落第騎士の備忘録   作:悪事

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魔剣秘聞、七つの秘剣と七大魔剣。

 途中から剣神、黒鉄一輝との戦闘には関係ない過去編が混じるのでそこは読み飛ばしても支障ありません。内容は魔剣、黒鉄一輝が祭りの熱狂に当てられて浮かれていた七星剣舞祭、第一戦直前あたり。オル=ゴールくんとの感動(見方による)の再会です。




二十一話

 

 

 

 死の淵から蘇った一輝の剣閃は、先ほどのそれとは隔絶した練度へと登りつつあった。“一輝”は段々と後手に回り続け、息を呑む。

 

「こっちの剣技を盗むつもりか──」

 

 

 黒い刀身、ほぼ同一の形状をした霊装、陰鉄と“隕鉄”が衝突し、刃鳴を散らす。剣を透かし、打ち込み、斬り流し、刀と刀がぶつかり合うたび、火花が綺羅星めいて虚空に残光を咲かせる。

 

 両者の剣は異様なほど、同一の軌跡を描いて衝突する。

 

 まるで名工が刀剣を鍛造するかのごとき刃金同士の激突。

 

 

 剣神は、眼前の魔剣の刃が織りなす軌跡から更なる成長、進化の可能性を捉え続ける。研ぎ澄まされた超越の観察眼は今、この瞬間において神域に到達せんと読みの深さ、速さを指数関数的に増していった。

 

 余人は、これを指して“模倣剣技(ブレイドスティール)”と呼ぶ。

 

 

 敵である魔剣の技巧さえ餌食とし、剣神の剣技は更なる卓越に手を掛ける。

 

「──戦い始めてから、今の今まで君の剣の術理を推し量ることができなかった。ただ、純粋な反射神経や才能だけで戦ってると思ったが、違う。君の剣には確かに積み重ねられた膨大な時間が込められている」

 

 一輝は額から諾々と血を流しながら菩薩めいた微笑みを浮かべている。怒りも、迷いも、我欲もない、それは武術の果てに至った悟りの境地。

 

「さっきまではそれを読み解くことが出来なかった。でも、今はよく分かる。君がどれほどの逡巡と迷妄の果てに剣を鍛え上げてきたのか……。魔剣(キミ)がよく見える」

 

「どうかな、僕の今まで見せた技が本当に僕の実力の底だと判別つくのかい?」

 

「どうだろう。君の言う通りかもしれない。でも、それなら、その先の剣技さえ読み解いて、僕は更に僕の剣を研ぎ澄ませる。出し惜しむなら、そこで僕が君を置いていくぞ。全霊で来い、魔剣遣い!」

 

「なら、せいぜい目を離さないでくれ。秘剣使い」

 

 一輝と“一輝”が凄まじい速度で剣戟を瞬かせる。剣神、魔剣の振るう刃はどれも歴史に語られる剣豪、剣術家たちが夢想した技巧、奥義を遥か彼方へ置き去りとしていた。やがて、小手調べの鍔迫り合いに効果が無いことを知ると、一輝は剣術の方向性に独自性(アレンジ)を加える。

 

 意気軒昂と放たれる神速の一刀、比翼の剣技。

 

 そこに足される魔剣の業。肩から先を連動させた後、腰のひねりと膝の駆動を複雑に組み合わせて、間合いを操作、幻惑させる刀理。

 

 盗んだ剣術を更なる次元へ進化、改造する模倣剣技(ブレイドスティール)の真骨頂。

 

 

 間一髪、それを受け止めた“魔剣”は頭を掻いた。

 

 防御が成功しても一輝は油断なく肩から先にひねりを加え、腰の駆動とくるぶしから膝、大腿部までを連動させて一切の加速なく最高速度の一刀を無拍子に放った。

 

 自分の剣技と他者の剣技の組み合わせに“一輝”が渋い顔をする。

 

「その剣技、意味ないよ」

 

「さて、どうでしょう?」

 

 流儀(スタイル)が変転していく、比翼の剣と魔剣の業が混じり合い、“黒鉄一輝”にとっても初見の技巧が構築されていく。

 

 

 異なる流派、剣術を組み合わせること、様々な流派の技を学ぶことに多くの余人は、抵抗や悪印象を持っている。いわく、一芸を高め、目移りせずたった一つを極めることが上達の道である、と。

 

 節操なく、様々な剣を学べばどれもが中途半端に修める最悪の結果となるのでは?

