落第騎士の備忘録   作:悪事

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始動(指導)編、後編。

修行パートも一段落。次回は楽しい、楽しいショッピング(ショッキング)編。いつになるかは微妙ですが、しばらくしたら投稿すると思います。



九話

 

 破軍学園、新聞部に所属する一年生の少女、日下部加々美は呆然と自分の霊装(デバイス)を構えながら自問する。

 

 “どうしてこうなったのか?”と。

 

 

 

 

 剣技・武術において天賦の才を持つ騎士、黒鉄一輝へ武術の技術指南を頼んだ面々は、いざ訓練場に一輝が現れたところで重要なことを確認し忘れていたと気が付いてしまった。今、にこにこしてる黒鉄一輝は果たして、指導経験とかあるのだろうか?

 

「えっと、一輝センパイって誰かに剣術の指導を受けたとか、教わったりとかしたことあります?」

 

「昔ちょっとだけね。たしか、子供の頃かな。五歳くらいのとき、おじいさんに剣を教えたりしていたよ?」

 

「あら、たしか一輝と珠雫のおじいさんってことは……驚いた、あのサムライ・リョーマに剣の指導を受けてたのね。極東の英雄とまで呼ばれる人に師事していたのなら、強くなるメソッドを知ってても可笑しくないわね」

 

「というか、イッキ。さすがに今の日本語がおかしいのは私でも分かるわよ。“教えたり”、じゃなくて“教わった”が正解じゃないの?」

 

 はて、と一輝は首を傾げる。合わせて周囲の皆も首を傾げるが特に深掘りをせずに、鍛錬のために準備で身体を動かし始めていた。皆から少し離れたところにいた珠雫は、兄と周囲の者たちのかけ違いを理解したうえで、敢えて口を噤むのだった。

 

 

 

 天才肌な人間の多くは、他者への技術指導が不得手というのがお約束だ。まぁ、逆に上達のコツを知るからこそ、人に教えるのが上手いという話もあるにはある。けれど、その例に一輝が当てはまるかは確認してなかった。

 

 加々美は一輝の元へそろそろと近づいてみる。

 

「とりあえず、今日の特訓メニューは?」

 

「……さしあたり、僕がひたすら竹刀で斬りかかり続けるから、それをしばらく受け続けてもらう感じかな?」

 

「アッーーー!超スパルタな気配がしてキターー!?」

 

 一輝の端的な説明から、そこはかとなく昭和熱血スポ根の予感を加々美は感じ取った。ひとまず、THE文化系な自分は黒鉄一輝プレゼンツの剣術ブートキャンプを傍観し、取材に専念しようと心に決める。メモ帳とボールペンを用意し、見学をさせて頂きますと無言のアピールを。

 

「じゃあ、まずは日下部さんから試しにやってみようか」

 

 うそん、マジですか。ステラさん、珠雫ちゃんに、アリス、ちゃん?どっちにしろ、みんなの本気か?という視線が私へブスブスと集中する。

 

「待った待った普通に無理ですっ!!私、非戦闘系ですよ、自分で言うのもなんですが、本当に弱いですし、破軍学園に入学できたのも奇跡みたいなもんですからね!何年、修行しても、私じゃ強くなれませんって!」

 

「そうかな?」

「そうですとも!!!」

 

 我ながら、なんて自信に溢れた自信のなさの表明だろう。

 

「まぁ、最初の試しだし気楽にやってみよう──」

 

 一輝センパイ、実は押しに強いという事実が判明しました。

 

 それを非戦闘系の私に対して発揮しなくてもいいと思うんですけど。

 

 

 周囲の目線と、ニコニコ一輝に追い詰められ、やむを得ず日下部加々美は霊装(デバイス)を顕現させる。華美な飾りのないシンプルな直剣、平凡な数打ちにも似た加々美の魂の具現である固有霊装(デバイス)

 

