固有霊装、伐刀者の魂の具現体であり魔導騎士の基本武装。その展開自体は、どれだけ魔力が減っていても誰にでもできる行為だ。どれだけ魔力を消耗しようと意識があるなら展開は可能なはずだ。少なくとも魔力不足で固有霊装を展開できないなんて、聞いたことも見たこともない。それだけ固有霊装の展開とは当然の、基本的な、初歩のことなのだ。それが普通だ、それが当たり前だ、それが常識だ。
だというのにこの男は、今なんと言った。
「あんた今、なんて言ったの?」
「ん?いやだから今日はもう、固有霊装を出せないくらい魔力が減ったから霊装以外で戦いたいって」
ほら、とでもいいたげに一輝は手に持った竹刀袋から何の変哲もない竹刀を取り出している。固有霊装は、魔力で構成された物質でありミサイルだろうと傷ひとつもつかない物質。そんな武装に、市販品の竹刀で挑む?
「実は朝の鍛錬で霊装を出しちゃったから、今日はもう出せないんだよね」
あまりにも信じがたいセリフを聞いて、ステラはふらりと身じろぎをする。ギャラリーはみんなが爆笑しており騒々しいこと、この上ない。よほど死に急いでいるのかと声を荒げそうになった彼女の前に慌てた様子で発言をするものが出てきた。それは、他でもないこの模擬戦をセッティングした理事長、新宮寺黒乃その人だった。
「幻想形態が展開できていない以上、安全の保証ができない。この試合は明日に持ち越す!」
「……まぁいいですけど、わたしだって無抵抗の弱者をいたぶる趣味はないですから。でも、それなら勝負はイッキ!あんたの負けだから、あんた、今夜は部屋の外で野宿でもするのね!」
その発言を受けて、一輝は理解できないという風に首をかしげた。
「いや、負けてないだろ?勝負は明日に持ち越しだって。それなら引き分けじゃないかな?」
「は?あんた、霊装を相手にバンブーブレードでまともに勝負が成立するとでも?」
「やめろ、ヴァーミリオン!これは無効試合だ。勝負は成立していない。今回は確認を怠った私の責任だ。同室が不服というなら、ホテルの一室でも取ってやるから、此処は大人しく」
霊装も展開できない程度の相手に自分が引き分ける?断じて認められない。そんな馬鹿みたいな勝負をこの異国の最初の試合にしたくない。そんな思いのままにステラは、展開した己の霊装、
「いいわよ!そのおもちゃで私と戦えるっていうのなら、好きになさい。私は私の強さをもって、あんたの弱さを粉砕する!!」
「そっか……うん分かった。それなら、僕は己の無才によって君の才能を凌駕しよう」
「待て、ヴァーミリオン!黒鉄の武装は幻想形態ではない!つまり、肉体的損傷を受ける可能性があるんだぞ!」
何を馬鹿なことを、伐刀者が魔力の篭った武装以外で怪我をするなんてことが起こるわけもないのに。しかも相手が持っているのは殺傷能力なんて欠片もないただの竹刀だ。
「無傷で完勝しますから余計なお世話です!さっさと開始の合図を出してください!!」
ステラがもはや言葉程度ではとまらないことを確認した黒乃は頭を掻いて、仕方なさそうにため息を吐いてから片手を体の前方に出し開始の合図を出す構えに入った。
「もう何を言っても止まらぬようだから、これだけは助言してやる。殺す気で戦え、そして勝とうなどと考えるな。生き延びることを最優先しろ。留学生を転入初日にiPS再生槽に放り込むなどしたくないからな」
