落第騎士の備忘録   作:悪事

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 即興魔剣・落翼【序】

 四巻に相当するお話。その序章です。
 特に話は動きません。

 Q.そういえば、消えた二巻、三巻、どこに行った?
 A.勘のいい読者はきらいだよ。



十四話

 

 ──思えば、遠くに来たものだ。

 

 

 破軍学園の選抜戦を何事もなく終え、決まった七星剣武祭への参加。ああ、色んな事があったような。特に印象深い事柄が脳裏に浮かんでは消える。

 

 一回戦での桐原くんとの対決。

 

 確か、女で……先輩の人と僕が初めて弟子とし手ずから剣理を刻んだ蔵人くんの学外での対決。

 

 生徒会長さんとの対戦時によく分からないことを言いながら親戚の……何さんだっけ?まぁ、突然の乱入。

 

 脈絡も何もない、急なお父さんの入院。

 

 ほにゃらら委員会の人らが僕を捕まえに来た際は、納得できなかったんでちょっと乱暴してしまったこともあったっけ。巻き込んでしまった理事長せんせいと西京さんには悪いことをした。

 

 

 だが、こう思い返すとどれもいい思い出である。

 

 

 

 

 

 本番に向けた強化合宿後、帰りのバスにて。退屈な余り、ここまでの道のりを思い返しながら破軍学園へ着くのを待っていると、ルームメイトであるステラが、疲れた顔で隣の席に戻ってきた。

 

「た、ただいま……」

 

「おかえり、ステラ。どうやら、おつかれみたいだ」

 

 視たところ疲労よりも、メンタル的な不調の方が今は大きいかもしれない。

 

 七星剣武祭に備えての合宿中、僕が選抜戦で最後に戦った生徒会長の……生徒会長の……生徒会長で眼鏡をかけた女の人との模擬戦で勝ち越せなかったことがよほど悔しかったようだった。おまけに“体質的に太りにくい”という発言で敵となった他の代表の子にじゃれつかれていたし。

 

 まったく人気者は大変だ。

 

「……ちょっと、イッキ。急に黙り込んで、なに考えこんでたのよ?」

 

「うん?……いやぁ、此処まで来るのに、色々あったなぁ、って思い出してたんだ。まぁ、あまり特別なことはなかったけど」

 

 照れ隠しで笑ってみるが、ステラは口を尖らせて睨んできてる。近場の珠雫やアリス、その他の人たちもどうやら不服そうだった。え、そんな変なことを言ったかな?

 

「日本に来て、一年も満たないから例年通りなんて分かんないけど、間違いなく今年は前代未聞な事ばかりだったと思うわよ……」

 

「そうかな?大したこと、あったっけ?」

 

 あれ、周りのみんなの視線が何か言いたそうなものになってる。どうしたんだろう。まぁ、確かに例年と違うことがあるとすれば、“騎士連盟日本支部”が“無期限の機能停止”になってることくらい。

 

 それも、お父さんが入院している間だけで、特に問題はないと思うが。

 

「イッキ、前から言ってるけど、もっと物事は繊細に捉えなさい」

 

「失敬な。それだと僕が物事を雑に見てるようじゃないか」

 

「その通りじゃないのっ!!」

 

 解せぬ。ただ、なんとなく怒られていることは分かったので素直に頷いた。繊細に物事を捉える?人体の可動域ならミリ単位よりも更に細かく見切れるが、人の心情ばかりはどうも難しい。

 

 けど、やらない限りは上達の道無し。

 

 頑張るとしよう。

 

「──ステラさんの言うことなんて、気になさることはありません。お兄様はお兄様の思うままに生きるべきなんですから」

 

「ふむふむ、そっか、わかった。珠雫、ありがとうね」

 

「「「「「ちょっと待って」」」」」

 

 バスにいた全員が声を揃えて静止する。珠雫の問題発言とそれをよく考えないまま鵜呑みにした一輝に対して。

 

 

「ちょっとシズク……イッキがこれまで、どんだけやらかしてきたと思ってんの?」

 

「……お兄様が何をしようと、私だけはお兄様を肯定します。そも、何が悪いというのです。単に世界がお兄様の尺度を理解しきれぬだけの話。お兄様の世界を知らぬ凡俗が悪いだけでしょう」

 

「──僕、そんな世間一般で許されないことをしょっちゅうしたんだろうか?本気で覚えがないんだけど……」

 

 僕は珠雫の過激な発言と周囲の不思議な反応に首を傾げる。

 

