認証のロッカーもアルファベット入力や番号のロッカーもないよね」

 

 まあ原典にこのアリババの話はないってされてるけど、とククリが付け加える。

 

 アラビアンナイト、千夜一夜物語。考えられるとすれば「千夜一夜」の1001と「40人の盗賊」の40という数字を使うというもの。40番のロッカーに1001を入力する、とかだな。しかしこれだと『鍵はブルーオーシャンにあり』に反する。こうなるとお手上げだ。実際にカフェへ行ってから判断するしかない。

 

「別の何かがある、ということか。だとしてもオレたちが知ることも出来るやつだよな」

 

「そうね。カウンターとあるのだし、店、という方向性は間違っていないと思うのだけれど」

 

 ナイスだ堀北。店とくればあとは名前と結びつけるだけ。

 

「商品名や料理名。そこに隠されてたりな」

 

「流石に突き止める難易度が高すぎるんじゃなくて。名前なら、店名あたりが怪しいのかしら」

 

「うーん、心当たりないか店員さんに聞いてみる?」

 

 真嶋先生が試験を口外禁止とした意図を考えれば、生徒以外に、しかも参加者が共同で話しかけるなら全く問題はない。別にそれでも良さそうだが、堀北は待ったをかけた。兄貴にきちんと報告できるよう、自分たちの力だけで解くことを優先したいのかもな。

 

「それは奥の手にしましょう。店名の一覧なら、そのへんに置いてあったはずよ」

 

 よし、順調だ。あとはこんなに人数がいるんだ、一人くらいブルーオーシャンに気づいてくれ。じゃないと次の誘導にオレが困る。

 

「O、O……ないわね」

 

「ねー」

 

 違う、青だ。海の青を、オーシャンブルーを想像しろ。ブルーを、カフェ『ブルーオーシャン』を見てくれ。オレはひたすら祈った。頑張れ、お前たちならやれる……!

 

 そして。

 

「────まさか」

 

 待望の声が、神崎の口からこぼれた。

 

「どうかした?」

 

「『ブルーオーシャン』が目に入ったんだ」

 

 確定演出。これは間違いない。オレは何かに勝利した。

 

「ブルーオーシャン、という用語がある。『ブルー・オーシャン戦略』というビジネス書で述べられているもので、詳しい説明は省くが、まだ未開拓で新しい『競争のない市場』のことだ」

 

 いいぞ、いい調子だ。しかしよく知ってたな神崎は。政治や経済に興味があるんだろうか。経済新聞を読む神崎を思い浮かべると、うん、確かによく似合う。

 

「ブルー、青い文字で書かれていたわね、『競争のない市場』と」

 

「つまり神崎くん。カギは『ブルーオーシャン』にあるってこと!?」

 

「ああ。そこまで自信があるわけではないがな」

 

 デキる男の謙虚さ。オレは何となく敗北感を覚えた。一之瀬といい、Bクラスには高邁(こうまい)な精神というか、いいヤツが多いな。そこを付け込まれて無人島では金田の潜入を許してしまったとはいえ、Dクラスも伊吹を受け入れたという点では同じ。違うクラスであっても同級生を無人島にほっぽりだすなんて真似はしたくないってのは一般的な思考だろう。

 

 平田とも似ているが、あいつが無人島で見せたような危うい一面は存在するのか。他クラスだとそこまでは分からないな。

 

「状況を整理しよう。それぞれのヒントはAクラスが『カギは「ブルーオーシャン」にあり』、Bクラスが『カウンターの中、Open sesame』、Cクラスが『1階』、Dクラスが『ロッカー』」

 

「ブルーオーシャンは甲板にあるし、店内にロッカーもないわ。ヒントの組み合わせはやはり当初の想定通りのようね」

 

「つまりロッカーの鍵はブルーオーシャンのカウンターの中っていうことかな」

 

 葛城や一之瀬に仕切られるのを防ぐように、ここで堀北は声を張った。

 

「ひとまず向かいましょう。現地につけば見えてくるものもあるかも知れないわ」

 

 

 

 

 

 特に変わった気配もない、至って普通の様子のカフェ。

 

「少しばかり混んでいるな」

 

 一人水着姿のククリの存在は船内だとそこそこ目立っていた。水着を着る理由……制服汚しちゃってクリーニング中で、とかも考えられるものの、ジャージを着ろよの一言で片付いてしまうのだ。

 

