三話までを投稿予定。
「────なんかすごい才能がほしいなぁ」
人気のない砂浜に寝転がりながら、黒髪の青年は宙を見据えたまま思わずといった風に漠然とした愚痴を零す。具体性に欠けたそれは諦観に満ちた言葉であり、憧れの篭った一言でもあった。ここで愚痴を零した青年の名は黒鉄一輝。現代の魔法使いと言われる魔導騎士、その名家の次男に生まれたにも関わらず魔導騎士としての才覚が皆無だった凡人である。
彼の日常は凪いでいた。生活の中に波風はなく、障害という物が一切無い。いや、学校を一年、留年してしまうと言うのは中々にハードな体験だったが、正直なところ大して気にも留めていない。
執着がないということでもないはずだ。ちゃんと進級して出来れば“魔導騎士になれ”と言う遺言を果たしてやりたい気持ちもあるがどうしてもならなくてはとも思えない。極論、何もかもどうでもいいかなぁ~と考えてしまう悪癖を自覚している。
彼は人格形成に大きく影響する幼少期を騎士の力に重きを置く親、親戚、家人の者たちに無視され軽んじられ、存在しない者として扱われた。そうして彼は騎士としての知識、訓練、鍛錬を行なわず
五歳という物心の付き始めた頃には、実の父親から『何もできないお前は何もするな』なんて言葉を頂戴してしまっている。周囲の環境と実の父からの言葉に影響を受け、自分に才能がないということを自分自身が深く理解してしまった。
黒鉄一輝は
黒鉄一輝は無才である、彼は凡夫である。よって、これは英雄譚ではない。それを念頭に入れた上で、落第騎士の備忘録を記すとしよう。
これは黒鉄一輝の物語だ。
早朝、純黒の刀身を持つ刀を振るう若き剣士の姿があった。手にした
構え、振り下ろす。この単純な動作の繰り返しの中に不気味な違和感が生じる。その正体は熟練の達人がようやく片鱗をつかもうというほどの絶技。人間の踏み込んではならぬ領域に存在する剣技。そんな違和感の正体は彼の背後にあった。
奇妙な違和感、不気味な感覚。普通ではありえないことが起こっているというのに、下手をすれば気づくことができないまま見過ごしてしまう些細な異常事態。
そう、黒鉄一輝の背後。彼の影にすべての答えがあった。ここにきて、迂遠な説明を行なうのは無意味ゆえ簡単に言い表そう。
影が本体の動作より遅れて動いている、という異常にして奇妙な光景。
振り下ろし、構え。その二つの動作が行なわれた直後、思い出したかのように影が追従している。また、彼が足を動かしたら、それに遅れて影が動作する。はたから見れば単なる素振り。しかし、その背後で世にも奇妙な出来事が生じていた。
素振りを始めて三分。黒鉄一輝は己の
朝の運動を終えた後の黒鉄一輝は困惑していた。それもそのはず、留年という不名誉な事情で一人部屋として使っていた寮の一室に目を奪われるほどの美女が何故かいたのだから、しかも半裸で。こんな思いがけぬ事態に遭遇したら、男として取るべき行動は何が正しいのか。
「やぁ、はじめまして。黒鉄一輝って言います。とりあえず、どうして僕の部屋にいるのとか、着替えを見てしまって申し訳ないとか言いたいことは色々とあるけど……とにかく、すごく綺麗な肉体だね」
一輝の選んだ言葉は自己紹介と謝罪、あと褒めの一手だった。昔から女性との交流が少なかったので、どのようなセリフを口にすべきか分からなかったが、とにかくその鍛えられた肉体について言及してみたのだ。思ったことを言い終わってから、一輝はある当然の事に気づいた。
このセリフは、どうあがいてもセクハラにしかならないなぁ。
案の定、燃えるような赤い髪の美少女は次の瞬間に甲高い悲鳴を上げる運びとなった。これが黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオンの出会い、だったような気がする。
「言うまでもないが、この破軍学園は日本に七校しかない国際魔導騎士連盟から認可を受けた学校だ。君たち学生騎士が魔導騎士となるべく切磋琢磨をしている学び舎、
「覗いた、といいますか見てしまったことは否定できませんけど、自分の部屋で女の子が服を脱いでいて、それを目撃した場合も覗きって言うんですか、理事長?」
「そりゃ、そうだろ。相手の合意がなかったんだから」
「ふむ、なるほど。それもそうか」
それには気づかなかった、とでもいいたげに一輝は頷いている。それを真正面から見た現、破軍学園の理事長、新宮寺黒乃はやりにくそうに顔を歪める。以前、彼とハンデありの摸擬戦を終えてから、黒乃は黒鉄一輝を警戒していた。世に多くの猛者や強者あれど、今の世界においてもっとも異常な強さを誇るのは目の前で困ったように笑うこの男だ。
去年、前理事長が黒鉄を実戦科目に参加させなかったことと、生徒からの迫害に対し黒鉄が抵抗しなかったために去年から黒鉄一輝は一度として対人戦闘を行っていない。そして、何より彼は基本的に個人訓練しか行なわず、他の剣術流派と戦ったことがないという。
