シロコとシロッコ   作:メイショウミテイ

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エデン条約編 5

『なるほど、これが”大人”のやり方という事だね』

 

『連邦生徒会長が望んだ条約の、連邦生徒会長が背負うはずだった責任を、シャーレ(先生)が肩代わり出来るように解釈を歪曲させた……と』

 

『全ての歯車がピタリと噛み合った結果が、条約締結の模倣──いや、最早贋作ではないね。トリニティという枠組みの中にアリウスすら巻き込む事で、アリウスが曲解させて締結したエデン条約を上回る効力を発揮させた……』

 

『恐らくは連邦生徒会長が想定していただろう本来の条約とも違った内容になるだろうけれど。それでも、この条約には、彼女が描いていたそれと同じほどの希望に包まれているだろうね』

 

『廃墟と化した大聖堂、ゲヘナとトリニティ及びアリウス、そして彼女の代役として先生。まさか、ここまで考えていたというのかい……?』

 

『”大人”のやり方には、”大人”やり方で対抗する。柔らかな雰囲気を持った人だと思っていたけれど、案外あれでいて強かなんだね。面白い人だ、先生』

 

 

『となれば、条約に関しては最早解決したも同然かな。このまま先生が上手くやってくれる──ッ!』

 

『……嫌な予感がする。アリウスがまだ何か奥の手を残しているとでも?』

 

『しかし、今の私には何かを伝える事など出来ない……。ただ、事態が動くのを見つめ続けるだけの傍観者に過ぎない』

 

 

 

『──いや、違う。私にもまだ出来る事が、誰かに伝えるだけの方法があるかもしれない……!』

 

『彼女になら、私の声を──』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ヒフミの心からの訴えが生んだ空白の時間、そこに間に合った先生が提唱した新たな『エデン条約』。

 

 

 今、この瞬間において、『エデン条約』は二つ存在している事になっている。

 

 アリウスが本来のそれを捻じ曲げて発効してしまった『(憎悪)のエデン条約』。そして先生による本来のそれとはまた違った希望の籠った、いわば『(願い)のエデン条約』。相反する二つの条約が干渉しあっている現状、それの庇護者としての役割を持たされているユスティナ聖徒会は大いに混乱している。前提としてユスティナ聖徒会は、その機能を統括する役目を持っている秤アツコの負傷によって指揮系統が乱れていた。

 彼女の容体はアリウススクワッドの治療の甲斐あって現在は持ち直しているが、それでも今の時点で完全に統制しきれてはいない。秤アツコの意思を無視した行動を取っている個体もちらほら見受けられるが、この場に居る個体は殆どがアリウス側に立っている個体である。それもそのはず、指示が届かないのであればこの場に集結してくる事も無いのだから。それに関して一つ付け加えるべき情報があるとすれば、秤アツコがこの場で生み出し続けている個体に関しては、バグを孕んでいる個体もちらほら発見できている。が、全体の比率として考えてみれば取るに足らない程の量である。

 

 詰まるところ、無視できる範疇だった。()()()()()

 

 

 

 それを一変させたのが、先程先生が行った宣言──『エデン条約』の簒奪であった。

 

 

 

 それ以降、秤アツコの手中にあったユスティナ聖徒会はその大半が制御下から離れてしまった。同士討ちを始める個体や先生の側へ裏切ってしまう個体、どちらの陣営に従うべきなのか判断出来ない個体はその場でピタリと固まって動けなくなっている。それも当然だろう、どちらも正しく『エデン条約』であるのだから。どちらが正義で、どちらが悪という訳ではない。正義の反対にあるのは、また一方の正義であるのだから。気持ち、正規の手順に近いやり方で締結されている先生側の方が正規の物と判断されているのだろうか、心なしか寝返っていく個体が増えている様に見える。

 

 同士討ちによる消耗や寝返り、その他混乱の末に戦闘を放棄した個体は戦場から姿を消しており、アリウス側に残ったユスティナ聖徒会は戦闘前から数えてざっと三割弱といった所か。先生側に付いた個体は三割~四割にまで上っており、その他は動かなくなったり戦闘を放棄したりと数には計上できない連中だ。

 

 

 さて。

 

