生死の境を彷徨い、iPS再生槽から出たステラは混乱の渦中にいた。目覚めた途端に始業式の日を迎えていたことに目を白黒させながら、初登校となる校舎で自分の教室を目指す。なんと自分が分けられたクラスには、先日の決闘相手である黒鉄一輝がいるというではないか。
理事長の心遣いで部屋割りやクラスを変えてもらえるという話だったが、敢えてステラはその心遣いを丁重に断った。
恐れがないと言えば噓になる。今でも決闘のとき、彼の奥義であろう
性分であろう負けん気を発揮するステラの啖呵。
それに笑った新宮寺黒乃理事長は助言を贈る。
“全力でヤツを追いかけてみろ、あの男の在り様を自分の目で確かめるがいい”。
黒鉄一輝、
ステラとて
だが、ステラには一輝と異なる点がある。それは才能があるという確証。幼い身体にみなぎる超常の魔力。巨大すぎる才能の一角があることが身体を、意思を前に進ませた。もし、才能があるという確証が無かった場合、自分は果たしてかつてのような努力ができたろうか。
ステラの誇りはその惰弱な自問自答を両断する。関係ない、もしもなんてこの世の何処にも存在しないのだと。だが、騎士の才を持たない彼が、何故騎士としての道を歩み続けられるのか。もしも、という想定の可能性が目の前に現れたのだ。
ステラは困惑しながらも教室に向かう。
黒鉄一輝を追いかけるため。
黒鉄一輝を真に理解するために。
それができれば、私はきっと騎士の高みに至ることが出来る。確かな確信と共に自分の教室の扉を開くと、そこには銀髪で愛らしく自分と正反対な小柄な美少女とキスをする黒鉄一輝の姿があった。
「ハァァァ?!?」
黒鉄一輝は数年ぶりとなる妹との最初の交流がキスになるなんて、想像もしていなかった。いや、この場合は想像する方がおかしいのだが。それはともかく、唇を触れ合わせた後、一輝は優しく、壊れないように珠雫を押し離し、どういうことなのかを聞こうと。
「ハァァァ?!?」
「……おや?この声は」
開いた教室の戸の向こうでは、こっちを指さしてなんだか戦慄いているス、なんたらミリオンさんがいた。
「…………えっと、やぁスーさん」
「誰よそれ!!この際、ファーストネームで呼ぶにしても、ステラってちゃんと呼びなさいっ!!」
「……うん、ごめんよ、ステラさん」
ふむふむ。なるほど、ステラさんという名前だったのか。それはともかく、元気そうで何よりだ。ただ、なんで彼女はこんなにご機嫌斜めなんだろう?
「お兄様、この方は一体どなたなのでしょうか?」
「えっと、始業式前に決闘した女の子だよ。すっごい炎使いだったんだ」
一輝が嬉しそうにステラの炎について口にすると珠雫の瞳に冷ややかな熱が灯る。
「“へぇ”?」
ちゃぽん、と虚空に水の跳ねる音が響くや、ステラの顔にバケツ大の水塊が浴びせられた。完全無欠に予備動作ゼロ。魔力の流れも反応も感じ取ることが出来ず、ステラは後ろに倒れ込む。女性としての慎みか、大の字に倒れることはしなかったものの勢いよくのけ反らされた。
「は?」
ずぶ濡れとなったステラは、何故いきなり水が現れたのかも理解できず首を傾げる。その無様な反応に珠雫は肩を落とした。
「この程度にも反応できないんですね、ヴァーミリオン王国の
珠雫の口ぶり、何より片手にいつの間にか握られていた黒い小太刀を見て、この水の魔術が目の前にいる銀糸の少女によって為されたものと理解する。理解した途端、怒りのボルテージが跳ね上がりかけて、ステラは息を呑んだ。
先ほどの水の魔力操作、予兆どころか誰がしたのかというところからして察知できなかった。尋常ではないほどの魔力迷彩。魔力の操作運用という観点で言えば、目の前の少女は自分の数段先を行く。というか、お兄様?
