外食で失敗し、破産した経営者。
20数年も外食で高額所得を得ていた主人公は、コロナ禍で全てを失った。
家族とも離婚を機に離れ離れになり、彼は1人きりになる。
そして、そんな彼が新たな仕事を見つけ、娘との貴重な時間の為に巻き起こる1日を物語る。

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ある男の1日〜次の土曜日まで〜

1.プロローグ

 

彼は外食に20数年も携わり、若くして成功を収めいっときは時の人となった。

 若い時に成功体験すると言うのは、いやはや良い面もあり悪い面もある。

 どちらかというと、悪い面の方が大きい。

 若い時に成功すると傲岸不遜になりやすく、他者の意見や話さえも聞き入れない。

 ましてや、容姿も中途半端に良ければなおのこと。つまり勘違いが勘違いを呼び、勘違いがたくさん集まる。

 そんな中、周囲に敵なしという思いで、自分が進むべき道のどこが間違っているのかもわからなくなってしまう。

 そんな彼に人は集い、、持ち上げ、寄ってくる異性もたくさんでき、収入も増え、勘違いはまさに有頂天へとノボりつめる。彼が頭角を表したのは渋谷区にある焼肉店で、メンターと呼べるオーナーとの運命の出会いに遡る。

 彼はサービス業に必要な重要なものを持っていた。

 誰からも愛される笑顔と愛嬌。

 特に客商売には重要で同時に年上の先輩から好かれるにも有効打となる。

 そんなこんなでオーナーと意気投合し、ガムシャラに働くこと一年。

 店は行列のできる繁盛店となり、これが二軒、三軒と数えるように出店を続け、年商50億円を超す会社に発展した。

 都内では有名な焼肉チェーンとなった。

 創業当時の彼は21歳。店舗数が伸びる中若手も中年も、さまざまな人が入れど彼はNo.2。

 30代が入ろうが、40代が入ろうが、50代のスタッフが入ろうが、彼が社長の次に偉いのだ。

 これが、彼を調子に乗らせ、傲岸不遜にさせる最大の原因だ。

 しかし、その実力で店舗数を増やしてきたのも事実であり、周囲の人らも若くして2番目に位置する彼に一目置いていた。

 彼は有頂天になった。

 

  彼には嫁と娘が二人いる。

 嫁は彼が大好きでそれこそ、このような成功の素質も見抜いていた。

 それが魅力でもあったが、そんな前向きな無名時代の彼に自分の身を献身的に捧げることが何より、好きであったようだ。

 しかし、彼は成功すると、根が調子乗りにできているので持ち上げられると弱く、快楽にも弱かった。

 挙句、愛人を欠かしたことなく、いや幾度となく愛人を作っては嫁に別れを切り出すというのをゆうに3回も繰り返しており、しかしこの嫁ができた嫁でその都度、食い下がっては愛人と離縁する結末となる。意地でも引き剥がしにかかるその姿は、動物の本能のように見えるほどだった。

 後から思うと子供にとっては、まだ幼き頃だったのでそれで良かったと言える。

 

 年収も気運も上昇している最中、彼の考え方としては仕事とプライベートは別物というアメリカ的な考え方で、社内の部下に手を出してしまい愛人関係となった。しかし、当たり前だが社内では不穏な空気となり、愛人は会社を辞める羽目になり、彼自身も17年勤め上げたこの会社を去ることとなった。

 当然のことと言えば当然のことで、因果応報である。

 何事にもケジメをつけるのが苦手な彼は、この愛人とも疎遠となり、できのよい嫁からでさえ嫌味や皮肉を言われるまでになった。

 

 普通ならここで彼の人生が終わったように思えるが、17年勤めた功労者であることは間違いなく、退職金として1千万を受領した。彼の運はまだ尽きていなかった。

 

 遂に彼は37歳で独立を果たし、高級焼肉店を10店舗構えるまでになり、年商は10億を数えた。

 今までは親の七光りではないがオーナーがいてたから会社が発展したとも思われていたが、この短期間での結果に不倫騒動をよく思わなかった、前社の社員も一目を置いた。

 そんな風の噂を聞いたりして、仲間も集まってくると、この男は手がつけられなくなるほど調子に乗る。

 この有頂天男はマイホームを購入し、高級外車も購入し、ありとあらゆる物欲を満たしていき、買い物はいつもクレジットカードで済ませる具合になった。

 子供らにも何不自由ない生活をさせ、次女がまだ小学生の時、長女は私立にいかせたりした。

 ハワイ旅行なんかも子供を連れ出し行った

 年収は1500万を超え、またしても快楽に身を沈める。愛人四号を作った。

 今回ばかりは今まで惚れた側だったから、立場的に弱かった嫁も怒り心頭で、決して許さなかった。

 この頃から雲行きが怪しくなり、嫁は彼に冷たくなった。当たり前のことではあるが、、

 結句、離婚するときの話なぞもするようになり、流石に子を二人も産んだ母親は強いものだと彼は感心したものだ。

 

 そんな矢先に、そんなタイミングに合わせて、彼の会社が破産する出来事が起こる。

 2019年から始まる新型コロナウィルスのパンデミックだ。

 最初の頃はインフルエンザのように数ヶ月の辛抱で元の状態に戻ると考えていたが、日々のマスコミのニュースなどから、そんな軽い状況では済まされないことが、誰の目にもわかるようになる。

 最初のうちは政府の給付金とゼロゼロ融資で、持ち堪えたが宴会、接待、慶事、法事の集団需要で成り立っている高級個室料亭型の焼肉店を展開している彼にとっては、立ち直る要素が見出せなかった。

 彼はすでに46歳を過ぎていた。

 この誰も経験したことのない未曾有の事態に、なす術が流石になかった。

 資金は底をつき、10店舗あった店舗を1店舗に縮小して、人も離れていき、事務所には毎日のように請求書が山となり、彼の携帯には毎日、金融機関、取引先からひっきりなしに電話が鳴った。

 顧問弁護士に相談するも、もう破産することしか無いという結果を知らされる。

 

 家庭も、今まで働かず専業主婦だった嫁が保育士の免許をとり仕事をやり始めた。

 そうすると女は強いもので、離婚の話を持ちかけるくらいの度量が出来上がっていた。

 コロナ禍で会社も潰れる寸前で、今手にしているものを手放す覚悟を彼はする。

 江東区にある彼の家、そして、車、保険、全てを売り、離婚調停をし、財産分与をした。

 嫁はやっと彼から解放され、浮気に悩む日々は終わりを告げる。

 子供二人の親権はもちろん、嫁側で、長女は大学生、次女は小学6年生だった。

 

 家が思ったより高く売れたので、お互い1200万づつの分与はできた。

当面は子供たちの生活費も賄える額だ。

 

 彼はその分与した金も会社に突っ込んだ。

 破産者が持てる全財産は99万円。

 彼の口座には88万しか残っていない。

 その金で江東区に一人暮らしのマンションを探し、1dkの小さなマンションに移り住んだ。

 嫁は都心から離れた江戸川区の2dkのマンションに下の娘と移り住んだ。長女は大学のある奈良で一人暮らしだ。

 

 2022年12月、

 事実上の離婚と会社の破産、社長個人の自己破産が受理された。

 彼は全てを手放した。

 とは言え彼に悲壮感はなかった。

 時代が所有からシェア、共有、貸与の時代に変わっていたせいもある。

 車も音楽も本もDVDも日常のものが所有物が減り、スマホなどで共有する時代となったことは大きい。

 1dkの狭い部屋も広く感じるほどであった。

 

 当面は隠し金数百万で一人きりの無職のプータローを半年以上続けた。

 この間に次に何をするかを考えようと彼は決めていた。

 外食は今の困難さを血が滲むくらいの体験で思い知ったので、当面はやめておきたいと感じている。

 元には戻らないだろうという、彼の読みもあった。

 コロナ禍によって一般の人々が、3年間も外食から遠ざかり、宴会や集会がなくなれば当然夜の営業は立ちいかないだろうと。企業は歓送迎会などの宴会も接待も控え、従業員たちは賃金が上がらないのに、外食をするはずはない。

 外食は夜の営業で成り立っている。

 ランチは広告宣伝みたいなものだ。特に高級店や焼肉店ほど。

 

 数ヶ月経ったのち、一先ず彼が選んだのは物流業であり、いわゆるドライバーだ。

 彼のおかしなところはここまでどん底に落ちながらも、悲観的にならなかったことだ。

 全くと言っていいほど。

 そして、ドライバーになると決めて、ネットで見た2社、家から近いという理由で選んだ先の、2件目で採用が決まる。

 しかも1日1万4千円の日当月給で、30日休まず働けば42万の稼ぎになる。

 

