落第騎士の備忘録   作:悪事

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 始業式編、序章は此処でお終い。

 あとアンケートします、よろしかったら清き一票を。
 一番、投票数の多かったものから書きます。



七話

 青年は静かに賞賛の言葉を紡ぐ。

 

「見事、本当に見事だ。……魔力を尋常ではないほどの波濤に変える絶技。人知を超えた騎士のなせる技だろう。こればっかりは剣をどう振るおうと真似のしようがない。それに変換した水を操作する手管も圧巻だった」

 

 第三訓練場での兄妹勝負は決着した。

 

 黒鉄一輝の本心からの惜しみない賞賛。傷はおろか汚れても、濡れてもいない姿で一輝は“心底”誇らしそうに、同時に羨むように、憧れつつ珠雫の絶技を褒め称えた。

 

「まさしく嵐の海洋を君は人の身で再現せしめた。受け止めること敵わない大瀑布。対剣士、対剣豪結界。その銘に偽りなし。運が悪ければ、あるいは些細な巡り合わせで勝負の結果は逆だったかもしれない」

 

 “あのか弱かった妹が、よくぞ此処まで”。

 

 一輝は慈愛すら込めて微笑んだ。

 

「──天晴だ、珠雫」

 

 正面切って、珠雫の絶技を誉め称えるが、その言葉に大いなる誤りがあることなど一目瞭然だった。まず、一輝の相対位置が一歩たりとも変わっていない。さらには、会場を丸ごと水に沈めたはずなのに、一輝には水滴が一滴も付着していなかった。うつ伏せに倒れた珠雫は、この結果は幾千幾百と繰り返そうと決して覆ることのない必然と理解する。

 

 幸運も、巡り合わせも、因果も、宿命も、運命も、この結果を覆すことはできないだろう。珠雫の瞳から涙が溢れる。零れる涙と哀しみを噛みしめ、珠雫は静かに問いかけた。

 

 ──自分の敗因を。

 

「なぜ、私は負けたのですか?一体、どうやって……」

 

 珠雫は自分の敗北した瞬間の記憶が抜け落ち、何よりどのようにして敗北したのかが理解できずに気が付くと倒れていたのだ。確かに、自身の最強奥義“魔剣破り”は完璧に決まったはずだった。

 

 あの状況から敗北の結果をひっくり返すなど、師である南郷寅次郎とて至難。対剣士対剣豪大結界を脱出したとしても、10万トンという超重量の一撃が待っている。負けた以上、兄は何かしらの技巧を用いたのだろうが、その詳細を知らぬまま、敗北から何も学ばないで意識を手放すのを珠雫の想いが許さなかった。

 

「そうだな、珠雫の魔力の水はとてもすごかった。上からの大瀑布による制圧攻撃は、正直なところ驚かされたよ。次に放たれた同等の水量の水の斬撃もね。ただ、惜しむらくは追撃となる水の斬撃の方だった」

 

 薄れゆく意識をどうにか手放さぬよう唇を噛み切って、珠雫は兄の笑顔と寂しそうな眼差しを直視した。

 

「上からの大瀑布で身動きを封じ、追撃の一太刀で相手を仕留める。よく考えられた技だ。魔術と剣技を合一させて戦う正統派な騎士に相応しい奥義だったよ。……でもさ、“なんで追撃をたった一太刀にしたんだ”?」

 

 一輝は困った顔で言いにくそうに口篭もるが、数秒の逡巡を経て、珠雫へ先ほどの技の欠陥を指摘した。

 

「騎士の武術は自分の魂の形である霊装(デバイス)に応じたものを基本に習得する。霊装(デバイス)が両手剣なら両手剣の、槍なら槍の、刀なら刀の武術を……。わざわざ、別の武器の技術を学ぶ理由は早々ないだろうしね。珠雫、君が鍛え、研ぎ澄ましてきたのは小太刀の武術だったはずだ」

