ふと、懐かしい夢を見た。
昨年、破軍学園に入学してから、半年が過ぎた頃の記憶。能力値選抜制度のため、Fランクである僕は実戦教科に参加できない日々を送っていた。“実戦”。生まれてこの方、一度も実戦というものを経験していない僕には縁遠い世界。破軍学園に通えれば、鍛錬の域を越えた実戦というものを味わえるとも思ったけど、魔力値が低いので参加できず、がっかりしたような気がする。
仕方ないので一人で竹刀や
普通より少し弱い友人たちのことが気がかりで、僕はみんなに体の使い方の助言を行った。
鍛錬と遊びをする友達が増えていった。
一緒に鍛錬をしていた友人の一人が泣きながら、“先生に勝てた”と知らせてくれた時には、我がことのように喜んだ。次の日、その友人は学園を辞めていた。三年生に勝てたと胸を張って言ってた友人もいたと思う。その子はいつの間にか、学校に来なくなってしまった。七星剣武祭への参加が決まった友人がいて、僕は憧れ混じりに
友達が増える、減る。増えて、減っての繰り返し。
とうとう、友人が片手の数ほどになったとき、クラスメイトの一人が申し訳なさそうに声を絞り出した。
『ごめん……黒鉄。俺はもう、お前と仲良くできない』
目が覚めた。窓の外から朝日が部屋に差し込んで、気持ちのいい気温になっている。鳴っていない目ざまし時計のタイマーを止め、制服を押し入れから出そうとした。“んぅ~”などという悩まし気な女性の声を聞き、もう、この部屋は自分だけのものではないことを思い出す。
留学生のステラ・ヴァーミリオンさん、だったかな?
やけに懐かしい去年のことを夢に見たのも、彼女が昨日、唐突に言ってきたことが原因だろう。
久しぶりに会えた妹から試合を挑まれ、どうにか勝ちを拾った一戦のあと。珠雫を医務室に送り届け、様子を見に来た珠雫のルームメイトさんへ挨拶。それらを終え、僕はようやく学生寮に帰ってきていた。破軍学園における僕の二度目となる入学式の日は何ごともなく終わった。
今日はのんびりしようと部屋に帰ると、玄関先で仁王立ちしていた赤い髪の少女が僕を出迎える。
『えっと、君はヴァーミリオンさん?』
『ステラでいいわ』
『でも──』
『ス・テ・ラ』
名前で呼んでいいようだ。さて、新たなルームメイトである彼女、ステラは胸を張って勇ましく宣戦布告めいた口ぶりで頼み事をしてきた。
『お願い、私にイッキの剣を、貴方の全てを教えて!』
『あの?いきなり過ぎて、ちょっと……』
話には段取りというものがある。いきなり、結論だけ言われても何が何やら。僕のこんな対応が煙に巻こうというものに見えたのか、赤い髪の女の子はぷんすかしながら、地団太を踏む。下の階の人が苦情を言ってこないといいな。
『何よ、日本人は土下座に心打たれたら、なんでも言うこと聞いてくれるんじゃないの!』
『はじめて聞いたよ?そんな
そして、彼女のは土下座ではない。頭を下げてもないし、座ってもいなかった。豊かな胸を張っての堂々たる仁王立ちである。いや、まぁ土下座させようとも思わないが。
『君にはもう炎を操るすごい
『皮肉……じゃなさそうね。はぁ、私は貴方の剣技に敗北したの。自分より強い人から学び、習おうとするのは当然の事でしょう?騎士のランクなんて無意味になるような決着だった。貴方の磨いてきた技で私はこの国に来て初めて
『ごめんなさい、その言い回しだけは勘弁してください』
『なんでよっ!?』
なんでも何も壁をドンドンと叩かれているのを聞いて察してほしい。左右、下の部屋にいるであろう他の生徒が壁をすごいテンポで叩いている。ヴァーミリオンさんは“何よ、うるさいわね”なんて呑気にしているが、これは大変なことになったのではないか。
いやもう、なってる。
『私のお願いを聞いてくれないなら、此処でリベンジをしてもいいのよ?』
ああ、壁が8ビートで叩かれるようになってしまった。
『分かった、君に剣を教えるよ。さもないと僕は尊厳を失いそうだ』
『よくわかんないけど勝った。じゃあ、そうなるとイッキは私の
壁の打音が16ビートになりました──。
その日の晩、僕は共にお風呂に入ろうとするステラを抑え、宥めて、どうにか学生寮での混浴という公序良俗に触れそうな事態だけは避けることができた。ただ、その際、ほぼ下着と同じような格好の水着をしたステラを目にしたのだが、彼女はこれには怒りもせず、見られても恥ずかしそうにしているだけだった。
露出している肌面積的にはほぼ同じなのに、なんでだろう?
