魔剣、“黒鉄一輝”は自身の太刀を地面に擦り付け、引きずりながら、ゆったりと剣神、黒鉄一輝の間合いへと迫っていく。“魔剣”と恐れられる“一輝”の所作は何処までも平凡、照魔境に例えられる非凡な観察眼を持つ一輝をして隙だらけと断じる立ち居振る舞い。
だが、油断なぞ一欠片も出来ない。彼の話が全て事実であるとするならば、ステラは当然のこと、黒鉄王馬、エイブラハム・カーター、ひいては比翼のエーデルワイスさえ屠った最悪にして頂点の騎士こそが“黒鉄一輝”。
自分とは異なる足跡を歩んだ
「悪いが……己の弱さを克服せず証明しようとする者にだけは負けられない。行くぞ、僕の
「無いよ、
抜き身の刃から放たれる清廉な
ほんの僅か、
祖父の戦友、闘神の名を冠する達人、南郷寅次郎。その薫陶を受けし西京寧音、東堂刀華らの固有技能。
「“抜き足”か──!?」
「いや、単に歩いただけ」
“一輝”は少しだけ敵手の技量に賞賛を送る、本来であれば刹那の内、懐まで潜り込もうとしたが相手の黒鉄一輝はそれを寸でのところでさせなかった。目はまぁまぁ働くといったところ、だが、もう既に十分な“
「じゃあ、まずはこれだ。第一の魔剣、“
“ジッギィィッィィィッィィィ──!!!”
大地が悲鳴を上げた。
つんざくような凶音と共に地面へ
“第一の魔剣”、ということはつまり、相手も自身と同じ幾つかの技術傾向に分類された秘技を振るうのか!?
思考も束の間、一輝は迫る剛剣の対処がために陰鉄を握り直す。
絶大な破壊力。それならば、これを受け流しそのまま敵手へぶつけるべきかという考えもよぎったが、一輝は敢えての迎撃を選ぶ。おそらく、この技は受け流されぬように対策が為されている。観察による回答ではない、本能が導き出した直感だが、一輝はこれに逆らわずに自分の身体を弾丸のごとくに撃ち出した。
相手の一撃が返せぬなら、己の最高火力の技で競り勝つまで──。
「第一の秘剣、“
地面をなぞっていた下段からの一刀に、刀身の切っ先ただ一点に破壊力を集約した刺突剣が激突する。第一の秘剣、
己を弾丸に見立てて射出し、全体重、速力、衝撃を一点に集中させる。まさしく、万物を貫通する究極の対人刺突。
対し、第一の魔剣は威力を一点に集約させることが出来ない特徴を持っていた。
切っ先を地面にこすり合わせながら接敵し、地面へかけた力の反動と己の腕力、そして、大気の流れ、温度の密度、空間に漂う電荷、それら総てへと干渉する対物剣戟。
魔剣の下段から跳ね上がった剣戟が敵手の刀身の先端を穿つ。
「──へぇ?」
盛大な破砕音が響き渡る。
剣神、一輝の最高火力の一撃はあっけなく轢き潰される、だけに飽き足らず、木っ端片よろしく吹っ飛ばされていった。距離にして百メートル強。だが、“一輝”は退屈そうな顔へ、微かな興味による薄い笑みを浮かべた。
凌がれた、か──。
第一の魔剣は確実に相手の武器だけではなく、身体、周囲の建築物もろとも粉々に破砕できたはずだ。しかし、こちらの心算は挫かれ、おそらく鎖骨辺りを砕いた程度の痛手しか与えられていない。
さらに“一輝”の手にジンジンと残る確かな感触。
第一の秘剣、
惜しいな──。
最初から武器破壊を狙っていれば、僕の“隕鉄”なんて折れていたろうに。
まぁ、一から組み直す手間が省けただけ幸運としよう。
百数メートルほど飛ばされた一輝は地面に叩きつけられ、血反吐を吐く。あの斬り上げ、点ではなく面に向けて放つ破壊力の一刀。“魔剣、
破壊力の拡散、その伝播を目的とした剣技。途中で破壊力を漸減させてなければ、霊装もろとも自分は粉微塵となり、血煙のごとく砕けていたはずだ。
隕鉄を杖に立ち上がろうとすると、腕からギシギシと骨の軋む音が聞こえた。胸元の激痛に歯を食いしばる、どうやら鎖骨が折れているようだ。腕に衝撃を掛けないことに集中しすぎたために、何処かでひずみが生まれてしまったか。
相手の霊装が顕現するまでの間に見舞った攻撃へのカウンター、そして、続く最初の一合。此れだけで一輝の身体には無視しきれないダメージが蓄積しつつあった。
恐ろしい、もし相手に最初から殺す気があれば、僕は何度死に瀕していた?