ステラはまるで自分が劣勢にいるかのような助言を聞いて更に、怒りへ燃料が注がれる。霊装さえ展開できない欠陥騎士が自分を負かすなどという言い方。それが彼女の逆鱗に触れ、派手に炎上する。
『Let’s Go Ahead』
彼女の怒りとは対照的に無機質な機械の音声が勝負の開始を告げた。
「ハァァッ!!」
真っ向からの突貫、何の迷いもない真っ直ぐな軌道。振り下ろされるのは、Aランク騎士の魔力によって強化された膂力より放たれる一撃だった。周囲の温度が急激に上がり、訓練場の床に大きな亀裂が刻まれる。攻撃を避けるのは必然、いや霊装なら受けても支障はなかったが、今の自分の持っているのはただの変哲もない竹刀。
何の工夫もなしに打ち合える代物じゃない。打ち合うのなら相応に工夫を凝らさなくては。右手のみで持った竹刀を軽く握り、ステラ・ヴァーミリオンという眼前の敵を改めて観察する。
「いい判断、いえ逃げ腰だったのが幸いでもしたのかしら」
粉々になった訓練場の床。それを見て、多少は動揺で笑顔の表情がこわばるかと思っていたステラは、相変わらず笑顔のまま余裕そうな一輝に苛立ちの目を向ける。
「まぁそんな感じかな、武器が武器だしね。うかつに剣を交えたら、一瞬で灰になっちゃうよ」
「ふん、言っておくけど、わたしの剣が纏う熱量は摂氏3000度。あんたのそんなおもちゃなんて灰も残さないわ!」
そう言い切ったステラは首元に鈍く痛みを覚え、痛む箇所を触る。ぬるりとした熱くいやな感触、手のひらを見ると手は真っ赤に染まっていた。
「はっ?」
「いきなり、無策で突っ込んでくるのは戦闘者として、どうかと思うよー」
ありえない事態が起こっている。薄皮一枚、しかし確かに自分は斬られた。それも自分から攻撃をしておきながら。しかも急所である首の付近を斬られてから気づいたのだ。
「…………あんた、一体なにをしたっていうの?」
「いや別に大したことはしてないけど?単に君に合わせて攻撃しただけだから」
「そんなわけない!わたしの体の表面は魔力がバリアーの役割をしている。魔力で劣ったあんたが、それも霊装ならいざ知らず魔力の篭ってないただのバンブーブレードでわたしの体に傷をつけるなんて!」
「へえ、そういうのがあるのか。まぁ、出来ちゃったみたいだし、深く考えなくていいんじゃないかな?」
「ふざけないで!……いえ、まさか、これがあんたの
ざわざわと客席がざわめく。圧倒的な蹂躙戦となるはずの戦いが蓋を開ければ、落第生が初手でAランク騎士に太刀、いや竹刀で傷をつけている。こんな異常事態、伐刀絶技「ノウブルアーツ」でもなければ不可能だ、能力値至上主義の教育を受けてきたものからすれば、こんな不可解な戦いはありえない。
会場中の人間が、一輝のある言葉を今か今かと待っていた。
そう、『これは全部、
しかし、返ってきたのは理解不能な回答。
「いや、霊装も展開できないくらい魔力が減っているんだから、
理解できない、彼の口にする言葉がまるで異星の言語のようだ。読み解こうにもあまりにこちらの常識から外れきっている。
「あんた、さっき私の攻撃に合わせて攻撃したって言ったわよね」
「うん、そうだけどそれが……」
「ふざけないで!!そんな簡単に見切れるほど、アタシの剣はお安くないのよ!!!」
“────?”