 一方、一輝は竹刀袋から平凡な竹刀を取り出した。霊装と切り結べるとは思えない市販の何処にでもある竹刀。切れ味は何の期待もできまい。

 

「ちょっとイッキ、またバンブーブレードで戦うつもり?」

 

「竹刀で負けた人がお兄様の判断に、何か物申す気ですか?」

 

「ケンカ売ってる?」

「安いケンカになりそうですね」

 

 どうどう、と二人をたしなめ、一輝は竹刀を軽く振るう。訓練場の床に深々と一条の斬撃痕が刻まれた。

 

「まぁ、霊装の方が便利なところもあるけど、モノを斬るっていうなら、竹刀でもできるから。あと、こっちの方が加減しやすいし」

 

 切っ先も刃も何もない竹刀で、コンクリの床面をどうやって切ったのか、周囲の面々はさらりと行われた絶技にどう反応したものかと、苦笑いで場の空気を濁すのだった。

 

 

 

 さて、予想だにしない訓練参加に加々美は自分のセンスがどれだけないのかの証明、ついでに一輝を驚かせようと魔力を行使する。

 

 肉体に宿る魔力を練り上げ、伐刀絶技(ノーブルアーツ)へと変換。日下部加々美の魔力を扱う過程は、魔力操作に卓越した珠雫のモノと比べれば、非常にお粗末な出来をしていた。不意をいくら突こうと、分かりやすく魔力を練り上げているのを見れば、誰でも伐刀絶技(ノーブルアーツ)を使うのだと察知は可能。

 

「とりゃー!!」

 

 いわずもがな、“魔剣”に対して日下部加々美の不意打ちは不意打ちたりえない。一輝の正面にいた日下部加々美が斬りかかると同時、彼女の背後から“もう一人”の日下部加々美が一輝へと斬りかかった。

 

 当然、一輝は一度目の斬撃を難なく躱し、二度目に放たれた攻撃のとき、二人の日下部加々美の霊装(デバイス)をあっさりと奪い取ってしまったのだ。霊装(デバイス)が手元から消え、“二人の日下部加々美”は顔を見合わせる。

 

 

「すごいな、これは分身の術かい?」

 

「……そんなニンジャチックで格好いいものじゃないですよ、どっちかというと弱っちいのが増えるだけのドッペルゲンガーでしょうね」

 

『はいはい、私の言う通りです。いや、やろうと思えばあと二人くらい増やせるんですけど、そうすると腕力とか脚力が頭数だけ分割されるので二人程度が辛うじて、実戦に使えるレベルです。四人くらいになると、ペンより重いものが持てなくなるんですよ』

 

 ぶっちゃけ弱い、取材の時、一人に別作業をやらせて自分は他の作業をするとかで重宝するけど、実戦となると話が違ってくる。実体を持った鏡像を生み出す伐刀絶技(ノーブルアーツ)、最悪なことにダメージが本体にも伝播するのだ。そして、頭数が増えれば増えるだけ弱くなる。戦闘での使い道が完全にオワタしてる技。

 

 

 肩を落とす、やっぱり鍛錬以前の問題だ。基礎体力も無ければ、格闘技とかも習っていない自分では年単位の特訓をしても、強くなれるイメージが付かない。Aランク騎士やAランク騎士にも勝てるFランク騎士と剣を交えるなんて、妄想でもできるはずが……。

 

「じゃあ、まずは小手調べ。最初はステラくらいの強さを目指してみよう」

 

 目指すところ高すぎます、と少女は声なく天を仰いだ。

 

 ステラもまさか自分を引き合いに出し、簡単そうに非戦闘系の少女を自分と同じくらいに強くすると言われ、頭に血が上りかける。だが、一輝がごく自然に言い放ったため、その大言が本当に実現するものかと文句を胸にしまいこんだ。

 

 

 

 ズレた眼鏡を直し、加々美は一輝に一応、霊装だけは構えておく。なお、ホントに構えているだけだ、反応できるかどうかは別問題。それを準備ができたのだと捉えた一輝は、正眼の構えを少女に向ける。

 

「じゃあ、十分くらい僕が斬りかかるから、とりあえず受けてみて」

 

「十分どころか、一分も持たないと思いますけど……」

 

「さすがに考えなしのチャンバラをする気はないさ、ちゃんと“工夫”して打ち込むから、十分くらいで問題ない、よっと」

 

 竹刀がゆるりと振られた。遅すぎる竹刀を霊装で受け止め、あれ?