 しかし他にも水着の生徒がチラホラ見えるこの甲板だと注目度は低め。とはいえ、何故ブレザーを羽織ってるんだというもっともな疑問の視線が投げかけられている。完全スルーしているククリは鈍いのか、心臓に毛が生えているのか。両方な気がする。

 

「ちょっと中見せてくださいって店員さんにお願いするのが早いかな?」

 

「そうね。幸い、カウンターに生徒の姿はない」

 

「怪しまれないうちに済ませよう」

 

 怪しまれる……こう有名人に囲まれているオレはやっぱ浮いてるんだろうか。いや、堀北の付属品として馴染みきっているはずだ。

 

 でも一応堀北の陰に隠れるようとコソコソ移動したら柳眉を逆立てギロッと氷の視線が。ひゅー、夏でも冷房いらずのクールさだぜ、なんてふざけた口をたたけばオレは無事じゃいられないだろう。とてもじゃないがコンパスの針とは仲良くできない。

 

 これから鍵を入手、宝探しは佳境を迎える。もしヒントを得たククリが脱走なんて事態に陥れば目も当てられないことになるに違いない。オレの身体が。堀北は失敗に目を瞑ることなどしない人間だ。

 

 頼むククリ、イスカリオテのユダにはならないでくれ。オレの身の安全のために。願いながらそれとなく見張っていると、一之瀬が店員へ話しかけた。

 

「あの、お忙しいところ申し訳ありません。よろしければ、カウンターの中を見せていただくことって出来ないでしょうか」

 

「……合言葉は?」

 

 ……? 少し反応が遅れる。

 

「「「Open sesame!」」」

 

 ああ、それを言えってことだったのか。

 

 店員が数字を告げる。

 

 こうして、オレたちのトレジャーハントは終了した。お宝がハンカチ、しかも男物ってのはちょっとカッコつかない気もするけどな。

 

 

 

「生徒会長、見つけてきました」

 

 堀北兄が1年生たちの帰還を迎え入れる。結局、ククリの裏切りなんてのは無かった。まあ他3クラスから注視されてたんだし当然といえば当然か。むしろ心情的には堀北に裏切られた気分だったりする。

 

 ハンカチをロッカーで発見した後、では誰が持っていくかとなり、当然あいつはそこで自分が持っていくべきと主張した。全員を協力させたのはDクラスだ、と。オレもそれに同調したのだが、堀北的にはハンカチを奪おうとする輩に思われたらしく「兄さんの持ち物を穢してはならないから触れないで」と残酷な言葉を放たれた。正直要らねえから、お前の兄貴の所持品なんて。オレはバイキン扱いか、それとも実は手汗がやばかったりするんだろうか。少し不安になる。

 

「勝者はDクラスか」

 

「いいえ、4クラスで協力し試験をクリアしました」

 

 兄貴の前の堀北はいたくしおらしい。認めてもらおうとがむしゃらになるも、無下にされている。今回もやはりそんな雰囲気だった。

 

「このハンカチを所持している者にプライベートポイントを振り込む。これはそういう試験だ。とはいえ、この場にいる者全員にご苦労だったと言わせてもらおう」

 

 けして堀北一人を褒めることはない。その姿勢が窺える台詞。

 

「振り込みはすぐに行う。以上だ」

 

 あっさりとした幕引きだ。そこへククリは丁寧な一礼を付け加える。

 

「生徒会長、貴重な機会をありがとうございました」

 

 わざわざ賞金を自分のポケットマネーから出してくれるんだ、ありがたがったほうがいいのは確かだろう。オレたちも彼女に続いた。

 

「あの、橘先輩は……?」

 

「想定していたより試験終了が早かったのでな。後でお前たちが感謝していたと伝えておこう」

 

 いたらいたでまた失礼な後輩扱いされそうなことを考えると、オレ的にはここで会わなくて良かったのかも知れない。

 

 これで終わりと全員思っているような空気だったが、一人だけ違う者がいた。堀北だ。

 

 縫い止められたみたく動かない様子が誰の瞳からも不自然に映ったようで、戸惑いが広がる。

 

「生徒会長、どうしてこのような試験を行ったのでしょうか」

 

 それは、勇気を振り絞って出した一言だったのだろう。堀北は基本的に他者の前で兄貴と接触することを控えている。だが、聞かずにはいられなかった。大々的に1年生と交流しようとする兄貴の様子もこれはこれで不自然だったしな。

 