それを聞いて、今度は一輝が意味不明だと言うような表情を取る。彼女が何を言っているのかが理解できない。剣術という常人の域にある一般的技能など、一度見てしまえば、総て事足りるだろうに。なにをおかしなことを。
「まぁ、いいや。お互い言葉でどうこうという時は過ぎたわけだし。出来れば、今ので降参してくれると助かるけど……」
「冗談!!」
むしろ、これは望むところだ。倒して当然という敵を流れ作業のごとく蹴散らしても意味がない。より恐ろしく強靭で巧みな難敵こそが強さの糧になる。目の前の強敵と同じようにステラは笑みを浮かべる。しかし、そのときの彼女は頭からあることが抜け落ちていた。
なぜ、これほどの強さを持つものが落第という憂き目にあったのかということに。
火の粉が舞う。同時に業火が猛る。訓練場のフィールドを囲む形で火の手が上がる。これこそ現時点では火を操る
それを一輝はうらやましいと言いたげな表情で黙って見ている。そして、ステラは先ほどの剣技を主体にした戦いから一転して魔術を使用した戦いに移る。しかも剣の構えからして魔術に頼りきりではない、武術と魔術を併用したトップクラスの騎士としての戦い方を始める気だ。
「認めましょう、あんたはただの変態じゃなくて超えるべき難敵だと。わたしが倒し、成長の糧となるに相応しい相手ということを!!」
そう言いきると共に炎が意思を持ったかのように一輝を襲う。それは炎の波濤だった。避ける術などないかのように思われる炎の津波。それを見ている一輝は、笑みを少し崩し羨望の眼差しを向け、誰にも聞こえない程度の声で呟いた。
「……いいなぁ」
黒鉄一輝の呟きと共に炎の波を何の変哲もない竹刀が両断する。両断された先には竹刀を振り切った姿で立つ落第騎士の姿。手に持つ竹刀は先端こそ焦げてはいるものの未だに健在。それを予期していたのかステラはすかさず、炎を纏った霊装で一輝に斬りかかる。炎の津波を囮として相手の隙を穿つ戦法。
並の相手なら、炎の波さえ超えられぬところを、この敵ならば超えてくると見越したステラの技量は学生騎士の中でも頭一つ抜きん出ている。彼女の霊装は烈火を帯びて一輝を両断する軌道を描く。だが突如として、一輝を両断するはずの霊装がステラの手を離れ、音を立てて訓練場の床に転がった。
「……あれ?拾わないの?」
敵であるはずの男からかけられる心配そうな声。己が現在進行形で、騎士として最も恥ずべき醜態を晒していると気が付いたステラは顔を真っ赤にして霊装を己の手元に再展開する。
「へぇ、霊装ってそんなことも出来るのか、便利だね」
そんなものを褒められても嬉しくない。騎士ならば子供でも出来るような初歩的なこと、それを一輝は本気で感心し、褒めている。
「今の、なに?」
気が付いたら、己の魂といえる霊装が手元から離れている。騎士にとって、これほど衝撃的な体験はないだろう。
それも魔力を使わないでという常軌を逸した状態では、なおのこと。
「いや、別に特別なことはしてないよ。もしかして、痛かった?」
そう、確かに彼は特別なことをしていない。ギャラリーを始め、ステラも気が付かなかったが、一輝の放ったものは小手打ち。剣道、剣術などで基礎の一端として習うもの。相手の命を奪うものではなく、戦闘手段や選択肢を狭めさせるために相手の手の甲を打つ基本技。
一輝は、小さな振りで攻撃を確実に当てに来たステラの剣を見切り、下段より彼女の剣戟の軌道に隠す形で引きながら竹刀を相手の手の甲に叩き付けた。衝撃の瞬間は刹那、痛覚が働くのが遅れるほどの神速の攻撃。
すさまじい、ステラは目の前の強敵の技量に戦慄と賞賛の念を抱く。これほどの技を磨き上げたこと、それがどれほどの決意と信念に成り立つものかを想像した彼女は、目の前の男が技量において自分を超えるのだと理解した。
ならば、出し惜しみは不要。自身のとっておきを見せるのに躊躇はない。
「あんたの剣技に最大の警戒と敬意を以って、倒してあげる」
ステラは大きく跳躍し、距離をとるため後退する。それを見て、一輝はつまらなそうに口元を歪める。
『ここで距離を取るのか』
剣士を相手に距離を取る。それは間合いからの離脱であり、遠、中距離の攻撃手段を持たないミドルレンジの攻撃を主体とする一輝は普通なら成すすべもないはず。道理にかなっている、実に合理的な行動。
しかし、それは異端にして異常なる剣士、黒鉄一輝を相手取る際には下策も下策だった。
「蒼天を穿て、煉獄の炎」
「これで終わらせよう」
