落第騎士の備忘録   作:悪事

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 即興魔剣・落翼【終】

 本作屈指のわけわからんエピソード。まぁ、分からなくなったら“イザナギだ”くらいで捉えて読んでみてください。

 サブタイは“今にも落ちてきそうな空の下で”。



十七話

 

 

 ──魔剣のはなしをしよう──

 

 

 一輝はいつか、何処かの場面で、もう名前も思い出せない誰かとこういう会話をしたことがあると思い返していた。

 

『七つある魔剣の名前?そんなこと知ってどうするんだい?いや、教えることに否やはないけれど』

 

 不思議そうに疑問符を出す一輝は眼前の相手を観察する。

 

 顔や、髪色、あと性別を思い出そうとしたが……どうでもいいので、会話の続きの方を思い返す。一輝は黙り込んだ相手に滔々と魔剣の銘を語っていく。

 

 

 第一の魔剣、震犀。

 第二の魔剣、劣化の太刀打ち。

 第三の魔剣、螺旋。

 第四の魔剣、”逆光牙”逆さ殺し。

 第五の魔剣、告死病。

 第六の魔剣、零時迷子。

 第七の魔剣、”絶影”太刀影。

 

『……此処まで言っておいてなんだけど、魔剣ってのは大げさな呼び方なんだよね。昔、お爺さんが大仰に褒めてくれたけど結局は五歳のときの工夫なわけだし。異能は一切必要としない、純粋な身体運用術なわけだから練習すれば誰でもできるんだ。僕が初めて取った弟子の蔵人くんも、第一、第三、第五までは覚えられたよ』

 

 一輝の前に座る何某かは一度、あることを聞き返す。

 

『第四、第七の名前が違う?ん~、ひょっとして魔剣の話をお爺さんから聞いたのかな。いや、お爺さんの命名に文句を付ける気はないんだけど、第四と第七は明らかに誤解……というか、解釈が違ってたからさ』

 

 眼前の相手は、その誤解、解釈違いとは何のことかと気になっているらしい。

 

『誤解の内容?ああ、要は“本質”が視えてなかったんだ。でも、観えないようにした第七の魔剣はともかく、第四は分かりやすかったと思うけどなぁ』

 

 ──どういうこと?

 

『第四は見られることで相手を嵌める技なんだ。まぁ、“見られない”と絶対に効果を発揮しないというわけではないけれど』

 

 ──その効果とは?

 

『いやいや、種明かしをしたら単純だよ?別にわざわざ言うほどのものでもないって。……それでも?……う~ん、あらたまって言葉にするとなると難しい。あえて言語化するなら、そうだな』

 

 

 一輝はつまらなそうに己の秘奥にまつわる謎を言い表した。

 

『逆行と矛盾、それと時間に作用した、ように見せかける剣技かな?』

 

 

 

 

 

 それは奇怪な景色だった。黒鉄一輝とエーデルワイスは激しく鍔迫り合い、剣戟を交わしていく。そこまでは少し前と同様、唯一違うのは一輝の攻撃がエーデルワイスの攻撃よりも遅いのに、エーデルワイスより早く先手を取り続け、押し始めていることだった。

 

 

 否、先手を取り続けているのはエーデルワイスの方である。

 

 それは間違いない。刀華、ステラ、珠雫、アリスたちから見ても、一輝より早く動いているのはエーデルワイスその人だ。

 

 なのに後手の動きだしから、一輝は相手の“先手”を取り続けている?

 

 動き出し、剣の振り始め、最適な攻撃地点の先取り、どれをとってもエーデルワイスの方が速い。だというのに一輝は余裕で後から先に攻撃を行う。

 

 

 速度も手数もエーデルワイスの方が上。破壊力、精度もまた同じく。

 

 だというのに、一輝はエーデルワイスの斬撃を後手から易々と撃ち墜とす。

 

 

 第四の魔剣、“逆さ殺し”。

 

 

 一輝がその技を口にしたときから、戦いの流れが逆転する。攻め立てていたはずのエーデルワイスは常に先手を取り続けながらも、その先手よりも早い後手に先んじられる。ならば、と返し技である交差法(カウンター)を放とうとしても、交差法(カウンター)の更に後手から攻撃を先んじて返される。