 

 なぜか足に妙な重さが圧し掛かった。両足に同じ重さの透明な鉄球でも装着したみたいな感覚。ありえないはずの感覚は、竹刀が離れた瞬間には喪失していた。気のせい?それともセンパイの伐刀絶技(ノーブルアーツ)

 

 

 よくわからないけど、次の竹刀の打ち込みが来ている。慌てて受け止めると、腰、肩、肘の三か所に引っ張られたような違和感が発生した。その違和感を払おうと腕を動かしたら、偶然にも竹刀を弾くことができた。とか思っていたら、もう次の攻撃が来ている。流れるまま、竹刀を迎え撃って──。

 

 

 世界から色彩が消失した。

 

 視界が灰色に染まり、目に映る万象がゆっくりと動いている。異常はそれだけで終わらない。目の前にいる一輝センパイの肉体から様々な情報が目に飛び込んでくる。筋線維の動きから、体幹と重心、それを直感的に理解してしまった。

 

 色の消えた森羅万象。鈍化する時間感覚。透き通る人体摂理。

 

 私は成長と呼べるものとは隔絶した覚醒の中で、ふと考えてしまう。

 

 もしかしたら、ステラさんにも勝てるかも……という淡い期待を。

 

 

 

 

 周囲の者たちは、日下部加々美の異常すぎる成長、否、現在進行形で起こっている進化に絶句する。たった数分間、竹刀の打ち込みへの対処。それがもたらした特異な成長速度。黒鉄珠雫を除いた周囲の観客たち、ステラやアリスたちは恐怖と共に魅せられていた。

 

 たった数分前まで戦闘の素人だった少女が自由自在に行使する多様な武の極致と、それを軽々と引き出すFランクの落第生(ワースト)に。

 

 

 

 “天才”。

 

 無才の騎士、黒鉄一輝を知った者は皆、戦慄のうちにその言葉を囁く。

 

 

 

「はい、十分たったよ~」

 

「……はれ?え、“もう十分”たったんですか!?」

 

 私は一輝センパイに言われた制限時間の終わりが信じられない余り、すぐさま聞き返した。

 

「そうだけど、そんな立てない重病人が立ち上がった時みたいに驚かなくても」

 

 さっきから竹刀を受けたり、弾いたりするので必死だったから、よく分からないが、体感だと一分くらいしか動いてないような気がする。不思議なくらい疲れが無いのだ。あと、なんか身体がすっきり動きやすい?なんだろう、腕の可動域や筋線維の柔軟性が特訓前と明らかに違う、気がする?

 

 なんでだろう?

 

 

 

「第二の魔剣の応用ですね……」

 

「知ってるの、シズク!?」

 

 離れたとこから、ステラちゃんがやたらと良いリアクションをしていたので、聞き耳を立てる。これはスクープの予感だ。なお、そのスクープのド真ん中にいた自分自身は、なにがなんだか分からないので珠雫ちゃんの解説を参考にしよう。

 

 

「お兄様の二番目の魔剣、“劣化の太刀打ち”。打ち合った相手の剣技や戦闘に対する勘、思考を著しく劣化させる技。これを受けた者は、長年培った技術の多くを喪失してしまう。技術殺しの魔剣です」

 

「あら、でも日下部ちゃんは珠雫の話と違って、剣技に磨きが……というか、それ以上の何かが掛かっているみたいだけど?」

 

「だから、応用といったでしょう」

 

 珠雫ちゃんの説明に私とアリスちゃんはようやく事の本質を理解する。

 