 

 一輝が全てを語り終えるより早く、珠雫は自分の未熟を痛感した。

 

「太刀よりも短い小太刀は、手数と取り回しが命のはずだ。まかり間違っても、一撃で勝負をつけるような武器ではない。あの“魔剣破り”という技において、追撃は一撃ではなく連撃にするべきだったんだ。そうすれば、もっと受けにくく“第三の魔剣”でも対処は難しかったろうね」

 

 珠雫は口惜しいと拳を強く握る。確かに“魔剣破り”の追撃を連続攻撃にする構想も有りはした。けれど、10万トンという莫大な水量を今の珠雫では分割して操作することが出来なかったのだ。20万トンとは、今の珠雫が発生させられる水の限度。だが、発生させた水を操作、運用するとなれば、限界値は半分以下にまで落ち込んでしまう。

 

 実戦の場で辛うじて制御できる限度ギリギリが10万トンという数値だったのだ。それも制御と言っても分散させることは困難で、一塊(ひとかたまり)でなければ動かすことさえ叶わない。しかし、師、南郷寅次郎に通じた、という事実が、未完成な奥義で魔剣に挑む無謀の後押しとなってしまった。

 

 珠雫は兄が繰り出した魔剣の名を呟く。

 

「……第三の魔剣、螺旋」

 

 第三魔剣、螺旋は、敵の攻撃を受けることで相手の体幹、姿勢や慣性を自在に操作する防御と攻撃に多用される技巧。おそらく、兄は上空の大瀑布を受け止め、更に追撃の水流の斬撃を絡めとり、20万トンの水流を束ねて受け流したのだ。

 

 しかし、兄の選択は守り、耐えるためだけでない。

 

 20万トンもの水圧を“私”めがけて受け流し、衝撃と水圧で一瞬のうちに術者を気絶させた。幻想形態で発生した現象に物理的な威力は存在せず、発動者の珠雫が意識を失うことで莫大な水は無形の魔力へ還っていく。

 

 圧倒的な決着。無才の勝者は哀しげに目を閉じ、宣言する。

 

「自分の積み重ねた修練に反したこと。それが君の敗因だ」

 

 

 “魔剣破り、破れたり”。

 

 高校に上がり、兄と同じ学校へと進学した。ほんとうに嬉しかった、兄と同じところに居ると、存在しているのだと想い、成果を届けたかった。今までの自分の多くの積み上げた技巧を、魔術の冴えを、兄への愛を、伝えようとした。伝わってほしかった、自分の想いがどれほど兄の心に通じたか、悔しさはある。届かなかった哀しみも勿論。もっとできたのでは、なんて下らない“たられば”まで。

 

 それでも、今の自分の全てを出し切ることができた。

 

 かつては黒鉄家を離れる兄の後ろ姿、背中しか見ることはできなかった。でも、今ではこうして真っ向から一人の騎士として、兄の立ち姿を目に焼き付けることが出来ている。兄に全霊を出させてあげられなかったことに申し訳なさがあるけれど、それでも珠雫の胸には確かな喜びの火が灯った。

 

「私の完敗です、お兄様。やはり、お兄様の強さこそ目指すべき騎士の高み、私の憧れた──」

 

 珠雫は嬉しそうに兄へ微笑みかけると、そのまま力尽きて意識を手放した。第三訓練場に残った水が魔力に還っていくのを見て、観客の一部、学園において実力者といえる騎士たちが数名ほど戻ってくる。

 

 その中には、留学生ステラ・ヴァーミリオンの姿もあった。彼女は圧倒的な魔術の才と武術の冴えを見せた珠雫の敗北、兄である一輝の無傷の勝利に言葉を失う。入学の時点でこれほどハイレベルな戦闘を繰り広げたあの兄妹たち。今の自分は果たして、在学中にあの極致に至ることができるのか。

 

