魔法少女リリカルなのはStrikerS 七課の剣銃士 作:ヒアデス
気がついた時、あたしはあの『白い部屋』の中にいた。
生まれた時のことなんて覚えてないし、人間で言う親……『マイスター』が誰かなんてことも知らない。
ただ静かに、たぶん随分長い間、どこかで眠ってたんだろう。
でも、あの『白い部屋』で目覚めてから、あたしは“実験動物”になった。変な液体が入った注射を打たれて、あたしの中に眠る力を無理やり引き出されたりとか……そんなおかしな実験を受ける日々。
自分が何のために生まれたのかが分かってただけに、辛かった。
生まれた意味を何一つ果たせないまま。死ぬ自由すらなく苦しいまま。いつか心と身体が壊れ、捨てられる……そんな“終わり”を待っていた。
それが
突然『白い部屋』に入ってきた、長い紫髪の女の人は部屋の中を見た途端不機嫌になって、目についた器具を次々と壊していき、止めようとした白衣の連中や武器を持った男たちを倒し、光の縄をかけていく。
やがて薬品に火がついて燃え広がり、部屋中が火に包まれた。
燃える部屋の中で女の人はあいつらをどこかへ転送させて、あたしの方に近寄ってきた。
「古代ベルカ式の融合騎……
そうつぶやくと、彼女はあたしを台から外して、大きな手の上に乗せてそのまま外へ歩き出した。
次に見えたのは、赤い火に包まれる建物とその上に広がる黒い空だった。『白い部屋』の外がこんなに広かったなんて。
初めて見る景色と広い“世界”を呆然と見上げるあたしを地面に降ろして、彼女は聞いてきた。
「あと少しすれば、管理局の人たちが火事に気付いてやって来ると思うけど……運が悪ければそこでも実験動物として扱われるかもしれないわね。……どうする? いい人に拾われることを祈って管理局ってところに保護されるか、それとも平気で施設を破壊しちゃうような危険なお姉さんと一緒に行くか……決めるのはあなたよ」
試すような口調とかすかに期待のこもった視線で尋ねられて、あたしは――この人と一緒に行くことを決めた。
「――っ!」
ちょうどそこで夢が終わり、アギトは目を開く。
カーテンからはうっすらと日が漏れており、ちょうど朝になったようだ。
アギトは専用のミニベッドから起き上がり、目元に付いていた涙を乱暴にぬぐい取った。
「うぅ、くそぉ……やな夢だな」
――あんな事を思い出したのは、間違いなくあいつらのせいだ。氷結魔法を使ってた、変なバッテンマークをつけた白い融合騎……それと、あいつと一緒にいた赤い騎士。たぶんあいつのロードだろう。ロードのいない融合騎の寂しさとか、あいつは知らねえんだろうな……。
そう思った瞬間、胸が焦げ上がるほどの怒りが沸くのを覚え――。
「くっそぉ! 何かムカつく。あんのバッテンチビめっ! ――今度会ったら絶対燃やしてやるーー!!」
「――アギト、うるさいわよ!!」
メガーヌの怒鳴り声が返ってきて、アギトは謝ろうと下に目を向ける。
だがアギトを黙らせた途端、メガーヌは毛布をかぶってそのまま眠りの世界に戻っていった。
――相変わらず朝に弱い人だな。まあ昨日は、局の連中と戦ったり逃げ回ったりしてたからしょうがないけど……。
そう思いながらアギトは“仮初のロード”と壁に掛けられた時計を眺め、あと30分したら姐さんを起こそうと決めた。
◆
事件の翌日。俺は朝からなのはと一緒に車に乗り、首都の道路を走っていた。
「ごめんね健斗君。こんな時間に車出してもらっちゃって」
「いいよ。俺もあの子は気になっていたし、教会と関わりのある人間がいた方がいいだろう。とはいえ、そろそろ免許と車ぐらい持った方がいいとは思うがな。もう地球でも取れる歳だろう」
忠告すると、なのはは「にゃはは」と笑って誤魔化す。その笑い方を聞くのも久しぶりだな。
「健斗君はミッドと地球、両方で免許取ってるんだっけ。えらいなぁ」
「一応将来は家庭を持つつもりだし、地球に帰る可能性もあるしな。フェイトだって二つ持ってたろ。バカ正直に
その時のことを思い出して噴き出し、なのはもつられて笑う。
16の時にミッドで免許を取って車を使っていた俺は、18になってすぐ試験場の門を叩き、筆記と実技の両方で合格して二枚目の運転免許を取得したのだ。*1はやても必要になったら、同様の方法であっちの免許を取るつもりらしい。
その一方、フェイトは忙しい中、ミッドと地球を往復しながら海鳴の教習所に通って免許を取ったそうだ。ミッドも地球も車の構造や運転方法はほとんど同じで、標識ぐらいしか違うところはないのに。
