落第騎士の備忘録   作:悪事

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 ショッピングモール編、後半。
 そりゃ、物語でいう最終章クラスの怪物が出撃するわけですから、山も谷もオチもなく。あっさりと終わります。

 なお、今作でもっとも信用してはならない語り手は黒鉄一輝。




十一話

 

 破軍学園からもっとも近いショッピングモールは休日ということもあってか、大勢の人たちでごった返している。四人はショッピングモールに到着すると、目当ての映画館ではなくアリスの勧めでフードコートに立ち寄っていた。

 

 映画の上映時間まで余裕があったことも理由の一つだが、最大の理由はそこのクレープがおすすめというアリスの話にステラ、珠雫が乗っかったことにある。

 

「ん~~~、このクレープすっごい美味しい!」

 

 アリスの勧めた店のクレープを口にしたステラは、声音だけではなく表情までもがとろけたものになっている。同じくクレープを小さな唇でカプカプと少しずつかじりついている珠雫もこれには同意見を示していた。

 

「確かにクレープなんて無駄に高いだけの軟弱な食べ物と思っていましたが、これは美味しいですね」

 

 にこにことクレープを頬張る華のかんばせをした珠雫の呟きに、一輝はクレープをかじりながら想像を膨らませた。

 

「ふ~む、強固な食べ物ってなんだろう?岩塩?」

 

「あらあら、食べ物っていうより調味料系ね」

 

「食べるラー油なんてのがあると昔、友人から聞いたことがあるけどなぁ」

 

「えっ!日本人ってラー油食べるの!?」

 

 信じられない、と言いたそうな表情でクレープを大きくパクリとステラは食べ進めていく。驚愕するステラを不愉快そうに見つめる珠雫の瞳が剣呑になり始めたところで、アリスが満面の笑みで会話の路線を元に戻しにかかった。

 

「せっかく甘いものを食べているんだから、スイーツの話をしましょうよ。此処のクレープのクリームは絶品だけど、アイス関係なら三階にある店の方がお勧めなの。次はそっちに行ってみるのもよくないかしら?」

 

「色々と詳しいのね、なんだか女子力で負けてるみたいで悔しいけど、すっごい助かるわ」

 

「……美味しいお菓子と可愛い服の事ならアリスに聞けば間違いありません。ステラさんも入り用のときは彼女を頼ればよいかと」

 

「さすがに皇女さまにおすすめできそうな服の売ってる店は分からないけど、スイーツ関係なら任せて頂戴な」

 

 一輝は三人の仲睦まじいやり取りを蚊帳の外から安穏に傍観する。女子特有の会話に交ざれないというのもあるが、生来、味覚が鈍いため甘いとか辛いの区別がよく分からないのだ。自然、甘さがどうのとか美味しいという意味を理解できない。

 

 食事も毎回、違うようにして周囲に合わせてこそいるが、必要な分の栄養素が取れていれば、何を口に入れてもあんまり変わらないのである。

 

 

 でも、妹があんなにも喜んでいるんだし、甘味とはきっと良いものなんだろう──。

 

 

 

 などと感慨に浸っていると珠雫が頬にクリームを付けているではないか。せっかく化粧をして、おめかしをしているのにこれではもったいないというもの。一輝はポケットからハンカチを取り出す。

 

「珠雫、ちょっといいかい?」

 

「なんでしょう?お兄様──」

 

 珠雫の唇の横についていたクリームをハンカチで拭き取る。さっと、珠雫の肌を撫でるくらいの力加減で。

 

「よし、これで綺麗になった、よ?」

 

 見る見るうちに珠雫の顔が朱に染まり、赤面した彼女は素早くアリスの背後に隠れてしまった。怒らせてしまったろうかと心配にもなったが、それより珠雫の子供のころからの癖が変わっていないことがどうにも微笑ましい。

 

「珠雫ってば、そんなに打たれ弱くて大丈夫?攻めっ気だけじゃなくて、受けも上手くならないとね?」

 

「うう、うるさい!いきなりだったからちょっとびっくりしただけよ!ちゃんと前もって覚悟と心の準備ができてれば──」

 

 友達の前でするには不心得だったかな~、と反省しハンカチをしまおうとすると、珠雫はあわわと僕のハンカチを手に取った。破けないよう咄嗟に手を離したが、この安物のハンカチが欲しいんだろうか?