入学式の明くる日、破軍学園はひそやかな混乱の最中にあった。学年唯一の落第生、留年したはずのFランクの騎士が、Aランクの騎士を事も無げに撃破したというまことしやかな噂。その噂を生徒会長や新聞部が公言しているのだ。つまり、この噂は信憑性の高い内容である。
一年たちは黒鉄一輝が剣技によって起こした内容を人づてに聞き、本当に彼はFランクかと首を傾げる。
二年、三年で一輝と面識のない大勢の者たちは、Aランク騎士に勝ち星を上げる実力者が何故、去年は話題にも上がらなかったのか、と積極的に意見を交わす。口さがない者たちの会話の中には、Fランク騎士は卑怯な手で勝利を掠め取った、というものから、兄妹であることを利用した盤外戦術によるもの、と悪い印象の話が大半を占めている。
他にも“昨年は低ランク騎士の実力者が大漁過ぎたため、埋没してしまった”という話もされていた。そういった低ランクや高ランクの騎士たちが次々と破軍学園を辞めたり、騎士を志すのを何故か断念したりと衝撃的なエピソードが昨年は多すぎたため、剣技という地味な技を使うFランク騎士が話題になりにくかったのだと、二、三年たちは結論付けていた。
そして、他には……。
「なんか、イヤな目線を感じるわ」
「あ~。ステラちゃんが美人だから目線が集中しちゃんうんですよ、きっと!」
「噂じゃあ、どんな風になってるの?」
ステラは同じクラスの新聞部に属する日下部加々美をぎろりと凄まじい眼力で睥睨する。ステラの発するプレッシャー、あと腕を組んで強調された胸のデカさに圧倒された加々美は、素直に噂の内容を暴露する。
「前と似たような感じですねぇ。黒鉄先輩の家がステラちゃんの実家を買収して勝たせてもらったとか、変わり種だとステラさんを買ったとか?」
「んなっ!何よそれ!私がイッキに飼われたなんて!!くく、くだらないゴシップが広まってるっていうの!!」
「お~い、ステラちゃ~ん。ニュアンスニュアンス」
買った、飼った、日本語ってホントに難しいな、と思いながら加々美はステラをどうどうと宥めすかす。
「噂が収束する前に黒鉄先輩が妹の珠雫ちゃんに勝ったことで余計、話の内容がこじれちゃったみたいで」
よりにもよって黒鉄一輝に好意的な態度を全面的に押し出していた妹、黒鉄珠雫が次に敗北したのだ。黒鉄一輝の実力を疑う者にとって、続く対Aランク騎士への勝利は非好意的な噂の補強材料となってしまったということになる。
「冗談でしょ、あのときシズクの訓練場を丸ごと沈める
「誰も見てないからですかね~」
うぐっと、ステラが言葉に詰まる。そう、あのとき訓練場を丸ごと水で沈めたため、勝敗の経緯や推移を見たものは皆無。ステラとて、最後まで残ろうとしたが最終的に避難してしまっている。目撃者のいない決闘。懐疑的な目で見られるのも無理はない。
ステラは腹立たしそうに、ボケーと窓の外をのんびり眺めている一輝を殺気まで込めて睨みつけた。教室でのほほんとしている一輝は、何処をどう見ても手練れに見えない。視線をあやふやとしたもので、ぱっと見では隙だらけ過ぎる。
ステラは一輝の実力の片鱗を知るだけに余計苛立たしく頬を膨らませた。焔の燐光を纏う不機嫌なステラの姿は何処から見ても隙がなく近づこう者がいれば、一撃で消し炭になりそうなほどの圧倒的な迫力と魔力の流れをしていた。黒鉄一輝とひたすらに対照である。
そして、そんな隙だらけな一輝の元に数名の女子や男子が集う。気づかれないよう、顔を背けステラは気にしてない素振りをして聞き耳を立てる。横にいた日下部加々美はスクープを感じ取って、一輝たちの方に行ってしまった。聞き耳を立てていると、一輝に剣や体術を教えてほしい、という提案がされているらしい。
「うん、いいよ~」
「ちょぉぉっと、待ったぁ!」
あっさり承諾する一輝へステラは突っかかる。
「私が弟子入りするのは渋ったのに、なんで他のクラスメイトはあっさりとOK出すのよ!ルームメイト差別よ、差別!」
「……だって、あの時のステラの言葉選びがどれもセンシティブだったから」
「黒鉄センパイその話、詳しく」
「話させるかぁぁ!」
