落第騎士の備忘録   作:悪事

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 即興魔剣・落翼【破】

 四巻、あらすじより一部抜粋。
 一輝の前に立ちふさがるのは──。世界最強の存在。果たして早すぎた対峙が生み出すものとは。理想と現実、希望と絶望の狭間を駆け抜ける、激闘の第四巻。




十五話

 

 

 崩れ落ちる道化人形、その繰り手たる平賀玲泉(ひらがれいせん)の戦闘不能。そして、周囲に侍っていた暁学園を名乗る伐刀者(ブレイザー)たちの両断。ステラ、刀華たちはあまりにもあっけなさすぎると言葉を呑む。

 

 いかに魔剣、黒鉄一輝が凄まじい実力者だろうと、この程度では陰謀めいたことまでして策を弄した者たちとは思えない。鎧袖一触という表現すら寒々しい。

 

 暁学園の勢力、この程度なるや?

 

 否、と告げるは、眼前で静かに怒る一輝の冷ややかな瞳にあった。

 

 事態が収束したのなら、既に戦意を鎮めているはず。だが、彼の瞳に猛る業火は未だ、熱を引いていない。ステラ、珠雫が一輝の元に駆け寄ろうとしたとき、両断されていた暁学園の生徒たちの塗装が、異能と共に剥離した。

 

 後に残された木製の木偶人形。

 

 おかしい──。

 

 なぜ、自分たちは無機物を人間と誤認していたのか?刀華たちが混乱するよりも先に、斃れ伏した暁学園の生徒たちが無傷のまま出現する。

 

 

 

「これはっ!?」

 

「同じ人間が二人……?いや、バカな。先ほど、黒鉄が斬り伏せたはず!?」

 

 兎丸、砕城の二人は無傷で現れた暁学園の伐刀者(ブレイザー)たちに愕然とする。同じく混乱している代表選手たち。場を引き締める形で、生徒会の双璧、貴徳原カナタと東堂刀華が推論を語った。

 

「誤認、錯覚を引き起こす幻覚型の伐刀絶技(ノーブルアーツ)の使い手がいる、といったところでしょうか?厄介ですね、敵への警戒だけでなく同士討ちにまで気を回さないといけない」

 

「……先ほどの人形たちからは生体電流まで感じ取ることができました。単に見た目を同一にしている、視覚情報の改ざん、その程度の次元では語れなそうです」

 

 

 幻覚、誤認、といった内容を聞いてか、トップレスの状態で絵の具がついたエプロンを身に着けた女性が不機嫌気味に訂正をする。

 

「──騙し絵(トリックアート)、偽物でも幻覚でもない。アタシの芸術は本物よりも本物らしいってこと」

 

 捨て鉢に語る彼女の眼は、魔剣・黒鉄一輝を熱烈に見つめている。観察というには、熱い感情がこもった瞳に、一輝は少したじろいだ。敵意ではなく好意、そして、その好意も自分本位なものが感じ取れる。

 

 “斬っていいんだよね……?”

 

 少し不安になる一輝を余所に、視線を遮る位置で珠雫が前に立った。

 

「アリス──お兄様に色目を使うあの不愉快な女は、何者ですか?」

 

「色目って……彼女は私と同じ解放軍(リベリオン)所属の子、異名は“血濡れのダヴィンチ”、サラ・ブラッドリリー。芸術を操る伐刀絶技(ノーブルアーツ)の使い手だっていうけど」

 

 アリスは易々と自分が解放軍(リベリオン)に属することを開示する。それがどういうことなのかを改めて聞き返す者はいない。単に旗色が明らかになっただけだ。有栖院凪は、正式に破軍学園の勢力の一人だと。

 

 ただ、アリスの物言いに、相手の少女も訂正点があったらしい。

 

「むっ、別に解放軍(リベリオン)に所属してるってわけじゃない。彼らはパトロン、アタシが絵をかくのに必要なものを用意してくれる雇い主みたいなもの」

 

「じゃあ、その後ろ盾のために破軍学園を、イッキを襲おうってわけ?」

 

 ステラの厳しい追及にサラ・ブラッドリリーは首を横に振る。

 

「学校を襲撃する、までは、まぁ当たり。でも、黒鉄一輝を今、狙うのは別の理由……」

 

 じぃ~、っと穴が開くほどの熱視線を受け、一輝は気まずそうに質問した。

 

