落第騎士の備忘録   作:悪事

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 一巻の佳境。本作の話の進め方としてラスボスである黒鉄一輝を主軸に、その章における主人公キャラが立ち向かうハートフルボッコストーリーを目指していきます。

 あと、続きは明日には書き終えるので、ちょいお待ちを。


十二話

 

 ふらふらとおぼつかない足取りをした青年が路地裏に入っていく。立ち寄る、迷い込むといった風情ではなく、まるで恐怖に追い立てられて逃げ込むように。青年は路地裏の外壁にもたれかかり端正な顔立ちを歪めて膝を突き胃の中身を路地裏へぶちまけた。

 

 何度も嘔吐し、やがて血反吐しか戻せるものが無くなったところで、青年の呼吸が落ち着く。彼の傍にいた少女たちは、心配そうな目や涙ぐむ眼差しで先ほどまで嘔吐していた桐原静矢を介抱する。

 

 桐原静矢の今の姿からは勇ましさや猛々しさはなく恐れと嘆きに支配された、騎士とは思えない有様だった。だが、それでも少女たちは桐原の傍を離れようとしない。ただ一心に彼を案じていた。

 

「桐原くん…」「静矢さん──」「桐原様……」

 

「皆、ごめん……大丈夫だ、僕は大丈夫だから……頼む、一人にしてくれないか」

 

 小刻みに揺れる足、芯から崩れてしまった身体捌き、素人から見ても何らかの重篤な症状の表れを看て取れる。しかし、少女たちは敬愛する青年の言葉を信じて、彼を一人にすることを選んだ。離れようとしながらも、何度も振り返る少女たちに作り笑いを浮かべて桐原静矢はガールフレンドたちを見送った。

 

 

 そして、一人になった途端、彼は血の混ざった胃液を路地裏で吐き、そのまま膝を突いた。

 

 汚れることも、無様な姿でいることも気にしない。

 

 今はただ、恐怖だけを忘れたかった。

 

 

 “魔剣、黒鉄一輝”。

 

 昨年度、多くの騎士の心を無自覚に折り続けた最強の剣士。去年、多くの生徒たちの間で噂になったある事実。あの天下の名門、黒鉄家の落ちこぼれが破軍に合格したと。魔力のランクは記録史上、最低値のGランク。悪い意味で前代未聞。ありえないほど少ない魔力量と使い物にならない伐刀絶技(ノーブルアーツ)、加えて温厚で穏やか過ぎる性格の男。

 

 これだけ目立つ要素があれば、黒鉄一輝という青年が悪目立ちするのも無理はない。桐原も始め、そのあまりに騎士としての才能に見放された彼を憐れんで、話しかけてやったことがある。桐原の皮肉や揶揄混じりの会話、それを一輝は嬉しそうに、真剣に聞いていた。やがて、実習授業が始まると一輝は、能力値の不足ということから授業への欠席が目立つようになる。

 

 多くの者らは気づいていた。一輝の冷遇は、教師が直々に行っている差別(イジメ)なのだと。つまはじきを受けた一輝は仕方なしに、竹刀の素振りを一人でしていた。黙々と、特別な感慨や悲しみもなく。

 

 

 それを見て、多くの同級生の一輝を見る目は二極化した。すなわち、一輝を落ちこぼれと嘲笑するものと、騎士になる努力だけはひたむきにこなしていると認めるものの二つに。

 

 無論、どちらも一輝がか弱く、騎士として脆弱と思い込んでの認識。

 

 一人で素振りをする一輝へ、その両者が関わろうとするのはある種、自然な事だった。嘲笑する者たちは一輝を公然といじめるため。一輝の努力を認める者たちは、そのいじめを抑えようとするため。

 

 

 一輝の鍛錬に様々な考えを持った生徒が加わる。

 

 周りに人が増えていき、鍛錬は教導に変わっていく。

 

 

 そして、覚めない悪夢(ユメ)は始まった。

 

 

 教えるという名目で一輝に絡んだ多くの者たちが、一輝の規格外さを思い知らされる。強さの天井も、底も知ることのできない魔人の領域。嘲笑をしようとした多くの者たちが絶望と失意の涙を噛みしめる。一輝を守ろうと動いた者たちは、自分たちの浅薄な思考を笑い、絶望する。

 

 騎士として大成を願う多くの生徒が黒鉄一輝という憧憬(ユメ)を追う。

 

 やがて、夢破れた者たちは続々と諦めていく。

 

 

 

