落第騎士の備忘録   作:悪事

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 即興魔剣・落翼【急】

 あとがきで笑ったら作者の勝ち。



十六話

 

 

 魔剣、黒鉄一輝は凪いだ口調で無感動に尋ねた。

 

「それで、どっちから戦うのかな──?」

 

 

 破軍学園を襲撃した伐刀者(ブレイザー)集団、暁学園を名乗る者たち。彼ら、彼女らのほとんどが戦闘不能、ないし戦意喪失している状態。もう、まともに戦えるだけの実力と戦意を持つのは二人に限られる。

 

 爛々と憎悪と怒り、戦意に滾らせた瞳で一輝を睨む最新の魔人にして黒鉄家が長子。“風の剣帝、黒鉄王馬”。静寂を従えて善も悪も、聖も邪も超越したかのような超然とした佇まいで一輝と向かい合う世界最強の戦乙女。“比翼のエーデルワイス”。

 

 どちらも窮極、この世界において己の可能性を極め尽くした埒外の怪物。では、その怪物二人をつまらなそうに眺める青年は一体、何者か。

 

 

 黒鉄一輝は“どちらから”と尋ねはしたが、答えは求めていなかった。別に、一人が二人に増えても大した差はないし、二人同時でも構わないという心境ではあった。ただまぁ、どちらかというと兄が誰かと組んで戦う場面が想像できない。

 

 一輝は兄が最初に出てきて、次はあの女の人だろうと見当を付けた。

 

 

 

 黒鉄王馬、エーデルワイス、黒鉄一輝、この三人を遠巻きに囲んで破軍、暁の伐刀者(ブレイザー)たちは呼吸も忘れて目を見開く。誰もが直感で理解する、これからの死闘は歴史に語りつがれることになる、と。

 

 

 一輝の問い掛けには一切、相手を愚弄するような意図は込められていなかった。いや、興味すら無かったわけだが。傍からすれば挑発とも聞こえるセリフ回しに、屈辱を淡々と受け止める腑抜けではないと王馬が牙を剥いて一歩、前に出る。

 

退()け。ヤツは俺が倒さねばならん」

 

 王馬の宣言は正鵠を射ていた。

 

 否、これは宣言ではなく予言だ。

 

 黒鉄王馬は黒鉄一輝を討ち果たさねばならない。そうとも、おまえは“運命”でなければならない。おまえは“終焉”でなくてはならない。おまえは“希望”であらねばならない。

 

 

 なぜなら、おまえは黒鉄一輝の■なのだから……。

 

 

 

 エーデルワイスは生涯において初めてとった自分の唯一の弟子の背中を見つめる。彼を弟子にとってから、その苦悩と絶望、克己心と希望を最も近くで見てきた。いつか、魔剣と対峙しなければならない運命を王馬は持っている。

 

 その運命から逃れられない。運命を乗り越えんとする刻はいつか訪れる。しかし、それは……今ではない。

 

 

 エーデルワイスはふっと柔らかに微笑んだ。そして、テスタメント、契約の銘を持つ自身の霊装(デバイス)を王馬の背に向けて振り下ろす。背後からの一太刀、振り向いた王馬がそれに反応できたのは、彼が尋常ではないほどの修練を積んできたゆえだろう。しかし、世界最強を冠する比翼の最速剣を凌ぐには、一手遅かった。

 

 傷を残さない幻想形態の一撃が深々と王馬の身体をすり抜ける。

 

 走る幻痛も、なり立てとはいえ魔人の位階にある王馬なら抵抗はできたはず。しかし、エーデルワイスの伐刀絶技(ノーブルアーツ)がそれを許さない。

 

 

 暴力による征服(スカードオーダー)。斬撃を以て、他者に不平等な契約を敷くエーデルワイスの概念干渉系の能力。王馬を切り伏せたエーデルワイスは端的に命じる。

 

「──動くな(Freeze)

 

 無形の契約が風を縛った。

 

 斬った相手を征服する異能、それを受けて王馬は憤怒の形相を浮かべる。

 

「なんの、真似だ!エーデルワイス!!」

 

「申し訳ありません、と言ったところで貴方は納得しないでしょうね。……よく聞きなさい。王馬、今あなたと黒鉄一輝を戦わせるわけにはいかない。不意を突かれた程度で易々と膝を突く今の貴方では、彼に勝てない」

 

 同じ魔人の域にあるとはいえ、王馬とエーデルワイスの力量はかけ離れている。不意を突かれ、身動きもできないまま王馬は懸命に抗おうとするが、斬撃による契約がそれを許さない。激する弟子の横を通り過ぎ、背中越しにエーデルワイスは師としての“最期”の命を下す。