 

「お、お兄様、このハンカチは必ず洗濯してお返ししますから!」

 

「え、大丈夫だよ。クリームがちょっとついてるだけだし、内側に折りたためば……」

 

「一輝、此処は珠雫の気持ちを汲んであげないと。いくら、お兄さんとはいえ、珠雫の、女の子の口元に触れたハンカチを持っているのはまずいでしょう?」

 

「なるほど、そういうものか」

 

 珠雫は僕のハンカチを大事そうに握り、口元を隠すように抱えていた。珠雫の様子を温かな目で見つめていると、一輝の袖がくいくいと引っ張られる。

 

 振り向いた先にはクレープを頭部に叩きつけられたのではないかと思うほど、顔にクリームを付けたステラがいたのだ。どういう食べ方をしたんだろうと、一輝は真剣にステラの顔を眺めている。

 

「どうしたのよイッキ?私の顔に何か付いてる?」

 

「えっ……」

 

 一輝は自分の見間違いだろうかと思って、珠雫とアリスの方を振り返る。二人は揃って首を横に振った。どうやら、二人にも同じものが見えているらしい。

 

「そうだね、盛大にクリームがついている、ような」

 

「あらそう。だったら、私にも珠雫にしたみたいに、クリームを拭いてもいい────」

 

「ハンカチの持ち合わせがもうないから、お店の方で(ぞう)……タオル借りてくるね」

 

 さすがに雑巾は女の子の顔を拭くには適さないと判断、タオルを借りてくるのに方針を変更すると一輝はすたこらと店員の方へ行ってしまった。

 

「ステラさん、ひょっとしなくても貴方、阿呆(あほう)なんですか?」

 

「不器用ねぇ。でも新しいアプローチよ、わたしは嫌いじゃないわ」

 

「……うっさいうっさい!別に下心なんてないわよ、ホントに手が滑って顔に付いただけなんだからねぇ!!」

 

 

 

 

 食事を終えた一行は上映時間も迫っていることもあり、映画のチケットを買いに移動する。その途中で一輝は少し気になる者を見かけ、足を止めた。

 

「ごめん、ちょっと先に行っててくれ。すぐに追いつくから」

 

「なによ、もうすぐ上映時間よ?」

 

「あら、それなら私もご一緒しようかしら。ちょうど、お手洗いに行きたかったし」

 

「分かりました、それでは後ほど」

 

 珠雫はステラと共に映画館へ移動。

 

 アリスはトイレに行くのか、なら途中までは一緒に行くべきだ。

 

 その方が安全だし、守りやすい。

 

「うふふ♪やっと二人っきりになれたわね」

 

「うん?そうだね、ステラと珠雫がいないわけだし」

 

 一輝としては現状の確認という意図で話したわけだが、肩をすくめたアリスの態度を視るに真意は違う所にあったっぽい。むぅ、こういうときは自分の察しの悪さが疎ましいものだ。

 

「前々から、珠雫に一輝の話を色々と聞いていたのよ。こうやって、二人だけでじっくり話す機会って、早々ないでしょう?」

 

「そういう意味だったのか、ごめんよ。察しが遅くて」

 

「不器用なのね、珠雫とそっくり。それにステラちゃんともね?」

 

「僕と、珠雫やステラが?…………うん、似ていれば良かったんだけど」

 

 寂しそうに陰る一輝の表情を見て、アリスは珠雫の言っていた黒鉄一輝という人物像が薄っすらと形になってきた気がした。珠雫の語る思い出の中の一輝は、とても強くて素敵で、どこまでも哀しい人だと聞かされてはいた。

 

 そして、今日、実際の等身大の一輝と語るうちにアリスは違和感と危機感を覚える。何かが違う、ナニカが異なる、此処にいるはずなのに、彼が何処にもいない。

 

 初めの頃はつらい境遇にあって、それを単身で覆そうとする彼を悲嘆と苦難に適応してしまった人だと考えていた。でも、黒鉄一輝を見るとそれは違うと断言出来た。底なしの虚無と自らへの無関心、傷や欠損なんて生易しいものではなく、生まれながらに喪失したがための心の奈落。

 

 

 悼むように表情を曇らせるアリスに一輝は首を傾げた。

 