「まっ、落ち着いたらミッドだけでいいから免許取ってこい。事件だからといっていつでも飛行許可が取れるわけじゃないんだし、
「考えておきます……ところで、ルーテシアとチンクは大丈夫だった?」
その問いに、俺は真顔に戻って首を横に振った。
「二人とも昨日から引きずったままだ。今朝もピリピリしてて空気が悪い。正直に言えば、抜け出す口実ができて感謝してるくらいだ」
「そうなんだ……まあ、無理もないよね……」
ルーテシアは、ようやく再会した母親が自分のことを忘れていて、そのうえレリックを集めている敵と手を組んでいることがわかって、ひどく落ち込んでいる――記憶喪失の方は演技の可能性が高いみたいだが――。
チンクの方も、スカリエッティの手下だったことがバレて居心地悪くしている。敵から“裏切り者”と言われたことと、昨日も含めて今まで何度も危険に晒されていたこと、それから俺とリインの方から彼女が入局した経緯を簡単に説明したため、目に見える形で疑われているわけではないが。
どちらも俺に責任がある。ルーテシアの離反やチンクの孤立を防ぐためだったとはいえ、メガーヌやナンバーズの事を伏せることにしたのは俺だ。
まさか《ナンバーズ》がこんなに早く現れるとは思わなかった。『公開意見陳述会』まで温存しておくつもりだろうというのが俺たちの見立てだった。その間にスバルたちやナカジマ三佐の力も借りてチンクの信用を高め、メガーヌ出現にも備えるつもりだった。
その予定が覆った原因は……。
「あの子はどうなりそうだ? 一通り聞いているんだろう?」
そう尋ねると、なのはは表情を曇らせながら言った。
「当面は六課か教会で預かる事になると思う。ナンバーズやメガーヌさんたちに狙われているみたいだし、一般の施設に預けるのは難しい。っていうのがはやてちゃんや教会の人の見解」
「まあ、そうだろうな。地上部隊の人間としては俺たちに任せろと言いたいところだが、あっちはAMFやISに対応できる人員が少ない」
AMFやガジェットの脅威は二年前からあちらにも伝えており、それらに対応するための教練や武装、それにかかる予算を申請しているのだが、レジアス中将は却下し続けている。地上の治安回復を目指している彼なら、最終的には受理してくれると思っていたのだが。
その代わりというように、同時期から中将らが力と費用を注いでいるのが“あの兵器”――。
『騎士健斗、聖王教会シャッハ・ヌエラです』
おもむろに頭上にモニターが開き、短い赤紫髪のシスターが声を放ってくる。
俺はちらりと彼女を見てから前に目を戻し、「どうしました?」と尋ねた。
するとシャッハさんはおもむろに頭を下げ、再び口を開いた。
『すみません、こちらの不手際がありまして――検査の合間にあの子が姿を消してしまいました!』
それを聞いて、俺となのはは思わず目を剥きながら彼女の方を見る。
それから二言ほどシャッハさんと言葉を交わしつつ、俺はアクセルを深く踏みながらギアを上げ、急いで病院へと向かった。
◆
聖王医療院。
山中に設けられた、教会が運営している病院に着いてすぐ、シャッハさんが血相を変えた顔で「申し訳ありません」と謝りながら駆け寄ってくる。そんな彼女になのはが尋ねた。
「状況はどうなってますか?」
「はい。特別病棟とその周辺の封鎖と避難は済んでいます。今のところ、飛行や転移、侵入者の反応は見つかっていません」
シャッハさんの口から出てきたのは、子供がいなくなっただけなら取らないであろう対応と措置だった。
だが、あの子の出自やナンバーズたちに狙われている事を考えれば、それも無理はない。
「外には出られないはずですよね?」
俺の問いにシャッハさんは「ええ」と首を縦に振る。それに聞いて俺はうなずき――。
「じゃあ手分けして探そう。なのはは病院の周辺と中庭を、俺とシャッハさんは中を探す……いいな?」
そう言うと二人はこくりとうなずき、なのはは小走りであの子を探しに向かう。その一方、俺とシャッハさんは普通に病院を訪れたような足取りで、肩を並べて院内に入っていった。
さっきはああ言ったが、あの子は外に出られずナンバーズやメガーヌらが現れたわけでもないみたいだし、焦る必要はない。むしろ
「……で、検査の結果はどうでした?」
院内を歩きながら尋ねると、シャッハさんは沈痛な面持ちで俯きながら……