「────お前たちへのささやかなヒントだ。協力し合うことでしか乗り越えられない日が来る、と」

 

 

 

 

 

 

 一之瀬たちと葛城たちのIDを教えてもらったオレたちは入金の約束をし、別れた。しかしついてくる人影もあった。

 

「いやーお疲れ様でしたよ、本当に」

 

「あなた、今IDを出せないのならあとで綾小路くんに伝えればいいだけよね? 早く戻って服を替えたらどうかしら」

 

 しれっと交じるククリに堀北は辛辣な態度だ。正論ではあるが。

 

 ピスピスと泣くククリ。無反応の堀北。

 

 あうあうと鳴くククリ。引き続きノーリアクションの堀北。

 

 わざとらしくおろおろする姿を見せつけられると、なんだかすごい罪悪感が湧く。

 

「……一つ、気になっていたことを思い出したわ」

 

 ククリに配慮したわけではないだろうが、無視し続けるのは一旦やめたらしい。

 

「あの陋劣(ろうれつ)な龍園くんが真っ先に協力の姿勢を示したこと。正直、いつ裏切るかと警戒していたの。でもあなたは最後まで怪しい動きは見せなかった」

 

「私はトレジャーハンターがやりたかったのであって、盗掘屋ではないからね」

 

 そのへん、紙一重だと思うんだけどな。まあ黙っておこう。

 

「もしかしてあなたは最初から彼の指示に従ってなかったんじゃないかしら。そう考えれば、辻褄は合う」

 

「つまり、どういうことかな?」

 

「協力体制は最終手段だった。本来は情報収集に務めるのがあなたに出された命令。それを、自己判断で逆転させた。そうだとしても誰も仲良く龍園くんに話したりはしないし、この試験で何をやっていたか真実は分からないままだもの。問題ないと踏んでもおかしくないわ」

 

 確かに、この先オレや堀北、葛城や一之瀬もこの宝探しの記憶を龍園へ語る機会なんてのは訪れないだろう。この試験のことは口外禁止って言われたわけだし、参加者であるオレたち同士の会話でも無闇に話題として選ぶことはないはず。誰がどんな行動をしたか報告がいくことはまずあり得ないのだから、龍園へ適当に喋ってもバレるリスクは低い。

 

 堀北はククリのことを『雑兵』から『ある程度判断を任されている雑兵』へと認識を改めたようだ。それでも足りないとするのは酷な話か。

 

 オレの予想ではCクラスのヒントを解いたのも龍園に他クラスへの協力を納得させたのも彼女の仕業だと考えている。どちらかといえば、ククリが龍園を動かした形。

 

 その理由の一つは謎解きがしたいという純粋な欲求だろう。尾行したりして他クラスから情報を得ようとした場合、ヒントが解かれた後の情報になってしまう。相手クラスが答えに辿り着く前に協力しておきたいという思考。そして、単純に宝探しを早めに終わらせておきたいという焦りも少し感じた。こっちは何故かは不明だ。

 

「えへへ〜」

 

 莞爾(かんじ)として笑うククリは何も答えない。それを堀北は肯定と受け取ったのか、自分の考え過ぎと思ったのか。今はそこに意味はない。相手が腹蔵(ふくぞう)なく喋るかなんてわかりっこないしな。

 

「なあ、京楽。本当は何か水着から着替えたくない理由があったんじゃないか?」

 

 別の観点から揺さぶってみると、ククリは小悪魔めいた微笑をこちらへ向け、人差し指を唇の前に持ってきた。そしてもう片方の手できゅっとブレザーを──龍園から借りた上着の裾を握る。

 

「ええとね……んーと、龍園君には内緒だよ?」

 

 これは。まさか、「こ」から始まって「な」で終わる伝説のアレが始まるのだろうか。龍園の上着を少しでも長く着ていたかったとか、そんなエピソードが幕を開けるのだろうか。友人の恋は応援したいが、その相手が相手だ。ここはやめておけと諭すべきなのか? あえて背中を押してやるべきなのか。もしかすると実は龍園が雨の中高架下で猫を助けるタイプの不良だったなんて可能性もある。悩みどころだ。

 

「実は、私、す────」

 

 オレはゴクリと息を呑む。一方、堀北の目は白けきっていた。女子という生き物は皆恋バナが好きと聞くんだが、間違ってたんだろうか? 

