灰になりたかったんだ   作:シン・タロー

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第11話 護衛対象

「おせぇんだよ」

 

 がらんと静まり返る礼拝堂で、ヨタは足を組んで長椅子にふんぞり返っていた。

 苛立たしげに足先を揺らし、ぶつぶつと俺をなじる文句を繰り返す。

 

「文句を言いたいのは俺の方だ」

 

 護衛の騎士はすでにヨタが外に出してしまったので、遠慮なくヨタの元まで歩いていって隣に腰をおろす。

 

「……なに横に座ってんの? 地べたに座れよレグルス」

「黙れ。近くなら小声で話せるだろうが。用件を早く言え。俺には時間がない」

 

 早口でまくし立てると、すぐさま舌打ちが返ってきた。

 相変わらずひどい態度だが、ふいに険しい顔から一転して歪んだ笑みを浮かべるヨタ。

 

「オマエ……あんな偉そうに“カナリーを堕とす”だの言っておいて、焦ってる? 眉間のシワやめなよ? 色男が台無し!」

 

 けらけらと腹を抱えてひとしきり笑うと、ヨタはローブの裾を摘まんで持ち上げた両足を、俺の腿へ乱暴に乗せる。

 土汚れをわざと擦りつけるように、ブーツの踵でぐりぐりと腿をひねる。

 

 そんな大胆にローブを捲れば、当然俺の視点では中身(・・)に収まるヨタの足も深いところまで見えてしまっている。

 辺りに漂う冷気の中、ほんの少しだけ熱を帯びた風が鼻腔を抜けた。

 

 先日タイツを汚した俺への、意趣返しのつもりだろうか。

 聖女にあるまじき性根の腐り具合だ。

 

「……信者が居なくて暇だから呼びつけたのか? あんたと違ってこっちは忙しいんだ。用が無いなら帰るぞ」

 

 ブーツの足首を掴んで放り投げ、衣服の土くれを叩き落とした。

 

 行為のすべてが気に入らないのだろう。

 恨みがましい目を向け、歯噛みしていたヨタだったが、やがていっそう低い声で無感情に呟く。

 

「……獣人どものテリトリーで、商隊が行方不明になったって」

「なに? どういうことだ? 順を追って詳しく説明しろよ」

「ああうっせぇなメンドクサイ!」

 

 おまえが呼び出したんだろうが。

 よっぽどそう言ってやりたかったが、ヨタは薄赤い髪を何度も指で引っ張っては頬や耳に撫でつけ、苛ついた様子を覗かせる。

 しばらく落ち着くのを待った。

 

「はぁ……捕虜にでもされたんじゃないかって、お偉いヤツらは言ってる」

「捕虜……? 何か要求でもあったのか?」

「知らねーよそんなこと」

 

 捕まった商隊というのは、タイミング的にも宿屋の店主だと考えてよさそうか。

 しかしいくら敵対してるとはいえ、商隊を捕虜にするとは聞いたこともない。

 諜報活動でもしていたなら話は別だが。

 

 そもそも商人にしたって確立されたルートなりあるのだろうし、獣人の領域に踏み込むのなら何かしらの誓約くらい交わしているものじゃないのか。

 

「本当に獣人なのか? 相手は」

「断定してるよ、王サマ含めたお偉いさん方はね。んで、聖女を派遣することが決まった」

「騎士や兵士じゃなく、聖女を? なぜだ、意味がわからない」

「なんでなんでホントうるせーなレグルス! 獣人どもと全面的な戦争になんのは避けてーんだよ! あくまで平和的に解決するための派遣ってわけ!」

 

 うざったそうにフードを外し、せっかく撫で伸ばしたピンクの毛髪をわしゃわしゃ乱れさせるヨタ。

 

 直情が過ぎる女だ。

 だいたいそんな内情まで俺が把握してるわけないだろうが。

 

「……しかしいいのか? 部外者にぺらぺら喋ってしまって」

「え? いいよ別に。部外者じゃなくなるし」

「え?」

 

 嫌な予感がする言い回しだった。

 ヨタはふぅと息を吐いて、長椅子に思いきり背を預けると、礼拝堂の天井を見つめながら口もとを緩ませる。

 

「聖女の派遣、話はアタシに回ってきた。最初は絶対断るつもりだった。こんなクソみたいな提案したヤツぶっ殺してやるって。……でもさぁ、そんとき思い出したんだよ。オマエを」

 

 赤い舌をべ、と覗かせ、ヨタは馴れ馴れしく俺の肩へと腕を乗せる。

 やたらと接触したがる女だな。

 仮にも聖女である手前、もし誰かに見られでもしたら立場的に終わるのは俺だというのに。

 

「アンタ、言ったよね? カナリーをヤッてやるってさ。あれ嘘じゃないよね?」

 

 どうも“ヤッてやる”の意味を履き違えてるように感じたが、黙って頷く。

 

「だから“カナリーも一緒なら受ける”って条件を出した。あんのお人好し、二つ返事で引き受けたらしいよ」

 

 つまり、カナリーが街を離れるのはヨタが原因だったというわけか。

 余計なことをしてくれる。

 俺はいざというときの保険として、夜這いのためにカナリーの部屋が知りたかっただけだ。

 

 だがこうなってしまったのなら、対応していくしかない。

 

「……それで。その話と俺になんの関係がある。俺はただの庭師見習いだ」

 

 ヨタの吐息が耳に近づく。

 背すじがむず痒くなって、首がすくんだ。

 

「レグルス。アンタをアタシの護衛にしたげる」

「なんだと――?」

 