 

 意味が分からない……。

 

 まるであべこべだ。攻撃に流れる時間が逆順に回っているかのように。

 

 

 絶句する観客たちを置き去りに、エーデルワイスは静かに敵手の奥義の秘密に探りを入れた。

 

「わたしの動きを完全に読み切っているのですね?」

 

「?……読み切ってるというか、読み終わってますね」

 

 

 エーデルワイスは自然体で返事する一輝の立ち姿に怖気を覚える。

 

 落第騎士(ワーストワン)。誰が呼び始めた名称なのか知らないが、とんだ冗談だと本気で思う。彼女は自分が先手を取りながら、攻撃を先んじられる現象に当たりを付けていた。

 

 第四の魔剣の秘密とは、相手の動きを先読みし、その攻撃の最終通過点に待ち構える。なるほど、理論的には、そうすることであらゆる攻撃の先手を取ることが可能だろう。

 

 

 しかし、それは相手の思考と経験、癖と肉体の練度の全てを把握しなければ、不可能な出来事だ。動きの一手、二手先を読むことは実力差があれば、実現自体はできる。場合によっては十、百も可能だろう。だが、エーデルワイスは自身に問う。

 

“これほどの芸当、果たして人類に可能なるや”。

 

 

 

 

 A点から放たれ、B点で終了する攻撃があるとして、A~B間で対処せず、B点にて攻撃を待ち伏せて攻撃を先んじる。エーデルワイスの“比翼”と称される剣技は、点と点の間、その通過速度を最速とすることを選んだ。初速、加速、終速、それらを全て最高速とすることで、何者にも追いつけぬ神速を具現した。

 

 一方、魔剣、黒鉄一輝は速度に拘らなかった。

 

 途中経過なぞ不要。

 

 全て、結果から分かる超越の視座を持つ少年は、結末で待ちかまえることを選択する。そう“結果だけ”、“この世には結果だけしか残らない”。たとえ、攻撃の速度が神速だろうと、光速だろうと、結末で先んじている一輝の攻撃より早く攻撃するなど不可能。

 

「なるほど、これが第四の魔剣の真骨頂ですか……敵手の行動、会話の傾向、価値観、趣向、全てを捕捉することで、相手が持つ変えられぬ理、“絶対価値観(アイデンティティ)”を掌握する」

 

「──うん?」

 

「名付けるなら……完全掌握(パーフェクトヴィジョン)

 

 

 エーデルワイスの(げん)に一輝は、不可解そうな表情を取る。

 

 相手の行動?価値観?趣向や会話?

 

 そんなものが必要なのか?

 

 “視れば、普通分かるものだろうに”。

 

 

 

 黒鉄一輝の強さに最も肉薄した祖父、黒鉄龍馬でさえ最後の最期まで誤認していた事実。

 

 魔剣、黒鉄一輝という剣士の真の恐ろしさは底なしの剣才ではなく、見るもの全ての本質を暴き立てる“照魔境がごとき観察眼”でもない。

 

 

 敵対者の撃滅に最も適した対処法を構築する思考速度。

 

 一目見て、即座に敵を完封する結論を導き出す異形の認識(センス)

 

 

 観察、観測、過程は不要。魔剣に照魔境のごとき観察力は存在しない、必要が無いのだ。剣理、剣才の愛し仔たる魔剣、黒鉄一輝にとって、相手の戦術予測は結論から過程を推測する翻訳作業。

 

 結論が判明しているため、その解から相手の行動を逆算。

 過程や途中経過を埋めていく。

 

 絶対価値観(アイデンティティ)なぞ不要、掌握も不要。

 

 これぞ魔剣の基本特性、“剣理翻訳”である。

 

 

 

 自分の戦術、思考回路、剣の特性を見切られたエーデルワイスは、純粋に賞賛の念を胸に抱いた。異能に頼らず、ただ剣の理だけで此処まで至る極点の剣士。

 

 “世界は広い”、自分が冗談で口にした言葉だが、改めて思わされる。

 