 アリスや代表に選ばれた双子の子、あと生徒会の人たちも何か口をもごもごとさせてはいる。ただ、みんな黙ってしまったことで話は途中で立ち消えになってしまった。残念、とは思えなかった。不思議なことに。

 

 

 長い沈黙がバスに満ちていたが、それをささやかな声が破ってみせる。

 

「ねぇ、イッキ?」

 

「?どうしたんだい、ステラ。食べ物なら持ってないよ?」

 

「食べ物じゃなくて!!…………イッキは合宿中、あの闘神、南郷寅次郎と模擬戦をしてたのよね?どうだったの、貴方のお爺さんの盟友って人との特訓は……」

 

「……えっと、南郷、さんだよね。確か…………うん、最終日の?」

 

「最終日以外、イッキは他の生徒と特訓してたじゃない。……巨門の用意してくれたコーチたちは初日に全員、倒してるんだから」

 

 

 合宿中にも黒鉄一輝は無敗を更新し続けた。

 

 選ばれた代表選手たちとの特訓はもちろんのこと。刀華、ステラ、珠雫の三人を相手取っての数十に及ぶ模擬戦。たった一度だけ、“持っていた竹刀が焼け折れる”というハプニングはあったものの、黒鉄一輝に土を付けた者は未だ存在しない。

 

 

 最終日、そんな一輝のコーチとして宛がわれたのは巨門が用意したプロ中のプロ、闘神と謳われる伐刀者(ブレイザー)、南郷寅次郎。破軍学園の生徒会長、藤堂刀華も彼より剣術を学び、一輝の実妹である黒鉄珠雫も、その薫陶を受けている。

 

 国内、いや世界においても屈指の実力者。

 

 かの闘神との特訓にイッキは何を思ったのか。

 

「──特に覚えが無いな」

 

 あっさりと、伝説の伐刀者(ブレイザー)との対戦を語るには浅すぎる内容を一輝は零す。ガタリッ、と刀華さんが立ち上がりかけるのを察し、ステラはイッキからの感想を深堀りしようとする。

 

「敢えて、敢えていうならっ!?」

 

「敢えてかぁ。……うん、あんまり印象に残らなかったことかな?」

 

 

 魔笛、世界に名高い音遣いであろうと、一輝にとっては一山いくらの騎士に過ぎない。なぜなら、五歳の誕生日に音を切る段階は終えている。零を切り、無限を切り、空を切るより以前のことは一輝の記憶にはほとんど残っていない。

 

 覚える価値もないと断じたからか。

 

 

 

 

 イッキの傍にいたシズクの目まで真っ暗になったのを見て、ステラは素早く別の話題を出すことにした。

 

「イッキ、貴方は自分の技量をどう思うのよ?」

 

「なんか、怒ってる気が……何、言っても怒られる予感がそろそろしてきたんだけど」

 

「いいから答えるっ!イッキ、貴方は自分の振るう剣の技量がどれくらいだと思うの?」

 

「わかったよ~……とはいっても、僕の剣技のほどかぁ。“まだまだ未熟”?」

 

 バスの中の空気が通夜のようになり、周囲は現代でも発見されてないツチノコが“ワタシ、UMAじゃないですよ”とか言い出したみたいな雰囲気になっていた。

 

 例えが分かりにくいというなら“信じがたい者を見る目をしていた”、と分かりやすく形容できるだろう。

 

 魔剣に対し、ステラは言い放つ。

 

「冗談はいいから──」

 

「いや、冗談じゃなくてね。……そりゃあ、僕だって解ってるよ。客観的に見れば、僕は他の人よりちょっとばかり剣術に長じている、と思う」

 

「……ちょっとばかり、ってスケールじゃ語れないわよ」

 

「まぁまぁ、話は最後まで。これでも今よりずっと子供のころから剣に生きてきた身だ。たまにあるんだよ、“あれ、もしかして剣を極めたんじゃないか?”って瞬間が」

 

「……待って、たまに?」

 

「うん。不思議なことに“極めた”、と思うたびにまだ先に行けてしまう。“極めて”、これ以上はない、と思えば、まだ見ぬ先の地平が広がってる。まぁ、要するにただの勘違いさ」

 

 イッキは寂しそうに笑うも、私や刀華さんたちは笑うことが出来ない。

 

 魔剣の口にする内容は、あまりに理解不能過ぎた……。

 

 

「そんな錯覚が二十回を超えたあたりで もう剣を極めたと思うのは止めることにした。どうすれば終わりかが分からなくても進み続ける。進んで、進み続けていれば、何かイイことあるんじゃないかなって思うようにした」

 

 アハハ、軽く笑い飛ばしてみるが、おかしなことにみんなの表情はやたらと暗い。

 

 え、何か変なこと言ったかな?