「──ああ、なるほど」

 

「ちょっとアリス、なるほどってシズクの分かりにくい説明から何が分かったのよ」

 

「簡単な話よ、相手の技術を下手にするなら、その逆も然りってことじゃないかしら」

 

 アリスちゃんの説明を聞いて、なおステラちゃんは納得のいってない顔をする。難しそうな顔で腕を組むと、胸がすっごい強調されてしまい、男子たちの目線が吸い寄せられる。すすっと、自然にステラちゃんの前へと行き、アリスは“分かりにくい”と言われた珠雫ちゃんを元気づけていた。

 

 まぁ、色々と混乱しちゃったが、何はともあれ何事もなく特訓は終わったということでいいのかなぁ?

 

 

「よし、じゃあ試しにステラと日下部さんで模擬試合をしてみようか」

 

 前言撤回、終わったどころか始まる前でした。

 

 いや、それよりも私が終わった。

 

 

 

 

 

 

「傅きなさい、妃竜の罪剣(レーヴァテイン)!」

 

 騎士の武装、魂の具現たる霊装(デバイス)が呼び出される。赤い髪、戦うために鍛えられ美という概念にまで昇華したような肉体、全身から覇気や威圧感として放出されている圧倒的魔力。セミプロ程度なら、力押しで屈服させる小細工の通じる域から外れた暴威の存在、Aランク騎士。

 

 そんな雲の上、月とすっぽん以上の立ち位置にいるステラさんを真正面にして、私はガタガタと震えていた。全身を震わせ、身を縮こまらせている加々美を見て、アリスは。

 

「あらやだ、ライオンの前にチワワがいるようにしか見えないわ」

 

 すごい的確な形容をしてくれた。

 

 

 震えている私、臨戦態勢のステラちゃんを挟んで、のほほんと笑っている一輝センパイが、片手を上げる。

 

「それじゃあ、二人とも準備は良いかな?」

 

「はいっ!心の準備がまだです!」

 

「じゃあ、行くよー」

 

 一輝は加々美の泣き言を微笑みで流し、ステラを見つめる。紅蓮の乙女は魔剣の眼差しを受けて静かに頷いた。相対する少女騎士たちの間に立つ、青年は軽やかに上げていた手を鋭く下ろし合図とする。

 

「いざ尋常に、はじめっ!」

 

 

 

 まず、前提条件を整理しよう。

 

 ステラ・ヴァーミリオンはAランク騎士である。圧倒的な魔力量、研鑽を積み獲得した皇室剣技と卓越した魔術。莫大な魔力を身体能力の強化に回し、人並外れた剛力と高機動を実現させる。言うなれば、燃料無限の高火力高機動戦車といったところか。攻め、守り、魔術、あらゆる要素が高い次元でバランスよく纏まった彼女の弱点と呼べるものは存在しない。

 

 たとえ、Fランクの黒鉄一輝に敗北を喫していようとこの前提条件は覆らない。

 

 はずなのだ。

 

 

 岩盤を砕き、クレーターを空ける威力のステラの剛剣がするりするりと受け流される。それどころか、合間合間に反撃の剣を受け、着々とステラは細かな傷を増やしていく。だが、それは時間の問題でしかない。傷が増えるにつれ、ステラの動きは精彩を欠き、やがては致命傷に繋がる隙を作ることが予想された。

 

 ステラは愕然と目の前の騎士を睨みつける。これが数分前まで非戦闘系とのたまっていた騎士の動きか?冗談ではない、ヴァーミリオン皇国の剣術指南でも、これほどの技術巧者は数少ない。が、何よりも腹立たしいのは……。

 

「自分で!自分のした事に驚いてんじゃないわよっ!!」

 

「そ、そんなこと言われても~~」

 