 なかなかの好条件のところに49歳という年齢を考えれば、当たりを引いたと言える。

 初月から社員となり、社会保険まで支給された。

 毎日6時に起き、夕方17時には大体勤務が終わる。

 規則正しい生活リズムになり、彼が行く葬儀業のドライバーでは毎日色んな場所に懐石料理を届け、配膳のおばさんたちと笑顔で会話をして、お互い挨拶を交わし、会社でも皆挨拶を交わし、とても良い環境だと彼は感じている。

「なんて良い職場なんだ」と正直に思った。

 ついでに単細胞にできている彼は「なんて俺はついているんだ」とも考えた。

 

 これで少なくとも10ぶんの1は養育費として子供に遅れるし、家も車もカードも借金もないこの状態がえらく新鮮で、ストレスが一切感じない新しい境地を見出していた。

 若くからNo.2として、偉い役職になり、副社長までやった。その後は社長、

 もう、資金繰りで頭を悩ますこともなく、従業員のことも考えずに済む。

 この歩兵からのスタートが与える心地の良い毎日が彼を今満たしている。

 人と交わる喜びと、信頼関係を一から構築していく毎日にやりがいを感じている。

 そして、決まった日に給与が振り込まれる。

 新鮮な気持ちで新しいスタートを切ったばかりである。

 

 ここに家で待つ子供がいればとは思うが、、、

 これは仕方ない、、身から出た錆だ。

 

2.物語のはじまり

 

その男は、訳あって運送関係の仕事をしている。

 いっときは10億近くまで売り上げていた外食企業の社長だったが、例のコロナ禍で破産に追い込まれ、離婚し家も財産も全て失った。

 2人の娘のうち、上の子は成人となり今は大学生となり、奈良で一人暮らしをしている。

 離婚後、彼女は彼を恨みメールも電話もなく、一度も会っていない。

 下の子は中学1年で、離婚後は毎週土曜日に会うだけの日々。

 彼は今、下の子が残した爬虫類たちと一緒に暮らしている。

 レオパと呼ばれる中東に住むこのヤモリは、15年生きる。彼女が少4の時に1匹買ってやり、ネットで色々調べたりしてるうちに、もう1匹、また1匹と言うふうに増えていき、下の子と繁殖させたりして、今や20匹ほどとなってしまった。

 それだけにあくる事なく、フトアゴヒゲトカゲも3匹おり、コイツらはオーストラリアに生息し、7年生きる。

 もう1人がフクロモモンガ。飼いたいと言うので購入したが、このモモンガが全く懐かない、、

 よって、彼が面倒を見ている。

 これらが娘の居ない代わりをしている。

 同じく痛み分けではないが、娘の家にはレオパ6匹と亀2匹が居る。

 

 毎週土曜日に会う時は、決まって昼頃から彼のマンションに下の子が訪ね、彼は昼ごはん、夜ご飯を手作りして家に帰す。

 その料理をSNSにあげ、思い出作りをしている。

 下の子は非常に変わった性格で、引っ込み思案だが親父には強い、絵を描くのが好きで褒められると嫌がり、爬虫類がすきだが不細工な子を可愛がり、猫がすきだが不細工な猫が好きで、食べるのが大好きだが酒飲みみたいなつまみが好きで、家の中でゴロゴロしてるのが好きで、ゲームが好きで推しのキャラのグッズには惜しまずお年玉を使い、身長164センチなのに、170センチになりたがり、虫も触れない13歳だ。

 2人はLINEで毎週やりとりしながら、予定を決める。

 もちろん、映画を見に行く日もあれば、海に行く日もあるが、「どっか行きたいとこある?」とLINEすると「ない。家でゴロゴロ」と言う返信が大半だ。

 彼女の家にはテレビが無いこともあり、この日を使いテレビ三昧する事も彼女の目的であった。

 何故、テレビがないか?彼の別れた嫁にしかその真意は分からないが、保育士をやっておりモンテソーリーに傾倒しているのが理由かも知れない。

 

 彼の休日はそうやってかれこれ、破産して一年近く娘によって費やされている。

 至福の時間と言える。

 

 そんな彼が49歳で働き始めたのはつい数ヶ月前。

 25年もの間、外食一筋で働いてきた彼はコロナにより、人々のライフスタイルが変わったコトと、物価高騰、人手不足など暗いニュースばかりで外食の未来に明るいものを見出せず、他の仕事を探した。

 と言うより、当分良いかな、と言うのが本音のとこだ。

 

 年齢的にも就職先を見つけるのも大変だったが、運良く社員として面接に行った西村運輸の社長が目に掛けてくれた。

 彼にとっては物流は無くならないだろうという、安易な選択だったが、2件目の面接で49歳で内定を貰えたのは幸運だった。

 彼の数奇な経歴が目に止まったのかも知れない。

 

 同時に、今までプータローだったから当たり前に毎週土曜日に下の娘に会えていたのが、仕事により、会えない日も何度か出てくる様になった。

 

 そんなある日、例の様に土曜日に仕事が入り、LINEで娘にその事を告げた。

 いつもなら、会わない事でおわるのだが、この日のLINEは「ポストに鍵を入れといて、アッパが帰るまで待ってるから」と、健気で愛おしいメールだった。

 浮き足立つ彼はすぐに、職場にメールをし、「明日、久々に娘が来るので17時に上がらせて下さい」と、懇願した。

 毎日次の日の仕事はLINEで送られて来る。

 しかし、彼の仕事はある会社の委託で決まる。

 

3.葬儀業の男

 

その男の仕事は葬儀業。

 しかし、詳しく説明するならば、ハイエースのドライバーだ。彼は西大島にある西村運輸と言う会社に所属している。西村運輸は、仕事の大半が崎陽軒のシウマイの弁当や惣菜をトラックに乗せ、工場と工場を行き来する仕事で賄っている。

 数年前から、JRや他の弁当屋の弁当の野球場への配送や、スーパーへの配送の代行を2トンから3トントラックで、行っている。

 創業は25年を数え、今の社長は二代目。

 二代目になり、数年前から葬儀業の配達の代行も行う様になった。葬儀業の配達と言えば多種多様であるが、この西村運輸は食品や食に関する運送会社なので、もっぱらある葬儀の告別式などに用いる会席膳などの配達を指す。

 

 西村運輸が委託を受けた会社は、都内でも有名なマイセンと言うトンカツで有名な会社であり、株主はサントリーだ。

 その子会社シュンサイテイが葬儀業と慶事のケータリングなどの会社で、こちらもサントリーがマイセンを活用して買収した。

 おそらくこれからの少子高齢化に対応しようと言う戦略なのだろう。

 

 シュンサイテイの拠点は本社日暮里と支社品川の2拠点で、売上高月間1億円を由に超え、その半分がケータリング事業、もう半分が葬儀事業である。

 ここでは、主人公である「その男」が葬儀業の派遣配達員なので、葬儀業にフォーカスする。更に「その男」の仕事が告別式なので、告別式にフォーカスする。

 シュンサイテイは仕出しの会席膳や寿司、弁当などを作る会社。言わば仕出し屋だ。

 シュンサイテイに勤務する社員は葬儀屋から受注した商品を各寺院やセレモニーホールなどに送り届けるのが仕事。

 日中は告別式用の会席膳が主で、夜はお通夜の寿司などが主である。

 西村運輸が請け負う配達は日中の告別式がメインであり、朝9時ごろから夕方までに、1人あたり3〜5件の荷を積み、一軒一軒、配達をする。

 

 シュンサイテイには三大葬祭企業から受注を受け、大半がこれらの企業からのもの。

 公益公社、大成企業、佐野家商店の3企業。売上の8割を占める。

 これらの企業から受注を受け、今日は埼玉、明日は横浜、という感じで様々な寺院や斎場、ホールを行き来する。

 配達する内容はと言えば、まずは主となる会席膳。色とりどりの前菜、肉、魚などが入った会席膳が何段も積まれ大体5個イチで青い専用の50センチ角、高さ60センチの箱に入っている。

 次に、漬け物や天ぷらなどのサイドメニューに、醤油や手袋、テーブルクロス、ゴミ袋、箸、おしぼり、コースター、そしてご飯を入れる飯器や出汁椀などの備品類は長方形のスタッキング可能な奥行き80センチ、幅50センチ高さ15センチの黄色い番重に入っている。