 こうなると困ったのがアリウス分校、アリウススクワッドである。アリウスには絶対的に不足している戦力を補う為のユスティナ聖徒会だったハズが、結局敵との戦力差が広がっていくばかりであった。

 

 

 

「くそッ! ふざけるな! ふざけるなッ!」

 

 

 サオリの慟哭が響く。

 

 年相応の子供の様に、感情を発露させて叫ぶ。

 

 

「ハッピーエンドだと!? 認められるかそんなもの! そんな言葉一つで、この世界が変わるものか!」

 

「そんな絵空事が実現する日は永遠に来ない! 憎しみの連鎖は断ち切れない! 泡沫の夢でしかない!」

 

 ”私の生徒がそれを望むのなら、その手助けをするのは『大人』の役目だよ”

 

 ”望まれた事を、望まれた様に。私は生徒たちの夢を一緒に背負って、前に進むんだ”

 

 

 いつの間にか整列したゲヘナ・トリニティ連合の生徒たちの一番前へと足を進めていた先生は、サオリに向けて言葉を放つ。

 

 大人として、先生として。どれだけの苦難に道を塞がれようとも、どれだけの苦痛に苛まれようとも、それでも果たすべきを果たしに来た正しき大人の姿がここに在った。

 

 

「綺麗事をッ……」

 

 ”綺麗事じゃないよ。私は──”

 

「喋るなァァァッ!!!」

 

 

 憎悪に身体を動かされ、サオリは思わず銃口を先生に向けて発砲する。あの時とは違って、無数の弾丸が先生に襲い掛かる。一発でも被弾すれば致命傷になるという先生に向けて銃火器の連射、このままでは確実に先生は再び倒れ──いや、今度こそ確実に命が尽きるだろう。

 しかし、それを許さない存在が、今回もすぐそばに控えていた。

 

 

「無駄だよ」

 

「今度は通さない」

 

 

 先生の脇から飛び出してきた二人の生徒が、桃色(ホシノ)白色(ヒナ)の小柄な少女たちが先生の前に陣取り、先生に到達する筈だった全ての銃撃をシャットアウトする。ホシノは背負っていた盾を展開して、ヒナは特異な翼で先生を自分の背後に隠す事で。

 

 

「先生、無事?」

 

 ”うん。ありがとう、ホシノ、ヒナ”

 

「無茶はやめて欲しいなぁ、おじさん心臓がキュッとしちゃったよ*1

 

 

 先生の目の前に躍り出たホシノとヒナの表情は心の底から心配そうなものだった。とは言え、先生には奥の手のバリアがあるので、そこまで深刻に物事を考えていなかったのが何よりも悪い事だが。もう少し自分の身を案じて欲しいと思ったホシノとヒナの心中は、先生にはきっと伝わらないのだろう。

 

 

「チ……! 姫! 残ったユスティナ聖徒会全てに攻撃指示を!」

 

「────、──?」

 

「知った事か! ここで勝てなければ、私達に未来はない! ミサキはこの場に集結した全てのアリウスに連絡を取れ!」

 

「……──」

 

「……了解。スクワッドから各隊に伝達、総攻撃開始。以上(オーバー)

 

 

 先生の居た世界では、()()()()()()()()*2がその後の全てを大きく変えてしまった歴史があったという。

 

 こちらの世界でも、人類は同じ様な道を歩んでしまう。

 

 

 

 人はかくも愚かなのか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『連中、捨て身の構えだな』

 

「(何が起こってるの?)」

 

『さてな。とはいえ、これは良いタイミングだ』

 

「(凝縮された悪意が近付いてきてる……。これがさっきから感じてたっていう?)」

 

悪意……? なるほど、この感覚をそう捉えるか……。可能ならここに居るアリウス本隊と合流される前に叩きたい。恐らくアレは連中の奥の手だ』

 

「(ん、なら行こう)」

 

 

 先生の下に集った生徒達とアリウス分校の全面対決が始まった頃。既に先生の指揮に従って補習授業部とそれを支援する対策委員会、それに対抗したアリウススクワッドとのガチ対決が発生している最中で、所々で援護を行いつつもシロッコとすり合わせをしていく。

 シロコの体感では余程の事がない限り、今のアリウス勢力に負けるような事はないだろうと踏んでいる。戦力的に見れば圧倒的に優越しており、個人の能力的に見ても良くて拮抗悪くて微不利のレベルで収まっていると考えており、その盤面がひっくり返されるとすれば後続の悪意によってだろう。