ステラの咆哮と共に火炎が顕現する。僅かに漏れ出たステラの異能の欠片。その焔が教室内を囲むより早く、同じく宙から顕現した水が火炎を鎮めた。
「何を騒いでいるんですか、まったく人騒がせな。これが一国の皇族を務めているなんて、世も末ですね」
“これとはなんだ、これとは”、と言い返そうとして、ステラは口篭もる。自分の魔力の手綱を一瞬でも手放し、その後始末をさせてしまったのだ、バツの悪い顔でステラは謝罪を珠雫へ行った。珠雫も追撃をする気分ではないようで、あっさりと流して一輝の元に向かう。
先日、凄まじい決闘を繰り広げた兄妹たちの会話に、一瞬だけクラスの空気が重くなるが、兄弟たちはごく普通に会話を始めた。
「良かった、もう動けるんだね?」
「はい、昨日倒れたのは自分が幻想形態で出した水流に呑まれての結果ですから、何日も寝込むなどできません。お兄様、昨日は私の我がままにお付き合いさせてしまい、ほんとうに──」
謝罪をしようとした珠雫の唇を一輝は人差し指で触れ、そこから先の言葉を留め置いた。優し気に一輝は笑って、珠雫の髪を静かに撫で梳いた。
「よしよし。珠雫は本当にすごく頑張ったんだね」
一輝の言葉を皮切りに、堰を切ったように珠雫が涙を零す。一輝へと抱き着いて、長らく離れていた兄妹はようやく、ありふれた家族としての触れ合いをすることができたのだ。周りにいた女子生徒、それと新聞部の日下部加々美は思わず口走ってしまう。
「「「「おにいちゃ〜ん♪」」」」
「……妹が増えた?」
「ちょっと、お兄様の妹は私だけです!!」
付近の女子生徒を威嚇するように宵時雨を出したところを宥めてから、落ち着いた珠雫があるお願いをしてきた。
「お兄様、私もその鍛錬に参加してよろしいでしょうか?」
「うん、もちろんだよ。こういうことは大人数の方が楽しいからね」
修行や訓練を遊びと勘違いしていそうな節のある一輝のセリフにステラがじとりと視線を向ける。知ってか知らずか、相変わらず一輝は穏やかに微笑んだまま。一輝トレーナーの行う鍛錬は放課後、第一訓練場で行うということで何とか纏まった。
マンツーマンでなくなることにステラは口を尖らせていたが、自分の中での折り合いを付けたようで、大人しく席に座って一輝を睨みつけている。
話が纏まったとき、ちょうど予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「それではお兄様、失礼します。……行くわよ、アリス」
「はいはい、まだ病み上がりなんだから派手に動いちゃダメよ、ホントに」
珠雫は一輝を見て名残惜しそうにしながらも、自分たちの教室へ戻っていく。そんな珠雫を甲斐甲斐しくサポートするように長身痩躯の男子生徒が同行していった。彼の違和感ある口ぶりにステラが首を傾げるが、一輝は特に疑問を覚えることなく手を振って二人を見送るのだった。
長い長い授業が終わり、ようやく放課後。
訓練場のカギをもらってくると言って一輝は、折木先生のところへ颯爽と向かってしまう。訓練場に集合と約束していたので、ステラ、加々美、他のクラスメイトたちや珠雫ともう一人の男子生徒が訓練場へと向かっていた。
「初めまして、みんな。珠雫のルームメイトの有栖院凪よ。名前で呼ばれるのは苦手だから、アリスと呼んでくれると嬉しいわ」
極めて女性的な声音で行われる自己紹介。それを珠雫の隣にいた長身痩躯の男子生徒が口にしたのに驚いて、ステラや加々美が思わずアリスを二度見した。
「アリスの口調は気にしないでください。ちょっと変わっていますが、特筆することもないでしょう」
「いやいや!性別はちょっとどころじゃないわよ!?」
「いや~参りました、記者として偏向報道とかないようにって、客観的な目線でいるように心がけてましたけど、珠雫ちゃんみたいにすぐ割り切って考えられなかったです。これは反省しなくては」
「アリスはアリスです。そういうものとだけ理解していれば、何の問題もないでしょう。私としては、不愉快な視線や情念を向けてこないので、性別とかはどうでもいいです」