「ねぇ、一輝?あなたには、つらいときにつらいって、幸せな時に幸せだって、語り合うことのできる人はいる?」

 

「どうしたんだい、いきなりそんな話をして?」

 

 ただ、そんな人は自分にいたろうかと一輝は静かに考え始める。考え続け、思い悩み、どうしても該当しそうな人が思い浮かびそうにない一輝の様子を見て、アリスは励ますような微笑を魔剣へ贈る。

 

「いつか、貴方が心の全てを打ち明けられる運命の人に出会えることを、友人として心から願っているわ」

 

 アリスの話に耳を傾け、しばし忘我の余韻を感じていると、一輝は不意にアッと気が付いた。しかし、状況的に対応は手遅れになったのを理解し、ため息を零す。

 

「しまった……」

 

「あれ、どうかしたの?」

 

「いや、大したことではないんだが、どうやら銃を持った人がそれを撃ちそうなんだ。はてさて、どうしよう?」

 

 問いかけるのに合わせる形で平穏のうちにあったショッピングモールに、何らかの爆発音とガラスや壁面の壊れる音が鳴り響く。銃火と悲鳴が反響する中、一輝は今日見るはずだった映画の上映は無くなりそうだと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 テロリストがショッピングモールを占拠し、破壊と暴虐の限りを尽くすのをアリスと一輝は、柱の影から観察していた。ちゃぽん、と平面に波紋が生じ、“影”の中から一輝が顔を出す。一輝はしきりに水中のように影へ潜り込んでいる現状に驚き、感心し、無垢な憧憬で瞳を輝かせていた。

 

 アリスは黒のダガーナイフの形状を取った自身の霊装(デバイス)を持ち、茶目っ気を込めウィンクをしてみせた。

 

「中々、素敵な能力でしょ?私の黒き隠者(ダークネスハーミット)の力は?」

 

「すごい、影に潜り込める、いや影を操る能力……無敵じゃないか」

 

「いや、そんな持ち上げないでね。影の有る無しでやれることが制限されるし、照明がつきっぱなしで、障害物がない試合だと良いとこが無い使いづらい能力なの」

 

 アリスはそう謙遜していたが、影という偏在する事象へ触れ干渉できる事が僕にとっては驚愕と戦慄に値した。アリスは僕の第七の魔剣と似たようなことを素で出来るというのだから、つくづく僕の剣技なんて大したものではないことを痛感してしまう。

 

 落ち込むのは後回しだ。

 

 優先すべきなのは……。

 

「彼らは一体、何者なんだ。もしや、このショッピングモールに恨みでも」

 

解放軍(リベリオン)……」

 

 一輝はアリスの呟きに目を剥く。

 

 りべりおん、ってなんだろう?

 

 

「一輝も知っていると思うけど、彼らは伐刀者(ブレイザー)を『選ばれた新人類』とし、それ以外を『下等人類』と位置づけて支配する思想の集団。全ては彼らにとって都合の良い楽園を作るため、世界各地で活動する利己的なテロリストよ」

 

 そっか、はじめて聞いた、と言える雰囲気ではなさそうなので、分かっている風に頷いて、アリスと話を合わせる。

 

「世界各国で話題のテロリストがこんなご近所で出てくるなんてね……」

 

 どうしてアリスが一目で彼らを断定したのかは疑問だが、そんなに有名なら一目見ても分かる何かが彼らにはあるんだろう。となると、このショッピングモールはテロリストさんに占拠されたということ。

 

 僕は電子生徒手帳のアドレスから緊急連絡用の番号へ連絡を取る。ディスプレイが自動でカメラ通話となり、画面では見慣れた我らが破軍学園理事長、新宮寺黒乃先生の姿が。

 

『──事態は把握している、そちらの用件もな』

 

「話が早くて助かります、それじゃあ……」

 

『うむ、“ステラ・ヴァーミリオン”、“黒鉄珠雫”、“有栖院凪”の敷地外能力の使用許可を承認する』

 

 よし、と意気込んでから、“あれ?”と訝しむ。

 

「先生、僕は?」

 

『お前、霊装(デバイス)を展開できるだけの魔力はあるのか?』

 

 言われてから僕は手のひらを開けて、閉じてを繰り返す。そういえば、朝に三分ほど霊装(デバイス)を振っているから、もう魔力は空っぽだった。

 