 

 決まってからのシロコの行動は速かった。

 

 

「ホシノ先輩、後は任せても良いよね?」

 

「……今度は何処に行こうとしてるの。あんまり勝手な行動ばっかりしてると、おじさんにも考えがあるよ?」

 

「この先に大物が居る。分からない? この、肌がピリピリする感覚」

 

「んー、ごめんね、分かってあげられないや。それに、もし仮にシロコちゃんの読み通り大物が居るとするなら、尚更シロコちゃん一人では行かせられないなぁ」

 

「今戦ってる敵と合流される方が面倒な事になる」

 

「それなら、目の前のあの子達をさっさと片付けちゃった方が良いでしょ~?」

 

 

 ホシノが自分の身を案じて提案を返してくれているのは分かっているが、考え方に齟齬があるというのは些か面倒な物だ。シロコはニュータイプであり、ホシノは一般的な生徒からはかけ離れた実力を持っているにせよ、大前提普通の人間なのだ。分かり合えない事柄は往々にして存在するだろう。それがこんな戦闘の真っ只中であったとしてもだ。

 少しのきっかけがあれば全てを分かってやることが出来るシロコ(ニュータイプ)と、情報を点と点で繋いで確たるものにしなければ判断できないホシノ(オールドタイプ)。シロコの実力が正しく発揮できる今の状態であれば、まず間違いなくこの先の敵性存在は抹殺出来る。それも苦戦すらせずに、勿論誰の犠牲も無くである。

 

 しかし、合流されてしまった場合、シロコには全員の安全が保障できない。只でさえアリウススクワッドは強敵なのだ。人数的には圧倒しているのだがホシノが気を回して補習授業部を適宜支援していたり、シロコが危機を察知して素早くカバーしているからこそ、ここまで優位に展開を進められているのだ。先生の指揮ありきと言えども、しぶとく踏み止まって来るアリウスに苦戦を強いられているのだからその存在は大きなものだろう。

 

 

「それなら私が一緒に行くわ。それで問題はないでしょう、小鳥遊ホシノ」

 

「うへ、風紀委員長ちゃん」

 

「……いいの? 風紀委員会の方は」

 

「私達が何かする前に、味方になってくれたユスティナ聖徒会が全部片づけてしまったわ。風紀委員会の指揮はアコに任せてきたし、ここはあなた(小鳥遊ホシノ)が居るなら抑え込めるハズ」

 

「……おじさんはそんな凄い人じゃないんだけどなぁ~」

 

「ありがとうヒナ。じゃ、行こう」

 

『グラシュティンは一人乗り*3なのだが……』

 

 

 シロコの脳内でボヤくシロッコが文句を垂れるが、未だに文句ありげにこちらを見ているホシノ*4と合わせて気付かない振りを取りつつグラシュティンへと乗り込む。

 

 

「風紀委員長ちゃん、シロコちゃんをよろしくね」

 

「空崎ヒナ。私の名前よ、小鳥遊ホシノ」

 

 

 あの時もそうだった、頑なに名前を呼びたがらない。仲を深める気がないのなら、それはそれでいいけれど。

 

 キヴォトスの生徒の中でもヒナが小柄で助かった。グラシュティンの操縦席──と言っても、振り落とされないように掴んでおく為の取手が機首に付いているぐらいの物だが──は密度がそれはもう凄まじかった。*5機首に左右一対に取り付けられたハンドルをシロコとヒナで一本ずつ掴み、半身になりながら機体に重心を掛ける。

 

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「無事に帰って来てね、シロコちゃん」

 

「勿論。聞きたくないけど、アヤネの説教も少しは聞いてあげないといけないからね」

 

 

 アヤネの説教は本当に聞きたくはないが、ホシノが少しでも安心できるのならばと吐いた妄言である。シロコの中でアビドスに生きて帰る事は何よりも先に決まっている決定事項であるし、外に関心や目線が向くようになったからといって居場所は其処(アビドス)にしかないのだから。

 

 急速に浮上したグラシュティンは上空で静止し、次の瞬間には。

 

 

「加速するよ、舌を嚙まない様にね」

 