看板破りといった他流派との試合も行なわず、対人試合を行なわない剣士。以前、前理事長の残した黒鉄のデータを見た黒乃は、そのあまりに低いステータスに同情する前に呆れ返った。努力さえすれば、どうにかなるという話ではなく騎士の道を諦めて他の道を目指すほうが本人のためになる。そんなレベルの
黒鉄一輝、伐刀者ランクF。攻撃力、防御力、魔力制御、運が総じてF。身体能力だけはAという高い評価だが、騎士として肝心要の魔力量はGという史上最低評価。
いわく、かろうじて伐刀者と呼べる程度の魔力量。一般人と大差がない程度にしか、彼は魔力を持っていなかった。これで魔導騎士を目指し、進み続けるというのはあまりにも酷な話。新宮寺黒乃は、その過酷過ぎる茨の道を断念させるため、理事長就任後に最初の仕事として黒鉄一輝との摸擬戦を行った。
相手は最低ランクの学生騎士。しかも対人訓練、戦闘の経験ゼロの素人。侮るわけではないが、客観的に見て負ける目のない戦い。黒乃は我ながら、教育者などと口が裂けてもいえないな、と思いつつ黒鉄一輝にある条件を出し模擬戦に呼びつけた。
そう、負ければ破軍学園を退学するという条件付きの一戦。こんな理不尽な通達を受けた黒鉄一輝は、意外なことに二つ返事で了承した。もう少しごねるかと思っていた黒乃にとっては意外だったが、こんな後味のよくない摸擬戦はさっさと終わらせたいという気持ちが先行して、彼女は了承を得た日の放課後に摸擬戦を行った。
この模擬戦で黒鉄一輝が最初に発した言葉を、黒乃は生涯忘れないだろう。
彼はいつものように退屈そうな声でこう言い放った。
「ごめんなさい、今日はスーパーで卵が特売だから一分以内に終わらせますね」
「……い……せい。……先生?」
いぶかしげな一輝の声に神宮時黒乃はハッと意識を現在に戻す。
目の前にいたのは、相変わらず困ったように笑う一人の学生騎士。彼の実力を正確に測れていないという事実が新宮寺黒乃の頭を悩ませる種となっていたのである。
「それにしても、あの赤い女の子には悪いことしたなぁ。事故とはいえ着替え中を見てしまうとは」
「着替えを見た以外にも、弁解のセリフそのものに問題はあったと思うがね。……ん?なんだ、君は彼女が何者か知らんのか?あの皇女様を?あのステラ・ヴァーミリオンを」
「有名人なんですか?そういうのはあいにくと疎くて」
そういって黒鉄一輝はにこやかに明るくアッハハハ、と声に出して笑う。
理事長室の前の温度が急激に上がったような気がするがおそらく気のせいだろう。ともかく、この落第騎士に一般常識レベルの彼女の素性を伝えねばならない。腕を机に乗せたまま、顔の前で合わせた姿で黒乃は一輝に説明を始めた。
「ヨーロッパの小国、ヴァーミリオン皇国の第二皇女。それがステラ・ヴァーミリオンという少女の肩書きだ。そして、破軍学園に歴代最高成績で入学した主席生という称号付き。彼女の伐刀者ランクは最高のA。」
「はぁ、よくわかりませんが、とにかくすごい人なんですね」
また、この天然男の発言で理事長室内の温度が上がった。黒乃は黙ってエアコンの冷房を付けて、タバコをくわえた。
「そうとも、少なくとも実戦科目に参加できず単位不足で留年をした誰かさんよりはすごいだろう。……まぁ、一般的に見ればな」
黒乃の独白を会話の切れ目と察したのか、理事長室の扉が開かれる。そこにいたのは赤い髪を炎のようにたなびかせたステラ・ヴァーミリオンだった。ステラは怒りに満ちた笑顔をしており、一輝はその理由を正確に理解していない状態。
怒りの理由を察している理事長は、タバコに火をつける。そして、怒りの理由に見当がついていない一輝は急に現れたステラに謝罪を行う。
「ヴァーミリオンさん、そのさっきはすまない。不幸な事故だったとはいえ、君に不愉快な思いをさせてしまったことは事実だ。その自分のできる範囲なら、なんでもするから気の済むようにしていいよ」
その謝罪に対してのステラの返答は実に簡潔、まさにシンプルなものだった。
「そう、随分と潔いのね。うん、それなら、その心意気に免じて。……ハラキリで許してあげる」
「…………えっと、ハラキリ?本気で?」
「冗談でこういうことをいうほど皇族の言葉は軽くないのよ。それに気の済むようにって、言ったじゃない!だったら、黙ってハラキリでもしなさいよ!」
「いやだって、着替え中の下着姿を見たくらいじゃないか?裸を見たならいざ知らず、下着くらいで腹を切れとか言われても」
「下着くらいですってぇ!!嫁入り前の乙女の肌を汚しておいて、それくらいですってぇ!いい度胸じゃない、それなら私がここで一思いにヤってあげるわよ!!」
ステラは片手を天井に向けて吼えた。己の魂の具現化した武装を呼び出すワードを。
「傅きなさい!