 

 否、結論は違う。

 

 そもそも現代剣道も多くの著名な流派の技、型を幾つか混成した剣法。

 

 かの直心影(じきしんかげ)流、男谷精一郎(おだにせいいちろう)も他流派の長なる点を取り入れ、短所を補おうとする主張があったという。

 

 

 異なる技術、流儀の混成、アレンジ、昇華。

 

 剣神、黒鉄一輝は幼少より一切の師事を受けずに鍛錬を重ねてきた。

 

 あるのは、常識を逸脱した剣の才覚と恐るべき観察眼。

 

 そして、不断の努力を支える百折不撓の意思。

 

 ないのは、騎士としての適性。

 

 己を鍛える方法として、一輝はただ多くの剣術道場を巡り、渡り歩き、多くの流派と剣士たちの技を見て学び、直接、剣を交えることで己のスタイルを確立した。異なる剣技を組み合わせ、自己の技に練り上げるなぞ、剣神にとっては呼吸も同然。

 

 

 

 かつて、下した剣技が再び立ちはだかる現実を前に、“魔剣遣い”は嘆息する。

 

 魔剣、“黒鉄一輝”は幼少より誰の師事も必要とせず、ただ自己の内で完結していた。彼には競う相手がいなかった、ただ底なしの孤独と隔絶した強さだけが生まれた時から傍らに隣り合っていた。

 

 あるのは、常識を逸脱した剣の才覚と敵を葬る最適解を瞬時に出す異形の認識。

 

 戦闘に関わる全ての才覚、適性を魔剣は生まれながらに有していた。

 

 ないのは、騎士としての適性のみ。

 

 

 五歳のみぎり祖父、黒鉄龍馬を屠り、歪んだ形で完成した一輝は、これまでただの一度も本気で戦えたことがなかった。本気を出せず、自身を“魔剣”と定義して、五歳の時点で構築した技を未だに使わざるを得ない。

 

 

 狭く息苦しい──。

 

 誰か、この倦怠と諦念から僕を殺して(助けて)くれ。

 

 

 

 

 

 比翼と魔剣の剣技が合力した状態で、一輝はそこから更に先を目指す。

 

「第三秘剣、(まどか)

 

 鍔迫り合いになった瞬間に、その破壊力を体内で巡転させて一輝は威力を上げた剣戟を撃つ。凄まじい威力に“一輝”も一歩を退き、柄の握りを僅かに強めた。

 

 だが、そこから一輝は流れるような動きのまま、連撃を重ねていく。一合、一合、威力と速度を際限なく上げて。まるでブレーキの壊れた大型重機みたいだ。

 

 手っ取り早く、こちらも第三の魔剣、螺旋で返そうかとも思ったが、それには及ばない。秘剣使いも気づいてないようだが、“段々と精度が下がり始めている”。

 

 

 こうなれば、剣を受けるまでもなく、彼は勝手に自滅する。

 

 放置していい、無視していい、相手をする必要はなく……。

 

 

 だが、それは礼儀を失する──。

 

 祖父の教えにもあった、礼儀を以て此方と対峙する者には礼儀を尽くすべきだと。テロリストや挨拶もろくにしなかったり、言葉遣いの悪い人は問答無用で潰したが、彼は実力はともかく人としては尊敬に能う人間だ。

 

 

 ならば──。

 

 相手が弱り切るよりも先に、こちらが真っ向から撃ち破ってこそ真剣勝負。

 

 ただ、無理やり力づくで相手の技をねじ伏せるのは、無礼というもの。

 

 こうなれば、第四の魔剣で一度、仕切り直すか。

 

 

 “第二の魔剣”が効果を発揮するまで、もう暫くかかりそうだし──。

 

 

 

 第四の魔剣、開帳。

 

 “一輝”は酷薄に口を笑みに歪め、刀を短く持ち直す。

 