 これほどの可能性が生まれ落ちる下地が、此の世界にあろうとは……。

 

 

 少なくとも剣術で比翼は魔剣に追いつけない。

 

 比翼の成長を遥かに超える速度で魔剣は剣技の深淵に沈み込んでいる。だが、これは騎士と呼ばれる常人からかけ離れた伐刀者(ブレイザー)同士の戦い。

 

 肉体性能、技術のみならず、魂より滾る魔力を使いこなすことも含めての超一流。エーデルワイスは迸る魔力を二刀と肉体に振り分ける。肉体の超活性による俊敏性、剛性の強化、霊装(デバイス)に魔力を流したことで斬撃威力の増加、エーデルワイスの放つ剣戟がその破壊力と危険度を跳ね上げる。

 

「第二幕といきましょう」

 

 エーデルワイスの斬撃が速度を増す。

 

 先ほどまでの剣閃が落雷を思わせる衝撃なら、現時点の破壊力はまるで流れ堕ちる隕石の直撃。さらに破壊力の向上に留まらず、白光を残す比翼の剣は空気の断層を生み出した。語り継がれる比翼の逸話、かの二刀の太刀筋が通過した箇所は鋭さゆえに、大気が切り裂かれたことにさえ気づかない。

 

 真空の断層は斬性を帯び、比翼の剣の軌跡に滞空し続けるという。

 

 

「へぇ、斬撃を残すのか、面白い工夫だね」

 

「……さて、どこまで面白いと言えますか?」

 

 エーデルワイスの連撃が加速し、威力を上げ続ける。

 

 宙に滞空する斬痕も数を増していき──

 

 黒鉄一輝は傍から見ても分かりやすいほどに防戦一方になっていく。

 

 

 誰しもが比翼、エーデルワイスの勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 テクテクと、一輝とエーデルワイスの激戦を遠巻きに眺めていた暁学園の生徒の一人、サラ・ブラッドリリーが破軍の生徒たちの元に近づいていく。

 

 無防備な彼女の接近に東堂刀華が居合の構えを、暁学園を裏切ったアリスも刃を逆手に持ち、代表選手たちを守るようにして立ちふさがった。そんな彼女らの臨戦態勢に敵であるはずのサラは両手をあげ、敵意の無いことを示す。

 

「戦闘の意思はない……というか、興味ない」

 

「どういう……つもりですか?」

 

「言った通り、私はあの二人の剣士の決着を、躍動を観たいだけ」

 

「なら、どうしてわざわざこっちに来るのかしら?」

 

 アリスの当然の質問に、サラは胸を張って答える。

 

「あの域の剣士たちの細かな挙動と行動の真意が分からない。だから、分かりそうで、話をしてくれる人の所にきた」

 

「……嗚呼、確かに王馬君はそういったことに不向きでしょう」

 

「でも、そのためだけに一応、敵対してる相手のとこに来ようとする?」

 

「芸術のためなら……」

 

 刀華はアリスの顔を見て、サラ・ブラッドリリーの意思が真実かを確認する。アリスは小さく頷き、刀華はため息をついて一輝とエーデルワイスの激戦に目を向け直した。他の主だった破軍の生徒たちは何か言いたげだが、警戒を怠らずにサラを自分の間合いのうちに留め置く。

 

 そんな針の筵、とでもいう状況下でサラは平然と話し出した。

 

「本人に隠す気がないためだろうけど……イッキの気配って、ひどく分かり易い」

 

「あら随分、唐突ね?」

 

 アリスの掛け合いにサラは平坦なトーンで論評を下す。

 

「正直、戦い始めのときのイッキの姿を見て、ゾッとした。でも、エーデルワイスと戦い始めてから、彼の魔力は間違いなく零に近いほど削れている」

 

 魔力切れ、多くの騎士にとって身体能力の強化や霊装(デバイス)の強度維持、伐刀絶技(ノーブルアーツ)の発動など戦闘の根幹にもなる魔力の存在。それが空になりかけているという窮地を踏まえて、サラは公平な視点から呟いた。

 

「もうイッキに勝ち目はない……要するに、勝つのはエーデルワイス、ってこと」

 

 そのサラの言葉に視線を送ることもなく、珠雫が憐むように吐き捨てる。

 

「心得違いも甚だしい──」

 

 苛立ちを帯びた珠雫のセリフにサラは首を傾げる。

 

「何か、見落とした?」

 

「ええ、魔力量について御高説を口にしたようですが、お兄様の魔力はあれで平常のものです」

 

「…………え?」

 

 サラが唖然とするのも当然のことだ。今の黒鉄一輝の魔力は完全に一般人以下、完全な虚無に近しいほどの微かな魔力量が平時のものだというのか?