 

 ククリは頬を染め、もじもじと恥じらいつつ口を開いた。

 

「すっごく、画期的なアイロンがけの方法を教わって。試したかったの」

 

 ひどい。実にひどい肩透かしを食らった気分だ。

 

「だからこのままブレザー分捕ろうと思って」

 

 乙女厶ードだったはずが山賊ムーブに変わっていた。オレは無性に悲しくなった。

 

「船員に教わったのか?」

 

 勿論クリーニングサービスもこの船には存在する。

 

「そう。それで、こうしてちょうどいい練習台が手に入ったから、アイロンがけしたいなあと。龍園君ってほら、制服の扱い雑だから一回やってみたかったし」

 

 ククリが宝探しを早めに終わらせたがっていた理由は、アイロンがけへのはやる気持ちからだったようだ。……いや、どういう理由だそれは。

 

「兄さんの……アイロンがけ……」

 

 おい堀北、お前も正気に戻れ。第2ボタンを、とか言うんじゃない。たぶん卒業式に橘書記あたりがもらうべく既に予約してるやつだ。

 

 はたと堀北は調子を取り戻した。

 

「失礼。龍園くんの制服に毒針を仕込む、という話でいいかしら?」

 

「良くないよ!? というかまず毒物の入手って困難じゃあないかな……」

 

 コンパスの針を操る堀北にとっては、毒針も親和性の高いものなのかも知れない。今後も要警戒だ。

 

 ま、こういう冗談を言うあたり堀北にも混乱というか、兄との対峙の緊張が残っていたのかもな。

 

「アイロンがけ、好きなのか? 少し意外だ」

 

「んー、あのダーティハリーを演じたクリント・イーストウッド曰く『真の男は、雄々しさを他人に見せつけない』」

 

 玲瓏と耀く瞳がオレを射貫(いぬ)く。

 

「私もエクストリーム・アイロニングへの情熱は隠し気味なんだよ」

 

「まず性別が違うと思うのだけれど」

 

 堀北の指摘にククリはテヘッと笑った。雲を掴むようにふわふわした少女は、その本心をどこまで見せているんだろうか。あるいは、既にオレたちは魅せられているのかも知れない。

 

 それじゃあ振り込みはここへ〜と番号を記したメモを残してククリは去っていった。ブレザーにしまってたとは、準備がいいな。

 

「何がしたいのかよく分からない人ね」

 

「お喋りしたいだけだったんじゃないか」

 

「だとすれば随分とおめでたい頭だけれど。虎の威を借る狐といったところかしらね、見ている限りでは」

 

 ケモミミと尻尾をつけるククリ。うん、なかなか似合いそうだ。

 

「……また不埒(ふらち)なことを考えているでしょう、あなた」

 

 ギクリ。オレは身を強張らせる。

 

「狐に化かされないようにするには、眉に唾をつけるといいらしいな」

 

 呆れた、とため息をこぼした堀北は沈痛な面持ちを形づくった。

 

「そんなことより。綾小路くんには、兄さんの考えていることが理解できたのかしら」

 

 生徒会長の考えか。唇を噛む堀北はそれを読み取れないことがよほど悔しいんだろう。まあ、こいつが思いつくことも無さそうな仮説ならオレも用意はしている。

 

「お前の様子を見たかったんじゃないか?」

 

「それこそ眉唾物ね。あり得ないわ。兄さんは私を嫌って、いえ、私なんて眼中に無いもの」

 

「普通、心配するだろ。家族が無人島試験の最中に倒れたってなったら」

 

 在校生に兄妹がいるんだ、この学校でも連絡くらいはしているだろう。もしくは生徒会長として特別試験の報告を受け取ってる可能性もある。

 

「この宝探しは前もって考えられていたものだった。お前も薄々気づいていたはずだ」

 

 弥彦の台詞を受けての提案という形は取っていたが、あまりにトントン拍子に運んでいた。無論、ククリや高円寺の名を使ったヒントはあの場で思いついて変更したんだろう。だから堀北兄は橘書記が宝を隠している間、彼女に連絡していた。

 

「しかし、生徒会長がこの船に降りたのは突発的な出来事。茶柱先生含め教師の対応からしてそう推測できる。さて、おかしいとは思わないか。何でお前の兄貴はそんなことをした。ぶっちゃければ宝探し程度、別にやろうと思えば学校でも開催可能だろ?」

 

 1年生に囲まれて龍園あたりに喧嘩を売られることを想定し、備えていたという線もある。だが、そもそもこの船に来なければ良かった話だ。

 