「えっと、僕。何か変かな?」

 

「変どころじゃない、“異常”」

 

「え゛っ」

 

 まさかのテロリストから異常判定をもらったことで、一輝のメンタルに小さなダメージが入った。おそるおそる、ステラや珠雫、刀華たちに目線で問うてみるが。

 

 目を逸らされてしまった。

 

 片や、ずっと一輝の総身を見つめるサラの瞳は好奇と歓喜、野心と欲望に燃える恒星のようにキラキラと輝いていた。弧を描く口角は、あどけない笑みと蕩けてしまいそうな色香を放ち、魔剣の立ち姿から垣間見える本質を鑑賞する。

 

「────イイ、すごく、凄くイイ。王馬もそうだったけど、アナタも最高。ねぇ、一輝?なんでも言うこときいてあげるから、アタシのお願いも聞いてくれる?」

 

「えっ?」

 

「「な、なんですってぇぇ!!?」」

 

 ステラと珠雫が同時に噴火した。学園を襲った相手が好意を隠さずに言い寄ってきて、なんでもする、などと問題発言を投下したのだ。

 

 黒鉄一輝を慕う彼女らにすれば、看過できるものでもない。

 

 飛び掛かろうとするステラには葉暮姉妹の二人が、珠雫の方はアリスがどうにか宥めて留めている真っ最中。敵意と怒りを抱いていた一輝は、調子を崩され困った顔でサラ・ブラッドリリーと視線を重ねる。

 

 

 感情の起こり、心中の変動位、相手の人生観と才覚の深度。

 

 把握、捕捉、完了──。

 

 “斬れる”、そう確信が手中に収まった。

 

 

 違和感──。

 

 この状況に引っかかるものがある。

 

 違和感──。

 

 もしや誘導されている?

 

 

 この状況、流れ自体が誰かの思惑による産物なのでは?

 

 

 誰だ、裏で手を回しているのは?

 

 誰だ、この状況のために友を、恩師を、学び舎を利用した者は?

 

 

 これは誰の脚本の流れだ?

 

 …………。

 

 まぁ、今はそこまで思考を回す余裕はない。とりあえず、眼前にいる人たちをどうにかしなくては。竹刀を持ち直し、改めて敵意を抱こうとしたとき、見慣れた顔が前に出てきた。

 

「──お兄さん」

 

 兄、黒鉄王馬は沈黙を破らない。暁学園の中でも飛びぬけた存在感、そして底知れぬ存在感にステラは息を呑む。明らかに力量が違い過ぎる、理解さえ届かぬ異質な実力はあの一輝にも匹敵するかもしれない。

 

 目を惹く存在感、震えてしまいそうなほどの剣圧、魔剣に互する桁外れな実力の深淵。ステラと刀華、珠雫は理解できぬ状態で理解する。彼は黒鉄一輝と同様に、力の地平の向こう側へ到達した存在である、と。

 

 

 風の剣帝、黒鉄王馬は野太刀を虚空から現出させ、霊装を腰に佩く。

 

 

 臨戦態勢を取る王馬に、刀華は自身を奮い立たせて問いかける。

 

「巨門、禄存、文曲、武曲、──破軍を除く全校の代表選手が揃い、一校を襲撃するなどと蛮行を。納得のいく説明はあるのでしょうか、黒鉄王馬くん?」

 

「はい、それには刀華さんと同意見です。これは如何なる仕儀でしょう、王馬兄さま」

 

 刀華、珠雫の問を受け、それでも王馬の静寂は揺るがない。一輝を見つめる眼差しに不愉快さをにじませ、舌打ちをする。

 

「五月蠅い」

 

 王馬の視線は一輝を刺し貫き、ステラや珠雫たち有象無象の関心を一切、気にも留めていなかった。

 

「俺はとうに貴様らと縁を切った身、気安く話しかけるな」

 

 交渉の余地なし、言葉を交わす猶予さえ皆無。そこで、王馬の横合いから微笑混じりに、一人の少年が事の次第を説明する。

 

 出てきた少年にステラは見覚えがあった、合宿中に出会った天音と名乗る代表選手。なお、一輝に見覚えはない、普通に忘れていた。

 

 