 

「お兄様の魔力量は通常の最低値であるFランクを更に下回るGランクと測定されています。いわば、魔力の無い状況なぞ常のこと。それよりも戦闘開始から、たった一種の魔剣のみで圧倒されている事実を恥ずべきでしょう」

 

 そもそも、一輝の戦闘に魔力を用いた技はほぼ存在しない。霊装の展開には多少の魔力を要するが、戦闘のほとんどを技術で間に合わせる剣士にとって、魔力の多寡は正確な脅威度の指針足りえない。

 

 付け加えるなら、騎士として必要不可欠な天稟を全て欠いた魔剣には、それを差し引いて余りある剣の才覚と戦闘者の極点ともいうべき異形のセンスを生まれ持つ。

 

「有象無象たちを散らした影響を差し引いたとしても、お兄様はまだ本気を出してすらいない」

 

 一輝の勝利を疑いもしない珠雫の横で、不安に揺れる眼差しをしたステラが祈るように両の手を合わせ握り込む。そのとき、珠雫とステラがある奇妙な現象の片鱗に真っ先に気づいた。

 

 一輝の振りかぶった剣の挙動をどうにか目で追いかけると、それが逆再生のように“振り始めの挙動にまで戻って”から、また“振り直された”のだ。

 

 異常は剣の軌跡に留まらない。歩みさえ逆しまに戻っていき、遂にはエーデルワイスさえも走り始めたと思えば、走り始めるところまで逆走してから、また走り始めた。破軍、暁学園、両陣営の生徒たちが奇妙な感覚に囚われ始める。

 

 頬を滴る汗が地面に垂れたと思えば、垂れる前まで戻っていき再び元通りになった感触に苛まれ、恐怖で脚が竦み一歩退いたかと思えば、逆順に一歩踏み出している。

 

おかしい、異常すぎる、奇妙だ。

 

「なにが、起こっているというの?」

 

 

 愕然とするステラの呟きに合わせたか、それとも効果を確認してのものか、一輝は眼前のエーデルワイスの眼光の奥底を覗き込んだうえで宣言する。

 

 

「もう遅い。時は“逆行”する」

 

 

 

 

 

 

 此の戦域内の誰よりも混乱の渦中にあったのは、エーデルワイスだった。時間の逆行現象、剣を振り終えたと思ったら、剣の振り始めまで戻っていき、立ち位置さえ開始点に巻き戻される。

 

 逆行する時間の流れの中心にエーデルワイスが据えられていた。

 

 深呼吸をして息を吐き切ったかと思えば、息を吸い込んでいて深呼吸しようとするところに戻される。風の流れがオカシイ。過ぎ去った旋風は気が付くと直前まで逆転している。

 

 戦闘の余波で崩れた瓦礫は、元の位置に戻ってから“崩れ直す”。

 

 エーデルワイスは異様な吐き気を覚えた。

 

「……一体、これは。バカな、時間の遡及?ありえない、貴方の伐刀絶技(ノーブルアーツ)にこのような芸当は不可能なはず」

 

「うん、だからこれは第四の魔剣の効果だよ?」

 

「第四魔剣“逆光牙”?……この魔剣は後の先、読みの究極とでもいうべき技のはずでは?」

 

 そう、エーデルワイスが龍馬より聞かされた第四の魔剣の詳細は、後より先を取る超人的な読みの完成形。後から出でて、先を絶つ斬法だと。

 

「ああ、お爺さんの知り合いだったんだ。道理で、“逆光牙”の名前の方を知ってるわけだ。じゃあ、手向け代わりに種明かしをしておきましょうか」

 