 そして、温度管理が必要な刺身や豆腐、茶碗蒸しが入る青い発泡スチロールケース、黄色い番重と同じサイズ。

 その他買い物かごに入った、お吸い物、天ぷらのたれのポット、そして、ケースに入ったビールグラスやゴミ箱。

 

 ざっくりこれらの品物を、注文書によって各配達先に配達員はピッキングする。

 配達員はルート表に記載された、これらの会席膳の荷物を少なくても5膳分、多い時は50膳分運び出す。

 運ぶだけでなく、テーブルの並べの手伝いもするし、片付けも手伝う。

 使った食器などはまた番重に入れ、車に積んで帰る。

 

 告別式はご存知の様に、死んだ人を焼却炉で燃やす。

 人間が燃えて灰になるまで、約1時間かかる。

 その間に、斎場の控え室に会席膳を用意して、喪主が参列者に感謝の意を込めて膳をもてなすのが礼儀とされている。

 その膳の準備物全般を運び、下げるのがシュンサイテイの様な仕出し屋の役割である。

 また、仕出し屋は配膳係のスタッフも現地に派遣して、運んだ膳を配膳係が配膳する。

 配達員は他にも現場があるので、終わる時間に回収に向かう。配達員と配膳係と、連携をとりながら行う。

 最終的に回収された食器類はまた生産拠点に、配達員の手により運ばれて、大量に洗浄され次の日の食器となる。

 

 この様なサイクルで毎日が回る。

 それだけ、たくさんの人が毎日死んでいるという事だ。

 そう考えると、酷く複雑な気持ちにもなる。

 

 そして、これがその男の仕事だ。

 

4.彼の日課

 

彼は朝6時に起きる。

 それが日課だ。毎朝6時にechodotをセットし、訳の分からない音楽で起こされる。

 一旦、6時に起きては「アレクサ、スヌーズ」なんて言う。スヌーズの意味も分からんのに。

 しかし、echodotは正確に数分後にまた音楽を鳴らす。

 そんなこんなで、彼の1日は始まる。

 6:30には、溜まった排泄物をトイレで処理し、その後トイレを掃除して、洗面所に行き顔を洗い歯を磨く。

 磨き終えると直ぐに髪型を整髪料で整え、フトアゴヒゲトカゲのエサを順番に作る。

 3匹分の餌ともなると2週間に一度は、小松菜をスーパーで6袋は買う。

 あらかじめ切り刻んだ小松菜はフリーザーパックに入って、冷蔵庫に保管されている。

 3匹のゲージは幅1メートル、奥行き60センチもあり、そのゲージが三つもある。彼らのエサ皿を順番に回収する。

 三つの皿に刻んだ小松菜を入れ、人工飼料をいれ、霧吹きでふやかし、カルシウムパウダーをかけたのち、ドライミルワームをかける。

 それらを各ゲージに配り終えてから、彼の時間が始まる。

 まずはR1を飲み干し、友人のススメで知った朝メシに良いとされるブルーベリーヨーグルトを食べる。

 そしてソフアに座り、朝のニュースを見る。

「また強盗か」やら「知るかそんなもん」など独り言をテレビに返しながら、仕事用ワイシャツとズボンを着用する。

 前日のゴミといつものリュックを肩からかけ、エレベーターで1階まで降りる。

 ゴミ集積庫に、瓶、ペットボトル、生ごみに其々分け、そのまま職場に向かう。

 

 外に出ると朝7時30分の光景が彼を迎える。

 新大橋通りはまだ人も車も少ない。

 通りでは小学生が学校に列をなし、向かう。

 誰かの親だろうか?父母らが旗を持ち、横断歩道を誘導する。

 こんな時間からここに居るとは、何時に起きて居るのか?ふと、そんな事を思い、そんな事をしてこなかった彼は頭が下がる思いだった。

 他にも車で職場に向かう人、バスの運転手、コンビニの店員、実に様々な人らが朝早くから働き始めて居る。

 

 毎朝8時までに西大島にある西村運輸の事務所に、自宅からそんな事を思いながら15分かけ出勤点呼して、ハイエースの鍵を受け取り近くの駐車場まで徒歩で行く。

 そこからシュンサイテイの日暮里本社なら30分、品川支社なら約1時間かかる。そんな理由で、本社が都合が良い。

 どちらの営業所に向かうかは、前日にLINEで会社から送られてくる。

 この日は品川営業所だった。

「あー、品川か……」

「娘と食事をするので17時までに帰らせて下さい」と西村運輸に訴えたものの、西村運輸はCB社から仕事を委託されている主従関係なので、そんな約束はできない。

 言うならシュンサイテイの各支社の責任者に伝えるのが筋だ。

 彼は品川支社に行き、花村と言う60超えのやたら説教くさい、精神論丸出しの責任者にこのコトを伝えねばならない。

「本社なら根本部長や阿佐美課長がいるから、何とかなるかもなんだがなあー」と、彼はこの品川の長老をあまり良く思って居ない。

 

品川支社は三階建てのビルで大崎駅近くにある。

 一階に、生産工場があり、外側にチャンバー冷蔵庫があり、ここに当日注文分の青い箱に入った膳や、漬物や豆腐の薬味が入った黄色い番重、刺身や豆腐、茶碗蒸しが入った青の発泡スチロールに入った商品群が保管されている。

 2階は番重に入れる食器や備品類の倉庫で、3階は事務所になっている。

 一階から上の階に上がる時には靴をサンダルに履き替える。衛生面の目的もあるが、外部と内部の境界線も分かりづらく、サンダルも外用、中用、分からないまま無造作に散乱している。

 

 仕事始めで西村運輸の先輩と初めて品川支社に来た時、この花村と言う長老の青いサンダルとは知らずにそれを彼は履いて3階まで上がった。色々と最初の挨拶をすましたりして、一階に降りた時、この長老に怒鳴りつけられた。

「俺のサンダルで、しかも外用だ。バイキンでも入ったらどうする?」と、言われた。

 なるべく言い訳しない様に「すいません」と、謝ったが高圧的な態度に嫌気が差した。と、同時に「外用、中用も聞いてないし、印でもつけとけよ」と、思った。

 また、会社の先輩も庇ってはくれなかった。

 理由はこの長老が社内で恐れられているらしい。

 内心彼は「は?こんな爺に?」

 

 他にも、やっとひとり立ちしたある日の仕事終わりに「今日初めて1人で回ったよね?どーだった?」と聞かれたので、正直に「自分なりには一生懸命やりましたが、どうでしょうかね」と、答えた。正直自分の仕事ぶりを評価出来ないし、するとしたら関わりのある配膳さんだろうからと言う気持ちで答えた。

 「君が一生懸命かどうかはどうでも良いんだよ。配膳の人らが決める事だから」と返され、「んなこた、わかってるよ!じゃ、聞くなや!」と、思った。

 

 周りは恐れてるらしいが、彼は何も怖くなかった。

 今までの経験からの物だろう。

 弱きに強く、強きに弱い気分屋が彼は1番嫌いだった。

 正直長老は自社の社員には直接コミュニケーション取れておらず、配達以外に雑用を指示されるのは、決まって西村運輸の派遣社員だった。主従関係があるので、命令しやすいのだ。

 その一面でも、「この人は虚勢を張っているだけなんだな」と、彼には分かる。

 言いやすいやつには言うが、言いづらいやつには言わない。

 だから、あまり好かない。

 

 そんなことよりもこの日の彼の目標は17時までに西大島に帰ると言うコトだ。逆算すれば16時に品川支社を出ないと間に合わない。

 また、21時には娘を返さなくてはならないので、17時から21時までの4時間。たった4時間を有意義に過ごしたいだけだ。

 品川支社に着いたら、まず3階に上がる。

 3階は事務所で、テーブルに当日のスケジュール表が各自分並べられてる。

 エクセルで作られたA4サイズのその表は横に9列で作られ、

 左から

 ①「通夜か告別式」どちらか?

②「営業マン氏名」誰が取ってきた仕事か?

③「祭事名」どの場所か?

 ④「祭家名」何家の葬儀か?

 ⑤「顧客名」どの葬祭屋からきた仕事か?

 ⑥「届け時間」どどける時間は何時か?

 ⑦「下げ時間」下げる時間は何時か?

 ⑧「請求書、領収書、釣り銭」必要か?

 ⑨「料理名」何の御膳が何食か?