 黒乃先生の冷たい視線を躱し、僕は近くのホームセンターで使えそうなものを物色する。アリスも霊装(デバイス)を構えたまま、周囲を警戒してくれている。ありがたいことだ。

 

『こちらが掴んでいる状況は聞くか?』

 

『ん、大丈夫ですかね。よく見たら銃を持ってるだけで技量は学生レベルくらいですから。珠雫だけでも対処できそうです。そうなると僕たちは後詰めくらいの役割しかなさそうです』

 

 一輝は手近にあったロープの先端を輪っか状にして、カウボーイの持ってるような投げ縄もどきを作った。アリスも一輝が何をするのか、と興味津々に覗き込んでいる。二人の男子生徒が逃げも隠れもしない様子をみて、煙草をくわえた黒乃は一応、社交辞令と釘を刺す意味で助言をした。

 

『……はぁ、分かってると思うが一般人の安全が最優先だ。慎重に事に当たれ、無茶をするなよ。いいか、無茶をするなよ』

 

 

 それだけ言うと電子生徒手帳はぶつりと切れた。生徒手帳をしまった一輝は長大なロープを肩にかける。

 

「アリス、四階まで行けるかな?」

 

「あら、人質が集められているのは一階だけど?」

 

「吹き抜けになってる四階から一階を狙えそうなんだ。銃を持ってる人たちは珠雫に任せるとして、僕たちは伐刀者(ブレイザー)をどうにかしよう」

 

 一輝は平然とテロリストをあっさり制圧できそうなことを言っている。それは此処にはいない珠雫や自分への信頼だろうとアリスは捉えた。

 

「ええ、お任せあれ」

 

 影を渡り、尋常ではない手段で四階へ到達したアリスと一輝は、眼下の一階で人質を守ろうとステラがテロリストと対峙している光景を目の当たりにする。近くには子供、その母らしき女性の姿。察するに子供がテロリストに暴力を振るわれ、少年の母とステラが止めに入ったというところだと思う。

 

 まぁ、外れていてもどうでもいいが。

 

 思わせぶりに、銃を持った男の後ろから黒地に金色の刺繍をした外套の男が現れる。周囲のテロリストたちの反応を視るに、リーダー格と考えて間違いあるまい。

 

 一輝は肩にかけていたロープを下ろし、先端の輪っかが付いた部分をくるくると回し始める。テロリストたちはステラというとてつもなく目を惹く存在に注目していて、四階の端役なんて気にも留めていなかった。

 

「……なにをするの?」

 

「一本釣り?」

 

 

 

 

 

 一階では人質として大勢の客たちが集められ、周囲をテロリストたちにぐるりと囲まれている状態だった。その中で珠雫は誰にも、そう隣に座るステラにも気付かれぬほどの迷彩で魔術を行使していた。

 

 魔力を水に変換し、虚空に水を生み出す水遣いの基礎中の基礎。

 

 周囲を取り囲むテロリストたちは誰一人、気づかなかったろう。彼らが持つ全ての銃の弾丸の炸薬が全て水に浸かり、知らぬ間に使用不能になっていることなど。

 

 とはいえ、銃以外にもナイフや武器を持っているのは明らか。次は彼らの肺に気づかれぬよう水を発生させ、溺れさせようとしていたところで思わぬアクシデントが発生する。

 

 

『お母さんをいじめるなぁーーーーっ!!』

 

 突如、人質の小学生くらいの少年が銃を持った解放軍(リベリオン)の構成員へ襲い掛かったのだ。彼は手にしていたアイスクリームを唯一の武器として投げつける。少年はこの場の誰より勇敢だった。誰よりも勇気の意味を知らずに勇気を振り絞ったのだ。

 

 そこからはあれよあれよという間に、事態が進行してしまった。

 

 撃てない銃をこれ見よがしに突きつけるテロリスト、無謀な真似をした少年を守ろうとする母親。そんな少年と母、お腹の子の三人を守ろうと名乗りをあげたステラ。

 

 全てがどうでもよくなって、上を見上げると四階の付近で何かを回している兄の姿が珠雫の目に映った。

 

 茶番は此処まで、そろそろ幕引きの時間だ。

 

 

 

 ビショウと名乗る解放軍(リベリオン)伐刀者(ブレイザー)は嗜虐心を込めた笑みでステラに微笑むと、少年とその母親に銃を向けた。

 