 “第四の魔剣、逆さ殺しについて”

 

 そう言うと、一輝は片手で持った霊装を一度、軽く振り下ろした。

 

 振り下ろした直後、その軌跡と寸分違わぬ軌跡で剣を戻して元の静止位置に戻す。次に一歩踏み出してから、脚を元の位置に戻す。

 

 五回ほど剣を振ってから、五回、まったく同様の動きを逆順に再現した。

 

 

「一体、なにを──?」

 

「……実はこれと似たようなことをさっきから幾度かしてたんですよ、戦い始めのときからね。わざと見せるのでは意味がない。あくまで見えないようにしながら、“見せる”ことが肝要で……」

 

 読みの究極?後の先の完成?

 

 黒鉄龍馬は第四の魔剣をそのように誤認したうえで、結論から敵の攻撃に先んじる技巧へ“逆光牙”の名前を与えた。しかし、それは本質を掴んでいなかったのである。

 

「“潜在意識”への介入。特定の動作を相手の無意識下に焼きつける」

 

 第四の魔剣が真に攻撃しているのは“先手”ではなく“認識”なのだ。

 

「逆さまな行動を見えにくいよう相手へ見せる。何度も、何度も。そうすることで術中に嵌った相手の時間感覚は“逆転する”」

 

 第四の魔剣を受けたものは、認識した単一動作を逆再生して認識する。

 

 例えば、崩れ落ちる瓦礫、一歩の踏み出し、霊装の振りかぶり、纏まった単一動作として認識してしまった連続攻撃もこれに含まれ──。

 

 時は逆行する。

 

 

 

 時間の流れとは、観測者の主観によるところが大きい。その主観に大きなエラーを生じさせれば、人の感覚は容易く正常な時間の流れを観測し得ない。

 

「と言っても、会話を逆順に認識したりはしません。要するにモノの動きや周囲の挙動に関する時間感覚だけが逆順になるよう錯覚しているんです。これが時間感覚の鈍化と逆行の誤認」

 

 一輝は己の秘奥の種を明かし、退屈そうに締めくくる。

 

「逆しまに死ね、比翼のエーデルワイス」

 

 

 

 会話が途切れると、攻め立てられていた一輝が反攻に転じる。

 

 エーデルワイスは二刀を巧みに使って防御を行うが瞬く間に滅多切りにされていく。防御した場所が完全に見当違いな所であったり、攻撃がそもそも明後日の方向に放たれてすらいた。完全、完璧を称される比翼の剣に有り得ぬ不手際、悪手の数々。

 

 

 全て、逆行する時間感覚が及ぼす悪影響。エーデルワイスが最速で攻撃をしても、そこは一輝が数秒前に通過した地点であり、幾度も一輝の刃が通り過ぎた箇所や振り始めの見当違いなタイミングに向かって防御姿勢を取ってしまっている。完全な周回遅れ。

 

 逆順する時間の流れに囚われたエーデルワイスと順行する時間流にいる一輝とでは、攻防の速度域に甚大な差異が生じているのだ。

 

 神速を謳われるエーデルワイスの剣速は、もはや黒鉄一輝の挙動に追いつかない。

 

 遂にエーデルワイスの左腕が魔剣の一刀の下、斬り飛ばされる。逆行、切り裂かれた腕が戻ったかと思えば、腕はまた再び切り落とされている。観客らの方から悲鳴を噛み殺したような気配だけが届いた。

 

 

 切り捨てられた左腕の断面を抑え込む。零れ落ちる流血の量は生命維持すら困難なことをエーデルワイスに報せていた。

 

 手中から遠のいていく勝利の可能性。

 

 

 敗北を覆しようのない未来と認識した瞬間から敗死の運命は確定する。伐刀者(ブレイザー)、運命を力に変える者。己の運命の限界を超え、この星に巡る因果の外側に至った騎士、伐刀者(ブレイザー)の上位存在たる魔人(デスペラード)

 

 因果に対する極域の干渉性、自らの意思で世界の運命を塗り替える力を持つ魔人(デスペラード)にとって、敗北の確信は運命の決定を意味する。

 