現れたのは大剣の形をした
霊装が展開されたと同時に部屋に紅蓮の火の粉が舞った。それを見た一輝は炎を操る能力を持っているのかと心の中でひとりごちる。そんな、常人が見れば恐怖に慄くであろう光景を前にして、黒鉄一輝は平静のまま会話を続けた。
「いや、君があんまりにも綺麗だったから思わず見とれてしまったんだ」
表情を変えないまま、通常のトーンで口にされた言葉を聞いた皇女様は一瞬だけ呆然とした顔をして、次に真っ赤な顔で構えていた霊装の展開を解いてアワアワとし始めた。
「き、綺麗だなんて。下着見たくせに、そんな見え見えのお世辞を言って。ごまかそうなんて、私にはつ、通じないんだから!」
「ごまかそうなんて思ってないんだけどな。あと、そもそも君が僕の部屋で着替えてなければ良かったんじゃないか?」
そこでようやく、彼女はお互いが感じていた齟齬に明確に気づいた。
「僕の部屋?ちょっと、あそこは理事長先生から私の部屋っていわれて…………」
「黒鉄も、ヴァーミリオンも部屋を間違えていないさ。なに、種明かしするとね、二人はルームメイトであり、あの部屋は君たち二人の部屋だったということだ」
「先生、ルームメイトって男女別れてとかじゃありませんでしたっけ。それにルームメイトは同格の者同士でシェアするはずでしたよね。なんで、Aランクのステラさんが落第した僕と同室なんですか?」
「はぁ!?落第生ですって!?」
「うん、恥ずかしながらね。ランクはFだし、持っている異能だって戦闘向きじゃないし。魔力量だって一般人と大差ないくらいだしねぇ」
何が面白いのか、自分の常人より劣っている欠点を笑いながら話す一輝にステラは薄っすらと嫌悪を覚えた。なるほど、才能がないのは仕方がない。けど、それを努力もしないで才能のせいにしようとするように見えた一輝に悪印象を感じたのだ。
「ああ、黒鉄は他の能力値も似たり寄ったりの最低値。一般的に見れば騎士の落伍者。ついた渾名は
理事長という学園のトップからも散々な言いようを受けても、一輝は撤回しようともせず曖昧な表情で笑っていた。
「そして、それが君たちがルームメイトとなった理由だ。黒鉄ほど騎士として劣った者はおらず、ヴァーミリオンほど優れたものもまたしかり。そういうことで君たちはこれよりルームメイトとして寝食をともにしてもらう」
「それって、余りもの同士をくっつけたってことですよね」
「そ、そ、そうよ!それに何か間違いでも起こったら……」
「間違いねぇ、例えばどんな間違いが起こるというのかね?まぁ、どうしてもというなら、それでもいいさ。気に入らないのなら退学でもすればいいのだからな」
その言葉にステラは閉口する。故郷を飛び出してまで訪れた異国で、何も得ることのないまま退学など洒落にならない。
「なら、同室になることは許容します。けど、同室で暮らすに当たって三つ条件があるわ」
その言葉を聞いて、一輝は無言のままステラの次の言葉を待つ。沈黙を肯定と取った彼女は、三つの条件を突きつけた。
「話しかけないこと、目を開けないこと、息しないこと」
軽蔑し切った目つきのまま一息に言った条件は、普通に無理難題であった。そんな不条理な条件をつけられて、なお黒鉄一輝は笑い顔のままだ。
「いや、前二つはともかく息はしないと死んじゃうよ」
「ふん!いい?この条件を満たせるなら部屋の前で生活することを特別に許してあげる」
しかも理不尽極まりない条件を満たしても室内で生活することを許さないようだ。
「では、模擬戦で白黒をつけてみたらどうだ。学生とはいえ君たちも騎士のはしくれ。己の意見、進む道を剣で決めてみたらどうかね?」
「問題を作った張本人が解決案を出すのはどうかと思うけど、うん、それは公平でいいですね」