 などが記載されている。この中の③どの場所か?、⑦下げる時間というのが、この日の彼には重要なインフォメーションになる。

 そして、彼は西大島から約1時間かけて、品川支社に到着した。

 

 

 

 

5.彼の仕事

 

品川支社に9時に到着すると支社入口はいつも以上に忙しそうに人が集まっている。

 皆、集荷待ちだ。

 挨拶を交わしながら、彼は急足で3階に上がる。

 心の中では、「早く終わらせて、娘と食事を楽しむ!」事だけ考えている。

 まずは、苦手な長老に掛け合わなくてはならない。

 

 3階に着く。ドアを開ける。

 テーブルにいつもの様にスケジュール表が並んでいる。

 右側にはデスクが二つ向かい合って配置されている。いつもなら奥に花村が座っている。しかし、居ない。

 よくある事だが、この日に限ってと言う嫌な予感もよぎる。

 仕方なくまずスケジュール表に目を通す。

 そのA4サイズのスケジュール表の左上に手書きで、各自配達員の名前が記されている。

 並べられてるスケジュール表の5〜6枚の中から自分の名前を探す。

「あった!」

 

 2〜3行であれば楽なルートであり、早く終われる可能性がある。

「どうか2行であってくれ」願いながら覗き込む。

 こんな日に限り5行あった。

「マジか!」撃沈した彼は終了場所と下げの時間を確かめる。

 場所は中野の寺。

 時間は15時半。

 

「こりゃ、無理だな」彼は思った。一瞬で希望の光が消えた。中野のこの寺から品川支社まで40分は要する。

 15時半に到着して荷積みを15分〜20分で終えたとして16時前。それから品川支社に40分かけて戻るとしたら、16時40分。そこから全ての荷下ろしをして、品川支社を出るのが17時。西大島事務所まで18時。

 18時過ぎの戻りになる。「なんで、今日に限って!」と思った。

 そこに花村が現れた。

 神は白髪混じりでいつもオールバックで、ギョロッとした二重瞼に、ヒョロリとした外見で背が高く手足も長い。

 自然と立ったまま話をすると、見下ろす形になる。

 自然と威圧感が出る。

 

 そんな花村に積み込みの時間が既に迫っているので、彼は短略的、且つ情熱を込めて切りだした。

「長女が奈良から帰省して居て、夕飯を食べることになってまして、、17時までに西大島に戻りたいのですが、、」と、咄嗟に次女でなく長女を引き合いに出した。

 嘘も方便、少しでも心に訴えたかった。

「それは、いかないとね。」と、花村が話した。

「お!」彼は内心、最後の一件でも代理を立てるか、自ら行ってくれるかを期待しながら、つぎの言葉を待った。

 

「自分で調整して、出来るなら早く上がって良いよ」

 と、言う返事だった。

 

 ―あー、無理だなやっぱり、、―

 気持ちを切り替えて、兎に角、まずは完璧に荷積みをして、1秒でも早く行動しようと考えをかえた。

 

 大体、この長老は以前、弁当に1人分だけ天ぷらが入ってなくて、配膳のおばさんがこっぴどく怒られて、電話した時も「あ、それは上同士でもう解決してるから」と、電話を切られた。指示はするけど、責任は全て本社の人間に押し付ける一面を垣間見た。

 この長老を頼るくらいなら、せっせと仕事に戻る方が得策だ。

 

 スケジュール表を見ると、

 ①11時に五反田のセレモニーホール 熊野18個届け

 ②13時に臨海斎場 サンドイッチ3つ、オードブル2つ届け

 ③14時に落合の寺院 20人分の下げ

 ④15時に荻窪メモリアルホール 15人分の下げ

 ⑤15時30に中野の寺院 25人分の下げ。

 

 いつもなら、自分が届けと下げを両方するのに、忙しいからか前半は届けのみで、後半は下げのみ。①は別の人が下げに入っている。②に関しては使い捨てなんで、下げに行かなくて良い。更に不気味なのは、後半の下げの量が多い。

 寺は石畳が多く、階段が多いため、台車を使えない。

 どう考えても積み込みに時間がかかる。

 しかも、合計60人分の下げはかなりの量になる。

 

「花村さん、コレ間違い無いですか?」と聞くと、そのスケジュール通りに行ってくれ、との事だった。

 今から一階でやる集荷は2件で一件はサンドイッチとオードブルだけだから、積み込みは楽だ。

 まずは2階に行って備品を確認する事から仕事が始まる。

 エレベーターで2階に降りる。

 2階の奥には引き出しの棚ボックスが左手にならび箸、コースター、おしぼり、テーブルクロス、ゴミ袋、栓抜き、アルコールスプレーなどが引き出しに入っている。

 右手には食器類が並ぶ。

 その手前に、当日の備品を入れた黄色い番重が縦にスタックされ並ぶ。

 その中から彼は今日届ける先の番重を探す。

 番重にテープで貼られた紙に祭家名と場所名が記載されており、中に発注書が入っている。

 発注書を見ながら、入っている食器、備品が正しい数入っているかを確認する。

 当日に増えたりする可能性もあるので、このチェックを怠ると大変なことになる。

 配膳さんに下げの時「手袋がなかったわよ」とか、「飯器が2つ足りなかったわよ」など、現場で直にお客様と触れ合う配膳さんが1番困るのである。

 とは言え、人間がやることなんで、ミスも多い。

 これらの仕組みをもっと綿密に作る会社幹部はいないものかと、経営者を経験した彼は思ったりする。

 莫大な時間のロスと信用のロスをしていることに、もはや気づかず、慣れてしまっている感すらある。

 

 彼は当日の備品箱を2件分チェックを済ませて、

 合わせてグラス1ケースを台車に載せ、エレベーターで1階に降りる。

 一階エレベーターを降りてすぐドアを開けると左手にキッチンと集荷をするスペースが現れる。

 まずはここにハイエースを横付けして、今度はチャンバーに入った御膳箱、刺身、天ぷら、ご飯が入った番重と発泡スチロール、出汁の入ったポットなどをピックアップして、順番を考えながらハイエースの荷台冷蔵庫に積み込んでいく。

 これが、中々頭を使う。

 あまり高く積むと倒れる可能性もあるし、だからと言って平積みすると、物量が入らない。

 そんな事を差し迫る時間の中で皆、其々に頭を使い瞬時に積み上げる。

 

 この日は数が少ないので、ピックアップはすぐに終わり、初めに降ろす五反田分を庫内の前に積み、次に降ろす臨海斎場分を後ろに積んだ。

 最初の2件が終われば後は片付けの積み込み3件。

 これは終わった食器や膳の混載なんで、混ざっても問題ない。

 レールドアをゆるりと閉めて、ここから彼の時間との戦いとなる。

 ハンドルを握り、庫内モニターの温度が5℃になっているのを確認し、1件目の場所をGoogle mapに登録して、開始ボタンを押し、スピードメーターに横たわらせる様に置く。

 

 そして、そそくさと彼は車をはしらせた。

 

 

 

6.いざ出発

 

行き来する車の中に混ざり走ると、日中のトラックの多さに驚く。荷台が正方形のものや長方形のものまで。きっとどのドライバーも考えながら積み込み、ベストと言う状態で運転しているのだろう。そして、自分もその中の1人である。

 早速1件目の場所に近づく。

 細い一本道を真っ直ぐに進めば、五反田ホールだが

 我々は業者なので、裏から入らねばならない。

 手前を右に回り、ぐるりと後へ回るように車を走らす。

 葬儀屋は、花屋と仕出し屋の車がその場所を競ったり、暗黙の定位置に止める。

 五反田ホールは後者で、決められた場所に停める。

 車から降りて、スライドドアを開け青色のカートと赤色のカートを地面に落とす。

 青色は青い発泡スチロールの箱用、赤色は黄色い番重用。2〜30食分はこの二つのカートで積み上げて間に合う。

 この日は「熊野」18個。

 カートをエレベーターまで両手で押し運び、控え室のある2階まで届ける。

 彼ら料理屋が役目を果たすには、この先を引き継ぐ配膳係にかかっている。

 配膳係はシュンサイテイが受注した際に派遣会社に発注して、この日に派遣される。

 年齢は50〜60代が殆どで、昔仕事を取られる事に脅威を感じた団塊の世代が、下を育てなかったことも関係しているらしい。

 稀に40代の配膳係と出くわすと、とても若く見えるのもこの業界ならでは、……

 