「どうしてこんなことをするのかって?うんうん、せいとかいちょーさんや一輝くんたちの疑問はもっともだ。襲撃した負い目もあるし、隠すほどの事でもない。簡単な話だよ、僕たち生徒に七星剣武祭出場権があっても、騎士連盟の許可なしで設立された新校、暁学園の参戦なんて運営委員会が認めるはずもないんだって。認めさせるには実績が必要なのさ。“暁”が出ない“日本最強の学生騎士を決める祭典”なんて無意味だと知らしめるような、誰の目にも明らかな実績がね」

 

「我々、破軍を蹴落とすことで、七星剣武祭の出場の大義を得よう、と?」

 

「そう、君たちはそのための踏み台に選ばれたんだ!」

 

 そこから語られる政治的な都合。騎士連盟の日本への干渉、学生騎士・伐刀者(ブレイザー)教育の独占。連盟が半世紀の年月をかけて構築した世界秩序の一端。そうなると、この件を企てたのは、騎士連盟よりももっと上の、いいやこの国自体が……。

 

 

 天音の言葉を聞いたうえで、刀華たちは自身の霊装(デバイス)を顕現させた。

 

「これほど虚仮にされて、我々が黙ってやられているとでも?」

 

「へぇ?──何かできる、そう、思い上がってるのかな?」

 

 

 

 

 

 刹那、空間を引き裂く嵐の一太刀と黒い滅びの剣戟が衝突した。

 

 嵐を纏う野太刀と黒い剣閃を残す竹刀。王馬と一輝が鍔ぜり合う地点から半径100mが絶死絶命の極点に変貌する。真空、海底、永久の凍土、熱砂の砂漠、宇宙空間、生命あるモノを立ち寄らせない空間は確かに存在する。それは、この二人の間でも同じことだった。

 

「一輝ぃぃぃぃぃ!!!」

 

「お兄さん……」

 

 空が割れる、壊れていた破軍の校舎が暴風によって持ち上がった。嵐の地獄絵図が現出する。地と天がかき混ざり、地平線という境界が意味を失う。暁学園の伐刀者(ブレイザー)も、破軍の伐刀者(ブレイザー)も此処で識る。

 

 この場は、自分たちのような真っ当な生き物が生存できる環境にない。

 

 であるなら、この極域で平然と交戦するものは何者なるや。

 

 嵐の魔人と魔剣は百、千を超える衝突を繰り返し、斬撃を重ねていく。

 

 

 血を分けた肉親らの血戦に、珠雫は届かぬと分かって手を伸ばす。

 

「お兄様!!」

 

「ダメよっ、珠雫!!」

 

 アリスが留め置かねば、間違いなく珠雫は絶命していた。

 

 いいや、もはや誰であろうと生き残れる保証はあるのか?

 

 

 竹刀はまるでブラックホールのように光を呑み込んでいるのか、黒い斬条を残し王馬の竜巻めいた連撃を撃ち落とす。嵐の斬撃を受け、否応なく削れ、散っていく竹刀。

 

 いかに技術、工夫をこらそうとしょせんはただの竹刀。壊れたり、損耗すること自体からは逃れられない。それでも、打ち合っているという事実に誰がどう折り合いを付けられる?

 

 

 風圧で浮き上がった校舎を足場に一輝は大気の流れを掴む。天地万物、森羅の現象に流れあり。これ以て、円環の理。廻り、廻る。第三の魔剣、螺旋が大気の流れを掌握し始めた。破軍の生徒たちに危険が及ばぬように細心の注意を払う。

 

 

 瓦礫、鋼鉄も触れれば、即座に粉微塵にしてしまう嵐の破砕域の内部。

 

 魔剣・黒鉄一輝はげんなりと眉をひそめ、ぼろぼろな竹刀を持ち直した。

 

「それ……ちょっと、やり過ぎじゃないかな?」

 

 初撃。それこそが魔剣を撃ち滅ぼす最適解、黒鉄王馬は理解していた。初撃、相手の全身全霊が来る、黒鉄一輝は理解していた。仲間を庇いながらという片手間で相殺できる一撃ではない。どうするかと悩む一輝を置き去りに、致命奥義(フェイタルアーツ)は構築される。

 

月輪割り断つ天龍の大爪(クサナギ)

 