生殺与奪を握られている、その時点で勝敗は……。
否、相手の油断か、余裕か、それによるものとはいえ、自分の心は折れていない。ステラや大事な人たちの事を思い出す。帰らなくてはならない場所がある。
そして──。
この空間を照らす黒い恒星を見上げる、黒鎖に縛られたステラ、自分の知る彼女ではないのだとしても、自分の愛した人の似姿のためなら、命を賭けるには十分である。
一輝は力を振り絞って立ち上がる。
そして、立ち上がった先、大上段より“一輝”は声をかけてくる。
「まだやれそうかな、秘剣使い?」
「……無論だとも、魔剣使い」
「うん、舌鋒だけは弱ってないね。じゃあ、肝心の剣腕はどうだろう?」
「ならば、刮目するがいいさ」
敵手の奈落を思わせる黒瞳に臆する心を精神力でねじ伏せ、一輝は駆けた。立ち向かう己の鏡像に、“一輝”は薄く笑う。それでこそ、嗚呼、それでこそ。
“魔剣”の微かな歓喜と昂揚を読み取り、一輝は次なる秘剣を選択。彼は数回、高速で周囲に斬撃を散らす。一帯の瓦礫が細切れとなり、“一輝”の頭上に雨あられと降り注ぐ。
大小さまざまな石礫、ガラスの破片、金属片など。だが、直近の脅威を前に“一輝”はつまらなそうに首を傾げる。
「なんだ、剣を交えようとしないの?」
雨粒、木の葉、あるいは一粒の砂塵さえ“一輝”は認識下に置き、それを回避ないし切り裂くことを可能とする。瓦礫が降ってこようと魔剣の技はそれを平然とさばき切る。退屈そうに瓦礫を処理する敵へ、剣神、黒鉄一輝が肉迫した。
「なら、お望み通り──」
突如、“一輝”の足元の瓦礫が切り裂かれ、崩落し始める。何の前触れもなく、瓦礫が崩れたことで“一輝”は踏みとどまろうと膝を突く。一輝の狙いは此処にあった。敵が取る正しい構え、如何な攻撃にも即応できる姿勢、有意な立ち位置、相手のみが万全の状態で真っ向から剣戟を撃ち合うなぞ愚の骨頂。
剣術とは如何に相手の虚を突き、隙を生み出し、欺き通すかが重要。
物に対して使ったのは初めてだが、思いのほか上手くいった。
「第五秘剣、狂い桜──!」
剣神、猛り笑う。
第五の秘剣、狂い桜。本来、この剣技は対人に用途を限定されている。相手の認識を許さぬほどの速度で斬傷をつけ、敵の一定の行動が生じた際に傷口を開かせる遅効性の秘剣。
筋線維の流れ、かかる負荷、相手の動きを読んで放たれる対人秘剣。
これを一輝は対物へ応用してのけた。周囲の瓦礫や廃材へ斬撃を放ち、上空へそれらを撥ね飛ばす。そこから、地盤の瓦礫を薄く、荷重や体積、角度を計算し、斬り込みを入れる。時間差で斬撃の結果が発生するように。
上空の対応に気を取られた“一輝”は足元の時間差で生じる斬撃に虚を取られる。一輝は魔剣の懐に接近し、無音にして神速の一刀をお見舞いする。
そう、風切り音もなく、初速、加速、終速もない剣技の極域。世界最強を冠する剣士、エーデルワイスが比翼ノ剣。七星剣舞祭の前夜、そこから一輝の剣技と価値観を大きく変えた白銀の剣閃が光る。
更に超速度の斬撃に付随し、空気を断絶することで局地的な真空を生み、斬撃を空間へ滞空させる絶技も同時に運用。剣神の太刀筋を目撃し“黒鉄一輝”の瞳に驚きが映る。
崩れた姿勢のまま、“一輝”はすんでのところで一輝の剣を受け止める。刀と刀が拮抗する鍔迫り合い、渾身の力を込めて押し切ろうとするが、“一輝”の太刀は寸毫も動かない。
ならば、超至近距離から放つ絶大な破壊力の技を叩きこむ。