 

 

 やっぱり、子供のころの話とはいえ、斜に構え過ぎた恥ずかしすぎる話題だったのか。僕が肩を落とすと、近くにいたアリスが静かに立ち上がった。ゆらり、と揺らめく影のような立ち上がり方。

 

 あれ、と思ったのも束の間。バスが荒っぽく急ブレーキで止まった。

 

 皆の姿勢が崩れる中、立ち上がったアリスを見て……。

 

 “ひょっとして斬った方がいいのかな?”

 

 

 

 アリスの決意は此の時、固まった。何を守りたいか、自分のしたいことは何か、誰に賭けるべきか。賭けの分は零ではないか。あの比翼に勝利するやもしれない万に一つの可能性を秘めた彼をずっと見てきた。

 

 入学から、同室の彼女と共にいたことから、長く見続けた。

 

 影を歩む暗殺者は、自分がなりたかったものを見据えて決意する。

 

 

 バスにいた全員の影に突き立てられるアリスの霊装(デバイス)黒き隠者(ダークネスハーミット)。次の瞬間には、全員の身動きは影の呪縛に縫い止められ、首元には一本の竹刀が突き付けられていた。

 

 

 目と目が触れてしまいそうなほどの間近には、冷たく熱の感じられない魔剣の鈍い眼光。首に触れる竹刀の感触は、これまでの“彼”を見てきたゆえに白刃と何ら変わらないことを知りつくしている。

 

 

 ギャンブルの卓に着く前に、此処で死んじゃうかも──。

 

 アリスの内心の絶叫は誰に聞かれることもなく、彼女の一世一代の大博打が始まってしまうのだった。

 

 

 

 

 一輝たちを乗せたバスは、法定速度を超えた速度で破軍学園の正門に突入し、滑るようにして停車した。バスから飛び出した全員は目の当たりにする。

 

 黒煙をあげる校舎、砕かれた舗装、あちこちに散見される斬撃痕に“矢の跡”。大規模な戦闘があったようだが、他の生徒たちや教員らは姿が無い。負傷した痕跡もないことから無事、であることだけは理解できた。しかし、それ以上に粉々になった自分たちの学び舎の光景を前にして生徒会の役員たち、選抜組の生徒たちが……。

 

 

 言葉を呑む──。

 

 より先に精神が、感覚が、本能が、理性が。

 

 生存に運用されるべき全ての要素が断絶する。

 

 

 永劫とも思える一瞬を、最幸の過去が埋め尽くした。

 

 珠雫は兄との笑いあう昔日を見た、ステラは家族との温かな日常を見た、刀華は施設の子供たちの笑顔を見た、アリスはかつて自身を姉と慕った子供たちの顔を見た、御禊は施設で光り輝く稲妻がごとき彼女の笑顔を見た、砕城は生徒会で生涯の同胞といえる友人たちとの日々を見た、兎丸は親友らと共に笑い研鑽を重ねる光景を見た、貴徳原は仰ぎ見るべき誇らしいほどに気高い雷鳴との出会いを見た、葉暮姉妹は共に自分の半身と高め合う時間を見た。

 

 脳裏に氾濫するは、一瞬で凝縮された己の人生。

 

 かくも鮮やかな走馬灯。

 

 

 

 死を予感させる刹那をもたらした原因の一輝は、その(たぐい)まれなる視座から二人の倒れた顔見知りの姿を目撃してしまった。

 

 

 二年の友人にして一回戦の対戦相手、桐原静矢。

 

 破軍学園、自分の担任にして一生の恩師、折木有里。

 

 

 見れば、分かることだ。状態:気絶。損傷:軽微。要因:幻想形態の霊装(デバイス)による痛手。命脈:致命には至らず。心配は要らない、後遺症もないんだろう。心は努めて冷静に、頭の芯は冷えていく。

 

 きっと、あの二人が襲撃者を足止めしたのだ。不可視のステルスによるゲリラ戦。ダメージの共有による時間稼ぎ。きっと、他の生徒、教員たちを守るために。

 

 誰かのために自分の力を使う。

 

 立派なことだと、本当に心の底から思った。

 

 あの二人と出会えたこと自体が、僕の人生における誇りだと感じた。

 

 

 お爺さんの声が聞こえた。

 

『ぼくぅ~?ほうほう、一人称、俺じゃねぇんだな。よしよし、荒っぽい言葉遣いはすんなよ?余所さまに怖がられちまう。感情に身を任せず、優しいヤツになれ。そうすりゃ、お前はなりたいお前さんになれんだからよ』

