クズで馬鹿がハーレムを狙った結果   作:金木桂

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どうしようもない男の30年

 

 馬が蹄鉄で土を踏み抜く音が地を響く。適当にその辺の厩舎からかっぱらった馬だが、意外にも足が速い。これなら逃げ切れるかもしれない。

 

 一縷の希望を身に宿しつつも頭は重い。

 脳裏を支配するのは何とも言えぬ焦燥感。

 

 どうしてこうなった。本当に。何で。

 いや重々分かってるけど……!

 

 俺は夜逃げするように生まれ育った街を逃げ出していた。今更あの町で生きれるとは思っていない。

 それにやってしまったことの責任など取れるはずもなかった。

 

 俺だってな、故郷を捨てることに後ろ髪を引かれないかと言われればそういう思いはある。

 でも無理だ。

 犯罪組織へ加入して不法侵入を繰り返したり、意図的に悪評を流しては女騎士の評判を貶めて孤立させたり、街のシスター……には何もしてないけど、ともかく自分でも分かるほど俺はやりすぎた。結構悪人かもしれない。見つかって捕まれば女騎士には多分斬られる。斬られた後に連行されてシナリオ作成済みの裁判で令嬢に私刑もとい死刑を言い渡されて投獄。数日の内に絞首に処されてシスターに祈られて天国へ……。だから逃げる。馬鹿でも分かる簡単な話だ。

 

 俺の頭に駆け巡る永遠にも近い甘い一週間。いや、9割9分は辛酸を舐める思いをしていたが、最後には甘くなったから嘘じゃない。いちゃらぶは楽しかった。

 ただ一つ言うなれば時間や立場が邪魔をして最後のいちゃいちゃの一線を越えられなかった。特に女騎士は押せば行けそうだった。その時は勿体無いなと思ったけど、でも今の俺には丁度良かった。なんせ責任取らなくていいからだ。こうして逃げる以上、アレはアレで良かったのかもしれない。今後を考えていてホント良かった。それとは別に色々と、やらかした犯罪に対する後悔の比重は非常に大きいが。

 

 とか馬鹿なことを考えていると、ふと上空から風が大きく揺らいだ。羽音が聞える。俺は瞬間的な判断で馬を道脇に止めて、森の茂みで息を潜めた。

 程なくして頭上をドラゴンがゆっくり飛び去る。さながらドラゴンが、というわけではなく、マジモンのドラゴン。

 

 背中には見知った影が一つ。高度がそこそこだったから視認が出来た。確信する。薄青とした氷河のような長髪を靡かせて、胸が大きく、何だか吊り目で毎日良いことが無さそうなおっかない顔つきをした女騎士はレインミルだ。

 

『聞こえるハヴァルツ。私は貴方に罰を課すつもりは毛頭皆無だから』

 

 嘘だ。絶対に処刑される。犯罪者に優しい騎士などこの世に存在しない。加えてあいつは割とSだから牢屋でこれまでの仕返しとして何をさせられるか分かったもんじゃない。俺がやった仕打ちは相当なものだ。問答無用で消される。絶対に。贖罪なら幾らでもするけど、死ぬのは勘弁だ。絶対に捕まってはならない。

 

 決意を新たにしながら俺はドラゴンの飛んでいく方向を眺める。ドラゴンは俺の故郷を巡回するように飛び回って、しきりに高度を上下に変える。偵察しているのが丸分かりだ。そして偵察対象は俺に違いない。レインミルは俺が恋人にした一人だ。執着されているのも納得でしかない。そんでその執着が裏返って憎悪とか芽生えてそう。だって怖いものこの人。

 

 どんな表情でドラゴンの背に乗っているのだろうか。想像もしたくない。ぜってえ般若の相だ。或いは捕まえた後の拷問を想像してニヤニヤとしているかもしれない。

 

『聞こえるハヴァルツ。ただ責任さえとってもらえればそれでいいの。責任さえ』

 

 再度声が風に乗って届く。伝搬魔法の一種だ。こうやってスピーカーみたいに俺への呼びかけを続けるつもりなのだろう。

 

 ドラゴンは依然として街の上空を回るみたいに飛び、少し離れたところへ向かう。俺の場所は幸いバレていないらしい。

 と、今度は多数の地響き。馬が何頭も走ってきているようだ。

 不味い気がした俺は自分の馬を無理矢理森へと押し込もうとして、馬が言うことを聞かない。何せ盗んだ馬だ。仕方ない。一秒俊巡する。逃がすか。足を失うのは致命的だが、馬の痕跡から俺自身が見つかるよりはマシだ。

 

 せめてもの対策として進行方向へと馬を逃がす。時間が惜しい。見送ることすらせずに森の茂みを進み始めた。

 少しして馬の軍団が間近に来ると、声が聞こえた。

 

「ハヴァルツさん! 逃がしませんからね絶対に!」

「アルシア嬢、あんな男はやめておいた方が」

「うるさいですよ! あの方には責任を取らせます絶対に! 認めなければ私は何をしてでも家出しますからね!」

「はぁ……。忠告はしましたからね」

 

 過ぎ去っていった。

 アルシア。この女も俺が恋人にした。貴族の一人娘として箱入りな暮らしをしていたはずだが、随分と見ないうちにアグレッシブになったものだ。とか、本当は俺だってわかってて言ってる。思い出せばこいつは立場の束縛さえなければこのくらいする奴だった。何せその、身分を捨てようと町民を虐殺しかけた奴である。