「虐殺剣理、壊転。第四の魔剣、逆さ殺し」

 

 

 ──“(めぐ)れ”──。

 

 次合、一輝の放った先手の一振りは、後手の“一輝”の太刀筋に先んじられ、追い抜かれる。

 

 神速、誰も届かず反応すら許さない天翔ける比翼の剣。それを、かつて叩き落とした落翼の太刀が此処に振るわれる。剣神は驚愕に目を見開き、理解を強制される。

 

 読みの極致、未来視に相当する致命の太刀。

 

 光速だろうと逆順に制し、後手より先手を潰す逆光(逆行)の魔剣。

 

 そして、振るわれた剣の軌跡をミクロン単位で正確に巻き戻す逆順の太刀筋。

 

 

 一輝は頭を振って、剣を構え直す。

 

「……君の後手は、僕の先手よりも早い」

 

 確認する素振りすらある独白を零し、一輝は腰を落とす。

 

 元より器用ではあるが、生き方は不器用極まる身の上。

 

 黒鉄一輝の戦いに賢明の二字はない。

 

 元より騎士を諦めれば、それで済んでいたはずなのに、剣神は敢えて修羅として戦いの日々に身を置いた。いつも通り、ただ懸命に目の前の敵手と切り結ぶ。

 

 惑いはなかった。

 

 先手を後手に上回られる、その非常識を目にして一輝の決断に揺ぎ無し。

 

「なら、君の後手を上回る先の先を征くまでのこと!」

 

「……じゃあ、僕は後の後になるの?うーん、語呂わるくない?」

 

 “一輝”の駄弁を置き去りに、一輝の剣速が更にギアを上げていく。比翼の剣理に加算されたのは、魔剣の理。そこに魔力制御と身体操作、直感からくる足運びなど。

 

 剣神、黒鉄一輝の積み重ねた“全て”を総動員する。

 

 

 上がり続ける剣の速度をひどく冷たい眼差しの中に置き、“一輝”は段々と整合性の崩れ、軸が歪み、錆びついていく相手の技巧を冷静に俯瞰する。

 

 

 相手の積み重ねた時間を侵略する不可視にして絶対なる燎原の烈火。

 

 

 正真正銘、認識不能。存在しない焔の太刀がゆっくりと剣神を灼いていく。

 

 敢えて見せた三つの隙、そこに乗ろうとした一輝に“魔剣”は交差法(カウンター)を撃とうする。あまりにも緩慢な速度、鳥が翼を休めるほどの緩やかな太刀筋は常識外の速度の一刀と互角に渡り合う。

 

 

 違和感。

 

 ──違和感。

 

 ────違和感。

 

 

 何かがおかしい、と一輝は奇妙な悪寒と焦燥に身を震わせる。

 

 受けたはずの剣が巻き戻り、自分の一挙手一投足までも逆さに巡る。不可解な錯覚、身体操作が上手く働かない現実、足元から立って依るべき大地が在りながらにして崩れ落ちる予感。

 

 

 何よりも──。

 

 この状況が、この拮抗が何か変だと身を震わせる。そんな体に巣くう怯懦をねじ伏せようと一輝は剣の速度域を更に拡張していく。比翼の最速すら超えうる必殺の太刀、今それが大気を震わせる“轟音”と共に魔剣を大きく後退させた。

 

 剛剣に“一輝”の体幹が大きく崩れる。だが、その崩れた姿勢であろうと魔剣は難なく迎撃の剣を振るうことだろう。

 

 ──それを剣神は狙っていた。

 

 意識はこれまでにないほど明瞭、視野は極大にまで広がり、観察眼は砂粒一つ見逃さないほど。気勢は最高潮、凄まじいほどの万能感が血流を巡り、身体を動かしている。

 

 だというのに、この奇妙なまでの不安は一体──?

 

 関係ない、今はただ征けるところまで!