 弱気になりそうな己を、ステラは叱咤して勝負の結末を見届ける。

 

 続々と観客席に戻ってくる観客たち。皆、一様にAランクの珠雫の敗北に驚き、圧倒されている状態。大番狂わせに喝采を上げる者たちもいる。ただ、それらに目を向けることなく、一輝は珠雫の言葉を理解しようと考え込む。

 

 だが結局、珠雫の言葉、想いは黒鉄一輝には理解できないものと認識された。一輝は珠雫が気絶していることを理解しながらも、自分の意見をつい零してしまう。タイミングの悪いことにステージ上にいた一輝の独白を、ステージ付近にある水没で壊れかけた収音装置が拾ってしまった。

 

「そうか……そうかな?……そうなのかな?別に僕の技や強さなんて頑張れば、誰にでもできることだよ。頑張れば、珠雫なら簡単に僕よりも強くなってしまうさ。それに他の人だって僕と同じことができるはずだよ。だって、珠雫や他の人たちには僕にない“騎士の才”があるんだから……」

 

 一輝の悲嘆と羨望が込められた言葉の羅列に、観客の大半が顔を青くする。冗談ではないと、あんな規格外の領域を標準で考えられてたまるかと。一輝の無邪気なまでの“騎士の才能”に対する過剰な期待、重たすぎるほどの憧憬。自分にできることなら、他人にもできて当然という切望。

 

 多くの者たちが顔を下に向ける。あの恐ろしい怪物の期待と切望に応えられるわけがないと、顔を背けるために。

 

 会場の雰囲気が沈み込む中、颯爽とリングへ飛びこむ一人の女性がいた。

 

 大気を弾く雷気、帯電を羽衣のごとく纏い、観客席から第三訓練場のリングへとしなやかに一人の女剣士が跳躍する。

 

 

 深海の魔女(ローレライ)、黒鉄珠雫。一年でありながらAランクというプロの世界でも一目置かれるほどの実力者の完全敗北。

 

 

 その感慨にふける間もなくリング上に現れたのは──。

 

 破軍学園が誇る生徒会長にして、前年度七星剣武祭第四位──。

 

 “雷切(らいきり)”、東堂刀華。

 

 

 

 いきなり現れた女生徒が珠雫の方へ飛び込んでいるのを見て、一輝は意識を失っている妹を背中に庇う立ち位置を取った。一輝の間合いを警戒してか、離れた位置に着地した女生徒は開口一番に高らかと口走った。

 

「退いてください!私はおねえちゃんですよっ!!」

 

 

「…………え~?」

 

 此処で再び、一輝の思考に空白が訪れる。おかしい、自分に果たして他に妹、ないし姉はいたろうか?いやいない(断言)。

 

 

 ……となると、目の前にいる髪を二房に編み上げた女生徒は、父の隠し子?

 

 父の不祥事の証拠、どうしよう。“此処で斬っておいた方がいいのか”?

 

 一輝が突然、出現した姉を名乗る不審者もとい姉なるものの到来にわなわなとしていると、リングへ次々と他の生徒、いや生徒会の面々が現れた。

 

 

 

 前年度から破軍学園に所属する一輝には、見覚えがあるような面々。それに突如、現れた女生徒もよくよく見れば、自分の“存在しない”姉とか妹ではなくウチの生徒会長さんだった。破軍学園の生徒会長、確か去年の七星剣武祭に出場していた、ような気がする。

 

 

 名前は、えっと、トド……じゃなくて藤堂?

 

 下の名前が十香(とうか)だったような……?