「ちょおっと、待ちなさい!一輝、その子、今あんたをお兄様って呼んだわよね。それって、生物的なお兄様ってこと?そういう趣味とか、特殊なシチュエーションとかではなく」
「え、まぁうん。珠雫は僕の妹なんだよ」
にこにことステラに説明する一輝だが、肝心の部分が抜けているので、少し距離を置いていた新聞部志望の女子生徒、日下部さんが補足した。
「つまり、実妹ってことですか?」
「義妹って発想は普通、最初に出てこないと思うんだけど……?」
「普通、実妹は実の兄へ会って早々にキスしないってことを覚えておいてください」
「ふ~む、そうなのかい?」
「いいえ、お兄様。口づけとは親愛の証。同じ血と肉を分かち、鋼よりも固い絆で結ばれた兄妹が口づけをするのは当然のこと!むしろ、今まで会えなかったことを考慮するなら、性交渉とて、私たちにはただの挨拶です」
「なるほど、そーなのか」
「なっ、わけないでしょ!そんな兄妹がいてたまるかぁ!一輝、あんたの妹、ちょっと変よ!普通、何年か会ってないからって兄妹にキスで挨拶とか、いきなり水を……って、そうだ!あなた、いきなり何をするのよ!」
一輝の胸倉を掴んで吠えるステラは、此処でようやく先ほどの水を掛けられたことに対する怒りを再燃させたらしい。ボシュ、と軽い音を立て蒸発する水分。すっかり乾いたステラは腕を組んで珠雫を睨みつける。
「いきなり人にこんな無礼な真似をして、日本人は慎み深く礼節に厚いというのは実はオカルトの類いだったのかしら」
「個人差があると思う」
「一輝は黙ってて!」
ステラの一喝にしょぼんと肩をすくめて、一歩引いたところに離れる黒鉄一輝。ただ、ステラの怒りを受けて、珠雫は素直に一礼をする。
「申し訳ありません、ヴァーミリオンさん」
まさか、本当に素直に謝られるとは思っておらず、ステラは拍子抜けしたように目じりを下げる。顔を上げた珠雫はとびきりの笑顔と共に謝罪の根拠を述べた。
「まさか、お兄様と戦った方があの程度の挨拶に対応できないとは露にも思わず、過大に評価してしまったようで、誠に申し訳ありません」
教室に吹雪が抜けた。物質的なものではなく、精神的な。珠雫の煽り文句であろうとセリフに、ステラは黙っていることはできない。
「
烈火が
対魔剣の露払いにもならないと判断。
珠雫は霊装まで出したヴァーミリオンを無視し、一輝の方へ歩いていく。さすがに堂々と背中を向けられ、そこを斬りかかるのは騎士としても人としても、主義に反するのかステラが霊装を持ったまま立ち尽くす。
「ちょっと、逃げる気!それとも、お兄様にでも泣きつくの?」
「一つ聞きます。ステラ・ヴァーミリオン」
兄に泣きつく、その侮辱はさすがに不本意だったのか、珠雫は無駄なことと理解しながら、ステラに尋ねる。いきなりのフルネーム呼び。しかし、先ほどのバカにしたものと違い、珠雫の今の発言には確たる芯があることにステラは黙って話を聞くことにした。もちろん、内容がまた煽るものなら、背中向けてようと斬りかかるつもりで。
「貴方と戦う際、お兄様は霊装で勝負をしてくださいましたか?」
「…………違ったわね、そこの落第生くんはもう霊装も出せないくらい魔力が減ってるから、竹刀なんかを出してきたわよ」
「そうですか、ではその竹刀は?」
“壊れたのですか?”珠雫の不可解な問いかけに教室にいた者のほとんどが首を傾げた。固有霊装、騎士の魂の具現。それは鋼鉄よりも堅牢であり、ミサイルの直撃もはねのける強度を持つ。そんな武装とただの竹刀がぶつかれば、結果は説明を受けるまでもない。
決まり切っている、はずなのだ。
ステラはこれまで思考放棄していた事象の異常さに気が付いた。ただの竹刀が魔力による保護もないまま、魔力で編まれた業火を払い、人体を両断するほどの破壊力を発揮しながら、竹刀は最後の瞬間まで原型を保っていた?