「ちょっ!?あんた自分がなに言ってるか分かってるの!?進級もできないようなFランク騎士が私に勝てるわけなんてないでしょう」
「そうか、なぁ?勝負はやってみるまでわからないだろ?」
そう言い切った一輝の顔はやはり笑顔で、その笑顔がムカッときたステラは売り言葉に買い言葉。
「いいわ、受けて立とうじゃない。でもね、こんな結果の分かり切った茶番に私を巻き込む以上、あんたにはリスクを負ってもらうわ。そう、負けたほうは勝った者に一生、服従よ!どんな命令にも絶対服従してもらうから!」
そういうわけで模擬戦は訓練場で行なうこととなり、ステラは理事長室を出て行った。残されたのは理事長と落第騎士の二人。
「あーあ、困ったなぁ」
「その困ったは、どういう意味なんだ。黒鉄?」
頬杖をついた黒乃はポツリと一言をもらした一輝に問いかける。
「いや、相手は女の子でしょ。剣が振りにくいなぁって」
「相手は君より遥か格上のAランク騎士だ。そんな甘さを持ったままで勝負になるのか」
「んーー、たぶん頑張れば勝負にはなると思いますよ、たぶん」
たぶん、という単語を二度使用して、いかにも面倒そうに言うと黒鉄一輝は理事長室を出て行く。それを新宮寺黒乃は沈黙して見ていた。彼女は黒鉄のつぶやきに問いかけが出来なかったのだ。頑張れば勝負になる、それが指すのはどちらなのかということを。黒乃はまるで手に負えない危険な存在を慎重に見張るように目を細めタバコを灰皿に押し付けた。
こうして模擬戦を行なう訓練場に二人の騎士が向かい合う。一方はしかめっ面で紅蓮の長髪をたなびかせた皇女、一方はほほえみながら自然体に立っている黒髪の落第生。
集まっているギャラリーたちも、ざわざわと騒々しい。その大半は、ステラ・ヴァーミリオンの才能と生まれに妬みの声を漏らし、落第した黒鉄一輝を哀れむような、同情をするようなふりをして嘲笑う面々が高みの見物としゃれこんでいる。
「警告するわ、勝負を降りられるのは今のうちだけよ。始まってしまえば、手加減なんてしない」
「うーん、まぁ大丈夫さ。これでもちゃんと鍛えてるし」
「……なにそれ、努力をしているから自分は負けないって言うつもり?」
これは、ステラの逆鱗に近いものだった。努力したから自分は勝てる?バカを言え、相手だって努力をしている。自分の夢、願いのために努力を重ねている。けれど、負けた連中は決まってこう言うのだ。
“努力したって才能のある奴には勝てないのか?”
ふざけるな、まるでわたしが、才能を持つ者が努力していないみたいに。才能があっても、それに振り回されないために、十全に使いこなすために努力をしている。才能だけしか見えていない相手に自分は負けたくない。
ステラは一輝を蹂躙することをたった今、決めた。情けなど不要、徹底的に踏み潰す。
「頃合いだな、模擬戦を始める。言うまでもないが模擬戦は互いの体力のみを削る戦いだ。
双方、固有霊装を幻想形態で展開しろ」
その言葉に従い、霊装を出そうとしたとき、一輝は申し訳なさそうに手を上げた。ステラは何事かと疑わしい目で彼を見据える。そんな疑いの視線を受けた一輝の口にしたことはステラを驚愕させる一言だった。
「えっと、すいません。実は今日はもう、固有霊装を出せないくらい魔力が減っているんですけど。霊装以外で戦うのは、ダメですか?」
「…………はぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!!?????」
備考:黒鉄一輝について
魔力量は魔導騎士史上最低のGと測定される。そのため彼の固有霊装、陰鉄は一日で最大、三分間しか展開ができない。また、