 で、五反田ホールの配膳係はやはり60代の青い制服を着たおばちゃん。

 もう数十年この業界にいるであろう事が、鋭い眼光と年季の入ったユニフォームで分かる。

「あら、あなたもう1人で回ってるの?」

 カートを押しながら彼は

「はい。今後とも宜しくお願いします。」

 と言う会話から始まり、彼は「下げは別の人がきますんで、終わったら本社にご連絡願います」と、告げる。

 届けた荷物をこのベテラン配膳係に一つ一つ確認してもらい、この場を去る。

「では、宜しくお願いします」

「はいー」

 てな感じで、配達が終わる。

 時にはせんべいとか、和菓子が制服のあらゆるポケットからどこからともなく出てきて、「はい、頑張って」と、頂きものをする事もある。

 彼はこんなやりとりを、昔中学時代に新聞配達をやっていた時、良くおばちゃんがジュースとかくれたのを思い出し、その光景と重ねた。こんな事が嬉しい気持ちにさせてくれる。

 

 時間通りに一軒目は終わる。

 次は2軒目、臨海斎場だ。

 ここも、この場所から遠くない。

 ゆとりを持って、車を走らす。

 とにかく、問題は後半の片付けの3軒だ。

 

 臨海斎場は、大井町を経て、東京で唯一龍馬像のある立会川を通過し、トゥインクルレースで有名な大井競馬場を横目に大井埠頭に陣取る大きな斎場だ。

 周囲はトラックの物流倉庫などに囲まれてる事から、トラッカーの多い地域だ。

 こちらの斎場控室は正門から車で入り、裏手に回る。

 裏手の業者入口から2階に上がり切った所に、控室番号と祭家名が記載されている。

 この日の祭家名を探し当て、荷下ろしして、その控室番号まで持っていく。

 

 火葬場のある大きな斎場ではよくあることだが、個人が焼却炉で焼かれて居る間、火葬場があるので出棺から収骨までの時間が短い。なので、簡単につまめるもので収骨まで待つ場合もある。

 配膳が来ない代わりに「サンドイッチ」や「唐揚げ、フライドポテト」で構成されており、皿も使い捨て出来るもので、取り皿類も使い捨て皿で、お客様が自由に取って食べ、残ったら持ち帰ったりする。

 配膳は来ないが、葬儀担当者は来るのだが、この場合何故か葬儀担当者が来るのが遅い場合が多い。

 配膳係のように下準備もなければ、お客様を部屋に案内して収骨になったら焼却炉まで誘導するだけだけだからだ。

 

 しかし彼はまだ入りたてで、このようなケースを体験した事がなく混乱していた。

 朝イチの荷積みの時、花村からの指示で、「10名ほどだからテーブルを三つ使用して、そこに其々サンドイッチと皿と手袋を用意して」とだけ聞いていた。

 しかし、伝票にサインは貰う事と、黄色い番重に入った備品(ビニール袋など)があったので、頭が混乱した。

 配膳が居ないのに、誰にサインをもらうのか?

 この問いに「その時間になれば、依頼した会社の人が来る」と、花村は適当に答えた。この時、「配膳係の代わりに依頼した葬儀屋の担当者が来るから、それまで待ってサインをもらって」なぞという指示ならば合点が言ったものだが。

 おそらく花村も理解してないんでは無いかのような素振りで、その発言のあと逃げるようにどっかへ行ってしまった。

 黄色い番重については、現地について気付いた。

 誰も回収に来ないなら、番重を置いて行ってはダメなんではないか?これも花村が「葬儀屋さんが、残ったサンドイッチとかを持ち帰るように促すから、中にある備品はテーブルに置いて、番重だけ持って帰ってきて」と言っていれば、合点が言った話だった。

 彼は勝手な判断で、そのような意図を踏めず備品も大したものが入って無かったので、サンドイッチ類を言われた通りに配置して、番重は来るであろう依頼してきた担当者に聞いてみようと思った。

 

 丁度、彼が部屋で待つ間、隣の配膳さんが3名ほど集まって話をしていた。

配膳A「まだ終わらないのね。」

配膳B,C「早く焼けないかしら」

配膳B「そう言えば昨日の部屋、焼けるまで1時間以上かかったのよー」

配膳A,C「え!どうしたの?」

配膳B「身体が大っきい人だったんだって」

配膳A「あら、じゃ私も死んだら時間かかりそうね」

一同「あははははは(大笑い)」

 

 彼は不謹慎と思いつつも、この人たちもいつか同じ立場になるからこそ、こんな事で笑いモチベを保ってるんだなぁ、と思うと微笑ましくもあった。配膳係のおばちゃん達は歳もいってるのに、非常によく働く。彼の母親くらいの年齢ばかりで、申し訳なく感じてしまうくらいだ。

彼女達は時給2000円ほどで2、3時間の短時間を掛け持ちで働く。この現場が終わればまた電車で次の現場へ行き、一月の稼ぎを子供やら家族やらの生活費にあて、家に帰れば皆の分の家事までこなす。

 なので、「早く終わらないかしら=早く燃えないかしら」というのは一瞬不謹慎に感じるが、普段会社などで、次の業務や家庭の事情が押し迫っているOLがいう「早く終わらないかな」と同意である。肉体労働でないOLのそれに比べるともっと美しい言葉にも思えてくる。

 配膳係は目の前に客がいるため、1秒でも無駄にせず告別式の限られた時間、5分刻みで下げ物を回収しては、お客様が収骨に向かった後、直ぐに帰れるようにしなくてはならない。

 その彼女達の下げの技術は素晴らしく、黄色い番重の中に膳に入った小さな器に残った残飯をゴミ箱にすて、同じ形の食器同士を重ね、ご飯の食器を重ね、椀を重ね、番重を一杯にしては積み上げていく。お客様が退散する頃にはもう全てが終わっていて、最後のゴミ箱だけのこし、テーブルを拭いたダスターをゴミ箱に捨てる。こっから先が彼の仕事となる。

 そして、配膳係は次の目的地へと向かう。そう、皆時間との戦いなのだ。

 

 そんな事を考えながらも、

 次の下げの場所まで行くのに、ここを13時には出なくてはならなかった。

 あと5分。

 来るであろう担当者は来ない。

 あと2分、

 来ない。

 13時を過ぎた。

 来ない、、

 13時10分

 来ない、、、

 

 これはまずい。次の下げの場所はそのまま置いておく事ができないらしい。時間指定されている。

 しかも、場所は落合で初めて行く場所だ。

 

 彼は考えた。考えて、考えた。

 人はこんな時間に追われているときに、焦りの余り一人で物事を解決しようと考えてしまう。

 そうする事で、ミスるのはよくある話だ。

 彼が導いた答えは、その控室を全般仕切っている女性の管理人に、伝票にサインを貰い

 来るであろう担当者に渡して貰うと言う事だった。

 冷静に考えれば分かるが、なんで館内の人にサインを貰うのか?

 依頼者でなければ意味はない。

 無理クリサインしてもらい、無理クリ依頼した。

 そして、次の目的地にそそくさと急いだ。

 

 

 

 

7.回収

 

次の目的地は新宿区の落合。

 おおよそ品川区から1時間はかかる。

 次の仕事は届ではなく回収だ。

 その場所は落合の交通量の多い交差点の角に位置する。

 建物は15坪ほどでとても狭く、長方形の形をしており、今まで彼が見たセレモニーホールでも群を抜いて狭く小さい。狭いがゆえに会食する場所は2階であり、何よりもエレベーターがない。

 故に、カートを使えない。

 現地に着いてそんなことが分かったと同時に、会食がまだ終わっていない。

 20膳を運ばなくてはならない。更にはドリンク類も運ばなければならない。階段で。

 車中待機を余儀なくさせられ、彼は予定時間がどんどん過ぎていくのを呆然と、車中から他の車を眺めながら待つだけだった。

 そんな時に、携帯が鳴った。さっきの臨海斎場の件で本部の営業担当者から連絡が入った。

「サインを誰に貰いましたか?」というので、館の管理している人にもらいましたと答えると、「あー、、それではいみがないんだよなあー」と残念な声色でため息混じりに吐き出すように本部の人は言った。

「あと、番重、なぜ置いていかなかったの?」

 やはり、これも聞かれた。

 下げがないように自己判断したと伝えると「あー、置いて行ってほしかったなあー」とため息混じりの返答がまたもや続いた。

 