 

 

刀華(とうか)、それじゃあ黒鉄クンだって面食らうよ。正確には、君は珠雫ちゃんの姉弟子だろう?」

 

 白い髪をした小柄な男子生徒が窘めるように女生徒へ声をかけている。

 

「姉弟子?」

 

 一輝の警戒心が下がり、構えていた剣の切っ先が降りた。間合いの外でこっちを観察するようにしていた東堂刀華や生徒会の生徒たちも、警戒態勢を少し緩めた。

 

 一輝は困った顔で距離を取っている生徒会の役員たちと目を合わせる。できれば、普通に距離を縮めて欲しいのだが、どうも間合いに入りたがらない様子。

 

 

 “そこ、間合いなんだけどなぁ……”。

 

 

「いいえ、うたくん。子供のころから、自分でお着替えもできず、一人で眠るのが怖くて泣いちゃったり、靴紐も結べなかった珠雫ちゃんの面倒を見て、可愛がってきたのは、私なんです!可愛くて、強くて、ひたむきで、キュートなウチの妹をやっつけたお兄さんにはきっちりと挨拶をしておかなくては!」

 

 キリっと眼鏡を外した状態の生徒会長さんは霊装を腰に佩いたまま、礼儀正しく一礼を行う。挨拶は大事なことだ、こちらも折り目正しく頭を下げる。

 

「初めまして、でしょうね。破軍学園生徒会長、東堂刀華です」

 

「ええと初めまして、藤堂さん。僕は」

 

「珠雫ちゃん、そして私の師匠よりお聞きしています。無名無冠の天才、七つの魔剣使い、黒鉄家における規格外の麒麟児、黒鉄一輝という騎士のことを……」

 

 ……ん?

 

 藤堂さんは自信満々に僕のことを知ってると言ってくれたのだが、正直なところ、彼女が言った内容は僕の方が知らなかった。

 

 えらく期待されているようだが僕自身、黒鉄家では麒麟児とかではなくふつうの落ちこぼれだったと言いづらくなってしまう。戦う前から非常に気まずい。この過大評価をどうやって訂正すればいいんだ……。

 

 ん?というか、師匠って?

 

 

 

 困った顔で考え込んでいる一輝を前にして、東堂刀華は歓喜と驚嘆のあまり身を震わせる。先ほどから一輝の隙を突いて、彼の背後で倒れている珠雫を抱き起こそうとしていたが無意識の隙を突こうとしても彼の意識を()(くぐ)れるイメージが出てこない。“抜き足”を行う余地が欠片と存在しないことに驚きながらも喜びを隠せないでいた。

 

 ──これほどの強者に相まみえることができるなんて。

 

 さすがは師、南郷寅次郎を下した実力者だと頷きながら、刀華は眼鏡を取り出した。できれば、可愛い妹弟子を自分の手で医務室へ連れていき、慰めておきたかったが、実の兄に連れて行ってもらう方がいいだろう。むしろ、此処で自分がでしゃばるのも野暮な話かと刀華は後ろ髪を引かれる気持ちを残しながらも退くことを選んだ。

 

 

 

 

 眼鏡をかけた生徒会長は穏やかに笑みを浮かべる。

 

「黒鉄さん、貴方も私や珠雫ちゃんの師匠のことは聞き及んでいるでしょう?」

 

 ……どうしよう、知らないなんて言いにくい展開になってしまった。

 

 

「…………ええ、珠雫が大層、お世話になっているようですね」

 

「全くです、五歳にもならない若年の身でいきなり弟子入りをするなんて、師匠の盟友、黒鉄龍馬さんの実孫でなければ普通に断られていましたとも…」

 

 おじいさんの盟友?はて、そんな人いたかな?