「珠雫のは割り切るとかじゃなくて、単純に人への興味がないうえに人間嫌いなのね。それはいいけど、入学式初日から決闘したルームメイトが気絶して、お兄さんに呼び出されることになった私の気持ちも考えてほしいわぁ」
「そっ、それは……ごめんなさい」
「うふふ、冗談よ。可愛いルームメイトのためだもの、大した苦労でもなかったから気にしないで。あと、あんないい男に呼び出されて名前を憶えてもらえるとかご褒美―冗談、冗談だから珠雫。
「悲しいわ、入学して二日目でルームメイトがいなくなるなんて」
「あっもう失踪前提なのね、ステラちゃ~ん、加々美ちゃ~ん、助けて~☆」
「ああもう、なんで見え見えの地雷を踏みに行くのよ!」
「黒鉄センパイの特訓が始まる前に人数が減りそうですね~」
ややギレの珠雫をステラが制止し、加々美がしみじみとした声で感想を言っていると、ふらっと通りすがった二年の男子生徒がステラたちの方を振り返った。
「一年生、お前ら黒鉄に剣術やら体術を教わろうってのか」
なんの脈絡もなくいきなり会話に割り込んでくる無礼。珠雫やステラがおっかない目をしているが、社交性の高く穏便にことを済ませようとするアリスが二人を落ち着かせている間に、日下部加々美が先輩に対応した。
「はい、だって黒鉄センパイはそういう技術のスペシャリストですから。その道のエキスパートがいたら、教えてもらいたいっていうのは、ありふれた発想じゃないですか?」
「──やめとけ、やめとけ」
陰鬱そうな顔をした二年の男が口を開く。
「アイツはお前らが考えてるような人畜無害なヤツじゃないぜ。自分の才能を誇ろうともせず、価値を見出さない。そんなヤツの傍にいても、こっちが惨めになるだけだ…………“黒鉄一輝”、去年、実戦学科単位の不足で留年した
滔々と語る二年生徒の口ぶりからは鬱折した黒鉄一輝に対する重い感情が見え隠れしていた。捻じれた思いを吐露する男の顔には後悔の陰影がべったりとこびりついている。
「悪い奴じゃあないんだが、アイツは強すぎて俺たちは弱すぎるのさ」
そう締めくくり、男は雰囲気を悪くするだけ悪くして立ち去ろうとする。二年生徒の逃げ出そうとする背中に向かって、珠雫はいっそ残酷なくらいきっぱりと強者の論理を叩きこんだ。
「貴方がお兄様とどんな関わりがあるのか知りませんが、これだけは言っておきます。貴方がどう思おうと、お兄様はお兄様の尺度で生きているだけ。それを測れないのはお兄様以外の有象無象に問題があるのです」
背中を向けた男の肩が僅かに跳ねる。ステラ、加々美、アリスは珠雫の無慈悲な発言にひやひやしているが、男はふらふらと力ない足取りで立ち去っていく。
「忠告はしたぜ……」
彼は最後に負け惜しみを言って、この場を立ち去ってしまった。加々美はふと、去年の黒鉄一輝に何があり、何をしたのかが気になった。
新聞部にいる二年の先輩も、去年の黒鉄一輝のことは語りたがらない。
日下部加々美は、温厚で毒気も外連味もない一輝がかつて何を為し、何を思ったのか、記者としての魂が“知りたい”と求め、欲したのを静かに自覚した。
「おまたせ~」
すごい呑気な顔をして竹刀袋を片手に持った青年がやってくる。“黒鉄一輝”、先ほど二年の先輩から、おどろおどろしいネガティブキャンペーンされた人間とは思えないほど、朴訥とした様子で彼はやってきた。
のほほんとした一輝の気に当てられたのか、皆の緊張が無くなり始める。
ぎくしゃくとした悪い雰囲気が消えきってから、特訓のため集まった皆が訓練場へと入っていく。さて、かの剣術の達人、黒鉄一輝はどのような特訓をするのだろうと考えて、日下部加々美はあっ、と思い当たってしまった。
「黒鉄センパイって、教えるの上手いんだっけ?」
「「「「「あっ」」」」」
備考:黒鉄一輝について
実は他者の強い、弱いがよくわかってない。そのため、黒鉄一輝は他者の強さを大雑把に三段階で区別している。
少し弱い騎士<おじいさんくらいの一般的な騎士<プロの騎士
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