 今、3件目の落合では片付けが終わるのをまさに待っている。動こうと思えば動けるが、今から臨海斎場に戻っても1時間、往復2時間かかる。

 落合の下げが16時になる。それだけでなく全ての回収が遅れ、結局自宅に着くのは21時ごろ。

 要するに、娘との食事はできず帰りを見送るだけとなる。

 イライラと、この訳のわからなかった臨海斎場の指示がうらめしくもなり、まだ1ヶ月そこらの自分に対する雑な扱いに、会社全体、幹部や上長、花村などの顔が思い出され、憤りを感じ怒りに変わってきた。

 

 人とは時間に追い込まれるとこんなにも冷静に判断ができないものなのか、、、

 

 そして、過去に遡り彼は自分が会社を経営していた時、こんな指示の出し方をしてやしなかったろうかと、後悔と反省の念まで顔を出してきた。

 

 そんなごちゃごちゃな気持ちで、『今から臨海斎場に戻ります』と答えようとした。

 それより先に本部の人間が「今回は品川支社の伝え方(花村)も悪かったので、私が行ってきます。ごめんなさいね」と、大人の対応をしてくれ、拍子抜けした。

 

 なんとか、時間通りに進められそうだという安堵の気持ちと、もしや会社側から「こいつつかえねえな」と思われてしまったのではないかという気持ちが錯綜した。

 

 そんな矢先に、どうやら会食が終わり黒い喪服姿の人らがホールから出てくるのをサイドミラーで確認した。

 彼らがいなくなるのを見計らって、ホールに入り、階段をかけ上がる。とても狭い階段だ。

 幅70センチほどしかなく、四つの階段を交互に経て2階へと辿り着く。

 荷物を運ぶのにこんな辛い階段はなかなかお目にかかれないだろう。

 

 会食場のパントリーには以前の女性がいて、お疲れ様ですと挨拶を交わす。

 思ったより片付けは終わっていたので、荷物を下に下ろすだけだ。

 膳の入った青箱が4つ、黄色い番重が3つ、青い発泡スチロールが3つ、アルコールが入った発泡スチロールが2ケース、グラス1ケース、ゴミ箱、ざっとこんな感じだ。

 

 狭い館内で何段にも積んで運ぶことはできない。

 1個づつ運び出さなくてはならない。

 要するに14往復を余儀なくされると言うことだ。

 

 時計の針は14時を当に過ぎている。次の目的地まで40分は要する。

 14往復を10分から15分で済ませなくてはならない。

 昔ボクシングで鍛えた足腰の強さを発揮する時がきた!

 彼は無我夢中で14往復を始めた。

 顔から、背中から、胸板から汗が吹き出る。

 呼吸は乱れ、狭い階段が彼を狂わせていく。

 下げは従来中身のない食器を運ぶので、それほど重たくはない。しかし、この日彼を苦しめたのはアルコールの2ケース。全て飲み切るはずもないので、かなりの量の瓶系のドリンクが入っている。

 これを階段で2往復。腕はパンパンに膨れ上がっている。

 

 何とか全ての荷を積み下ろし、車のバックドアを閉める。

 ホールの人と配膳の人に挨拶を交わし、そそくさと引き上げる。

 

 時計の針は14時半を回る。

 

 次は荻窪だ。

 早まる気持ちを抑えて、途中ヒッチハイクしている人を見つけたりしたが、珍しがって笑ってる余裕は今の彼にはない。ヒッチハイカーの持ってる画用紙には「鹿児島まで」と書いてあった。

 2車線の道の車の合間を縫って走り、先を急ぐ。

 途中、もう間に合わないと悟ったので、自宅にいる娘に電話をする。

 スマホをスピーカーにして、

「何してる?」と彼は娘に問うた。

「ん、ゲームしてる」後ろからゲームのサウンドが聞こえる。

 普段テレビがないので大画面できっとゲームを思う存分に楽しんでいるのだろう。

「アッパは、今仕事しているけど、帰るの遅くなりそう。」と、彼は言う。

「そうなの?」

 何とも気の抜けた声で、まあ、別にゲームできるからいいよという含みを感じられる。

 父とは何なんだろうか、、

「6時過ぎるかもな」

「わかった。」

 そっけない返事だった。電話を切った。

 

 しかし彼は早く娘に会いたい!

 声を聞けば尚更だ。

 

 早く向かわなくては、、、

 そして本日4件目の荻窪メモリアルホールに着いた。

 ここでは15人分の下げが待ち構えている。

 荻窪のこのホールは寺と併用しており、入り口は完全にTHE寺だ。

 母屋が左右に二つあり、左側にある母屋から荷物を下げる。

 搬入口では靴を脱ぎ、階段を下り踊り場を経て、さらにまた階段を下りたところに会食場がある。

 ここに終わった荷物が養生の下に積まれ、ここでも少しづつ上に上げていく。

 先ほどの落合より横幅があり、2段重ねで運び出したりはできるが、台車は使えないので、体力がものを言う。

 

「しかし、なんで、今日に限ってこんなタフな現場だらけ?」と思えてならない。

 

 彼はできることなら全ての現場で配膳係の方々に喜ばれる仕事をしたい。

 外食にずっと携わってきたこれは彼の本音である。

 先にも述べたが、配膳の人たちは、掛け持ちで次の現場に行くことが常である。

 一つの告別式の会食は3時間前後が相場で、早く準備し、早く終わりたい。

 その為には、片付けを手伝い、円滑に終了することが重要だ。

 仕事が被ってはならない。

 配膳のおばさんがテーブルの上の食器をパントリーにバッシングしているなら、同じことはせず、パントリーで待ち構えて食器の残飯や、割り箸、おしぼりをゴミ箱に素早く仕分けして、黄色い番重に同じ食器同士で積み上げていく。

 膳の箱は膳の箱でまとめ、食器は食器でまとめる。

 備品は備品でまとめ、テーブルクロスはテーブルクロスでまとめ、最後にゴミ箱を回収して作業は終わる。

 この一連の流れを二人でやる場合、一つも仕事を被らずやることがコツだ。

 彼は外食にいたので、この要領はわきまえている。

 

 「手伝っていただいてありがとうございました」

 そう言われると、どうにも気分がいい。

 これで荻窪の仕事は終わりだ。

「お疲れ様でした」と配膳さんに挨拶を交わした。

 時計の針はもう16時前だ。

 

「よし!次が最後だ!」

 大幅に遅れているが、次が最後という達成感に近づいているのと、いつかは仕事が終わるという安堵感が、彼にやる気を与える。

「もうすぐだ」

 次はここから近い中野のお寺だ。

 ここも始めていく場所だが、本日最高の25人分の下げ膳が待っている。

 もちろん、台車は使えない。

 

 現場は246沿いに面した場所で、裏口はなく正面入り口から堂々と入る。

 寺院らしい風情の漂う鳥居を潜り抜け、砂利の駐車場に続く。

 左が駐車場で、右が母屋となっており、母屋は本丸の寺院とは別に分かれ2棟の作りとなっている。

 母屋の手前は地上階で、向かって左側に石畳の階段があり、2つ目の母屋は奥にあり半地下に設けられている。

 そこが大広間となっっており、さらにその奥が配膳が陣取るパントリーとなっている。

 パントリーから直接抜けられる裏口があり、こちらにも石畳の階段が設けられ、地上と繋がっている。

 この階段を駆使して、地下から地上へ25人分の下げ膳を前回と同じく1個づつ運び出さなくてはいけない。

 

 パントリーに向かうと、珍しく無愛想な配膳係で「お疲れ様です」と言っても返事もなかった。

 おそらく、25人分の配膳で疲れ切っているのだろう。

 パントリーにはまず膳がたからかと積み上げられており、ドリンクや番重に入りきらない食器などが、ここそこにと散乱している。

 しかも、膳の中には食器が入ったままで残飯もそのままであった。

「え?嘘だろ?」と彼は想いついつも、今からこれを片付けて、食器のまとめをするものかと考えた。

 まず彼は何も言わず、膳から食器を取り出し、残飯をゴミ箱に捨て番重に同じ形の食器同士に分類しはじめた。

 そこへ配膳係が飛んできて「なにしてるの?」と言ってきたので、「いや、これ早くやっちゃわないと、終わりませんから、手伝いますよ」と彼は返した。

「忙しかったんだから、そのまま持って行ってよ」続けて「担当の田中さんからそのままでいいと言われているのよ!」と何故か怒られた。

 このまま持って帰ったら、洗浄係のミャンマーの人たちがとても困る。その顔が浮かんで、謎の正義感が芽生えた。

 「いえ、僕は聞いてないんで、全部綺麗にバラします。僕がやるんで他をお願いします。」

 配膳係は唇をキュッと噛み締め、眉間に皺を寄せた顔で、返事もせずに他の作業へ帰っていった。

 配膳係もドライバーも全て人だ。人それぞれだ。色んな事情がその瞬間にある。

 それを愚痴ったり、嘆いても仕方ない。

 規則通りに、進めることが1番。

 