黒鉄一輝が放つのは第二の秘剣。
相手と接触状態にあること、下半身のバネおよび腰のひねりを十分に駆動させる余裕があること、条件は整っている。
これなるは剣によって放たれる無寸勁、名を“裂甲”。
鎧砕き、装甲破砕の絶技なり。
下半身のバネが跳ね、腰のひねりが運動量を乗算し、一輝の陰鉄が今、絶大な破壊力を発揮する。無寸勁の衝撃が剣を震わせた瞬間、一輝は猛烈な怖気に心臓を掴まれた。
体温が反転し、心臓より廻る血流が凍り付く錯覚。
魔剣、“黒鉄一輝”は回避不能となった無寸勁の一撃に応じて、次なる魔剣を開帳する。少しだけ残念そうに、ため息を押し殺して別離の挨拶と手向けがてら、技の名を明かす。
五番目に構築されし“黒鉄一輝の殺意の形”。
「──第五魔剣、告死病」
“一輝”は敵の無寸勁に応じて、病理の名を謳う疫災の魔剣を放った。
リィ゛ィィギィィィィィン────。
ビィィィリィィ゛ィィン────。
澄んだ鈴の音色、あるいは土くれの入った太鼓の反響、濁音のようで快音でもある。澄んでいるはずなのに濁り切っている。綺麗なのに汚い音響。致死必殺の音色が
一輝は突如として血反吐を吐き、視界が真紅に染まる。いや、被害はそれに留まらない、膝は敢闘の意思に反して地に着き、数多の痛みに耐え抜いてきた五体は地べたへと這いつくばっている。目、鼻、耳から粘液状の流血が糸を引いて零れ落ちる。
否、これは単純な血液ではない。臓腑を解かした肉の成れ果てだ。
死の間際、一輝は超圧縮された認識時間の中で理解する。これは衝撃の伝播による体内破壊の一太刀か。おそらく“衝撃を徹す”だけではなく、肉体の中で幾度も反響し、増幅させ続けている。技を受けた対象が死に至るまで。
だが、それがわかったところで激痛が和らぐわけも──。
「…………っは、あ、あ、がぁぁぁぁぁあぁ!!!」
のたうち回る一輝が刀を手放さなかったのは本能なのだろう。剣士として、幾多の試練と脅威、危険、あげく死の境界も越えてきた彼にとって、武器を手放すことなどあり得ない。だが、“一輝”は少々、不満そうだった。
それもそのはず、魔剣にとってこの状況、絵図は最初から想定通りであった。
上空にモノを飛ばし、遅効性の斬術で虚を突いたつもりなのだろうが、あらゆる剣理と斬法を識る魔剣にとって“
これでは騙されてあげられない。
あと繋げて放たれた最高速の太刀、あれは昔斬り合った………………エデ、エーデェ…………比翼さんの剣技だろう。
それが魔剣には分からない。
まぁ、自分のような門外漢が指摘しても意味ないかと思考を切り上げ、“一輝”は地面でのたうち回る黒鉄一輝を見下ろす。
「これで、お終い……まぁ、自分なんてこんなもんか」
あっけない終わりに肩を落としかけた時、一輝は膝立ちになり、己の隕鉄を逆手に構える。まるで切腹のような恰好ではあるが、その体勢から何をするのかを理解した“一輝”は、目を輝かせて思わず呟いた。
「──マジか」
致命必殺、生者絶殺。第五の魔剣、告死病は食らったものの命を奪う必殺の剣である。これまで魔剣と戦ってきた無数の騎士たちがいたが、第五の魔剣を受けて生き延びた事例はたった二件。肉親であり、史上最高峰とされる水遣い“深海の魔女、黒鉄珠雫”。第五の魔剣の崩し、死病を祓い、運命を捻じ曲げる対病理魔剣、“剥死病”を受けて生まれ持った病魔を一掃された魔剣が尊敬に能うと断言してやまない “恩師、折木悠里”。
この二件は例外中の例外。