「突然の事態ってのは突然の事態から引き起こされる。なあ堀北、無人島試験で起きた想定外のことといえば何だと思う?」

 

「大量にリタイアする生徒を出したこと、かしら……あっ」

 

 堀北もどうやら気づいたらしい。

 

「そうだ、お前のリタイアだよ。他の生徒たちは仮病でのものだったが、お前だけは本物の体調不良だった」

 

 いきなり堀北が熱で倒れた。だから兄貴は突発的な行動を、この船に降りることにした。ヘリでどこかへ行くってのは既定路線だったんだろうが、そこに補給をねじ込んだ形だな。

 

「適当に推測を並べるなら……昨夜あたりに1年の試験の報告を受けた生徒会長は一晩熟考し、ルートや天候を鑑みて今朝学校側にこの船へ降り立つ提案をした。元々補給が必要ない距離の移動に寄り道を挟んだのか、別の島で補給する予定だったのをここへ変更したのか。どんな感じかは分からないがお前の兄貴の要求は無事に通った。そして茶柱先生はプールサイドにお前を呼んだ」

 

 ただの先生のお節介だったのか堀北兄が手を回したのか不明だが、そこは問題じゃないだろう。

 

「でも、全部……全部、あなたの憶測よ。兄さんは、他に何か目的があったのかも知れない」

 

 意外とお茶目な生徒会長は前々から1年生とレクリエーションがしたくて、ちょうどよい機会だとこの場を選んだ。自分で言ってて有り得ないと即座に却下したくなるような考えだが、こうした可能性もゼロではない。

 

 あるいは、堀北兄たちに振られたらしい仕事自体が突発的なものだった。急遽例の島とやらに向かうことになり、必然この船での補給も突発的なものとなる。学校の無茶振りに生徒会が付き合わされてる、そんな身も蓋もない話だったのかもしれない。ほぼ確定で言えることは、堀北兄と橘書記はヘリに乗っている間にこの船の情報を調べ宝探しのヒントを考えてたんだろうなってことくらいだ。

 

「そうだな。これはオレの妄想だ。でもな、堀北。たまにはちょびっとくらい妄想を信じるってのも、そう悪いことじゃないだろ?」

 

 それからの堀北はただ黙って歩いていた。こいつのアイデンティティは兄貴に依存している。自分は兄に敵わないと、好かれてなどいないと信じきっている。脳内の整理をするのに時間がかかるんだろう。

 

 ──アイデンティティ、か。

 

 オレも無言で足を進めながら、窓の外へ目を向ける。海は宝石のように輝いていた。ラピスラズリを砕いたかのような一面の青は、オレたちが船に乗って移動しているのだという実感を改めて与えてくれる。

 

 テセウスの船。プールサイドで交わした会話が呼び起こされる。

 

 同じ施設で、同じ年頃の男女が同じ数だけ集められ、同じ教育を受け、同じ食事を与えられ、同じ方針で同じように育てられたら────そのアイデンティティはいつ確立し、どこに依存するのだろう。

 

 なんて、な。

 

 

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 

 

「協力、かあ」

 

 船首にあるデッキには、少女が一人佇んでいた。

 

 それを確認した龍園はドカドカと足を踏み入れる。

 

「さっそく振り込まれてたぜ」

 

「え、早いね。リンリンは優秀だ」

 

 10万ポイントを手にした堀北鈴音は約束通り4等分していたようで、龍園の手元にもきちんと届いていた。振り込み先の番号はこの少女が教えたのだろう。予めメモは取って上着のポケットに忍ばせていた。

 

「今日の試験、どう見る?」

 

「先輩にお小遣い貰えた、くらいの認識でいいと思うけど。奇特な人だよね、感心感心。ちなみにその生徒会長曰く『協力し合うことでしか乗り越えられない日が来る』そうだよ」

 

 どこまで本心を吐露しているか。堀北学との会話も、結局高円寺が乱入したことにより終わりを告げた。あの堅物と自由人がマッサージチェアに並んで座っている姿は正直愉快だったが。一応橘茜の観察も試みようとしたものの、エステに行ってるだけだったので即刻打ち切った。

 

「テメエは何を考えて動いてやがった?」

 

「そんな特に何も考えてないんだけど」

 

「ホラを吹くな」

 

「私が吹くのはリコーダーくらいだよ」

 