 

 運命は残酷にも定めた、比翼は魔剣に届かないと。

 

 

 

 しかし、その運命を覆してこその魔人(デスペラード)

 

 

 宿命を越え、因果を書き換える超越の“魔”に踏み込んだ人間たち。

 

 エーデルワイスは、此処で自身の秘奥を解き放つ覚悟を決めた。

 

 契約を司る因果干渉の異能、無欠なる宣誓(ルールオブグレイス)

 

 契約を遵守させるために発動される“強制力”。

 

 それをこの戦いの間、いやたった一太刀という刹那の内に発動する。

 

 契約がもたらすのは不自由だけではない、縛られたモノの重さはすなわち跳ね上がる強化幅と比例する。ただ一瞬、刹那の時に自分の持つ全てを使い切り、振り絞る。

 

 この契約で縛るのは……たった一秒か、いいや、コンマゼロの時間か。

 

 いいや、もう二度と、戦うことができずとも──。

 

「もう二度と、剣を振るえなくとも!!」

 

 総身から沸き上がり、跳ね上がる魔力の燐光。

 

 同時、対する一輝と周囲にいた観客たちは目撃する。エーデルワイスの背後、虚空に浮かぶ巨大な幻影。見上げるほどの大きさの双剣を握る戦乙女(ヴァルキリー)!これは実体を持つ存在にあらず。魔人が持つ強すぎる因果に引きずられ、埒外の事象を現実にする魔人(デスペラード)特有の現象。

 

 

 一輝はこの物理法則を凌駕した現象に対し、歓喜の笑みを浮かべた。

 

「来たか、これが貴女の伐刀絶技(ノーブルアーツ)!!」

 

 

 歓喜に声を躍らせる一輝は、巨大な戦乙女(ヴァルキリー)の間合い、エーデルワイスの斬撃圏へと飛び込んだ。

 

 

 世界最強、比翼のエーデルワイスが奥義。かつて、連盟、同盟の両軍を纏めて斬り伏せた極点の剣。宙に剣を思い、思う剣を振るうだけで世界に斬痕を刻む因果の剣。剣士が行き着く果て、夢想剣の領域にエーデルワイスは若年(じゃくねん)の身ながら、辿り着いている。

 

 狂った時間流の中、エーデルワイスは神速に匹敵する速度で飛び込む魔剣、黒鉄一輝の姿を正確に捉えた。

 

 第四の魔剣、逆さ殺しの攻略法。

 

 一秒、いいや刹那。巻き戻る過去のないたった一瞬の時間。

 

 相手の攻撃する一瞬と自分の攻撃するタイミングを完全に合一させること。

 

 それこそ逆さに巡る矛盾と逆行の魔剣の死角!

 

 

“今、此処に生涯の剣を捧げる”。

 

 隻腕となったエーデルワイスの一刀と幻想でありながら、現実に像を結ぶ巨大な戦乙女(ヴァルキリー)の二刀が一輝に放たれる。

 

理を断つ綺羅星の剣(ソードオブコスモス)!」

 

 戦乙女が全てを賭し、魔剣を切り伏せる至高の斬撃を繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 ピッピッ、と規則的に鳴るタイマーの音。柔らかな眠気に微睡んでいたエーデルワイスはぼんやりとした心地のまま、キッチンにパタパタと駆けていく。

 

 はて、直前まで自分は何をしていたのだろう。

 

 何か、大切なことを忘れている気がする……。

 

 キッチンに入り、真っ先に感じた芳醇な林檎の香気に、私は何をしていたのかを思い出す。規則的に鳴るキッチンタイマーを止め、レンガ造りの古いオーブンを開く。

 

 オーブンから調理を終えたお菓子を取り出す。飴色に焦げ、芳醇な匂いを発するアップルパイ。我ながら美味しくできたと気分の良いまま、出来立てのアップルパイを皿に乗せる。

 

 そのままエプロンを翻し、客人を待たせているリビングへと皿を持っていく。

 

 リビングには借りてきた猫のように身を小さくしている黒髪の青年がいた。困惑する様な青年は私を見るや、ぎこちなく笑い掛けた。私は彼を驚かせないよう微笑みを返してテーブルに皿を置く。