 誓ってもいいが、一輝は欠片たりと悪意を持っていなかった。

 

 それどころか、嘲笑し、斬りかかった生徒たち、一輝のことを(おもんばか)る生徒たちに一切の区別なく、平等に一輝は丁寧な指導を行った。悪しきと言えるのはただ一つ、黒鉄一輝は邪悪なまでに自分の強さに対して無自覚だったことに尽きる。

 

 こき下ろし、罵倒し、あざけったはずの一輝が丁寧に自分たちを強くする。軽く、一輝の指導を受けた者たちは残酷なまでにあっさりと、お手軽に強さを手にした。

 

 一人あたり、三分から十分。一輝の指導剣技は相手の才能の底と核心を容易く掴み、技術と異能を昇華させた。真の地獄はそこからだった。強くなった実感、授業で実技教師を務める伐刀者(ブレイザー)を相手取って勝ち越した幾多の白星。

 

 

 

 でも、勝てない。

 

 勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない。

 

 負けて、負けて、負けて、負けて、負け続ける。

 

 

 魔剣は無敗を貫き続けた。平然と、いとも簡単に一輝は勝ってしまう。強くなったはずなのに、落ちこぼれと教師が必死に唱えている黒鉄一輝に勝てない。いいや、それどころか、どれほどの差があるのかすら、彼らには分からなかった。

 

 一人、二人、と鍛錬に顔を出さなくなる者が増えていく。

 

 鍛錬から一日、身を置いたという現実。それが悪夢を結実させた。

 

 

 第二の魔剣、“劣化の太刀打ち”。

 

 敵対者の技術を腐らせ、劣化させる二番目の魔剣。これの応用によって、多くの者たちはお手頃に、容易に、簡単に、強さを与えられた。だが、そんな付け焼刃が都合よく定着するはずもない。たった一日、鍛錬から離れるだけで、一輝が施した付け焼刃の“強さ”、すなわち鍍金(メッキ)が剥がれ落ちる。

 

 多くの者たちが絶望の下、狂気を帯びた悲鳴を上げた。

 

 一輝の指導剣技により彼らは自分の至る極点を既に知ってしまった。ゆえに、劣化した(元通りの)堕落した(あるがままの)腐った(戻った)現在の己の強さが認められない。違う、こんな無様な技術、戦い方、強さは自分じゃない、自分はもっと強いんだ、こんな弱いのが自分だなんてアリエナイ。

 

 劣化する。強さも、意思も、願いも、夢も。

 

 

 身勝手に他者の強さに無自覚に、相手の心を考慮しないまま“強さだけ”を与えた結果がこれだ。全て、総て、凡そ、悉くが劣化する。七星剣武祭への参加が認められた者がいた、目標とする上級生に勝利した者がいた、アマチュア騎士の大会に優勝した者がいた。一輝に憧れる者、憎悪する者がいた。

 

 

 みんな、いなくなった。

 

 

 

 多くの者たちが去った。背を向けた。自分の可能性を見放した

 

『ごめん、桐原。俺たちはもう付き合いきれない……』

『ごめんなさい、桐原君……ごめんなさい』

『無理だって、なぁ、お前はどうして──』

『届かないって分かり切ってるのに──』

『無意味だろう、なんで──』

 

 うるさい、それ以上言うな。負け犬の鳴き声なんて聞きたくもない。頼むから黙ってくれよ。僕はお前たちなんかとは違うんだ。だって、僕は──

 

“諦めないんだ?”

 

 

 悪夢(ユメ)(いま)だ覚めない。

 

 

 

 

 

 

 七星剣武祭の出場枠を巡る選抜戦が始まった。六人の選ばれた伐刀者(ブレイザー)が手にする七星剣武祭参加の栄誉。それを手にしようと破軍学園の生徒たちは思い思いに選抜戦に挑戦する。

 

 

 試合を控えている一輝は先日、行われた珠雫とステラの試合を思い返し、深々とため息を吐いていた。

 

「やっぱり、ステラや珠雫の能力は映えるなぁ」

 

「……イッキ、それ皮肉じゃないわよね?」

 

「失礼な。れっきとした本音だよ」

 

 何故か一輝の控室にいるステラは、唐突に呟かれた憧憬の言葉に苦い表情を取っていた。確かに珠雫は初戦で相性の悪い雷使いを破り、ステラは超高熱の焔を纏い上級生を一歩も動かさずして降参させた。友人のアリスもひっそりと勝ち星を掴んでおり、三人は第一戦を勝ち抜いたことになる。

 

 