 うーん、と悩む素振りを見せながら、彼女はくるりと回る。ふわりとブレザーの裾が舞った。

 

「ラビリンスって、クレタ島の王ミノスが怪物ミノタウロスを閉じ込めとくためにダイダロスに作らせた迷宮なんだけど。英雄テセウスがミノタウロスを倒す時、彼に恋したミノス王の娘アリアドネの糸によってこの迷宮から脱出した」

 

 甘さを消した声で、彼女は語る。この少女の全ては欺瞞(ぎまん)だらけだ。

 

「でも、テセウスとアリアドネが結婚したという神話はない。捨てられたとか神に攫われたとかって話はあるけど。テセウスもこの後色々とあったが、結局殺されて悲劇的な最期を遂げた」

 

 雲の隙間から陽光が差し込み、雪のように白い肌が照らされる。

 

「ダイダロスはラビリンスに幽閉され、ここから逃げる際息子イカロスが亡くなった。ミノス王は娘アリアドネを失い、義理の息子のミノタウロスも殺害されている」

 

 さて、と彼女は続けた。

 

「アリアドネの糸は、誰を幸せにした?」

 

 ミノス王も、アリアドネも、テセウスも、ダイダロスも、イカロスも。そしてミノタウロスも。迷宮が攻略されないほうが幸せだったのではないか。彼女は静かに問う。

 

「世の中には紐解かれないほうがいいものもあるのだと、そうは思わないかい?」

 

 無性にムカつく。こういう人を食ったような態度が、龍園は非常に気に食わない。

 

「都合のいい部分だけ切り取るな。ミノタウロスには毎年14人の生贄が捧げられていた。差し出してた側としちゃさぞかし大喜びだろうよ」

 

「えー、アリアドネの糸って脱出方法だし、そこの退治とは関係なくない?」

 

 くるくると指先を回しながら少女は続ける。

 

「あとはセントエルモの火ってね、天気が悪いとき船のマストなんかが光ることがあるからこれは聖人のご加護だって信じられてそう呼ばれてたらしいんだけど。今はコロナ放電による現象ですの一言で終わっちゃうんだよ。情緒もへったくれも無くない? 科学で紐解くより神様の奇跡のほうが絶対ロマンチックでしょ」

 

「お前、うだうだ言ってるがつまり素直に喋る気がねえってだけだろ」

 

「そうとも言えるしそうでないとも言えるかな」

 

 どこまでもカチンと来る台詞に龍園はドスの利いた声を放つ。

 

「水着ごと引っ剥がすぞテメエ」

 

「ああ、ごめんブレザー返し忘れてたね」

 

 まるで意に介さない様子だった。自分含め誰にどう累が及ぼうと屁とも思わない。脅迫など無意味なこの精神力がこいつの一番厄介なところだと龍園は内心吐き捨てる。

 

「うーん、でも今夜の『男子全員参加!枕投げ大会!!』にまた遅刻するかもだし、そうならないよう物質(ものじち)として預かっとくよ」

 

 ちゃんと時間通りに来るんだよ、という保護者気取りの言葉がさらなる苛立ちを煽った。

 

「他クラスの生徒の観察結果はどうした」

 

「ええと、試験中特別変わったものは見られなかったよ。坂柳さんがいればまた違ったかもだけどね」

 

 帯同させることで少しは他クラスの情報を得られればと考えていたが、これも失敗だったらしい。まあそこまで期待もしていなかった。それより気にかかったのは、Aクラスの女王への呼称。

 

「あいつの名は普通に呼ぶのか」

 

「んー、今のところは。そのうちキャロルって変えようかな、不自然なら」

 

 やっぱ気後れしちゃうんだよね、とあまりに嘘くさく付け足される。一応人間らしく演じているこの生命体は礼儀を重視する節を見せることを龍園は知っていた。

 

 この腐りきった世界を生き抜くには比類なき暴力が要る。そんな信念を持つ龍園にとって、彼女の行動原理は全く理解が及ばない。嫌いと定義するにはプライドが許さなくて、だから余計に苦手だ。大の苦手だ。

 

「この旋毛(つむじ)(まがり)が」

 

「あはは、じゃあねへそ曲がりさん。素敵な夜を過ごそう」

 

「女子は枕投げ見学だろ」

 

「見るだけでも楽しみだもん」

 

 ふわっと長い黒髪を翻し少女は去っていく。そういやちょっぴり引っかかる部分もあった気がするけど、と。その唇の動きは、龍園には読めなかった。

 