「魔力量はそれなりに高い数値でしたが、普通の子供の範疇を超えていませんでした。ですが……」
「人造生命体なのは間違いない……みたいですね」
俺の言葉にシャッハさんはこくりと頷く。
ギンガの推測通りか。
あの子は《人造魔導師》として
彼女は憐れみの表情を浮かべながらも目を細くして付け足す。
「人造魔導師として造りだされた以上、高い魔力を秘めている可能性は極めて高いはずです。どんな潜在能力を持っているか……」
そこまで言ってシャッハさんは必要以上に張り詰めている事に気付き、気分を鎮めようと窓の外を見下ろし、そこで目を見張った。
そこにはなのはと、兎のぬいぐるみを抱えた金髪の女の子が向かい合っていて、なのははゆっくりとした足取りで女の子に近づく。
――その瞬間、女の子から異様な気配が放たれた。
シャッハさんはいち早くそれに気付き、袖の下からリングで繋いだ二枚のプレート状のデバイスを取り出した。
「
「シャッハさん! ちょ、待て――」
とっさに俺は彼女の腕を掴む。すると視界が瞬転し、俺とシャッハさんは中庭に転移してなのはと女の子の間に割って入る形になっていた。
「シスター! 健斗君!」
なのはは目を丸くしながら俺たちを呼ぶ。一方、すでにバリアジャケットと双剣形態のデバイスを装着していたシャッハさんは、俺に掴まれたまま少女を睨む。
片や、女の子は突然現れた俺たちを唖然と見上げる。彼女の瞳を見て、俺も驚きに目を見張った。女の子の瞳は左右色違いで、緑と赤の
その配色は“あいつ”とまったく同じ――
「オリヴィエ……まさか、君は本当にオリヴィエの…………」
「あ、あっ……」
俺はシャッハさんの腕を放し、女の子に向かって手を伸ばす。だが、女の子は色違いの目をかっと見開き――
「ご――ごめんなさいごめんなさい!!」
彼女はつんざくような声で何度も謝り、こちらを向いたまま後ろに後ずさる。その拍子に体のバランスを崩し、少女は地面に倒れる。
俺は少女を起こそうとするが、彼女は頭を抱えながら「ごめんなさい」と繰り返すのみだった。そこに――
「健斗君、ちょっといい……」
後ろからなのはが肩を掴んで、下がるように促してくる。それに従い後ろに下がる俺に代わって、なのはが少女が落とした兎のぬいぐるみを拾い上げ……
「ごめんね、びっくりさせちゃったよね。でも、あのお兄ちゃんもお姉ちゃんも君を怒りに来たわけじゃないの……立てる?」
ぬいぐるみを受け取りながらこくりとうなずく女の子を立たせ、なのはは彼女が着ている患者衣についた汚れをはたきながら俺たちに念話を送ってきた。
《ここは私に任せてくれないかな。突然健斗君たちが現れて、ちょっと驚いてるみたいだから》
《あ、ああ……》
ちょっと驚いたという反応じゃない、と思ったが、またあの子を怖がらせるわけにもいかず、シャッハさんと一緒に彼女たちを見守る事にした。
そんな中、なのはは女の子に向けて口を開いた。
「初めまして。高町なのはって言います。お名前言える?」
「えっと……ヴィヴィ……オ……」
「ヴィヴィオか。いいね、かわいい名前だ。ヴィヴィオ、どこか行きたかった?」
なのはの問いにヴィヴィオと名乗った(?)女の子は、ぬいぐるみを抱きながら不安そうな声で……
「ママ、いないの……」
「っ――ああ、それは大変。じゃあ一緒に探そうか」
ヴィヴィオが人工生命体だと知っているなのはは一瞬息を詰まらせながらも、すぐに笑みを戻しそう告げる。それにヴィヴィオは「うん」とうなずいた。
ヴィヴィオ……“ヴィヴィ”オか。それに“あの記憶”まで持っていたとなると、この子はやはり……。
《シャッハさん、あの子の遺伝子情報の分析はもう終わりましたか?》
思念通話で尋ねると、シャッハさんは首を横に振り。
《いえ、そちらはまだです。本人か管理局の許可がないと遺伝子情報の分析はできませんから》
《ではこちらからお願いします。おそらく局より教会の方が“オリジナル”の遺伝子を見つけやすいと思いますから》
そう言うとシャッハさんは肯定するように首を縦に揺らす。やはり彼女ももしやとは思っていたようだ。
《ただし、その場合こちらが依頼主になります。ヴィヴィオの遺伝元がわかったら俺たちの方に知らせてください、教王を含めた教会の上層部よりも先にです。……お願いできますか?》
《――わかりました。そのように取り計らいます》
シャッハさんは硬くうなずき、了承する。
そんな俺たちの前で、なのはとヴィヴィオは手をつなぎながら病院の中に戻って行った。