 だが、賞賛を受けたステラと珠雫は未だに一輝から一勝もしていない。

 

 此処で一輝から憧憬を口にされても、ステラは素直に喜びにくいのだろう。

 

 

 会話が気まずくなる前に、ステラは控室に来た本当の目的を果たすことにした。

 

「イッキ、実際のところ、どうなの?」

 

「……どうって?」

 

「決まってるじゃない。あのキリハラってヤツを相手にして、ちゃんと勝算はあるんでしょうね?」

 

「まぁ、あるといえばあるし、ないといえばないかと」

 

「具体的に言ってみなさい、怒らないから」

 

「それは怒る前振りになっちゃうよ……まぁ、一~三割くらいは」

 

「何よ、その低い勝算!!もっと上げなさい!!!」

 

 中々に無茶を言う皇女殿下を宥め、一輝は困り顔で頭を掻いた。

 

「そうはいっても、気配や匂い、音、姿を完全に秘匿する桐原くんの“狩人の森(エリアインビジブル)”は難攻不落だ。術者の発生させる情報を完全に遮断する、究極のステルス迷彩といってもいいだろう」

 

 ステラは不機嫌そうに去年の桐原の試合動画の内容を想起する。

 

「やっぱり、あの男の戦い方はどうにも好かないわ」

 

 桐原が姿を消したまま、戸惑う相手を一方的に撃ち続ける。対戦相手は抵抗もままならず、血を流し、決着となる。当時の観客、そしてステラも感じたことだが、これは試合ではない。もっと一方的で、安全が担保された狩りなのだと。

 

「でも、理にはかなってる。いや、透明になる能力って敵に回すとおっかないね」

 

「また、そんなのほほんと…。でも、キリハラって狩人なんて二つ名で呼ばれてるんでしょ?学園だと何番目くらいに強いのかしら」

 

「うーん、どうだろう。そういう真っ向からの強さは桐原くんの領分じゃないんだよね」

 

「えっ?」

 

「実は桐原くんって、狩人の森(エリアインビジブル)を破れる相手とは戦いたがらないんだ。ほら、広範囲の攻撃なら、ステルスをしてもお構いなしだろう?だから、桐原くんはリング全体を攻撃範囲とする相手とは戦わない」

 

 ステラも桐原との対戦を想像して、真っ先にやるのが範囲攻撃による焼き出しだと考えると、なるほどと一輝の言葉に頷いた。

 

「いくら透明になっても、リング全体を攻撃されたらどうにもならないってことね」

 

「うん、だからステラとか珠雫みたいな広範囲を攻撃する騎士と彼は戦わずして棄権を選ぶ。戦士というよりも戦術家というべきかな。それで付いた二つ名が“狩人(かりゅうど)”」

 

「名前負けしてるんじゃない?まったく、狩人なんてもったいない呼び名ね。自分が勝てそうな相手には力を振るって、負けそうなら逃げ出す。ただの臆病者よ」

 

 憤るステラの酷評を聞いても、一輝の表情は険しいままだ。

 

「どうだろう?確かに逃げられない戦いというものはあるけど、絶対に勝てない戦いに無策で挑むのはただの愚行だよ。もしも、今のステラがプロ級の騎士と本気で殺し合うとなったら、逃げ出すのが最善手じゃないか?」

 

「それは……」

 

「僕だって一般的な騎士くらいならどうにか倒せるけど、プロ級ともなると勝ち目はない。相手の強さを見極めたうえで戦場に立つか、離れるかを選べるのも強さの一つさ」

 

「……納得したくない」

 

「できない、って言われなくて僕は安心してるよ」

 

 ぶすっと頬を膨らませたステラの表情は、彼女の本音を雄弁に物語っている。自分より強い相手に無条件で逃げ出すなんてしないと言いたいが、彼女も立場と責任ある一国の皇女。自分が軽々に命を投げ出せないことを理解している。ゆえに、たとえ死んだって逃げない、という軽率な発言が出てこなかったのだ。

 

 不機嫌そうなステラを前に、一輝はある懸念を提示した。

 

「桐原くんは戦士ではなく狩人だ。勝ち目のない戦いには、狩りにならない戦場には出てこない。だけど、それは逆に言えば、桐原くんが戦場に立っている時点で勝利への道筋が既に構築されているということだ。彼と向かい合うことになったら、その道筋をどう覆すかという種類の戦闘になると思う……」

 

 真剣な表情で目を尖らせた一輝に、ステラは心配そうに眉を顰める。

 