 

「見届けるのです、魔剣(カレ)比翼(ワタシ)の闘いを。命を賭してでも、彼の魔剣の一端を此処に暴きましょう。……貴方が戦わねばならない時は、もっとずっと先の事だから……今ここで“黒鉄王馬”は絶対に負けてはならないのです!」

 

 離れゆく師の背中に王馬は叫ぶ。

 

「待て、待て!これは、俺の……俺自身が断ち切らねば……」

 

 

 

 とうとう、言葉も発せなくなった王馬を置き去りにして戦乙女は魔剣の前に立つ。一方、事態に付いていけてない一輝は、首を傾げながらもようやく話が纏まったことだけを理解する。

 

「あ、決まりました?」

 

「はい、随分とお待たせしてしまったようですね、私は彼ら暁学園生徒たちの代表として、貴方と戦う者です」

 

「はぁ」

 

 一輝は訝しそうに目を凝らす。相手のことなど何も知らないという風情で。しかし、先ほど怒れる王馬が口にした名前に破軍の生徒たちが驚愕に震えた。その名前で語られる逸話、最強の通り名に破軍学園生徒会長、否一人の剣士として東堂刀華が愕然とする。

 

「エーデルワイス……“比翼のエーデルワイス”!?翼のごとき一対の剣。騎士連盟が、同盟が、その両軍が強すぎるあまり“捕らえること”を放棄した世界最悪の犯罪者……」

 

 刀華の慄きに満ちた声に合わせ、ステラもまたごくりと喉を鳴らす。遠き母国、ヴァーミリオン皇国においても語り継がれる彼女の剣腕。そう、エーデルワイスが築いた伝説は異能によるものだけではなく、黒鉄一輝も得意とする“剣技”によって為されたものなのだから。

 

「お父様から聞いたことがある……全ての剣の果て、その頂点に立つ世界最強の“剣士”!!」

 

 

 

 ステラたちの話を聞いたうえで一輝は首を傾げた。なるほど、剣技だけならば今まで出会った人たちの中でもっともイイ線をいっている。

 

 あと十年も修行すれば、かつてのお爺さんくらいには至れる、と。

 

 しかし、世界最強と言われるとどうだろうか?

 

 学生レベルでそこそこな自分に推し量れる程度の技量の持ち主が世界最強とは。正直なところ、底知れなさでいえば春先の第一試合のときに顔合わせをしたよく覚えてないがプロの人(西京寧音)の方がまだ分からなかった。そして、お爺さんも言っていたが“世界は広い”のだ。まだ見ぬプロの伐刀者(ブレイザー)の実力を考えれば(想像すれば)、最強という看板は僕にも彼女にも、まだまだ遠い。

 

 

「いいんですか?別に僕は二人一緒でもいいですけど」

 

「いえ、勝負は正々堂々たるものであるべきでしょう。どちらかに初めから天秤が傾いては、付いた結果さえも揺らいでしまう」

 

「そんなものですか?」

 

 ポカンと尋ねる一輝へエーデルワイスは意外そうに口を開けた。

 

「一対一に拘りはないのですね、彼は……いえ、サムライは尋常な決闘を好むものと思っていましたが」

 

「え、いや別に此処で二人纏めて片付けるのも、一人片付けるのも時間としてはあまり変わりませんから」

 

 

 にこやかに応える一輝の立ち姿に、破軍の生徒たちは寒気を覚える。一輝と関わりの薄い者によってはガタガタと身を震わせ、珠雫やステラでさえ顔面蒼白になって息を呑む。それは暁学園の生徒たちも同様。世界最強を前にして、黒鉄一輝に怯えはない。それどころか、関心も戦意すら存在しなかった。

 

 

 やがて、一輝は疲れたようにため息をついて、提案をする。

 

 

「あの、逃げないんですか?今、逃げれば死にませんよ」

 

 暗黒に煌めく瞳が静かに疑問を呈する。命は惜しくないか。勝ちや負けについての話ではない。これはそう、どう死ぬかという結論の話。魔剣は当たり前に結果から語る。比翼は死の宣告を受けてなお、艶然と微笑みを返して一対の純白に輝く剣を構えた。

 

「貴方は一度剣を抜いた相手に戦意を問うのですか?」

 

「──嗚呼、言われてみればそうか、すみません。敵とはいえ礼を失するつもりはなかったんだけど……この質問は忘れてください」

 