 

 そしてこいつも責任か。責任ってなんだよ。別にやることやってないんだから取る責任なんて無いだろ。ワンウィークプラトニックラブじゃん。何でどいつもこいつも殺気立って俺を追いかけるんだよもう。ほっといてくれって。

 

 たまらず溜息を吐く。大きいのが出た。ストレスのデカさに比例している。

 

 肩が重いながら、ここからは隘路だ。森の道なき道を進まなくてはならない。辛い。

 

 俺は一週間前を思い出しながら歩き出す。

 世界が無限に一週間を繰り返していた頃までの話を。

 

 

 

▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△

 

 

 

 

 俺は何でも無い町民だった。ルドノートと呼ばれる街で生まれ、しがない肉屋の息子として順調に育つことになる。ヘンク・ハヴァルツと言う何気にカッコいい名前が今世の名前だ。

 

 俺が周りと違うのは異世界転生者という点だった。真の故郷は日本。純正日本人だ。好きな食べ物は茄子の揚げびたし、好きなラーメンは家系ラーメンMAX盛り。普通の大学生だった。

 

 転生した時点で、あ、これ異世界だな、とすぐに分かった。なんか親は魔法使って料理とか洗濯してるし、空を見上げれば翼竜が飛んでるし。既視感のあるファンタジーだなぁ、とか逆に目が遠くなったりもした。

 

 学校なんてものもなく、地域のコミュニティで友達を作りつつも4歳になった頃には俺は稼業を継ぐことに決めていた。だって楽そうだった。肉を仕入れては得意先の屋敷や食事屋に卸す。前世で言えばきっとルート営業ってやつだ。規模感が違う大商店とかなら違うかもしれないが、ウチみたいな肉屋は顧客をこの町にしか抱えていない。約束されたホワイト仕事ってところだ。

 

 前世では散々ネットでブラック企業について脅されたから、俺としては文句は全くない。親は良い人たちだし、色々と気にかけてくれる。

 心残りがあるとすれば前世だ。俺は一応死んだ自覚がある。何故なら死の瞬間だけは脳裏に焦げ付いているからだ。確か横断歩道を渡ってたら車かなんかに突っ込まれて死んだはずだ。一瞬の出来事だったから死因は明確じゃない。でも身体が勢いよくバウンドして、頭部への衝撃で目の前がチカチカと鳴り、何度かコンクリに擦れて皮膚が削れるように転がった痛みだけは覚えている。二度と経験したくない。

 

 前世は普通に大学生だった。三回生で、そろそろ就活でも意識しなきゃな、でも怠いな、みたいな思考回路を繰り返していた。家族とか仲良くも悪くも無かったし、友達もそこそこいたけど深いつながりは無かった。精々が偶に集まって飯行くだけの関係性で、進路や将来のことについては話したことはない。それはそれで気持ち良いものだったが、でもその程度だ。親友はいない。恋人もいない。親だけ少し心配だが、まあ勝手にやってるだろう。

 総括すれば俺は前世にあんまり未練を持っていなかった。だからこの世界にすぐ馴染めたのだろう。

 

 痛い記憶に蓋をして、ともかく。

 俺はそのまま順調に育った。12歳を超えると仕事の手伝いもするようになった。仕事は思った通り楽で、このままゆるゆる過ごすのも悪くないかもなとか考えていて。

 

 そうして18歳になった時、世界の時が止まった。

 

 より厳密に言えば、ある春季の一週間をずっと繰り返すようになってしまったのだ。

 それに気付いたのは二周目の二日目だった。だが俺は平和な日々を送ってきたこともあってすぐどうにかなるだろと楽観視していた。四周目に入るとそろそろ不味いなと思い始めた。六周目で行動を取ることにした。

 

 取りあえずまずは聞き込みをすることにした。しかし俺以外にこの世界が繰り返されていることに気付いた人間は誰一人として存在しなかった。本当に誰一人もだ。

 二周目の時点で両親や身の回りの人間に前の週の記憶が無いことは分かっていたが、町中の俺が話しかけられる人物全員がそうだとしたら、これは本当にヤバい規模の事件だと思った。でもこの町の治安維持をしている衛兵に話したところで精神異常者みたいな目で見られることは分かっていたから、それはしなかった。

 

 試しに別の町へ行くことにした。この町から馬車で二日ほどの距離に、これまたこの町と似たり寄ったりなこれといって特徴のない平凡な町が存在する。俺は親に無理矢理断りを入れて隣町に行くことにした。今思えばこの時はまだ親に許可を取っていたなと懐かしくなる。

 しかし、馬車の途中で俺は意識が朦朧として、気付いた瞬間ベッドの上だった。何が起こったのか。目をパチクリとさせて、リビングで親と会ってようやく理解する。俺はこの周回の一日目に戻っていた。再度街に出ようとしてもやはり一日目に戻される。外界と隔離されていると気付いたのはこの時だった。途端に俺から選択肢が消える。もう俺が出来ることなんてないだろう。試しに一周だけ教会で祈りを捧げてみたが無駄だった。神ですらこのザマなので、諦めて誰にも話さずに再び悩むことにした。

 