 

『おまちどうさま。さぁ、召し上がってください』

 

『……えっと、ありがとうございます』

 

 彼の表情には、ほんのわずかな困惑があった。

 

『おや?もしかして、甘いものは苦手でしたか?』

 

 彼は慌てて首を横に振る。リョーマから味の好みを聞けていないが、甘いものが苦手でないというのなら一安心だ。王馬は甘味に関心を示さなかったが、こうして腕によりをかけられる好機、“彼”には存分に付き合ってもらおう。

 

『いえいえ、そんなことは。とても美味しそうで、本当にタダで食べていいものかと気後れしてしまいます』

 

『遠慮しないでください。むしろ、存分に食べてもらった方が気持ち良いくらいです』

 

 勧めの言葉を受け、イッキはゆっくりと手を合わせた。

 

『いただきます』

 

 イッキは取り分けたアップルパイを口にする。どことなく緊張していたようだったが、一輝の様子が弛緩したことから、喜んではもらえたらしい。

 

『どうですか?お口に合いますか?』

 

『……はい、すごく美味しいです。すごくいい匂いがして……今まで食べたアップルパイで一番、美味しいです』

 

『嬉しい、これは私の祖母から教わったアップルパイで隠し味にカルヴァドスを加えているんです』

 

 

 黙々と食べ進めていくイッキは、瞬く間に食卓に並べられたお菓子を完食してしまっていた。少し多めに作ったのだが、さすがに男の子だ。食器を片付け始めようとしたところで、イッキはぼんやりと此方にある疑問をかける。

 

『ちょっと聞きたいことがあるんです……』

 

『──はい、何でしょう?』

 

『どうして貴方はわざわざ、命を無為に捨てるような選択をしたんですか?』

 

 何故、だろう。なにも思い出せない、はずなのに、何か心には響くものがあった。何だったろう、わたしは──。

 

『最初に出くわした時点で互いの実力差が分からないほど未熟なわけではないでしょう?少なくともあと三年は鍛錬を重ねていれば、剣技ならイイ線にいったでしょう。それに、あの時点で戦えば勝ちの目が無いのは一合を交えた時点で気づいていたはずだ』

 

 その言葉に、あやふやな記憶のまま、わたしは何が起こったのかを少しだけ思い出しかけていた。ああ、そういえば、わたしは……。

 

『──どうして、自分から無意味な死を選ぼうと?』

 

 此処でようやく、わたしは彼の真実の一端を思い出す。“魔剣”、古今無双、斬撃に魅入られた異端の騎士。リョーマの命を絶ち、可能性によっては世界を斬滅する史上最悪のイレギュラー。

 

 魔剣、運命を確定し因果を狭める魔人(デスペラード)の天敵。

 

 

 そんな彼の言葉に、わたしはようやく自分のしたかったこと、探し求めた力の意味。自分の騎士道を見出す。

 

『イッキ、わたしは自分の戦いを、自分の死を無意味なものとは思いません。……わたしが剣を取った始まりの理由(オリジン)は、ただの運動(ダイエット)が目的でした』

 

 その言葉にイッキは納得を覚える。エーデルワイスの剣技は何処か、血の匂いが薄かった。それなりに戦ったことで命を奪う実用性はあったのだろうが、彼女の戦闘基礎が殺し合いでなかったことは、黒鉄一輝にとって一目瞭然。

 

『そんなわたしが世界最強になってしまい、目的も理念もないまま強くなり続ける日々。わたしは自分が得た強さの理由を、自分だけの騎士道を外の世界に求め、目的地もなく彷徨い続けました』

 

『じゃあ、その迷走も此処でお終いだ。貴方の道は既に途絶えた』

 

『いいえ、それこそが大いなる勘違いなのです』

 

 エーデルワイスの夢見るかのごとき言葉を一輝は理解しきれない。

 

『わたしは“自分のみが結果に至ること”だけを求めてはいない。自分だけ、自己を特別なモノとして、結果だけを求め続けても独力では届かない場合もありましょう』

 