 一輝は鴉の濡れ羽に例えられる漆黒の一刀を腰だめに構えて冷ややかに表情から一切の熱をかき消した。襲撃した暁学園の騎士たちは友人と恩師を痛めつけた相手、その教師であるならば、今の一輝にとっては敵に相違ない。この時、この場において落第騎士はかつての氷のごとき冷徹を瞳に宿していた。

 

「さて、と。当方、破軍学園一年の黒鉄一輝。一身上の都合ですがその御命頂戴する。──よし、ヤろうか?」

 

 一輝の刀の切っ先が対峙するエーデルワイスの心臓に目掛けられたとき、戦乙女は根源的な恐怖に支配された。次の瞬間、エーデルワイスが幻視したのは無感情に見下ろされ生きたまま腑分けにされる自分自身の末路。

 

 泣き叫んで、臆面もなく背を向け逃げ出したくなる。

 

 理性が、本能が、魂が告げていた。

 

 逃げろ、ニゲロ、逃ゲロ。

 

 死ぬ、死んで、ナニモ残セナイ。

 

 ココで、シヌぞ──。

 

 

 

 “──臨むところ”。

 

 世界最強を冠する戦乙女は、確かな覚悟と共に一歩を踏み出す。此処で自分が死んだとしても、それが意味をなさないなんてあり得ない。王馬が、自分の弟子が後ろに控えている。彼に託して逝ける。自分が生き抜いて、戦って、命を賭したものはちゃんと後に繋がっていく。

 

 

 たったそれだけのことが、エーデルワイスからあらゆる恐怖を拭い去った。

 

 さぁ、いざ尋常に。

 

 

「我、遥かな頂きにして終焉。一対の剣にて天地を(わか)つ者。我が名は“比翼”のエーデルワイス。幼き少年よ、世界の広さを識るときです」

 

 

 “落第騎士(ワーストワン)”黒鉄一輝と、世界最強の剣士“比翼”のエーデルワイスは激突した。

 

 

 

 

 

 言葉も発せない観客たちが観る中で極域に立つ剣士たちがぶつかる。純白の戦乙女が振るう剣戟はあまりの速度がため視認さえ許さない。破軍きっての弓兵、桐原静矢の“狩人の森(エリアインビジブル)”とは性質を別とする不可視現象。

 

 比翼の振るう超越した剣速は、常人から遥かに強化された身体能力、五感を持つ伐刀者(ブレイザー)にさえ残影を魅せることはない。対し、黒鉄一輝の剣は速度こそ遅いものの視認できないというほどではなく、ひたすらに正確無比だった。

 

 擦過することで空気を焼く神速の一閃、対し迎え撃つは漆黒の緩撃。

 

 空中で火花が発生する、そこは二人の剣士の間合いが中心点。

 

 尋常ならざる剣戟で一輝を攻め立てるエーデルワイス。刹那の攻防の中で幾度の攻撃と防御が交わされたのかを破軍の生徒たちは認識すらできない。

 

 いいや、何かおかしい、と東堂刀華は絶句する。

 

「“音”がない?」

 

「え、どういうこと?トーカ先輩?」

 

「ステラさん、お兄様と対峙するエーデルワイスの挙動を追って視てください」

 

 強張った珠雫の声のままに、ステラはイッキの前に立つ絶対剣士の動きを目で追いかける。途中、二度、三度ほど視界から見逃したが、ステラもまたエーデルワイスの異常性に気が付いた。

 

「なに、あれ?彼女の挙動、一切の音が無い?」

 

 風を切る音も、踏み込みの土が沈む音も、髪の靡く音も、全てが静寂に呑まれている。対する一輝は普通に音を出しているのだから、その異常性が余計に際立つ。

 

「あの域の剣士が為す芸当、私では推測になってしまいますが……」

 

「判るの、トーカ先輩!?」

 

「えぇ、おそらく、エーデルワイスの両剣にはあるゆる威力減衰(ロス)が存在しないのでしょう。音とは、それすなわち空気の振動、衝撃の波。言うなれば、発生する運動質量の余波なのです。……もしも、という仮定の上でですが己の挙動により生じたエネルギーを完全に掌握し、一切の無駄なく自身が望む行動のみに限定して消費しきれたなら……」

 

 その威力は一体、どれほどのものになるというのか。

 

「ロスがないだけではありません、比翼の剣には加速がない。初速から最高速を叩き出し、相手を速度で圧倒する。まさに先の先の究極!」

 

「そんなこと、できるわけが……」

 

「その不可能を可能にし続けているのが、比翼のエーデルワイスなのです……踏み込み、太刀筋、剣速、どれをとっても規格外」

 

 およそ、人間業ではない。

 

「イッキ……」

 

 ステラが呼吸さえ忘れるのを横に珠雫が誰よりも先に気づく。一輝の口元が微かに動くのを……。

 

 

 

 

“もー、いいかな?”