 この瞬間、宇宙空間から見たアジア圏上空を覆うほどの虚穴が空いた。太陽の光さえ屈折させる大気の狂乱。王馬が技を行使した瞬間から十七秒間、日本はもちろんの事、アジア全域において日輪の輝きが消失した。

 

 天体運航という常識の反転。アジアの一国を中心に起きた嵐はあまねく世界に知らしめる。誰にも知られぬうち、世界の理を捻じ曲げる最新の魔人が生まれ出でていたことを。

 

 

 

 

 僕はお兄さんの霊装(デバイス)龍爪(リュウヅメ)の一刀にため息を吐く。これはやり過ぎだと。本当に幻想形態でやっていることかと、愚痴を零したくなる。

 

「いいなぁ、僕もそういう能力の方が良かった」

 

 愚痴はひとまず、憧憬だけを零し状況を見直す。

 

 背後に珠雫達がいる関係上、避けることは不可能。というか、避ければ大変なことになるし。ならば、反撃に出る他ない。ああ、でもその前に後顧の憂いは断っておこう。暁学園を名乗る敵方が纏まっているところに視線を向ける。

 

 

 気絶させる程度で十分……だと思っていた。

 

 

 

 しかし、此処に来て誰にとっても計算違いと呼べる現象が生じる。いいや、これは計算通り、遥か未来の彼方を垣間見る黒幕の思惑に沿った動き。

 

 未来は現在に追いついた。

 

 世界救済のシナリオが進む。

 

 

 

 

 魔剣の人としての思念の感じられない空虚な瞳に見据えられ、暁の生徒たち、サラ、凛奈、シャルロット、多々良、天音たちの魂が怯えに震える。

 

 サラ、凛奈、シャルロット、彼女たちは本質的には戦士でないことから、過ちを犯さずに済んだ。けれど、殺し屋としての研鑽を積んだ多々良、人を傷つけることに抵抗の薄い天音だけが過ちを犯す。

 

 

 絶命の窮地、破滅に睨まれた二人は、霊装(デバイス)の幻想形態を解除する。

 

 現実に致命傷を残さない、魂と精神へ痛痒を与える幻想形態を解除したのだ。すなわち、殺し殺されることを受け入れた証。

 

 暁学園の支援者、とある大物が告げていた内容が薄っすらと浮かぶ。

 

 “幻想形態の解除を禁止とする。──何があっても破軍学園の生徒の命を危険にさらしてはならない”。

 

 支援者の絶対指令もこうなっては空虚なモノ。

 

 本能的に取ってしまった愚行、恐るべき怪物を視てしまったことによる恐慌がもたらした過ち。そんな二人の悪手を目にした一輝の感情は凪いでいく。

 

 

 

 “危険度の上昇を確認、同胞の命に対する危機の可能性アリ”

 

 

 

 

 ──ガコンッ、と脳内に硬質な音が響いた気がした。

 

 魔剣の階梯(ギア)が上がる。

 

 

「“起きろ、隕鉄”」

 

 迫る必殺の月輪割り断つ天龍の大爪(クサナギ)を前に、一輝は竹刀を手放した。これへ代わり、現れるは漆黒の流体物質。流体はゆっくりと武装としての形を顕すが、それより先に兄の斬撃が到達する。

 

 ゆえに一輝は手放した竹刀を足の甲に乗せる。こうなれば、壊れることも、無くなることも考慮せずとも良し。ただ、破壊力にだけ焦点を当て、竹刀は射出された。大気そのものを切り裂く嵐の一刀は翼無きまま飛翔するちっぽけな竹刀と激突。

 

 

 拮抗は僅か、数秒。そして、一輝にとっては数秒で十分だった。

 

 

 漆黒の野太刀が具現する。鞘走り、抜き放たれる刀身は、星屑のひとかけらさえ認めない夜の漆黒に似ていた。そのまま一輝は特に何も考えず、剣を振るう。思考停止?何をバカな。これこそ、剣士たちが手を伸ばし生涯を賭しても届かぬ無念無想の境地。

 

 名前なぞ不要。語り継がれることなどありえない。

 

 視た者を必ず死に至らしめる無銘の斬撃。

 

 一輝のありふれた一刀が襲い掛かった。

 

 

 無銘の一太刀、魔剣などと仰々しく呼ばれたことのない初見の絶技が王馬の月輪割り断つ天龍の大爪(クサナギ)をかき消した。それどころか、浮かび上がった校舎さえあっけなく両断し、世界斬の一振りは暁学園の生徒たちに迫る。