「えっ──ッ!!!」

 

 

 ハンドルは各々が一本だけ且つ半身という不安定な状態にも関わらず、目的地へと全速力でカッ飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、ヒナ、大丈夫?」

 

「……ええ、問題ないわ……」

 

 

 喋る余裕もない程に快適な空の旅を一分ほど敢行した後。無事に着陸した二人は、眼前に聳え立っているおぞましい見た目のデカブツ(アンブロジウス)に嫌でも気付くだろう。

 

 

「これが貴女の言っていた……」

 

「うん。ピリピリしない?」

 

「ピリピリ……。武者震いみたいな意味合いかしら……

 

 

 確かに、無性に恐怖を掻き立てられるような……そんな不気味な感覚が自身の中にある事実にヒナは気付いている。恐らくそれがシロコの言っていた『ピリピリ』という感覚なのだろうなと、彼女自身の中で結論付けた。流石に場数を踏んでいるだけあって、自然と自分の中でそういった感覚が身に付いているのだろう。そういった面でもシロコの実力は信頼できる、さっきまで乗って来たマシンの能力もそれはそれで凄いのだが。

 

 向こうも突如として現れたこちらを直ぐに認識したようで、のそのそのんびりと歩み寄る事を止めてぽっかりと空洞になっている顔のような部位をこちらに向けてくる。そして、両腕をこちらに向けて青黒い炎の弾をばら撒いてくる。

 

 

「……来た!」

 

「私は後ろに」

 

 

 シロコは前方に、ヒナはその逆へと回避する。立ち位置は以前の事件(対カイザーPMC理事)で共闘した時と変わらない。シロコが前衛として敵の視線を釘付けにしつつ、ヒナの機関銃の火力を以て援護を期待する戦術である。シロッコにはグラシュティンによる機動力を活かして、上空で位置取りを細かく変えながらの火力発揮を試みている。

 見た目からして実体を持っている敵なのかどうかの判断が付きにくいが奴だが、一応攻撃は着弾しているらしい。ヒナの機関銃から放たれる光線がデカブツに直撃し、大きく仰け反っている事からもそれは分かる。

 

 

「思ったよりも手応えがない。貫通させるつもりで撃ったのに……」

 

 

 しかし、ヒナはその手応えに違和感を感じていた。普段であればもっと威力のある攻撃が出来るのに、今は思っていたよりも弱い攻撃になってしまっている。自らのコンディションが本調子ではない事は重々承知の上だが、それにしてもダメージが通っているようには思えない。

 

 実際、アンブロジウスと名付けられているデカブツには然程のダメージが入っていない。確かに銃弾による攻撃は受ける、確かに実体はあり物理的な攻撃もある程度は通る、それは間違いない。だが、その本質は『ユスティナ聖徒会』と同じであり、奴の攻撃に対しての頑強性は其処に由来している。戦況を変え得る戦力を望んだアリウス──というよりもその生徒会長──の為に製作者がユスティナ聖徒会の要素を取り入れつつ、半分実験半分手慰みで製作されたのが、『アンブロジウス』という作品であった。

 

 製作者が注力していた本命の為の捨て石として、技術製錬の為に作られたと言っても過言では無いのだが、そのパワーは凄まじい物を秘めている。聖徒会としての要素を持っている為、エデン条約が二つに分裂した今であってもそれを守護する者として、戒律に逆らう者達を排除する為に力を振るっている*6のだ。

 

 

『ヒナの攻撃の通りが悪いな』

 

「……確かに。ダメージが入っている様には見えない」

 

『単に本調子ではないのも理由の一つだろうが、それ以上に何か理由がある様に思える』

 

 

 シロッコの分析を半分聞きながら、前衛としてヒナに目線が動いていかない様に、スリングで繋がれたAR(アサルトライフル)BR(ビームライフル)を両手持ちでぶっ放す。頭の位置にある、見ていると吸い込まれそうになる部位へと攻撃を集中させるが、こちらも効いている様には見えない。多少ビーム攻撃の方が通っている様に見えるが、実弾もダメージの蓄積という面で約に立っていると思いたい。

 

 

「どんな感じ?」

 

「……ダメージは与えられている。けど、このままで倒しきるのは時間が掛かるわね」

 