 怪力から成る剣戟を難なく受け流し、ステラへ攻撃を入れるたび加々美は自分がしたことを見て、“ありえない!?”と言いたげな表情をし続けていた。加えて、ステラを翻弄する特殊な歩法。加々美が飛び込んできたタイミング、間違いなく仕留めたと確信を持ってもステラの振り下ろしや薙ぎ払いは狐につままれたように空ぶってしまう。

 

 

 五度も、六度も同じことが続けばイヤでも分かる。“残像”だ。

 

 “蜃気楼”めいた残像を生み出し、日下部加々美はステラの攻撃を全て回避し続けていた。歩き方、あるいは視線誘導か。どちらかは分からないが、特殊な技巧を用いることで日下部加々美はステラ・ヴァーミリオンを易々と翻弄している。為すすべもなく翻弄されていると自覚するからこそ、紅蓮の皇女は憤りを感じていた。幻想形態ゆえ流血こそないが、蓄積された痛みは現実のもの。

 

 “いたぶるみたいに、ざくざくざくざくと!こっちが弱り切るまで勝負に出ないつもり?シズクよりも性格悪いんじゃない!?”

 

 

 

 ステラより悪女認定をされている日下部加々美は、表情こそポーカーフェイスを維持していたが内心では泣きに入っていた。ちなみにポーカーフェイスでいるのは、単に表情を変えるだけの余裕が無いからだ。

 

 “これ、どうしたらいいんですかぁ!?”

 

 

 ステラの攻撃を避け、すれ違いざまになぞるようにステラを切り裂く。“とどめ”を刺す好機を逃し、加々美は慌てながらも無意識に身体を動かし続ける。止まれば、ステラの攻撃の的になるという恐怖が戦闘における余分な思考を刈り取って、奇しくも達人が語る“無念無想”の境地に彼女は達していた。

 

 避ける、躱す、受け流し、攻撃から逃げる。その繰り返しにとうとう、ステラがキレた。ちくちくと切り傷を増やし続け、一向にとどめを刺しに来ない加々美に焦れたステラは、全身に鎧として纏う魔力を攻めに回した。

 

 

 魔力を練り上げ、現実を塗り替える魔術を剣に込める。ステラの誇る炎の伐刀絶技(ノーブルアーツ)妃竜の息吹(ドラゴンブレス)。今こそ、万物を焼き払う魔術が形を得る。何もステラは近距離戦だけの騎士ではない。

 

 最高値の魔力を持つ彼女にとって、魔術戦もまた彼女の土俵(フィールド)

 

 剣の届かない距離から圧倒的な魔力量に物を言わせた飽和攻撃で圧倒する!

 

 

 ステラは敗北感を噛みしめる。先ほどまで素人同然だった、非戦闘系の騎士に手も足も出ないまま翻弄され、あげく敵の剣域から逃げるように、魔術戦に追い込まれた。屈辱、無念、それを踏まえ、ステラは魔力を練り上げ、灼焔の魔術を撃ち放つ。

 

「喰らい尽くせ、妃竜の大顎(ドラゴンファング)!!」

 

 

 切っ先から放たれる竜の形を取った灼熱業火。獲物をその(アギト)で噛み燃やすまで、追尾し続けるステラの伐刀絶技(ノーブルアーツ)。一旦、回避しても追いかけ続ける竜炎を前に、日下部加々美は気が付くと──。

 

 

 ステラの懐に潜り込んでいた。

 

 

 新聞記者を目指す日下部加々美の性質を鑑み、一輝が抜き足を彼女用に改良、変形させた特殊歩法、忍び足。“意識の空白を縫う”のではなく、“意識の空白を生みだす”魔技。

 

 魔力制御、魔術の構築。意識を日下部加々美から離したのはほんの一瞬。

 

 魔剣の薫陶を受けた彼女には、その一瞬で充分だった。

 

 

 

 隙だらけの総身をさらすステラ。眉間、眼球、首、喉、心臓、胴体。この場面、どこを攻撃するのが正解なのか、日下部加々美には判断できない。単純に戦闘経験に乏しいのと“向いていないのだ”。ゆえ、無意識に刻まれた魔剣の絶技がなんとなくで刃を首に通そうとする。