 

 

 

 一輝は渾身の力で切り落としの一刀を振りかぶる。

 

 魔剣、“一輝”は威力こそ確かな、だが、大振りすぎるそれを真っ向から迎え撃とうとして、盛大に“空ぶった”。

 

 魔剣と称されし天性の技巧者にあるまじき下手な、無様な、不手際な空振り。

 

 技術の欠片も感じさせない、空振り(剣術)は──。

 

 凶悪な劣化(烈火)を内包していた。

 

 

 

 いるべきところから存在を消失した一輝は、空ぶった剣の軌跡、その半歩後ろで静かに剣を正眼に携えていた。

 

「第四秘剣、蜃気狼(しんきろう)──」

 

 

 第四の秘剣、蜃気狼(しんきろう)

 

 それは黒鉄一輝が持つ秘剣の中で最も自在であり、発動条件に囚われず、達人と称される武術家たちすらあざむくことを可能とする四番目の秘剣。

 

 足捌きの緩急により実像と見まごうほどの虚像を編む残影の歩法である。

 

 

「これで、終わりだ」

 

 

 二人を別つ距離は僅かに四、五メートル。

 

 通常の伐刀者(ブレイザー)ならば一拍子に縮め、魔人ならば、動いた瞬間の認識すら許さぬ間合い。

 

 数多の魔人、修羅を斃してきた一輝ならば、なんの支障もなく敵に斬りかかることができるはずだ。一輝はこれまで自分を支えてきた肉体の記憶、鍛錬の成果、直感の導きに身を任せて、僅かな距離を詰めようと、剣術、戦闘の基礎である歩法術を用いて、大地を蹴り抜き──。

 

 

 

 足をもつれさせ、頭から盛大に転んで倒れた。

 

 

「がっぁ──!?」

 

 転び、地に伏した一輝を見下ろし、“一輝”は第二の魔剣が効いてしまったのを確認してため息をつく。嗚呼、この剣士もこれが限界かと、もう当たり前になってしまった諦念を抱いて、魔剣、“黒鉄一輝”は静かに呟いた。

 

「はい、これにてお(しま)い」

 

 

 

 

 

 此処で語られるのは、かつて、もうずっと昔、七星剣舞祭の準決勝前夜に黒鉄王馬が、弟のルームメイト、否、魔剣打倒を志す紅蓮の皇女、ステラ・ヴァーミリオンと語り合ったときの内容である。

 

 “黒鉄一輝”が用いる魔剣の中で、最も邪悪で悍ましく、救済(すくい)のないものはどれか──。

 

 王馬は七つある魔剣の中より、二つを提示した。

 

『……第二、第六、であろう。生憎、七番目は見たことも、その内実を聞き及んでもいないため今回は除くが、まず間違いなく最後の魔剣に相応しい理不尽と強さを持つだろう。だが、“劣化の太刀打ち”、“零時迷子(れいじまいご)”と比べれば、どのような剣術も慈悲深いと語られる』

 

『珠雫から話しか聞いてないけど、本当に剣技でそんなでたらめなことが可能なの?まだ、そういう伐刀絶技(ノーブルアーツ)が存在するって言う方が現実味が……いえ、“一輝”だものね、それがありえない以上、やっぱり技術だけで、その理不尽を成立させているのよね』

 

『是、だ。紅蓮の皇女』

 

 重々しく頷いた王馬の手は、僅かに震えていた。それが己の弱さに対してか、師を喪った悲しみ、弟への恐怖、魔剣の(わざ)への怯懦、あるいはステラさえ理解しえぬ感情のものか。

 

 ステラは口を閉ざし、王馬の次の言葉を待つ。

 

 

『──こと“黒鉄一輝”が為した事ならば、それが如何に現実には有り得なくとも、物理法則を逸脱しようとも、運命がそれを認めずとも、それは単なる剣技によって為された“事実”に他ならん』

 

『言い切る、のね』

 

『論ずるまでもなく。……ヤツは魔導騎士になるための全てを持たずに騎士の家系へ生まれ落ち、殺傷と戦闘に関わる総てを生まれ持った男だ。修羅、羅刹も、神魔でさえヤツの前では怯え、恐れのあまり死に至るだろう』

 

 

 ステラは王馬の言葉を事実として既に知っている。

 

 七星剣舞祭、日本の学生騎士たちのひと夏の最も熱い祭典。

 