 悩んだ結果、強くなることにした。唐突だなと自分でも思うが、一応理屈を言えばこうだ。この世界はファンタジーで、魔物だったり魔王だったりも実在する。その中でこんな大掛かりなことを仕出かす輩なんて絶対に魔王軍とかだろうと推測したのだ。目的は分からないが、ファンタジー的見地からすれば真っ当な言い分だと思う。

 

 そうして百周目くらいまでは剣と魔法を鍛えようと仕事をさぼっては独力で腕を磨いた。筋力は毎週リセットされてちょっと辛かったが、幸いなことに元々肉屋で力仕事をしていたから剣を振るには困らなかった。代わりに技術だけは研ぎ澄まされていき、体感時間で二年が経つと一端の剣士になった感覚があった。魔法も専門じゃないが炎魔法で牽制するくらいの技術は身に着けた。

 

 しかしそこから伸び悩むことになる。独力の限界ってやつだ。

 考えた俺は、町の道場へ行くことにした。そこで十年くらい年月を費やしたと思う。つまり五百周ってことになる。魔法こそ鍛えることは出来なかったものの、職業柄刃物の扱いに手慣れていたおかげかもしれない。順調に実力を高めることに成功した。そして修練最後の週となった際に、道場へ入門しに行った時には師匠からお前に教えることがないと言わしめるほどの実力を手に入れることが出来た。まあ、最低限魔王の幹部くらいなら渡り合えるかもしれないくらいの実力だそうだ。最低限のレベルが高いが、高い分にはまあいい。

 

 長年をかけて実力を磨いたところで、俺は今度は情報を集めるために衛兵になることにした。町民としての身分で探せる範囲は探し尽くしていたし、残りは衛兵みたいな一部の職業の人間しか立ち入れない場所にそのヒントがあるんじゃないかと思ったのだ。

 衛兵の募集は基本的に半年に一度。当然この一週間がそのシーズンではないことくらい理解していたのだが、俺の実力をどうしても見てもらいたいと懇願して、衛兵長立ち合いの下で三人の衛兵と一回ずつ模擬戦をすることによって実力が見込まれて何とか衛兵にはなれた。実力が無駄にならなかった瞬間だ。後半四年間くらいの修行は実力がイカれた師匠とばかりだったもんで、自分の実力があまり良く分かっていなかったが、本当に魔王幹部とやりあえるくらいの実力は付いているのかもしれなかった。

 

 衛兵になって、任命式があった。騎士団長レインミルと出会ったのはそこが最初だ。

 こんな荒事ばかりする職に就いているにしては綺麗な人だと思った。サファイアみたいに透き通った髪の毛は丁寧に管理されていて、鉄で出来た胸当ては明らかに戦闘職に向かないほど大きく、サイズも特注に見える。

 まあ関わることなどないだろうと考えたこの時の俺は挨拶もそこそこに、そのまま衛兵としての仕事を覚えつつ探索をすることにした。

 

 衛兵の特権として、この町に唯一ある城へと立ち入ることができる。特権といってもまあ、警備のためなのだが。

 特に夜間の警備はどの衛兵も入りたがらないので、手を挙げて俺がやることにした。日中帯は人の往来があるため警備ルートを外れれば目立つが、夜間なら警備ルートを外れてもバレないと思ったからだ。

 

 三周ほど同じように衛兵になっては夜の城を彷徨った。だが手掛かりはなかった。色々な場所に立ち入って見たり、地下室なんかも覗いてみたが本当になにもなかった。精々がこの城の誰かのへそくりらしきものを見つけたくらい。飾られた絵画の裏に窪みがあって、そこに金塊が何本か入っていた。超どうでもいい。どうせループするし盗んでもよかったが職務的に不味いかなと思ったのでやめた。その時の俺は良い人だった。

 

 夜に家探しをしている間に俺はアルシアと出会った。アルシアは良く夜更けになると決まって巡回ルートの外階段にある手すりに掴まっては月明りを眺めていた。月明りが金髪を照らして、さながら精霊のような神秘的な物にも見えた。因みにこの世界には本当に精霊がいるらしいが。

 

 俺とアルシアは何度か話した。アルシアからしても俺みたいな若者が珍しかったらしい。それもそうかもしれない。あとから知ったことだが、若い衛兵はもっと危険の少なく雑用みたいな仕事を任されるらしい。必然的に警護を行うのは30歳前後の衛兵が多いのだと。確かに城の警備をする衛兵が雑魚では意味が無いからその意味は分かるかもしれない。

 

 アルシアはここの城主の一人娘で、かなりの箱入り娘だった。城から出たことはほぼ無く、町に出たのは片手で数えるほどというから驚きだ。だからか俺の肉屋の経歴を話したら楽しそうに相槌を打ってくれた。さらに日本での生活を聞かせたらどんな反応をするんだろうなと思ったが、止めた。そこまで打ち解ける理由はなかったからだ。

 

 ともかく、城をほぼ全て探し尽くして、残りは当主の部屋や奥方の部屋、それからアルシアの部屋になった。

 当主とは即ち貴族で、この町を収める立場にある人間である。確かこのルドノートを治める貴族の爵位は子爵だったはずだ。あまり高くない。それでも貴族の部屋に俺みたいなぽっと出の衛兵が立ち入ることは出来ず、五周ほど手を拱く。

 