 

 

 殺意が入力され、幻想形態の解除された全開の魔剣。

 

 命どころか、肉体すら斬滅させかねない一刀。心胆を百度折っても足りぬほどの絶望が来たる。眼前の災禍という最大の不幸を前に、名もなき女神は禍福の因果の帳尻を合わせた。

 

 

 

 竜巻の結界を切り開き、乱入する二人の人影。

 

 隻腕に大剣を携えた壮年の男と、純白の鎧をまとい飛翔するように双剣を携えて空間を駆ける戦乙女(ワルキューレ)

 

 隻腕の剣聖、ヴァレンシュタイン。

 

 世界最悪の犯罪者、比翼、現代最強の剣士、エーデルワイス。

 

 

 

 飛び入りで現れた歴戦の両名は瞬時に、一輝の無名の斬撃が防御不能と悟る。あれは全てを斬り伏せるだろう、防ぐことは敵わず、受けることも叶わない。

 

 なれど、逸らすことは可能ではないか?

 

 百分の一、あるいは千、あるいは万、極微小な可能性を掴むのに、隻腕の剣聖と比翼の剣技では未だ不足。二人の強者をしても、実現可能かは運任せ。

 

 それでも、今この時に限っては運に天賦を委ねることができる。

 

 何故なら、確実な勝算があるためだ。

 

 

 こと、凶運に苛まれた少年を救うことに関与するならば、名もなき女神は最大限の恩恵と歪んだ祝福を約束する。

 

 

「ヴァレンシュタイン!多々良!合わせてください!!」

 

 戦乙女の号令にヴァレンシュタインが剛剣を振るい、思考が閉じていた多々良も反射遣い(リフレクター)として渾身の異能を行使する。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 摩擦の漸減と威力低下、ヴァレンシュタインは全てを賭け、世界最強の剣士へとバトンを託すため全霊を振り絞る。

 

「ぎぃぃぃ、ああぁぁぁぁ!!」

 

 多々良も同様だ、おそらく此処が分水嶺。この場での一手の打ち間違いが、勝敗どころか命にかかわると直感する。

 

 摩擦の低下と衝撃、破壊の反射。二種の異なる異能は最大出力を発揮する。

 

 威力の源たる摩擦は消え、斬撃が跳ね返る……はずだった。

 

 

 ヴァレンシュタインは間近にいた多々良幽衣を蹴り飛ばす。

 

「ッガ、テメっ──」

 

「──ふん、教師などと……慣れぬことはするものではないな」

 

 隻腕の剣聖、そう呼ばれた男を支え続けてきた片腕が斬り飛ばされた。伐刀絶技(ノーブルアーツ)ごと二人の抵抗を両断する無銘の斬撃。

 

 されど、剣聖は確かに成し遂げた。

 

 大人として、教え導くべき子供を守るというささやかで、ありふれた、だが裏の世界においては奇跡に等しい偉業を。

 

 

 

 しかし、剣聖と不転の献身も空しく世界斬の威力は僅か、ほんの僅かに衰えただけ。刹那の凝縮された時において、誰しもが死を想起する状態で、二人の主従が過去最高に奮い立つ。

 

「守ってみせる、凛奈様を!!」

 

「守りぬく!我が眷族、いいや友達を!!」

 

 凛奈が、シャルロットが、完全な思考の合一を以て伐刀絶技(ノーブルアーツ)を行使する。凛奈の騎乗する獅子は、生命を臨界まで燃やし、世界を揺るがすほどの咆哮を挙げた。その咆哮に鼓舞され、シャルロットの“一輪盾華”は最大最硬の防壁となる。

 

 

 精神面での覚醒、窮地においての精神の変容。見事、見事とエーデルワイスは無言に激賞する。世界斬、因果地平を両断する斬撃を受け、数秒とはいえ彼女たちの防御は魔剣の斬撃に拮抗した。あの幼い騎士がよくぞ此処まで。

 

 

 防盾は斬り割られる。だが、幸運の巡り合わせ、摩擦の低下、反射と盾に拮抗したことによる威力の低下により、この時点において比翼は世界斬の一刀を上回る飛翔を果たす!