ゾッと、ステラの背筋に恐怖が奔る。
「…壊れてなかった、ですって?」
「えっ、それはまぁ、そうだね。壊れないよう工夫して戦ったから」
なんでもないことのように一輝は嘯く。
工夫、その二文字で片付けられない異常な魔技。それを苦も無く行使する黒鉄一輝の恐ろしさの片鱗にステラはこの場面で気が付いた。
兄を恐ろしいモノと見るステラから目を離し、珠雫は一輝の瞳を正面から見据えた。妹としてではなく、ただ一人の魔導騎士として。
「────黒鉄一輝様」
「うん?」
突然のかしこまった物言いに一輝はおや、と思う。だが、薄々、次の言葉は予測ができた。珠雫の意思、それは目を見るまでもない。兄妹なのだ、言わずとも分かることがある。一輝は背筋を正し、一人の騎士としての振る舞いを取った。
場の空気が変わる。ステラの怒りで発した熱が消え、鋼鉄の刃と氷河の水を合わせた冷気が教室に立ち込めた。
「どうか、私と霊装を以て、尋常に立ち会ってください」
「……承知した、黒鉄珠雫。その勝負、受けて立つ」
第三訓練場、そこでは始業式初日から決闘をするというとんでもないスタートダッシュを決めた一年二名を見ようと大勢の観客が詰め寄っていた。一年はもとより、二年、三年もちらほらと。中には生徒会クラスの有力な騎士まで観客に混じっている。
それらを知らず、クラスメイトであるという日下部の隣で、ステラは怒りながらもこの決闘を楽しみに待つという器用なことをしていた。
「まったく、あの兄弟は出会って早々にキスして決闘に行くとか、どういう思考回路と神経してるのかしら」
「ふむふむ、ステラさんは一輝センパイも、珠雫さんもどっちも気になっているんですね。始業式前の決闘、教室での挑発、黒鉄兄妹との不思議な因縁について、何か思うところはありますか?」
「人が腹に据えかねてる話を蒸し返して、インタビューしようとするジャーナリズムへの思う所なら、炎にして対応できるわよ?」
「アハハ~、結構で~す……」
すごすごと退いて行こうとする日下部の肩をステラは掴んだ。
「えっ、マジでウェルダン!?」
「やらないから。ねぇ、あの二人って、この国のリトルじゃあどれくらい有名だったの?あのサムライリョーマの家系の騎士なんでしょう?それだったら、幼少期から注目されていても──」
「あ~~、分かんないです」
「えっ?」
「一輝センパイも、珠雫ちゃんも、リトルに出場記録が無いんですよ。確か、黒鉄って名字の騎士が一人だけいたような気もしますけど、ワンシーズン半ばでいなくなってしまいましたし。というか、だからこそ、私は一輝センパイに独占インタビューをですね──」
まさかの情報屋の情報が役に立たないことを知り、ステラは目の前の訓練場に意識を集中させる。警戒していなかったとはいえ、水をかけられるまで、いやかけられてからも察知できなかった珠雫の迷彩技能。
間違いなく、その分野では超一流。魔力制御の極み。
対して兄は、不明な点が多すぎる。ただの剣技、魔力も無しであれほどの芸当がどうして可能なのか。その謎は未だに深いままだ。
この一戦でその片鱗を少しでも知ることが出来れば。
ステラの緊迫した眼差しに、大勢の観客も息を呑む。黒鉄一輝、去年、能力不足で落第した騎士ということだけしか明らかとなっていない謎の存在。片や、同姓、血縁関係とされるAランクの新入生、黒鉄珠雫。
格の違いは明らか。だというのに、訓練場で笑う青年には何一つ気負ったものがない。むしろ、緊張し気負っているのは幼気な少女の方だ。
緊張が張り詰める中、決闘の開始を告げる
“3、2、1、Let's Go Ahead!”
「
黒塗り、漆黒に艶めく小太刀が黒鉄珠雫の手元に現れ──。
「起きろ、
漆黒の、液状のナニカが黒鉄一輝の足元に現出した。
備考:黒鉄一輝について
黒鉄一輝のもたらす因果は始まる前に完結している。
強すぎるがゆえ運命から見放されたことによるイレギュラー。魔力をほとんど持たないことと引き換えに、運命に縛られることの無くなった黒鉄一輝の行動は、因果干渉を受けることが出来ない。受けない、ではなく受けることが出来ない。
黒鉄一輝の干渉する事象は、確率分岐がない状態で固定される。
つまり、落第騎士を倒すうえで因果干渉系の騎士は、成長・進化・覚醒、さらに相手を理解し続ける黒鉄一輝の剣腕を技量だけで攻略しなければならない。
そして、それは不可能である。