 考えはあった。衛兵ではなく騎士になればいいのだと。

 だがそうは言っても難しい。この世界的に騎士というのは血統が重んじられていて、伝統的に貴族がなる職業の一つとして数えられている。衛兵は汚れ仕事や地道な仕事を行う下位職で、騎士は計画的に魔物を間引いたり要人の護衛を行う上位職である。衛兵とは全く違う職業なのだ。今思えばたかが衛兵の任命式にやってきたレインミルは相当変わり者だったと分かる。

 

 結論として俺は騎士になることを諦めた。実力で認めさせることが出来れば周囲の反対の声はあれどワンチャンなること自体は出来るかもしれないが、それは一週間じゃ難しい。一応騎士の間でもエグイ実力を持った新米衛兵がいると話題になっていたことを確認はしている。でもなれない。血統的に平民だからだ。

 

 俺は衛兵方面からのアプローチを止めた。次に犯罪者になることに決めた。おっと、180度の方針転換だなって? 俺もそう思うけど、仕方がなかった。

 犯罪組織はこんな小さな町にも規模はお察しながら存在していて、俺は剣を振るって半ば脅迫する形で加入した。そして提案したのが城への窃盗計画だ。

 

 俺一人でも出来なくはないが、スケープゴートは多ければ多い方が良い。俺は前回までの周回で知り得た情報を惜しげもなく披露した。例えば衛兵の巡回ルートだったり勤務交代の時間、それから城の構造であったり高値で売れそうなお宝の在処の情報だ。もし賢い奴が一人でもいれば疑いを持つだろうが、義務教育すらない世界の犯罪者にそんな知能を持つ奴がいるはずもなく降って湧いた金の匂いに釣られて全員がすぐに乗ってきた。

 

 そうして五日目の深夜に侵入。仲間が盗みを働いている間に俺はまだ調べられていない部屋を調査することにした。だが何も無かった。まあ冷静に考えれば手掛かりがここにあるとは思えないのだが、当時の俺は視野狭窄に陥っていたのだ。俺は八つ当たり気味にその犯罪組織を摘発した。

 

 次の周回になる。その時の俺は燃え尽き症候群というやつだった。何をしても手掛かりは得られない。強くなっても剣を振るうべき敵すら判明しない。どうしろというのか。

 二週間してから破れかぶれで町中の建物に窃盗することにした。最後の手だ。元衛兵の所業じゃないと思ったが今更だ。偶に見つかることもあったが一週間経てばループする性質を利用して乗り切った。なんとか牢屋にぶち込まれることなく全部の建物に入って、結局何も手掛かりは存在しないという事実だけ判明する。何の意味も無かったわけだ。やるせない。

 

 俺はいつまでこの一週間を繰り返すのだろう。そう思った。新しく仲良くなった男も女も一週間すれば俺のことなんて忘れて平気で同じ行動を取り始める。ゲームのNPCみたいに。俺の取った行動の全てがリセットされる。何をやっても無駄だ。そう思った。

 

 何周か普通に仕事をした。流されるようにだ。何をやっても無駄だということはこの何百周での失敗でいやってほど理解していたから、何一つやる気が起きなかった。もう俺には何をすればいいのか、本当に分からなかった。

 

 今更だったが親にこの事を話してみた。だが当然信じてくれることはなく、優しい目をしてベッドで寝かされた。だろうなと思う。立場が反対なら俺でもそうする。理解はしていたけど、絶望は一入だった。

 

 俺はそこからどれだけの時間を無為に過ごしたかは覚えていない。ただ剣の鍛錬だけは続けた。身体で覚えていたからだ。どれだけの強さがあるのかはもう分からない。でももう、それもどうでもよかった。強かろうが何だろうが、一週間が繰り返される世界じゃ、何も意味は無い。

 

 無為に過ごしてどれだけ経っただろうか。今まで漠然と把握していた周回数も分からなくなった或る日、俺はふとカップルを見た。三日目の昼頃に町中央にある噴水公園でいちゃいちゃしている30代くらいのカップルだ。どこにでもいるようなカップル。

 それを見て、俺は吹っ切れた気がした。理性が弾けたと言っていい。追い詰められた犯罪者もこんな感じなのだろう。

 

 だってこんな一週間が繰り返される中で、一生俺は結婚できないわけだ。それなのに俺以外の人々は将来を不安に感じず、一週間が繰り返されてもまた新しい日が来たと勘違いしてパートナーとの未来に思いを馳せる。こんな不公平はないよな。俺だって忘れられるなら忘れたい。こちとらただの平民なんだ、そんな重要な立ち回りを要求しないでほしい。

 

 そうだ。どうせ全員忘れるんだ。なら疑似的なハーレムだって出来る。一週間でリセットされるってのも考え直せば後腐れが無くて悪くない。繰り返される一週間の中でやりたいだけやれるってことだからな。

 

 犯罪一歩手前の思考回路をしつつ、久しく感じなかった高揚感に身を任せて俺は決めた。

 美少女の恋人を作る。それも一人じゃない。複数人だ。

 

 ───よっしゃ、ハーレムだ!