 だが、対戦は今日、これより行われるのだ。今、ステラがするべきなのは、此処で心配そうな顔をすることではないと自分を戒め、勝気な笑みで握った拳を一輝に向ける。

 

「大丈夫よ。イッキなら、あんなヤツ一捻りなんだから。それに、アタシを負かした以上、情けない試合をしたら許さないわよっ!!」

 

 そう言って、控室を後にしたステラを見送って、一輝は鋭い眼差しを壁に掛けてある時計に向けた。脳裏をよぎる嫌な予感、此処に来て気づいてしまった自分の失策。そう、今日の対戦を行う前にしなくてはならないことを黒鉄一輝は怠っていた。

 

 

 まずい、このままでは大変なことになる……。

 

「困った……明日が提出期限の宿題、すっかり忘れてた。帰ってから、急いでやれば間に合うかな?」

 

 

 

 

 

 

 帰宅後に徹夜するかもしれない事実にげんなりしながら、一輝は選抜戦に出るため、控室の近くにある電子端末、それを操作して出場の手続きを始めていた。 

 

 機械音声が選抜戦の説明をしてくれる。

 

 

『選抜戦は七星剣武祭と同様の実戦形式で行われる一対一の決闘方式が採用されています。制限時間は無制限。ギブアップは可能ですが、実戦形式のため幻想形態は使用されません。そのため場合によっては命の危険が──』

 

 ポチッ。

 

 説明が長い。

 

 途中で聞き切るのを諦め、“はい”というボタンを押した。“はい”、“いいえ”の二つがあるが、出場の是非を問う選択で“はい”を選んで、出場できなくなるはずもないだろうし、電子音声の説明を切り上げる。

 

 試合前に少しでも宿題を進めておかないと──。

 

 

「アッハハハ!!即決、ってか、そりゃ拙速ってもんじゃねぇ?」

 

「?」

 

 カラカラと楽し気な声で一輝の後ろにいた少女が秋波を送ってきた。おや、と思い振り返ると、そこには着物の少女、少女?

 

 小柄な女の人だと思う。桜柄の白い着物と鮮やかな紅の羽織、艶やかな黒髪と大きな可愛らしいリボン。制服じゃないということは、生徒ではないのだろうが、はたして誰なのか?

 

「えっと、初めまして、黒鉄一輝です」

 

「知ってる」

 

 知ってるのか。でも、僕は彼女のことを何も知らないのである。分かることと言えば、ちょっと前から僕の後ろに回っていたことくらいで。

 

「はぁ、それで貴女の名前は?」

 

 着物の女性が目をぱちくりと瞬かせる。

 

「え~、うちの名前を知らねぇっての?」

 

「いや、だって」

 

 今、会ったばかりの人の名前をどう知ればいいというのか……。

 

「──あぁ、そういうことね。確かに名乗りってのは大事だよなぁ?どうも、有名になってから見ず知らずのヤツが一方的に、こっちの名前を知ってるつう状況ばっかで名乗られてから名乗り返すって普通が無くなっちまってさ」

 

 “いやー、まいったまいった”、けらけらと愉快そうに笑った着物の女性は、こちらのよくわからない間に納得したらしい。いや、名前が分からないから聞いただけのはずが、どうしてこうなったのだろう?

 

 いいや、そもそも──。

 

 ……今年度に入ってから、やたらとこんなことが起こってる気が。

 

「うちは西京寧音、KOKリーグの選手で“夜叉姫”とか呼ばれたりしてる美少女で、プロ伐刀者(ブレイザー)でーす☆」

 

 プロという単語を聞いて、一輝は驚きで後ずさりした。

 

 まさか、学生同士の決闘にプロクラスの人が関わるなんて!?

 

 同時、慌てたために隙の発生した一輝の懐へ入り込もうと抜き足の歩法を西京寧音が行おうとしたタイミング。彼女の背後を取ったスーツ姿の美女が首根っこを掴み取る。

 

「貴様、試合を控えたうちの生徒に何をしている?」

 

 聞きなれたドスの入った声。背後をあっさり取られた西京寧音は、スーツの美女、新宮寺黒乃を見て、獰猛に口角を上げた。

 

「ははっ、やめてよ、くーちゃん。いきなり、人の後ろに立つのはさぁ。うっかりで、もし殺しちゃったら、バカバカしさのあまり笑い死んじゃうだろ?」

 

「誰が貴様如きに殺されるものか、バカ者。それで、解説の職務を放って此処で何をしている?」

 