「ちょっと、人質には手を出さないって話でしょ!」

 

「そいつぁ、大人しくしていればの話でさぁ。このガキは罪を犯した。分別の付かねぇガキのイタズラと笑えてれば、みんな幸せだったんですがね。こういう荒事稼業は舐められたら、しめぇなんです。ああ、つまり……罪には罰を、罰には許しを。こいつが俺のモットーでしてねぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇ!?!!?」

 

 

 

 絶叫だけを残し、男がいなくなった。

 

 ビショウという男は絶叫を虚空に木霊させ、一瞬で姿を消した。この世界から刹那の内に消えてしまったような、あるいは最初からビショウなんて男は此処にいなかったような。テロリストの集団はリーダー格であるビショウが姿を消したことに狼狽えている。

 

 

 そして、狼狽する彼らの心情を無視する形で、一人の魔剣が降って現れた。

 

 四階からビショウというテロリストを釣り上げた一輝は、一本のモップを片手に一階の人質たちがいる場所へ降り立つ。上でアリスがテロリストの親玉、ビショウを見ているが、引っ張り上げた際にかかった強烈なGでブラックアウトしているため、問題はないだろう。

 

 

 となると今は──。

 

「撃て撃てぇぇ!!」

 

「ちっくしょう!なんで撃てないんだよ!」

 

弾詰まり(ジャム)か!ちがう、銃口から水が!?」

 

「なんで水が!」

 

「何が起こってるんだよぉぉぉ!!」

 

 カチカチカチ、と撃てない銃の引き金を一生懸命に引く彼らを見て、一輝は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。彼らも彼らなりに準備とか練習とかをして頑張っていたのに、こうして横やりをいれてしまうなんて。

 

 可哀想なことをした。まぁ、相手が犯罪者で一般人を怪我させているのだから、倫理的には問題ないんだけど。これは一輝からすれば気分の問題だった。

 

 黒鉄一輝にとっては、残酷なまでに全てが平等なのだ。

 

 善も悪も、女性も男性も、一般人もテロリストも。その例外といえるのは、お爺さんと自分の血縁である黒鉄の家の者のみ。

 

「えい」

 

 一輝がモップを振って、近くにいたテロリストを小突く。モップで叩かれたテロリストは十五回転くらいして壁に激突した。次は誰にしようかと思っていると、テロリストの大半が喉を押さえ、苦しそうにガボガボともがいている。

 

 珠雫の伐刀絶技(ノーブルアーツ)か。

 

 周囲を見回す。辺りは呆然と倒れたテロリストたちを見つめている人質たちと、死にはしていないテロリストたち。店舗は破損しているが死亡者はゼロ。負傷は何人かいるが、命に別状はなし。

 

 新宮寺先生の言いつけは守ったといえるのではなかろうか。

 

「うん、無茶はしてない。ヨシッ!」

 

 一輝は満足げに頷くと、手に持っていた縄で黙々とテロリストを拘束し始めた。人質だった人らがようやく状況を呑み込み始めたのか、肩を組んで喜んだりしている。

 

 ただ、その光景は一輝にとって関係のないものなので、特に見ようともせず珠雫たちの元へ急ぐ。珠雫たちのいるところには、既にアリスも来ていて、一件落着を喜んでいる様子だった。

 

 珠雫はしみじみとした口調でこの事件の感想を述べた。

 

「あの子がいなければ、もっと楽に片付いたでしょうね」

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ!あの子は誰よりも勇敢に」

 

「そうですね。ステラさんがいなければ、誰よりも勇敢に、誰よりも先に死んでいたでしょう」

 

 “勇気の意味さえ知ることなく”。珠雫の言葉は幸いなことに、ステラたち以外に聞かれることはなかった。周囲の喜びの喧騒に混ざり、薄れて消えゆく。それでも、ステラだけは聞き届けていた。あの勇気を、家族のために無謀でも力ある者へ抗おうとした幼い意思を軽んじる発言。

 

 高潔なステラ・ヴァーミリオンがその言葉を聞き流せるはずもなく……。

 

 手を振りかぶり、平手打ちを珠雫へしようとした時、悲鳴が上がる。助けられた人質の中からテロリストの仲間と思われる男がナイフを近くにいた女性の喉元に付きつけて、立ち上がった。