天に己の霊装である
「いかん!!ヴァーミリオン、急いで距離を詰めろぉ!!」
苦々しい表情で戦いを傍観していた理事長が始めて、声を荒げステラに助言を行なう。いや、それは助言というものではなく、単なる危機を知らせる叫びだった。しかし、荒れ狂う炎が立てる轟音で聞こえていないのか、それとも聞こえた上で聞き流しているのか。
霊装は炎を滾らせる。あまりの高温のため炎が炎としての形を失い、光としか認識できなくなる。周囲のギャラリーが慌てふためき、客席で右往左往を始める。
「こんな技を学校内で使うの!?」
「ふざけてる、常識ってやつを知らないのかよ!!」
「ありえねぇ、あれが同い年の、それも俺たちと同じ学生騎士だって!?」
「分を弁えないからだ、皇女様を怒らせたばっかりに。あーあ、黒鉄これで死んだか?」
煌煌と燃え盛る焔が実体を持ち、巨大な剣へと変貌する。それは剣の形を取った太陽そのもの。触れるもの全てを蒸発させる滅びの極光。まさしく、運命に選ばれた伐刀者に相応しい圧倒的な伐刀絶技「ノウブルアーツ」。
そして、その技の名は。
「
圧倒的な破壊をもたらす滅光の奔流を前に一輝は、竹刀を腰だめに構えたまま向かってくる極光の剣に直撃する位置でため息をついた。呼吸を整える、いや意図して深く呼吸を行なったというべきか。
一輝は内心で僅かばかりの倦怠感と共にこう思った。
炎とは無形なるもの、揺らめき流動する水、風のごとき形なき脅威。
それが剣という形を与えられ、有形と成り果てた。
つまらない、さっさと終わらせよう。
せっかく、ご丁寧に距離を開けてくれたのだ。なら、見せてみよう。黒鉄一輝が振るう魔剣が一つを。
一輝は下段に構えた竹刀を地面に押し付けた状態から消える。いや、消えたのではなく走り出したのだ。走り出した際の初速が既に人間という存在では捉えられぬ域にあるだけのこと。しかし、それに気づけなかったステラは驚きに目を白黒させ剣先がわずかだが鈍る。それがこの試合における最大の失策となった。
この魔剣は、三つの要素より構築された剣技だ。その要素とは、地面に押し付けた反動、影すら追いつけぬ疾走により得た加速による突進力、そして急制動をかける事によって生じる急激な重心移動。以上の三要素と人外の技量により放たれる技こそ、後の世で禁忌魔剣と呼び称される災いの魔剣。
そして、その魔剣の名は。
「第一の魔剣、
そして、決着のときは来た。莫大な熱エネルギーを放つ光の剣と、超速で地面に引きずられた竹刀。その衝突の瞬間が。
「え?」
ステラは上空から訓練場だった場所を見下ろしていた。いや、そこはもはや訓練場というものではなく瓦礫の山に成り果てている。そんな戦闘とは何の関係もない思考を零した後、先ほどまで自分が立っていた訓練場、それがいつの間にか眼下にあることに違和感を覚える。そんな違和感を認識してからステラは自分の敗北を理解し、意識を反転させるのだった。
試合は終わった。一輝は切っ先が焦げた竹刀を竹刀袋にいれ訓練場を後にする。勝負が終わったらすぐに帰るとか薄情な奴といわれても仕方ないが、今の自分が訓練場にいても特にすることがないのだから仕方ない。
訓練場では顔を真っ青にした理事長がなんだか忙しそうにしているし、ヴァーミリオンさんに関しては今は“話す話さない”なんて悠長なこと言ってる場合でもないだろう。ギャラリーは顔から血の気が引いており口を開こうともせず口を開いたかと思えば地面に両手足を付いて嘔吐している。
「みんな大変そうだなぁ」
他人事のようなセリフを口にしてから一輝は先の戦闘を思い返す。確実に歴史へ名を刻むであろう傑物の一人、Aランク騎士ステラ・ヴァーミリオンとの試合を終え、無才の騎士は去り際に万感の念を込め先ほどの戦いについての感想を零した。
「……やっぱり、炎を操る能力ってカッコいいなぁ」
備考:黒鉄一輝について
対人戦闘の経験は、ほぼゼロ。唯一の戦闘経験といっていいのが、曾祖父である黒鉄龍馬と行なった三日間の稽古のみである。なお、稽古の内容は一日目が実力を確認するための打ち合い、二日目が騎士としての心がけに関する座学、三日目が剣の指導で終了した。
この三日間の稽古について、黒鉄一輝の感想は“楽しかった”とのこと。
また、本人いわく実家にいた頃は、親戚や分家の子供、その親御さん、黒鉄家専属の指南役の人たちが霊装を使って遊んでくれたことがあるらしい。
親戚や分家の子供、親、黒鉄家専属の指南役たちは全員、その後、騎士を辞めた。