 その初戦、黒鉄一輝と諸星雄大の対決。

 

 第一回戦が始まる十分前。

 

 

 日本を訪れた凄腕の戦争屋、砂漠の死神(ハブーフ)と称される砂使い、ナジーム。広域殲滅、大量殺戮を為しうる超越の魔人。

 

 太陽さえ覆い隠すほどの砂塵を纏い、国すらも傾けうる怪物は短時間で制圧された。戦闘前の会話で十五秒、一輝が霊装を展開するのに数秒、ナジームがひざを折り泣き崩れるまで五秒。

 

 いわく、砂を撒いて邪魔だったからという浅薄かつ個人的な理由で、数多の戦場において恐れられ、脅威とされた魔人は心を粉々に砕かれて敗北した。

 

 

 なお、正味の戦闘時間については挑戦者、ナジームの名誉のため秘匿事項とする。

 

 

 七星剣舞祭、裏・八番勝負。

 

 第一戦、挑戦者。砂漠の死神(ハブーフ)、ナジーム。

 

 勝者:魔剣、“黒鉄一輝”。決まり手:第二の魔剣、劣化の太刀打ち。

 

“戦闘後の黒鉄一輝の感想”。

 

“えっ、あれが世界有数の砂使い!?……そっかー……そっか~。うん?戦ってみての感想?いきなり、そう言われても、何と言ったら、というか言及する様なことあったかな?でも、何かコメントしといた方が良いか~…………言葉で説明するのは非常に難しい、うん、薄氷の戦いだった、と思う。なんか、こう、なんというか、うーん、すごい相手だった、よ?”、とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あ、あ゛ぁぁぁ゛ぁあ゛あぁぁあ゛ぁぁあ!!!??』

 

 泣きはらした顔で、懸命に足元の砂くれをかき集める男の丸まった背中を見て、ステラは恐れよりも憐れみを先に覚える。這いつくばり、膝をつき、泣きながら数秒前の己の力の象徴だった砂を握りしめて泣き暮れる彼が魔人、怪物と恐れられた騎士とは誰も思いもしないだろう。

 

 戦いともいえないような時間、魔剣、“黒鉄一輝”にとっては戦闘とも認識されないやり取り。それで勝負は終わっていた。いや、始まっていたかも怪しい。

 

 

 この戦いの目撃者は、月影獏牙、黒鉄王馬、黒鉄珠雫、黒鉄厳、ステラ・ヴァーミリオン、アイリス=アスカリッド(ゴール)、オル=ゴールの七名。

 

 

 

 砂漠の死神(ハブーフ)を虫けらさながらに打ち転がした“一輝”は、疲労の色を見せずに七星剣舞祭、第一回戦を待ち遠しそうに軽やかな足取りで微笑んでいる。

 

 のほほんと次なる戦いに“一輝”は思いを馳せる。

 

 今の自身にとっては格上とも呼べる七星剣王、尊敬に能う騎士である諸星雄大との対決を前に少年は胸を熱くして、第一戦の開始を待ち望んでいた。

 

 

 途中、なんか変な無精ひげのチンピラ崩れっぽい人が絡んできたが、適当に相手して“終わらせたら”泣いてしまったし。

 

 まったく、泣きたいのは、こっちの方だ。今日は風が妙に強くて、砂埃(すなぼこり)まみれになってしまった。砂をはたいて、僕はため息をつく。

 

 これが人の仕業なら怒りようもあるが、“自然現象”なら誰に対しても怒りをぶつけられない。たまたま、暴言交じりに絡んできた一般人にあたるのも、なんか違う気がするし。まったく、記念すべき七星剣舞祭の一戦目だというのに微妙にツいてない。

 

 

 

 肩を落とした“一輝”の下に駆け寄ってくる小さな影が一つ。

 

 小さな影の動きを制止しようと女性も走ってくるが、それよりも早く小さな影が手にしていた小さくて、軽そうな折り畳み式の果物ナイフが突き立てられようとする。

 

 服に切っ先が刺さろうとする刹那、“一輝”は立ち止まり、唐突に斬りかかってきた少年をジッと、無感情に見ていた。

 