 

「動くなぁぁ!!」

 

「──あ、諦めなかったんだ」

 

 一輝は見逃していた最後のテロリストの人のあがきをみて、気の毒に思った。そこは既に自分の間合いだし、珠雫の腕なら喉を裂かれようと治癒は可能。

 

 彼はあがく以前から詰んでいたのだ。

 

 あと、何より”見えざる一手”があるため、万が一に自分たちがしくじっても、この状況を覆されることはない。

 

「ガキども、動くんじゃねぇ!動けばコイツの喉を掻っ捌く!」

 

 できるのかな?

 

 いや、呑気なことを考えている場合ではない。“彼”が手を貸さないなら、僕がこの人を始末する必要が出てくる。

 

「お兄様、どうしましょう?」

 

「うーん、どうしようか?」

 

「どうするも何もないでしょ!人質の安全のために下手なことは──」

 

 

『いや、その必要はない』

 

 突如、どこからともなく声が響くと、何もない空間から矢が放たれる。人質をとっていたテロリストの男は幻想形態の矢を受けて崩れ落ちた。ステラは突然のことに動揺を隠せない。しかし、一輝は最初から知っていた。アリスの手引きで移動した四階から一階を俯瞰した際、なんとなく勘で“友人”が姿を隠していることに。

 

「フフフ、やれやれだね。結局、手を貸す羽目になってしまった。他人の手柄を横取りするようでイヤだったんだけどねぇ」

 

 景色が剥がれ落ち、その向こうの空間から一人の青年が現れる。アリスは目を見開いた。気配を索敵する技能に突出したアリスが、気づくことさえできなかったのだ。それに一輝は驚きもしなかった。それが彼の能力適性だと知るがために。

 

「ありがとう。助かったよ、桐原くん」

 

「ああ、久しぶりだね。黒鉄一輝くん?お礼なんて要らないさ。弱者を助けるのは強者の義務だからね」

 

 急に姿を見せた彼は悪態を口にし、(あざけ)りに染まった目をしている。

 

 ふむ、機嫌が悪いようだ。

 

「君、まだ学校にいたんだ」

 

 一輝は困ったように笑い、ステラは苛立ちに歯噛みし、珠雫は殺意をたぎらせた。アリスが珠雫をたしなめてくれるおかげで、僕は友人を失わずに済みそうだ。そして、姿を現した桐原くんの元へ七名ほどの女性たちが駆け寄っていく。

 

「よしよし、不甲斐ない後輩のせいで怖い思いをさせてしまったね。でももう大丈夫だよ」

 

 着飾った女生徒たちにもてはやされている桐原を見て、ステラと珠雫は不愉快そうに目線を切った。口は悪いが一応、桐原くんは良い人なんだ。

 

 

 だって、一人ぼっちの僕と最後まで“遊んでくれた”のは彼だけなんだから。

 

「しっかしまぁ、黒鉄君。君はまだその惨めったらしい力で騎士道を歩むつもりかい?」

 

「アンタ……いい加減にしなさいよ!!」

 

「むっ、ステラ?どうして怒っているんだい?」

 

「むしろ、なんでイッキは何も言わないのよ!これだけ好き放題言われてるのに。いい、アンタなんかよりイッキの方がずっと強いんだから!それにイッキは私に勝った騎士なの、その騎士道を虚仮にされて黙ってるなんてできないわ!」

 

「ハッハハハハ!!これは傑作だ」

 

「なにが、おかしいのよ……」

 

「これが笑わずにいられるもんか。そこの“落第騎士”が僕より強いだって?おいおい、黒鉄くんは自分のことを随分、格好よく話してくれたみたいだ。ちゃんと教えてあげないとダメじゃないか。君がかつて、僕と戦うのが怖くて逃げだした卑怯者だってことをさぁ?」

 

「嘘よ、そんなのありえるはずが」

 

「ホントだよー」

 

 がくり、と気勢を削がれたステラは一輝の顔を見る。彼は常のニコニコとした顔をしていた。というよりも。

 

「なんで、こんなヤツから逃げ出してんのよ!」

 

「いやぁ、それが単位が足りなくて、決闘しようにも舞台に上がれなかったんだよねぇ」

 