 

「ですが、五歳という幼い身でありながら、彼女は修行に全てを捧げ、今こうして貴方と対峙し、七つの魔剣のうち一つを抜かせるまでに至った。まさしく天晴と言う他ないでしょう、それに“第三の魔剣、螺旋”でしたか。珠雫ちゃんの絶技、“魔剣破り”を凌ぐどころか、押し返すなんて。珠雫ちゃんには申し訳ありませんが、こうして貴方の奥義の一端を見ることが出来て本当に良かったと思います」

 

 いや、そこまで言ってもらうほど大したことではないと思う。けど、此処でそれを言うのも野暮なので、大人しく買いかぶられることにした。僕みたいなFランクの騎士もどきには過分な評価だ。

 

 

「しかし、三番目の魔剣ではなく六番目こそを私は見てみたかった……」

 

 刹那の稲光(いなびかり)にも似た緊張がリング上に走る。先ほどまで妹を気にかけていた優し気な少女はそこに居らず、眼鏡越しの女騎士の瞳には爛々と猛る戦意が見て取れた。閃烈な意思の輝きと難敵を前にして喜びを隠しきれない騎士の本能。

 

「“闘神、南郷寅次郎”を打倒した第六の魔剣、零時迷子(れいじまいご)。師匠から伝え聞いた話では“七つある魔剣の中で最も恐ろしい魔剣”、とだけ聞いております。黒鉄くん、どうか覚えておいてください──」

 

 

 南郷……寅次郎?

 

 ……ええと、誰だっけ?

 

「勝手な仇討ちとなり恐縮ですが、南郷先生を倒した第六の魔剣はこの私が必ず打ち破ってみせますっ!」

 

 

「……その挑戦、謹んでお受けします」

 

「ええ、黒鉄くん。いずれ七星の頂きを目指す舞台で、あるいはその途上で、お互い存分に剣を交えましょう……」

 

 なんということか、僕なんてただの留年した落ちこぼれ生徒だというのに、学園序列第一位で生徒会長という優等生の中の優等生がすっごい意識している。荷が重い、過分な評価、買いかぶられるにもほどがある。

 

 だが、これほど大勢の目の前で堂々と宣言されてしまっては、逃げることも出来ず丁寧に返すことしかできなかった。ただ、これ以上、四方八方からの視線を受けるのも嫌になってきたので、気づかれないようそっと珠雫を医務室に連れて行こう。

 

 そうと決まれば、やることは単純だった。

 

 まず、“目の前にいる生徒会の五人”の意識の隙、あと“会場にいる観客全員”の無意識の重なるタイミングを見計らい、珠雫をそっと抱えたまま会場を後にする。

 

 腕の中ですやすやと眠る珠雫を抱えたまま、医務室に向かう途中で“あること”が気になった。

 

「──結局、南郷寅次郎って誰なんだろう?」

 

 

 

 

 

 黒鉄一輝が黒鉄珠雫と共に第三訓練場から消えたのに気付いた観客たち、そして、生徒会の面々は揃って戦慄を覚える。一輝がどうやって消えたのか、おおよその見当をつけた生徒会会計、貴徳原カナタは確認のため幼馴染である刀華へ尋ねた。

 

「……刀華さん、今のはもしや」

 

「ええ、“抜き足”でしょう。それも、私のそれよりも遥かに洗練された……」

 

 刀華の言葉に、生徒会庶務の兎丸恋々が声を上げる。

 

「でも、それってかいちょーとか、西京さんとか、珠雫ちゃんみたいに南郷さんのお弟子さんじゃなきゃできない技でしょ!なんで、黒鉄くんが使えるの!?」

 

「落ち着け、兎丸。彼は以前、会長の師である南郷氏に勝利していると聞く。あれほどの武才だ、かつての戦闘時に抜き足の技を盗んでいても不思議ではあるまい」

 

 生徒会書記、砕城雷は重々しくも恐ろしい想定を語った。そして、その想定は間違いなく、事実と合致していると刀華は確信を(いだ)く。

 

「やれやれ、噂の第六の魔剣だけじゃなくて、技術の方でも不利なんて、これは思ったよりも分が悪い戦いになるんじゃないかな?」

 

 生徒会副会長、御祓泡沫は東堂刀華の方を見て、面白そうに笑い掛けた。

 