 

 加々美の霊装(デバイス)がステラの首を斬り捨てようとしたとき、びたりと身体が硬直した。

 

 “いやいや、そんなことしたら痛いって絶対に”。

 

 

 日下部加々美は破軍学園新聞部部員である。非戦闘員であることを自認し、戦闘の才覚は間違いなく皆無である。何よりも彼女は騎士に向いていなかった。戦いの中で相手の痛みに共感してしまう甘さ。戦闘の中で喜悦を感じることのできない真っ当な感性。

 

 先ほどもステラを仕留める機会は二十三回ほどあった。それを見逃し、ちっぽけな切り傷を創るにとどまったのは、とどめを刺すのは“痛そう”だと思ったから。戦闘者として論外、落第に能う精神的欠陥。

 

 

 肉体と技術(ハード)の性能がいくら上がろうと、それを制御、運用する精神と感性(ソフト)がそれに追いつかなければ何の意味もない。

 

 

 

 ステラの目の前で硬直した日下部加々美は構えた武器を見てから、困惑と“どうしようか”とでも言いたそうな曖昧な笑みで眼前のステラに微笑みかける。悔しさと屈辱に歯噛みしたステラは、斬ってくれといわんばかりに隙をさらす日下部加々美を幻想形態の霊装(デバイス)で両断した。

 

 

 

 ────決着。

 

 ステラの足元には気絶した加々美が倒れ伏している。この模擬戦の勝敗を見て、一輝は心底、不思議な顔で悩みだした。

 

「あれ?なんで日下部さんが負けちゃったのかな、ステラに勝てるくらいには技を刻んだはずなんだけど……おかしいな?」

 

 うんうんと首を傾げる一輝を遠巻きに周囲の生徒たちは蒼褪めていた。“技を刻む?”、“文化系の素人をAランク騎士に勝てるくらい強くする?”、“軽く竹刀で斬り合ってただけなのに、どうしてそうなった?”、意味不明意味不明意味不明。

 

 多くの者らは恐怖と共に理解を得る。

 

 “黒鉄一輝”は自分たちの尺度では理解しきれない存在だ。

 

 

 

 釈然としない勝利、納得のできない白星。ステラは己の敗北を認めていた、だというのに、気が付けば勝っている。なんという屈辱、許しがたい戦績。だが、此処で気絶した日下部加々美ともう一戦しても結果は変わらないだろうと見当を付ける。

 

 だからこそ、ステラは拭いきれない怒りが最高潮に達していた。

 

「イッキ!次はアンタの番よっ!今度こそ霊装(デバイス)で私と戦いなさい!前みたいにバンブーブレードで戦おうとしたら、承知しないんだから!」

 

「日下部さんから、どうにか勝ちを拾えた程度の実力でお兄様と戦うつもりですか、お可愛いこと──」

 

 勝ち負けはこの際、考慮に値しない。今はただ、この払拭できなかったフラストレーションを思う存分に吐き出したいのだ。一輝は荒ぶるステラを見て、逃げられそうにないことは察しを付けた。明らかにノリ気ではないが、黒鉄一輝は試合の舞台に上がってきた。気絶した加々美をアリスに預け、紅炎を纏う。

 

 

 損耗した魔力も全体量からすれば微々たるもの。連戦にあたって、ちくちくと切り刻まれた体のあちこちが痛いが戦闘に支障は、今のところない。

 

「さぁ……勝負よっ、イッキ!!」

 

「まぁ、約束したからにはちゃんと鍛錬に付き合おうかな」

 

 ステラと比すれば、圧倒的に小さな魔力が流動する。

 

 ステラの魔力の動きを竜の息吹とするなら、一輝のそれは蝶の羽ばたきだ。

 

 

 されど、人の世と運命を変えるに竜の咆哮は必ずしも必要ではない。

 