 

 ────なお、先の話になるが。この晩、ククリがブレザーを返却する光景はCクラスで物議を(かも)した。

 

 

 

 

 

 

(夏休みのお話の別視点)

 

 

 夏休み、生徒会室。橘はクラスメイトであり同じ生徒会役員であり想い人でもある堀北学と二人、業務に励んでいた。

 

「『例の島』でのお仕事も問題なかったですし……そうです、会長。あの時、道中で船に降りて開催した宝探しはワクワクしましたよね。色々とヒントを考える出題者側をやるのも楽しかったですが、探すほうも面白そうで」

 

「生徒会の行事として検討してみよう」

 

「ありがとうございます!」

 

 思わず顔が綻ぶ。橘としては、一年生たちが楽しんでくれたことは嬉しかったもののちょっと物足りなさを感じるところがあったのだ。それは宝を隠したらあとは何も手出しできなかったこと。参加者に近づけば顔色をうかがわれ、意図せずして隠し場所が漏れてしまうといった事態になる可能性も否定できないので当然といえば当然なのだが、気持ち的な問題なのである。

 

 ワイワイみんなで同じ目的を持って行動する──まさに青春。それを味わえるかもと小さくガッツポーズするも、ちょっと何かモヤモヤと変な感じも残る。

 

 先日生徒会に入った1年の女の子、一之瀬。2ヶ月ほど前に1次面接で落としたAクラスの1年生、葛城。そして何かと印象的なDクラスの二人、綾小路と堀北鈴音。このあたりの生徒とは面識があるが、他にも記憶にちらつく子がいたのだ。

 

「Cクラスの京楽さんって、どこかで……」

 

 水着姿だったこととその発言のインパクトが大きくて、橘はいまいち彼女について他のことを覚えていない。しかし思い返せば学校でも会ったような、と考えていると。来客があった。

 

「失礼します」

 

 入室してきたのは1年生三人組。綾小路、葛城、そして────ここで、橘の脳裏にはある出来事がよみがえった。

 

「あ、『異議あり!』の子」

 

「はい。その節はお世話になりました」

 

 この生徒会室で彼女は審議に参加していたんだ、と。結局Cクラス側が訴えを取り下げたため有耶無耶になったが、京楽の証人尋問は印象深かった。

 

「1−A葛城、1−C京楽、1−D綾小路だな。用件を聞こう」

 

「ありがとうございます。では僭越(せんえつ)ながら私から」

 

 一人ずつ別の用件があるんだろうか。橘がそう思っていると、彼女は驚きの言葉を口にした。

 

「堀北会長は例年12月に行われていた生徒会長の交代を10月に変更されましたが、その前に1年をもう1人、生徒会に受け入れることなどはなさらないのでしょうか?」

 

「それは京楽、お前が生徒会副会長に就きたいということで相違ないか」

 

 現在生徒会の席は全て埋まっているが、一応さらに副会長を置くことは出来る。そのことまで調べてここに来たのだろう。

 

「それはできない。以上だ」

 

 橘は知っている。こうやって京楽の希望は受け入れなかった堀北学だが、綾小路にはちょうど昨日副会長職を打診したことを。そしてこの生意気な一年生はにべもなく断ったことを。じとーっとした目で綾小路を見るも、彼はしれっとした顔のままで。それがより一層橘の心の炎をメラメラと燃やさせる。

 

 正直最近の堀北学の行動には、橘も首を傾げることが多い。南雲に対抗させるため綾小路を生徒会入りさせたいというような口振りだったが、彼は副会長として、次期生徒会長として周囲に認められるだけの結果を残しているし、彼が悪い学校作りをするようにはとても思えなくて。

 

 でも、橘は決めている。堀北学の傍に居続けることを。頼りなくても、味方であり続けることを。橘はよく分かっている。どんなに厳しく見えても、もしかすると独裁者みたく思われていても、堀北学はすごくすごく優しい人なのだ。優しすぎて、擦り切れてしまいそうなくらい悩んで、そして一人で頑張ってしまう男なのだ。それが出来てしまう優秀な生徒だから。

 

 だから、だから、橘は彼の隣でピコピコとアンテナを伸ばす。やっぱりチェックは不合格。

 

 ────この子と会長を二人きりにするのは危険な香りがします!

 

 そう、綾小路から堀北学を守る業務は怠らない。

 

 

 

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