「うたくんに言われるまでもありません。……今より幼い時点で南郷先生に勝利した黒鉄君との戦い、私の有利になる材料なんて一つ二つあれば良い方でしょう。ですが必ず、彼という最強を打倒して、私は七星剣王の座を手にしてみせる……」

 

 清廉な決意の元、東堂刀華は戦闘時の黒鉄一輝の姿を思い返す。想像を絶する剣技、人知を超えた観察眼。ステラ・ヴァーミリオンさんとの戦いで使った第一の魔剣、珠雫ちゃんとの戦いで放たれた第三の魔剣。あれらよりも恐ろしいと聞く第六の魔剣、零時迷子。それをどう攻略したものかと考えながらリングを降りようとして、彼女は足をもつれさせてしまい、リング上から床へ勢いよく転倒。

 

 スッテーン、と綺麗に転んだ刀華は、スカートを思い切りまくりあげた格好で倒れ込む。戦いのときと全く正反対な反応の鈍さに生徒会の皆は苦笑しながらも、転んでしまった刀華のフォローに動くのだった。

 

 

 

 

 

 首相官邸の会議室、国家の中枢ともいえる空間で多くの閣僚は、ある一人の男を諫めようと言葉を尽くす。内閣総理大臣、月影獏牙。元は伐刀者(ブレイザー)育成学校、破軍学園の理事長であり、そこから政界へ進出した異例の経歴を持つ人物。

 

 そんな月影首相が密かに推し進めている案件に多くの閣僚は難色を示した。

 

 国際魔導騎士連盟からの撤退。連盟から離脱し、自国で伐刀者(ブレイザー)の教育、管理を行うという野心的すぎる政策に反対意見が頻出する。確かに自国の防衛戦力たる伐刀者(ブレイザー)の管理運用を他の組織に管理される状況は、かねてより問題視されていた。だが、戦後の協調路線と融和政策のおかげで、日本という国は長年に渡って大きな戦火を浴びずに済んできた。

 

「月影首相、ご再考を。連盟からの離脱はメリットよりもデメリットが大きく上回ります。連盟からの戦力の提供が途絶する他に、同盟や解放軍が連盟から離脱した日本へ干渉する可能性さえ考慮しなくてはなりません」

 

「連盟から離脱した際の影響として、同盟、解放軍の流入だけに留まらず、連盟が敵に回る最悪の事態とて有り得ます」

 

「だが、連盟から離れることの利点が皆無なわけではない。自国の戦力、ひいては我が国の主権を取り戻し、ロシア、アメリカと同じ大国として、国際社会に──」

 

「目先の利点に囚われ、日本本土を世界の三大勢力が干渉し合う戦場にする気か!!」

 

「何も三大勢力全てから距離を取るという話ではない!テロリストまがいの解放軍は別として、同盟と手を組むことで多勢力からの横やりが防げるではないか!」

 

「それでは連盟に所属しているときと何ら変わりないぞ!」

 

 連盟からの脱退方針について、閣僚たちはそれぞれが反対派と賛成派で壮絶な論戦に発展した。互いに自分が信じる自国の最大利益のため、己の価値観から政治を論ずる。月影首相はこの答えの出ない論戦を静かに見つめていたが、近くにいた側近の耳打ちを聞いて不意に立ち上がった。

 

「諸君、すまないが別の重要案件だ。しばし、席を外させてもらう」

 

 

 

 月影首相は閣僚たちの返答も待たず、自分の執務室へと急ぐ。慌ただしく部屋に入った後、側近は重大案件の詳細について語り始めた。

 

「“魔剣”、黒鉄一輝が本年度になってから二戦目の戦闘を行いました。南郷寅次郎氏の元にいた黒鉄珠雫氏と対戦。加えて、魔剣の行使が確認されたとのことです」

 

 深刻そうな顔の前で手を組んだ月影首相は冷静に続きを促す。

 

「何番目の魔剣が使われた……?」

 

「……“第三の魔剣、螺旋”とのことです」

 