 魔剣には、その悟りの意味が届かない。己だけ生まれ落ちた時から究極に至っていた魔剣には、“誰か”を必要としない彼には、その言葉だけは届きようがない。

 

『“誰か”に後を託すこと。自分が積み上げた過程を託せる人と出会い、自分が目指した結果に辿り着くことを夢にみる。それを夢に抱くだけで不思議と心が弾むのですよ』

 

『それでも、貴方はもう助からない』

 

『でしょうね、でも、わたしの歩んだ騎士道(みちのり)は続いていく。わたしが求めたものは弟子に託せた。……イッキ、“出会い”こそがこの世界で最も偉大な力なのです。“他者との出会い”が自身の道をより高みへ、遥か彼方へと導いてくれる。出会った人々と紡いだ軌跡は、“自分だけでは届かない結果への道しるべ”となる』

 

 イッキがそれを知るのはいつになるのだろう。でも、きっとそれを知らしめるのは……。自分が教え導いた彼か?あるいはイッキの出会いの中に既に……。

 

 もっと話していたいが時間が来てしまった。

 

 座ったまま物思いに耽るイッキに手を振り、わたしはバス停へ向かう。これから乗るバスの終点から弟子と魔剣、それを取り巻く人たちの物語を見るとしよう。ほんの少しの寂しさと不思議な昂揚に身を任せ、停車しているバスに乗り込むと、わたしはかつて師と仰いだ、彼に再会する。

 

 人の出会いは、きっと運命なんてものよりも大きな因果と偉大で優しいものに祝福されているのかもしれない。

 

 わたしは再会を喜びながら、そんなロマンに満ちたことを思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 血だまりの中で微笑み、夢見るように事切れた白銀の女性。比翼と称された戦乙女の亡骸を一輝は冷徹に見下ろす。

 

 死ぬと、終わると分かっていながら、彼女はひた走った。

 

 逃げることも選べたのに、結局戦って息絶えた彼女に、一輝は賞賛の念を抱く。かつて死闘を繰り広げた祖父、黒鉄龍馬のように、大病の身ながら立ちふさがった恩師、折木有里のように。

 

 比翼、エーデルワイス。彼女にも譲れぬものがあり、命を賭したのだ。

 

 惜しむらくは、彼女は“世界の広さ”を知らなかったことに尽きる。剣を交えたために理解っていた、彼女は己の強さに驕慢を抱くような性質ではない。世界最強を名乗ったのも、なんらかの理由あってのことだろう。

 

 けれど、もっと謙虚に剣と向き合っていたのなら……。

 

 人生を、あらゆる喜びを、可能性を、願いを、剣に捧げていれば……。

 

 僕のごとき凡夫に命を奪われることも無かったろうに。

 

 

 惜しい、と一輝は唇を噛み、もう動くことのない戦乙女に背を向けて、手向けの言葉を贈る。

 

 

「さよなら、比翼のエーデルワイス。世界の広さを識ることのなかった凡夫──」

 

 

 魔剣、未だ敗北を知らず。

 

 この日、世界の頂点に坐していた綺羅星は堕ち、世界は新たなる最強の騎士を知る。落第騎士、黒鉄家の落ちこぼれ、異端の技巧遣い、魔人の天敵種。

 

 “魔剣、黒鉄一輝”。

 

 

 

 

 騎士連盟、同盟、解放軍、アメリカ合衆国、中華連邦、エトセトラエトセトラ。世界最強の称号を求め、強さを探求する騎士たちが比翼の墜とされた地を目指す。日本という小さな島国を中心にして、世界全体を混沌に巻き込む戦嵐が吹きすさぼうとしていた。

 




 備考:黒鉄一輝について

 肉体性能の全てが戦闘に特化しているため、五感の内、幾つか正常に機能していないものがある。特に味覚は完全に機能しておらず、黒鉄一輝は食事において歓びを感じたことはない。他者と食事をする場合には、周囲の反応と咀嚼回数、表情の変化から平均した反応を取り、周りに解け込んでいる。

 そして、黒鉄一輝の味覚が機能していないことに気づけた者は、現時点で一人たりとも存在しない。

次に投稿するかもしれないエピソードについて

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