 そんなこんなでまたもや汗だくになりながら、石畳の階段を登り駐車場までの間を台車で運ぼうとするが、石畳の地面と砂利の絶妙な具合が台車の車輪を止めてしまう。

 前に進まない。

 彼は仕方なく25人分の片付け物を手運びで車に積み上げた。

 最後はゴミ箱だ。

 

 配膳係は「なに?急いでるの?」

(あったりめーだ!このばばあ!)と内心思ったが、「はい。次の場所がまだありまして」と、

 都合の良い嘘をついて、配膳係を急がせた。

 

 ようやく、この現場を離れることができた。

 246から品川支社に向かう。

「よし!やっと帰れる。」

 あとはいつも通り品川支社で荷下ろしをして、西大島の営業所に戻れば、

 念願の娘との食事が彼を待っている。

 時計の針は16時をまわり、品川支社には17時過ぎに着く予定だ。

 荷下ろしを最速でやれば18時には戻れる。

 1時間減ったものの3時間の娘とのひと時が堪能できる。

 

 と、彼はこの時は思っていた。

 

 

8.最後の荷下ろし

 

いよいよ、最後の荷下ろしだ。目黒通りから旧山手通りを経てやっと品川営業所に戻ってきた。

 秋ということもあり、あたりはもう暗くなり始めている。

 夕焼けがやけに綺麗に目に映り、彼は(色々あったが、、おうすぐ終わる)と、安堵しながら笑顔に戻りつつあった。

 1階のチャンバー冷蔵庫の集荷場所に車を横付けして、意気揚々と車を降り出す。

 スライドドアを開け、高々と積み上がった荷物を眺めながら彼は

「さあ!降ろすぞ!」と気合を入れた!

 

 これさえ済めば、彼は仕事から解放され自由の身へと放たれる!

 こうしている間にも娘は一人で彼の部屋で暇をスマホやらテレビゲームやらで潰してるのだ。その光景を頭に浮かべると、抱きしめたい衝動にも駆られる。

 これで最後だ!あと一踏ん張り!

 もしかしたら、こんな私の姿を見てあの花村でさえも荷下ろしを手伝ってくれるんじゃないかと、全てを良い方向へ彼は考え始めていた。

 達成感とは凄いもので人の感情を全て前向きに変えてしまう。

 

 そこに花村が現れた。

 (お!やっぱり!ジジイ、良いとこあるじゃん!)と内心思った。

「花村さん、今戻りました!」

 口角をあげ明るい笑顔で話しかける。

 一方の花村はといえば、、、

「あれ?、………」

 花村の表情は褒め称えるでもなく、ギョロっとした二重瞼をパチクリと何度も瞬きした。

 次第に彼も(ん?……)と、嫌な予感に包まれた表情になる。

 特に次に吐き出す花村の言葉に、驚きというよりも憤りに似た感情を抱くことになる。

 

「その下げは、品川じゃなくて荒川の本社なんだよ」

 (?????)

 彼は一瞬、意味がわからない。

 

 人間は問題が起きるとまず、自分の原因かを真っ先に考える。

 その次に被害を受けるものは誰か?最後に誰のせいなのか?この順番で考える。

 

 彼は早朝にスケジュール表が妙だということで、花村に質疑している。

 その時に帰りは荒川本社とは言われていない。

 という事は、彼のせいではない。

 次に誰が被害を受けるか?

 

「俺だ!」と心の中で思った。

 次に誰が犯人か?

 目の前の花村だ。

 (ジジイ〜!だから聞いただろ!朝によ!)心の中で雄叫びを上げる!

 

「こりゃ、本部がちゃんと説明せにゃあかんかったね、」

 

 花村が言う。

 (おい〜!お前が品川のリーダーちゃうんかい!)

 お決まりの責任転嫁が始まった。

 続けて、

「今日ウチで積んだヤツの下げは別の人がやったでしょ?」

 (知らんがな!いつそんなルール教えてくれた?!)

 

 彼はたまらず「勘弁してくださいよ、、、、聞いてないですよ、、、、」と、

 娘の顔を思い浮かべながら、走馬灯のように今日1日の出来事を思い出しながら言い放った。

 

喪失感に占領された彼の顔を観た花村が流石に、「高速に乗って良いから、急いで本社に行って娘さんに会いに行きな」

 と、言い放った。

 はあー、と彼はため息をつき、なんとも言えない心地悪い空間に二人の中年は立ち尽くし、どちらかが行動に出るのを待っている。

 流石に花村も同情している様子であった。

 

 彼はとにかく気持ちを切り替え、「わかりました」と吐き捨て車に乗り出した。

 

 (もう、早く日暮里に行くしかねえ〜)と思った。

 

 とにかく一にも二にも早く本社に行く決心を無理やりつけ、海岸通りに向け車を走らせる。

 そして、ETCを装着し、海岸通りから高速に乗る。

 Googleマップで高速設定をして、最短で50分で日暮里本社へ到着するナビだった。

 

 が、しかし途中の皇居周辺で高速を下ろすディレクションで、高速を降りてしまった。

 途中、ハザードをつけナビを確認すると、どうやらスマホを置く際に以前の履歴を押していたらしく、そちらのナビをGoogleはしていたようだった。

 更に、新たにナビを設定し、再度高速へ誘導する。

 また、皇居周辺から首都高へ乗る。

 このタイムロス、、

 ありえない。と、彼は感じつつ、高速は渋滞している。

 周りの車を見回すと、家族づれが車の中で楽しそうにしている。

 他の車を見ると、カップルがイチャつきながら車の中で時間を費やす。

 彼の頭の中で、今日の出来事が、

 朝の1番から、順番に思い出されていく。

 最初に思い出したのは、スケジュール表を花村に確認した場面だった。

「これって、間違い無いですよね?」

 1ヶ月そこらの彼は品川で仕事が始まり、日暮里本社で仕事が終わるなんてことは経験したこともない。

 それを、花村はまたもや「本社の人間が悪いね」と責任転嫁した。

 

「ふざけんな!〜このジジイ〜〜!」初めて声に出して、握ってるハンドルを何度も叩いた!!

 怒りが、そして、今日一日耐えてきたことが爆発した。

 その中には膳の中身をそのままにしてしまおうという配膳係の顔も浮かんだ。

 

 渋滞の高速の中で彼は吠えに吠えまくった。

 まるで今日1日の出来事を無かったことにするように。

 

9.至福のとき

 

彼の車は入谷の出口まで体を運んだ。

 ここまで来ると日暮里本社は目と鼻の先だ。

 一方通行の多い、本社に近づく。

 時刻は18時を回っている。普段なら、この時間は人がおらず一人で荷下ろしすることが多い。

 しかし、この日は何故か3、4台の車が列を連ね、荷下ろし場に数名のスタッフがせっせと荷下ろししている。

 後で知ったことだが、この日は近年稀に見る忙しい日だったらしく、売り上げ記録を更新した1日だったらしい。

 この会社の良いところは、他者の荷下ろしも暗黙の了解で手伝うところだ。

 やっと帰還した彼は、車を横付けし荷下ろしする。

 周辺にいたスタッフ、すなわち仲間たちが荷下ろしを手伝う。

 

「お疲れ様〜」とか「大変でしたね〜」とか、「派遣なのにこんなに荷積みされて」とか、

 ここでは、人数が多いだけに同列の人間たちが同じ思いで、同じ気持ちで、話し合える。

 彼もまた、車の荷台から荷を運びながら、同じように運んでくれるこの仲間たちに「すいません」「ありがとうございます」なぞ、言いながら荷下ろし場に荷を運ぶ。

 

 皆、笑顔で今日の仕事の辛さを帳消しにしようとも捉えられる。

 きっと、現場では色々あったはずなのに、荷下ろしを皆ですることで気を紛らわしている。

 末端にいる会社の人間たちはこうして、毎日を創り出しこの会社の歯車となり、何とか自分たちを保っている。

 そう考えると、今日1日の自分の出来事が、とても小さく思えた。

 

 荷下ろしする彼らの笑顔、、

 それに勝るものはない。彼らも一緒だ。

 彼のように同じ事情を抱えている人もいるかもしれない。

 しかし、嫌な顔せず、他者を思い仕事を手伝っている。

 