 

 ズルいよ、お爺さんの口調の方が伝法(でんぽう)で荒っぽいじゃないか。

 

 おまけにお爺さんは感情豊かで、いつだって感情任せに動い──。

 

 

────あ、れ。

 

────あ、ああ。

 

 

 

 そうだ、お爺さんはもういないんだった。

 

 僕が斬ったのだから。

 

 

 

 

 

「──ナメやがって」

 

 ぼそり、小さな悪態と共に力の入る拳。

 

 絶対零度の感情が魔剣の瞳を静かに焦がした。

 

 

 

 

 

「レディィィス、アェンド、ジェントルメェンンンンンンッ!!」

 

「────」

 

 調子が狂う軽薄な声、聞くだけでふざけていることがわかるそれは校舎の屋上から上げられた。こちらを見下ろす、長身痩躯に道化師の服装をした男。

 

「長旅ご苦労様でした、破軍学園の誇る代表選手の皆さん!!わたくしたち首を、手を、足をなが~くしてお待ちしてましたよ~。えっ、手と足は余計だって?これは失敬!!」

 

「────」

 

 ケラケラ、と道化が黒煙を背に立っている。心は凪いだままだ。

 

 

 

 

 屋上の道化に向かって、生徒会長さんが率先して前に出る。

 

「……貴方は文曲学園、平賀玲泉(ひらがれいせん)さんですね」

 

「おやおや、かの雷切ともあろう方がボクをご存じで?これは光栄ですねぇ。フフフフ、本当はもっと賑やかなステージにしようとしたのですが、生徒、教員、合わせて“たった二名”しか倒せないとは……。ちっぽけな不意打ちしかできない卑怯者と、相打ちだけが能の一教師だけと侮り過ぎましたねぇ。さて、どうです?驚いていただけましたかな?」

 

「────」

 

「悪いことは言わない、今すぐに逃げなさい。“死”が貴方を捉えるよりも先に」

 

「??ん~~~?いやいや、いやいやいやいや、脅す相手が違いますよぉ?これをやったのは、ボク一人ではありません」

 

 言うが早いか、道化師は屋上から飛び降りた。

 

 そして、その後を続く幾影の騎士たち。

 

 

 全員が同時に一輝たちの前に着地する。長い野太刀を持つ和装の青年、ズボンまではいいが地肌に直接、絵の具跡だらけなエプロンをした奇抜な格好の女性。漆黒のライオンにまたがる眼帯をした少女とそれに付き従う従者らしき女、陰鬱そうに睨みつける小柄な少女とニコニコと空虚に微笑む少年。

 

 常人であろうと、ただ者ではないことを一目で予見させる凶兆を纏った者らが並び立つ。平賀はおおげさな身振り手振りで、自分たちと破軍学園の面々を対峙させる。彼は演技がかった物言いで生徒会長さんの問いへ答えを出した。

 

「今宵、此処に来たのはボクだけではありません。ボクたち、“暁学園”です」

 

 

 

 茶番だった。

 

 大げさなパントマイムもどきをする道化から目を離し、背後の方へ視線を向ける。なんたる無礼だろう。自己紹介をするなら、するで面と向かって現れるのが礼儀だろうに。こんな出来の悪い“贋作”を並べて、バカにしているのか?

 

 凍結した精神は冷ややかな熱を持ち、ドロドロとした感情を現出させる。

 

 

「もういいよ──」

 

 さほど、大きく声を発したわけではないが、異様に僕の声は辺りに木霊した。バサバサ、と周囲の鴉や鳥たちが飛び立つのが見えるが、どうでもいいことだった。

 

 

 そして、それは。

 

 目のまえの道化師にも言えることで。

 

 

 

「本当の姿を現せ、人形遣い。さもなくば、斬る」

 

 僕の視線を受け、道化師はくつくつと肩を揺らした。

 

「いやぁ、さすがさすがの“落第騎士(ワーストワン)”。今年、鳴り物入りで選抜選手に選ばれただけはありますか。な~るほど、これは貴方の兄君が、おおげさに言うだけの──」

 

「分かった。それが最期の言葉でいいね?」

 

 もう、口も利きたくなかった。

 

 

 竹刀を逆手に持つ。瞳に映るのは、煌めく銀河のごとき輝きに満ちた世界。きらきらと光る中で、無警戒に隙を晒す道化。不思議だ?なんだろう?