 蝶の羽ばたきが巡り巡って巨大な災いとなることもあり得るのだ。

 

「起きろ、隕鉄」

 

 

 漆黒の液体が虚空より現れた。世界を侵食するように広がっていた液状のナニカは、ゆっくりとゆっくりと鋭角なカタチを取り始める。

 

 魔剣が最適解となる形状を模し始めた。

 

 日本刀大の大きさから、さらに大きく、大きく変貌。

 

 

 鋭い切っ先、乱杭歯状の鋸刃、斧を想起させる分厚い刃、柄尻の付近に存在する缶切り状とフック状のスパイク。それは剣というにはあまりに大きすぎた。大きく、分厚く、重く、荒々しい暴力の形をしていた。

 

 単一武装の中に様々な武装を取り入れられた異形の大剣。

 

 竜殺剣が具現する。

 

 

 それは魔剣がなんとなく対ステラのために構築した武装の最適解。一輝はステラを通して巨大な竜の息遣いを幻視した。そのイメージから生態構造上の弱点と殺害手順を逆算。巨大な竜が実在すると仮定して、その巨竜を屠るのに必要な剣の理論値を直感で算出する。

 

 鋭い剃刀のような切っ先は竜の神経をえぐり切るため。

 

 乱杭歯状の鋸刃は、竜の強靭な骨格を切断するため。

 

 斧を想起させる分厚い刃は筋肉を叩き斬るため。

 

 柄尻の付近の缶切り状とフック状のスパイクは竜の鱗を剥がし、歯牙を引き抜くために。全長、4メートルもの長大な剣の形をした兵器が姿を現す。無意識下の伐刀絶技(ノーブルアーツ)の始動。それにゆえに黒鉄一輝は、デバイスが日本刀の形から逸脱した理由を“自分自身”ですら知ることはない。

 

 

「おや、これはなんだろう?」

 

 巨大で無骨な禍々しい漆黒の大剣を持ち、一輝は首を傾げる。しかし、それ以上に不可解に思ったのは相手であるステラや周囲の観衆たちだった。

 

「ちょっ、なによその霊装(デバイス)……イッキのは確か、黒い日本刀のはずじゃ」

 

「あ~、使い慣れてるのはそっちなんだけど。なんか、たまに形が変わっちゃうんだ。もっとちゃんと伐刀絶技(ノーブルアーツ)を使えてれば良かったのに」

 

「イッキの伐刀絶技(ノーブルアーツ)?」

 

 ステラの疑問に一輝は頷きを一つ返し、困った顔で笑った。

 

「うん、僕の伐刀絶技(ノーブルアーツ)、“隕鉄改メ”。能力はたぶん、武器の形状を変化させる、ものだと思う。戦闘に向いてないし燃費が悪いダメダメ能力さ」

 

「え、たぶんって……」

 

「僕もよくわかってないんだよねぇ、自分の伐刀絶技(ノーブルアーツ)のこと」

 

 

 あはは、と笑う。笑う黒鉄一輝の姿を見てステラは理解する。

 

 

 強者の尺度は弱者には測り切れないのだ、と。

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ派手にやろうか」

 

 蹂躙が始まった。猫と恐竜、石ころと惑星、三輪車と超大型重機。圧倒的な攻撃力を完全に技巧の制御下において振り回される暴虐の剣技。ステラの剣技、魔術、小細工は真っ向から圧し潰され、Aランクの強者は規格外の強者が為す真の蹂躙を目撃する。

 

 

 一輝の行った一分九秒ほどの特訓はステラ・ヴァーミリオンの気絶と破軍学園、第一訓練場の倒壊によって幕を閉じた。

 

 




備考:黒鉄一輝について

 実は霊装(デバイス)は魔力量の制約で、限定的な運用を余儀なくされている。

 黒鉄一輝の固有霊装(デバイス)の本当の名称は“黒夜隕鉄”、である。

 能力は不明、というより一輝自身が把握しようとしない。

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
  • 連載
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