 

 我ながら小物な決意だと考えつつも、それくらいしかもう俺に熱量を与えてくれるものはなかったのである。

 

 恋人を作る上にまず相手を選定することにした。ただそこはあまり困らなかった。町が大きくなく、そのおかげで俺から見て美少女と呼べる相手はそう多くない。

 まず思い浮かんだのはレインミルという騎士団長。貴族だからか何なのか、容姿が非常にいい。あとおっぱいがデカい。見た目的に20代前半で、騎士団長っていうのはそんなに簡単になれるんだろうかと思いながらも、立場なんて関係ねえ。容姿が良ければそれでいい。

 次にアルシアという令嬢。控え目な性格なのがこれまた和風美人みたいで故郷を思い出す。触ったら手折れてしまいそうな四肢もとても好みだった。うん、アリだ。

 あと幼馴染……もいたが、それは保留というか辞めることにする。幼い頃から一緒に育っているせいか、あんまり異性という感覚がない。どちらかというと親戚の娘みたいな? 恋愛的な情を抱くにはちょっと知りすぎてしまった。

 

 下卑た思考を抑えつつ、俺は行動を起こすことにする。まずはレインミルとどうすれば仲良くなれるかだ。

 俺達平民に貴族の情報なんてそれほど落ちて来ない。あるとすれば領主の政策くらいか。

 

 なので俺はまた衛兵として採用されることにした。慣れたもので、すんなり内定が出るとレインミル立ち合いの下で任命式。

 一先ず告白してみることにする。

 

「あの、一目惚れしました。結婚を視野に付き合ってください!」

「馬鹿じゃないの」

 

 冷たい目で一蹴された。その後玉砕した新人として周囲から揶揄われたがまあいい。俺には次がある。永劫にも等しい次が。

 

 次以降の周回では告白をせず、情報収集に努めた。分かったことはいくつかある。

 まずレインミルは非常に高位な貴族の三女らしい。確か侯爵とか。あまり貴族の爵位に詳しくないからどれだけ偉いのかは分からないが、少なくともこの町を治める貴族が子爵だから、それよりは偉い。

 普通、貴族の三女ともなれば政略結婚の道具とされそうなものだが、衛兵長(10人の衛兵を纏めるリーダー、所謂小隊長だ)によれば半ば出奔する形で実家を飛び出して騎士になったそうな。ただ実家と完全に縁が切れた訳でもないから、低位の爵位を持った貴族の三男や四男が多い騎士団としても扱いに困り、結果的に丁度このルドノートの騎士団長のポジションが空いたため捻じ込まれたとか。要するに爵位の七光り同然で団長になったということだ。

 

 勿論そんな若い女を認める騎士は多くなかった。だが実力は本物らしく、丁寧に果し合いを熟しては剣と魔法で黙らせたらしい。そうして遂には文句を垂らす部下を躾けることに成功した。見た目よりも過激派というか、何と言うか。危ない女なのかもしれない。でもどうせ一週間で終わる関係性と思っていた俺には関係が無かった。見た目が良ければどうでも良かった。なんかクズみたいなこと言ってる自覚はあるぞ。おう。

 レインミルは剣技や魔法は言うまでもなく、何よりドラゴンライダーとしての才覚もあった。ドラゴンを手懐けられる人間はそう多くなく、数少ない一人が彼女だそうだ。今思えばそれもレインミルが騎士団長に推挙された理由の一端だったかもしれない。だがまあそれでも普通は平団員から始めるはずで、やはり八割方は家柄人事で決まっていた。

 

 情報は集まったが、問題はやはり立場の差だ。俺は衛兵の新米で、レインミルはこの町の騎士団でトップ。それを一週間で覆すのは難しい。

 付け入る隙があるとすれば、レインミルは孤立していた。実力的に尊敬はされど、近寄り難い存在として騎士たちから遠目に見られる存在である。

 

 そこで幾度か一人になるタイミングを狙ってアプローチをしてみた。十周もあればレインミルの一週間の動きは全て把握できる。まるでストーカーそのものだなと思ったが忘れることにする。実際当時の俺はストーカーだった。

 繰り返し会話を試みる。冷徹な相貌の通り、レインミルの本心を中々引き出すことは叶わない。鉄の壁と話しているみたいだった。8周くらいは同じことをしたが、拒絶が前面に出たレインミルの感情の牙城を崩すのは難しい。普通に言葉を交わすだけだと無理だなと考えた俺は一計を案じる。

 

 まずは適当にレインミルの悪い噂を流すことにした。過去の俺へドン引きである。でも俺はそれくらい常識の緒がプツンと逝っていたわけで、既にあらゆる家屋へ不法侵入を繰り返した時点で過去の俺の倫理観は滅されている。

 

 流す噂の内容はループの中で試行錯誤した。中でもレインミルが裏で犯罪を犯しているという噂はあまり効力が無かった。殺人とか脱税とその他諸々だ。レインミルは人望こそ薄いが倫理観については信を得ているようで、噂は広がらず失敗した。一方で効力を発揮したのは人間関係に紐づいた悪口の噂だ。こいつは使えないとか、私がやった方が早いのに無能だから出しゃばってくるとか、そんな感じの噂だったが、これがかなり効いていた。普段から冷酷な印象があるから、その印象と相俟って信じられやすいのだろう。これだと俺は思った。

 

 噂を流す傍らでレインミルと対話を試みることは辞めなかった。完全にマッチポンプである。自分がやったことながら非常に浅慮で稚拙な行動だったと思う。それでも基本的な方針はそんな感じで、周回を重ねて対話を続けるうちに最適解を見つけていった。もう殆どギャルゲー感覚で俺はレインミルを攻略していた。

 

 攻略開始から60周くらいしただろうか。試行錯誤を重ねた末に、六日目にして精神的疲労が限界を超過したのだろう。レインミルは俺に依存するような素振りを見せた。すかさず告白。

 