 小さな、ともすれば玩具さながらの果物ナイフは一輝の服を裂くことすら叶わない。刀剣法、斬術に長じた魔剣に、刀剣を用いての害意は届きようがないためだ。ナイフの軌道に合わせ、繊維へ切っ先を這わせて、斬撃の威力を減退。

 

 斬撃を足運びだけで受け流してナイフの切れ味を無に帰す。

 

 

 うん、素人だ、と“一輝”には見当がついた。少なくとも武術を修めた経験はなさそう、というか齧ってすらないのが見てわかる。大体、切れ味のある刃物ならいざ知らず、ろくに手入れもされていないもので何故、斬れると思ったのか、“一輝”にはそれが不思議でならない。

 

 

 後ろから駆け寄ってきた女性が、少年の握っていたナイフを叩き落とす。女性が抱きしめ、身動きを止めようとする間に、少年は半狂乱で懇願してきた。

 

 

『許して、ユルシテ、ゆるして、なんでもする、しますから!?ボクのチカラ、ぼくの権利、ボクの運命!おねがいします、お願いダカラ、かえしてクダサイ。カエシテ、返して、カエシテ──。ごめんなさい、もう二度としません、たすけて、タスケテ、カエシテ、すみません、もうしません、あやまります、何度でもアヤマリます、ダカラ、ボクノ伐刀絶技(ノーブルアーツ)を、殺人戯曲(グランギニョル)を──かえして』

 

 

 狂ったうわごとを並べ続けて胡乱な目で泣きすがる少年。“一輝”には彼の言うことがなんなのか見当もつかない。というか、この少年は人違いでもしているんじゃないか?

 

 少なくとも彼と僕は今、此処で初めて会ったはず……だと、あれ?

 

 

 そこで“一輝”はついこの間、七星剣舞祭が始まる前、学校を襲った人、というか人形と目の前の泣きじゃくる少年の気配が若干、似てることに気が付いた。そういえば、あのとき、道化人形の糸を通じてざっくり斬って捨てたのだけは覚えている。

 

 だが、名前だけがどうにも……うん、思い出せない。

 

 少年を背後からかき抱いて、止め置いている女性が何度も謝罪している。見目の良い姉弟の二人を平謝りさせてると、むしろこっちが悪い気がしてくる。一応、僕も被害者だと思うのだが、こうなると謝ってもらうより、さっさと頭をあげて欲しいのが本音だ。

 

 さて、少年が半狂乱、というか狂ったように呟き続けている内容は、なんか伐刀絶技(ノーブルアーツ)を返してほしい、ということらしいのだが…………。

 

 

 え、どうすればいいのか。僕、斬るの専門で繋げるのは苦手なんだ。いや、五分、十分くらい頑張れば、どうにかなる予感はあるけど試合が差し迫ってるし。

 

 手っ取り早く諦めてもらうため、きっぱりと断ってしまおう。でも、強い言い方をし過ぎて少年が更に泣いてしまったら居たたまれない。となると、できるだけ気軽な、こうカジュアルというか、ライトな、相手が気負わない言い方が良いだろう。

 

 “一輝”は申し訳なさそうな苦笑と共に、眼前の少年、かつて傀儡王(かいらいおう)と呼ばれ、多くの悲劇と惨劇を為したオル=ゴールへ軽いノリで告げた。

 

 

 

『ゴメン、それムリ』

 

 

 

 

 

 




 備考:黒鉄一輝について

 傀儡王、オル=ゴールのことを認識さえしておらず、本人的には“世界にはそんな人がいるんだ?いつか出会う日が来るかなぁ”と公言したこともある。出会う以前に敗北を突き付けた事実を黒鉄一輝だけが知らない。

 ちなみに一輝は姉のアスカリッドに七星剣舞祭前の立食パーティーで、いきなり感謝されており、彼は祖父の関係で孫の自分が感謝されたものと思っている。

 魔剣の世界線において、歪曲し、ねじ曲がった繋がりの姉弟は歪んでこそいるが確かに救われている。その事実は、なにがあろうと変わらない。





 オル=ゴールとアスカリッド=ゴールは魔剣に殺された

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
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