 彼は「なんて俺は小さいんだ」と、同時に社長をしていたときに、こんな感情で現場の一線で働く人らがいた事を、わかってあげられなくて、後悔した。

 

 ふとそう思うと、娘との時間ももちろん大事だが、何か吹っ切れた気持ちになった。

 荷下ろしを終え、今日の報告書類などを4階にある事務所に届けなくてはならない。

 

 4階に上がり、今日の報告を上長に告げると「今日は本当にごめんなさいね。本当は娘さんとの時間があって早く上がりたかったんですよね」と女性の上司に言われた。

「いえ。僕だけじゃないんで。逆にわがまま言って申し訳ありませんでした」と、年下の女上司に頭を下げた。

「でも、だれからそのこと聞いたんですか?」と聞くと、「花村さんからよ」と答えが返ってきた。

 

 その瞬間、ひどく恥ずかしい気持ちになった。

 あらゆる先入観でダメなジジイと決めつけていた彼自身の心に、後悔の念が襲う。

 花村にだって色々事情があったろうし、他責にするのは簡単だ。

 彼は「ていうか、責任転嫁してるのはじぶんじゃねえか」と思った。

 

 ひどく反省したのちに、車に乗り込んだ。

 そして、娘に電話をする。

「もしもし」

「あっぱ、まだ?」

「うん。今から帰るから、7時ごろかな」

「そんな遅いの?」

「ああ、遅いよ。大人には色々事情があるからね」

「なんかよくわからないけど、早くきてね」

「ああ」

 と、言って彼は電話を切った。

 

 そして、20分掛け西大島の事業所に帰還し、ようやく15分の徒歩を経ていつもの風景を眺めながら、大島の自宅に帰った。

 

 扉を開けると、娘が「おかえりー」と、彼を迎えた。

「ボロボロのワイシャツにボロボロの黒いズボン。これが今のアッパの姿だよ」

 と言うと

 目を細めた中1の娘は「あっぱー、お腹が出てるよ」と笑いながら言った。

 そして、彼も笑った。

 

 彼は「腹減ったろ?」と問い、娘は「当たり前でしょ」と返す。

 

 彼は電磁調理器の下にある引き出しを開け、ヒロコシのレトルトカレーと銀座デリーのカシミールカレーを鍋に開け、紙パックのココナッツミルクと紙パックのトマト果汁をそこにぶち込み、玉ねぎ、鶏肉、ジャガイモ、人参を素早く下ごしらえし、同じくぶち込んだ。

 外食出身の彼からすると、朝飯前だ、

 

 30分ほど煮込み、ご飯に盛り付け仕上げに目玉焼きをのせると、いよいよ2人のディナータイムだ。

 彼は待ちに待った缶ビールのプルタップを開けて、半分以上一気に飲み干す。

「ぷはー、美味いっ!」

 特に今日は格別なのかも知れない。

 

「美味しいか?」

「うん」

「本当に美味しいか?」

「うん」

 

 このひとときが、たった2時間のこのひとときが、彼には今日1日の中で1番長く、そして濃く感じられた。

 朝からの出来事はもはや頭から全て消え去っていた。

 娘の顔を観て、自分の手料理を振る舞って、娘の顔を観て、話をして、娘の顔を観て、ビールを飲んで、、、

 

 なんて至福な時間なんだろうと、つくづく思った。

 これも、1日の働いた達成感があったからだと、自作のタイ風カレーを食べながら、噛みしめながら思うのであった。

 ここ数年、コロナ禍で仕事のことで頭がいっぱいで、本気で子供と向き合っていなかったな、と彼は思った。

 頭の中では資金繰りの事だけがぐるぐる回り、毎日業者の顔、従業員の顔が夢に現れ、悪夢で起こされる。

 そこに離婚の話と、子供らの養育費の話を嫁に問い詰められ、、ノイローゼ寸前だった。

 同時に長女には嫌われたままだが、彼女のことも思い出し、20歳とはいえど大人の事情でこうなてしまったことを、ひどく反省した。

 

 しかし、この日の夕食は、こんな日の夕食は至福だ。

 こんな至福なときが、あんなことの後にあるんだなと実感する。

 そして、同じ仕事をする彼らもまたそれぞれに今夜の食卓を囲んでいるのだろう。

 

10.物語の終わり

 

ほどなくすると、娘は帰り支度をする。

 まるで恋人がもう帰るねと言わんばかりの、ソワソワした感じを醸しながら。

 それに対して、彼もいち男として応じる。

 帰り道を送るため、上着を着込み一緒に家のドアを開けエレベーターに乗る。

 背が高くなったなとか、月並みの話をしながら2人は降りていく。

 1階にたどり着くと、駅の方向に一緒に向かう。階段を降りて改札越しにハグをして、またなと言いながら娘を見送る。

 娘は照れくさそうに、彼の方も見ずに階段を駆け降りていく。

 

大人の事情でこうなってしまった。

 だけど、彼女は週に一回必ずうちにやってくる。

 

 悲しいはずなのに、いつも笑っている。

 いつも訳のわからない話をする。

 ティックトックを見せてくる。

 彼の飯を大食いする。

 

 間違っているのかもしれないが、これが今の彼らの形である。

 そもそも家族に正解などない。

 娘にとって父とは何か?

 そんなこと誰もわからない。

 父が娘をどれだけ愛しているか?

 それも目には見えない。

 誰にもわからない。

 

 わかるはずがない。

 人の気持ちなど家族であろうが、友人であろうがわかるはずがない。

 気を使うほど人を嫌悪させたり、傷つけたり、思わぬ方向へ進んでしまったり、その度思いつめて、考えて、わからなくなって、、

 彼が死ぬ時、娘たちは彼の優しさや愛情を少しは知るのだろうか?

 長女には誤解されたまま、口も聞かずあの世に行くのか、、

 次女は大人になったら長女と同じように口を聞かなくなってしまうのか、、

 親父に似て短気で、すぐカッとなったりしないだろうか、

 親父に似て誘惑に弱く快楽に走ったりしないだろうか、

 親父に似て、自分が1番有頂天の時、他人を思いやれない人にならないだろうか・・

 自分が生きた道のりを、彼女達に重ねながら、心配の種は尽きない。

 

 だけれど、笑いながら前を向いて歩いていくしかないのが人間だ。

 そうして仕事をした末に得られる物語を大切に生きていくと、人を愛せることになるのかもしれない。

 

 外食企業に長くいた彼からは、今の世界は新鮮に目に映っている。

 夢を追い、一攫千金を追い、駆け抜けた20数年だった。

 今ではそんな目的も失い、だからこそ新たな仕事をすることで規則正しい生活を手にいれ、娘や人のことを考える時間も増えた。いろんなものを手に入れて持ってしまうと、失いたくないという欲に駆られる。

 家だろうが、金だろうが、車だろうが、友人だろうが。破産して借金が消えたこと、資産がなくなったこと、友人がいなくなったこと、手放す物が多かったことが、鬱になりかけていた彼を解放した。

 

 今でも彼は外食の記事や先輩や後輩達の活躍を見聞きする。

 しかし、その世界に戻りたいとは思わない。

 葬儀という職種も例えてみると飲食店である。

 「リピートのあってはならない飲食店。」配膳はサービスするホールスタッフであり、彼ら仕出し屋はキッチンであり、故人を偲ぶ時もどんな時も食というものを囲んで見送る。「いらっしゃいませ」ではなく「お疲れ様でございました」と、かける言葉は違えど、同じことである。そうゆう目線で見れるのも彼の今までの生き様があるからだ。かといって、このままで終わろうとも思っていない。

 彼は50歳になり、最後の60歳までの10年をどう生きるか、考えるだろう。

 今までと違う点は仕事が最優先というプライオリティから子供が最優先というプライオリティに変わったという点だろう。

 

 葬儀関係で働く今、これほどまでに人生の中で人の別れに携わることはない。

 たくさんの参列者がいるから偉いわけでもないし、少ないから愚者なわけでもない。

 それぞれが歩んだ人生、それが全てで全ての人にとって普遍的なものは「墓場に何も持ってゆけない」ということだ。

 どんな名誉や地位、富豪だろうが貧乏だろうが、それだけが事実である。そして今人間が出来ることは、彼ができることは、精一杯に生きるということだ。

 

 とある男はそんなことを思いながら、マンションの自室に戻りソファーベッドを広げて、枕と掛け布団をクローゼットから出す。明日もまた現場に出る。次の土曜日まで……

 

 

 また娘との時間のために。

 

 


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