 

 もしかして、彼は自分が此処に居ないから安全だとでも思っているのだろうか。

 

 

 

 

 魔剣の話をしよう。

 

 魔剣は理論的に構築され、論理的に行使されなくてはなら無い。

 

 

 理論──棄却。

 

 論理──破戒。

 

 

 

 剣理執行、魔剣抜刀。

 

 

 

 ふらり、と一輝は此の場の誰の目にも止まることなく、道化師の前に立つ。不可視の歩法、認識断絶の移動術。万人が絶望と共に理解を放棄する絶技を容易く行使し、一輝は逆手に持った竹刀を道化師の腹部へと触れさせる。

 

 

 一呼吸、道化師の周りにいた玩具どもが斬りかかるが、どうでもいい。何より、身内の似姿を無断で使うこと自体、不愉快だったのだから。武器を振り下ろそうとした人形たちは、頭部から股下にかけて既に両断された後。

 

 道化に近づく余技で人形は対処済み。些末なことだ。

 

 それはともかく、魔剣は触れた道化師に繰られた糸の彼方を認識する。たとえ、此処に居らずとも、この場を相手が認識し、こちらが認識できるというなら、距離や時間は関係ない。それは遠き過去。既に僕が斬り伏せたものであるゆえに。

 

 

 

 因果は始まる前に完結している。

 

 

 相手が目の前にいない?問題なし。

 

 幾星霜の彼方にいようと。

 三千世界の果てに潜もうと。

 並行する世界線を隔てても。

 存在が未だ実証されておらずとも。

 歴史がその存在を認めなくとも。

 最初から誕生を経ていなかろうと。

 

 

 魔剣の術理は、捕捉した対象を逃さない。

 

 

 

 魔剣の双眼は確かに見えざる本質を視た。

 

 “血みどろの糸にがんじがらめになった壊れかけのぬいぐるみ”。

 

 痛々しくも綿を出し、破れ、裂かれながらも哄笑する蜘蛛のぬいぐるみを。

 

 

 捕捉、測定、座標変換、不要。

 

 なに、要は糸電話と同じ原理だ。

 

 

 第一の魔剣、震犀が崩し。

 

 “災禍”。

 

 

 必要なのは繋がってる糸に斬撃を乗せること。

 

 容易い、それは音を切るよりも。

 

 

 

 対遠距離魔剣、“災禍”。

 

 距離が遠ければ、遠いほどに精度と破壊力を増し続ける黒鉄一輝の狙撃魔剣。

 

 此処に魔剣は完了する。

 

 

 

 “魔人斬滅”という戦歴によって。

 

 

 

 

 後ろから、痛々しい悲鳴が残響した。破軍の生徒たちが振り向くと背後には、この瞬間に一輝が斬り伏せた人形?に等しい姿の本物?たちと、腹部に大きな風穴を開けて、頭を抱えて絶叫する壊れかけの道化人形の姿があった。

 

 暁学園、平賀玲泉(ひらがれいせん)、此処に戦線離脱(リタイア)

 

 

 

 場面は転じ、日本から離れた遠き異国。

 

 

 小さな体を抱え、つぶらな瞳から大粒の涙を零して絶叫する美童が一人。整いながらも、狂と凶を匂わせる相貌は、いま痛みと絶望に支配されていた。

 

 切られた、斬られた、伐られた、キられた、きられた。

 

 

 全身に生じる狂いそうなほどの激痛と喪失感。

 

 魂が欠けたという確信。

 

 

 多くの惨劇と悲劇を身勝手に為した人形劇の支配者は、もういない。

 

 命はあれど、それに匹敵する異能の喪失。

 

 

 魔人、傀儡の王と称された少年は、路傍の虫けらのように誰の目にも留まることなく伐刀者(ブレイザー)として終わりへと至った。

 

 

 傀儡王、オル=ゴール。再起不能(リタイア)

 

 

 

 

 一輝の眼にはもう道化人形は留まっていない。

 

 壊れた人形など既に眼もくれず、魔剣は冷ややかに業火を帯びた。

 

「──次」

 

 敵も味方も、遂に目撃することになる。

 

 

 魔剣と謳われた、黒鉄家の異端とその本領。

 

 騎士にして、騎士あらざる魔道剣理の執行者による躍動を。

 

 




 備考:黒鉄一輝について

 滅多に“怒る”ことはない。

 罵倒や悪態をつかれても、その人が言うならその通りなのだろうと、素直に、無抵抗に罵詈雑言を受け止める空虚な器を持つ。しかし、自分が認め、憧れ、尊敬している相手を軽んじる言動、傷つけられた場合は、それ以上の報復を無感動に機械的に執行する。

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
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