「……黒鉄、一輝、なのか?」
「あ、黒鉄一輝だね?」
深刻そうな問い掛けとは別に、ひどく緩いノリで詰問は返される。瓦礫の山頂に坐す“一輝”は、一目見て全ての次第を把握する。これが今回、自分の戦う相手であると。片や、瓦礫の山を登ってきた一輝は、状況が理解できていない。
顔かたちは似通っているが、それだけで自分と相手を同一人物と断定してしまったことが彼には理解できなかった。当惑する一輝は、魔剣と謳われた“一輝”に尋ねられる。
「一応、“此処がどういう所なのか”は分かるかな?」
「……場の名前は“封絶”、此処から出るには君を倒すしかない……ということくらいしか分かっていないよ」
「それだけ分かれば十分だ。よし、じゃあ斬り合うかい?」
朗らかに斬り合おうとする“一輝”へ、一輝が手を前に出す。一寸、待ってほしいという意思表示だ。
「十分じゃない、僕にはそれしか分からないんだ。斬り合うための理由には不足すぎる」
「おや、不足かな?」
少し考え込んでから、魔剣は幾多の可能性が混在した剣神の問いへ鷹揚に応えることにした。せっかくの来訪者だ。暇をつぶすのにはちょうどいい。
「では、何から聞きたい?」
「“彼女は”……無事なのか?」
頭上に燦燦と輝く黒い恒星。一輝は漆黒の太陽に取り込まれた少女、自分の片割れというべき騎士を見上げる。その視線の先、同様に“一輝”も視線を重ねた。
「うん、今はこの世界を維持するために眠ってるけど、生命活動自体は問題なく機能している。動けなかったり、話し相手になってくれないのは寂しいけど」
「~~~~なぜ!!」
一輝の激情にも“黒鉄一輝”は何ら反応を示さない。虚無に染まった瞳は、たかが言葉程度に反応するほど浅い底ではない。無反応な“自分自身”を前にやりにくさを感じながら、一輝は深呼吸をして感情を鎮めていく。
「なら、今ステラが維持しているこの世界、“封絶”とはなんなんだ?なぜ、王馬兄さんの龍爪が、いいや、この瓦礫の山にしても奇妙すぎる。どれも日本国内、いいや一か所に存在しているものではない。大体、何故、此処にいる僕は“君を倒せば帰れる”ということが分かっている!?」
質問の大渋滞、めんどくさそうに“一輝”はため息を吐く。
どうしたものか、手っ取り早く斬るか──。
いいや、久しぶりの客……でも呼んでもないんだよなぁ……。
まぁ、道場破りくらいに思っておこう。それなら、相応の礼を以て相手するのが道理というもの。“一輝”は事の次第の説明を始めようとする。
「とりあえず、順繰りに話していこう。だけど、その前に。ひとつ、大前提を言っておくね」
魔剣、“黒鉄一輝”は、眼下に広がる瓦礫の山々を見下ろして、理解を共有するうえでの前提情報を開示する。
「──実は僕、うっかり世界を滅ぼしちゃったみたいなんだ」
「…………は?」
「だよね、いきなりこんなこと言われても、普通そういう反応だ。僕も王馬兄さんに叱られるまで、自分が世界滅ぼしちゃってたのに気づかなかったし」
軽かった、世界の破滅を語るにしてはあまりに軽い切り出しだった。
「こほん、話を続けると。此処はそんな滅びゆく世界の最期の瞬間を切り取った……ものなんだって。えーっと、確か、最後の戦いは……アメリカで“超人”とか言われていた……なんとか、うんとかはむ…………えっと、ボンレスハム・カッター?とかいう人たちと」