 ステラは一輝の首元を掴み込んで、がくがくと揺さぶっている。そんな喜劇みたいなことをするステラたちに桐原は挑発をかける。

 

「こんなヤツ、なんて失礼だなぁ。ならさ、ヴァーミリオン君。僕と一つ賭けをしないか?」

 

「……賭け?」

 

 桐原静矢は自分の電子生徒手帳を取り出し、画面をステラたちに見せる。画面には選抜戦第一試合の組み合わせ(カード)が明らかになっていた。

 

 二年、桐原静矢の対戦相手の名は、一年、黒鉄一輝。

 

「……一年、黒鉄一輝だと一が二つあって違和感があるよね?」

 

「今言うことじゃないでしょ!」

 

「とにかく、黒鉄君の一戦目の相手は去年の七星剣武祭代表であるボクが務める。僕たちはもう戦うことが決定付けられているんだよ。だから、ヴァーミリオン君のいう通り、ボクが負ければ、これまでの非礼と侮辱、全てに謝罪をしてあげるよ。ただし、ボクが勝ったら、そうだな~。ヴァーミリオン君、ボクのガールフレンドになってよ」

 

「上等!その賭け、望むところじゃない!」

 

「…………あれ?僕の意見は?」

 

 一輝は自分抜きで話されている賭けの内容に首を傾げた。どうしよう、よくわかんないうちに話が進んでしまっている。

 

 しかも、この桐原君との賭け。

 勝っても負けても僕に得が無い様な気がするのはなんでだろう?

 

「話は決まったね」

 

「決まったのか」(よくわかってない)

 

 

「じゃあ、黒鉄君。次は決戦の舞台で。ああ、わかってると思うけど、君の粗末な力で僕の前に現れるというなら相応の覚悟をしてきたまえ。何しろ、選抜戦は幻想形態で遊ぶ模擬戦なんかと違う“実戦”なんだから!」

 

 桐原くんは高笑いをしながら、女性たちを引き連れて行ってしまった。彼の不遜な態度には、ステラ、珠雫、アリスの三名が揃って悪い印象を抱いたほどだ。

 

「顔は良いけど、性格があそこまで捻じれているとダメね!」

 

「…………やな感じです」

 

「アタシもちょっとああいうタイプは好みじゃないわぁ~」

 

 思い思いに桐原静矢への印象を語ったステラたちは一輝へ向き直る。

 

「あんなのイッキなら楽勝でしょ?なんたって、イッキは私に勝った──」

 

「どうだろう、僕の勝ち目なんて万に一つでもあるかどうか……」

 

 一輝の弱気な発言を聞いて、ステラは表情を凍り付かせた。

 

「……待って、あのキリハラって人。そこまでの実力者なの?」

 

「そうだよ。彼は昨年度の首席にして、七星剣武祭の出場者だ」

 

 ステラは、“聞いてないわよ”と言いたげに絶句している。アリスも流石に心配そうな表情になり、珠雫はいつも通り無表情を保っている。

 

 

 三人に分かりやすいよう “自分から見た”桐原静矢という騎士について──。

 

 黒鉄一輝は畏怖と憧憬を込め、かの凄まじき騎士の異能と戦い方を朗々と語った。

 

“それは隠密と秘匿の究極を掴みし騎士である”

 

“それは光学的に認識することはおろか、匂いや気配さえ絶った完璧なステルスを自在とする”

 

“それは敵対者に知覚されぬまま戦局を優勢に進め、静寂の中で勝利を狩り取る”

 

“それは策謀と計略を張り巡らし、彼方より必中の一矢を放つ不可視の弓兵である”

 

 

 最後に一輝は万感の思いを込め、語りをこう締めくくった。

 

狩人(かりゅうど)狩人の森(エリア・インビジブル)桐原静矢(きりはらしずや)

 

 




 備考:黒鉄一輝について

 基本的に一輝が語る他の騎士の評価は、自己を凄まじく卑下し、相手を過大に評価するものばかりである。一輝の語る評価、期待は、他の騎士にとって呪いに等しい。あれだけ強い黒鉄一輝が“己”を買ってくれたんだ、それに応えなくて何のための騎士の才能だ、と。


 この呪いは無邪気であり、無垢であるがゆえに、誰一人として逃れることが出来ない。全ては諦念と絶望に染め上げられる。

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
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