 

 

 

 

 初速から終速まで最高速を叩き出す静寂の剣。

 

 運動エネルギーを全て破壊力に転化する絶技。多くの剣士がその剣技の実在だけを語り継ぎ、不可能と断じながらも完璧と称する比翼の剣理。

 

 

 なるほど、確かに速い。それでいて巧みだ。彼女、比翼のえーで、えーとエーデン、ワルツ?とにかく彼女は上手く、最高速度の一太刀は隠しおおせている。剣士が自分の剣の最高速度を見せることの不利をよくよく理解している。

 

 ただ、此処までの剣戟の速度から最高速度の逆算は可能。普通なら、もう少し読みを混乱させるため誘いの太刀を幾通りか用意するものだが……彼女、対人戦闘の経験が薄い?

 

 

 それとも、僕の読み違えか?

 

 

 ──かつて、僕が子供の頃にお爺さんは言っていた。最強と謳われし伐刀者(ブレイザー)、“比翼”という通り名を持つ剣士のこと。たぶん、目の前の人はその比翼の“二代目”か、そこらだろう。

 

 なるほど、世界最強という自称だけあって、今まで出会った中では一等“まとも”な太刀筋をしている。

 

 

 

 だけど、伐刀者(ブレイザー)としてはプロ以下だろう。

 

 

 剣技(こんなもの)、常人の延長線上にあるただの余技。伐刀者(ブレイザー)伐刀者(ブレイザー)たる秘奥、天地を砕き、因果さえ覆す伐刀絶技(ノーブルアーツ)を彼女は見せていない。

 

 

 なんとなく、目の前の純白の騎士に対する苛立ちが増していく。

 

 

 伐刀絶技(ノーブルアーツ)、そう伐刀絶技(ノーブルアーツ)

 

 騎士の奥義にして、固有の致命技巧。何故それを見せない。なんで、僕と真剣に向き合ってくれないのか……剣技(こんなもの)しか取り柄の無い僕を憐れんでいるのか?

 

 憐れみをかけられること、それは当然だと僕も思う。伐刀絶技(ノーブルアーツ)を持たぬ者と持つ者とでは勝負の土俵自体が違う。視点が、意義が違う。彼女は正々堂々を好む人らしいが、その斟酌は此処では不要。

 

 でも、どうすればいいか。どうすれば、相手は本気で僕と戦ってくれるか。

 

 ため息を吐いて、一輝は刀を横薙ぎに構えた。

 

 真剣勝負というなら、こちらが先に抜かねば無作法なもの。

 

 

 

 

「見せてあげるね、“第四の魔剣”を」

 

 一輝は合計して七つある剣技の派生から、四番目を選択する。“第四”、“魔剣”、相手に通じるはずもない呟き、しかし比翼のエーデルワイスはその呟きから、かつての師、黒鉄竜馬より聞かされた恐るべき第四の魔剣を結び付ける。

 

 

「──!来ますか、第四の魔剣・逆光牙(ぎゃっこうが)!」

 

 

 

 

 一輝は怪訝そうに眉をひそめた。

 

「…………あれ?なんで“違う方の名前”を知ってるんだろう?」

 

 

 不思議そうに考え事をする一輝。戦闘の最中、物思いに耽る隙だらけな一輝めがけ、閃光も残さない純白の両剣が先の先を取って急襲する。

 

 後手に回った一輝は、エーデルワイスに遅れて剣を振り──。

 

 “エーデルワイスよりも早く彼女に斬り付けた”。

 

 

 

「──“剣理逆転”」

 

 刮目せよ、これぞ黒鉄一輝が第四の魔剣。

 

 

「第四魔剣、“逆さ殺し”」

 

 矛盾と逆行を(つかさど)(さか)しまの魔剣である。

 

 

 




 備考:黒鉄一輝について

 魔剣の命名は、そのほとんどが祖父、黒鉄竜馬によってされている。ただし、祖父、黒鉄竜馬が明らかに“本質”を誤認した名前を付けた際は、本質に沿った名前を黒鉄一輝自身が付け直している。一輝が付け直したのは、第四、そして最後の第七の魔剣のみ。



 備考:黒鉄王馬について

“退け、俺は一輝のお兄ちゃんだぞ!!”

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
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