 思わず振り向いたせいで、あわや唇が触れてしまうほどの至近距離でヨタと見合った。

 ヨタの大きく開かれた瞳が揺れ、直後に拳で胸を突き離される。

 

「はあっ、はあっ、ち……近づかないで……っ」

 

 自分から身を寄せてきたり、かと思えば発作のような拒絶をみせたり。

 ヨタの行動は本当に理解が及ばない。

 

 けれど異常な反応を指摘するよりも、今は話を前に進めるべきだ。

 

「いや……その、悪い。どういうことか、もう少し聞かせてくれ」

 

 呼吸を整えたヨタは得意気に顎を持ち上げ、また腕と足を組んだ。

 普段の卑屈な態度を隠すような高慢な表情も、平静を装うために急造したせいかあきらかに歪んでいた。

 

「……“レグルス”。元冒険者であり傭兵。現役の頃は冒険者“森林渡し”と二人で屋外の依頼を主に成果を上げる。先日のアパリュ丘陵国境戦で左肩を負傷、冒険者を退いて現在は聖王宮で庭師として働く」

 

 どれもこれも身に覚えのない略歴。

 ジェイは要求した通りに捏造してくれたようだ。

 

 しかし、なんだ。

 

「“森林渡し”?」

「は? ……ちがった……?」

 

 途端に不安そうに呟くヨタへ、首を振る。

 

「あってるよ。よく調べたな」

 

 おそらく、ジェイの通り名のようなものだと推察する。

 意味はよくわからないものの、二つ名がつくほど名が通るなんて妬ましい話だ。

 

「騎士はさすがにムリだけど、そんなアンタを護衛にしてやるって言ってんの」

「あんたにはすでにさっきの……護衛の騎士がもういるんじゃないのか?」

「あーあれ何人目だっけ。クビって言えば喜んで代わってくれるよ。……アタシの護衛なんかを好き好んでやるヤツ、いるわけねぇだろ」

 

 説得力がありすぎて納得してしまう。

 無言の肯定に激怒するかもと身構えたが、ヨタは長椅子の上で膝を抱え、ただ俯いた。

 

 我欲に突き抜けてるようでいて、他人からの評価を極度に気にしている。

 ヨタもまた、一面だけでは図れない。

 人間なんてそういうものだと割り切れば楽になるが、寝取り屋を自称するなら人心掌握に長ける必要がある。

 

 どんな人間だろうと本質を見抜けるように。

 思考を止めず、洞察し続ける。

 

「……ホント、楽しみ。あの女が、アタシのとこまで転げ落ちてくるのが」

 

 自分の価値は、元から低いと自認した口ぶり。

 いちいち自虐的なところが、やはり鏡を見てるようで痛々しい。

 他人のことなのに、まるで己が曝け出されるような羞恥心を覚える。

 

 話を変えたいがため、思いついたことを口にする。

 

「そこまで嫌うのは、何かよっぽどの出来事でもあったのか?」

 

 聞いてやることがこの女のためにもなる。

 そういう事情があるなら仕方ない、と納得に足る理由があるなら、歪んだ人格にも同情的に接することができる気がした。

 

「ハ……人を憎むのにさぁ、理由なんていらなくない?」

「それはつまり、特別カナリーに落ち度があったわけではない、と」

「強いて言うなら顔。声が嫌い。話し方、身体つき、視線、笑顔、全部、苛つく……!」

「…………」

 

 よくわかった。

 本当にどうしようもない女だ。

 こいつはやっぱり、俺に――。

 

「失礼します。ヨタ様、礼拝のご準備をお願いします」

 

 礼拝堂の入り口から顔だけ覗かせた騎士が、そう告げてすぐに身を引っ込める。

 

「へ? あ、ちょ、待っ……」

 

“客”が来たということだろう。

 用は済んだことだし、俺もさっさと退散するかと立ち上がった。

 

「話はわかった。受けるよ、あんたの護衛」

 

 実際のところ、遠征するカナリーへ喰らいつくには話に乗るしかない。

 

 俺の返答どころではない様子で、ヨタは慌ててフードをかぶり直し、しわになったローブを伸ばしている。

 身だしなみを整える時間すら与えなかった護衛の態度に、日頃からいかにヨタが疎ましく思われているのか伝わる。

 

 礼拝堂を出るとき、若い男とすれ違った。

 

「こんにちは! 本日もお願いします」

「ぁ……はぃ……ぉ願ぃ、します」

 

 消え入りそうなほど小さな声で返事し、視線をまっすぐ足もとへ落とすヨタ。

 

 口ぶりからして男は常連なのだろうが、見慣れた相手であってもこの怯弱さ。

 宿屋の娘が語っていた印象は正しかったようだ。

 

「聞いてくださいヨタ様! 実は今朝、やっと花が咲いて――」

 

 だがそんなヨタの性格も把握してるんだろう。

 男は積極的に自分から話しかけ、会話をなんとか成立させている。

 栽培したらしい花をヨタへ手渡す男の顔は、惚れた女に見せる表情のそれだった。

 

「…………違う」

 

 まるで、違う。

 さっきヨタに対して抱いた共感は、間違いだ。

 

 性格に難があろうと、腐っても聖女。

 カナリーやツティスほどの影響力は持たなくても、存在するだけで誰かの救いになれる価値ある人間なのだ。

 崇高な存在の足を引っ張ろうともがく、害悪をまき散らすだけの俺とは根本が違っていた。

 

 己で選んだ道だ、わかってる。

 

 礼拝堂を背に、足早に歩く。

 陽が傾いた空には、白む空間の果てにうっすら星がまたたき始めている。

 

 以前よりも遠くなった気がする輝きから目を外して、行き場を失くした手を握り込んだ。

 

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