生き延びた理由には“魔剣”の手心、卓越した人体回復の魔術、珠雫の“一輝”の為なら世界を敵に回しても貫こうとする強い愛情、恩師への尊敬など様々な要因が重なって生じた奇跡が起因している。
それ以外で第五の魔剣を攻略した者は実在しない。いや、黒鉄王馬は第五の魔剣を脅威としなかったが、それも回避に全霊をかけたため。第五の魔剣を受けた者はたった二つの例外を除き、存命していない。
剣神、黒鉄一輝は自身を誘う死の手の気配を感じ始めていた。抗えないほどの絶対的な終焉の引力、虚空に消えゆく意識は眠気にも似て、肉体は隅から隅まで破壊される寸前にあった。
もう、黒鉄一輝にはなにも残っていない、はずだった。
血みどろになった一輝が閉じていく目で最後に見たのは、鎖に囚われた愛する人の、ステラの面影で──。
なにも、残っていない。空っぽなはずだった。
けれど、一輝という閉じた世界の外、自分以外の存在が剣神の意識を繋ぎ止める。何も残っていない、はずがあるか。
ステラという愛した人を前に情けないことが出来るか!
魂が喝破する、心が燃える、肉体は限界を放棄した。
膝立ちになった一輝は陰鉄を逆手に持ち替える。この状況で失敗は死につながる、それを理解したうえで一輝は次なる秘剣を“己にめがけ”解き放った。
「──第六、秘剣……毒蛾の太刀」
みぞおち、人体の正中線、中央へ一輝が六番目の秘奥を開示する。それは鎧透しの太刀、極めた達人の斬り込みは不壊の装甲を貫通して破壊力を作用させるという空想に語られる剣豪の絶技。
一輝の毒蛾の太刀はまさにそれで、剣を起点とし衝撃を敵へ伝達、いわゆる浸透勁によって内部破壊を行う剣技。皮肉にも敵の第五の魔剣と酷似する技巧。
衝撃を徹して一撃の下、瞬時に敵を無力化する“第六秘剣、毒蛾の太刀”に比して、相手の体内で反響、無限増幅させつづけて死に至らしめる“第五の魔剣、告死病”では込められた殺意の純度が異なる。
しかし、技術体系はひどく類似していた。そこに一輝は活路を見出す。自分を殺そうとしているのは、体内に増幅反響する衝撃の波紋、それを潰しさえすれば、ダメージを抑えることは可能となる。おあつらえ向けに一輝には、体内に衝撃を透す秘剣が存在していた。
毒を以て、毒を制す。
剣神、黒鉄一輝の身を
死病は克服された──。
死の淵にあって、絶体絶命、敗色濃厚な窮地のただ中で、黒鉄一輝は咄嗟に第六秘剣、毒蛾の太刀で解毒を為したのだ。
粘性が失せて滴り落ちる流血を拭い、満面の笑みで一輝は刀を構え直す。魔剣は笑み零しながらも、愕然と剣を握り直す。
「──マジか」
「ああ、大マジさ!」
血涙を流しながらも一輝の瞳に光るのは絶望ではなく歓喜、いや狂喜だった。死の間際、絶命の境地にあってなおそれを踏破した感覚。今、剣神は先ほどまでと明確に異なる地点に自身を置いていた。
総身に駆け巡る全能感、これまで感じ取れなかったものを満遍なく見聞きしている。
今までにないほど世界を明瞭に感じ取れる。昂揚し過ぎた自分を冷静に観測しながらも、一輝はこの歓喜と全能感に身をゆだねた。
純黒の刀身をした霊装、隕鉄が鏡写しに向けられ、剣神と魔剣が対峙。
希望を灯した瞳と奈落の深淵を映す瞳が交差する。
「行くよ、此処からは第二ラウンドだ」
「ああ、それなら第一ラウンドよりも派手に、楽しくやろう」
次に投稿するかもしれないエピソードについて
-
ラスベガス水着剣豪七色勝負
-
本作一輝VS原作一輝
-
エーデルワイス戦
-
連載