「あの、好きです! 付き合ってもらえないでしょうか?」

「……いいわ。私には貴方しかいないんだから」

 

 なんと付き合えることになった。やっと俺は目的達成したのだった。

 翌日は業務後にデートなんかもした。精神的に少しやつれていたが、それでも楽しそうに笑みを浮かべているのを見てとても悪いことをしている気分になった。そして良い雰囲気になったところでキスをして解散。流石にその後のことまで進展させる時間は残されておらず、レインミルもそこまでする気はないようだった。まあそりゃそうだよなと思う。俺からすれば二年超は固執していても、レインミルにとっては一週間だ。たった一週間。手段こそゴミみたいなもんだったが、そこまで行ったのが凄いと自画自賛したいまである。

 

 次の周回ではその余韻に浸るように日々を消化した。再度レインミルを攻略しようと思うことは無かった。何せ疲れる。衛兵になって、悪口を広めて、レインミルの行動を一秒単位で把握して……まだギャルゲーの隠しヒロインを初見で攻略する方が簡単だろこんなの。どれだけ美人といえど、以降は俺がレインミルを攻略しようなどと考えもしなかったのはきっと赤の他人でも理解してくれるはずだ。

 

 余韻が消えると、次にアルシアをターゲットにした。美少女だったし、難攻不落のレインミルを落としたことによって少し調子付いていた俺は意気揚々と深夜の城へと不法侵入した。

 

 アルシア。本名はアルシア・ルドノート。この町を治めている貴族の令嬢だ。俺が衛兵として情報収集を続けていた時に頻繁に話しかけてきた変わり者の令嬢で、見た目からして深窓の令嬢といった風貌をした金髪美少女である。多分年齢は俺よりも低い。見た目15歳か14歳くらい。

 

 深夜の城に侵入することは衛兵を長年続けてきた俺にとって朝飯前だった。まずはアルシアの部屋に入ってみる。大きなベッドで眠っている。ただ眠りが浅いようで、俺が傍に立つと目を覚ます。

 

「どなたでしょうか?」

 

 箱入りとは言え流石は貴族の令嬢。肝が据わっている。

 今回はアルシアの情報を探る必要はない。アルシアとは何度も会話を重ねていて、何となく異性の理想像も見えている。

 

「俺はえっと、ヘンク・ハヴァルツ。しがいない肉屋だ」

「お肉屋さん?」

「まあそんなとこ。でも将来的には冒険者にでもなろうかなあとは思ってる」

「冒険者ですか?」

「これでも剣の腕がいいんだ、俺」

 

 剣を振るふりをする。不思議そうな顔をしたアルシアが口を開く。

 

「それで、こんな夜更けに何の御用ですか?」

「君が好きだ」

「えっ……」

 

 アルシアは驚いたように身を竦めて、歯から掠れた息が聞こえる。

 

「だから君を攫おうと思う。良いかな?」

 

 俺のことをじっと見る。火照ったような瞳を見て俺はやはりと確信した。アルシアは白馬の王子様に憧れている。ついでに外の世界にも憧れていた。だから断らないと確信できたのだ。

 

 いや、まあ、言いたいことは分かる。犯罪街道を突っ走ってきた人格問題児が王子様の真似事なんて出来るのかという話だろ。でも意外にこれが出来るんだよなあ。というか衛兵だった頃に、それっぽい爽やかイケメンな騎士がいることにはいた。それを真似れば造作もない。あとこの世界の俺がファンタジー世界基準でもそこそこ顔面偏差値が高いのも相まって、結構いけたのだ。自画自賛みたいでキモイな。自重するわ。

 

 アルシアは頷いた。頷いたならいいよな。真っ当な思考回路を放棄していた俺はこうしてアルシアを攫うことにした。一週間だけお借りしますというやつだ。

 

 身分を隠しながら色々と連れて行った。地元と言うこともあってこの町のことなら大体知っている。アルシアのガイド役として手を引きながら俺は色んな場所を案内した。ただ俺の肉屋へ行きたいと言われた時は流石に却下した。一応仕事をサボってこんなことをしている訳で、帰れば確実に親から色々と言われること請け合いだからだ。

 

 恋人にはなれなかったが、順当に男女の関係をプラトニックに俺たちは深めていった。そんな五日目のこと。

 

「私、貴方と添い遂げたいです……!」

 

 アルシアからそう、熱の籠った告白を俺は受けてしまう。案外惚れっぽい性格をしていたみたいだった。しかしこれはかなり困ったことだ。だって俺は平民でアルシアは低位とはいえ貴族。身分が違う。また貴族として殆ど位を捨てているレインミルとも違う。純粋に結ばれることは難しいだろう。だからこそ俺は最後までキスとかそういう、男女としての性的な行動は取らなかったし、取る気も無かった。別に一週間で元に戻るんだからいいんだろと言われればそれまでかもしれないが、俺の倫理観における最後の一線がきっとそこだった。

 

 俺はすぐに無理だよという返事をした。何でですかと言われる。身分の差があるからと答える。どうすれば身分の差が消えるんですかとまた問われる。

 身分の差を無くす方法……まあ俺が貴族になれば話は早いかもしれないが、一週間でそれは不可能であることは既に思考実験にて結論が付いている。なら話は簡単で、アルシアが平民になればいい。

 

 そう伝えてみれば、アルシアはとんでもない行動を起こす。

 