 

暴力による征服(スカードオーダー)!」

 

 斬撃による契約の強制。黒鉄龍馬の死の真相を知ったのち、磨き上げた伐刀絶技(ノーブルアーツ)無欠なる宣誓(ルールオブグレイス)は事象にさえ契約を強いることが出来る。

 

 契約の概念を司る純白の魔人。

 

 彼女の一対の剣刃が無銘の斬撃に向かい合う。

 

 無欠なる宣誓(ルールオブグレイス)は事象にさえ適応できるようになった。しかし、それは後付けの付け焼刃。生来の生物に対する契約の強制力に比べれば、杜撰ともいえる拡張性能。

 

 まず前提条件として、事象を縛る際にエーデルワイスは自らの運命を凌駕する事柄に契約を結ぶことはできない。

 

 されど此処に至り、魔人が結んだ契約は世界を斬り伏せる斬撃さえ辛うじて縛り切った。

 

「──つぅぅぅぅ、“斬撃よ、逸れよ”!」

 

 比翼が強いた契約に従って、一輝の繰り出した“ただの斬撃”は暁の生徒たちから逸れて、破軍学園の敷地と、周囲に被害を及ぼさないための竜巻の結界を深々と切り裂いた。

 

 此処までの暁学園の同胞たちやエーデルワイスの奮闘を目にして、サラ・ブラッドリリーは総てを余すことなく見つめ、観察し、観測し続けることに命を賭した。今の自分がすべきことは此処に無い。動かなければ、走り出さなければならないときはもっと未来にあると確信して……。

 

 

 

 ある少年を守るために折り重なった幸福は確かに結実した。だが、一人の人間にとっての幸運が別の誰かにとっての不運に繋がるというのは、よくある話。幸運の傍らには、それで割を食う者が必ずと言っていいほどにいるものだ。

 

 

 ポタリ、ポタリ、エーデルワイスはズタズタに切り裂かれた片腕を見て、ひとまずの安堵の吐息を零した。契約のため、二刀で斬撃に干渉したものの想定よりも傷は浅い。最悪から四番手、といったところ。

 

 “此処までは重畳、といっていいでしょうね”。

 

 しかし、それでもあまりにも大きい代償を払った。ヴァレンシュタインの継戦不能、多々良、天音、凛奈、シャルロットもこれ以上は無体というもの。王馬は、彼も魔人の域に至った者、戦うことはできるだろうが、未だ早い……。

 

 少なくとも彼が真に最盛期と呼べる領域、比翼を超える実力を得るのは訪れていない未来の話。

 

 

 負傷したエーデルワイスは眼前の魔剣と対峙する。今の彼は、友人と恩師を傷つけられ、殺意を入力した状態。

 

 

 ならば、まだ間に合う。

 

 魔剣の刀身は殺意に染まっておらず、第八の魔剣に通じる扉は閉ざされたまま。

 

 王馬が魔剣の領域に至る未来の可能性は、途切れていない!

 

 

 

 負傷したエーデルワイスは腕に(したた)る流血を振り払った。

 

 

 現世界最強、比翼のエーデルワイス

 

 黒鉄の異端児、魔剣・一輝

 

 たった一合が知らしめる、真に挑戦者はどちらの方を指すのか。

 

 気づくと風は止んでいた。ガラガラと降り注ぐ建造物と瓦礫、鉄片を避けて、破軍、暁の両陣営は比翼と魔剣を取り囲むような位置で立ち尽くす。

 

 

 

 瓦礫と化した周囲を見渡して一輝は、不服そうに口を尖らせて言う。

 

「全部、そっちが壊したことにするからね──」

 

 両断された校舎、学園の敷地に刻まれた渓谷のごとき斬撃痕。

 

 それらを見て、エーデルワイスと王馬は声を揃えた。

 

「「……どの口で?」」

 

 

 

 

 魔剣、黒鉄一輝の霊装(デバイス)顕現。

 

 未来変動値、零から負荷数域に移行。

 

 比翼、エーデルワイスと魔剣、黒鉄一輝の戦闘開始。

 

 七大魔剣の一角、第四魔剣の行使を確認。

 

 

 被害報告

 

 ──負傷者多数。

 

 ──死亡者、一名。

 

 




 次回予告

 剣理構築、魔剣即興。

 翼持つ者、空高く羽ばたく者、総じて落ちるべし。


 ──即興魔剣、“落翼”。

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
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