「同感。実弾なんて効いてる感じがしないし、困ったね」

 

「この前みたいな()()をしたら、変わる?」

 

「アレ……、あぁ。どうかな、分からないけど、体力の消耗が激しいからあんまりやりたくない。奥の手は切らずに勝てればベスト」

 

「それはそうね。面倒だけれど、もう少しやってみましょう」

 

「ん、賛成」

 

 

 一瞬合流をして、その間にこれからの方策を立てる。いざとなればグラシュティンとの合体も選択肢だが、それを使わずに勝ちたいのがシロコの本音であった。一番強力な選択肢を封じられている状態ではあるが、それでもシロコの引き出しが枯渇した訳ではない。その証拠としてシロコは背中に固定していたシールドを左手へ、スリングで繋がっているARを背中へと移動させる。

 ここからはシールドに内蔵された三門の大口径ビーム砲とヒートシザースを活用した戦法へとチェンジ、ヒナの援護を受けながらライフルで牽制していく。

 

 

「邪魔はさせない」

 

 

 アンブロジウスは依然としてその両腕から大きな火球を撒き散らしている。地面に着弾する度に大きな爆風と衝撃が走り、土煙が晴れた頃には小さく地面が抉れてしまっている。こちらの攻撃はあまり効いていないというのに、敵の攻撃は凄まじい破壊力を持っている。アレに直撃する事だけは何とか避けなければならないだろう。

 

 シロコの進行方向を塞ぎ接近させないように火球を散らすアンブロジウスに対し、ヒナはただ指を咥えて見ているだけではない。放たれた火球に狙いを付けてビームを放ち、シロコに到達する前にそれを破裂させていく。まるで花火のように爆発した火球は一種の煙幕の様に視界を遮り、その隙を逃さずシロコはアンブロジウスとの距離を一気に詰める。

 

 

「ゼロ距離なら!」

 

 

 煙幕から飛び出たシロコは人間離れした跳躍力でアンブロジウスの眼前に躍り出て、左手のシールドを見せびらかす様に前に出す。瞬間、シールドギミックが作動し上下に展開、三連装の収束ビーム砲が火を噴く。

 

 アンブロジウスの上半身はたちまち光に包まれ、さすがの火力に襲われたその肉体は消滅させられたかに見えた。のだが、光が収まった向こうには未だ健在そうな様子の巨体があり、こちらを遠ざけようと大振りで腕をぶん回してくる。

 空中ではあまり身動きが取れないシロコは何とかシールドでその攻撃を受けきるが、勢いまでは殺しきれずに大きく吹き飛ばされてしまう。

 

 

「シロコっ!」

 

「……大丈夫」

 

 

 吹き飛ばされながらもなんとか体勢を立て直したシロコは、シールドを下敷きにしてサーフボードを使うように受け身を取る。大きなダメージは無いにしても、火球以外にも警戒すべき攻撃があるという事実は新しいな闇の種になってしまった。やはりどうあっても質量を活かした攻撃は危険である、それはどの世界でも変わらない事実だ。

 

 

「……効いてはいるみたいね」

 

「そうみたい。でも、このままじゃジリ貧だね──シロッコ」

 

『他に方法はない。出し惜しみは無しだ』

 

「ん。ヒナ、速攻で」

 

「! ……了解」

 

 

 シロコの纏う雰囲気が一気に硬直したのを感じ取ったヒナ。彼女が奥の手を切るのだと本能的に察したのだろうか、この時ばかりはシロコよりも前に出て視線を釘付けにしようと図る。

 

 グラシュティンとの同調には然程時間は掛からないにせよ、無防備を晒す事には変わりはない。その点、シロコにとってヒナの気遣いは有難い物だった。頼まれるまでもなく自分で最善手を考えて実行してくれる、これが組織を束ねる者にはそういった素質も備わっている物なのかと感心するシロコ。

 

 

『今こそ、在るべき姿へ帰る時だ』

 

 

 シロッコが静かに独り言ちる。

 

 その瞬間、グラシュティンが三つに分裂。シロコの背後に一対のブースターユニットが、その右手には機首部分と一体化しているランチャーが握られ。

 

 左手のシールドはヒートシザースが赤熱励起した状態になり、迫り来ていた火球を容易く振り払っていく。

 