 町の上水に毒を混入させた。いや、マジで。何でそうなった。

 

 六日目はアルシアは所用が出来たからと一人で何処か行ってしまった。

 その昼頃のこと。町民が揃って体調不良を訴え、死人まで出始めた。何人も死人が出た。大量殺人犯として捜査が始まったが、ついぞ犯人は見つからなかった。

 一方で町内の騒ぎから飲み水が汚染されていると知った時、俺はアルシアがやったと確信する。まあループを何回も経験しているから、過去と違うことが起きてしまった原因なんてこのループだとアルシアくらいしか思いつかないのだが。

 

 次に会った時アルシアは優しい笑顔でこう言った。

 

「町の人、全員殺せば私は治める民がいなくなるわけですから、平民になれますよね? 貴方のお陰でやっと私、自分の枷を外せた気がしてて、どう感謝すべきか分かりません……でも。愛してます。それが私の気持ちです」

 

 俺は作り笑いで返答することしかできない。やばい。とんだサイコパスだった。俺が悪いのは確かだが、それにしてもこの結末はなんだ。俺はここまでのことは望んじゃない。

 ループして繰り返せば人は生き返るのか。疑問を持ったことはあるが、それを検証したことはなかった。何故なら殺人は大罪だ。日本で培った倫理観が俺の理性を押し戻し始める。

 

 俺はこのループの中で散々非行や犯罪を繰り返してきた。ループを脱するという大義心から始まり、最後には自信の欲望のためへと変貌した。行き着く先は殺人教唆……いや、俺が殺人したようなもんだ。

 あまりにも大きなことを仕出かしてしまった。アルシアも、レインミルも、どうでもよくなった。恋愛とかハーレムとかももういい。くそくらえだ。ほっといてくれ。こんな辛苦を覚えるのなら、俺はもうこんなことは二度としない。

 

 次の周回に程なくして入った。真っ先にあの事件によって死んだ人を確認しに行く。何事も無いように生き返って、果物を片手に通行人へ商売文句を並べていた。それでも不思議と安堵の心はなかった。罪悪感だ。俺の手によって人が死んだという、覆せないほどの罪悪感が俺の心を暗く覆っている。

 

 ただ噴水公園のベンチで死人のように座る毎日が過ぎる。

 4日目に入った頃だろうか。俺は一人の女性に話しかけられる。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 暗雲とした気持ちで見上げる。シスターだった。

 この町には教会がある。いつだったか、一度だけ教会へは祈りに行ったが何にも効果が無くてすぐ辞めた思い出が俺にはあった。

 

 町の教会に連れて行かれた。恐らくあのままだと自殺するとか思われたんだろう。そんな無駄なことはしないんだけどな。自殺なんて無意味だ。初日に戻るだけなんだから。

 

 どんな経緯かは忘れたが、俺は神に祈ることになった。神は必ず救いを与える。実態がない言葉でも、そう考えれば多少は心持ちが軽くなったのは事実だ。

 シスターは甲斐甲斐しく俺の心を癒すように、面倒を見てくれた。クレアって名前だったが、シスターは入信すると共に職務中は本名を捨てるとも聞いたことがあるから実名じゃないのだろう。でもその虚構が心地よかった。

 

 ループしてからは教会通いが始まった。

 語ることなんてほぼ無い、日中ずっと祈っているだけだ。三日目には親が必ずやって来た。悪いことをしたからこうして懺悔を込めて祈っていると言うと、首を傾げて帰って行った。誰も俺の罪は知らないのだからしょうがない。

 

 クレアとはかなり話す仲となっていた。勿論ループする度に初対面となるわけだが、それでも最も心を許した異性となると前世も合わせてクレアなのかもしれない。

 ある時、懺悔室でクレアに罪を話す機会があった。俺はやってしまった罪状を包み隠さず話す。全てこの周回では起こっていない事件や犯罪だ。でもクレアは妄言として捉えず、俺の罪に真っ向から向き合ってくれた。こうなってから俺の話を信じてくれた初めての人だったかもしれない。恋愛感情を超えて好きになったけど、告白はしなかった。シスターだったし、何より俺はもうそういうことはしないと決めたのだ。

 

 教会に通い詰めてから何度かループを繰り返し、突然のことだった。

 

「やあ。シスターはいるかな」

 

 この町に見たことが無い赤髪の青年が姿を現した。身長は俺と同じくらいで、つまり170後半。腰に無骨な剣を吊るしている。

 

「はい。私ですが、お祈りでしょうか?」

「いや。僕はこの町を救いに来ただけだよ」

 

 そう言って青年は教会のあちこちを触り始める。誰だろうか。こんな人物、この数百回のループで見たことが無い。町の人物ではないのは確かだ。何より自信にあふれる言動もただ物ではない気がしている。

 

「この町の人じゃないな。誰ですかねあんた」

 

 俺は溜まらず声を掛ける。好奇心5割、不安感5割。

 青年は歯が浮くような笑みを浮かべながら言った。

 

「ああ、これはすまない。申し遅れたね。僕はしがいない勇者で、魔王討伐の任を授かっている者だ。現在このルドノートに魔族の大群が押し寄せているって聞いて対策のために寄ったんだけど、町の様子が変なことに気付いてね。調査をしたらここが根源っぽいから来てみたんだよ」

「……いつから?」

「直感だけど君は知ってるらしい。今が二回目の一週間だ」

 