「……たぶん、エイブラハム・カーターという人の事かな?」
「うん、たぶん」
何から何まであやふやだったが、“一輝”は一輝の訂正に首肯する。
「その人たち数億人ほど倒して、地球が割れて、それからなんやかんやで世界は滅んだんだ」
「待った。なんやかんやで済ませるには重すぎる情報が多すぎる。数億の魔人?地球が割れた?世界が滅んだ?ちょっと、飲み込むまでの時間をもらいたい」
「わかった、いいよ」
頭上に囚われたステラを見て、一輝は精神を落ち着けようと……ダメだ、思考が纏まらずに堂々巡りをしている。
「ひとまず、此処は世界の滅ぶ一瞬を切り取った空間というのは分かった。世界が滅ぶまでの経緯は分からないけど、とりあえず滅んでいることは理解した。そのうえで、なぜ僕は“君”と戦うために呼ばれたんだ?」
「それが、この場の基本特性だって、お兄さんは言っていたなぁ」
遠い目をする“一輝”の眼差しの先には、瓦礫に突き立てられた黒の野太刀が映っている。黒鉄王馬、最期の
「この空間で僕が負けることがあれば、僕が滅ぼした事実は虚構となり風に巻かれて消え去る。だから、世界を救うため、この空間は絶えず強者を呼び寄せる。可能性の彼方、数千、数億、数京の、那由他の世界から強い人を呼び寄せ続ける。此処はね、僕が敗北するためだけの舞台なんだ」
「……でも、君はまだ此処にいる」
「うん、だから世界はまだ救われない。それに困ったことに、この世界と繋がった世界は連鎖的にこの世界の状態に引っ張られてしまうそうなんだ」
一輝の額に冷ややかな汗が悪寒とともに流れた。
「つまり……」
「僕に負けると君の方の世界も滅んじゃうね」
「大問題じゃないか!?」
「そうかな?負けたら、の話だよ。この世界から逃げれば、たぶん世界は滅ばない……と思ってるんだけど……違うかな?」
なにもかも曖昧模糊としていた。というか、世界を滅ぼしたにしては万事が軽い。というか、“逃げればいい”という点は初めて聞いた。
「この空間から逃げることは出来るんだね?」
「まぁ、この封絶には対戦時間、というものがある。だから、それを過ぎれば、自然と君は消えて……元の世界に戻ってる、と思う。……たぶん」
「君自身は……本当によく分かってないんだね」
「いやそりゃあだって、此処を作ったのはお兄さんで、維持してるのはステラだから、僕みたいに魔術に門外漢な一剣士の及ぶところじゃないよ」
世界を滅ぼしておいて、一剣士とは何かと思うが、一輝はそこにツッコミを入れるのを後回しにした。この場は決闘、戦闘のための空間。それを前提としたなら、確かにルールがあってしかるべきだ。
制限時間、というのはとてもメジャーで概念としては理解しやすい。大体、戦わずに済むのなら、それはそれで歓迎しなくてはならないことだ。騎士として、戦い、強くなることに執着はあれど、誰彼構わず理由なく戦いたいと思うほど、節操無しでもない。
ゆえに黒鉄一輝は澄んだ瞳で“一輝”に訊ねる。
「此処での対戦時間は?」
「一億年くらい」
「──それは馬鹿なんじゃないかな?」
制限時間の桁が違い過ぎる。というか、それまでに寿命が……いや、此処は滅びる刹那を切り取った空間、現実空間に対応した時間は流れていないのか?