 実体と霊体、両方の性質を併せ持っている様に思えるアンブロジウスに対して、グリモア形態のシロコであれば既に霊的存在であるシロッコのアプローチが大きく役立つ事だろう。

 

 

『フフフ、分かるぞシロコ。奴は今、満足に動けなくなっている』

 

「ん、一気にケリをつける」

 

 

 シロコは今度こそ一撃で全てを決する為に、手持ちのメガランチャーと背部のキャノンのチャージを開始。左手のシザースを展開したシールドで前面の防御を厚く、多少の被弾を覚悟の上で突貫していく。

 

 

「最短距離を! 私が援護する!」

 

 

 その意図をいち早く察したヒナは翼を広げて並走を始める。

 

 ヒナは最早自分には敵の視線が向けられていない事に気付いていた。しかし自分の攻撃は威力が減少して通りが悪い、ならばとシロコに向けられた火球を落とす事だけに専念した立ち回りを意識し始めたようだ。空中でブースターを吹かしながら最短距離を突き進むシロコと、地表近くで両翼を広げて滑空しながら進路を確保するヒナ。

 アンブロジウスはシロコの接近を阻止する為に火球を連射するが、その悉くが彼女へ到達する前に打ち砕かれ無力化されてしまう。地表から寸分違わぬ射撃を、ヒナがそれを続けている以上はどうにもならないと悟ったのだろう。

 

 

『右手、来るぞ』

 

「問題ない」

 

 

 脳内に響く導きの通り、奴の右手が振り上げられる。火球では最早止められないと分かったらしい、今度はその質量をぶつける事で解答としたのだろうが、その式では途中点すらくれてやることは出来ないのだ。

 

 右手のインパクトの直前で身体をクルリと翻したシロコは、そのままの勢いで右手の関節部から先を一気にヒートシザースで断ち切る。切り落とされた右手が重力に従って、大きな衝撃と共に地上へと落着する。

 地上を滑空していたヒナはその衝撃によって空中へと跳ね上がり、シロコの背中を捉える。

 

 

「ヒナ!」

 

 

 前を飛ぶシロコから声が掛かる。それと同時に砲口に膨大なエネルギーが収束されたメガランチャーが投げ渡される。

 

 

「任せて」

 

 

 機関銃(デストロイヤー)を背中に掛けなおして、両手でしっかりとランチャーを握り込む。感じた事の無い迸るエネルギーの感覚、トリガーに掛ける指の先に緊張が走るのを実感する。

 

 この一撃で、この悪夢を振り払う事が出来る。そう考えればなんと簡単な事なのかと、ヒナは最後の一瞬まで気を引き締める。

 

 

「これで!」

 

 

 後顧の憂いを断つ。シロコはブーストを全速で掛けつつ、残っている巨大な左手を切り落としてしまう。これでもう、あの面倒な火球を生み出す事は出来ないだろう。仕上げとばかりに、ヒナにランチャーを投げ渡して空いている右手にライフルを構えて好き放題に連射しながら、頭部へと迫る。

 

 両手を切り離されてしまい思うように抵抗できなくなったアンブロジウスに、最早為す術は残されていなかった。身体のあちこちにビームによる赤い銃創が刻み付けられ、それと同じくらいにヒートシザースによる切り傷がそれはもう痛々しい程に残されていった。

 

 

 最後の仕上げとして、顔面に向けてこれまで収束し続けて威力が増大した背部ビームキャノンをお見舞いしてやろうという、その瞬間。

 

 

《────ッッ!!》

 

 

 けたたましい叫び声を上げたかと思えば、顔面の空洞の奥から噴出される青と黒の渦。

 

 最後の抵抗とばかりにシロコへ噴出された聖なる炎は、シロコの身体を包み込む──

 

 

「分かってたよ」

 

『ここまでだな』

 

 

 ──事はなく、シロコは発射される一瞬のうちに喉笛を切り裂き、ビームキャノンを叩き込んでいた。人体と同じ構造なのかは最後まで不明だったが、喉を傷つけられた事で最早火炎放射も満足に出来なくなったらしい。顔面の空洞から放射される聖なる炎は急速に勢いを失ってしまう。

 

 

「ヒナ、今だよ」

 

 

 気を窺っていたヒナの隣に、やり切った顔のシロコがやって来る。

 