 俺は合点がいった。彼はついにやって来た外部の助けだったのだ。

 

 そこからの話はジェットコースターだった。

 彼が勇者だと言うのは本当らしく、教会にあった隠し扉を見事開いて不自然な祭壇を発見した。勇者は既に或る程度外部から情報を持ってきていたらしい。曰く、この事件の発端は魔族だが犯人は教会の司教らしい。魔族の大群が攻めてきたことを知り悲観した教会の司教が原理は不明だが目の前の祭壇を利用して町を永久の中に閉じ込め、町の平和を保つ選択を選んだんじゃないか、まあこれは推測だけどね、と語った。勇者の話によれば司教は自分に記憶忘却の魔法を掛けており、何を聞いても情報が出て来なかったらしく、真実は迷宮入りしているとのこと。

 

 淡々と俺にこの事件への見解を告げながら腰に差した剣を抜き身にし、祭壇を剣一振りで破壊すると、クレアの動きが止まる。

 

「……え、こんな……嘘……。一週間がこんな……」

 

 頭を痛めたように手で抱えるクレアを心配していると、勇者が一言。

 

「多分これまでのことを思い出しているんだろうね。祭壇が一週間の記憶を忘却させる機能まで付いていたなんて驚きだけど、うん、凄いねこれ。王都でもこんな代物ないよ。王国封印レベルの古代の遺物だ」

 

 感心していた。そんな場合か。

 

 キレ気味で考えて、その時ふと俺は気付いた。

 俺、かなりヤバくねと。

 

 このループ中の罪状を陳列してみる。

 重要人物の誘拐が一回。大量殺人の教唆が一回。不法侵入が数えきれないほど。

 

 ループがある前提でやってきた非社会的云為は全て自分へ跳ね返って来ていた。俺はもうこの町に住めない。住めないどころかバレれば俺は処刑まっしぐらだ。途端に顔が青ざめる。教会で懺悔はしたが、それでも命が危ないとなれば話は別だった。

 

「どうかしたかい?」

 

 勇者の言葉に俺は「いや、それより用事が出来たから俺はこれで」と言い残して早歩きで歩く。教会を出てからは走り、その辺の厩舎の馬をかっぱらう。今更馬の一頭や二馬盗んだところで死刑は死刑だ。一応有り金だけは置いていくが大した額にならなかったので捕まっても情状酌量の余地はないだろう。気分的な問題だった。

  

 ともかく逃げるしかない。この町から。生まれ故郷のルドノートから。

 

 そうして冒頭へ戻る。

 

 記憶が蘇って追跡してきたレインミルやアルシアを振り切り森の中をガンガン進む。木々に覆われているおかげで馬が歩けるような道ではなく、上空からも俺が視認される恐れがないことは好都合だった。

 

 着の身着のままでサバイバル生活をしながら進む。

 

「やあ。君もここにいるなんて奇遇だね」

「なんでいるんだよ……」

 

 4日くらい進んだところで、木の洞に腰かけて休んでいた勇者とばったり出会った。

 こいつ、俺があの町を出て行った時にはまだ教会にいただろうに何で先回りしているんだ。いや待て、目的は俺か?

 

「もしかして俺のこと……」

 

 そう言うと勇者は気まずそうに不器用な微笑み。

 

「あ、いやー聞いてるよ。同情するよ。何百回とあの町で同じ一週間を過ごしたんだろう。良く精神が壊れなかったもんだと思う。大したものだ」

「そうじゃなくて」

「それとも君が犯した罪のこと? それなら僕は無関係さ。だって証拠がないじゃないか」

 

 勇者は俺に手のひらを見せた。何も持っていない手のひらだ。

 

「君の犯罪は全て町の人々の頭にしかない。だって実際には起きていない犯罪なんだからね。だから僕もそんな事実は無かった、この見解で通すよ。無論王国にもね」

 

 確かに……言われてみれば外部の人間からすればそういう見方をされるのか。町から逃げるのも早まった判断だったかもしれないな。

 そう思って安堵しかけた瞬間「まああの町の人からしたら別だろうけどね。彼らにとっては実際に起こったことだよ、ハヴァルツくん」と告げる。本当にこいつ勇者か。滅茶苦茶性格悪い気がするんだが。しかも名乗ってないのに俺の名前も知ってるし、マジで何なんだこいつは。

 

「いや、なら何でここにいるんだ?」

 

 さておき、初心に戻ると再度この疑問が湧いた。勇者は自信満々に言った。

 

「決まってるじゃないか。本業だよ」

「本業?」

「ああ。魔族退治ってやつさ」

 

 ……そういえば確かに、目の前の勇者は言っていた。ルドノートの司教は魔族の大群が来たから町を守るために町を時間の渦へと閉じ込めたんじゃないかと。

 そしてこいつが来た以上、そりゃ魔族を討伐するだろう。当たり前の話だ。

 

「そうだ。ついでに君もどうだい。見た感じかなり出来るんだろう。一緒に魔族、殺ってく?」

 

 連れション感覚で勇者は端正な笑みを溢して指を差した。

 ここではっきりと分かったことがある。 

 うん、俺は逃げる方向を間違えたらしい。

 

 勇者に「まあまあおいでよ寂しかったんだ一人旅」と引きずられながら俺は心の中で泣いた。

 本当に何でこうなった。

 

 





ノリと勢いで書きました。
需要があれば続き書くかも。
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