“一輝”はちょいちょいと一輝に手招きをする。此処で不意打ち、をするような相手ではない。自分自身だからか、あるいは世界を滅ぼした実績があるためか、一輝は何とも複雑な顔で“一輝”が見せようとしたものを見降ろす。
眼下には、絶望が広がっていた。
絶句する、肺から空気が根こそぎ抜けた。言葉が、何も出てこない。
今まで自分が登ってきたほうとは反対の麓。瓦礫の山の最下層には数多の石仏、ではなく、座禅を組み、合掌する人間の群れがずらりと並んでいた。
勝つことも、負けることも放棄した騎士たちのなれ果て。
あれが、一億年という時を過ぎることを待ち望む敗残者たちである。
此処に来て、一輝の決心は固まった。
「戦おう、僕には帰らなくてはならないところがある。何より、この世界を照らしている彼女を、ステラを放ってはおけない」
「……彼女は君の知るステラじゃないよ?」
「だからどうした。惚れた人と同じ似姿をした他人であることは重々承知。けれど、他人であるというだけで見捨てられるほど、賢しらに生きれるものか!」
「──そっか、じゃあ受けて立つよ」
ステラの件が譲れないこともそうだが、一億年が経過し、無事に戻れたとして己の戻った世界になんら影響が出ないとは限らない。この空間の主、というか祀られた“黒鉄一輝”自体、何も理解していない有様なのだから。
いつも通り、ただ剣によって明日を切り開くより道は無し。
「来てくれ、陰鉄」
一輝の手には、黒々と鈍い光を放つ刀が出現する。その刀を目にして、魔剣“黒鉄一輝”の瞳の奈落がより深く深淵に染まる。頭上に輝く暗黒の太陽に照らされた魔剣は、神域に立つ剣理の行使がため祝詞を唱える。
「起きろ、隕鉄」
“一輝”の手中にぞぶり、と噴出する黒い液体状のナニカ。それを一見して、一輝は悍ましい恐怖に呑まれた。ダメだ、あれを具現させてはならない。
幸い、あの液体の状態ならば、殺傷性は皆無。
どうにか、形を成す前に仕留めきる!
剣神と称される騎士、黒鉄一輝の一太刀が先手必勝とばかり放たれ──。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。
“死”を味わった。
波打ち、溺れるほどの死の波濤。
生きながら死の奈落へ沈み、埋まりゆく絶望の感触。
剣神、黒鉄一輝の先手を取った神速の抜刀術は、魔剣、“黒鉄一輝”の返す不可視にして絶殺の拳によってねじ伏せられた。
「──あ、しまった。つい、加減し損ねた」
盛大に殴り飛ばされた一輝は、朦朧とする意識を何とか取り戻す。何が起こったという疑問は、相手の反撃を受けたという当然の事実に思い至ることで解決……。
いいや、それよりも最大の疑問が存在した。
なぜ、命が繋がっている?
それに誰より困惑したのは黒鉄一輝本人だろう。
確実に死んだと直感した。終わった、と諦めがついた。為す術はない、と確信した。けれど、何故か生き残っている。極限の状態、無意識化に武術の染みついた肉体が超反応速度で奇跡的に命を繋いだのだろうが、一輝には何も分からない。
分かるのは、今一瞬のうちに逃れえぬ死の門をくぐったという事実だけ。
頬に叩き込まれた拳打の威力に戦慄しながら一輝は立ち上がる。瓦礫の頂から降りてくる“一輝”は、辛うじて生きながらえた来訪者の立ち姿にホッと息をついた。
「良かった、手加減が間に合ったかな?……これから戦おうとする前に死んだんじゃ話にならない」
「……い、ったい、なにが」
「ごめん、僕の
殺意を常態とする魔剣にとって、戦おうとする意志こそが安全装置のようなもの。不意打ち、意識外、戦おうとしていない状態で攻撃をされれば、魔剣はいとも容易く死の運命を具現する。
魔剣の瞳が深淵の色彩を放った。触れる者、対峙する者の命をあるがままに奪い取る透き通った天意がごとき
“一輝”は、足を震わせながら立ち上がった己の似姿に口角を上げる。徒手空拳の自分の一手目を耐えたのは、お爺さん以来だと懐かしさを覚えて。
「──それじゃあ」
“一輝”の手元にあった漆黒の流体は無骨かつ鋭利で機能美に満ちた形を取る。
「此処からが本番だ」
それは魔剣が最も扱い慣れたハジマリの形。
「無才無価値なる僕の全てを以て」
長さ、二尺五寸。黒一色に染まった刀身、柄も併せて漆黒のこしらえ。
「僕の最弱を証明しよう」
太刀の形状をした大いなる災い。世界破滅の遠因。
「それじゃあ」
魔剣“黒鉄一輝”の
「いざ────尋常に勝負!」
魔剣、“黒鉄一輝”。
剣神、黒鉄一輝。
両雄の刃と剣技を以て語る世界救済を懸けた一戦がようやく火蓋を切ろうとしていた。
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本作一輝VS原作一輝
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