 

「ええ、終わらせるわ」

 

 

 自分と同じくらいあるランチャーで狙いを付けたヒナは、躊躇うことなくトリガーを引き絞る。

 

 限界までチャージされたビームの輝きは、満身創痍のアンブロジウスを間違いなく消滅させた。

 

 

 

 実銃のそれとは比べ物にならない程に軽く、そしてそっけない。キヴォトスで出回っているどれと比べても、命を刈り取ったとは感じ難いと。

 

 ヒナはトリガーを引いた時、どうしてだろうか、そんな普段ではどうでも良いような事を考えていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「お疲れ、ヒナ」

 

「貴女もね、シロコ」

 

 

 敵目標は塵の一片すら残らず完全に消滅した。後は残ったアリウスを捕縛すれば、この一件は解決に持っていけるだろう。他にも考えなければならない事情は山盛りだが、事この現場に限定すれば収拾を付けられるハズ。ここに居る風紀委員長のヒナが居て、トリニティの偉い人(ティーパーティーのホスト)が生きていると判明しているのだから。

 

 飛び入り参加の部外者は、もう少し残業があるとは言えここらが潮時だ。

 

 

「それじゃ、戻ろうか」

 

「そうね。と言っても、先生も居る事だし心配はいらないかしら」

 

「……そうかな、そうかも」

 

 

 ヒナの表情を見れば、心底先生を評価し尊敬し信頼し、そして──。

 

 いや、それは良い。確かに先生は間違いなくとんでもない能力を持った人間であり、学校を繋ぐ鎹のような物だ。ヒナからそういった感情を向けられるのも理解はできるのだが、友達としては少し心配な面もある。

 先生は少しばかり、変なところがあるから*7

 

 とはいえ、友達であるなら否定ばかりではなく、応援する事も必要なのかもしれない。彼女の望んだ通りの未来になるのかどうかは別として、これから彼女には自分の事をもう少しばかり顧みて欲しいと思うのである。残業ばっかりでは出し抜けれてしまうだろうし、そういった事は余計なお世話になるかもしれないけど。

『……頼む』

 

「帰りは安全運転でお願いするわ」

 

「……そうだね」

 

 

 往路と同じような体勢でグラシュティンへと乗り込んでいく二人。今度の旅路はもう少しばかり余裕があるモノになる事だろう。

『気付いてくれ……!』

 

『シロコ』

 

「(ん、何?)」

 

『気付かないか?』

 

「(……どういう事?)」

 

 

『君しか居ないんだ!』

 

 

「……なんだろう、告白かな?」

 

そんな馬鹿を言っている場合じゃ──何、この声が届いている……!? 

 

「そっちに驚かれたら、困るのはこっちなんだけど……」

 

『全くだな。ここに割り込んでくるとは、一体何者なのだ?』

 

 

 

 一波乱を乗り越えたと思えば、もう一波乱起こりそうな事態へと発展しようとしている。

 

 

 向こうの狐耳にとっては、最悪の事態を回避できるかもしれない千載一遇のチャンスを掴んだ事で一先ずは良かった、といった所だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
おじさんが言えた事ではない。前科一犯

*2
1914年6月28日。

*3
ついさっき先生とヒナを救急搬送した時もまぁまぁ文句はあったのだが、さすがに緊急時に文句を挟むほど空気が読めない訳ではない。

*4
「え、私じゃなくて風紀委員長ちゃんと一緒に行くの……?」みたいな顔。ホシノもこの場を離れたら流石にアリウス勢力に押し切られそうだからと、シロコは敢えてホシノを連れて行こうとはしなかったのだが。

*5
主にヒナの髪の毛がブワァってなってて凄い。

*6
戒律の守護者として、それを脅かす存在に対しての攻撃・防御バフを持っているという設定にしようと思っていたのですが、メタ的な話をすれば、ヒナとシロコは共に『爆発』属性であるから攻撃の通り悪くなるはずだよなぁと考えただけです。こういう所だけ設定に忠実なのもどうなのだろうか……。

*7
先生はこういう男です。この歴史の真実は、何人たりとも消せはしない。




またまた時間が掛かってしまいました。

申し訳ないです。


世間はもう12月ですか、早いものですね。



これ、間に合うのかな……。
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