灰になりたかったんだ   作:シン・タロー

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第12話 凍瘡深く

 朝からモアに付き、庭仕事に勤しんでいると侍女らしき人間から声をかけられた。

 

「――は……ヨタ、様が?」

「ええ。“護衛の仕事はどうした”と。“すぐに連れて来い”とおっしゃって。とにかく、急ぎヨタ様の私室へ」

 

 出発するのは明日のはずだ。

 侍女の狼狽ぶりからして手がつけられないのだと思うが、こっちにも仕事がある。

 夕方にはカナリーと庭園で会う約束も。

 

 足取りも重たそうに去っていく、侍女の背中を見送った。

 いつの間にか傍らにいたモアが、髭に覆われた口を開く。

 

「……護衛?」

「ああ、はい。成り行きで、明日からヨタ様のご遠征に付き添うことになって。悪いんですがしばらく仕事を休ませてください」

「そうか……」

 

 これといって文句は言われなかった。

 まあ聖女様のご命令なんだから、逆らうわけにもいかないのだろう。

 

 元々長期に働くつもりは無かったとはいえ、後継を探してたモアはどう思っているだろうか。

 仕事の役に立つわけでもない俺だ。

 むしろ厄介払いできたと安堵でもしてくれていたら、こっちとしても気が楽なんだが。

 

 モアに頭を下げ、ひとまず王宮内のヨタの私室へ向かおうとしたところ、しわがれた声で控えめに呼び止められた。

 首に下げた手拭いで額を拭き、うっすら開眼したモアが瞳をまっすぐ俺へ投げる。

 

「もう少し、のんびり構えたらどうだ」

「え?」

 

 そう言って、芝の上に座り込むモア。

 あぐらをかいて、視線を遠くに……息を吐いて。

 

 なるほど、のんびりしているな。

 安定した職について、差し迫ったものも無く、心にゆとりがある者だけに許された所作だ。

 俺にそんな余裕は無いんだと、よっぽど言ってやりたかった。

 

「おまえが、何かを成し遂げたいと願うなら」

 

 黙って立ち去ろうとしていたのに、足が止まる。

 

 なんだ、何を言おうとしてるんだ?

 

「何者かになりたい。誰かの心に残りたい。そう思うなら積み重ねることだ。信念も、行動も、積み重ねることでしか、人は動かせない。状況も変わらない」

 

 は――。

 何かと思えば、くだらない。

 正体が割れてしまったのかと肝を冷やした。

 

「……世の中には、時間が無い、心に余裕も無い。そんな奴がいっぱいいます」

「こつこつと歩んだ道に勝る最短は無い。レグルス、いつかきっとわかる」

 

 そうかよ。

 あんたはあんたの哲学を、せいぜい立派に守り抜いてくれ。

 どんなに積み重ねたところで身にならないものもあるってことは、俺がとっくに証明してるんだ。

 

「もう行くよ。俺はあんたのこと、嫌いじゃなかったですよモアさん」

 

 昨日までは。

 できれば最後まで無用な説教なんて聞きたくはなかった。

 どのみち仕事が終われば二度と会うことも無いのだろうが。

 こっちは聖女様のありがたいご神託で間に合ってる。

 

 

◇◇◇

 

 

「失礼いたします」

 

 一応ノックはした。

 返事が聞こえなかったので扉を開けると、ヨタはベッドにうつ伏せで寝そべり、お高そうなローブが乱れるのも構わずいつものようにだらけていた。

 

「あー……やっときた。とりあえず足揉んで」

 

 ヨタはベッド上で足をぱたぱた交互に倒し、ふくらはぎの柔らかさを強調するかのようだ。

 

 果実の芯や皮がそこらに投げてあり、相変わらずヨタ自身の体臭と混じり合った甘ったるい匂いが充満している。

 

 別に嫌な匂いではないが、少々胸焼けする思いで言葉を吐き捨てる。

 

「ふざけてるのか? 俺にも仕事がある」

「いーよいーよ、アタシの護衛なんだから。今日はソファ座るの許可したげる。楽しなよ」

 

 カナリーやセリンに仕事を紹介してもらった手前、手を抜いて労働するわけにいかない。

 そんな姿勢が二人の耳に入れば、レグルスの人物像に大きな傷がつく。

 

「護衛は明日からだ。俺は庭園に戻る」

 

 話にならないとばかり、背を向けた。

 ベッドの方から慌ただしくガタンと音がして、振り返る。

 身を起こしたヨタが、まるで親の機嫌をうかがう子供のように上目遣いで口を結んでいた。

 

「……オマエ、なんか怒ってる? 昨日も勝手にいなくなってさ」

 

 行動にいちいち許可取りが必要なのか?