「え~、だって気になんだろ?あのジジイを負かしたって天才くんの事ともなるとさ?てか、思わず口を出しちった。聞いてよ、くーちゃん。この少年、決闘の説明を最後まで聞かねぇで出場するって決めたんだぜ?幻想形態に慣れてるヤツほど、傷つけんのも、傷つけられんのもイヤってのが多いんだけど、なんと話を最後まで聞かないで出場するって、マジかよ。やべーわ、アッハハハ!!」

 

 理事長がじとりと、視線を投げてくる。いやだって、七星剣武祭で優勝しないと卒業できないんだし、優勝すると決めている以上、出場する、しないで迷うなんて、余裕は僕にはないことをご理解いただきたい。

 

「ちぇ~、仕方ねぇ、真面目に解説でもしてくっか。ちょうど、次は少年の試合だし、くーちゃんのお気に入りを見られたし…」

 

「なっ、お気に入りとはなんだっ、お前のような歩く公然猥褻罪と一緒にするな!」

 

「へいへーい。あ、そうだ。ひとつ、忘れてた」

 

 くるり、と西京寧音が身を翻すと、黒真珠のような瞳に一輝が映り込む。

 

「なぁ、ジジイを負かした六番目の魔剣とやら、ちょいと見せてくれよ?」

 

 武術の技巧と肉体の性能に物を言わせた高速挙動。絶大な魔力操作による身体強化に加え、卓越した武術の人体運用法が、刹那に黒鉄一輝と西京寧音の相対距離を埋める。鉄扇を手にし、黒鉄一輝の首元に重力で編まれた黒刀を突きつけようと寧音が動いたとき、“時間でも止まっていた”かのように破軍学園理事長、新宮寺黒乃はいつの間にか一輝の前に立ち、重力使いの額へ拳銃型の霊装(デバイス)を突き付けていた。

 

 にらみ合う両者、ぽかんとした表情で首を傾げている一輝。

 

 やがて、観念した西京寧音は鉄扇を消して、肩をすくめる。

 

「ちぇ、せっかく噂の“零時迷子”が拝めると思ったのにな~」

 

「行くぞ、寧音。一応、コイツは試合を控えた身だ。集中を乱された程度で負けるはずもないが、仮にも教師が率先して生徒の邪魔をするな」

 

「あいよー、じゃっ黒坊。栄えある第一試合、楽しみにしてんぜー」

 

 

 

 

 

 夜叉姫、西京寧音はこうして嵐のように現れ、いつの間にか去っていた。理事長も同様に撤収し、青年は一人となる。静かになった控え室で黒鉄一輝はごくりと喉を鳴らし、先ほど“人生で初めて”遭遇したプロの騎士のことを思い返す。

 

 

 “恐ろしい”、魔剣は此処、数年で味わったことのない畏怖を抱いていた。

 

 魔剣、黒鉄一輝は敵の実力や才能の底を瞬時、あるいは十数秒ほどで測り終えることができる。しかし、そんな一輝の密やかな特技への自信は此処で崩されていた。困惑と混乱の渦中に陥り、冷や汗を垂らした一輝は改めてプロという騎士のレベルの高さに舌を巻く。

 

 “あの西京とかいう人は実力の半分も気取らせなかった”。

 

 一輝の見立てでは、彼女の実力は“一般的な”ものの範疇を脱しないだろう。あれくらいなら、以前のお爺さんとの決闘であしらった覚えがある。言うなれば、その程度。しかし、プロというからには、もっと凄まじい“ナニカ”があるはずと、全力であの女性の強さの底、隠された実力を測ろうとした。けれど、全力で視ても何も感知できない。

 

 どれだけ集中しても、秘められた才能と実力の片鱗さえ感じ取れなかった。

 

 世界は広い。あらためて学生レベルとプロの世界を生きる騎士のレベルの違いを痛感し、僕は参った、という気持ちのまま笑うことしかできなかった。

 

 

「あれが…………プロの伐刀者(ブレイザー)っ」

 

 

 

 




 備考:黒鉄一輝について

 実は、対峙した相手の完全な対処法と完封するための技巧を感覚で構築する異形の才覚を持つ。一輝と戦った多くの者たち、亡くなる間際の黒鉄龍馬でさえ勘違いしていたが、黒鉄一輝の最も恐るべき能力とは剣の才覚ではなく、相手に適した対処法を確立する思考速度にある。

 つまり、魔剣は全ての敵対者にとって最大最悪の天敵であり、これから逃れるには戦いという条件から逃れるより道はない。

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
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