 側近の言葉を聞いて、月影獏牙は深々と安堵の吐息を漏らす。

 

「……ふぅ、第四、第五の魔剣ではないのか、ひとまず人命、周辺の地理や自然環境に大きな変動は無さそうだ。だが、気を緩めないよう細心の注意を払ってくれ。第四、虐殺の魔剣が完成した場合、日本の騎士連盟だけでは半日と持たん。第五の魔剣に関しては、“どのような規模でも”使用された際、私の緊急ホットラインへ連絡を行うように。──頼んだ」

 

 頷いた側近は、頭を深く下げて部屋を後にする。月影獏牙は自分だけになったのを確認すると、部屋に備え付けられた電話で国外のある人物へとコンタクトを取った。

 

 エストニア、エーデルベルク山頂にて静かに暮らす戦乙女。

 

 世界最強の犯罪者と呼ばれる伐刀者(ブレイザー)、比翼のエーデルワイス。

 

 

 電話口から涼やかな女性の声が鳴る。

 

『──月影首相ですか?』

 

「ああ。……急で済まない、黒鉄一輝くんについての連絡だ。本日、一輝君が黒鉄家の末の娘、黒鉄珠雫と対戦。第三の魔剣、その行使を確認したと報告を受けた」

 

 月影獏牙の剣呑な声音の報告を聞き、電話向こうにいるであろうエーデルワイスの声に深刻な懸念が混じる。

 

『第三……比較的、安全な魔剣でしたね。いえ……実の血縁や学友相手では、過剰威力な魔剣を使えなかったのでしょう』

 

「そうだな……日本、加えて近隣の大陸にも被害は出ないだろう。王馬君の調子は如何かね?」

 

『年齢を鑑みれば、順調どころか異常なほどの速度で成長を遂げています。比較する対象が“彼”でなければ……』

 

 “彼”、黒鉄家が生みだしたイレギュラー。騎士の才覚あらざる異才の騎士。月影獏牙は黒鉄一輝を追いかけ、絶望、諦観、苦悩、悲嘆、自虐、挫折を飲み下し続ける黒鉄王馬の心情を(おもんぱか)った。だが、冷酷に心を律し、遥か先の未来を予見する男はため息を吐く。

 

「王馬くんも嵐の概念干渉にまで到達した魔人(デスペラード)の一人。そんな彼を以てしても、魔剣は未だにその影すら踏ませないか。すえ恐ろしい、とは言えんな。何しろ、我々とて黒鉄一輝くんの実力の底を知らないままなのだから……」

 

『貴方のいう“来たるべき(とき)”にはまだ届かない。定められた未来は変わらぬようですね……。やはり、黒鉄王馬が真の強さを得るためには、()が死ぬ他ないらしい』

 

 世界最強の戦乙女、エーデルワイスは含み笑いを交えながら、世間話の延長のような口ぶりで己の死を予言した。

 

「一年、たったの十二カ月。破軍学園に圧力をかけ時間を稼いではみたが……足りなかったか。すまない、すまない。どうか、“君の死”を前提にしか、策を講じられん私を許してくれ」

 

 破軍学園のかつての理事長、月影獏牙は前理事長に圧力をかけ、学内の授業や七星剣武祭の参加資格に能力値制度を導入させた。それによって、戦闘経験を積ませないこと、七星剣武祭に一輝が参加するのを一年遅らせることをどうにかこうにか実現させた。

 

 一年という時間で、黒鉄王馬をはじめ、全国に存在する実力者たちを、育成、招集することに時間を費やした。裏世界の住人ともコンタクトを取り、様々な手段を尽くした。けれど、時間は無情に流れていき、月影獏牙はもう世界に猶予がないことを予知してしまった。

 

『──謝罪は無用。全てを承知のうえで、私は貴方の策と新たな未来に命を賭けた。この決断と覚悟に何ら後ろ暗いものはなく、それはリョーマも同じだったでしょう。例え、私に待つ結末が“死”だったとしても、そこに後悔はありません』