 そもそも人を舐めた態度ばかりのくせに、誰かを怒らせるのなんてこの女からすれば日常茶飯事だろう。

 

 だが呆れこそすれ、怒ってるわけじゃない。

 昨日については、俺は俺でいつもの癖が出ただけに過ぎない。

 

“劣等感でおまえを直視出来なかった”などと死んでも口には出さないが。

 

「ほ、ほらこれ。アンタにやるから」

 

 ヨタがベッド脇からごそごそ取り出したのは、一振りの剣だった。

 儀仗用かと思えるほど柄には装飾が入り、平民に手が届く価値では決してないだろう。

 

「聖女の護衛やんだから、それくらい持たないと格好つかないでしょ」

「一つ確認しておくが、俺に護衛としての活躍を期待してるわけじゃないよな?」

「ああ、肩? だっけ怪我してんの。いいよ別に。どうせ他のヤツ護衛にしててもさ、襲われたりしたらわざと見殺しにされそうだし」

 

 自分で言ってて虚しくならないのか。

 しかし、わかっているならいい。

 

「ありがたく剣は受け取るよ。だが俺の邪魔だけはするな。協力するのは目的が近しいからであって、決してあんたの都合を優先はしない」

 

 再び踵を返して、部屋から出る。

 閉じたばかりの扉がけたたましい衝撃音を放ち、ヨタが何か投げつけたらしいと察する。

 

『クッソふざけんな!! オマエから誘ってきたくせにッ!』

 

 外まで声が丸聞こえだった。

 誰かの耳にでも入ればあきらかに誤解されるであろう文言に、頭を抱える。

 

 ヨタを引き込んだのは時期尚早だったろうか。

 いや、護衛に指名してくれなければ詰んでいた可能性が高い。

 多少の足枷は我慢するしかない。

 じっくり戦略を練る余裕もすでに無いのだ。

 

 

 

 モアの元へ戻るには気まずさがあったものの、仕事と割り切って日課をこなしていく。

 

 間もなく課業も終わり、モアに断りを入れてカージュ湖ほとりのイスへ腰かける。

 あとは待つだけだ。

 カナリーは来るだろうか。

 

 寒さに鼻をすすった。

 あまりに手持ち無沙汰で、気を紛らわせようとモアが置いていったティーポットを掴み上げる。

 

 大事に扱っているのだろうが、ずいぶんと年季が入っているな。

 注ぎ口の側面には小さな印。

 三つの長方形をずらして重ね合わせたような――星型にも雪の結晶にも見えるマークだった。

 

 王宮由来のものではない印に、小さな興味を覚えて眺め回していたところ。

 小枝を踏むパキンとした音に、反射的に振り向く。

 

「カナ――」

 

 カナリーではなかった。

 

 カージュ湖の深い場所、それと同じ髪色。

 光り輝く純白のローブすら、霞ませてしまう美貌と微笑。

 傍には使いのように護衛を一人、控えさせて。

 

 この人物がもし“水神そのもの”だと言われても、無条件で信じてしまいそうな神々しさと――。

 

「今日は体の底から冷えますね。どなたかを待っておられるのですか?」

 

 ――圧迫感。

 

 ツティス。

 顔を見たのは一度だけだが、忘れるわけがない。

 あの日と同様、背中を冷気で撫でられるような感覚が止まらない。

 

 口を開くものの、わずかに空気が漏れたのみで、言葉が出てこなかった。

 

「どなたかを、待っておいででしょうか」

 

 凍りついたような微笑みのまま、ツティスは繰り返した。

 微動だにしない護衛の騎士を見やり、なぜか嘘をつけば斬られると予感する。

 

 なんだ。なんなんだ、こいつは。

 

「……カナリー様を。……待っています」

 

 カラカラの喉に唾を送り込み、なんとか発した声は憐れなほど震えてしまっていた。

 

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