 

 穏やかな声音のまま、エーデルワイスは静かに、自分に訪れるであろう結末を思い描いて、自分の育てた新緑の未来に希望を託す。

 

『私という庇護者にして、導き手の喪失で(王馬)は大きく躍進することでしょう。例え、その未来に私がいないのだとしても、素直に誇らしいと思えるのです』

 

 月影獏牙の瞳に光るものがあった。自分よりも年若き大勢の未来を、世界という大き過ぎるもののため犠牲とする己の無力さに憤りさえ覚える。だが、月影獏牙という“政治屋”は感情を排した最善手を黙々と選択した。

 

「何としても、七星剣武祭を完遂せねばならん。そのために必要な人材は全て揃えた」

 

 月影首相のデスク上には、幾つもの人物調査の書類が存在していた。

 

 “風の剣帝、黒鉄王馬”、“魔獣使い(ビーストテイマー)、風祭凛奈”、“六華の忠楯(ちゅうじゅん)、シャルロット・コルデー”、“血塗れのダヴィンチ、サラ・ブラッドリリー”、“凶運(バッドラック)、紫乃宮天音”、“不転、多々良幽衣”、“道化師、平賀冷泉”。

 

 

 そうそうたる名うての伐刀者(ブレイザー)たち。裏、表の区別なく、実力と可能性を見出した“国立暁学園”に所属する学生騎士ら。彼らの活躍と蠢動の末に、七星剣武祭をどうにか完遂させ、黒鉄一輝へ“善き記憶”を刻まなければならない。

 

 自分のような謀略と打算に塗れた大人に、それができるかと月影獏牙は自問する。だが、答えはとうに出ている。できる、できないではなく、“やらねばならない”。

 

 ──さもなくば、世界の滅亡は不可避。

 

 

「暁学園に全てを賭ける。非道、無情と謗られようとも世界を救わなくてはならない。七星剣武祭での奮闘の果て、“落第騎士の英雄譚(キャバルリィ)”を完遂させてみせる。もし、力及ばず、私という愚か者が何も遂げられなかったならば、その時は腹を切って、これまで犠牲としてきた者たちへのお詫びとしよう」

 

『……月影首相』

 

 エーデルワイスの沈痛そうな声に、申し訳なさを感じるが月影獏牙の判断は変わることはないだろう。黒鉄龍馬を始め、多くの者たちの命運を未来の滅亡という重すぎる予言に付き合わせてしまった。ならば、その代償は命以外では(あがな)えまい。

 

「何としてでも“阻止”せねばならん」

 

『はい、何としてでも──』

 

 

 次の瞬間、異なる場所に立つ月影獏牙とエーデルワイスの決意と声が重なった。

 

「第八の魔剣の完成だけは阻止せねばならん」

『第八の魔剣の完成だけは阻止しなくてはなりません』

 

 




 備考:黒鉄一輝について

 黒鉄一輝の思考の前提には、自分は騎士として他者と劣っているという認識が存在する。その前提意識ゆえに黒鉄一輝は自分の勝利をまぐれ、あるいは同情で譲られたものとしてしか認識できない。この認識を壊すためには黒鉄一輝を正面から打破し、彼の強さを認める必要がある。

 黒鉄一輝にとって自分が重ねてきた勝利とは、持つ者からの同情で与えられたものに過ぎず、勝利を誇ることができない。矛盾した認識が発生させる勘違い。黒鉄一輝は弱者として同情される苦しみを誰よりも理解する、強者として本気を振るえない苦しみを誰より理解する。

 強者にして弱者、無才にして天才たる矛盾の騎士、黒鉄一輝は一心に願う。騎士として、みんなと同じになりたい、弱くなりたい、強くなんてなりたくなかった。魔剣と恐れられる超越者の声なき慟哭である。

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
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